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名古屋地方裁判所 昭和46年(手ワ)552号 判決 1972年8月03日

原告 吉田清水

右訴訟代理人弁護士 近藤昭二

被告 フアーストマン株式会社

右訴訟代理人弁護士 山本正男

右同 又平雅之

主文

(一)被告は原告に対し金一六九万並之が内

(1)金一二〇万円に対する昭和四六年一〇月二〇日以降

(2)金四九万円に対する同年一〇月三一日以降

各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うこと。

(二)訴訟費用は被告の負担とする。

(三)原告が被告に対し金五〇万円の担保を供する時には、本判決は仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並仮執行の宣言を求め請求の原因として

一、原告は昭和四六年一〇月一〇日頃訴外久野昭治の依頼により被告提出にかかる左記約束手形二通の割引をなし、右久野より之が裏書譲渡を受けてその所持人となった。

(1)額面 一三〇万円

振出日 昭和四六年七月六日

支払期日 昭和四六年一〇月二〇日

(2)額面 四九万円

振出日 昭和四六年七月一〇日

支払期日 昭和四六年一〇月三一日

以上何れも

振出地並支払地 名古屋市

支払場所 株式会社三菱銀行名古屋駅前支店

振出人 被告

受取人兼第一裏書人 三陽株式会社

第一被裏書人 瀬戸信用金庫(抹消)

第二裏書人 久野昭治

第二被裏書人 白地

二、原告は右各手形を各満期日に支払場所に呈示したが支払拒絶された。

三、よって原告は被告に対し右各約束手形金と之に対する各満期日以降完済迄手形法所定率(年六分)による法定利息の支払を求めるため本訴請求に及ぶ、

と述べ抗弁事実を否認した。

立証<省略>

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め請求原因事実中被告が本件約束手形二通を訴外三陽株式会社(以下「訴外会社」という)に対し振出したこと、呈示支払拒絶の点を認め他を争い抗弁として、

(1)被告は本件手形をその取引先である訴外会社に対する融通手形として振出した。

(2)その後昭和四六年九月に訴外会社は経営不振から不渡り手形を出し約一億円の負債を抱えて事実上倒産状態となった。

(3)その結果、訴外会社が本件手形二通の割引先の瀬戸信用金庫より買戻の請求を受けていることを聞いた久野昭治は訴外会社に買戻方を勤め、昭和四六年一〇月五日に右久野と訴外会社代表取締役大野由一とは右信用金庫に赴き、訴外会社の別途定期預金と本件約束手形二通外数通の約束手形とを相殺の上、その不足金二二万八四一二円を右久野が支払って買戻してきたものである。

(4)斯様に本件手形は元々被告より訴外会社に対する融通手形であるから、訴外会社は早晩右手形を買戻して被告に返還すべきであった。而して右買戻時には訴外会社は倒産状態にあり再度之を他に譲渡すれば再び訴外会社が買戻す資力はなく、結局振出人の被告を害することになることは明白な状況下にあった。訴外会社代表者は右状況を認識して居り、久野昭治も訴外会社代表者からかかる事情を聞知していたもので悪意の取得者である。而して原告も右久野の仲間であって、訴外会社代表者久野昭治の計画に加担したものであり同じく悪意の取得者である。よって原告の請求は理由がない。

と述べた。

立証<省略>

理由

被告が本件約束手形二通を訴外三陽株式会社に対し振出したこと、本件各手形を各期日に支払場所に呈示され支払拒絶したことは当事者間に争いがなく、原告提出の甲第一、第二号証によると原告が裏書の形式的連続ある本件各手形の現所持人であることを認め得て反証もない。

被告は本件各手形は被告の訴外会社に対する融通手形であると主張するから考えるに、証人渡辺国定の証言(第一回)(第二回)之により各成立を認める乙第三乃至第七号証、乙第九号証、成立に争いない乙第八号証、証人大野由一の証言、証人篠田光明の証言の一部を総合すると、本件各手形は当初被告より訴外会社に対する融通手形として振出されたことが認められ他に之に反する証拠もない。

原告は、請求原因一、の(1)の一二〇万円の手形に対しては訴外会社が被告に現金七〇万円と中部ラシヤの五〇万円の手形とで支払って居るし、同(2)の四九万円の手形と訴外の一三一万円の手形とに対しては二四〇万円の商品の返品を以て決済がしてあるから本件各手形は融通手形の性格を失なっているとなし、証人篠田光明の証言中にはその趣旨の部分がある。

しかしながら同証言中右各弁済が本件各手形の弁済に充てられた旨の部分は後記諸証拠に照し措信し難く他に之を認むべき証拠はなく、むしろ証人渡辺国定の証言(第二回)、之により各成立を認める乙第五乃至第九号証によると、

(イ)証人篠田光明の供述する中部羅紗株式会社振出の額面五五万円(支払期日一〇月三一日)の手形と現金六五万円とは、昭和四六年七月六日に被告が訴外会社に対し融通手形決済資金として乙第九号証の小切手により貸付けた一二〇万円の弁済として支払われたものであるし、

(ロ)同じく昭和四六年八月一日被告会社仕入の一八〇万円の商品は、昭和四六年七月八日に訴外会社の手形決済資金とするため被告が訴外会社に貸付け同日東海銀行大津町支店訴外会社口座へ振込送金された一八〇万円の弁済に代えられたもので、

何れも本件各手形金の弁済に充てられたものではないことを認め得る次第である。然らば本件各手形は何れも融通手形の性質を失っていないものと言うことができる。

次に証人大野由一、同久野昭治、同篠田光明の各証言の各一部成立に各争いない乙第一号証の一、二、三、証人渡辺国定の証言(第一回)により成立を認める乙第二号証を総合すると、訴外会社の手形不渡発表が昭和四六年九月二六日にあり同年一〇月一日に銀行取引停止の通知のあった後の昭和四六年一〇月五日に、訴外会社代表者大野由一、同社経理担当者篠田光明、訴外久野昭治の三名が訴外会社の取引銀行であった瀬戸信用金庫車道支店を訪れ訴外会社と右信用金庫との間の預金貸金関係を相殺決済し、不足金の約五〇万円は右久野が訴外会社に貸付けた金員を以て右信用金庫に支払い、本件手形二通を他の割引手形と共に訴外会社が受戻したが、その場で本件各手形は訴外会社の右久野に対する旧債の支払のために譲渡され、その後右久野は割引のために本件各手形を原告に裏書譲渡したことを認め得る。証人大野由一、同渡辺国定の証言中右認定に抵触する部分は措信し難く他に之に反する証拠もない。

右事実によると、本件各手形は被告より訴外会社に対する融通手形として発行され訴外会社より瀬戸信用金庫に割引に出されていたのが訴外会社の不渡処分後訴外会社に買戻されたのであるから、融通手形の性格上、訴外会社としては之を被告に返還すべき義務があり、訴外会社の信用失墜した現在再度之を金融に利用することは勿論既存債務の弁済のため他人に交付する如きことは当初の融通手形契約に違反するものというべきである。

被告は久野昭治は本件手形が融通手形なることを知りながら取得したと主張する。そこで考えるに、証人大野由一、同篠田光明の各証言の各一部によると、久野昭治は訴外会社の経理担当者の篠田光明と懇意であった関係から訴外会社の倒産直前には訴外会社に毎日のように出入りして訴外会社に金融していた間柄であること、本件各手形も篠田が久野と相談の上、最初から久野に渡す予定で瀬戸信用金庫から受戻したものであることが認められる。斯様に訴外会社経理係篠田と密接な関係にあり本件各手形の受戻のため共同した久野が本件各手形の原因関係(融通手形関係)を知らぬはずがないから、右久野は本件各手形が融通手形なることを知りながら本件手形を取得したものと認むべきである。又、本件手形受戻当時右久野が訴外会社の倒産を知っていたことは証人久野昭治の証言から明らかである。

被告は原告も悪意の取得者であると主張し、証人渡辺国定の証言中はその趣旨の部分があるが、右供述部分は証人久野昭治の証言、原告本人の供述に照し措信し難く他に之を認むべき証拠がない。

尤も原告本人の供述する本件割引金の出所には不審の点もあるけれども原告の供述の他の部分によると原告は金融業者東光産業の従業員であることが認められるところ、金融業者の間では税務対策上、家族、従業員等の名義を借用して資金の出所をかくすことが稀でないから、原告の供述する者から資金がでていないとしてもそのことのみから本件割引金の交付が全くなく原告への裏書譲渡は通謀仮装の取引であると推認することはできない。

然らば被告の抗弁は結局理由なきに帰するから排斥する外はない。

上記を総合するに原告の本訴請求は結局正当につき認容することとし民事訴訟法第八九条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 夏目仲次)

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