名古屋地方裁判所 昭和47年(ヨ)746号 決定 1972年9月27日
申請人
武田善明
右訴訟代理人
伊神喜弘
外一名
被申請人
日本国
右代表者
郡祐一
右指定代理人
松崎康夫
外一一名
主文
一、本件仮処分申請を却下する。
二、申請費用は、申請人の負担とする。
理由
一、申請の趣旨および申請の理由は、別紙記載のとおりである。
二、よつて按ずるに、疎明資料によれば次の事実が一応認められる。
(一) 申請人は、昭和四一年四月一日被申請人に郵便外務研修員として雇用され、同年七月一日事務員となり、昭和四四年六月二三日より名古屋南郵便局集配課に所属し、郵便物の集配業務に従事していたこと。
(二) 名古屋郵政局長(現在の東海郵政局長)は、昭和四七年四月八日申請人に対し、本件処分をなし、同時に処分説明書を交付したが右説明書には、その根拠法令欄に国公法第八二条と、処分の理由に申請人主張のとおりの事実がそれぞれ記載されていたこと。
三、申請人の申請の理由は、要するに、被申請人の申請人に対する本件処分は、「(イ)処分説明書中根拠法規ないし処分理由2の記載が不完全で特定されていない点において国公法第八九条に違反する。(ロ)処分理由1の事実は不存在である。(ハ)本件処分は申請人に対する不当労働行為である。」以上の理由により無効であるから地位保全等の仮処分を求めるというにある。
そこで当裁判所は、まず本件処分が民訴法上の仮処分の対象となりうるか否かにつき判断する。
郵政省職員は、国公法第二条二項にいう一般職に属する国家公務員であるが、従事する業務の性質・内容および労働関係については公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)の適用を受けていることなどからみれば、国と現業国家公務員の労働関係は基本的には公共企業体の職員と異るところがなくいずれも対等当事者間の契約関係とみるのが相当である。
もつとも現業国家公務員は前記のとおり一般職に属する国家公務員であつて「全体の奉仕者」として勤務することを要請されているところから(憲法第一五条二項)身分の得喪、懲戒および保障、服務等に関する国公法の規定および人事院規定は一部を除いて適用され(公労法第四〇条、郵政省設置法第二〇条)その限りにおいて公法的規制が加えられ、その結果国の現業国家公務員に対するこれらの行為が非現業国家公務員に対する場合と同じく行政処分として考えるべき場合が生ずる。
そして本件処分は国公法第八二条に基づきなされた懲戒免職処分であるから、いわゆる法定処分として行政事件訴訟法第四四条にいう行政処分に該当することは明白である。そして国公法第八九条、第九〇条、第九二条の二によれば懲戒処分に対しては人事院に対してのみ行政不服審査法による不服申立が可能であり、これに対する裁決または決定を経なければ抗告訴訟を提起することができない。
以上に説示したとおり、本件処分は、いわゆる行政庁の処分としてこれに対する不服申立は抗告訴訟の形式によるべきことになり、民訴法の規定による仮処分は許されないものと解するのが相当である。
(一) もつとも申請人は、前記のとおり本件処分は無効である旨主張しており、一般に行政処分もその違法が重大かつ明白なときは、当該処分はそのかしのため当然に無効となり、行政庁または裁判所による取消をまつまでもなくその無効を主張しうるものと解されているので以下本件処分がこのような重大かつ明白な違法を有するが否かにつき判断する。
(1) 「重大かつ明白なかし」にいう重大性とは、当該処分を規定する行政法規の目的・意味・作用等に照らし重大な法定要件を欠く場合をいい、かしの明白性とは、当該処分成立の当初からかしが外形上客観的に明白である場合をいうと解するのが相当である。
(2) ところで、不利益処分または懲戒処分をなすに際して法が処分説明書の交付を規定する所以は、その処分の対象および根拠法条を被処分者に明示することによつて、被処分者に対しては不服申立を容易ならしめ、行政庁に対しては、その処分が行政庁の恣意に流れることのないようにし、手続的にこれら処分が公正に行われることを担保せんとの意図に基づくものであると解されるところ、本件処分説明書の記載は前記認定のとおりであつて、その根拠法条を欠くものとはいえず、かつ処分の理由2の記載も個々具体的な行為の記載を欠くとはいえ一定期間における申請人の行為を総体的に特定しているものであつて、右各記載のみをもつてしてはいまだ重大なかしがあるものということは困難である。
(3) 次に申請人は処分理由1の事実の不存在を主張するが、本件全疎明資料に照らし、処分の事由の不存在が客観的に明白であるともいえないから右主張も理由がない。
以上に説示したとおり、本件処分に申請人主張の(イ)(ロ)の点につき、重大かつ明白なかしの存する旨の疎明は不充分といわざるを得ない。
(二) もつとも不利益処分が不当労働行為に該当するときは当然その効力を生じないことを理由に、あるいは公労法第四〇条三項が不当労働行為に該当する処分については行政不服審査法による審査請求をなしえない旨定めていることを理由に、法は不当労働行為に該当する行政処分を対象とする抗告訴訟を予定しておらず、この場合は郵政職員の労働関係が基本的に私法関係であるところから民訴法による仮処分が許されるとの見解も存する。
しかし、前記のとおり行政処分が当然に無効となるには、当該処分に重大かつ明白なかしの存することを要するのであり、不当労働行為に該当する不利益処分は事案のいかんを問わず常に重大かつ明白なかしある処分として当然に無効になるとは解せられないから(不利益処分が不当労働行為に該当するか否かは結局処分者の団結権侵害の意図の存否により決せられることであり、しかも右のような意図の存否の判断は処分事由の存否ないしその態様の判断と密接な関連を有することを考えると、不当労働行為に該当する不利益処分が常に重大かつ明白なかしある処分として当然に無効となるとは考えられない。)、不当労働行為に該当するということも重大かつ明白なかしの存しない限り処分事由不存在あるいは裁量権の逸脱等と同じく該不利益処分の取消事由の一つであるに過ぎず、これを抗告訴訟において取消事由として主張することはもとより許容されるべきである。
また公労法第四〇条三項の趣旨は、労組法第七条各号に該当する処分については公労法第三条により公共企業体等労働委員会(以下「公労委」という。)に対して救済を求めることが認められているので手続の重複、判断の牴触をさけると共に、不当労働行為に関する行政的判断は、公労委のみに委せるにあると解することができるから、かかる処分については国公法第九二条の二の適用はなく、直ちに抗告訴訟を提起しうるものであると解するのが相当である。
従つて当該処分が不当労働行為に該当することだけを理由に当該処分を当然無効なりとして民訴法上の仮処分を提起することは許されないものといわなければならない。
しかして、本件処分についてこれをみるに本件全疎明資料によるも処分者の団結権侵害意図の存在の客観的明白性については疎明するに足りない。
従つて、本件処分が不当労働行為に該当することを理由に民訴法上の仮処分を求めることも許されないことになる。
四、よつて、申請人の本件仮処分申請はその余の点につき判断するまでもなくその主張自体不適法であるからこれを却下するここととし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(松本武 淵上勤 植村立郎)