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名古屋地方裁判所 昭和47年(ワ)847号 判決 1976年4月27日

原告

株式会社中部化学機械製作所

右代表者

高岡栄一

右訴訟代理人

富岡健一

外二名

被告

中部機械商事株式会社

右代表者

生嶋孝雄

右訴訟代理人弁護士

安富敬作

外三名

主文

1  被告は、モノフイラメント製造装置又はその部品の製造販売につき「中部機械商事株式会社」の商号もしくは「CHUBU」・「中部」の表示を使用し、または右商号もしくは右表示を使用した商品を販売、拡布もしくは輸出してはならない。

2  被告は、中部機械商事株式会社」の商号につき商号登記の抹消登記手続をせよ。

3  被告は原告に対し、金三〇〇万円およびこれに対する昭和四七年四月二一日から右支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告は、原告のため別紙目録記載のとおりの謝罪広告を、表題部分を二倍ゴチツク活字、原告および被告の各会社名、各代表取締役の表示部分を二倍明朝活字、その他の部分を一倍明朝活字を用いて、日本経済新聞(全国通)、日刊工業新聞、プラスチツク経済に各一回掲載せよ。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一不正競争防止法第一条第一項に基づく請求について

一原告の商号ならびに原告製品および原告営業の表示の周知性

1 原告の商号、本店所在地、目的、資本金額、設立の日、原告がプラスチツク成形機械とくにモノフイラメント製造装置の製造販売に力を注いで昭和四四年頃には国内では日商岩井など有名商社およびプラスチツク加工業者らと、また海外では東南アジア方面のプラスチツク加工業者らと取引を結んでいたこと、原告製品および原告営業の表示として「CHUBU KAGAKU KIKAI SEISA-KUSHO CO., LTD.」、「MONOFILA-MENT MANUFACTURING EQUI-PMENT TYPE:CM TN―50A」「株式会社中部化学機械製作所」等が製品のネームプレート、カタログ等に使用されていたことは当事者間に争いがない。

2  <証拠>を総合すれば、原告の商号は、原告製品たるモノフイラメント製造装置等のプラスチツク成形機械の製造販売の取引上、この取引に関与する商社等の取引者ならびにプラスチツク加工業者ら需要者との間で、いわゆるフルネームで適用していたものでなく、たんに「ちゆうぶ」「ちゆうぶきかい」或いは「ちゆうぶかがくきかい」と呼称され、「株式会社中部化学機械製作所」の商号およびその略称または通称である「中部」、「CHUBU」等の表示が原告の商品または営業を示すものとして、昭和四四年当時本邦の地域内で右の取引者または右の需要者の間に広く認識されていたことが認められ、被告代表者尋問の結果のうち右認定に反する部分は前掲証拠に照らし措信しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二被告会社の商号選定のいきさつ

被告代表者Kが以前原告会社の大阪出張所の従業員であつたこと、右Kが原告製品の関西以西における販売および海外向け輸出を一手に引受けてこれを原告から独立して行なうべく被告会社を設立したこと、その商号、本店所在地目的、資本金額、設立の日、その代表取締役をTとしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、被告会社は原告会社の製品と競合しない商品(たとえば印刷機械など)については他社の製品も取扱うが、プラスチツク成形機械については原告製品のみ取扱い、この原告製品の関西以西の販売ならびに海外向け輸出業務を一手に行なうとの旨の原告会社との話合のもとに、原告の商事部門ないし販売会社という趣旨でその商号を「中部機械商事株式会社」と定めて設立されたものであり、被告の商号中の「中部」の字句は原告会社との関連性を示すためのものであつたこと、そして当初原告代表者Tを被告の代表取締役に迎えたのは、Kだけでは被告会社の経営上信用が十分でないので、原告会社の信用を利用し、原、被告両会社の緊密性を対外的に明らかにするためであつたこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

三原、被告の商号ならびに商品若しくは営業の表示の類似または同一性

1  はじめに、原、被告の商号の類似性について判断する。

前記一の2で認定した事実によれば、原告の商号はそのフルネームではなく「中部」、「中部機械」ないし「中部化学機械」として広く認識され、通用していたのであるから、原告の商号は右部分が主要部分となつていたものというべく、これを被告商号「中部機械商事株式会社」と比較観察すると、「中部」「中部機械」の部分において同一であり、右主要部分との比較、異同を考慮に入れて両者の商号を全体として観察判断した場合、結局、両者は外観上、呼称上、そして観念上の各観点からみて類似しているものと認めるのが相当である。被告は、原、被告の商号は、会社の種類を示す部分「株式会社」、会社の業種業態を示す部分「化学機械製作所」「機械商事」、営業地域を示す部分「中部」にそれぞれ分解することができ、両商号とも主要部分はなく全体的に比較観察すれば判然と区別しうる旨主張する。しかしながら、前説示のとおり原告の商号は「中部」、「中部機械」ないし「中部化学機械」なる略称または通称により呼称されていたのであるから、右部分が地域性あるいは業種性をもあわせ示しているからといつて、原告商号の主要部分を構成しえないわけではなく、これと被告商号中の「中部機械商事」(被告の商号中、「株式会社」なる会社の一般名称を除いたところの被告会社を特定し他の会社と識別する名称部分)とを比較観察(なおこの観察は、直接対比観察ではなく、間接対比観察、すなわち、離隔観察つまり時間的または空間的に一定の間隔をおいて記憶の上で比較対照する方法による観察をするべきである。けだし、取引の関与者が取引上商品もしくは営業を選択識別しうるかどうかをきめるための観察をすべきであるから。)すれば、被告商号は取引上一般人をして原告商号との誤認混同を生ぜしめるおそれが十分にあるものとみるべきである。現に、南ベトナム、インドネシア等海外で原、被告の製品、営業について誤認混同を生じ、それが取引商社を通じて国内においても原、被告の製品、営業について誤認混同を生じたことは後記四に認定するとおりである。従つて、被告の右主張は当をえない。

2  進んで原、被告の製品または営業の表示の同一性、類似性について判断する。

原告製品または営業の表示としては、原告の商号をそのまま或いはローマ字または英訳して表示するなど、すなわち「株式会社中部化学機械製作所」、「CHU-BU KAGAKU KIKAI SEISAKUSHO CO., LTD.」、「MONOFILAMENTMA-NUFACTURING EQUIPMENT TY-PE:CM TN―50A」、および「中部」、「CHUBU」が使用されていることは前記一の1、2で認定説示したとおりであり、一方、被告製品または営業の表示としては、その商号をそのまま或いはローマ字または英訳して表示するなど、すなわち、「中部機械商事株式会社」、「CHUBU MACHINERY CO., LTD.」、「“CMC” Nylon Monofilament Making Apparatus」「」が使用され(この点は原告が明らかに争わないから自白したものとみなす)、また、「CH-UBU」、「CHUBU KIKAI」が使用され(この点は成立に争いのない甲第一七号証により認めうる)、また、これらの事実よりすると被告において被告の商品または営業の表示として「中部」なる表示をも使用したと推認することができるところ、原告の「中部」、「CHUBU」の表示と被告の「CHUBU」、「中部」の表示とはいずれも同一の表示ということができる。

四原、被告の製品および営業の混同

被告が原告と取引条件が折り合わず、昭和四三年六月頃から合資会社M鉄工所を使用してモノフイラメント製造装置<証拠>によれば、この装置はナイロン糸製造用のものと認められる)を製造するようになり、以後この製品を日商岩井等の商社を通じてインドネシア、ベトナム等の東南アジア諸国に対する輸出を開始したことは当事者間に争いがない。<証拠>を総合すれば、被告は被告製品の輸出を開始したころ、被告のカタログに原告製品の写真を被告製品の写真として掲載したことがあること、被告が昭和四三、四年ころ使用したカタログに「CHUBU」と独立して表示したことがあること、海外に輸出した被告製品には当初故障が多くそのため被告製品を購入した南ベトナムのトランノ、キユーチン、チユツキアン等各社から原告の取引商社である富士企業を通じて、またインドネシアのペタマス社からは日商岩井を通じて、右製品を原告の製造にかかるものと誤認して、原告にクレームが寄せられたこと、原告製品を輸出する国内の商社および海外の需要者の間では商品をたんに「CHUBU」ブランドのモノフイラメント製造装置というだけで取引が行なわれていること、以上の事実が認められ、<証拠>は措信しがたく、してみれば被告が被告製品の販売輸出について「中部機械商事株式会社」、「中部」、「CHUBU」、「CHUBU KIKAI」、「CHUBU MAC-HINERY CO., LTD.」の中部(CHU-BU)そのもの或いは中部(CHUBU)を主要部分とする表示を使用することにより、被告の商品またはその営業を原告の商品またはその営業であるかのように一般需要者に混同を生ぜしめており、また将来にわたつて生ぜしめるおそれがあるものといわなければならない。

なお被告は、需要者が原告製品を買おうとして誤つて被告製品を買つたのではなく、需要者の不注意で表示の異なることに気づかずにクレームの宛先を間違えたものであり、更に国内においては全く誤認混同は生じていないのだから、誤認混同は現地需要者の不注意によるものである旨主張する。そして<証拠>のうちには右主張に副う部分もあるが、一方前掲証拠によつて認められる従来から「中部」、「CHUBU」の表示を商品または営業に使用していたのは原告だけであつたこと、業界および需要者の間では「中部」、「CHUBU」の表示および呼称は原告の商品、或いは営業を指示するものとして通用していたこと、被告はモノフイラメント製造装置の製造を始めるまでは原告のこの種の製品の販売輸出業務を行なつていたこと、従来原告製品を海外に輸出していた日商岩井、富士企業等の国内の商社が、海外で起つた被告製品に対するクレームを原告宛に寄せていたこと、などの事実をあわせ考えれば、まさに商品または営業の誤認混同があつたが故に被告製品に対するクレームが原告に寄せられたのであり、右誤認混同は日本国外にとどまらず日本国内においても生じていたものというほかなく被告主張のように、現地需要者の不注意にのみ起因するというものではない。

五営業上の利益を害されるおそれ

前記三、四で明らかとなつた事実を総合すれば、被告による被告製品の製造、販売、輸出の各行為により、原告の営業上の利益が害されるおそれのあることを肯認するに十分である。

六よつて、不正競争防止法第一条第一項に基づき、被告に対しその商号および「CHUBU」、「中部」の表示の使用差止ならびにその商号につき商号登記の抹消登記手続を求める原告の請求は理由がある(なお、会社の商号につき会社にその商号登記の抹消登記手続を命ずる判決をなすことができるかどうかについては議論が分れているが、一般に法令(たとえば商法第三一条)が商号登記の抹消登記手続の請求を認めていることは明らかであるし、右判決の執行の問題についても少くとも間接強制の方法によりこれを執行しうべきことが明らかであるから、右の点はこれを積極に解するのが相当である。)。

第二不正競争防止法第一条の二に基づく請求について

一侵害行為

被告が不正競争防止法第一条第一項第一、二号に該当する商号主体および営業主体を混同させる行為をしたことは前記第一で判断したとおりである。そこで、<証拠>ならびに前記第一で認定説示した事実、すなわち、「中部」「CHUBU」等の表示が原告の商品または営業を示すものとして遅くとも昭和四四年当時には取引者および需要者の間では広く認識され、また業界ではたんに「CHUBU」ブランドのモノフイラメント製造装置との呼称により原告商品を特定して取引が行なわれていたこと、一方、被告代表者Kは昭和三八年までは原告会社の従業員であり、原告製品の販売に従事していたものであるところ、原告製品の販売会社という趣旨で被告会社を設立したものであること、以上を総合すれば、被告において自らモノフイラメント製造装置の製造、販売、輸出を開始した時点において、原告商品および営業との誤認混同を防止するため「中部」(「CHUBU」)そのもの或いは「中部」(「CHUBU」)を主要部分とする表示を使用することを避止しあるいは使用するとしても原告商品および営業と誤認混同を生ぜしめないような方策をとるべきであつたというべきである。しかるに、被告はこれを怠り、前記第一の四認定のように被告製品に「中部」(「CHUBU」)そのもの或いは「中部」(「CHUBU」)を主要部分とする表示を使用して被告製品の製造、販売、輸出を行ない、ために、取引商社および需要者の間に原告商品または原告営業との誤認混同を生ぜしめてしまつたのであるから、被告には少くとも過失があつたことが明らかである。被告代表者尋問の結果のうち、右認定に反する部分はとうてい信用することはできず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二損害

1  無形損害

前記第一の認定説示の事実および前記第二の一の認定説示の事実を総合すれば、原告が営業上の信用を害されたことを推認するに難くなく、そのために原告が蒙つた無形損害は、<証拠>によつて認められる原告の営業状況、信用状態からみて、金五〇万円を下らないものと評価することができる。

2  得べかりし利益の喪失

<証拠>を総合すれば、被告は、昭和四三年六月頃から同四七年四月頃までの間に少くとも被告製品二三セツト以上を、一セツト代金三八〇万円前後、利益率五ないし一〇パーセントで輸出販売した事実が認められるので、一セツトについての利益額に販売台数を乗じた金四三七万円ないし金八七四万円前後の総利益を挙げたものということができる。

ところで、原告は、かねて被告において原告製品の海外向け輸出販売を一手に行なつてきたものであるところ、原告製品を売る代りに被告製品の輸出販売を行なつたものであるから、被告が被告製品の販売により挙げた利益相当額が、原告が被告の行為により蒙つた損害である旨主張するので、この点について判断する。

損害賠償請求につき、民法の不法行為理論によれば、請求者において蒙つた損害の額を立証しなければならずそして右立証がしばしば困難を極めるものであることはいうまでもないところ、商標法第三八条第一項、著作権法第一一四条第一項、意匠法第三九条第一項、特許法第一〇二条第一項、実用新案法第二九条第一項等の規定の趣旨は、損害の立証が特に困難と思われる右各法条適用のケースにつきその立証を緩和するところにあると解されるのであつて、右商標法等の規定の趣旨は、同趣旨の規定を持たない不正競争防止法においてもまた類推して妨げないものというべきである。けだし、不正競争防止法に基づく損害賠償請求においても損害額の立証が困難であることは何ら右商標法等におけると異なるところはないものというべく、さもないと、不正競争防止法による損害賠償請求は原告にとつて立証困難のゆえに常に棄却を免れないこととなつてしまうからである。してみれば、他人の不正競争行為によつて蒙つた損害の算定については、侵害者の右行為によつて得た利益を基準とすることもこれまた合理的な算定方法というべきであつて、そうして、この場合、もしも侵害者において自己の得た利益と侵害行為とが無関係であるなど特段の事情があるならば、右事情について侵害者が反証をなすべきである。そこで、本件について右特段の事情の有無について判断するに、前掲証拠によれば、モノフイラメント製造装置の製造、販売会社は大手、中小併せて一〇数社あつたことが認められるが、前記認定、説示の本件原告製品の輸出をめぐる原、被告会社相互の関係に徴し、右事実のみをもつてしては、被告の得た利益が原告の損害でないとする特段の事情が存したことの証明としては不十分というべく、他に特段の事情の存在についての主張、立証はない。

3  よつて、不正競争防止法第一条の二第一項に基づき、金三〇〇万円(無形損害五〇万円および得べかりし利益のうちの一部二五〇万円の合計額)およびこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年四月二一日以降支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由がある。

4  前記第二の一の認定、説示の事実からすれば、被告の行為によつて原告がその営業上の信用をも毀損されたことは明らかであり、また、すでに認定した本件不正競争行為の態様、程度、その他諸般の事情に鑑みるとき、損害賠償とともに原告の営業上の信用を回復するために被告に対し、別紙目録記載の謝罪広告をなすことを命ずる必要があると考えられ、従つて、不正競争防止法第一条の二第三項に基づいて謝罪広告を求める原告の請求も理由がある(なお、この謝罪広告については、原告はその内容において別紙目録記載のそれに較べてより強い表現のものを求めているが、前記の諸般の事情からすると、本件謝罪広告としては同目録記載のとおりのもので充分であつて、この程度のものが妥当と考えられるので、被告に対し原告の求めるそれとその大綱において同趣旨の同目録記載のとおりの謝罪広告をなすべきことを命じることにする。)。

第三結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく全て正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(海老塚和衛 秋元隆男 川上拓一)

<目録省略>

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