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名古屋地方裁判所 昭和46年(ワ)3015号 判決 1972年3月30日

原告 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 小久保義憲

被告 乙山二郎

右訴訟代理人弁護士 辻巻真

右同 辻巻淑子

主文

一、原告の請求はこれを棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は

一、被告は原告に対し金五〇万円およびこれに対する昭和四六年一二月二七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め、その請求の原因として

原告は訴外甲野花子(昭和二六年八月一〇日生)の父であるが、同女は訴外丙川三郎を通じて知合った被告に、同女をして喫茶店を経営させてやるといわれたことから、真実喫茶店を経営させてもらえるものと信じ、昭和四六年一月頃から処女であったが被告に身体を委せていたところ、喫茶店を経営させてもらえないことおよび貞操を弄ばれたことを悲観し、上京した。原告は同女の父として同女が被告に貞操を弄ばれたことにより精神的苦痛を蒙った。よって、原告は被告に対し慰藉料金五〇万円およびこれに対する本訴状送達日の翌日である昭和四六年一二月二七日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の本案前の抗弁を否認した。

被告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、本案前の抗弁として

一、民法は原則として被害者以外の者に慰藉料請求権を認めておらず、例外的に生命侵害の時における被害者の父母、配偶者および子に慰藉料請求権を認めているのである(参照民法第七一一条)。なるほど、死に等しいような重大な傷害の場合に被害者の親に慰藉料請求を認められた事例があるが、これはあくまでも死に等しいような傷害の場合に限っているのであって、一般的に死亡以外の場合に被害者の親に慰藉料請求権を認めるものではない。また、妻と姦通した男に対して夫の慰藉料請求を認めた事例もあるが、これは、夫婦間に貞操義務があり、夫の妻に対する貞操権が侵害されたことにより夫自身が被害者であり、従って慰藉料請求が認容されたのである。しかし、(父)親には娘に対しこのような貞操権はない。従って、(父)親自身が被害者ということはできない。

二、そもそも、貞操は傷害と異なり、本人の意思が特に尊重されるべきものであり、このことから殺人、傷害等の罪が非親告罪であるのに、強姦罪は親告罪とされるのである。

三、そして、本件の如く、既に成人に達し、婚姻適令となり、しかも婚姻につき親の同意なくして自らの意思のみで婚姻しうる女性の親が娘の貞操侵害を理由として自らの慰藉料請求の訴を提起することは、当事者適格を有しない者の訴であり、不適法であって、却下さるべきである。

と述べ、原告主張の請求原因事実を否認し、

仮りに右本案前の抗弁が認められないとしても、原告の本訴請求原因にもとずく請求はその主張自体失当であるから、棄却さるべきである。

と述べた。

理由

婚姻適令(男子満一八歳、女子満一六歳)に達した配偶者のない者の貞操権はその者の一身上の問題であり、従って、そのような娘の親が娘の貞操が侵害されたことにより苦慮することがあるにしても、その娘に対する貞操権を有しないし、自ら娘の貞操侵害を理由とする精神的苦痛による慰藉料請求権を有しないものと解せられるところ、原告の主張自体において訴外花子は昭和二六年八月一〇日生れで、被告と肉体関係を生じたという昭和四六年一月には既に満一九年五月に達し、現在においては満二〇年七月で成年に達していることが明らかであるから、原告は本件につき慰藉料請求権を有しないものというべきである。しかして、かかる場合は訴の適否についての問題ではなく、請求の当否についての問題であると解せられる。よって、原告の本訴請求は主張自体において失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおと判決する。

(裁判官 丸尾武良)

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