大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和47年(ワ)2944号 判決 1974年12月11日

原告

倉本キク子

ほか一名

被告

成瀬基弘

ほか一名

主文

一  被告成瀬基弘は、原告倉本キク子に対し四八四万三、二五五円、原告倉本由美子に対し二三二万一、六二八円、および右各金員に対する昭和四四年一二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告成瀬基弘に対するその余の請求および被告興亜火災海上保険株式会社に対する本訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告興亜火災海上保険株式会社との間に生じた分は全部原告らの負担とし、原告らと被告成瀬基弘との間に生じた分はこれを一〇分し、その二を原告らの負担とし、その八を被告成瀬基弘の負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告成瀬基弘は原告倉本キク子に対し金六〇六万六、六一二円、同倉本由美子に対し金三〇〇万八、三〇六円並びにこれらに対する昭和四四年一二月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告興亜火災海上保険株式会社は原告倉本キク子に対し金三三三万三、三三三円、同倉本由美子に対し金一六六万六、六六七円並びにこれらに対する昭和四七年一二月二八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告成瀬)

1 原告らの請求を棄却する。

(被告会社)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(一) 日時 昭和四四年一二月二四日午後九時一五分頃

(二) 場所 名古屋市千種区猪高町大字藤森地内東名高速道路上り線三二六キロポスト先道路上

(三) 加害車両 自家用小型貨物自動車(名古屋四や六二六)

(四) 右運転者 被告成瀬基弘

(五) 被害者 訴外倉本周一

(六) 態様 被告成瀬が右場所を時速約九〇キロメートルの高速で進行中、走行車線の右側から走行車線の中央に車を寄せようとした際大きく左に転把した過失により、道路上左側に自車を寄せ過ぎて狼狽し、不用意に右転把したため操行の自由を失い、加害車両を中央分離帯に乗りあげさせ転覆させた

(七) 受傷状況 右車両に同乗していた被害者は頭蓋底骨折により同日午後九時五〇分頃死亡した

2  帰責事由

(一) 被告成瀬は自動車運転に際しては速度に適応した適格なハンドル操作をして道路に沿い安全に進行すべき注意義務があるのに、前記1(六)記載の如き運転をした過失により本件事故を発生させた。よつて同被告は民法七〇九条により損害賠償責任がある。

(二) 被告興亜火災海上保険株式会社(以下被告会社という)は本件加害車両の所有者である訴外有限会社中部防水工業所と右車両につき自動車損害賠償責任保険契約を締結している。

3  相続

被害者周一の死亡により、同人の父訴外倉本隆および母原告倉本キク子が右被害者の損害賠償請求権を二分の一ずつ相続したが、右倉本隆は昭和四六年六月二一日死亡したので同人に帰属した右請求権につき、その三分の一が同人の配偶者原告倉本キク子に、三分の二が隆の子である原告倉本由美子に帰属した。

4  損害

(一) 逸失利益 金四九七万四、九一八円

亡周一は本件事故当時愛知県立中村高校三年に在学中であり、もし本件事故にあわなければ次の収入を得ることができた。

(イ) 就労可能年数 一八才から六三才まで四五年間

(ロ) 年収 高校卒の平均月収三万二、三〇〇円の一二ケ月分およびボーナス四万七〇〇円

(ハ) 生活費 五割

(ニ) 中間利息控除方法 ホフマン方式

(二) 葬儀費用 金三〇万円

(三) 慰藉料 金三〇〇万円

高校卒業を目前にして将来の生活に希望を持つていた被害者の本件事故による苦痛は重大なものであり、また長男を失つた父母の精神的苦痛も大きい。

従つて亡周一のものと父母固有のものを合わせて金三〇〇万円が相当である。

以上合計金八二七万四、九一八円が本件事故による損害であるが、その内分けは原告倉本キク子分は金五五一万六、六一二円、原告倉本由美子分は金二七五万八、三〇六円となる。

(四) 弁護士費用

倉本キク子分 金五五万円

倉本由美子分 金二五万円

よつて、被告成瀬に対し、原告倉本キク子は金六〇六万六、六一二円、原告倉本由美子は金三〇〇万八、三〇六円ならびにこれらに対する本件事故日である昭和四四年一二月二四日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、

また被告会社に対し自賠法一六条に基づき保険金五〇〇万円につき原告キク子は金三三三万三、三三三円、原告由美子は金一六六万六、六六七円ならびにこれらに対する訴状送達の翌日である昭和四七年一二月二八日以降完済に至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の、

各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

被告成瀬

1  請求原因第一項中(一)ないし(五)および(七)は認める。同項(六)については被告成瀬が自車を転覆させたことは認めるが、その余は争う。

2  同第二項(一)は争う。同項(二)は不知。

3  同第三項および第四項は不知。

被告会社

1  請求原因第一項中(一)ないし(五)および(七)は認める。同項(六)の事故の態様は争う。

2  同第二項(一)は否認する。(二)は認める。

3  同第三項は不知。

4  同第四項は否認する。

三  被告らの主張(抗弁)

1  被告会社の免責

被害者である訴外亡周一は自賠法第三条にいう「他人」に該当しないので原告らの被告会社に対する自賠法第一六条に基づく請求はその前提を欠き失当である。

すなわち

(一) 本件加害車両は、原告倉本キク子が代表取締役である有限会社中部防水工業所(本件事故当時は訴外亡周一の父倉本隆が代表取締役であつた)の所有にかかるものであつた。

(二) 亡周一は当時軽四輪免許しか持つておらず普通免許は得ていなかつたが、それまでにも本件加害車両を右訴外会社の仕事の手伝いに使用したりまたそのエンジンキーを持ち出して私用に使つたりしており、両親においてもこれを黙認していたのであるから、本件加害車両は同族的な右訴外会社の所有名義になつていたとはいえいわばフアミリーカーの性格をも有していた。

(三) 本件事故当日、午後八時ころ、亡周一は本件加害車両を訴外会社から無断で持ち出し、友人である訴外黒部浩尚を誘い、さらに同じく友人の被告成瀬をも誘い、自ら運転してドライブに出かけた。出発時には特に目的地を定めなかつたが約五分後亡周一が東名高速道路を走行してみようといい出し、他の者もこれに同意した。

(四) こうして、名古屋市立西図書館付近に差し掛つたところ道路の反対側に警察の車が停車しているのを発見した亡周一は自己の無免許運転の発覚を恐れ、被告成瀬に運転を代るように頼み、自分は助手席に座つた。

(五) その後名岐国道に入り新川橋交差点を過ぎたあたりでまた亡周一が被告成瀬と交代して運転し、一宮インターから名神高速道路に入り、名古屋インター方面へ向つた。

(六) 途中守山パーキングエリアで亡周一と前記黒部の用便のため停車した際、亡周一は再び被告成瀬と運転を交代した。

(七) その後、午後九時一五分ころ本件事故が発生したものである。

(八) 高速道路の通行料金は亡周一が全部ないし相当部分を負担する予定であつたし、ガソリン代も亡周一ないし前記訴外会社が全部ないし相当部分を負担するものであつた。

(九) 従つて本件事故車は亡周一を中心として被告成瀬、訴外黒部の三名の支配下にあり、また彼らの利益のために運行の用に供されていたもので、このことは亡周一が本件事故当時たまたま現実にハンドルを握つていなかつたことに係わりなく、亡周一は他の二名とともに(少なくとも被告成瀬とともに)本件事故車の共同運行供用者(保有者たる前記有限会社が運行供用者の地位を離脱していないとすれば同会社とも)であり、自賠法第三条にいう「他人」には該当しない。

2  被告成瀬

亡周一は被告成瀬が運転免許をとつて三ケ月位しかたつておらず、かつ高速道路の運転経験に乏しく、高速道路を運転させた場合には事故を惹起する危険が大であることを知りながら、自らの選択により高速道路へ入り、自分の都合によつて被告成瀬に運転をさせ、さらにただでさえ運転しにくい他人の本件加害車両に、後輪のみにスノータイヤをつけるという事故を誘発しやすい状態で、しかも自己の無免許運転を陰蔽するために被告成瀬に運転させたものである。

また、被害者の親権者である原告倉本キク子、訴外亡倉本隆は亡周一が普通免許を有しないのに常日頃から無免許運転するのを黙認していた。本件加害車両のキーの管理がなされておらず、亡周一が自由に持ち出すことができるようになつていた。

従つて、原告らの本訴請求は信義則に反し許されない。仮に然らずとするも過失相殺を主張する。

3  被告成瀬―一部弁済

被告成瀬は原告らに対し損害金の内金として金六万五、〇〇〇円を支払つた。

四  被告らの主張に対する認否

1  被告会社の免責の主張について

(一) 訴外亡周一が本件事故当日本件加害車両を保有者である訴外有限会社中部防水工業所から持ち出したことのみを認めその余は争う。当時亡周一は運転免許を取得しておらず、当日運転資格のあつた者は被告成瀬だけであつた。

(二) 当日は被告成瀬の高速道路における運転練習のために出かけたのであり、途中亡周一が運転したこともあるがこれは面白半分のいたずら程度であつた。

(三) 本件事故発生時に加害車両を運転していたのは被告成瀬であつて、亡周一は助手席にいた。

(四) 亡周一は、一人前の運転手である被告成瀬に運転を委ねて助手席にいたのだから運転者たる地位を離脱していたものであり、また、亡周一はその時の運転者たる被告成瀬の運転につき指導、勧告、援助することにより被告成瀬と同等ないしはそれ以上の運行支配に関与する立場にもなかつた。

(五) 従つて、亡周一には本件車両の運行支配はもとより運行利益も存在しなかつたのであり、亡周一が運行供用者であつたとする被告会社の主張は失当である。

2  被告成瀬の主張はいずれも争う。

第三証拠「略」

理由

一  事故の発生

請求原因1の事実は事故の態様を除き、当事者間に争いがない。

二  帰責事由

1  被告成瀬

〔証拠略〕を総合すれば請求原因1の(六)の事実および2の(一)の事実が認められ、右事実によると同被告は民法七〇九条により本件事故によつて原告らの蒙つた後記損害を賠償すべき義務がある。なお〔証拠略〕中、右認定に反する部分にわかに措信しがたく、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2  被告会社

被告会社が本件加害車両の所有者である訴外有限会社中部防水工業所と右車両につき自賠責保険契約を締結していたことは当事者間に争いがない。ところで原告らが被告会社に対し保険金を請求しうるためには、右訴外会社が本件加害車両の運行によつて「他人」たる訴外周一に対し生命侵害による損害を与えたことが前提とされなければならないので、以下、これについて判断する。

(一)  〔証拠略〕によれば、被告会社の免責の主張の(一)の事実が認められる。

(二)  〔証拠略〕を総合すると、本件事故以前にも亡周一が普通免許を取得していないのに、管理の厳重でなかつた本件加害車両のエンジンキーを無断で持ち出し、右車両を私用に使つていたことが認められる。

(三)  〔証拠略〕を総合すると、被告会社主張の(三)から(七)までの事実が認められる。

(四)  以上認定の事実から判断すると、亡周一が本件事故当時たまたまハンドルを握らず助手席に同乗していたとしても本件車両に対する運行支配を有しており、本件運行に関しては運行供用者たる地位を離脱していたものとは認めがたく、一方所有者たる右有限会社も本件事故当時いまだ運行供用者の地位を離脱していたものとは認められないから、亡周一とは共同運行供用者の関係にあつたものといえる。

従つて、他に特段の事情の認められない本件においては亡周一は「他人」には当らないといわなければならない。原告らは本件事故による損害の賠償を訴外会社に対し請求できない以上、被告会社に対する自賠法一六条一項に基づく保険金の請求は失当である。

三  被告成瀬の信義則違反の主張について

〔証拠略〕を総合すれば、被告成瀬が運転経験に乏しいこと、亡周一が自己の選択で高速道路に入つたこと、後輪のみにスノータイヤをつけていたこと等は認められるが、亡周一が事故発生の危険性が大きいことを知りながら敢えて運転技術の未熟な被告成瀬に高速運転させたことを認めるに足る証拠はないから、被告成瀬の主張三の2は理由がない。

四  被告成瀬の過失相殺の主張について

1  すでに認定したように、亡周一の両親らが亡周一の無免許運転を黙認していたものとは認められないが、キーの保管が充分でなく、亡周一が自由に持ち出せる状態にあつたことは過失と認められる。

2  前認定のとおり亡周一が被告成瀬をドライブに誘いに来たこと、主として運転は亡周一がしており、被告成瀬は亡周一の要請により部分的に運転を担当したこと、高速道路へ入つたのは亡周一の選択によつたものであること、また被告成瀬の主張するようにスノータイヤは被害者側で後輪のみにとりつけていたことなどが認めることができ、公平の原則に照らし被告成瀬に全損害の賠償をさせることは相当でなく、右の名事情を考慮すれば、被告成瀬に対し、全損害の八割を負担させるにとどめるのを相当と考える。

五  被告成瀬の一部弁済の主張は、被告成瀬本人尋問の結果に照らしてもこれを認めるに足る証拠はない。

六  損害

1  逸失利益 金四九七万四、八五四円

〔証拠略〕によれば、本件事故当時、亡周一は愛知県立中村高校に在籍する一八才の高校生であつたことが認められ、右周一の就労可能年数は一八才から六三才までの四五年間とみるのが相当である。昭和四四年度賃金センサスによれば同年における一八才ないし一九才の男子労働者の平均月間きまつて支給される現金給与額は金三万二、三〇〇円、平均年間特別に支払われる現金給与額は金四万〇、七〇〇円であるからその年額は合計金四二万八、三〇〇円となる。右金額から相当と認められる生活費五割を控除した年額金二一万四、一五〇円を基礎に、右四五年間の逸失利益の現価をホフマン方式によつて年五分の中間利息を控除して求めると(ホフマン係数二三・二三〇七)、金四九七万四、八五四円となる。

2  葬儀費用 金三〇万円

〔証拠略〕によれば同原告は亡周一の葬儀を執行したことが認められるから葬儀費用金三〇万円をもつて原告倉本キク子の損害と認めるのが相当である。

3  慰藉料

本件事故の発生の態様、〔証拠略〕により認められる原告らと亡周一の身分関係、その他諸般の事情を総合すると、原告倉本キク子につき金二〇〇万円、原告倉本由美子につき金一〇〇万円が相当であると認める。

4(一)  以上によれば原告倉本キク子につき、逸失利益の相続分(三分の二)金三三一万六、五六九円、葬儀費用金三〇万円、慰藉料金二〇〇万円の合計金五六一万六、五六九円であるところ、被告成瀬はこのうち八割の金四四九万三、二五五円を賠償しなければならない。

(二)  原告倉本由美子につき逸失利益の相続分(三分の一)金一六五万八、二八五円および慰藉料金一〇〇万円の合計金二六五万八、二八五円であるところ、被告成瀬はこのうち八割の金二一二万六、六二八円を賠償しなければならない。

5  弁護士費用

原告らが原告ら代理人に本訴の提起追行を委任したことは本件記録上明らかであり、本件訴訟の内容、経過、前記認容額その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、原告らにおいて支払うべき弁護士費用のうち、原告倉本キク子分金三五万円、原告倉本由美子分金二〇万円は本件事故と相当因果関係ある損害として、被告成瀬に賠償させるを相当と認める。

七  結論

以上の理由により、本訴請求中、被告成瀬に対し原告倉本キク子が金四八四万三二五五円、原告倉本由美子が金二三二万一、六二八円の損害金および右各金員に対する昭和四四年一二月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、原告らの被告成瀬に対するその余の請求および被告興亜火災海上保険株式会社に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丸山武夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例