名古屋地方裁判所 昭和47年(ワ)1483号 判決 1974年7月19日
名古屋市中川区向町二丁目一番地
原告
中川鉄工株式会社
右代表者代表取締役
徳山秀明
右同所同番地
原告
徳山秀明
右原告両名訴訟代理人弁護士
山本正男
同
又平雅之
同
矢野良亮
東京都千代田区霞ヶ関一丁目一番一号
被告
国
右訴訟代表者法務大臣
中村梅吉
右指定代理人
伊藤好之
同
長谷正二
同
樋口錥三
同
成田由秋
同
森下外美雄
同
大西昇一郎
右当事者間の頭書事件につき当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
(請求の趣旨)
1. 被告は原告中川鉄工株式会社に対し金三〇〇〇万円、同徳山秀明に対し金四六〇万円並びにこれらに対する昭和四七年七月一二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え
2. 訴訟費用は被告の負担とする
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
(請求の趣旨に対する答弁)
主文と同旨の判決ならびに仮に原告らの請求が認容される場合には担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。
第二、当事者双方の主張
(請求の原因)
一、被告の原告らに対する侵害行為
(一) 原告会社は昭和三〇年五月六日設立以来普通鋼塊、丸棒等の製造販売を業としてきた。
(二) (被告の処分)
原告会社は昭和四一年度(同四〇年九月一日より翌年八月三一日まで)決算に基き昭和四一年一〇月三一日、昭和四二年度(同四一年九月一日より翌年八月三一日まで)決算に基き昭和四二年一〇月三一日に、各確定申告書を中川税務署長に提出した。
然るに中川税務署長は、右申告には売上もれ等につき原告会社の帳簿とに違いがあることを理由に昭和四三年六月二七日更正処分をしたため、原告会社は法定期間内に異議の申立てをし、異議申立て棄却決定に対し更に審査請求をしたところ、昭和四四年六月一九日に名古屋国税局長により前記更正処分は取消された。その間に後記(五)1の滞納処分がなされた。
(三) (更正処分までの経緯)
1. 右更正処分に先立つ中川税務署の二、三名の係官による法人税調査の際、原告会社代表取締役徳山、同従業員石森直平、小島和子は、係官の要求通り後の審査請求の際に国税局長に呈示したものと同一の伝票、出納帳、領収証綴、銀行勘定帳、売上台帳、仕入台帳などを提出し、係官の質問に応じ、かつ原告会社は山王工場の公害問題のためその操業を休止せざるを得なくなつており、一億円の投資をして新設した刈谷工場は未だ収益性が悪く、資金繰りも困難であつて、原材料の仕入、製品販売等につき同種の他企業に比較して不利な点があつた実情を述べ、営業上の帳簿書類を備え、調査にも協力しているのであるから同種企業と比較しての推計課税は不当である旨主張し、経理上どの点に間違いがあるのかについての説明を求めたが、係官は一方的に金額をいうのみでその算出の根拠を説明しなかつた。
2. その後今井富男会計事務所を通じて中川税務署と折衝を重ねたが了解を得てもらえず、更正処分がなされたものである。
(四) (滞納処分までの経緯)
1. その後昭和四三年九月一一日又は一二日に中川税務署徴収係石田信夫事務官が原告会社を訪れ、更正処分に基く法人税納付の督促をしたので、原告会社代表取締役徳山は次のような事情を述べ、原告個人がその財産を担保として提供するから、更正処分に対する不服申立についての結論が出るまで法人税納付の猶予を申入れた。
(1) 従来原告会社は法人税、源泉税、地方税等を滞納したことはなく、本件更正処分も納得できないから不服申立をしてある。
(2) 同年六月頃、公害問題のため山王工場の操業を休止し、従来の製鋼事業を鉄板販売、ガス溶断事業に転換するため原告会社の取引銀行に運転資金の融資を申し込み、商工組合中央金庫、中京相互銀行、岐阜相互銀行、韓国人愛知商工会等の融資を受けることになつており、税務署による差押えがあると融資が中止され倒産するおそれがある。
2. 石田事務官は手形を切つてくれるように申入れたが、原告会社は落せる見込みがないといつて断つた。
3. 同事務官は右猶予の申入れを上司に報告してその結果を通知するとのことであつたが、
4. 同年九月一六、七日頃商工組合中央金庫および名古屋信用金庫から原告会社従業員石森直平に対し原告会社に対する滞納処分の通知がなされているから、このままでは原告会社に対する融資はできないと通告してきた。
5. 同日夕方、原告会社も滞納処分の通知を受け取つたので、
6. 翌日原告会社代表者徳山は中川税務署に赴き、石田事務官らと面談し、法人税納付の猶予を懇請したところ、
7. 差押程度で融資が中止になることはないから、銀行から問合わせがあれば差押理由を説明するといつた。
(五) (被告の滞納処分による原告会社の倒産)
1. 被告は昭和四三年九月一四日原告会社所有の別紙物件目録記載の不動産を、同年一一月五日機械類を各差押えた。
2. 原告会社は前記融資を中止され不渡手形を出して事実上倒産した。
二、因果関係
(一)1. 原告会社の昭和四三年八月末現在における金融機関からの借入金は次のとおり計六四九〇万円であり、
<省略>
2. 昭和四三年九月一日から一〇日までは借入金がなく、次のとおり三九〇万三三九二円の元利返済をした。
<省略>
3. 原告会社の刈谷工場の敷地の買入価格は九六八万三八五〇円であり、時価は昭和四三年九月当時少なくとも四八〇〇万円以上であり、建物の昭和四三年八月末の貸借対照表上の価格は四一四八万三一一七円である。
4. 原告会社は本件差押当時
(1) 商工組合中央金庫 一〇四三万五三二七円
(2) 名古屋信用金庫 四九四万五九七二円
(3) 岐阜相互銀行 一二五一万五四一九円
の定期預金を有していた。
5. 従つて、金融機関の原告会社に対する融資は担保物の限度いつぱいにはなされておらなかつたので、昭和四三年六月の山王工場操業中止による資金シヨートを防止するため、更に昭和四三年九月二〇日頃に中京相互銀行から五~六〇〇万円、同年一〇月二〇日頃岐阜相互銀行から四〇〇万円の融資を受ける手筈になつており、その外韓国人愛知商工会からも七〇〇万円位融資を受ける手筈になつていたところ、被告の違法な差押によりそれを中止されたため原告会社は事実上倒産したものである。
三、被告の責任の根拠
(一) 違法な更正処分についての責任
1. 被告の原告会社に対する更正処分はその後取消されてその違法であることが判明したが、右のような更正処分がなされたのは、中川税務署の係官が原告会社の法人税調査にあたつて原告会社の帳簿や伝票を精査せずにかつ原告会社に対する説明も不十分なまま原告会社の経理上の収支に関する認識を誤まつたために行なわれたものであるから、税務調査にあたつた係官および更正処分をした中川税務署長に職務執行についての過失がある。
2. 権力作用の違法は単に明文の規定のみによつて律せられるものでなく、権力濫用にわたる場合、信義誠実義務・公序良俗に反するような場合も含みその行為が客観的に正当性を有しない場合は違法とみるべきであり、担当公務員の故意過失については違法な権力作用の結果を客観的に評価すべきで、当該公務員の主観的認識を問題とすべきでない。
(二) 違法な滞納処分についての責任
1. 原告会社に対する滞納処分は原告会社の前記実情を熟知しながら、原告徳山の申出も無視して更正処分に対する不服申立の結果をまつことなく違法な更正処分に基き強行したものであつて著しく条理に反した公権力の行使の濫用である。
2. 右は石田事務官や中川税務署長がその職務を行なうにつき通常要求される注意力を欠いて行なわれたものである。
3. 前記三(一)2に同じ。
四、原告らの損害
(一) 原告会社の損害
1. 倒産当時原告会社は別紙物件目録記載の不動産の外、工場内機械設備等がありその時価総額は八五〇〇万円以上であつた。
2. 原告会社の債権者はそれを処分して債務の弁済を迫り、債権者らの手によつて昭和四四年六月二一日右資産を一括して金五五〇〇万円で訴外名古屋帯鋼株式会社に売渡され、時価との差額三〇〇〇万円以上の損害を被つた。
(二) 原告徳山の損害
1. 原告徳山は原告会社の創業以来代表取締役としてその経営にたずさわつてきたところ
2. 倒産当時一ケ月金三〇万円の給料を原告会社より得ており
3. 少くとも再起をはかる期間一年間の給料相当額金三六〇万円の得べかりし利益を喪失し、かつ創業以来の業界における信用を一挙に失つた打撃による精神的損害は金一〇〇万円である。
五、結論
よつて原告らは被告に対して各国家賠償法第一条により右損害金のうち請求の趣旨記載の金員およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四七年七月一二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(請求原因に対する被告の認否)
一、(一)は認める。
一、(二)は認める。
一、(三)1のうち帳簿書類を呈示したこと、および「かつ原告会社は山王工場の………不利な点があつた実情を述べ」の部分は認め、その余は否認する。原告会社は後の審査請求に係る名古屋国税局長による調査に至りはじめて協力的態度を示した。
係官が原告会社の備付の帳簿を調査したところ、原告会社は借入金の一部についてその入金を正しく記載せずかつ仕入の決済の一部を仮装している事実が明らかになつたので、係官は原告らに再三にわたりその実態を明らかにするよう求めたが協力しないので、やむをえず法人税法第一三一条に基いて推計計算による方法をとることを原告らに十分説明した(もとより白色申告にかかる更正処分に際しその理由を説明することは法の要求するところではないが)。
一、(三)2は否認する。
一、(四)1のうち原告個人が担保の提供を申出たこと、「不服申立の結論が出るまで」と述べたこと(2)の「従来の………転換するため」と述べたこと、融資先のことまで述べたことは否認し、その余の事実は認める。「営業上資金繰りがつかないから納付の見通しが立たない」と申立てて納税についての誠意を示さなかつたものである。
一、(四)2は否認する。
一、(四)3は否認する。
一、(四)4は不知。
一、(四)5は認める。
一、(四)6は否認する。電話で差押の解除を要請したものである。
一、(四)7は否認する。
一、(五)1は認める。
一、(五)2は不知。
二、の因果関係は否認する。そのうち
(一)1は不知。
(一)2は不知。
(一)3のうち、敷地の買入価格および建物貸借対照表上の価格は認めるが、その余は不知。
(一)4は不知。
(一)5は中京相互銀行笠寺支店、岐阜相互銀行中川支店についての原告会社に対する融資は、刈谷工場新設資金の貸付が担保物の価格いつぱいになされており、そのうえ鉄鋼業界の不況で、とりわけ原告会社の主力製品である丸棒関係の採算が悪いこともあり、商業手形の割引にあたつては選別融資を強化するような措置がとられており、以上のような状況により原告会社に対する融資が中止されたものと考えられ、本件差押により融資が中止されたものではない(右のような状況にあつたからそもそも融資が予定されていたかどうかも疑問である)。
三、(一)1は争う。帳簿を調査したところ不正確であつて、原告らの説明もえられなかつたので、推計課税の方法をとることを十分説明してある。
およそ税務調査には調査担当者の知識経験が重要な要素であるが、被調査者が全ての取引事実を調査担当者にあからさまに提示して調査に協力的態度を示すことが不可欠であるところ、原告は、本件課税処分に係る中川税務署長の調査においてそれをなさなかつたのであるから、後に課税処分が取消されたとしても、それは原告の調査に対する非協力的な態度に起因するものである。
三、(一)2は争う。国家賠償法第一条の規定によれば違法な処分にたずさわつた公務員に違法の認識において故意又は過失があつた場合に限り国に賠償責任があるのであつて違法な行政処分がなされたとしてもそのこと自体からは直ちに当該公務員に故意過失があつたとして国に賠償責任が生ずることはない。(大阪地裁昭和三四年(ワ)第三八六号昭三五・一二・一九判決、訟務月報第七巻第二号四五五頁)
三、(二)1は争う。課税処分と滞納処分は法律効果を異にする別個独立の行政処分であつて、同一手続中の各段階を構成する先行、後行処分の関係にないから、課税処分の違法が滞納処分の違法を当然に招来するものでない。(鳥取地裁判決昭二六・二・二八行集二-二-二一六、東京高裁判決昭四〇・一〇・二〇訟務資料四一巻一〇九七頁)
後日課税処分が取消されても取消前になされた滞納処分は違法にならない(行政裁判所昭三・一〇・二〇判決行政判決録三九輯一一七〇頁)
課税処分について不服申立があつても差押までの執行は妨げられない(国税通則法第一〇五条第一項昭和四五年法八号改正によるもの)。たとえ取消すべき瑕疵ある課税処分であつても取消されるまでは適法な処分として取り扱われるから未納者に対して差押をなすことは職務の遂行上適法かつ正当である。
原告徳山は納税についての誠意をみせないので国税徴収法第六八条に基き本件不動産を差押えたが優先担保物件が設定されてあつたので不動産の価格からみて滞納税額に不足するものと判断して追加差押を検討中昭和四三年一〇月二五日付信用情報(株式会社信用交換所発行)により原告会社の倒産の事実を知り急拠刈谷工場に残存した機械類を国税徴収法第五六条により差押えた。
以上は同法第四七条により適法かつ正当な職務行為であつて公権力の行使の濫用、執行についての違法は存しない。
なお原告会社が担保を条件に差押の猶予を求めた事実もないから国税通則法第一〇五条第三項の適用もない。
三、(二)2は争う。
三、(二)3は争う。
四、(一)1は不知。
四、(一)2は不知。
四、(二)1は認める。
四、(二)2は不知。
四、(二)3は否認する。
第三、証拠関係
(原告ら)
一、甲第一号証の一、二、同第二号証の一ないし五、同第三ないし第八号証、同第九号証の一ないし五、同第一〇号証の一ないし三を提出する。
二、証人伊藤喜久治、同沢田義彦、同有島正男、同石森直平の各証言ならびに原告会社代表者兼原告本人の尋問の結果を援用する。
三、乙第一ないし第三号証の成立は不知、同第四号証の成立は認め、その他の乙号各証の原本の存在および成立を認める。
(被告)
一、乙第一ないし第四号証、同第五号証の一ないし四、同第六号証の一、二、同第七号証の一、二、同第八および第九号証を提出する。
二、証人梅田義雄、同石田信夫の各証言を援用する。
三、甲第一号証の一、二、同第二号証の一ないし五、同第七、第八号証、同第一〇号証の一の各成立は認め、同第一〇号証の二、三の各原本の存在および成立は認め、その他の甲号各証の成立は知らない。
理由
一、原告会社は昭和三〇年五月六日に設立されて以来、普通鋼塊、丸棒等の製造販売をしてきたこと、原告会社は昭和四一年度(同四〇年九月一日から翌年八月三一日まで)決算に基き昭和四一年一〇月三一日に、昭和四二年度(同四一年九月一日から翌年八月三一日まで)決算に基き昭和四二年一〇月三一日に、各確定申告書を中川税務署長に提出したところ、同署長は右申告に売上洩れ等につき原告会社の帳簿とに違いがあることを理由に、昭和四三年六月二七日更正処分をしたので、原告会社は法定期間内に異議の申立をし、異議申立棄却決定に対し更に審査請求をしたところ、昭和四四年六月一九日名古屋国税局長により右更正処分の取消の裁決がされたこと、その間被告は昭和四三年九月一四日原告会社所有の別紙物件目録記載の不動産を、同年一一月五日同社所有の機械類をそれぞれ差押えたことについては、いずれも当事者間に争がない。
二、原本の存在および真正に成立したことにつき争のない甲第一〇号証の三によれば前記更正処分取消の裁決の理由の要旨は「審査請求人は、原処分庁の更正金額について、請求法人は収益性が悪く、資金的にも困難な状況であつたので他法人との比較による認定所得の計算は不当であるとして処分の全部の取消しを主張するので審理したところ、原処分庁の認定には誤りが認められる。しかしながら、請求法人の申告には修繕費収入利息等の計算に一部の誤りが認められるので、これらの金額を訂正し計算すると、各事業年度分所得金額は、昭和四〇年九月一日から昭和四一年八月三一日までは九一万七八二六円の欠損、昭和四一年九月一日から昭和四二年八月三一日までは七七万六四三一円の欠損となり、差引法人税額は零となる。よつて原処分の全部を取消すのが相当と判断する。また、更正による納付すべき税額が零となつたことにともなつて過少申告および重加算税の賦課決定処分の全部を取消すのが相当と判断する。」というのであることが認められ、これに反する証拠はない。
三、ところで、証人石森直平、同梅田義雄、同石田信夫の各証言、原告会社代表者兼原告本人の尋問の結果(以上につき後記措信しない部分を除く)、真正に成立したことにつき争のない甲第一号証の一、二、原本の存在および真正に成立したことにつき争のない乙第六号証の一、二、同第七号証の一、二、同第八、第九号証を総合すると、原告会社の前記確定申告につき、中川税務署の担当係官は昭和四三年二月下旬から同年六月にかけて原告会社を調査したところ、原告会社が益田商店益田貞吉名で昭和四二年八月二八日当時金四六一万五一〇〇円の普通預金が存在していたにもかかわらず確定申告書添付の書類にその記載がなかつたこと、松田商店名からの金一四万二三二五円および金川商店名からの一二万八八三〇円の仕入につき原告会社関係者からの説明がえられなかつたこと、原告会社代表者は中川税務署の係官に対して、前記更正処分に対して異議の申立をしてあることおよび山王工場の公害問題のためその操業を休止し従来の製鋼事業を鉄板販売、ガス溶断事業に転換せざるをえなくなつており取引銀行に運転資金の融資を申込んであること、一億円の投資をして新設した刈谷工場は未だ収益性が悪く、資金繰りも困難であつて、原材料の仕入、製品販売等につき同種の他企業に比較して不利な点があつたことを述べ(山王工場以下不利な点があつたことを述べたことについては当事者間に争がない)、差押を猶予してほしい旨申し入れた事実、ならびに中川税務署はそれを容れずに前記更正処分をしたことが認められ、右各証拠中右認定に反する部分は採用しない。
なお、原告会社代表者が原告会社または原告の財産を担保に提供すると申し出たとの原告らの主張にそう原告会社代表者兼原告本人の尋問の結果ならびに証人石森直平の証言は証人石田信夫の証言に照しにわかに採用できなく、その他にそれを認める証拠はない。
右によれば、原告会社の確定申告には事実と相違する点および原告会社の合理的な説明のない点があり、推計課税の処置に出るも止むをえなかつたことは窺えるのであるが、法人税法第一三一条による推計は同条に列挙する基準等を考慮した合理的なものでなければならないところ、中川税務署長および係官は原告会社の右不備な点にとらわれ、原告会社の申し出に基き十分な調査をすれば容易に判明すべき原告会社申し出の前記実情を調査せずにそれを見落し、誤認した事実に基き、結局は前記の如く取消されるべきことになつた推計課税をし、それに基いて前記各滞納処分がなされたものであつて、違法な前記更正決定をするにつき中川税務署長および担当係官に過失があつたものといわなければならない。
四、証人伊藤喜久治の証言およびこれにより真正に成立したものと認められる甲第三号証、原本の存在および真正に成立したことにつき争のない乙第五号証の一ないし四ならびに原告会社代表者兼原告本人尋問の結果を総合すると、原告会社は昭和四三年六月頃訴外名古屋信用金庫(後に株式会社中京相互銀行に組織変更)に対して、金五〇〇ないし六〇〇万円の融資を申込み、同年九月二〇日支払の手形決済日頃に日歩二銭四厘の利率で融資を受けうる可能性があつたところ、被告により前記不動産に対する差押がなされた旨の通知が右金庫に対しなされたためその融資が中止されたこと、原告会社振出の手形が昭和四三年九月二〇日に不渡になつたこと、原告会社が昭和四三年一〇月二三日名古屋手形交換所の取引停止処分を受けたこと、これにより原告会社の操業が不可能になつたこと、この事態を免れるためには合計約一五〇〇万円の資金を必要としたこと(この点に反する原告会社代表者兼原告本人尋問の結果第八七項は同結果の他の部分に照し採用できない)、昭和四三年九月二〇日には三二〇ないし三三〇万円の資金があれば同日支払の手形を決済できたことならびに当時鉄工業界が不況であつた事実が認められ、前記採用しない部分以外に右認定を左右する証拠はない。
また、原告らの自認するところによれば、原告会社の資本金は四〇〇万円であり、昭和四三年九月二〇日頃の負債は一億円以上であつたこと、ならびに前記第三項で述べた通り、原告会社の公害問題、それに伴う工場の移転、業務転換等のため、原告会社の昭和四一年度、同四二年度の収益が落ちていたことが認められる。
更に、原本の存在および成立に争のない甲第一〇号証の三によれば、被告が前記裁決により取消した額は、昭和四一年度分の法人税額一六二万四七八九円、過少申告加算税額六万六七〇〇円、重加算税額八万七〇〇〇円、昭和四二年度分の法人税額一九四万五〇九五円、重加算税額五八万三五〇〇円であること、真正に成立したことにつき争のない甲第八号証によれば、原告会社は昭和四四年六月二一日その財産を合計五五〇〇万円で訴外名古屋帯鋼株式会社に売却したことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。
なお、原告会社代表者兼原告本人の尋問の結果および証人石森直平の証言中に、原告会社は昭和四三年九月二〇日当時前記名古屋信用金庫以外からも融資を受けることができたとの原告ら主張にそう部分があるが、証人沢田義彦、同有島正男の各証言、証人沢田義彦の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第五号証、証人有島正男の証言により真正に成立したものと認められる甲第四号証に照し採用できず、その他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
五、以上の事実によれば、前記違法な更正処分をする際には、それに基き前記滞納処分が為されることは当然に予想されるところではあるが、原告会社は名古屋信用金庫(後の中京相互銀行)から融資を受けて昭和四三年九月二〇日支払の手形を決済して倒産を免れえたとしても、原告会社の当時の経営状態からは結局同年一〇月二三日の前記取引停止処分を免れえなかつたことが窺われ、被告による前記更正処分および滞納処分により原告会社の融資の道を断たれ、それにより原告会社が倒産したものであるとは認め難く、この点に関する原告らの主張にそう原告代表者兼原告本人の尋問の結果は採用できなく、その他に右主張を認めるに足りる証拠はない。原告は昭和四三年九月二〇日頃名古屋信用金庫から金五〇〇ないし六〇〇万円の融資の中止されたことによる具体的損害について主張していないから、右融資の中止による損害についてこれを認容することができない。
また、原告会社が前記取引停止処分を受けた昭和四三年一〇月二三日から約八ケ月を経過してから昭和四四年六月二一日に原告会社の財産が処分されているのであつて、かえつて原告会社の倒産と、原告会社の財産を処分した価格が五五〇〇万円であることとの間には因果関係のないことが窺われ、この点に関する原告代表者兼原告本人の尋問の結果は採用できず、その他に右因果関係の存在を認めるに足りる証拠もない。
六、従つて、被告の各処分と原告会社の倒産、右倒産と原告会社の財産の処分の価格との各因果関係についての証明がないことになるから、被告による違法な更正処分が滞納処分の違法を招来するか、滞納処分自体が違法であるか、ならびに原告らの損害について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九三条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 越川純吉 裁判官 丸尾武良 裁判官 草深重明)
物件目録
刈谷市西境町富士見一三五番二
一、宅地 一六・〇〇平方メートル
右同所一三五番四
一、宅地 一二三・〇〇平方メートル
右同所一三五番三
一、宅地 五二〇・〇〇平方メートル
右同所一三五番一
一、宅地 四二三四・〇〇平方メートル
右同所一三五番地一、二、三、四
家屋番号一三五番一
一、鉄骨造スレート葺平家建 工場
床面積 一七七九・二〇平方メートル
一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建事務所
床面積 六七・二三平方メートル
一、コンクリート造亜鉛メツキ鋼板葺平家建浴室及更衣室
床面積 七一・四〇平方メートル
一、コンクリートブロツク造スレート葺平家建便所
床面積 一一・〇四平方メートル