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名古屋地方裁判所 昭和47年(ワ)448号 判決 1976年3月05日

名古屋市千種区坂下町一丁目六七番地

原告

日本鉄筋工事株式会社

右代表者代表取締役

篠出丈志

右訴訟代理人弁護士

福岡宗也

田畑宏

被告

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

榎本恒男

渡邊宗男

六川忠義

浅井良平

田中正已

森茂伸

右当事者間の頭書事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二一四万一六一六円及び、これに対する昭和四七年三月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

(一) 原告は鉄筋工事の請負等を業とする株式会社である。

(二) 訴外千種税務署長は国の公権力の行使に当る公務員である。

2  課税処分及び滞納処分の経緯

(一) 原告は、訴外名古屋東税務署長に対して、別表(一)の(イ)のとおり、昭和四〇年ないし同四二年各事業年度の法人税確定申告書を提出したところ、同署長は、同四二年一二月二七日付で、同四一年分につき、別表(一)の(ロ)のとおり、更正及び賦課決定をしたが、これに対して原告は国税通則法所定の不服申立をしなかった。

(二) その後、管轄庁となった千種税務署長は、昭和四三年一二月二五日付で、別表(一)の(ハ)のとおり、更正(同四一年度分は再更正)及び賦課決定(以下、本件更正処分という)をした。

(三) 原告は、昭和四四年一月一四日千種税務署長に対して、本件更正処分につき異議申立をしたが、同年四月一一日付で棄却された。

(四) 原告は、昭和四四年五月七日訴外名古屋国税局長に対して、審査請求をしたところ、同局長は同年九月二五日付で、別表(一)の(ニ)のとおり、一部取消裁決をした。

(五) 原告は、昭和四四年一二月一八日千種税務署長を相手方として、名古屋地方裁判所に対して前記更正決定等取消請求訴訟(昭和四四年(行ウ)第六五号)を提起したところ、同署長は、同四五年一一月二八日、別表(一)の(ホ)のとおり、再更正(同四一年度分は再々更正)及び賦課決定をした。

(六) 千種税務署長は、昭和四四年三月四日及び同月七日の両日にわたり、本件更正処分にかかる未納税額金一六三万六六五二円(その内訳は別表(二)の(イ)のとおり)の徴収のため原告所有の裁断機外七点及び普通貨物自動車一台を差押えた。

なお、右訴訟は同日取下により終了した。

(七) 本件更正処分の審査請求に対する昭和四四年九月二五日付名古屋国税局長の裁決の結果、前記差押にかかる未納税額は金八二万〇三一三円(その内訳は別表(二)の(ロ)のとおり)に減少したが、差押済み財産の価格でこれを充足しないので、さらに、千種税務署長は、同四五年二月二七日、原告所有の事務所付工場外二棟の建物を差押えた(なお、以下においては、同署長のした同四四年三月四日、同月七日、及び同四五年二月二七日の差押処分を一括して本件差押処分という)。

(八) 千種税務署長は、昭和四五年一一月二八日の再更正に伴い、同年一二月二五日までに前記差押をすべて解除した。

3  加害行為

千種税務署長は、昭和四四年四月八日、係員を原告事務所に臨場させ、本件更正処分についての異議申立に対する調査を行なわせたが、右係員は、当事務所に備置されていた簿外取引帳簿(野田扱現金出納簿二冊を含む小口現金出納簿四冊、現場別出面帳二冊、会社経費及現金別経費帳一冊、材料仕入帳一冊、外注者関係名簿一冊)の提示すら求めず、いわば調査らしいものを殆んどしなかったので、同署長は、本件更正処分の誤りに気付かずに異議申立を一方的に棄却し、これに基づいて本件差押処分をしたのであるから、本件更正処分及び本件差押処分は全体として一個の加害行為を構成するといわねばならない。

4  因果関係

千種税務署長が原告の異議申立を棄却し本件更正処分を維持したことと、後記の損害の発生との間には、次のとおり因果関係がある。

(一) 本件更正処分が適正に是正されたとすれば、昭和四四年三月四日の差押時に支払うべき税額は、既納付分を控除すれば金五六万八六二二円であった。

(二) しかし、本件更正処分が維持されたので、右差押時に支払うべき税額は、既納付分を控除すれば金一五三万九〇二二円であった。

(三) 原告は、当時右(一)の金額ならばこれを支払うことができたが、右(二)のように多額で、かつ、納得のいかない金額であったためこれを支払うことを得ず、本件差押を免れることができなかった。したがって、千種税務署長が原告の異議申立を棄却し本件更正処分を維持していなければ、本件差押はなく、後記の損害は発生しなかったのである。

5  損害の発生

原告は本件差押処分によって次のとおり金二一四万一六一六円の損害を蒙った。

(一) 金利差額 金三八万一六一六円

原告は、従来、名古屋相互銀行、協和銀行、三菱銀行から平均日歩二銭五厘の利息で融資を受けていたが、右差押のため、抵当物件の価値が下落し、信用を失い、次々と取引を断わられ、止むなく他より日歩五銭ないし六銭の高金利で借入せざるをえなくなった。したがって、別紙(三)のとおり、原告は右銀行からの借入が可能であったときの利息と他所よりの借入利息との差額三八万一六一六円の損害を蒙った。

(二) 営業損害 金七六万円

本件差押処分のため、原告の信用は内外共に低下し、退職者が続出し、仕事が麻痺状態になったこと、前記(一)のとおり高金利の借入が培加する一方、取引先から現金払を強要され、資金の回転が円滑を欠くに至ったこと等の理由により、営業活動が停滞したので、原告は金七六万円を下らない損害を蒙った。

(三) 信用毀損による慰籍料 金一〇〇万円

差押処分は一般の会社にとって著しい信用の毀損を招き、いわば死刑宣告にも等しいものであり、原告の昭和三八年度から同四三年度までの六年間の年平均純収入は四一万五二三八円であったが、差押後の同四四年度の純収入は九万八四〇一円となった。そこで、右信用毀損により原告が蒙った苦痛に対する慰籍料は金一〇〇万円を下らない。

6  結論

よって、原告は被告に対して、国家賠償法一条により金二一四万一六一六円及び、これに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四七年三月一四日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2  同3のうち、千種税務署長が昭和四四年四月八日係員を本件更正処分についての異議申立に対する調査のため原告事務所に臨場させたことは認めるが、その余は否認する。

同署長には過失がない。すなわち、異議申立調査に当り、係員は原告に対して、正規の帳簿以外の関係帳簿や諸書類等、の資料の提示を要求したところ、原告は正規の帳簿及び簿外の賃金台帳、材料仕入帳を提示しただけで、原告主張のその余の簿外取引帳簿を提示しなかった。そこで、係員は、原告主張の簿外取引帳簿の備置を知り得なかったのであるが、右帳簿が存在するか否かは、調査時において原告からその提示のない限り知り得べきものではないから、それら帳簿を調査しなかったからといって何ら帰責事由はない。なお、原告は、右帳簿を審査請求に係る名古屋国税局長の調査において初めて、提示するに至った。

3  同4のうち、(一)、(二)は認めるが、その余は否認する。

すなわち、(イ)原告は、本件差押前昭和四二年度の予定申告(延滞)に係る法人税一万七八〇〇円及び同四二年一二月二七日付更正にかかる同四一年度の法人税八万〇六〇〇円、同重加算税二万四〇〇〇円の合計一二万二四〇〇円すら滞納し、同四三年一〇月六日付で千種税務署長から差押処分を受けていたこと、(ロ)原告は、同四四年三月七日、同署長に対して、同四二年一二月二七日付更正に係る同四一年度の法人税六万二六〇〇円(八万〇六〇〇円から納付済の一万八〇〇〇円を控除した残額)、重加算税二万四〇〇〇円、延滞税一万二五〇〇円の合計九万九一〇〇円について納付困難を理由に納税の猶予を申請していたこと、(ハ)原告が本件更正に係る税額を完納したのは、同四五年末であること等の事実関係に照らすと、原告は本件差押前に請求原因4の(一)の金額でも納付することができなかったのである。

4  同5は否認する。すなわち、同5の(一)については、原告は、昭和四三年度から同四四年度にかけて原告の主力金融筋と目される国民金融公庫、名古屋信用金庫からの借入金を大幅に増加させ、特に名古屋信用金庫については、同四五年度においても多大な借入をするなど、各事業年度における正規の金融機関からの借入金額は絶対額において増加しているのであって、本件差押処分によって金利負担が増加したのではない。

同5の(二)については、原告の作成した税務関係書類によって認められる給与支払人員の状況をみると、退職者続出の事実はない。

同5の(三)については、すでに述べたとおり、本件差押による金融面や労務管理面での信用毀損の客観的な影響が認められない以上、営利企業体たる原告に精神的損害の発生を認める余地はない。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第五号証の各一ないし三、第六ないし第一七号証、第一八号証の一、二、第一九ないし第二一号証、第二二ないし第二四号証の各一、二、第二五ないし第二九号証(第二八号証は原告会社代表者の作成にかかるものである。但し、横棒を引いて右側に記載した数字欄は、千種税務署調査官津久井孝晴が作成した)

2  証人野田正男、原告代表者

3  乙第九、第一〇号証の書込部分の成立は不知、その余の部分の成立は認める。その余の乙号各証の成立はすべて認める。

二  被告

1  乙第一、第二号証、第三号証の一ないし八、第四、第五号証の各一ないし六、第六号証の一ないし三、第七号証、第八号証の一ないし一二、第九、第一〇号証、第一一号証の一、二

2  証人玉田道定、同津久井孝晴、同小林栄

3  甲第一八号証の一、第二一号証、第二四号証の一、二、第二五ないし第二七号証の成立は不知、第二八号証のうち、棒線を引いて右側に記載した数字欄の成立は認めるが、その余の部分の成立は不知、その余の甲号各証の成立はすべて認める。

理由

一  請求原因1、2及び3のうち、千種税務署長が昭和四四年四月八日税務署職員を本件更正処分についての異議申立に対する調査のため原告事務所に臨場させたこと、4のうち、(一)、(二)は当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、第二二、第二三号証の各一、二、乙第一、第二号証、証人野田正男(但し、後記措信しない部分を除く)、同津久井孝晴、同小林栄の各証言、原告代表者本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く)、弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和四四年一月一四日千種税務署長に対し、三通の書面(法人税の異議申立書)を提出、して本件更正処分についての異議申立をしたところ、千種税務署勤務の国税調査官津久井孝晴がその審理を命ぜられた。

2  津久井国税調査官は、(イ)まず、右三通の書面を検討したが、昭和四〇年事業年度の異議申立書のの申立理由欄に一括して三事業年度(同四〇年度ないし同四二年度)の異議申立の理由が記載されかつ、その記載内容が同書面の異議申立額欄の記載内容と符号しないので、どの事業年度にいかなる理由でどれだけの数額の不服があるのか判然としなかった。(ロ)そこで、同四四年四月八日原告事務所に臨場し、原告代表者に面接して釈明を求めたが、依然として一部不明であったが、一応、本件の争点は、(1)外注費の架空計上があるかどうか、(2)本件更正処分で否認した雑収入が回収可能かどうか、(3)本件更正処分で認容した以外に簿外経費があるかどうかであり、かつ右(3)が主要な争点であることが判明したので、原告代表者に対して、その意見を裏付ける帳簿書類を提示するように求めたが、簿外経費の計算メモが提示されただけであった。(ハ)そして、右計算メモの内容と本件更正処分に係る課税実績とを比較し、また、反面調査をし、結局原告の異議申立の理由はその根基が薄弱であったので、本件更正処分の課税標準額を変更する必要はないと判断し、その旨上司に報告し、同署長はこれを受けて異議申立棄却の決定をしたものである。

3  ところで、当時、原告事務所の書庫内には簿外の現金出納帳四冊が備置されていたが、原告はこれを、津久井国税調査官に対して提示しなかった(原告は審査請求の審理段階ではじめてこれを提示した。)。

4  一方、津久井国税調査官は、税務調査の経験上、簿外の隠蔽取引は、記帳されたとしても、使用後は破棄されるのが通例であることから、記帳された簿外の現金出納帳が存在するとは考えなかった。そこで、前示のとおり包括的に裏付帳簿の提示を求めたのである。

5  原告は、本件差押処分前である同四三年九月ごろ、県税、市税を滞納し、差押処分を受け、また、訴外分の同四二年事業年度の予定申告(延納)に係る法人税一万七八〇〇円及び原告が国税通則法所定の不服申立をしなかった同四二年一二月二七日付更正に係る同四一年事業年度の法人税八万〇六〇〇円、同重加算税二万四〇〇〇円の合計一二万二四〇〇円すら滞納し、本件差押前である同四三年一〇月一六日付で差押処分を受け、さらに、原告は右同四一年事業年度法人税のうち一万八〇〇〇円を納付しただけで、本件差押の日である同四四年三月七日、千種税務署長に対し、右法人税残額六万二六〇〇円、重加算税二万四〇〇〇円、延滞税一万二五〇〇円の合計九万九一〇〇円につ、いて、不良債権発生のため納付困難を理由に、同四四年四月三〇日まで納税の猶予を申請した。

以上の認定に反する証人野田正男、原告代表者本人尋問の結果は、前掲各証拠に照らし、にわかに措信しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  ところで、異議申立の審理のための税務調査(質問、検査)において、本件のように簿外経費の存否が主要な争点となっており、かつ不服申立人である原告が、記帳しかつ保存する簿外の帳簿が存する場合には、原告が右帳簿を当該職員に積極的に提示することによって、初めて不服申立人の権利利益の救済という所期の目的が達成されるといいうる。しかるに、原告は、津久井国税調査官の質問に対して明確な釈明をなさず、かつ、検査に対しても当時事務所に簿外の金銭出納帳を備置していたのに、それを示さないなど、本件調査に対し、終始、非協力的な態度をとったのである。そこで、同国税調査官は、包括的に裏付帳簿の提示を求めたのであるが、これに対しては原告代表者から簿外経費の計算メモが提示されたのみであった。このような状況下において、同国税調査官に、他に帳簿書類を特定し、個別的にその提示を求めることまで要求するのは、任意調査の性質上、また、事が簿外収支の問題であるだけに、余りにも難きを強いることになって相当でない。すなわち、同国税調査官の前記調査に基づき、千種税務署長が本件更正処分を維持する旨の棄却決定をなしたことは誠に止むをえない処置というべく、同署長としては尽すべき調査を行ったものと認めることができる。

四  また、課税処分と滞納処分とは別個独立の行政処分であるから、たとえ、課税処分が違法であってもそれが存続している以上、滞納処分はそれ自体に瑕疵がない限り何ら違法となるものではなく、しかも、税務官庁が租税徴収権の行使として未納者に対し滞納処分をすることは、職務遂行上当然の措置であるから、課税処分存続中にされた滞納処分には、特別の事情のない限り故意、過失があるとはいえないのである。ところで、本件差押処分は課税処分存続中になされたものであること前示のとおりであるが、原告は本件差押処分自体の瑕疵及び右特別事情の主張、立証をしないから、本件差押処分に違法はないというべきである。

五  さらに、原告は、支払うべき税額が五六万八六二二円であるならば、これを納得して支払うことができ、本件差押を免れ得たと主張するが、本件各証拠によれば、原告は不服申立をしなかった法人税ですら滞納し、しかも、本件差押日には納付が困難な資金状況であるなど、到底本件差押を免れうるような状態になかったことが窺われるから、その主張に係る因果関係(請求原因4)が存するとは、にわかに断じえないところである。

六  そうすると、原告の本訴請求は、いずれにしても、理由がないから、その余の点について判断するまでもなく、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 可知鴻平 裁判官 松原直幹 裁判官 都築弘)

別表(一)

<省略>

別表(二)

<省略>

別表(三)

<省略>

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