大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

名古屋地方裁判所 昭和47年(ワ)524号 判決 1975年10月17日

原告

水野天明

原告

水野叡子

右両名訴訟代理人

内藤三郎

被告

愛知県

右代表者知事

仲谷義明

右指定代理人

鈴木輝雄

外二名

被告

都築嘉雄

被告

古賀正和

右被告三名訴訟代理人

伊東富士丸

外三名

主文

原告らの請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告らは原告水野天明に対し九〇万円、原告水野叡子に対し三〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

(一)  当事者の地位

1 原告天明は昭和二〇年三月旧制の中学を卒業し、昭和三三年六月一六日宅地建物取引業法に基づく宅地建物取引業の登録をなし、現住所で営業をし、原告叡子は昭和二三年三月旧制の高等女学校を卒業し、原告両名は昭和二九年五月二日婚姻し二人の女の子がある。

2 被告愛知県は名古屋市昭和区に昭和警察署を設置し、被告都築嘉雄は同署長として同署の職員を指揮監督する公務員であつて、被告古賀正和は昭和四五年一一月二七日ころ同署員巡査として、交通関係の取締に当つて居た。

(二)  原告両名に対する逮捕・取調

(1) 原告天明は昭和四五年一一月二七日午後一時一〇分ころ、原告叡子を助手席に同乗させて天明所有のトヨタカローラ(名古屋五ま六二七二号)を運転し、名古屋市昭和区洲原町二丁目三番地先交差点東側路上を時速約四〇キロメートルで西進した。

(2) 右自動車が洲原町三丁目から同二丁目に入つた最初のいびつな交差路(第一見取図が示す如く)に入つて、其処で、第二「見取図」中②で標示されて居る地点で一旦停車したが、直ちに西方へ発車した。その時、被告古賀の警笛を聞き、第二「見取図」中③で標示されている地点にて停車した。この地点では、原告らは、古賀巡査の求めるまま自動車の運転免許証を提出して検閲を受け、次いでその返還を受けた。

(3) 第二「見取図」中③で標示されて居る地点で、原告天明と、古賀巡査との間に、黄信号で入つたとか、入つてないとの問答が交されたが、この問答が長引きそうなので、原告天明は、自分の車が交通の妨げとなるのを恐れ、安全な場所、即ち第二「見取図」中④で標示されて居る地点に移動さした。

(4) この地点に隣接する歩道上でも、前号の様な問答が少し微に入つた程度で長く続いた。その末、被告古賀は、原告天明に対して、再度の自動車の免許証の提示を求めた。原告天明が「免許証は先程出したではないか。それを調べたではないか。それ程免許証が見たければ、警察手帳を見せよ」と言い、被告古賀は警察手帳を見せることを拒絶し、「免許証を見せなければ逮捕する」と答え、原告天明が「逮捕するなら逮捕せよ」と言うと、被告古賀は、逮捕しようとしたのか、原告天明の上衣の左上を強く引張つた。それで原告天明の洋服の上衣の下ボタン一つがちぎれた。結局被告古賀の氏名を原告天明の手帳に記入との交換条件で免許証を提示した。黄信号で交差点に入つた自動車は、どうするのかと云うことを昭和警察署で明らかにする為、昭和警察署に行くことにした。この間の押問答が三〇分程も続いたので、一〇数名の警察官が其場に来合せて居た。原告らは、これ等の警察官の監視の下に、外見は同行の下に、原告らは自分の自動車を運転して昭和警察署に向つた。即ち原告らが歩道上で逮捕されたのは、昭和四五年一一月二七日午後一時三〇分頃であり、昭和警察署に引致されたのは、右同日午後一時五〇〇分頃であつた。

(5) 原告の車が右交差点東側の横断歩道上を通過しつつあつた時に進行方向の信号が青から黄に変わつたが、直ちに急停止すると後続追突される車に危険があり、また右横断歩道のすぐ西側に停止することは同交差点の広さからして不可能であつたので、原告天明は同交差点中央付近で一度停止した後再び西進し同交差点を通過した。原告天明の右運転は道路交通法及び同法施行規則に適合するものであつた。ところが右交差点西側において交通監視活動に従事していた被告古賀は、右法令の誤解により原告天明の右運転を違法と誤信したため、同車に停止を命じ、原告天明に道路交通法違反の行為があるとて右交差点西側路上で取り調べた。原告天明が、これに対し右違反事実はなかつた旨説明したところ、被告古賀は自己の右誤信を湖塗しようとして、原告の車が赤信号で右交差点に進入したとの事実をねつ造し、これを原告天明に対して主張した。原告天明が右事実を否認すると、被告古賀は同原告に対し、その着用していた上着を強く引つ張る暴行を加えた(前記(4)のとおり)うえ、同原告が交通取締中の警察官である同被告に対しその体をこづいたり体当りするなどの暴行を加えたとの事実をねつ造して、前記(4)のとおり原告らを前示場所において公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕し応援に赴いた他の警察官らと共に、原告らを昭和署に引致した。原告らの右行為は違法性がないし、逮捕原因もないから、右逮捕は違法である。

(6) 原告らは同署においてそれぞれ別々の取調室に入れられ、原告天明は同日午後九時まで、原告叡子は同八時三〇分ころまで、それぞれ取調を受けた。この間、取調にあたつた警察官山口正秀は原告天明に対し「お前は、こういう風にして、古賀を腹で突き飛ばしたであろう」と言つて体を腹で突いた。また警察官森章は原告叡子を大声で怒鳴りつけたり、同人の左肩をこづく暴行を加えたりした。

(7) 引致後の原告叡子に対する取調は、単に参考人から事情を聴き取ると云う様な生易しい態度ではなく、完全な逮捕状下にある公務執行妨害の共犯者叡子としての取調であり、夕食時に夕食を与えない程人権を無視した取調を続けた。然かも、その取調がだらだらと六時間も続き、その日の午後九時、やつと釈放された。原告叡子は取調の途中、取調官石黒武幸に所用のため外部への架電及び帰宅方を申し入れたが、いずれも拒絶された。

この取調中原告叡子に如何にハッパをかけて取調て見ても逮捕を正当着けるとか、又立件するに必要な要件を欠いて居たので釈放に及んだ。

(8) 原告天明は、当日、取調官松原増巳から午後九時迄で取調を受け、翌日の二八日も取調をうけ、二九日、「道路交通法違反、公務執行妨害」の被疑事件として、検事勾留を求める為、名古屋地方検察庁の事件が送致された。名古屋地方裁判所昭和四五年(む)第一九二六号事件として裁判官将積良子により昭和四五年一一月二九日この勾留請求を却下され、当日午後四時四五分原告天明は釈放された。

名古屋地方検察庁は、昭和四六年一二月下旬頃原告天明に対する公務執行妨害及道路交通法被疑事件を不起訴処分にした。

(三)  右逮捕取調の違法

前記本件交差点通過走行に違法な点のないことは前述のとおりであり、被告古賀は法令の誤解によりこれを違法と誤信して原告天明を取り調べたものであるから、この取調自体が違法であり、しかもこの取調に対し原告らは何ら妨害行為をしていないのであるから、原告らに対する前記逮捕及びこれに続く取調もまた違法である。

(四)  慰藉料請求の基礎

原告天明は、昭和警察署が前記暴行及び右の違法な取調・逮捕をした事実及び原告叡子が違法な逮捕取調を受けた事実によつて、精神的苦痛をこうむりその慰藉料は九〇万円を相当とする。また原告叡子は昭和警察署によつて、違法な逮捕取調を受けた事実及び原告天明が違法な暴行・逮捕を受けた事実によつて、精神的苦痛をこうむり、その慰藉料は三〇万円を相当とする。

1 被告古賀のなした原告らの逮捕は原告らの自由権を侵害するので、民法上(民法によると行為者に直接責任を認めている)慰藉料として請求趣旨の金員を被告古賀に請求する。

2 被告都築は愛知県昭和警察署の署長として同署所属職員の指揮監督を適正に行わなかつたため、前述のとおり被告古賀をして原告らの権利を侵害せしめたので、民法上その慰藉料として、請求趣旨の金員を請求する。

3 被告県は、愛知県の警察官の職務活動について責任を負うので、被告古賀がその職務を行うにつき原告らの権利を侵害したので、国家賠償法に基づき請求趣旨の金員を請求する。

よつて、本訴請求をする。<以下―略>

理由

一次の事実は当事者間に争がない。

(1)  請求原因(一)の2の事実

(2)  原告天明が昭和四五年一一月二七日原告叡子の同乗する車を運転して本件交差点を東から西へ通過したこと

(3)  被告古賀が同車の右交差点通過を信号無視による道路交通法違反として右交差点西側路上において停止を命じ原告天明を取調べたこと

(4)  原告天明が同被告の右取調中同被告に対し暴行を加えたとして公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕され昭和署に引致されて取調を受けたこと

(5)  原告叡子も同日同署において取調を受けたこと。

二次に原告天明が昭和警察署員により暴行をうけ違法な取調逮捕を受けたかどうかについて判断する。

(1)  前記一の争のない事実に<証拠>を総合すると、原告天明の運転車が本件交差点東側横断歩道より約二七メートル東の地点に至つたとき、右交差点の東西進路の信号が青から黄に変わり、同車は減速しつつ同交差点に進入し同交差点中央付近でいつたん停止したあと再び進行して赤信号の間に右交差点を通過したことが認められ、これに反する原告らの各本人尋問の結果はいずれも採ることができない。

(2)  <証拠>を総合すると、原告天明は被告古賀の右取調中同人に対し体当りを加えたり同人の身体を手でこづいたりして暴行を加えたことが認められ、<証拠判断略>。

原告は右取調のさい被告古賀が原告天明の着用していた上着を引張り、これにより同上着の下ボタンがちぎれた旨主張するが、<証拠判断略>。従つて被告古賀を道路交通法違反として取調べ、公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕した行為を違法と断定できない。しかしながら、

(3)  証人松原増巳の証言によれば、警察官次長山口正秀が被告古賀から報告のあつた暴行の状況を具体的に身振りで説明したとき同山口の身体が原告天明に触れた拍子に原告天明が椅子から滑り落ちたことを認めることができる。この点に関する右山口が原告天明を突きとばし、机のふちに押し倒された旨の原告本人第二回尋問の結果を採ることができない。

(4)  原告天明の勾留請求が却下され、不起訴処分になつたことは当事者間に争がない。しかしながら右(3)、(4)の事実では原告天明の逮捕取調が違法であるとは前記(1)(2)の事実に照らして断定できない。

三原告叡子が違法な逮捕取調を受けたかどうか判断する。同原告が被告古賀に対する公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕された事実同原告がその意に反して昭和署へ連行されたことを認めるに足る証拠はない。

次に原告叡子に対する取調については、証人森章及び同石黒武幸の各証言によると、原告叡子は本件当日午後七時半ころまで昭和署において右の両名により参考人として取調を受け、その取調が手間取つたことを認めることができるが、原告叡子に対する取調が原告主張のような事実の下に行われた旨の原告叡子本人の尋問の結果を採用できない。結局、原告叡子が違法な取調を受けた事実を認める証拠がない。

四結論

原告天明に対する暴行、違法な取調、逮捕、同叡子に対する違法な逮捕取調を前提とする原告らの本訴請求は、右事実の認められない以上他の点に関する判断をまつまでもなく失当として棄却する。訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。 (越川純吉)

第一、第二見取図<略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例