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名古屋地方裁判所 昭和46年(手ワ)344号 判決 1972年7月08日

原告

花木すみえ

右訴訟代理人

山路正雄

被告

鈴木美知子

(旧姓)

市川美知子

右訴訟代理人

近藤光玉

主文

(一)原告の請求を棄却する。

(二)訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

(一)  はじめに手形金請求の当否につき考えるに、被告が本件手形を自から振出したことを認むべき証拠はない。<証拠>によるも右事実を認め難く、むしろ証人市川勝己の証言によると、本件手形は右市川勝己が被告名義の記名押印をして作成した上原告に交付したことを認めるに足る。

(二)  次に原告は(イ)本件手形は右市川勝己が被告の記名押印を代行して振出したもので、(ロ)被告は右勝己が記名押印代行の形式で被告名義の手形行為をなすことを許容していたと主張して居り、右勝己が被告の氏名を使用して本件手形を振出したことは証人市川勝己の証言によりこれを認め得るが、その余の点についてはついにこれを認め難いものである。

(三)  今、この点の判断の前提として、当時の被告夫婦の営業関係、当座取引の関係、手形振出の状況につき考えるに、<証拠>を綜合すると左記諸事実を認めることができる。即ち、

(1)  被告と市川勝己とは昭和四六年一一月二六日に協議離婚をする迄夫婦であつたものである。

(2)  右市川勝己は昭和四五年春頃より「ショップいちかわ」なる商号の下に時計宝石販売業をいとなんでいたが、同人は昭和四三年頃に銀行取引停止処分を受けたこともあり信用乏しきため、営業名義には妻である被告の名義を借用し、物品税も被告名義で納付していた。しかしながら現実には右営業は夫である勝己が主宰して居り、仕入、販売、経理事務は勝己がこれを行ない、被告は勝己の妻として同人の指揮下で販売納品業務を手伝う程度であつた。

(3)  前記「ショップいちかわ」の営業上、当座取引をする必要があつたが、右市川勝己が銀行取引停止処分中であつたため、勝己は妻である被告の名義を借用して岐阜信用金庫長良支店と当座取引を開始した。而して右当座取引には勝己の実印を使用し、勝己経営の「ショップいちかわ」の入金を振込んでいた。

(4)  右「ショップいちかわ」の支払並に資金ぐりの必要上、勝己は岐阜信用金庫長良支店を支払場所とする被告名義の手形を振出していたが、その際勝己は自己の保管する手形帳に自己の実印を押捺して手形を作成していた。

(5)  本件手形も右勝己が「ショップいちかわ」の資金ぐりの必要上原告から借入をした際、右勝己が振出したもので、原告は本件手形受領の際には手形が被告名義であることに気づかなかつたものである。

以上の事実を認めることができる。証人市川勝己原告被告各本人の各供述中右認定に牴触する部分は措信し難く他にこれに反する証拠もない。

(四)  右認定事実によると、被告が一時市川勝己に被告の氏名を使用して手形行為をすることを許容したことは認められるが、右は市川勝己が自己の行為として手形行為をする際に同人を表示する名称として被告の氏名と同一の呼称を使用することを被告が許諾した趣旨(いわゆる「名義貸」の関係)に留り、市川勝己が被告の機関として被告のために手形行為をする権限を被告が賦与したとは解せられぬものである。

(五)  手形の名義貸と記名押印の代行とは、現実の手形行為者と名義人とが別人になつている点では共通しているが、元々別個の観念であり、その要件効果も異なるし、その前提となつている社会関係も相違するから、両者は明確に区別されなければならない。

而して手形行為の名義人と現実の行為者とが共に同一経営体に属する場合のうち、名義人が経営主で行為者が被使用人である場合とか、名義人と行為者とが共同経営主である場合などは、両者の間に記名押印代行の関係(機関関係)を認むべきであるが、反対に行為者が経営主で名義人がその被使用者であるような場合には両者の間に記名押印代行の関係(機関関係)は認め難く、両者の間には名義貸の関係が存するものと認むべきである。

(六)  上叙の如く本件の場合被告と市川勝己との間に記名押印代行(機関)関係があつたとは認め難いから、これが存在を前提とする原告の手形金請求は失当である。

(なお、原告が本訴で被告の名義貸人としての責任を追求しているとは認められないけれども、前記の如く原告が本件手形を市川勝己から受領する時、振出人名義が被告名義になつていることに気付かなかつた点、即ち原告が被告に信頼を置いて本件手形を取得したとは言い難い点を考えると、被告に対する名義貸責任の追求も亦困難なのではないかと思われる。)

(七)  次に貸金請求につき考えるに、訴外市川勝己が昭和四五年一二月三〇日に原告から金一二〇万円を借受けたことは被告も自認するところである。原告は被告も右勝己と連帯して右金員を借用したと主張するが、これを認むべき証拠がない。原告本人の供述中には被告も連帯して借用した旨の部分があるが、右は原告の意見乃至は推測に止まり、連帯借用の具体的事実を認めるに足る供述は存しない。即ち<証拠>によると、右金員借用につき借主側で折衝に当たり借受金を受領して行つた者、即ち借受の意思表示をした者、は市川勝己のみであるが、右勝己が被告を代理して連帯借用の意思表示をした形跡及び被告が右代理権を勝己に与えた形跡は認められない。

(八)  尤も右借用に際し被告振出名義の約束手形(甲第一号証)が借用証代りに原告に対して差し入れられていることは認められるが他方<証拠>によると、当時市川勝己は被告名義の手形を独断で振出していたものであり、原告も右手形を受取つた時にはそれが被告作成名義であることに気付かなかつたことが認められるので、被告作成名義の手形差入の事実よりして被告との間にも連帯借用契約が成立したと推認することはできない。

(九)  又、本件借受金が岐阜信用金庫長良支店における被告名義の当座預金に振込まれたり、被告名義の営業(ショップいちかわ)資金に充てられたことはこれを認め得るけれども、「ショップいちかわ」は市川勝己が被告の名義を借用して経営していた営業であり、前記当座預金も市川勝己の預金であつたことは前に説示したとおりであるから、右の事実があればとて、被告が本件貸借に関与したことを推知するには足らぬものである。而して他に被告の連帯借用の事実を認むべき証拠はない。

(一〇)  然らば原告の被告に対する本訴請求は、第一次、第二次共に失当であるから排斥することとし民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(夏目仲次)

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