名古屋地方裁判所 昭和46年(ワ)2318号 判決 1972年7月13日
原告 千代田興業株式会社
被告 新東工業株式会社
主文
一、被告は原告に対し、金一、一五三、七三〇円およびこれに対する昭和四六年一〇月八日より支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、この判決は仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言。
二、請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1 訴外三洋工業株式会社(以下「訴外会社」という。)は昭和四六年八月三一日現在被告に対し、バーナーチツプ等資材の売掛代金および燃料装置等設置の工事費合計金一、一五三、七三〇円(履行期は同年九月三〇日)の債権(以下「本件債権」という。)を有した。
2 原告は昭和四六年八月三一日訴外会社から本件債権を譲受けた。
3 訴外会社は被告に対し、本件債権を原告に譲渡した旨、同年九月一五日付内容証明郵便をもつて通知し、右通知は翌一六日被告に到達した。
4 よつて、原告は被告に対し本件債権金一、一五三、七三〇円およびこれに対する履行期後である本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年一〇月八日より支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による金員の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2ないし4のうち原告主張の内容の通知が被告に到達したことは認めるが、その余は不知または争う。
三、抗弁(相殺)
仮に原告主張の債権譲渡の事実が認められるとしても
1 被告は、昭和四六年九月一〇日訴外大同興業株式会社から、訴外会社が振出した別紙目録記載の約束手形二通の裏書譲渡をうけ、所持している。
2 被告は、昭和四六年一二月二日の本件口頭弁論期日において、別紙目録(一)記載の約束手形金債権をもつて、昭和四七年一月二七日の本件口頭弁論期日において、別紙目録(二)記載の約束手形金債権をもつて、原告の本件債権とその対当額においてそれぞれ相殺する旨の意思表示をした。
四、抗弁に対する認否
抗弁のうち、被告が別紙目録の記載の約束手形二通の裏書譲渡をうけた日が昭和四六年九月一〇日であることは否認し、その余の事実は認める。被告が右手形二通の裏書譲渡を受けた日は、前記債権譲渡通知が被告に到達した同月一六日後であるから、被告主張の相殺は無効である。
仮に、右約束手形二通の裏書譲渡を受けた日が被告主張の日であつたとしても、自働債権と受働債権が共に右通知到達以前に相殺適状にあることが必要であるから、自働債権である右約束手形金債権の支払期日はいずれも右譲渡通知到達後に到来するものであること明らかな本件においては被告主張の相殺は無効である。
第三、証拠<省略>
理由
一、本件債権について
請求原因事実1については当事者間に争いがない。
二、債権譲渡について
官署作成部分についてはその成立につき当事者間に争いがなく、その余の作成部分については原告代表者の供述により真正に成立したものと認められる甲第一号証、原告代表者の供述により真正に成立したものと認められる甲第二号証および証人小野一夫、同斉藤義秀、原告代表者の供述を総合すると、原告は昭和四六年八月三一日、訴外会社から本件債権を譲受けたこと右訴外会社は被告に対し同年九月一五日付内容証明郵便をもつて本件債権を原告に譲渡した旨の通知をし、右通知は翌一六日被告に到達し(この点は当事者間に争いがない。)たことが認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
三、抗弁(相殺)について
1 証人斉藤義秀の証言により真正に成立したものと認められる乙第一、第二号証、第三号証の三、第四号証および証人斉藤義秀、同小野一夫の各証言を総合すると、被告は昭和四六年九月一〇日、訴外大同興業株式会社から、訴外会社振出にかかる別紙目録記載の二通の約束手形の裏書譲渡を受け、右各手形を所持していることが認められ、他に右認定を覆えすにたりる証拠はない。
2 被告が、その主張の相殺の意思表示をしたことは訴訟上明らかである。
3 そこでまず、債権譲渡人(訴外会社)に対する反対債権たる手形債権を自働債権とし、譲受人(原告)の本件債権を受働債権とする相殺が民法第四六八条第二項の事由に当るか否かについて考えてみるに、債務者(被告)の関知しない債権譲渡人(訴外会社)・譲受人(原告)間の譲渡行為によつて債務者(被告)の不利益を増大させてはならないから、右相殺が同項の事由に当ると解するのが相当である。
4 ところで、およそ債権譲渡は債権の権利としての積極的な利益だけの譲渡であつて、債務をも承継するものではない。しかしながら、債務者(被告)に相殺の抗弁権を認めることは、譲受人(原告)に債務者たる地位の承継をも認めることである。したがつて、相殺が民法第四六八条第二項の事由に当ると解するのは、債務者(被告)保護のため、特に認められた例外と解すべきであるから、債務者(被告)の債権譲渡人(訴外会社)に対する反対債権を自働債権とし、譲受人(原告)の本件債権を受働債権とする相殺が如何なる程度の相殺原因の成立を必要とするかは、究極のところ債務者(被告)の利益と譲受人(原告)の利益を比較衡量して決すべきである。
5 そこで、債権譲渡の通知以前に自働債権および受働債権はいずれも成立しているが、通知までに双方とも弁済期が未到来の場合について考えることとする。
通知を対抗要件とする債権譲渡によつて前記のとおり債務者(被告)の不利益を増大させてはならないと解すべきであるから、通知の際に相殺をなしうべき原因が存在する以上、通知までに相殺をなしえたことを要しないと解するのが相当である。そうすると、譲受人(原告)の受働債権の弁済期が債務者(被告)の自働債権の弁済期よりも後である場合は、債務者(被告)からの相殺は可能であるが、受働債権の弁済期が自働債権の弁済期よりも先に到来する場合においては、もはや債務者(被告)からの相殺は不可能と解するのが相当である。けだし、本来譲渡債権(受働債権)の弁済期が先に到来するときは、債権譲渡人(訴外会社)が先に弁済を要求すれば債務者(被告)は弁済を拒みえない性質のものであり債権譲渡人(訴外会社)の地位を承継した譲受人(原告)との関係においても同様に解するのを相当とするからである。
6 被告は、判例が相殺の要件につき民法第四六八条第二項と同法第五一一条とを区別しない立場に立つことについて全く異論がなく、同法第五一一条に関する判例(債権が差し押えられた場合において、第三債務者が債務者に対して反対債権を有していたときは、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、右債権および被差押債権の弁済期の前後を問わず、両者が相殺適状に達しさえすれば、第三債務者は、差押後においても、右反対債権を自働債権として、被差押債権と相殺することができる。最判昭四五・六・二四大法廷、民集二四-六-五八七)の変遷に伴い、同法第四六八条第二項に関する考え方も当然変化すべきである旨主張する。
なるほど従来判例が、相殺の要件につき民法第四六八条第二項と同法第五一一条とを区別しない立場に立つていたことは被告主張のとおりである。しかしながら最近の学説で民法第四六八条第二項と区別して、同法第五一一条について受働債権が差押えられた場合は、それが譲渡された場合よりも、第三債務者による相殺の要件を緩和して、差押前の反対債権があるかぎり、差押前の相殺適状の有無を問わず、無制限に相殺を認めるのが妥当であると説くものがあり、その後右学説にそう前記最高裁の判例を見るに至つた。
右判例の事案は、差押に関するもので、あくまで銀行預金に対する国税滞納処分による取立訴訟にかかるものであつて銀行側の相殺には相殺予約がされていたという特殊な事情があり、相殺予約により弁済期が差押前に到来しているものである。右判例はかかる事案について銀行側の相殺を優先的に保護したものである。
したがつて、右判例は事案を異にし、本件に適切ではないと解するのが相当であるから、被告の右主張は採用しない。
7 そこで、本件についてこれをみるに、前記のとおり、譲受人(原告)の受働債権(本件債権)の取得は昭和四六年八月三一日、債務者(被告)の自働債権(各手形金債権)の取得は同年九月一〇日、債権譲渡通知の到達は同月一六日、受働債権の弁済期は同月三〇日、自働債権の弁済期は同年一一月一五日および同年一二月一五日であるから、すくなくとも譲渡通知前にすでに自働債権および受働債権はいずれも成立し、譲渡通知までに双方の債権とも弁済期が未到来であつて、受働債権の弁済期が自働債権の弁済期よりも先に到来することが明らかであるから、民法第四六八条第二項の事由に該当せず、被告から相殺をもつて原告に対抗することができないと解すべきである。
すると、被告の主張する相殺の抗弁はいずれも採用することができない。
四、むすび
以上の次第であるから、原告の被告に対する本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小林真夫)
別紙 目録<省略>