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名古屋地方裁判所 昭和47年(ワ)2801号 判決 1976年11月19日

原告

三久船舶工業株式会社

右代表者

久保田秀生

右訴訟代理人

鍵谷恒夫

被告

日豊工業株式会社

右代表者

糟谷護

右訴訟代理人

杉山忠三

主文

原告の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

(原告)

1  被告は原告に対し、金一、〇四二、五〇〇円およびこれに対する昭和四七年一月一九日から支払ずみにいたるまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

(被告)

主文同旨の判決。

第二  当事者の主張

(原告の請求原因)

1  原告は水門設計を業とする会社である。

2  原告は、水門建設請負を業とする訴外水建工業株式会社(以下訴外会社という。)に対し、昭和四七年一月一七日現在金一、〇四二、五〇〇円の設計料請求債権を有している。

3  訴外会社は、昭和四七年一月一九日原告に対し、訴外会社振出の手形決済不能を理由として「倒産」を通知し、右債務全額の支払を拒絶した。

4  被告会社は、右のころ訴外会社の営業を譲受け、同時に次のとおり訴外会社の営業によつて生じた債務を引受ける旨広告した。

(一) 当時の被告会社代表取締役であつた訴外糟谷春吉は、昭和四七年一月一〇日ころ、名古屋市中川区古渡町にある訴外会社事務所に、訴外光和機械株式会社ら債権者多数を集めて、訴外会社の債務は一切被告会社において引受けるから安心されたい旨約束した。

(二) また被告会社は、同じころ、訴外中川区鉄工協同組合に対しても、右同様の債務引受を約束して、訴外会社振出の約束手形を、被告会社振出の約束手形と交換している。

(三) 被告会社と訴外会社は、同じころ、両会社連名で、「被告会社は、その水門建設部門として、訴外会社を吸収合併し、今後一層の発展を期する」旨の書面(パンフレツト)を印刷して、これを住田建設、吉田工務店、岩瀬組、鹿島建設等、訴外会社の顧客ら多数に配布している。従つて被告会社は、商法二八条により、債務引受の広告をなした営業譲受人として、訴外会社の原告に対する前記債務を支払う義務がある。

5  仮に右の請求が認められないとしても、被告会社は、右4の事実に加えて、

(一) 昭和四六年一二月ころから、そのころ既に訴外会社が受注していた鹿島建設、住田建設、吉田工務店、岩瀬組らとの間の契約を順次被告会社に対する注文に切りかえている。

(二) 右のころ以降、順次、訴外会社の前記事務所は、被告会社に譲渡されて、被告会社の看板がかかげられ、訴外会社の従来の経営者、従業員および会社施設は被告会社に吸収されて、被告会社の水門建設部門として機能している。

以上によれば、被告会社は、訴外会社を、商法上の会社合併手続によらずに、事実上吸収合併したものであるから、信義則上、被告会社は訴外会社の債務を一般的に引受けたものというべきであり、従つて被告会社は原告に対し、訴外会社の原告に対して負担する前記設計料債務を支払う義務がある。

6  よつて原告は被告に対し、第一次的には商法二八条に基づき、予備的には被告会社が訴外会社を事実上吸収合併したことによる信義則上の債務引受義務に基づき、金一、〇四二、五〇〇円およびこれに対する昭和四七年一月一九日から支払ずみにいたるまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。<以下省略>

理由

一請求原因1、3の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によると請求原因2の事実を認めることができる。

二そこで先ず被告会社が、昭和四七年一月一九日ころ、訴外会社の営業を譲受け、同時に訴外会社の営業によつて生じた債務を引受ける旨広告したことを理由とする商法二八条に基づく第一次的請求について判断する。

(一)  先ず原告は、昭和四七年一月一〇日ころ、被告会社の当時の代表取締役の糟谷春吉が、訴外会社事務所に光和機械ら債権者多数を集めて、訴外会社の債務は一切被告会社において引受けるから安心されたい旨約束したと主張する。

<証拠>中にも右主張に副う部分があるが、後記認定に供した各証拠に照らし、たやすく措信しがたく、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。却つて<証拠>を総合すると、原告主張の昭和四七年一月一〇日ころ、訴外会社の代表取締役であつた訴外岩宮利政が、訴外光和機械、同東名工業、同中部鉄工など訴外会社と取引関係にあつた五、六社と被告会社の当時の代表取締役の糟谷春吉を訴外会社事務所に集め、訴外会社の経営が逼迫し、倒産に瀕している旨を告げるとともに訴外会社の水門建設の業務は被告会社が引継ぐので今後被告会社と取引を継続してほしい旨などを述べたにすぎないことが認められる。

(二)  次に原告は、被告会社は、昭和四七年一月一〇日ころ、訴外中川区鉄工協同組合に対し、訴外会社の右協同組合に対する債務の引受を約束して、訴外会社振出の約束手形を、被告会社振出の約束手形と交換したと主張する。

そして<証拠>によると右債務引受および被告会社の手形振出等の事実は認められるが、右<証拠>によると、被告会社は、訴外会社の協同組合に対する債務を単純に引受けたものではなく、当時訴外会社は協同組合に対し、金五〇〇万円の貸付金債務を負担する一方、約金四五〇万円の積立金等の債権を有するとともに右協同組合企画の工場団地の土地を取得しうる権利を有していたため、被告会社は当時訴外会社に対して有していた少なくとも金五〇〇〇万円を超える債権の弁済に充てるため、これらの債権および権利を譲り受けるとともに訴外会社の債務をも引受けたものであつて、結局被告会社としては、工場団地に対する権利を約金五〇万円で買つたに等しく、これにより利益が得られることを見込んで上記債務引受をしたものであることが認められ、<証拠>のうち右認定に牴触する部分は、たやすく措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  更に原告は、被告会社と訴外会社は、昭和四七年一月一〇日ころ、両者連名で、「被告会社は、その水門建設部門として、訴外会社を吸収合併して、今後の発展を期する」旨の書面を印刷してこれを訴外会社の顧客である住田建設、吉田工務店、岩瀬組、鹿島建設ら多数に配布したと主張する。

そして<証拠>によれば、原告主張のころ、訴外会社と被告会社が連名で一〇〇通の挨拶状を印刷し、そのうち数十通(少なくとも五十通以上)を訴外会社の取引先等に送付したことが認められる。

そこで右挨拶状の内容が如何なるものであつたかについて考えるに、<証拠>中には、右挨拶状に、原告主張のような、被告会社が訴外会社を吸収合併する旨の記載があつたとする部分が存するが、証人生田武夫も右挨拶状を貰つたものではなく、得意先へ行つた際たまたま見せて貰つた際の記憶をもとに証言しているにすぎないものであつて、右の点からしてその知覚、記憶が正確であるかについては疑問があり、また同証人の証言自体ややあいまいな部分もあり、且つ右証言を裏づける資料も存しないところからして、<証拠>に照らしてたやすく措信しがたく、またこの点に関する<証拠>は、生田証人からの伝聞を主たる内容とするものであつてこれまたにわかに措信しがたく、他に挨拶状の内容が原告主張のようなものであることを証するに足りる証拠はない。却つて<証拠>によると、右挨拶状は訴外会社の水門建設請負の注文者になる土木建設会社や右水門建設を土木建設会社へ発注する行政官庁方面に対し、訴外会社が経営の行きづまりにより業務をやめることによつて既に着工した仕事の完成等について不安を抱かせるのを防止するために差出すこととしたものであつて、その内容も、爾後訴外会社は訴外会社の水門建設の残工事などの業務を被告会社に引続いでもらい、被告会社は右業務を引継いで行ないたい旨の挨拶状であつたことが認められる。

また右挨拶状の送付先について考えるに、<証拠>を総合すると、右認定のような目的で送付されたものであるから、挨拶状の送付先も訴外会社に対する水門建設の注文者である土木建設会社や右土木建設会社に対し水門建設を発注する行政官庁ら(しかも大半は右行政官庁)に限られ、原告を含む債権者一般に対して配布されたものではないことが認められ、右認定を動かすに足りる的確な証拠はない。

(四)  ところで商法二八条にいう広告とは、不特定多数人に対して意思表示することであると解されるところ、右(一)(二)の各認定事実が右の広告に該らないことはいうまでもない。そして(三)に認定した挨拶状送付も、右書面の個別的送付という方法(新聞広告などの方法とは異なる)や右書面送付先の範囲(右のような個別的送付の方法でも送付先の範囲如何によつては広告にあたる場合もありえよう。)に照らし、右の広告ということはできないものと解される。(三)の挨拶状の送付が、仮に右の広告には該るものとしても、なお商法二八条の「債務引受」の広告をなしたものとすることはできない。すなわち、右法条にいう債務引受の広告として認められるためには、広告の内容として債務を引受ける趣旨が示されていることを要するものであり、(もつともこのことは広告中に必ずしも債務引受の文字を用いなければならないとするものではなく、広告の趣旨が、社会通念上、営業上の債務を引受けたものと債権者が一般に信ずるようなものと認められるものであれば足りる(最判昭和二九年一〇月七日民集八巻一七九五頁)ものではあるが)単なる営業の譲受の表明だけでは、商法二八条の債務引受の意思表示とみることはできない。けだし営業の譲受により当然に債権者に対する関係において営業譲受人の責任が発生するものではなく、営業譲受人が債権者に対して直接に履行義務を負うためには、債権者と営業譲受人との間の債務引受契約等の別段の法律上の原因を必要とするものであるところ、商法二八条は、以上のような本則に対し禁反言の法理と同一の基盤に立ち、債権者に対する右のような債務引受行為等がなくとも、譲受人が、債務引受の広告をした以上は、責任を負うものとしたものであるが、この規定の趣旨からして、前記法条にいう債務引受の広告とは、単に営業譲渡の事実を示すにすぎない営業の譲受の表現では足りず、少なくとも譲渡人の営業上の債務について、譲受人が債権者に対して直接弁済の責を負う旨の表現が用いられていることを必要とすると考えられるからである。本件についてこれをみるに、前記認定の挨拶状の趣旨が訴外会社から被告会社への営業譲渡ないし水門建設業務の承継を意味するものと解されるとしても、右挨拶状に前説示のような意味における債務引受の趣旨が含まれているものでないことは明らかである。

(五)  してみると原告が債務引受の広告として主張する事実は、いずれも主張事実が認められないかまたはその事実が商法二八条の債務引受の広告に該らないことが明らかであるので、同法条に基づき訴外会社の原告に対する債務の支払を求める原告の第一次的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三次に被告会社が訴外会社を、商法上の会社合併手続によらずに、事実上吸収合併したものであるから、信義則上被告会社は訴外会社の債務を引受けたものであることを理由とする予備的請求について判断する。

そこで原告が被告会社が訴外会社を事実上の吸収合併したとする根拠として主張する点について順次検討する。

(一)  先ず昭和四六年一二月ころから、そのころ既に訴外会社が受注していた鹿島建設らとの契約を、順次被告会社に対する注文に切りかえたとの主張について考えるに、<証拠>を総合すると、昭和四六年一二月二三日、訴外会社と融通手形の交換をしていた訴外三晃アルマ工業株式会社が倒産し、訴外会社の倒産も必至となつたが、当時訴外会社は鹿島建設、住田建設ら数社との間に水門建設の請負契約を締結し、相当額の前途金をこれら注文者から受領していたため、若しそのまま訴外会社が倒産するとすれば、これらの注文者に対し迷惑がかかるのみならず、これらの会社に水門建設を発注している愛知県農地部などの行政官庁等にも迷惑がかかるので、訴外会社の仕事の一部を下請しており、また後記のとおり訴外会社に対し資金援助をしていた被告会社の代表者糟谷春吉に対し、訴外会社代表者岩宮利政は、訴外会社が前記各会社から既に受注していた水門建設の仕事を、被告会社に対する注文に切りかえて完成するよう懇請したため、被告会社は右要請を受け入れ、右のころから、前記鹿島建設らとの間で個別に接渉して請負契約を締結し、それぞれ水門建設を完成させたものであり、右のように個別的に契約を締結することなく、被告会社が、当然に訴外会社の契約上の地位を承継したことはなかつたことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

(二)  更に訴外会社の事務所が被告会社に譲渡され、被告会社の看板がかかげられた旨の主張について考えるに、<証拠>を総合すると、訴外会社は、被告会社および糟谷春吉から資金援助を受け、両者に対し少なくとも合計金五〇〇〇万円以上の債務を負担していたが、前記のように倒産が必至となつたため、昭和四六年一二月末ないし昭和四七年一月初めころ、訴外会社は、訴外村橋義治から賃借し訴外会社の事務所として使用していた名古屋市中区不二見町のビルの一室の賃貸借を合意解除し、保証金として差入れていた金一〇〇万円の返還を受けてこれを被告会社に対する債務の弁済の一部に充当すべく被告会社に交付し、なお右事務所内の什器備品等も右債務の一部の代物弁済として交付し、被告会社において右村橋との間で右ビルの一室の賃貸借契約を新たに締結し、金一〇〇万円の保証金を差入れ、右の室を被告会社の事務所として使用し訴外会社の看板に代え、被告会社の看板をかけていることが認められ、右認定を覆えすに足りる的確な証拠はない。

次に訴外会社の従来の経営者、従業員、会社施設が被告会社に吸収された旨の主張について考える。<証拠>を総合すると、訴外会社は昭和四七年一月一九日、手形の不渡を出して倒産し、その後従業員十数名は一旦一カ月分の解雇予告手当を受けて退職し、そのうち鈴村某ら四、五名か被告会社に雇入れられたこと、また訴外会社の従来の経営者岩宮利政は、訴外会社の倒産後、友人の経営する会社の熊本営業所に勤務していたが、その会社の経営が悪化したため、昭和四七年九月ころ、被告会社の熊本営業所を開設して新規の取引先を開拓することとして、被告会社に雇われ、昭和四八年一二月まで勤務したこと、訴外会社所有の名古屋市南区南陽町所在の工場は、訴外会社倒産後、被告会社に賃料月額金三万円で賃貸し、右賃料債務は訴外会社の被告会社に対する債務と対等額において相殺し、被告会社は訴外ホクトアルマ工業株式会社に右工場を賃貸して、賃料を収受していることが認められ、<証拠>中、右認定に牴触する部分は、たやすく措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三) そして原告の主張の「事実上の吸収合併」が如何なることを意味するかは必ずしも明白ではないけれども、商法の特別規定によらないで訴外会社が解散し、被告会社が資本を増加し、営業譲受等により訴外会社の社員および財産を収容する場合のように、両会社の契約により被告会社だけが存続し訴外会社をその中に事実上吸収する場合をいうとすれば、右(一)(二)に認定した事実と前記二(一)ないし(三)認定の事実その他上記措信しがたき部分を除く本件全証拠を総合しても、未だ右のような事実上の吸収合併の事実を認めるには足りない。

してみると原告の、事実上の吸収合併を根拠として、被告に対し、訴外会社の原告に対する債務の支払を求める予備的請求も、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことが明らかである。

四よつて原告の本訴請求をいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。 (岡崎彰夫)

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