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名古屋地方裁判所 昭和47年(ヨ)1415号 判決 1975年11月26日

申請人 矢野正三

右訴訟代理人弁護士 水野幹男

同 高木輝雄

同 安藤巌

同 伊藤泰方

同 原山剛三

同 原山恵子

同 藤井繁

同 二村豈則

同 加藤洪太郎

同 加藤高規

同 三浦和人

同 加藤郁江

被申請人 旭精機工業株式会社

右代表者代表取締役 大隅武雄

右訴訟代理人弁護士 佐治良三

同 高橋貞夫

同 来間卓

同 山田靖典

同 後藤武夫

右佐治訴訟復代理人弁護士 建守徹

主文

一  申請人が被申請人会社に対し第二事業部第二製造部製造課機造第一係においてプレーナー操作担当の作業者としての労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  申請人(申請の趣旨)

(一)  被申請人会社は申請人を第二事業部第二製造部製造課機造第一係においてプレーナー操作担当の作業員として仮に取扱わなければならない。

(二)  訴訟費用は被申請人の負担とする。

但し、右申請の趣旨第一項は、当初「被申請人が、申請人に対し、被申請人機造工場現場事務所において、机に向って椅子に腰掛けたまま一切の業務に従事してはならないことを命ずる旨の意思表示の効力は本案判決確定に至るまで仮に停止する。」(以下、「第一次申請」という。)であったものを昭和四八年五月二八日第一回口頭弁論期日において申請の趣旨を交換的に変更して「被申請人が申請人に対し、昭和四八年一月一二日付でなした申請人を被申請人会社製造課より被申請人会社第二技術部へ配置転換を命ずる旨の意思表示の効力は本案判決確定に至るまで仮に停止する。」(以下、「第二次申請」という。)とし、さらに昭和五〇年一月二九日第一三回口頭弁論期日において右第二次申請を交換的に変更して右申請の趣旨第一項(以下、「第三次申請」ともいう。)記載のとおりとしたものである。

二  被申請人

(一)  申請人の本件申請について

1 本件申請を却下する。

2 訴訟費用は申請人の負担とする。

(二)  申請の趣旨の変更について

右申請の趣旨の変更には異議がある。

申請人は、第一次申請においては、後記本件不就労命令の効力のみを争点としていたが、第二次申請において後記本件配転の効力のみを争点とし、さらに第三次申請において再び右不就労命令の効力のほか、それまで全く争っていなかった後記本件職務換えの効力をも争点とするに至った。本件不就労命令、本件配転、本件職務換えはいずれも時期、内容を異にし、何ら相互に法律上、事実上の関連性をもたない別個のものであり、しかも右職務換えは右不就労命令右配転より以前のもので申請人が第三次申請以前全くその効力を争ったことのないものであり、第一次ないし第三次申請間には請求の基礎に同一性があるとは到底いえず、また右各変更は訴訟手続を著しく遅滞せしめるものであり、民事訴訟法二三二条一項に違反し許されない。

第二申請の理由

一  被申請人は肩書地に所在し、従業員約七〇〇名を有し、銃弾、プレス機械、変速機等の製造、販売を業とする株式会社であり、申請人は昭和四二年三月高知県立高知工業高等学校機械科卒業後、被申請人会社(以下、単に「会社」ともいう。)に入社したものである。

二(一)  申請人は昭和四二年四月二七日第二事業部第二製造部製造課機造係平削班に配属され、平削盤(プレーナー)の先手(助手)として約一年半勤務し、その後独立してプレーナーによる機械部品等の生産加工を行なってきた。

(二)  ところが、被申請人会社は昭和四六年四月二八日申請人に対し何らの熟練を要せず極めて単純な補助的作業である面取り、バリ取り作業への配置転換(以下、「本件職務換え」という。)を命じた。

その際、申請人は徳山機造第二係長兼製造課長代理から今後はフライス班中村班長から指示を受けるよう指示されたが、同班長からフライス班員のZD(無欠点)運動への参加を申請人が正式のフライス班員でないことを理由に拒否され、徳山も申請人の直接の上司は自分である旨申請人に言明した。以上の経過からして、申請人は本件職務換え後も依然平削班に所属していたものというべきである。

(三)  次いで、昭和四七年三月三一日被申請人会社は申請人に対し右面取り、バリ取り作業をも奪ったうえ、以後機造工場現場事務所の片隅に机と椅子を与え、就業時間中机に向って椅子に腰掛けたまま一切の業務に従事してはならない旨命じた(以下、「本件不就労命令」という。)。以後、申請人は本を読むことすら禁じられ、連日就業時間中机に向って椅子に腰掛けているという苦痛を余儀なくされた。

(四)  さらに、本件仮処分申請後の昭和四八年一月一二日被申請人会社は申請人に対し同年一月一六日より第二技術部で勤務するよう命ずる配置転換命令(以下、「本件配転」という。)を発令した。

三  右の本件職務換え、本件不就労命令、本件配転(以下これを併せて「本件各業務命令」という。)は、いずれも組合活動家である申請人を敵視し、申請人から仕事を取りあげ、無意味な仕事をさせるなど申請人に奴隷的屈辱を味わせ、もって申請人を退職のやむなきに至らせんとするもので、次の各理由により無効である。

≪以下事実省略≫

理由

一  (申請の趣旨の変更について)

訴の変更に関する民訴法二三二条は、訴の変更による原告の便益及び訴訟経済と被告の防禦権の保護との調整を図ることを目的とする規定であるというべく、この規定の趣旨は保全訴訟においても尊重されなければならないことは多言を要せず、保全訴訟における申請(申請の趣旨ないし申請の理由)の変更にも同条が準用されると解すべきである。そして、同条一項にいう請求の基礎に同一性があるというがためには、新旧両請求間の主要事実の全部又は重要部分が共通するなどして各請求の基礎となる利益紛争関係が同一のものとみられ、そのため旧請求の訴訟資料や証拠資料をそのまま新請求の審理に継続利用することを合理的ならしめる程度に各請求間の事実資料に一体性、密着性のあることが必要というべきである。

そこで、まず本件第一次ないし第三次各申請における被保全権利につき考えるに、第一次申請における被保全権利は本件不就労命令の付着しない労働契約上の権利を有する地位であると考えられるが、第二次申請においては本件配転以前の職場即ち製造課における労働契約上の権利を有する地位を被保全権利とし、さらに第三次申請においては製造課内における具体的職務を有する地位の確認を被保全権利としているものである。右各申請における被保全権利は完全に一致しているわけではないがいずれも申請人の製造課における労働契約上の権利そのもの或いは右権利の具体的内容であるという点において相互に共通の基盤をもつものといえる。しかも、申請人は本件各業務命令の無効原因として当初より一貫して不当労働行為、思想、信条による差別、権利濫用の各事由を主張しており、申請人、被申請人間の労使関係の一連の流れの中で近接して発せられた三個の本件各業務命令はいずれも申請人に対する差別待遇であるというのが申請人の主張の主眼点であって、申請人に対する差別待遇を排除し製造課における労働契約上の地位を安定せしめるということが申請人が一貫して本件仮処分申請において追求するところの社会生活上の利益であると解される。本件各業務命令がそれぞれ単独で争われた場合も残る二個の業務命令の不当労働行為性が一間接事実として主張、立証されるところであるといえるし、また保全の必要性についても職場内での差別の早期徹廃という点が最大の理由である点で共通している。

以上のことから本件第一次ないし第三次各申請の基礎となる利益紛争関係は同一のものとみるべきであり、右各申請の基礎には同一性があると解される。

次に、本件職務換えについて被保全権利との関連を有するという意味でその無効が主張されたのは第三次申請時が最初であるが、既に申請人は第一次申請において本件不就労命令に至る経過の中で右職務換えについて述べ、かつ、その不当労働行為性を主張しており、被申請人もこれを争いその合理性につき反論を加えてきたのであり、結局第二次申請以後新たに重要な争点として付加されたのは本件配転の効力についてのみであって、しかも右配転が本件仮処分申請(昭和四七年一二月五日)後になされたもので、前述のとおり本件不就労命令、本件職務換えと関連性を有し、従前の事実資料をこれに利用することが合理性を有すると解される以上、本件各変更が著しく訴訟手続を遅滞せしめるものともいえない。

したがって、本件申請の趣旨の変更はいずれも適法であると解するのが相当である。

二  申請の理由一項、二項(一)の事実は当事者間に争いがない。

三  ≪証拠省略≫を総合すれば次の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(一)  申請人は平削盤に配属された当初沢野政義の先手として同人の作業の助手をしながらプレーナー操作の技術を修得することになった。プレーナーは機械の主要部品である比較的大きな部品を平面削りするために用いられる機械で、その基本的な作業は加工物の段取り作業、工具の取り揃え及び機械の操作であり、特に加工物の段取り作業については長年の経験によって養われた技能を必要とする。沢野はプレーナーの熟練工であり、申請人は同人からその操作を終始一人で任されるという形での教育を受けたことはないが、部分的とはいえ加工物の載せ降ろし、ボルト締め、バイト砥ぎ、などの作業を自ら行なうことを通じてプレーナー操作全般について一応の教育を受けた。沢野の性格は職人気質で厳しい面を持ち合せていたためとかく申請人との人間関係が巧くゆかず、申請人が沢野からスパナを持って追いかけられるというトラブルが生じたことがあり、申請人はこれに耐え切れず昭和四三年九月頃徳山機造係長に独立させてくれるよう申入れるに至った。同係長は、沢野の申請人は独立してプレーナーを担当できる程度の技能を有しているとの意見を参酌し、同年一〇月頃申請人をプレーナー工として独立させた。

(二)(1)  申請人は独立後大隈鉄工所製プレーナー(ベルト式、無断変速機なし。)を使用して主としてボルスタープレート、キャップ、トランスファースライド等材質は鋼類で細長く平べったい形状の小さな部品を加工していた。右のような形状の品物は歪みが生じやすくまた鋼類の方が鋳物に比して同じく歪みが生じやすい。昭和四五年四月から水野義正が平削班の班長となったが、当時の班員は同班長のほか片山捨松、三浦賢治、申請人の三名で他に水野、片山に各一名ずつ先手がついていた。水野、片山はともに一〇年以上のプレーナーの経験をもち、三浦も申請人より三、四年長い経験をもっていた。

水野が使用していたプレーナーは昭和四四年七月新品で購入されたワールドリッヒ・コブルク社製のプレーナー(油圧式)であり、片山は北村製プレーナー(ベルト式、無断変速機あり。)を使用し、三浦は大隈鉄工所製プレーナーを改造したプラノミラー(ベルト式、無断変速機あり。)を使用していた。加工物は水野が鋳物と鋼類を半分ずつ程度、片山が鋳物八割の割合であったが、一般に鋳物の方が品物の形状は大きい。プレーナーの性能については、油圧式は切削速度、戻り速度ともに任意に選択することが可能で、加工物の材質に合せて速度を調節することができ、テーブルの運動方向の転換はスムーズでベルト式よりも短距離で停止し、振動もベルト式より少なく、馬力は大で、切削効率は高い。ベルト式は油圧式より性能は劣るが、無断変速機が付いているものは切削速度を任意に選択でき(戻り速度は切削速度に比例して変化する。)、加工物の材質に合せた速度調節が可能である。申請人の使用していたプレーナーは大隈鉄工所で余剰品となり使用されていなかった中古品を被申請人会社が購入したもので、速度調節は不可能である。また、三浦の使用していたプラノミラーはプレーナーがテーブルの運動のみによって加工物を切削するのに対し、テーブル、バイト双方の運動により切削する構造であり一回の往復により切削される面積はプレーナーより大きい。

被申請人会社では、昭和二八年頃株式会社大隈鉄工所が日本能率協会と協同して設定した各加工物ごとの標準時間を、昭和三六年頃とり入れ、平削班においても昭和四五年七月から各作業者に加工物とともに部品番号、部品名、数量、標準作業時間の書込みのある個人別負荷表を渡し、そこに各作業者をして着手日時、終了日時を打刻させることによって、各作業者の能率を管理することになった。右標準時間は各作業者の担当機械の性能や経験年数を考慮することなく、一加工物を加工するのに要する時間を加工物の材質等を考慮して定めたもので、第二技術部生産技術課において管理し、実際の加工時間との較差が大きくなったときは現場の班長、組長、係長、課長で構成するグループ会議で検討し、修正を要する場合は生産技術課に申入れをする仕組になっている。また、一般に標準時間は特定の作業内容、即ち、特定の作業手順と特定の作業方法を基礎としなければならないとされ、これにより算定される能率のばらつきの幅は七五パーセントないし一五〇パーセントであるのが望ましいとされている。

昭和四五年七月から昭和四六年六月の間の平削班員の各月の能率(標準時間の実働時間に対する割合)は、水野が九九・三パーセントないし一八七・九パーセント、片山が六二・一パーセントないし二一四・四パーセント、三浦が七六・四パーセントないし一五四・六パーセントであるのに対し、申請人は三〇・七パーセントないし一〇〇・〇パーセントであった。また昭和四六年一二月より申請人の担当していた大隈鉄工所製プレーナーを独立して担当した渡辺健固(昭和四五年五月入社)の同月より昭和四七年五月の間の各月の能率は六七・五パーセントないし一一四・七パーセントであった。

(2)  平削班員は、昭和四五年五月より昭和四六年四月までの間申請人を除いて全員毎月ほぼ三〇ないし四〇時間程度(昭和四五年一一月水野、片山がともに五〇時間を超過したほかはすべて五〇時間以下)の時間外、休日勤務をしていた。申請人は、同期間中まったく時間外、休日勤務をしなかった。

(3)  なお、申請人の直接の上司は入社当時徳山機造係長であったが、昭和四五年五月機造係が機造第一係と同第二係に分けられ、徳山は第二係長となり、申請人の所属する平削班は機造第一係に属することになったのに伴い、申請人の上司は古野第一係長になった。その後徳山は同年一一月より製造課長代理を兼務するようになった。

(4)  後記本件職務換え以後、前記渡辺が申請人の担当していたプレーナーを担当するようになるまでの間、同プレーナー担当の作業者は設けられなかった。

(三)  昭和四六年四月、申請人は古野第一係長から、能率が上がらず、残業もせず、上司の指示に従がわず、他の班員らとの協調性もないことを理由にプレーナーからはずす旨伝えられ、徳山課長代理から今後面取り、バリ取り作業をやるよう命じられ、同時にフライス班の中村班長の指示を受けるよう言われた。(昭和四六年四月本件職務換えがなされ、徳山が申請人に具体的作業指示は中村班長から受けるよう指示したことは当事者間に争いがない。)

面取り、バリ取り作業は、やすりやグラインダーを用いて機械加工後の製品の角や角に付着した削りくず(通称バリ)を取る作業で、従来は各機械作業者が自ら適宜行なっていたが、昭和四六年二、三月頃パートタイマーの女性二名が専属でこれを担当したことがあり、その後右二名が他の職場に替って後本件職務換えが行なわれ、後記のとおり申請人が面取り、バリ取り作業を担当しないようになった後はこれを専属的に行なう作業者は設けられなかった。

申請人は、機造工場内のフライス班のすぐそばで右バリ取り作業を行なうようになり、フライス班員の朝礼にも出席していたが同班のZD運動への参加は認められなかった。同作業の仕事量は多いときは一日分の仕事があったが、少ないときは一日二、三時間程度の仕事量しかなく、申請人は手隙の際に眠くなりうとうとすることもあった。昭和四六年一二月、申請人は工務課の進行係からSGの箱足のバリ取りを急いでいるので先にやってほしい旨頼まれたが、ほかの作業をしていることを理由にこれを断わり、中村班長の要請にも応じなかったことがあった。(申請人がZD運動への参加を認められなかったことは当事者間に争いがない。)

(四)  昭和四七年四月、申請人は徳山課長代理から「仕事もだいぶ暇になったので私の横に坐ってくれないか。」と指示され機造工場現場事務所内の製品置場の前で徳山の席の隣に新たに机と椅子を運び込んで設けられた席を与えられ、期限も判らないまま坐っていることを余儀なくされた。申請人は会社から何らの作業指示をも受けず、たまたま近くにあった本やカタログを読んでいると徳山から本を読むことも禁じられ、何もしないで坐っているのが仕事である旨言われた。以後、申請人は湯茶を飲みに行くのとトイレに立つこと以外は席を離れることも禁じられ、不可逃的に襲ってくる睡魔に悩まされるなど非常な苦痛を味わった。(昭和四七年四月以降申請人が面取り、バリ取り作業を担当させられなくなったこと、機造工場現場事務所内に机と椅子を与えられたことは当事者間に争いがない。)

(五)  申請人は同年八月一六日申請人ほか五名(益田広春、藤崎映幸、平林暉克、城戸久夫、河合孝夫)の者とともに仕事の取り上げ、賃金、一時金の差別、その他あさひ会会員でないことを理由とする種々の差別の撤廃を求めて愛知労働基準局長に申告し、同日名古屋法務局人権擁護部にも同趣旨の申立をした。これを受けて同基準局、同人権擁護部は関係者からの事情聴取等を行ない、同労働基準局は会社に対し右申請人ら六名に対しできるだけ仕事を与えるよう要請した。

(六)  同年一一月一三日、被申請人会社は、申請人に対し有限会社下出鉄工所に出向するよう住田製造部長及び前記徳山を通じて命じ、その頃前記城戸、平林に対しても同じく下出鉄工所への出向を内示したが、結局いずれも拒否され実現に至らなかった。下出鉄工所は、被申請人会社の下請会社で社長以下六、七名の小規模の会社であり、申請人に示された同社での労働条件は一日あたりの基準賃金が二二円増加し、被申請人会社では支給されない皆勤手当、住宅手当がそれぞれ四千円、三千円毎月支給されるようになるが、一方一月の労働日が二日増加し、一日の就業時間も一五分増加するというものであった。(申請人が出向を拒否したことは当事者間に争いがない。)

(七)  申請人はその後も担当すべき仕事のない状態が続いていたが、昭和四八年一月一一日何ら事前の相談なく突如前記住田、徳山から本件配転の内示を受け、その理由として申請人は製造課では信用されていないから使うこともできない、下出鉄工所が受入れを断わってきた、配属先を探した結果一応第二技術部で引取ってくれることになった旨告げられ、同年一月一六日被申請人会社は本件配転に及んだ。(一月一六日本件配転がなされたことは当事者間に争いがない。)

申請人のように課が定まらず部付ということで第二技術部へ配転された者は、昭和四七年一一月一日同部へ配転された前記益田以外に例はなかった。

申請人は初めに中瀬第二技術部長代理からトランスファープレスの日本語と英語のカタログ、トランスファープレスの取扱説明書、工具設計資料、プレス便覧を与えられ、一月いっぱいで読んで覚えておくよう指示された。次いで一月二九日ガスケットリングの型設計を二月中に完成させるよう指示され、ガスケットリングの製品図と設計のための技術資料という資料を与えられた。申請人は高校時代も含めて過去に型設計を行なったことはなく、中瀬もそれを当然知りえたはずであったが、同人は申請人に右各資料の使用方法を丁寧に指導するようなことはせず、また、ガスケットリングの型設計についての申請人の質問に対しても具体的な指導は行なわず間違いを指摘し資料をよく見て自分で考えるよう述べるだけであった。また、申請人の席は第二技術部設計室の安武同部生産技術課長の前で、型設計を行なっている同部プレス技術課は別の棟にあって、申請人の相談する相手も前記益田以外におらず、結局右型設計は同年九月になってようやく完成した。申請人は次いでA型バルブの設計を命ぜられたが申請人に対する中瀬の指導方法は変らなかった。

なお、ガスケットリングもA型バルブもともに過去に被申請人会社が製造していた製品であり、また第二技術部における新任者に対する指導は指導担当者を付けて段階的かつ丁寧に行なわれているのが通常であった。

四  (本件職務換えの効力)

≪証拠省略≫によれば被申請人会社の基準賃金は本給と職務給に分かれ、そのうち職務給は各従業員の担当職務を職務給委員会において分析して決められる「級」と各従業員の職務遂行度により決められる「号」により決定されることが一応認められ、一方面取り、バリ取り作業が精度を要求され、熟練を要する作業であると認めるに足る疎明はなく、かえって前記のとおり従来は各機械作業者が自ら適宜行なってきた作業でしかも仕事量も多くはなく、したがって勤労意欲を阻害するいわば雑作業といってよい程の付随的作業であり、右職務給の決定にあたってプレーナーを担当している場合に比べ、将来著しく申請人に不利益となるであろうことが推認できる。

申請人が被申請人と職種を特定して労働契約を締結したと認めるに足る疎明はないが、申請人、被申請人間の労働契約が申請人を専ら右のような面取り、バリ取り作業に従事させる場合がありうるとの内容を含んでいるものとは到底解することはできない。

≪証拠省略≫によれば、本件職務換えは同一課内の異動であって担当課長の権限において行なわれ、人事部の関係するところではなく、就業規則上の配転の扱いは受けないものであることが認められ、これに反する疎明もないが、面取り、バリ取り作業のごとき申請人が被申請人会社との労働契約に基づき会社に給付すべき労務の範囲に属さない職種への異動は、就業規則上の配転の扱いを受けるか否かに関わりなく会社が労働者に対し行使しうる労務指揮権の範囲を超えるものであって、右職務換えによって申請人が会社に対しこれに応じる労務を給付すべき義務を負担するものではないことは明らかである。

また、仮に本件職務換えを職種に関する合意の変更申込であると解してみても、申請人がこれを了承したとする≪証拠省略≫はたやすく措信できず、かえって≪証拠省略≫によれば、申請人は本件職務換えを命じられた際自分は機械作業をやりたい旨抗議しさらにその後面取り、バリ取り作業に従事するようになってからも会社に同趣旨の申入れを繰り返しており、前記愛知労働基準局長、名古屋法務局人権擁護部への申告や申立の際にも右職務換えの不当性を訴えていたことが認められるのであって、申請人が右職務換えに承諾を与えていたものとは認められない。

したがって、本件職務換えは効力を生じないと解するほかはない。

五  (本件配転の効力)

(一)  前記のとおり、申請人が被申請人と職種を特定して労働契約を締結したとは認められず、また申請人は入社後約四年間プレーナー操作を担当してきたとはいえ、申請人本人尋問において申請人自身自認するごとくプレーナー工として熟練の域に達するためには最低一〇年の経験は必要であると考えられるのであって、末だ申請人、被申請人間の労働契約が申請人の職種をプレーナー操作に限定する内容を有するに至ったとは解することができず、さらに、≪証拠省略≫によれば、申請人同様工業高校出身の従業員で作業部門から技術部門へ配転された例は少なくないことが認められ、これに反する疎明はなく、加えて、第二技術部において設計の仕事を担当することが面取り、バリ取り作業を担当する場合のごとき不利益を申請人に与えるものとも解されない。したがって、本件第二技術部への配転は、合理的理由がある限り、一応申請人、被申請人間の労働契約の範囲内において被申請人がこれを命じうるところと解される。

(二)  そこで、前記三で認定の事実を前提に、本件配転が合理的理由を有するものであるか否かを検討する。

被申請人主張の本件配転の理由は必ずしも明確ではないが、要約すれば、申請人の製造課における勤務態度、作業能率の悪さ、上司の指示に従わないこと、同僚との協調性の欠如から申請人を引続き製造課で勤務させることは職場秩序を混乱させ、作業工程にも支障を生じさせることになるため新たな配属先をみつけるほかはなく、第二技術部において申請人が設計の適性を有するか否かを観察することにしたというものであると考えられる。

(1)  まず、申請人のプレーナー操作の技能が低劣であったか否かにつき考えるに、申請人が平削班において独立してプレーナーを担当するに至ったのは、沢野とのトラブルが契機になったとはいえ、一応独立するに足る技能を有すると会社から認められたためであり、独立後も不良品を出したり担当の加工物を納期までに加工できないなどの理由で会社に損害を負わせたと認めるに足る疎明もないことからすれば、申請人はプレーナー操作につきある程度熟達していたものとみるべきである。申請人の技能の劣る点として段取りの際のボルトの締めつけ方、バイトの砥ぎ方等が適切でないことを指摘し、水野班長らがこれらの点を再三再四申請人に注意し指導してきたとする≪証拠省略≫は具体性に欠ける嫌いがあるうえ、≪証拠省略≫によれば、平削班はプレーナーが一箇所に纒っていず上級技能者が申請人らの作業方法を逐一チェックする体制になかったことが認められることからすればたやすく措信できず、他に申請人の技能が著しく低劣であったと認めるに足る疎明もない。

ただ、申請人の作業能率が当時の他の平削班員に比べ著しく低かったことは前認定のとおりであるが、被申請人会社においては作業能率が直接賃金算定の基礎となっておらず、能率の高低が職場内で特別の関心事となっていたとは認められないうえ、標準時間は特定の作業内容を基礎とするものであるからプレーナーと加工方法の異なるプラノミラーを担当していた三浦の能率を申請人の能率と比べるのはあまり妥当でないこと、また、水野、片山についてはその担当機械の性能の相異、同人らの経験年数、先手の有無などから申請人とその能率を単純に比較するのは不合理であること、さらに標準時間そのものがこれにより算定される能率のばらつきの幅が大きすぎることからして適正に定められていたとはたやすく認められないこと、加えて、前記渡辺の能率は申請人に比し特に高いものではないこと等を考慮すると、申請人の能率が低いのは申請人の技能の低劣さをその唯一の理由とするものとはいえず、申請人が技能上達の見込みがなくプレーナー操作に対する適性をもたないと速断することは到底できない。

次に、申請人の勤務態度及び協調性の欠如の点について考えるに、前述のごとく水野班長らが再三再四申請人に注意を与えたとは認められず、他に申請人が上司や他の班員と衝突を起し職場秩序を混乱させたと認めるに足る疎明もない。

ところで、≪証拠省略≫によれば、被申請人会社は組合と昭和四五年五月一日いわゆる三六協定(有効期間一年)を締結しており、かつ、就業規則上「会社は業務の都合により、社員に時間外勤務または休日勤務させることがある。」(四一条一項)との規定が存することが認められ、これに反する疎明はないから、申請人は正当の理由なくして時間外、休日勤務を拒否できないものと解されるところ、≪証拠省略≫によれば、申請人は昭和四三年末頃から組合青年婦人部の活動のため多忙となり、残業をしないようになったというのであるが、右活動のためまったく残業の余裕がなかったとは考えられず、少なくとも残業に全面的に協力しないことを合理的ならしめる理由とはなしえないものといわなければならない。しかしながら、申請人の残業非協力により他の班員の負荷量が増大したであろうことは十分推認しうるところであるとはいえ、このことにより他の班員の志気が低下したと認めるに足る疎明はなく、本件職務換え以後約八ヶ月も申請人の後任のプレーナー担当者が設けられなかったことからして申請人の右非協力が会社の業務に重大な支障を及ぼしたとみることもできない。してみれば、右非協力の一事のみをもって申請人をプレーナーからはずす合理的理由となしうるとは考えられない。

(2)  申請人が面取り、バリ取り作業に従事していた期間についても、申請人の居眠りが他の作業者の業務に支障を生じさせたと認めるに足る疎明はなく、昭和四六年一二月の進行係とのトラブルのほかにも申請人が中村班長の指示に従がわない事態が続いたとする≪証拠省略≫は具体性に欠けたやすく措信できず、他に申請人が製造課の工程計画に支障を与えたと認めるに足る疎明もないうえ、そもそも本件職務換え自体が前記のとおり効力を生じるに由ないものであって、申請人が一方的に責任を問われる理由はまったくないといわざるをえない。

(3)  本件配転当時第二技術部が人員を必要としていたと認めるに足る疎明はなく、また本件配転後の申請人の担当職務の内容、申請人に対する指導方法からは会社の申請人を設計の分野で生かそうとの意図を窺うことはまったくできず申請人を未だに所属すべき課も定めず部付のままで留めていることも不可解というほかはない。特に、申請人の担当職務がたとえ教育とか適性の観察とかいう名目があるにせよ過去の製品の型設計であるということは、申請人の勤労意欲を著しく阻害するものであることはいうまでもない。本件職務換え及び本件不就労命令を経て本件配転に至る経過、その後の担当職務や会社の申請人に対する態度等を総合すれば、本件配転は申請人を他の従業員との接触の機会のない単独作業でかつ勤労意欲を阻害させられざるをえない業務に追いやることを企図したものであると推認せざるをえない。

(4)  以上のとおり、申請人の製造課における勤労態度等については残業非協力以外に特に責められるべき点はなく、第二技術部に配転させるにつき業務上の必要性もなく、かえって本件配転は右のとおり申請人を孤立させることを企図したものであることが窺われるのであって到底合理的理由があるとはいえず、権利の濫用として無効というべきである。

六  (本件不就労命令について)

本件不就労命令についても、それが待機の名のもとに行なわれていたとしても、申請人の労働条件に著しい変更をもたらすものであるから合理的理由を必要とするというべきところ、申請人をプレーナーからはずすにつき合理的理由がなく、本件職務換えが許されないこと、加えて、徳山らが真剣に申請人の配属先を探索していたとは認められず、下出鉄工所への出向も必ずしも申請人に有利とはいえず、申請人の将来を慮ってなされたものではなく申請人が愛知労働基準局長に申告したことなどが原因になっていると考えられることなどからして、本件不就労命令に合理的理由があるとは解せられず、単に申請人に苦痛を与えることを目的としているものとの疑いが強く、到底適法な措置ということはできない。

七  以上説示により明らかなように、本件職務換え・不就労命令・配転はいずれもその効力を生ずるに由なきものであるから、申請人は依然として第二事業部第二製造課機造第一係においてプレーナー操作担当の作業者としての労働契約上の権利を有しているものというべきである。

八  被申請人は、本件仮処分申請において本件職務換えの効力を争うのは信義誠実の原則上許されない旨主張するが、被申請人が右主張の前提として主張する申請人が第二回申請の趣旨の変更に至って初めて右職務換えの効力を争うようなったとの事実は前述のように認められず、かえって、申請人は当初から右効力を争っていたと認められるのであり、他に申請人が本件で右効力を争うことが信義則違反となることを認むべき疎明もないから、被申請人の右主張は採用できない。

九  (保全の必要性)

申請人が面取り、バリ取り作業及び第二技術部における仕事に対し勤労意欲をもち難く精神的苦痛を味わったことは前認定のとおりであり、また、プレーナー操作が相当の熟練を要する作業でこれから離れることが申請人に重大な損害を与えるものであることは容易に推認しうるところであるから、申請人の蒙っている精神的苦痛・査定の不利益等を速かに除去し、意欲的勤労者としての誇りを維持させるため、申請人をプレーナー作業に復帰させる必要性があるというべきである。

一〇  よって、申請人の本件申請は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小沢博 裁判官 八田秀夫 前坂光雄)

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