名古屋地方裁判所 昭和47年(行ウ)1号 判決 1977年9月28日
原告
伊藤智子
右訴訟代理人弁護士
祖父江英之
被告
国
右代表者法務大臣
福田一
被告
建設大臣
長谷川四郎
右被告両名訴訟代理人弁護士
浪川道男
同指定代理人
服部一磨
外三名
被告
蟹江町
右代表者町長
山田平左衛門
右訴訟代理人弁護士
伊藤静男
外三名
主文
原告の被告建設大臣に対する訴を却下する。
原告の被告国、同蟹江町に対する請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、原告
被告建設大臣は、別紙図面記載の歩道橋のうち同図面赤斜線部分の歩道橋設置行為を取消し、同部分の歩道橋を撤去せよ。
被告国、同蟹江町は各自原告に対し、昭和四七年四月一日から前項の歩道橋撤去に至るまで一か月金二〇万円の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
(右第二項の予備的請求)
被告国、同蟹江町は各自原告に対し、金一、五〇〇万円およびこれに対する昭和四七年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二、被告ら
主文同旨。
(被告建設大臣の本案の答弁)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
(請求の原因)
一、原告は、別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という)を所有しているところ、本件土地は国道一号線に面しているため、同所において主として自動車で来る客を対象とするレストランを開店する準備をしていた。
二、ところが、被告建設大臣(以下、被告大臣という)は昭和四六年一一月下旬頃、本件土地先の東西に走る国道一号線に、道路の南端に添つて別紙図面記載の如き歩道橋(以下、本件歩道橋という)の昇降階段を建設しはじめた。これを発見した原告は、直ちに右工事の中止、撤去方を申し出、さらに同年一二月三日書面をもつてこの旨申し立てた。しかし、右工事は続行せられ、同年一二月二六日頃本件歩道橋が完成した。
三、本件歩道橋が存することにより、本件土地は国道に面する部分約二五メートル全部が閉鎖されることになり、本件土地のから国道への出入りは歩道橋昇降階段下をくぐつてする以外になく、通行上甚しい支障を生ずるばかりか、原告が準備中のレストラン開店は不可能となつた。
四、本件歩道橋の設置は、その必要性が認められないうえ、原告の公道利用の自由権を侵害し、本件土地の価値を著しく毀損してなされた違法なものである。すなわちこれを詳述すると、
1 本件歩道橋設置の必要性は認められない。
(一) 本件歩道橋はその交通実態からみて極めて利用度が低く、その設置の必要性は認められないものであるうえ、本件歩道橋の構造が別紙図面記載のとおり通常の歩道橋に比べて昇降階段の長い大型のものであり、現実の利用から遊離したものである。
(二) 本件歩道橋の設置場所は、本件土地の西側に幅約九メートルの川があり、川の西側に使用価値の低い三角地が存するのであるから、この部分を利用し、ないしはこの部分に添つて歩道橋を設置するのが常識的であるのにかかわらず、本件土地の間口一杯を閉鎖する状態になる場所に設置したことがやむを得なかつたものとは認められず、その設置場所の選定に誤りがある。
(三) さらに、本件歩道橋は、他により適切な方法、例えば本件土地の付近に横断歩道を設けるとか、それに押ボタン式等の信号機を設置する等の処置で、十分人命の安全と交通の渋滞防止をはかることができたのにかかわらず、それをしないで設置した不必要な歩道橋である。
右の如くその必要性が認められず、しかも原告に対する配慮を全く欠いた本件歩道橋を設置することは、違法であり、また右国道の管理に瑕疵があるというべきである。
2 本件歩道橋の設置は原告の公道利用の権利を侵害するものである。
本件土地は、本件歩道橋の南側降階段部分の存在により、国道に面する部分約二五メートル全部が閉鎖された状態になり、本件土地から国道への出入りは右階段下をくぐつてする以外になく、自動車による出入りは不可能となつた。本件土地は、西側を川に、南側を狭い農道に、東側を隣地にそれぞれ囲まれているため、北側の国道を閉鎖されたため、袋地と同様の状態となつた。
公道に面する土地の権利者は、出入等のために公道を利用する自由権を有するものであるところ、本件歩道橋の設置は原告の右公道利用権を侵害する違法なものである。
3 本件歩道橋の設置は、原告に次の如き財産上の損害を与えている。
(一) 原告は本件土地で主として自動車で来る客を対象とするレストランの開店を準備していたところ、本件歩道橋の設置により右レストランの開業が不可能となつた。そのため原告は一か月少なくとも金二〇万円以上の損害を被つている。すなわち、原告は右営業により売上金が一か月少なくとも一二〇万円あるところ、材料費五二万二、〇〇〇円、人件費二八万円、水道光熱費五万円、減価償却費三万円、税金等経費三万八、〇〇〇円の各経費がかかるからその純利益金は二八万円以上となる。そして、右二八万円のうち、多くとも八万円は田よりの利益と同額の金額としてこれを減ずると、一か月二〇万円以上の損害となる。
(二) 本件土地は、国道に面する等の条件から、従来の区画整理において商地として評価され、三割の高減歩を強いられた土地であり、少なくとも三、〇〇〇万円(坪当たり六万円)以上の価値を有していたところ、本件歩道橋の設置により一種の袋地的土地となつたため、本件歩道橋が存在する限り一、五〇〇万円以下の価値しか有しないことになつた。したがつて、原告は本件土地の減価損害として少なくとも一、五〇〇万円の損害を被つたものである。
五、被告蟹江町は、地元として本件歩道橋の設置場所の選定、その規模、構造の決定等につき事実上全面的に参画し、原告に対する前記不法行為を被告国と共同してなしたものである。
六、よつて、原告は被告らに対し次の請求をする。
1 被告建設大臣に対し、本件歩道橋の設置は違法な公権力の行使であるから、本件歩道橋のうち本件土地に面する南側昇降階段部分(別紙図面赤斜赤線部分)の設置行為の取消とその撤去を求める。
2 被告国、同蟹江町に対し、それぞれ、国家賠償法一条、二条により、本件歩道橋完成後である昭和四七年四月一日から前項の歩道橋撤去に至るまで一か月金二〇万円の割合による金員の支払を求める。
仮に右請求が容れられないときは、予備的に、国家賠償法一条、二条により、もしくは本件歩道橋設置により原告が受けた財産上の特別の犠牲に対する正当な補償として憲法二九条三項により、金一、五〇〇万円および損害を受けた後である昭和四七年一月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。
(請求原因に対する被告らの認否)
一、被告国、同大臣
1 請求原因第一項の事実のうち、原告が本件土地の所有名義人であることは認めるが、その余は争う。
2 同第二項の事実のうち、原告が工事の中止、撤去方を直ちに申し出たとの点を争い、その余は認める。
3 同第三項の事実は争う。
4 同第四項の事実のうち、本件歩道橋の構造が通常の歩道橋に比べて昇降階段が長いものであること、本件土地の西側に用悪水路が、南側に道路が、東側に他人の土地がそれぞれあることは認めるが、その余は否認する。
5 同第五、六項は争う。
二、被告蟹江町
1 請求原因第一項の事実のうち、原告が本件土地の所有名義人であることは認めるが、その余は争う。
2 同第二項の事実のうち、被告国が本件歩道橋を完成させたことは認めるが、その余は不知。
3 同第三、四項の事実は争う。
4 同第五項の事実は否認する。
5 同第六項は争う。
(被告大臣の本案前の抗弁)
一、本件歩道橋の設置は取消訴訟の対象となる行政処分に当たらない。すなわち、行政訴訟の対象となる行為とは、公権力の主体たる国または公共団体が行なう行為のうち、その行為によつて直接国民の権利、義務を形成し、またはその範囲を確定することが法律上認められるものをいうのであるが、本件歩道橋の設置行為は、道路管理者たる被告大臣が非権力的作用として、既存の道路の構造をより効率的にするため、既存の道路敷内においてなされた道路の改良行為にすぎず、右事実行為によつて直接原告の法律上の権利義務に何らの変動を及ぼすものではない。したがつて、本件歩道橋の設置は取消訴訟の対象となるべき行政処分ということはできず、原告の被告大臣に対する訴は不適法である。
二、仮に、本件歩道橋の設置行為が取消訴訟の対象となるとしても、原告はその原告適格を有しないものである。すなわち、取消訴訟の原告となりうるのは、「処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者」に限られているところ、原告主張の公道の利用は、行政庁のなす公道設置、管理等の行政措置による反射的利益にすぎないものであり、国民の権利ではないから、道路管理者が道路の構造を変更したために国民が従来有していた便宜を受け得なくなつたとしても、それは事実上の不利益にすぎず、法的保護を求め得ないものである。まして、本件歩道橋は広く社会一般に利益を供与するものであり、後記被告らの主張でも詳述するとおり、これによつて原告に対し何らの不利益をも与えるものではないから、原告には訴の利益がないものである。したがつて、原告は被告大臣に対する訴につき原告適格を有しない。
(被告らの主張)
一、被告国、同大臣の主張
1 本件歩道橋設置の経緯等
(一) 本件歩道橋が設置された道路(以下、本件道路という)は「一般国道一号」と指定された国の幹線道路であり、その幅員は14.6メートルの二車線道路で、直線・平坦な道路である。
本件土地は、本件道路の南側に所在し、道路沿いに存在するが、道路との間には土地改良区によつて設置された幅1.9メートルの用悪水路があり、しかも道路面より1.7メートル低地にある農地(田)であつて、もともと本件道路への直接の出入口はなく、従前耕作のための出入はもつぱら東隣地の東側の町道および本件土地の南側の農道を利用していたものである。
(二) 本件道路の北側一帯は、名古屋市のベツドタウンとして昭和四三年頃から近鉄富吉駅を中心として住宅団地の開発が進められ、さらに昭和四五年一一月二四日名古屋都市計画により市街化区域に指定されるに及びますます当該区域の市街化が進み、その入口は増加の一途を辿るに至つた。
一方、本件土地のある本件道路の南側一帯は、田園地帯である関係で、名古屋都市計画により市街化調整区域に指定されたが、蟹江町宇仲川原地内には既設の新蟹江小学校が在り、さらに昭和四三年頃から同町大字新千秋字後西地内に県立蟹江高等学校の建設が昭和四六年四月開校を目標に進められていた。
この様に本件道路の交通量の増加が当然に予想されるのに、本件道路を横断する高校生、小学生および一般通行者の交通安全施設としては、同所付近に信号機のない横断歩道(東方約六〇メートルの位置)および信号機(西方約四〇〇メートル)があるのみであつたので、本件道路は昭和四四年に「交通安全施設等整備事業に関する緊急措置法」六条により、緊急に交通安全を確保する道路として指定(昭和四四年一〇月九日国家公安委員会、建設省告示第二号)されていた。
(三) 以上の如き交通事情のもとにおいて、昭和四五年以来再三にわたり蟹江町関係者および学校関係者から、本件歩道橋の設置場所に歩道橋設置方の陳情があり、建設省では、本件歩道橋を設置した場合の利用者数(蟹江高校生徒のみでも約四五〇名)、本件道路の自動車交通量(昭和四六年四月調査、一日当たり二万一九八台)、道路横断中の人身事故数(愛知県下における人対車両事故、昭和四四年三九八件、昭和四五年二一四件)等の諸事情を調査、考慮し、その結果横断歩行者等の絶対的安全を確保し、併せて交通の円滑を図るため、交通を立体的に処理する必要があると判断したうえ、本件歩道橋の設置を計画し、昭和四六年四月前記緊急措置法にもとづき特定交通安全施設整備事業の実施計画として昭和四六年度直轄道路事業実施計画調書に計上し、予算化を計り、昭和四六年八月本件歩道橋の建設工事に着手したのである。
(四) 本件歩道橋建設工事は、基礎工事と橋体工事とに分け、基礎工事を昭和四六年一〇月二九日加藤建設株式会社に、橋体工事を同年八月一一日宇野重工株式会社にそれぞれ請負わせ、その翌日頃工事に着手した。そして、右宇野重工株式会社は昭和四六年一一月二三日本件歩道橋の架設を行ない、同月二九日橋体工事を完了したが、同年一二月三日に至り原告から本件歩道橋工事の中止、撤去方の申し入れを受け、原告と蟹江町長との話合いがなされたため該工事を一時中止したが、右話合いも不調に終つたので、残工事を同月二五、二六日で施工し、本件歩道橋建設工事のすべてを完了したものである。
2 本件歩道橋設置の妥当性
(一) 本件歩道橋の設置場所については、蟹江町当局および地元関係者等の意見を求め、同町の都市計画にもとづく将来計画、交通流を考慮し、また蟹江町を通じて本件土地所有者である原告および隣接者の承諾を得たうえ、最も利用形態に則した場所として本件歩道橋の位置を決定した。すなわち、前述した近鉄富吉駅および付近住宅団地と蟹江高校および新蟹江小学校を最も効果的に結び、さらに既存の横断歩道の機能を吸収できる位置として、本件歩道橋の設置場所が最適であると判断したのである。
そして、本件歩道橋の設置は、前述の如き本件土地の位置、利用形態からして、本件土地に対し何らの影響を与えるものではない。
(二) 本件歩道橋の規模構造は、自転車通行者が多いという地域交通の特殊性から、自転車通行者の利便を考慮し、昇降路を歩行者用の一般の歩道橋より長くしており、最も利用形態に則したものである。
(三) 本件歩道橋の設置により、蟹江高校では本件歩道橋を通学路に指定し、その利用状況は一日平均で、昭和四六年度二三〇名、昭和四七、四八年度各三五〇名、昭和四九年四月現在四八〇名であり、また新蟹江小学校においても同様に通学路に指定し、その利用状況は一日平均で昭和四九年四月現在三八名となつており、両校生徒の利用者のみでも一日平均五一八名(延交通量一、〇三六人)である。また、近鉄富吉駅付近の住宅団地つの建設状況は、昭和四九年三月現在で九棟約三八〇戸、住民約一、二〇〇人、将来計画として昭和四九年四月から、さらに八棟約五五〇戸の建設予定がなされており、したがつて本件歩道橋は今後一層の利用者の増加が見込まれているのである。
3 原告の承諾
本件歩道橋の設置については、事前に原告の承諾を得ているものであり、何らの違法性もない。すなわち、
(一) 昭和四六年八月二日頃、被告蟹江町土木課長加藤孝雄が原告方に赴き、居合わせた原告の実母伊藤たねから本件歩道橋設置につき口頭で承諾を得た。
(二) 本件歩道橋設置工事を請負つた加藤建設株式会社の現場代理人伊藤孝行において、歩道橋設置工事に伴い土留擁壁工事のため本件土地に立入る必要を生じたので、同工事着手前である昭和四六年一一月一九日原告方を訪問し、原告に面接のうえその了解を求めたところ、原告は異議なくこれを了承した。
(三) 原告は、本件歩道橋設置工事に着手以来これが九分通り完成するまで、本件歩道橋の設置を熟知しながら、被告国および同蟹江町に対し何らの異議も申し出なかつたものであり、これによつても原告が本件歩道橋設置について承諾していたことは明瞭である。
4 公道利用権侵害の主張について
一般に公道の利用関係、特にその自由使用については、道路がその供用の開始により一般交通の用に供された結果、その反射的利益としてこれを享受するに止まる関係であつて、別に権利として使用権が利用者に与えられている訳ではない。したがつて、本件歩道橋の設置によつて、仮に原告が本件道路への出入りにつき不都合を来たすことになつたとしても、これをもつて原告の権利ないし法律上の利益が害されるものということはできないのである。しかも本件においては、原告は本件歩道橋設置後においても設置前と同様本件道路を自由に通行使用しうるのであつて、本件歩道橋は原告の日常生活に何らの支障を及ぼすものではないから、原告の公道利用の自由権侵害の主張は失当である。
5 原告の損害について
(一) 本件土地は農地であるところ、都市計画法にもとづき昭和四五年一一月二四日愛知県告示第九〇七号により市街化調整区域に指定され現在に至つている。市街化調整区域においては、原告主張の如きレストランを経営するためには愛知県知事から農地転用の許可と開発行為の許可を得ることが必要であり、その許可は容易になされない現状にある。したがつて、原告が本件土地においてレストランを開業することは事実上不可能に近く、また現に、原告においてかかる許可を得た事跡は存しない。かえつて、原告は本件歩道橋設置後である昭和四七年五月二九日付で愛知県知事に対し都市計画法による開発行為の許可申請をなしたけれども、該申請は同四八年一一月一九日付で「都市計画法三四条一〇号ロに該当しないため」との理由で不許可となつたものである。そうとすると、原告が本件土地においてその主張の如くレストランを開業することは不可能であるといわなければならない。
よつて、原告の、本件歩道橋の設置によつてレストラン開業による得べかりし利益の損害が存するとの主張は、その前提事実を欠くものであつて失当である。
(二) 原告は、予備的に、本件歩道橋の設置により本件土地につき一、五〇〇万円以上の減価損害を受けたとして、損害賠償ないし損失補償を請求している。
しかし、前述の如く、本件土地は市街化調整区域内にあり、利用制限がなされている農地である。本件土地の現況は依然として農地であつて、本件歩道橋の設置によつて本件土地本来の効用すなわち農地としての効用は何ら侵害されておらず、損失補償等を求めるための補償原因は全く存しない。
仮に、本件歩道橋の設置によつて原告が不利益を受けることがあつたとしても、それは社会生活上受忍すべき事実上の不利益にすぎないものである。本件歩道橋は、前述の如く主として国道を横断する蟹江高校生、新蟹江小学校児童を交通災害から守るために地元の真摯な要請にもとづき緊急かつ必要なものとして設置されたものであり、もし本件歩道橋の設置がなく、一たび人身の交通事故が発生し、その者および家族等に対して永久に回復しえない忌わしい損害を与えることに思いを至せば、本件歩道橋の設置によつて原告が仮に不利益を受けることがあつても、それは交通災害を未然に防止するという社会生活上のやむを得ない必要からくることであつて、一般に財産権を享有する者が社会生活上当然受忍しなければならない責務というべきものである。したがつて、原告の右請求はその原因を欠き失当である。
二、被告蟹江町の主張
1 本件歩道橋の設置が適法妥当なものであることは、被告国、同大臣が主張するとおりである。
2 被告蟹江町は本件歩道橋の設置については全く関係がない。すなわち、本件歩道橋の設置は、国道上の設置行為であつて、一地方自治体である被告蟹江町としてはこれに関与すべき権限、筋合いは全くない。訴外加藤孝雄は被告蟹江町の土木課長ではあるが、本件歩道橋設置につき動いたのは被告国ないし建設省の依頼でその走り使いをしたにすぎないものであつて、被告蟹江町としての行為ではない。
(本案前の抗弁に対する原告の反論)
一、本件歩道橋の設置は「公権力の行使に当たる行為」であり、これにより原告の通行の自由権および財産権を侵害するものであるから、取消訴訟の対象となる行政処分に該当する。
取消訴訟は、行政行為の権力性(公定力)を排除するための、いわば行政行為に対する上訴手段とのみ見るべきでなく、違法な行政過程から国民の地位を守る包括的な行政救済の制度と解すべきである。しかして、原告は本件歩道橋の設置によつて前述の如き損害を被つたものであるから、その違法を取消訴訟で争うことは適切であるというべきである。
仮に、第三者が被告大臣より道路占有の許可を得て本件歩道橋を建設した場合を想定すれば、原告は被告大臣に対し右許可処分の取消を求めることになるのであるから、本件の如く被告大臣が設置の主体であつて、格別の許可処分がなされない場合においても、これが取消を求めることができると解すべきである。
二、行政処分の違法を争う者は、その効力を否認するにつき「実質的利益」を持つ限り原告適格を有すると解すべきである。
1 原告は本件歩道橋の設置によつて、前記請求原因で述べたとおり、公道利用の権利を侵害されたものである。国民は公道に対しては自己の生活上必須の行動を自由に行ないうべきところの使用の自由権(民法七一〇条参照)を有する。そして公道に面する土地の権利者は、出入り等のために公道を利用する自由権を有し、これは現在ならびに将来において法的に保護されねばならない。仮に、国民の公道利用が行政措置の反射的利益であるとしても、国民はその社会生活維持のために公道を利用することは不可欠であるから、公道利用は法的に保護されうる国民の生活利益であるというべきである。したがつて、右公道利用の利益を事実上制限ないし奪うに至る行政措置について、その取消を求めうるのは当然である。
本来、歩道橋設置処分は、住民に対しては受益行為であり、広い意味での交通規制に当たるが、しかし設置場所に面する土地建物権利者に対しては、歩道橋は公道における一般の障害物と何ら異ならないので、本質的に侵害行為である。したがつて、歩道橋の設置場所に面する土地建物権利者であるというだけで、歩道橋設置処分の違法性を主張できると解すべきであるが、仮に右見解を採らないとしても、設置場所に面する土地建物権利者の利益は最大限尊重されなければならない。右土地建物権利者が本来有する公道利用の権利とは国民が現在および将来の日常生活上諸般の権利を行使できるようなものでなくてはならない。したがつて歩道橋の設置は、その公道利用を物理的に不能ないし困難にする場合は勿論、設置場所が密着しすぎて現在および将来の日常生活上諸般の権利行使を不能もしくは困難にする場合には、いずれも違法である。しかるところ、本件歩道橋の設置が原告の公道利用を物理的に不能もしくは困難にしていることは前記原告主張の事実関係から明白なところである。
2 原告は本件歩道橋の設置により、請求原因で述べたとおり本件土地につき多額の損害を被つているものである。したがつて原告は、右損害を排除するために、本件歩道橋のうち本件土地に面する部分である別紙図面赤斜線部分の歩道橋設置行為の取消とその部分の撤去を求める利益がある。
(被告らの主張に対する原告の反論)
一、本件土地付近の状況について
本件土地は、昭和四五年一一月二四日市街化調整区域に指定されたが、名古屋近郊の国道一号線沿いの土地として、東に蟹江町、西に富吉町の各市街地があり、またその西側と北側において市街化区域に接し、北側に蟹江警察署、南に蟹江高校が存する所である。そして、本件土地は従前の土地区画整理において商地として三割の高減歩を強いられた土地である。
以上の関係等から、国道一号線沿いの本件土地周辺の土地は開発行為をすべて許可されるのが実情である。現に、本件土地の東方約二〇〇メートル以内に沿道サービス施設である「すみれ」「ますや」等の飲食店、民家、石置場が開発行為を許可された。したがつて、国道一号線沿いの本件土地周辺の農地は交換価値および使用価値共に宅地と評価されているのが実状である。
なお、本件土地と国道一号線との間には用悪水路が存するが、右用悪水路の敷地は土地区画整理前は原告方の所有であつて、原告は昭和四七年四月蟹江町土地改良区より、右用悪水路を通路として使用する旨の承諾を得ているものである。
二、本件歩道橋設置の必要性、妥当性について
1 本件歩道橋の必要性は無ないし著しく低いものである。すなわち、
(一) 本件歩道橋は蟹江高校生のために設置されたものであり、同高校生の中の若干名が、しかも登下校時という限られた時間帯を利用するのみで、他の利用はほとんど皆無といつてよい。しかも、同高校生は近鉄富吉駅で下車し、同高校へ通う道が従前よりあり、そこには信号機が設置されている。
(二) また、本件歩道橋設置後の昭和四九年四月一二日本件歩道橋の東方約二〇〇メートルの地点に、また同五〇年一一月二〇日本件歩道橋の西方約二〇〇メートルの地点にそれぞれ信号付横断歩道が設置された。被告らの、本件歩道橋設置により既存の横断歩道の機能を吸収できる旨の主張の誤りであることは明らかである。
(三) なお、新蟹江小学校の生徒は、本件歩道橋の東方にある国道一号線の下を通る地下式通路を利用している。
2 現在わが国において、信号付横断歩道は最も安全な歩道として広く生徒学生等に利用されていることは公知の事実である。本件歩道橋が主として蟹江高校生の登下校時の通行、すなわち限られた人と時間帯における利用を目的としたこと、本件土地の北側には蟹江警察署が存すること等を総合すれば、信号付横断歩道によることにより、十分人命の安全確保と歩道橋利用者の肉体的精神的負担の回避をはかることができ、かつ交通渋滞を避けえたものである。すなわち、本件歩道橋の設置は全く不必要なものであり、しかもこれにより原告の被る重大な不利益を考えれば一層明白である。
3 本件歩道橋の設置は隣接土地所有者である原告に対する配慮を全く欠くものである。被告大臣は、本件歩道橋設置について原告の承諾あるものと安易に軽信し、原告の公道利用の権利等を全く尊重せずに恣意的に設置したものであることは、その主張自体からも明らかである。原告に対する配慮を少しでもするならば、本件歩道橋の位置を少しずらすなり、その措置を変更することが容易であるのに、これをなさず、長い南側昇降階段部分が原告所有の本件土地の間口一杯を塞ぎ、しかも隣地の間口には全くかかつていない位置に本件歩道橋を設置したのである。
三、原告の承諾について
本件歩道橋の設置について原告より承諾を得ていた旨の主張は否認する。原告がその設置について承諾を与えた事実はない。また、本件歩道橋は夜間に既に建造された歩道橋を運んできて設置したものであり、原告が黙示の承諾をなした事実もない。
なお、現在、国や地方公共団体が歩道橋の設置を計画する場合、これに近接する土地権利者の承諾を得ているのが実状であり、本件歩道橋設置に際しても、北側昇降階段部分に面する土地の所有者である近鉄からは、被告蟹江町はその承諾書をとつているのである。
四、原告の被つた損害、不利益について
原告は、本件歩道橋の設置により、極めて重大な不利益を被つている。
1 本件土地は前述のとおり国道一号線沿いの開発に適した場所である。そして、原告夫婦は農業を営む者ではなく共に会社員であり、原告の夫伊藤丈夫は飲食業の経験を有しており、従前より本件土地においてレストランの開業を計画準備していたのである。ところが、本件歩道橋の設置により、本件土地の国道沿いの間口がすべて塞がれ、出入等のための公道利用の自由権が制限ないし奪われたので、原告は直ちに異議を述べ、従前より計画していた沿道サービスのための開発行為の許可申請をなしたのである。蟹江町農業委員会も昭和四八年三月一六日本件土地の農地法四条による許可申請に対して許可願いたい旨の意見書を提出している。しかし、恐らく本件歩道橋の存在ないし本訴の存在により、原告に対する県知事の許可が困難になつている実情にある。
2 さらに、原告は本訴提起後、原告の現住所につき道路拡張のための一部移転を求められている。そこで原告は本件土地への転居を考えたが、本件歩道橋が存することによる公道利用が不自由なため、本件土地へ移転することも計画できず、重大な不利益を被つている。
3 仮に、本件土地を他に譲渡すると仮定しても、本件土地は本件歩道橋の存在により従前の二分の一以下の交換価値しか有しないものであり、その詳細は請求原因で述べたとおりである。
五、被告蟹江町の共同加功について
被告蟹江町は本件歩道橋の設置について全く関係ない旨主張するが、同被告が本件歩道橋の地元町当局としてその設置場所の選定等に種々参画したものであることは、被告国、同大臣の主張からも明らかなところである。
(右主張に対する被告国、同大臣の反論)
原告の反論はいずれも争うか、なお次のとおり付加する。
一、本件歩道橋設置等の昭和四九年一月二八日本件歩道橋の東方約二〇〇メートルの地点に、また同五〇年一一月二一日本件歩道橋の西方約二〇〇メートルの地点にいずれも信号付横断歩道が設置されたことは、原告主張のとおりであるが、右各横断歩道は本件国道に接続する枝道と同国道間の頻繁な出入り交通に対する危険防止のために設置されたものであり、このために本件歩道橋が不要になつた訳ではない。
横断歩行者の生命、身体の安全を車両から完全に護るためには、歩行者を車両から分離する立体横断施設としての横断歩道橋あるいは地下道が最も安全な施設として考えられるのであつて、しかも右施設は歩行者を車両の危険から護るだけでなく、車両交通の円滑化に寄与する利益を備えているのである。
二、本件歩道橋の設置は、道路管理者による既存の道路の改良工事にすぎないものであるから、歩道橋設置につきあらかじめ原告の承諾をうる法的義務は何ら存しない。ただ、工事施行中における不測のトラブルを未然に防止するため、社会生活上の常識としてあらかじめ原告の了解を求め、了承を得ているものである。もつとも、本件歩道橋の設置について近鉄不動産株式会社の許可を得ているのは、北側昇降路の設置場所が同会社の所有地にかかるため、同敷地部分の使用について書面をもつて許可を得たものである。
第三 証拠<省略>
理由
一被告建設大臣は本件土地先の東西に走る国道一号線に別紙図面記載の如き本件歩道橋を設置し、それが昭和四六年一二月二六日頃完成したこと、本件土地は原告所有名義の農地(田)であり、その北側は用悪水路を隔てて右国道に面しており、本件歩道橋の南側昇降階段が本件土地の北側に沿つて設置されているものであることは、当事者間に争いがない。
そして、右争いない事実と<証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができる。
1 本件歩道橋設置の経緯等
(一) 本件歩道橋は、愛知県海部郡蟹江町地内を東西に走る国道に設置されており、名古屋市の西を流れる日光川の西方約一キロメートルの地点にあるものである。
本件歩道橋が設置された道路(本件道路)は一般国道一号と指定された国の幹線道路であり、被告大臣が管理責任を有するものであるが、その幅員は約一五メートル、二車線の直線、平坦な道路である。
(二) 本件道路の北側一帯は都市計画により市街化区域に指定され、昭和四三年頃から、本件土地の北西約三〇〇メートルの地点にある近鉄富吉駅を中心として住宅団地の開発が進められており、人口の増加が見込まれる地域である。一方、本件土地のある国道の南側一帯は田園地帯であり、昭和四五年より市街化調整区域に指定されているが、同区域内においても、工場、住宅等が点在しており、また本件土地の西側は準工業区域に指定され、既に工場が存在している状況である。
そして、本件土地の東南約一キロメートルの地点に新蟹江小学校が存在し、本件土地の南約五〇〇メートルの地点に、昭和四三年頃から県立蟹江高等学校の建設が進められ、同四六年四月に開校した。
(三) 本件道路の自動車交通量は一日当たり上下合計約二万台に及んでいるものであるが、増加が予想される本件道路を横断する高校生、小学生および付近住民の交通安全施設が十分でなかつたため、本件道路は、「交通安全施設等整備事業に関する緊急措置法」六条により、昭和四四年に緊急に交通安全を確保する道路として指定(国家公安委員会、建設省告示第二号)されていた。
(四) 右の如き交通事情のもとにおいて、昭和四五年以来再三にわたり蟹江町当局および学校関係者等から建設省に対し、本件歩道橋の設置場所に歩道橋の設置方の陳情がなされ、建設省では、本件歩道橋を設置した場合の利用者数、本件道路の自動車交通量、道路横断中の人身事故数等を被告ら主張のとおりと調査し、横断歩行者等の絶対的安全確保と自動車交通の円滑を図るため交通を立体的に処理する必要があると判断して本件歩道橋の設置を計画し、昭和四六年四月、前記緊急措置法にもとづき特定交通安全施設整備事業の実施計画として昭和四六年度建設省直轄道路事業実施計画調書に計上し、予算化を計り、昭和四六年八月本件歩道橋の建設工事に着手した。
(五) 本件歩道橋の建設は建設省の中部地方建設局名古屋国道工事事務所において担当したが、その建設工事は基礎工事と橋体工事とに分け、基礎工事を昭和四六年一〇月二九日株式会社加藤建設が、橋体工事を同年八月一一日宇野重工株式会社がそれぞれ請負い、各工事に着手した。そして、宇野重工株式会社は昭和四六年一一月二三日本件歩道橋の架設を行ない、同月二九日橋体工事を完了したが、原告から同月二四日口頭で、翌一二月三日書面により本件歩道橋工事の中止、撤去方の申し入れがなされたため、話合いのため一時工事が中止されたが、右話合いが不調に終つたので、残工事が同月二五、二六日になされ、本件歩道橋が完成したものである。
2 本件歩道橋の構造、利用状況等
(一) 本件歩道橋の構造は、橋体の高さ約五メートル、その長さ約二〇メートル、昇降階段部分の長さ約二五メートル、幅約二メートルの鋼鉄製の横断歩道橋であり、その昇降階段部分は自転車通行者の便宜のため、階段通路部分の中央に自転車用通路を設け、階段の勾配も約一四度と歩行者専用歩道橋に比べて緩やかで長いものである。そして本件歩道橋は、別紙図面記載のとおり、その南側昇降階段が本件道路の南端に沿つて設けられ、同階段東端が本件土地の東端よりさらに東方約二メートルの地点にあり、西方に向つて高くなり、本件土地の西端付近で本件道路を横断し、北側昇降階段は逆に西方へ約二五メートルの長さで緩やかに下がつているものである。
(二) 本件歩道橋の設置場所およびその昇降階段の位置等は、近鉄富吉駅と蟹江高校とを結ぶ交通の流れに沿つた妥当な位置にあり、蟹江高校および新蟹江小学校では本件歩道橋を通学路に指定している。その利用者数は、現在蟹江高校の生徒、職員約一、〇〇〇名のうちの約七割の者が毎日本件歩道橋を利用しており、その他新蟹江小学校の児童および付近住民が若干利用している。そして、右蟹江高校の生徒のうち約四割の者が自転車で通学している。
3 本件土地の状況、道路との関係等
(一) 本件土地は本件道路の南側に所在し、面積一、七一八平方メートルの農地(田)であるが、昭和四〇年八月二八日土地改良法による換地処分により原告の父伊藤佐吉がその所有権を取得し、同四一年八月二五日相続により、原告が以後所有するものである。もつとも、本件歩道橋設置後の昭和四七年三月一五日、本件土地は分筆され、北側三一番の一(九九一平方メートル)と南側三一番の二(七二七平方メートル)の二筆となつた。
本件土地はほぼ台形をなしており、その北辺(長さ約三〇メートル)は、蟹江土地改良区によつて設置された幅約1.1メートルの用悪水路をはさんで本件道路に面しており、南辺(長さ約五五メートル)は幅員約3.5メートルの農道に面している。また本件土地の西側(長さ約五〇メートル)は幅約1.8メートルの用悪水路をはさんで工場(東洋ベア特殊金属)に面しており、その東側(長さ約四〇メートル)には本件土地とほぼ同面積の広さの他人所有農地があり、同隣地の東側には本件道路より蟹江高校に至る幅員約五メートルの町道がある。
(二) 本件土地は本件道路より約1.7メートル低いところにある農地であり、本件歩道橋設置当時は水田として利用していたものである。前記の如く、昭和四〇年頃蟹江土地改良区により区画整理され、本件土地と道路との間に幅約1.1メートルの用悪水路が設けられているため、本件土地は国道への直接の出入口はなく、耕作のための出入りは南側の農道および隣地東側の町道を利用して国道に至るものである。したがつて、本件土地が農地として利用される限りにおいては、本件土地は本件歩道橋の存在によつて何らの影響を受けることはない。
(三) 仮に、本件土地を埋立造成して宅地化し、本件道路との間の用悪水路を通路として利用できる場合(右用悪水路を原告が通路として利用することにつき蟹江土地改良区の承諾がある)には、本件歩道橋の南側昇降階段が本件道路の南端に沿つて存し、また右昇降階段のほぼ中央と西端部分に円形の支柱(中央の支柱の高さ2.3メートル、西端の支柱の高さ4.78メートル)が存するため、本件土地の道路に面する部分はその東側約三分の一については人の出入りが困難であり、西側三分の二も右階段下をくぐつて通る以外になく、また本件道路から本件土地への自動車の乗り入れは、普通乗用自動車では不可能ではないが、その頻繁容易な乗り入れないし大型自動車の乗り入れは困難な状況である。
4 原告の土地利用計画等
(一) 原告は会社に勤めるかたわら母伊藤たねと共に農業を営んでいるものであるが、原告の夫伊藤丈夫は会社員であり、昭和四〇年頃から知人二名と共に将来本件土地を利用してレストラン等飲食店を経営したい旨の希望を持つていた。しかし、本件歩道橋が設置されるまで、その資金計画等具体的な計画や話合い等はほとんどなされておらず、同所で飲食店経営の計画があることを外部に表明したことはなかつた。
(二) 原告は、本件土地のうち北側の三一番の一の土地につき、昭和四七年四月、飲食店経営の目的で都市計画法二九条の規定にもとづく開発行為の許可申請を愛知県知事に対してなしたが、右申請は同四八年一一月一九日同法三四条一〇号ロ(開発区域の周辺における市街化を促進するおそれがないと認められ、かつ、市街化区域内において行なうことが困難又は著しく不適当と認められるもの)に該当しないとして不許可となり、また、原告は昭和四七年四月、同四八年二月および同年一〇月に農地法四条の規定による農地転用許可申請を愛知県知事に対してなしたが、右申請は、蟹江農業委員会より許可相当の意見が付されたものの、同四八年七月一三日と同四九年二月四日、開発行為の許可がないことを理由として返戻処分になつたものである。
(三) もつとも、本件土地の東方で、同じく市街化調整区域内において、本訴が提起された後、飲食店や住宅、石置場が許可建築されている。
5 原告の承諾の有無
本件歩道橋の設置に際して、原告の承諾がなされたか否かについてみるに、昭和四六年八月頃、被告蟹江町土木課長加藤孝雄が原告方に赴き、居合わせた原告の母伊藤たねから歩道橋設置につき口頭で了承を得たこと、また昭和四六年一一月一九日頃、本件歩道橋設置工事を請負つた株式会社加藤建設の現場監督伊藤孝行が原告方へ赴き、原告より本件歩道橋設置に伴う土留擁壁工事のため本件土地に立入ることの了解を得たものではあるが、原告ないし原告の夫伊藤丈夫において、本件歩道橋がその設置場所に現況のような規模構造で設置されることまで了解したうえでこれに対して承諾を与えた事実は存しない。
以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
二被告大臣に対する請求について
原告は被告大臣に対し、本件歩道橋(但し、別紙図面赤斜線部分)の設置行為の取消とその撤去を求めるものであるところ、被告大臣は、右歩道橋の設置は取消訴訟の対象となる行政処分に当たらず、また原告はその原告適格を有しないものである旨主張する。
行政事件訴訟法三条二項によれば、取消訴訟の対象となるのは「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」であるが、ここに行政庁の公権力の行使に当たる行為とは、法が認めた優越的な地位にもとづき、行政庁が法の執行としてする権力的意思活動をいゝ、それには行政庁の法律的行為のみならず、公権力の行使に当たる事実行為を含むものである。
ところで、本件歩道橋は、前記認定のとおり、道路管理者たる被告大臣が本件道路における交通事故の防止と交通の円滑化を図るための交通安全施設として設置したものであり、その設置は、建設省内における歩道橋設置計画の樹立、実施計画調書への計上、予算化等の手続を経て確定し、株式会社加藤建設、宇野重工株式会社との工事請負契約の締結および右会社による建設工事の施工により設置完成されたものであつて、右歩道橋の設置過程を個々の行為毎にみても行政庁の内部的手続行為および私法上の行為等にとどまり、また右歩道橋の設置に関する一連の行為を全体として一体的な行為とみても、道路管理者たる被告大臣が非権力的作用として既存の道路敷内において行なう道路の改良行為であつて、これを行政庁の優越的な地位にもとづく行為、すなわち公権力の行使に当たる行為とみるのは相当でない。それで、右歩道橋の設置は私人が自己の所有地においてなす建築物の設置管理とその性質上異ならないものであるから、仮に右歩道橋の設置によつて隣接地所有者に不当な損害を与えるときは、それはその者に対する不法行為を構成するものというべく、不法行為にもとづく損害賠償ないし防害排除等によつて救済さるべき事柄であると解すべきである。
したがつて、本件歩道橋設置行為は取消訴訟の対象となるべき「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当しないものであるから、その取消を求める原告の被告大臣に対する本件訴は不適法であり却下すべきである。
なお、仮に本件歩道橋設置行為が取消訴訟の対象となるとしても、後記三で判示するとおり、原告は本件歩道橋の設置によつて格別の損害を受けることがないのであるから、その取消を求めるにつき法律上の利益を有するものということはできず、原告はその原告適格を欠き不適法である。したがつて、被告大臣に対する取消の訴はこの点においても却下を免かれない。
また、被告大臣に対し本件歩道橋の撤去を求める訴は、行政庁に対し作為を求めるいわゆる義務づけ訴訟であるから原則として許されず、右撤去を求めるについて格別の理由を認めることができない本件においては、不適法として却下すべきものである。
三被告国に対する請求について
原告は、本件歩道橋の設置は原告に対する不法行為であり、本件道路の管理に瑕疵を生ぜしめ、あるいは原告に対して特別の犠牲を強いるものであるから、その受けた損害の賠償・補償をなすべきであると主張する。
1 本件歩道橋設置の必要性について
原告は先ず、本件歩道橋はその利用度、設置場所、規模構造、代替施設の妥当性等の諸点からみて、その設置の必要性がないものであるという。
しかし、前記一で認定のとおり、本件歩道橋は、一日延べ約二万台の自動車が通行し交通安全施設等整備事業に関する緊急措置法により緊急に安全を確保する通路として指定されていた国道一号線にあるものであり、その設置以来近くにある蟹江高校生徒職員の過半数が毎日利用するほか、新蟹江小学校児童および付近住民もまた利用しているものである。横断歩道橋と原告の主張する信号機付横断歩道との優劣は一概にいうことはできないけれども、少なくとも交通を立体的に処理する歩道橋の方が横断歩行者の絶対的安全を確保し自動車交通の円滑を図る点においてすぐれているということができ、蟹江高校等地元関係者はこの歩道橋の設置を希望していたものである。また、本件歩道橋の設置場所、昇降階段の位置等は、その利用者の大半をしめる蟹江高校生の学校と近鉄富吉駅とを結ぶ交通流に最も適した位置にあるものであり、本件道路は幅員約一五メートルの二車線道路であるから、道路端一ぱいに寄せて歩道橋昇降階段を設置したことはやむを得ないものと認められる。そして、自転車通学者が多い実情から、その昇降階段は傾斜を約一四度と緩くし、長さも約二五メートルと長くなつているのもやむを得ないことである。
右のように本件歩道橋は、その設置の必要性と妥当性が認められるのみならず、後に詳述するとおり本件土地との関係においてもその設置が不当といえないものであるから、本件歩道橋の設置自体もしくは本件道路の管理に瑕疵があると到底いうことができないものである。
2 公道利用権の侵害について
一般に国民の公道の利用関係、特にその自由使用については、行政官庁による公道設置、管理等の措置による結果としてこれを享受するものであるが、人が日常現実に公道を利用していることによる利益は、その社会生活上欠くことのできないものであるから、不当に奪われるべきものではなく、法的に保護に値する利益であるといつてよい。したがつて、右公道利用の利益が不当に奪わて損害を被つたときは、その賠償を求めることができ、あるいは公道利用を奪う妨害物の排除を求めることもできるというべきである。そして、この公道利用の利益は何人からも守られるべきであるから、右利益の侵害が私人によるものであるとあるいは当該公道の設置管理者自身によるものであるとによつて格別の差異はなく、ただ後者の場合、当該公道の設置管理の必要性との均衡から、合理的な範囲においてその受ける不利益を受忍すべき場合があるものと解すべきである。
これを本件についてみるに、本件土地は土地改良法による換地処分によつて取得した農地であつて、従来より水田として利用されていたものであり、本件道路より約1.7メートル低く、しかも本件道路との間に幅約1.1メートルの用悪水路がある土地であつて、原告は耕作のための出入りはもつぱら南側の農道を利用して公道に至つていたものである。してみれば、原告は本件歩道橋の設置によつて従来の公道利用に何らの損害・不利益をも受けるものではなく、将来とも本件土地が農地として利用される場合には何らの不利益も受けないものであるといわなければならない。
ただ原告は、本件土地において主として自動車で来る客を対象とするレストランを開業する準備をしていたところ、本件歩道橋の設置によりそれが不可能になつたものであると主張する。しかし、本件土地は昭和四五年より都市計画法による市街化調整区域(すなわち、市街化を抑制すべき区域)に指定されており、同所において原告主張の如きレストランを経営するためには愛知県知事から農地転用許可と開発行為の許可を得ることが必要であり、特に開発行為の許可は例外的な場合に限つて許可されるものとされている(都市計画法三四条)のである。しかるところ、原告および原告の夫伊藤丈夫は昭和四〇年頃より知人二名と将来本件土地を利用してレストラン等飲食店を経営したい旨の希望を有していたものではあるが、本件歩道橋ができるまでの間に、その資金計画等具体的な計画等は何らなされておらず、また県知事に対し右農地転用許可申請ないし開発行為の許可申請をなすなどして本件土地に右利用目的の存することを外部に表明することも一切なかつたのである。そして、本件歩道橋設置後、原告より愛知県知事に対して、昭和四七年四月、同四八年二月および同年一〇月にいずれも農地転用許可申請が、同四七年四月に開発行為の許可申請がなされたが、すべて不許可処分となつている。
右の如く、本件土地は、本件歩道橋設置当時の現状は農地として利用されており、客観的にみて将来も農地として利用されるものと認めるのが相当な土地であるから、本件歩道橋の設置は原告の本件土地の利用、ひいては本件道路の利用に格別の障害を与えるものではないといわざるを得ない。したがつて、本件歩道橋の設置が原告の公道利用権を侵害するとの主張は理由がないものである。
3 原告の損害について
原告は先ず、本件歩道橋の設置によつて本件土地におけるレストラン経営が不可能となり、そのため毎月二〇万円以上の得べかりし利益を喪失している旨主張する。しかし、原告が本件土地においてレストランを開業し、水田として利用する以上の利益を挙げうると認めるに足りる証拠はなく、むしろ既述の事情によれば、本件土地においてレストランを開業することは極めて困難であるといわざるを得ない。
次に原告は、本件歩道橋の設置により本件土地の価値が下がり、一、五〇〇万円以上の減価損害を受けたと主張する。しかし、右主張事実を認めるに足りる証拠は存しない。しかも、前述の如く本件土地は市街化調整区域内に存し利用制限がなされている農地であり、本件歩道橋の設置によつて本件土地の農地としての効用は何ら侵害されていないものであるから、その価値が下がつたということはできない。もつとも、本件土地が、容易でないとはいえ、将来宅地として利用される可能性を全然否定することはできず、その場合には、本件道路への自動車等による出入りに不便を来たす本件歩道橋の存在がその利用目的を制約するであろうことは否定することができない。この意味で、本件歩道橋の設置はそれが存在しない場合に比べて原告に相応の不利益をもたらすものということができる。しかし、将来における右の如き原告の受ける制約・不利益は、本件歩道橋が国道を横断する生徒児童らを交通災害から守ると共に、自動車交通の渋滞を避けるために当該場所に必要相当なものとして国道の管理者により設置されたものであり、社会共同生活上真にやむを得ない措置であることを考えると、本件土地の所有者として社会生活上当然受忍すべき範囲内のものであるというべきである。
したがつて、本件歩道橋の設置がその受忍限度を超える損害ないし特別の犠牲を課するものとはいえないから、原告に対し不法行為を形成するものでないことは勿論、原告に対し補償を必要とするものでもない。
よつて、原告の被告国に対する請求はいずれも理由がない、
四被告蟹江町に対する請求について
原告は、被告蟹江町が本件歩道橋の設置に参画することにより被告国と共同して原告に対し不法行為をなしたものである旨主張する。
しかし、本件歩道橋の設置が原告に対し何ら不法行為を構成するものでないことは前記三で判示したとおりであるから、原告の被告蟹江町に対する請求も理由がないものである。
五以上の次第であつて、原告の被告建設大臣に対する訴は不適法であるからこれを却下し、被告国および同蟹江町に対する請求は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(山田義光 窪田季夫 辻川昭)
目録
愛知県海部郡蟹江町大字蟹江新田字八反割三一番
一、田 一、七一八平方メートル
(但し、右土地は、昭和四七年三月一五日、同所三一番の一(九九一平方メートル)と三一番の二(七二七平方メートル)に分筆された。)