名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)3240号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕<証拠略>によれば、つぎの事実が認められる。
被告は昭和四〇年一一月から名古屋市中区東瓦町でスタンドバー「道」を経営していた。
本件事故は昭和四二年一二月五日に発生したが、当時、このバーでは、被告のほかにバーテン一人とホステス二人が働いていた。事故当夜(一二月四日)午後一一時頃、加藤泰弘(本件事故の被害者となつた人)が親しい友人の山下鉄夫とこのバーにやつて来た。泰弘はその頃週に一回はこの店に来ていた上客で、マダムの被告とは特別に親密な関係に在つた。同人はこの店に来るまでに、当夜山下鉄夫と午後九時半頃からの間に飲食店「河太郎」、キヤバレー・「エンパイヤ」で、ビール大瓶六本程度を飲んでおり、酔つて店に入つて来た。この店に来てから泰弘と鉄夫の二人は一四本程度のビール(中瓶)を注文してホステスや被告を交えて飲み、午前一時頃になつた。この頃、鉄夫も帰り、二人のホステスも帰つて、店にいるのはバーテンとマダムの被告、それに泰弘の三人だけになつた。それからも泰弘は被告と二人で飲んでいたが午前一時三〇分頃になつて「もう一軒飲みに行こう」と言つて立上つた。立上るときは壁に片手をつかなければ歩けないような状態であつた。そこで被告は一緒に行つて同人を居宅(名古屋市中区裏門前町)に自動車で送り届けようと考え、泰弘にすこし遅れて店を出た。店を出て見ると被告保有の本件自動車(三菱コルト)の助手席(座席はセパレート式)に泰弘がすでに乗り込んでいた。被告が運転席に坐つて出発しようとすると泰弘は「オイ、ホテルへ行こう」と言い出し、「こんなに遅いのに何を言つているの。」「それでは、もう一軒飲みに行こうか。」「もう飲めないよ。」「それではすし屋へでも行こう。」というようなやりとりがあつて、車は栄町の方へ向つて出発した。
その後、二人の乗つた車は泰弘の居宅の方へ帰ることになり、東新町交差点西の県税事務所前附近からUターンして東新町交差点を右折し瓦町電停手前まで来た。時速四〇キロメートル程度のスピードであつた。するといきなり泰弘が右手を伸ばし被告の右頬を引寄せて接吻しようとしたので、被告は手で払いのけてそのまま南へ進行していた。瓦町交差点を過ぎて二〇〇メートルぐらい来ると今度は被告の方へ体を寄せて来て右手で肩を抱きながら左手でハンドルにさわるので被告はそれを手で払いのけながら進行していた。車はそんな状態で進行しながら丸田町交差点で右折し、それからすこし西進したところで左折した。左折して進入した道路は巾員7.7メートルの舗装道路であるが、これまで被告が泰弘を送つて行つていた道順はそのまま西進して本町通りを左折するコースを取つていたため、始めての道順であつた。この道路に進入して時速約五〇キロメートルのスピードで進行していたが、すこし進んだとき、それまでうつらうつらしていた泰弘が「道が違う。」と言つて左手でハンドルを強く掴み引張つた。そのため車がグラグラとしたので被告は「危い。」と大声を出し、その手を払いのけて減速した。払いのけられて泰弘は手をはなしたので、被告は再び時速五〇キロメートル程度に加速して進行した。そして名古屋市中区松元町三丁目二町地先の本件事故現場附近に来たとき、泰弘が突然大きな声で「違う」と言うと同時に両手でハンドルの左下部分を強く掴み下へ引張るようにすると共に体を沈めるようにしたためハンドルは急に左へ切られ、その瞬間二人の乗つた自動車は道路左側端の鉄筋コンクリート製電柱に激突した。午前二時四〇分頃であつた。
この衝突の結果、被告は左膝関節複雑骨折、前額部裂傷、胸部打撲症の傷害を負い、一時失神したが間もなく気がつき、物音に驚いて附近の家から出て来た一人に泰弘の居宅へ電話連絡を頼み、さらに被告の自宅の電話番号を告げて、折柄通りかかつたタクシーに乗つて自宅に戻り、すぐに病院へ治療に赴いた。泰弘は頭蓋骨々折等の傷害を負い同夜一二月五日午前三時三〇分頃そのまま車の中で死亡した。死亡するまで同人は救護の措置をとられなかつた。
以上の事実が認められる。
右協定の事実によれば、本件事故は、泰弘が助手席に同乗している身でありながら突然被告の運転するハンドルの左下部分を両手で掴み下へ引張るようにすると共に体を沈めるようにした過失が直接の原因をなしているのであるが、同人がこのような挙に出たのは酒酔いのためであり、同人が酒に酔つていてこのような挙に出るであろうことは、少くとも被告運転の自動車が瓦町電停附近を通過してから本件事故現場にさしかかる間の泰弘の状態と行動から被告において予測し得べきものであつたといわなければならない。
そうすれば、かかる場合被告としては泰弘を下車させるか、後部座席に移動させて、然る後運転を継続すべき注意義務があつたというべく、これを怠つたところに過失があるというべきである。
以上のとおり、本件事故は加藤泰弘の過失と被告の過失が共に原因となつて発生したものというべきものであり、その割合は前示認定のすべての事実を綜合勘案して、泰弘の過失が七〇%、被告のそれが三〇%と認めるのが相当である。
(藤井俊彦)