名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)3371号 判決 1975年5月29日
原告兼反訴原告兼参加被告
国
右代表者法務大臣
稲葉修
右指定代理人
服部勝彦
外三名
被告兼参加被告
株式会社協和銀行
右代表者
篠原周一
右訴訟代理人
佐治良三
外三名
当事者参加人兼反訴被告
永田三郎
右訴訟代理人
水口敞
外二名
主文
当事者参加人と参加被告国との間において、名古屋法務局昭和四六年度金二九八六一号弁済供託金の還付請求権が当事者参加人にあることを確認する。
原告及び反訴原告の本訴反訴各請求並びに当事者参加人の参加被告株式会社協和銀行に対する各請求をいずれも棄却する。
訴訟費用中本訴反訴の訴訟費用は原告兼反訴原告の負担とし、当事者参加によつて生じた訴訟費用はこれを二分し、その一を参加被告国の、その余を当事者参加人の各負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判。
一、原告兼反訴原告
(一) 被告は原告に対し
金七二、八八八円に対する昭和四五年五月二一日以降
金三六、四四四円に対する昭和四五年七月一九日以降
金三六、四四四円に対する昭和四五年八月一八日以降
金三六、四四四円に対する昭和四五年九月二〇日以降
金三六、四四四円に対する昭和四五年一〇月二〇日以降
金三六、四四四円に対する昭和四五年一一月一八日以降
金三六、四四四円に対する昭和四五年一二月一九日以降
金三六、四四四円に対する昭和四六年一月一九日以降
金三六、四四四円に対する昭和四六年二月一八日以降
金三六、四四四円に対する昭和四六年三月一九日以降
金三六、四四四円に対する昭和四六年四月一八日以降
金三六、四四四円に対する昭和四六年五月一九日以降
金三六、四四四円に対する昭和四六年六月一九日以降
金三六、四四四円に対する昭和四六年七月一八日以降
金三六、四四四円に対する昭和四六年八月一八日以降
金三六、四四四円に対する昭和四六年九月一九日以降
金一〇九、三三二円に対する昭和四六年一〇月一九日以降
いずれも昭和四七年一月一二日に至る迄年六分の割合による金員を支払え。
(二) 反訴被告、反訴原告との間において名古屋法務局昭和四六年度金二九八六一号弁済供託金の還付請求権が反訴原告にあることを確認する。
反訴訴訟費用は反訴被告の負担とする。
(三) 当事者参加人の請求を棄却する。
参加によつて生じた訴訟費用は当事者参加人の負担とする。
二、被告兼参加被告
(一) 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(二) 当事者参加人の請求を棄却する。
参加による訴訟費用は当事者参加人の負担とする。
三、当事者参加人兼反訴被告
(一) 当事者参加人と参加被告国との間において、名古屋法務局昭和四六年度金二九八六一号弁済供託金の還付請求権が当事者参加人にあることを確認する。
(二) 参加被告株式会社協和銀行は当事者参加人に対し金七二八、八八〇円を支払え。
当事者参加による訴訟費用は参加被告らの負担とする。
(三) 反訴原告の請求を棄却する。
反訴訴訟費用は反訴原告の負担とする。
第二、当事者の事実の主張。
一、原告兼反訴原告国の被告株式会社協和銀行並びに反訴被告兼当事者参加人永田三郎に対する本訴及び反訴請求原因。
(一) 原告兼反訴原告国(所管庁名古屋国税局長、以下原告という)は、名古屋市中区宮前町三丁目七番地訴外新生クリーニング企業組合(以下滞納組合という)に対し、昭和四五年二月一七日現在において既に納期限を経過した昭和四四年度分法人税九三六、九九七円、過少申告加算税五四、〇〇〇円、同源泉所得税三六、八七〇円、不納付加算税二、二〇〇円、合計金一、〇五〇〇、〇六七円の租税債権を有している。
(二) ところで、滞納組合は名古屋市中区菅原町二の一一訴外野村貿易株式会社から電機洗濯機を購入した際振出した約束手形(支払場所被告協和銀行新栄町支店)の一部(二〇枚)の支払を契約不履行を理由に差止めるため右各手形金支払期日到来後被告に対し異議申立提供金として提供させる目的で別紙異議提供一覧表のとおり総額金七二八、八八〇円を預託した。そして、右預託金につき滞納組合は昭和四五年二月一二日振出しの約束手形にかかる取引停止処分をうけることを前提として被告に対しその全額の取戻しを求めた。また右金員が滞納組合から直接支出されたものでなくても、これは同組合へ納入されるべき池田通り営業所の売上金から出損されたものであるから、結局右預託金は滞納組合に帰属する。この結果、滞納組合は同日以後被告に対し金七二八、八八〇円の預託金返還請求権を取得した。
(三) また、本件預託金の預託が滞納組合により直接なされたものでなくても、次の理由によりこの預託金返還請求権は滞納組合に帰属している。
即ち、当事者参加人永田三郎(以下参加人という)は滞納組合の組合員で、且つ同組合の理事であるとともに池田通り営業所の責任者として滞納組合の業務を遂行していたものである。従つて参加人と滞納組合との関係は中小企業等協同組合法第四二条、商法第二五四条第三項の規定により委任関係にあり、参加人は滞納組合の業務執行につき代理権限を有することは明らかである。また本件預託金の預託行為は滞納組合の付属的商行為であるから商法第五〇四条により代理人は本人のためにすることを示さないときでもその行為は本人に対してその効力を生ずることになつていることからみても、本件預託金の返還請求権は滞納組合に帰属するのである。
なお、被告は本件約束手形の振出人が滞納組合か参加人個人のいずれであるかについて滞納組合に対し照会した事実が認められること、及び滞納組合が被告銀行との取引を解約したため、本件約束手形の決済上の便宜を考慮し、参加人が滞納組合を代理して被告と新生クリーニング企業組合永田三郎名義の当座勘定取引契約を締結し、当該口座を通じて本件預託金の預託が行われた事実から被告は当初より本件約束手形の支払及び預託金の預託行為がすべて滞納組合のためになされたものであることを充分承知していた筈である。
仮に、参加人の本件預託金の預託行為につき被告が代理関係の存在を知りえなかつたとするならば、被告と滞納組合との取引関係及び本件約束手形の振出名義人と当該約束手形の決済状況からみて、右の事実関係を知らなかつたことにつき重大な過失があつたというべきであり、かかる場合において被告は参加人との法律関係の存在を主張することは許されないものである。
また百歩譲つて被告が右事実を知りうべきことにつき過失がなかつたとしても、被告は本件預託金の債権者が誰であるか確知しえないとして弁済供託している事実からすれば、本件預託金の預託者が預託名義人で且つ預託行為者である代理人個人と認めるか本人である滞納組合であると認めるかの選択権を放棄したものというべきであるから、本件預託金の返還請求権者を参加人であるとする被告の主張は許されない。
(四) そこで、原告は昭和四五年二月一七日滞納組合に対する滞納処分として、滞納組合が被告に対して有する右預託金返還請求権金七二八、八八〇円を国税徴収法第六二条により差押え、同法第六七条により右債権の取立権を取得した。
なお、右差押時に本件債権の履行期限を即時と定めてこの旨を被告に通知し、右通知は昭和四五年二月一七日被告に到達した。その後被告は別紙「異議申立提供金被返還状況一覧表」金額欄記載の金額をそれぞれ同一覧表被返還日記載欄記載の日に社団法人名古屋銀行協会名古屋手形交換所から返還をうけたので、右預託金返還請求権は右金額につき右各返還日にそれぞれ履行期限が到来した。
このように、被告の滞納組合に対する預託金返還債務の履行期は、異議申立提供金が名古屋手形交換所から被告へ返還された時であり、いわゆる不確定期限のある債務ということができる。さすれば民法第四一二条二項により期限の到来したことを被告が知つたときから履行遅滞になるものである。
従つて被告は異議申立提供金を右交換所から返還をうけた各時点において履行遅滞に陥つていることが明らかである。
もつとも、本件債務が取立債務であつても、債務者である被告としては債権者に弁済の準備をなしたことを通知してその受領を催告すればよいわけであるが、本件において被告は債権者である原告に対しかかる通知をしておらず、履行遅滞の責任は免れないものである。
(五) しかるところ、参加人兼反訴被告が右預託金につき権利を主張して原告被告間の当庁昭和四五年(ワ)第二八八九号事件に当事者参加をしたため、被告は債権者不確知を理由に原告及び参加人を被供託者として昭和四七年一月一二日名古屋法務局へ右金員七二八、八八〇円を供託した(供託番号名古屋法務局昭和四六年度金二九八六一号)
(六) よつて原告は被告に対し別表一覧表記載の各金額につき、いずれも同一覧表被返還日欄記載の日の翌日から右供託をした昭和四七年一月一二日に至る迄商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、反訴被告兼参加人に対し右供託金の還付請求権が反訴原告にあることの確認を求める。
(七) かりに、本件不渡手形異議提供金の提供依頼及びその預託金の預託は参加人兼反訴被告がしたものとされるならば、原告は参加人兼反訴被告に対し予備的に次のように主張する。
(1) 本件電気洗濯機は野村貿易株式会社から、当初名古屋市中区池田町二九泉屋クリーニング店永田三郎名義で購入され、その代金支払のために名古屋市中区池田町二九新生クリーニング企業組合永田三郎名義の約束手形四〇通が振出されたが、その後直ちに滞納組合と永田三郎の間で、右電気洗濯機は滞納組合が買入れたこととし、右約束手形四〇通は滞納組合の資金で支払うこととする旨の合意が成立し、右約束手形のうち昭和四〇年一〇月一五日以降の支払期日分一八通については滞納組合の資金で支払われた。
(2) ところが、昭和四二年四月一七日以降の支払期日の約束手形については、本件洗濯機が購入後短期間のうちに故障したのに野村貿易株式会社がその補修を怠つたので、名古屋市中区池田町二九永田三郎名義で被告銀行に対して不渡異議提供金の提供依頼がされた。そして、右手続の費用の預託のため昭和四二年四月一七日以降同四三年八月一五日迄の支払期日分一六通の約束手形については、滞納組合はその支払期日到来の都度、手形券面額相当額を永田三郎に提供し、これを資金として永田三郎は被告銀行へ預託をしたものである。
なお、昭和四二年六月一五日支払期日の約束手形についても、滞納組合は永田三郎に預託金の資金を支給したが、右手形は呈示されなかつたため、その預託がなされないまま、同四三年八月一五日以前の支払期日のいずれかの約束手形についての預託金として使われた。
(3) 昭和四三年九月一六日以降に支払期日の到来する約束手形四通については、滞納組合が実際に預託資金を永田三郎に支給したことはないが、永田三郎は同年八月三一日以降滞納組合に納付すべき同人の営業所において発生した売上代金を納付せず、この未納付売上代金を資金として被告銀行へ預託したものである。
(4) 以上の事実によれば、被告銀行に対する本件不渡異議提供金の提供依頼及びその預託金の預託がかりに参加人の名においてされたものと解される余地があるとしても、滞納組合の計算においてなされたことは明らかであるから本件預託金返還請求権は参加人と滞納組合との関係では滞納組合に帰属することは主張できない。
二、当事者参加人の請求原因
(一) 参加人は昭和四〇年一〇月一日、訴外野村貿易株式会社から電気洗濯機を代金一、四五七、七六〇円で買受け、その支払のために額面金三六、四四四円の約束手形四〇通を右訴外会社宛に振出した。右各約束手形の支払期日は同年一〇月五日及び同年一〇月以降昭和四三年一二月迄(三九ケ月間)毎月一五日であつた。
(二) ところで、参加人が右訴外会社から買受けた電気洗濯機は当初の品質保証にも拘らず、著るしい不良品であつた。そこで参加人は再三にわたりその補修を請求したにも拘らず、訴外会社はこれに応じなかつたので、昭和四二年四月一五日以降に支払期日の到来する二〇通の約束手形(実際は二一通であつたが、昭和四二年六月一五日を支払期日とする約束手形は呈示されなかつた)について、契約不履行を理由として異議提供金を被告銀行を通じ名古屋銀行協会に提供し、右二〇通の約束手形の支払をしなかつた。
(三) 参加人が異議提供金を銀行協会に提供するために被告に預託した金員はすべて参加人のものであり、断じて滞納組合のものではない。参加人は昭和四二年三月九日被告との間に当座勘定約定契約を締結し、その勘定へ参加人が金員を入金し、その中から毎月異議提供金相当分を銀行協会へ提供することを被告に依頼したものである。原告は参加人の被告に対する預託金(異議提供金)を滞納組合の預託金として滞納処分しているが、これはあくまでも参加人が預託したものでその返還請求権は参加人に帰属するものである。
(四) しかるところ、被告株式会社協和銀行は右預託金合計金七二八、八八〇円を現在名古屋法務局へ供託(同法務局昭和四六年度金二九八六一号)しているので、参加人は原告との間に右供託金の還付請求権が参加人にあることの確認並びに被告に対し右金七二八、八八〇円を支払うことを求める。
<以下事実欄省略>
理由
一原告が昭和四五年二月一七日滞納組合に対する滞納処分として、本件預託金返還請求権金七二八、八八〇円を国税徴収法第六二条により差押え、その差押時に本件債権の履行期限を即時と定めてこの旨を被告に通知し、右通知が昭和四五年二月一七日被告に到達したこと、その後被告が右預託金を社団法人名古屋銀行協会名古屋手形交換所から返還をうけたことは原告被告間において争いがなく、参加人との関係においても<証拠>によつてこの事実を認めることができる。
二しかるところ、原告と参加人はそれぞれ右預託金返還請求権が自己に帰属する旨主張するので、先づこの点につき検討するに、本件預託金は「新生クリーニング企業組合永田三郎」名義で振出された四〇通の約束手形(以下本件約束手形という)のうちの二〇通分について振出人が支払を拒絶した際異議提供金として、名古屋手形交換所へ提供すべく被告銀行へ預託されたものであり、この事実自体は被告及び参加人も明らかに争わないところ、<証拠>によれば、
(1) 本件約束手形の振出名義は前記のとおりであり、右は代表者の表示を欠くものであつて、その外観的解釈からすると、その振出人は参加人個人であると充分解しうるところであり、現に証人柳田一雄の証言からも、本件約束手形は滞納組合の知らないうちに振出されたことが認められること。
(2) 参加人は被告に異議提供金を名古屋手形交換所へ提供してもらうために参加人個人名義で被告との間に昭和四二年三月九日当座預金契約を結び、ここえ合計金七七三、一二四円を預金したが、その最初の預金は参加人自身が、その後も参加人の家族のものがそれぞれ右口座へ預入れ手続をしていること。
(3) この異議提供金の提供に際し、参加人は被告へ個人名義の「異議申立提供金代り金差入証」を差入れたうえ、右当座預金から異議提供金の代り金として個人名義でこれと同額の別段預金をし、さらに個人名義で本件約束手形の支払を拒絶したことの理由書を作成して被告へ提出していること。
以上の事実が認められるところ、これらの事実からすると、本件で預託金と呼ばれるものは参加人が同人名義で被告へ差入れた異議提供代り金即ち前記別段預金である。しかして、このような記名式預金における預金者の認定にあたつては、先づ名義人を重視すべく、それが実在する名義人で、且つ預入者も同一人であるときはそのものを当該記名預金の預金者とみるのが相当である。そして、本件別段預金が右認定のように預金名義人と現実の預入れ手続者が同一人であり、しかも、同一人名義の当座預金からこれが出捐された形式となつており、且つ、後記のように滞納組合と参加人との間には代理関係もない以上、この実質的出捐者は次項認定のように滞納組合であると認められるけれども、対被告銀行との関係において、右別段預金者はその名義人である参加人個人であるとみるべきである。従つて被告に対し本件預託金の返還請求権を有するのも滞納組合ではなく、参加人である。
三しかして、この点につき原告はかりに本件預託金の預託者が参加人であるとしても、
(1) 参加人と滞納組合の関係は中小企業等協同組合法第四二条、商法第二五四条第三項の規定により委任関係にあり、且つ参加人は滞納組合の業務執行につき代理権限を有するから、その預託行為の効力は本人である滞納組合に対し効力を生ずる。
(2) 参加人と滞納組合は本件約束手形四〇通を滞納組合の資金で支払うことを合意し、右手形金並びに預託金を実質的に出捐したのは滞納組合であるから参加人は滞納組合の関係では本件預託金が自己に属する旨主張しえない。
等と主張する。
(一) 先づ、(1)の点であるが、滞納組合は中小企業等協同組合法による組合であり、その商人性も一概に否定できないが、たとえ商法第二五四条第三項の規定が準用されるといつても代表理事でない参加人が当然に同組合の代理人になるわけのものでもないから、結局前記別段預金の預入れはあくまでも参加人が個人として行つたものといわざるをえない。
さらに原告は被告において参加人が滞納組合の代理人であることを知つていたか、或いはこれを知りえた筈であるから参加人との法律関係を主張しえない旨主張するが、本件全証拠によつても参加人が滞納組合の代理人であつたとは認められず、また前記商法第二五四条の関係においても参加人が滞納組合の代理人にならないことは前記のとおりであるから、原告のこの主張は採用できない。
また、被告が本件預託金を債権者不確知を理由に供託したからといつて(この点は後記のとおり争いがない)、原告のいうように被告が本件預託金の帰属をめぐる原告の請求に反論する資格迄失うわけではなく、本訴の帰すうの要は、右供託の有無に拘らず、原告が自らの主張立証責任を果しうるか否かなのである。
(二) 次に前記(2)の主張であるが、
(1) <証拠>によると、次の事実が認められる。
参加人は昭和四〇年六月二五日ころ、息子の稔に代理させて訴外野村貿易株式会社から電気洗濯機一台を代金一、三九〇、〇〇〇円、これに金利を付した合計金一、四五七、七六〇円を四〇回に分割して支払う約定で購入し、この代金相当額の約束手形四〇通を前記振出人名義で振出したが、参加人はこれにつき滞納組合とは事前に相談していなかつたことから、同組合は当初この事実を知らなかつた。しかし、その後間もなくして、このことを知つた滞納組合は、この洗濯機を同組合の資産とすることにし、その代金も組合において支払うことに決め、昭和四〇年一〇月一五日以降に期日の到来する約束手形につき、当初は現金を、ついで小切手を参加人に交付し、参加人を通じて前記分割払の支払をしてきた。
ところが、右洗濯機の機能に瑕疵があつたことから、参加人は自らの判断で昭和四二年四月以降に期日の到来する二一通の約束手形については契約不履行を理由にその支払を拒絶することにし、同時に支払拒絶による不渡処分を免れるため、手形交換所へ異議提供金をつむことにした。そこで参加人は前記認定のような手続をふんで参加人名義の当座預金から当該約束手形金相当分を参加人名義で別段預金として被告に預託し、被告はこれと同額の異議提供金を手形交換所へ提供したのである。こうして参加人は前記二一通中二〇通の約束手形について預託金を差入れてきたところ、滞納組合も支払拒絶が行われたはじめのうちはこの事実は知らなかつたのであるが、引き続き昭和四三年七月分に至る迄は同組合から前記手形金に見合う金員が参加人へ支出されてきた。
(2) このようにみてくると、参加人の預託した本件預託金のうち、昭和四三年七月迄に預託された分は滞納組合から出捐された資金をもつてこれに充てられたものである。
しかし、本来価値権そのものとして把握すべきであつて所有権の概念の希薄な金銭においては、それに対する権利はその占有の移転とともに移転すると解されるから、それが出捐者と異る他人名義で預金され、且つその預金が対被預金者の関係において名義人のものであると認定されるような情況のもとにおいて、名義人ではないそもそもの出捐者が右預金自体を自己の預金であるとしてその権利を主張することは許されない。
このことは、出捐をうけた被出捐者がその金銭を不法に領得する意思をもつて自己名義で預金したような場合は明らかであるが、そこに不法領得の意思が介在しない場合でもその理はかわらない。勿論出捐者が被出捐者(預金者)に対し出損の原因関係にもとづいてその返済を求めうる場合のあることは当然であるけれども、だからといつて、その預金自体についての権利、即ち預金返還(払戻)請求権を認めることは預金者が被預金者に対して有すると認定された返還請求権が、これを他へ移転せしめる法律上の原因、例えば譲渡、転付というようなこともなく、第三者へ移るという不自然な結果となり、いたずらに法律関係を錯雑にするものである。
この点につき、原告はこの預託金の出捐者が滞納組合である以上、参加人は滞納組合の承継人である原告に対し、その預託金返還請求権が自己に帰属することを主張しえないというのであるが、右認定のように、この返還請求権は絶対的に参加人に帰属するものであり、原告のこの主張は右返還請求権の所在を不明確にするものであるうえ、前記のように出捐者は被出捐者との原因関係にもとづき出捐した金員を回復する方法もあるのであるから、この主張を採用することはできない。
四そこで、原告及び参加人の被告に対する請求であるが、先に認定のとおり、被告に対して本件預託金返還請求権をもつものは参加人であるから、この返還債務の履行期、或いは別段預金における遅延損害金発生の有無等の点につき判断するまでもなく、原告の被告に対する請求は認められない。
また原告は本件預託金七二八、八八〇円を昭和四一年一月一二日債権者不確知を理由に名古屋法務局へ供託をしており、このことは当事者間に争いがないから、これによつて被告の右返還債務は消滅したというべく、従つて参加人の被告に対する請求も理由がない。
五次に、反訴原告の反訴請求並びに参加人の原告に対する請求であるが、既に認定のとおり、被告銀行に対する本件預託金の返還請求権を有するのが参加人である以上、被告が前記供託をした供託金の還付請求権も参加人に帰属するものというべく、従つて、参加人の請求は理由があるけれども、反訴原告の反訴請求は認めることができない。
六以上判断してきたとおりであるから、本件各請求中、参加人の原告に対する請求のみを正当として認容し、その余の各請求はいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用中、本訴反訴各訴訟費用は原告に、参加によつて生じた訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を参加人に各負担させることとして主文のとおり判決する。 (宮本増)
異議提供一覧表 <省略>
異議提供金被返還状況一覧表 <省略>