大判例

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名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)778号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕<証拠>によれば、つぎの事実が認められる。

(一) 診療経過

原告は、本件事故直後、半田市所在の中野医院で診療をうけ、三日目の昭和四二年九月一八日から同年一二月二六日まで同医院に入院した。傷病名は、頭部挫傷・頸部挫傷に伴う外傷性頭頸部症候群であつた。原告はその後昭和四四年九月三〇日までに実治療日数二八六日同医院に通院、同日症状固定、労災等級該当の後遺症があると診断された。その内容は、頭重、頭痛、頸部緊張感、両肩凝り、両腕のしびれ感の残存、第五、六頸椎の著明な変形等であつた。

また、原告は、昭和四三年一月九日から昭和四四年九月二日まで半田市所在の新美歯科医院に通院(その間の治療実日数二四日)し、同日治癒、労災等級一二級該当の後遺症があると診断された。その内容は、肩凝り疲労(神経性)による歯膜炎併発というのであつた。

また、原告は昭和四四年七月五日頃半田市所在の平岡外科医院でも診療をうけた。

他方、原告は、本件事故までに二回交通事故に遭つていた。第一回は昭和三九年頃のことで、自動車に同乗し交差点で止つている時に追突されたものであつた。この事故によつて原告は頸部挫傷の傷害を負つたが、その治療には一ケ月以内を要したにとどまるものであつた。第二回は昭和四〇年一一月七日頃であつた。事故は原告が同乗していた自動車と自動三輪車が正面衝突したというもので、事故当日から昭和四〇年一二月二四日まで原告は入院した。当時、原告には、頭痛、首の運動障害、額の上のこぶ、左膝の外傷、第四、五、六頸椎の彎曲の異常があつた。退院後も、原告はこれ等症状の治療のため通院していた。その規模は、同年一二月の退院後で二回、昭和四一年に入つて、一月七回、二月一四回、三月二〇回、四月二三回、五月一五回、六月一七回、七月二二回、八月二〇回、九月一二回、一〇月一一回、一一月一二回、一二月一七回、昭和四二年に入つて、一月一四回、二月一二回、三月一二回、四月一〇回、五月二回、六月二回、七月七回、八月三回、九月は本件事故発生の一五日までに四回であつた。本件事故前、原告には、首の運動障害、首の痛み、手のだるみ、しびれなどの訴えがあり、未だ症状が固定したとは診断されていなかつた。

以上の事実と本件事故の態様(原告転倒の模様)、証人中野駿児の証言、原告本人尋問の結果を綜合検討してみると、本件事故発生後の原告の前示症状と治療(但し歯科の分は本件事故に因るものと認められる。)には、本件事故に因るものと前記二回目の事故に因るものとの双方が含まれており、そのうち本件事故の占める割合は八〇%程度と認めるのが相当である。 (藤井俊彦)

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