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名古屋地方裁判所 昭和47年(レ)68号 判決 1974年2月08日

控訴人 間渕英充

右訴訟代理人弁護士 松下岩雄

被控訴人 高津全

右訴訟代理人弁護士 神谷幸之

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴の趣旨

1、原判決を取消す。

2、被控訴人の請求を棄却する。

3、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、控訴の趣旨に対する答弁

1、主文第一項同旨

2、訴訟費用は第一、二審ともに控訴人の負担とする。

(なお、被控訴人は、当審において、本件予備的請求の趣旨を、「控訴人は被控訴人に対し昭和二七年五月一五日((昭和四八年六月一五日付訴変更申立書と題する書面中『昭和三七年』とあるのは『昭和二七年』の誤記と認める))取得時効を原因として所有権移転登記手続をせよ。」と明確にした。)

第二、当事者の主張

一、被控訴人の請求原因

(一)  主位的請求

控訴人は、昭和二七年頃果樹園経営のために、訴外岡本利満から大府市横根所在の土地約一町二反歩の譲渡をうけることとなったので、昭和二七年二月頃、被控訴人、控訴人および高津徳兵衛(以下、徳兵衛と略称する)の三者間で、徳兵衛は、右譲渡の代償として、利満に対し、別紙物件目録記載の(三)の土地(当時はいずれも農地)を譲渡すること、控訴人は、右譲渡の代償として、徳兵衛の事実上の跡取りである被控訴人に対し、別紙物件目録記載の(一)の農地(以下「本件農地」という。)を同目録記載の(二)の農地とともに譲渡することの約定が成立した。

よって被控訴人は控訴人に対し、本件農地につき、控訴人において被控訴人とともに東浦町農業委員会に対し、農地法第三条による所有権移転許可申請手続をなし、右許可を条件として、右土地につき所有権移転登記手続をすることを求める。

(二)  予備的請求

1、被控訴人は、昭和二七年五月一五日、控訴人から本件農地を主位的請求原因記載の約定による履行として引渡を受けたのであるから、自己の所有であると信ずるにつき過失なくして占有を開始したものであり、かつ、その後昭和三七年五月一五日まで占有した。

2、被控訴人は、本訴において、右取得時効を援用する。

よって、被控訴人は控訴人に対し、本件農地につき、昭和二七年五月一五日取得時効を原因とする所有権移転登記手続をすることを求める。

二、請求原因に対する控訴人の認否

(一)  主位的請求原因に対する認否

否認する。すなわち、本件農地は控訴人から被控訴人に対する農地譲渡の約定に含まれていなかった。

(二)  予備的請求原因に対する認否

同請求原因1は否認する。とくに、農地の所有権の移転には県知事又は農業委員会の許可が必要であり、右許可がなされていないにもかかわらず、控訴人が本件農地の所有権を取得したと軽信したのは無過失とはいえない。

三、控訴人の抗弁(仮定的)

(一)  主位的請求に対し

1、(1) 被控訴人の控訴人に対する本件譲渡契約上の本件農地の所有権移転請求権は、これを行使することのできた昭和二七年二月頃から、又は昭和二八年三月一日から、一〇年を経過したときに、時効により消滅した。

(2) よって、控訴人は本訴において、右消滅時効を援用する(この(一)1の抗弁については、控訴人の原審からの主張の趣旨、とくに昭和四七年二月二二日付準備書面の第二、第三項の主張の趣旨に徴し、この抗弁ありと善解する)。

2、(1) そうでなくても、少くとも、被控訴人の控訴人に対する本件農地についての東浦町農業委員会に対する所有権移転許可申請手続協力請求権は、これを行使することのできた昭和二七年二月頃から、又は昭和二八年三月一日から、一〇年を経過したときに、時効により消滅した。

(2) 控訴人は本訴において、右消滅時効を援用する。

3、(1) 控訴人は、本件農地の権利移転禁止期間の経過した昭和二八年三月一日から、本件農地を自己の所有であると信ずるにつき過失なく、被控訴人を自己の占有代理人として占有を開始し、昭和三八年三月一日まで占有した。

(2) 控訴人は、本訴において、右取得時効を援用する。

(二)  予備的請求に対し

被控訴人は、本件農地の所有権を控訴人から譲り受けるについては東浦町農業委員会の許可がなければその所有権移転の効力が発生しないことを知っていたのであり、右許可がなされていないことをも知っていたのであるから、本件農地の所有権が自己に帰属していないことを知っていた。

四、抗弁に対する被控訴人の認否

(一)  主位的請求

1、抗弁1の事実は否認する。

2、抗弁2(1)の事実も否認する。なお、農地についての所有権移転許可申請手続協力請求権はその性質上消滅時効にかからないものとみるべきである。

3、抗弁3(1)の事実は否認する。

五、被控訴人の再抗弁(抗弁(一)12に対し)(仮定的)

控訴人は、被控訴人対し、本件農地についての本件譲渡契約上の所有権移転請求権、又は、東浦町農業委員会に対する所有権移転許可申請手続協力請求権のいずれについてもこの消滅時効完成後である昭和四四年頃右所有権移転請求権および右所有権移転許可申請手続協力請求権にかかる債務の存在を承認したのであるから、時効の利益を放棄したものであるか、又は、右の各消滅時効の援用をなしえないものである。

六、再抗弁に対する控訴人の認否

否認する。

七、控訴人の再々抗弁

控訴人が右各請求権にかかる債務の存在を承認したと認められるとしても、控訴人は右請求権の消滅時効の完成を知らずにこれをなしたものであるから時効の利益を放棄したことにはならない(かかる場合に右時効の援用が信義則に照らして許されないとした昭和四一年四月二〇日の最高裁判所大法廷判決は合理性を欠き変更されるべきである)。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫を綜合すると、次のとおり認めることができる。

被控訴人と控訴人とはいずれも徳兵衛の実子であり、控訴人は被控訴人の実兄にあたるが、若くして他に養子にいったので、被控訴人が徳兵衛の事実上の跡取りであったこと、控訴人は昭和二七年頃、自己の果樹園経営のために訴外岡本利満から大府市横根所在の土地約一町二反歩の譲渡を受けることになったので、昭和二七年二月頃、被控訴人、控訴人および徳兵衛の三者間で、徳兵衛は、右譲渡の代償として利満に対し別紙物件目録記載の(三)の土地(当時はいずれも農地)を譲渡し、控訴人は、徳兵衛の右譲渡の代償として、徳兵衛の事実上の跡取りである被控訴人に対し、同目録記載の(一)(本件農地)および同目録記載の(二)の農地を譲渡するとの約定が成立したこと、右約定に基づきその頃被控訴人は控訴人から本件農地および右(二)の農地の引渡をうけてこれらの耕作を開始し現在にいたっていること、また、右約定に基づき、右(二)の農地については県知事又は東浦町農業委員会の権利移動の許可をえた上同年五月に控訴人から被控訴人に対する所有権移転登記がなされたのであるが、本件農地については、これが控訴人において昭和二三年頃自作農創設特別措置法による売渡をうけ、昭和二五年二月二八日これの登記を経由したものであったため、昭和二七年五月頃当時には、以後当分の間、控訴人からこれの他への権利移動につき県知事又は東浦町農業委員会の許可をうることが困難な見通しであったので、その頃、控訴人と被控訴人とは右の昭和二五年二月二八日から向う三年の間本件農地について右許可の申請手続をしない旨約定し、従って、本件農地については昭和二七年五月頃控訴人からの被控訴人に対する所有権移転登記はなされず、その後もこの登記はなされずに、そのままのびのびになってしまった。

かように認定することができ(る。)≪証拠判断省略≫

二、そこで控訴人の抗弁(一)(1)につき考えるに、前記認定事実からすると、本件農地についての本件譲渡契約上の所有権移転請求権の消滅時効は昭和二八年三月一日から進行するものと認むべきであるところ、一方、≪証拠省略≫によると、同日から一〇年を経過したその後である昭和四四年頃控訴人が被控訴人に対し、右請求権を承認した上、税金の関係で、本件農地についての被控訴人に対する所有権移転登記を翌年まで待ってほしい趣旨のことを述べていることが認められ(この認定に反する≪証拠省略≫は措信しえない)、他方、本件弁論の全趣旨によると、控訴人は右の消滅時効の完成を知らずして右の承認をなしたものと認められる(この認定に反する証拠はない)。従って、控訴人が右承認をなしたことをもって控訴人を消滅時効の利益を放棄したものとみることはできないけれども、かかる場合でも、控訴人が右承認をなした以上、信義則に照らし、控訴人がその後に右の消滅時効の援用をすることは許されないと解すべきであり(同旨、最高裁判所大法廷昭和四一年四月二〇日判決)(控訴人は、右判例は合理性を欠き変更されるべきであるとの見解を主張するが、その論拠を明確にしないし、この見解は控訴人独自の見解であってもとより当裁判所の採用しうるところではない)、控訴人の七の再々抗弁は理由がなく、被控訴人の五の再抗弁は理由があるから、結局、控訴人の右抗弁(一)1は理由なしとして排斥を免れない。

三、控訴人は、抗弁(一)2として、少くとも、被控訴人の控訴人に対する本件農地についての東浦町農業委員会に対する所有権移転許可申請手続協力請求権は一〇年間の時効により消滅したと主張するが、右協力請求権(この協力請求権は、前記の許可がなされていない段階においては、いかなる意味においてもこれを所有権等に基づく物権的請求権又はこの物権的請求権から派生する請求権と観念することは困難である)は、その基礎となる売買契約等に基づきこれから当然に随伴して派生する請求権(例えば、目的物の引渡請求権、登記請求権)の一つにすぎないものであるから、右売買契約等に基づく債権関係一般と運命を共にしそれとともに消滅時効にかかることのあるのは格別(その場合でも右債権関係一般が、ともに、すなわち、右売買契約等に基づき財産権の完全な移転を求める請求権そのものが消滅時効にかかると観念すれば足りる)、右債権関係一般とは別に個々に独立して消滅時効にかかるとみるべき根拠を見出し難い(たとえば、売買契約に基づき財産権の完全な移転を求める請求権そのものは時効中断等の事由によりなお有効に存続するが、右契約に基づき当然に派生する引渡請求権、登記請求権あるいは右のような協力請求権のいずれか一つのみは時効により消滅してそういう請求のみができないとすると、このことはすなわち中途半端な法律関係の出現を容認する結果を招来することになり、一定期間継続した事実状態を尊重することによって社会の法律関係の安定に資そうとする時効制度の本来の目的からかえって外れることになる)から、本件農地の譲渡契約に基づきこれの所有権の移転を求める請求権一般とは別にこれから独立して前記所有権移転許可申請手続協力請求権のみの消滅時効を主張する控訴人の前記抗弁は右の意味ですでに主張自体失当として排斥を免れない。

四、控訴人の抗弁(一)3については、前記一の認定事実からすると、被控訴人が本件農地を占有していることにつき、被控訴人と控訴人との間に占有代理関係があるとはとうてい認めえないから控訴人の右抗弁も理由がない。

五、以上により、被控訴人の主位的請求原因事実が認められ、これに対する各抗弁はいずれも理由がないので、その余を判断するまでもなく、被控訴人の本訴主位的請求を理由ありとして認容すべきである。

よって、右と結論を同じくする原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九五条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老塚和衛 裁判官 小林真夫 岡村稔)

<以下省略>

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