名古屋地方裁判所 昭和47年(行ウ)11号 判決 1974年2月15日
名古屋市瑞穂区北原町3丁目18番地
原告
上床愛子
右訴訟代理人弁護士
北村利弥
戸田喬康
河内尚明
同市昭和区滝子通り1丁目16番地
被告
愛知県高辻県税事務所長
隅田功道
右訴訟代理人弁護士
佐治良三
高橋貞夫
来間卓
山田靖典
後藤武夫
右佐治代理人訴訟復代理人弁護士
林雅巳
主文
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
(原告)
一、被告が原告に対し別紙目録記載の土地建物につき昭和46年11月13日付でなした不動産取得税22,140円の賦課決定処分(審査裁決により取消された後のもの)を取消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
(被告)
主文同旨の判決。
第二、当事者の主張
(請求の原因)
一、被告は昭和46年11月13日原告に対し別紙目録記載の土地建物(以下、本件不動産という。)につき税額を155,760円とする不動産取得税賦課決定処分(以下本件処分という。)をなした。
原告は、同月26日右処分を不服として愛知県知事に対し審査請求したところ、同知事は昭和47年3月7日右不動産取得税につき課税標準を昭和38年度の価格に修正のうえ22,140円に減額する旨の裁決をなした。
二、本件処分は、地方税法(昭和38年法律80号による改正前のもの、以下、単に旧地方税法という。)18条1項に反し違法である。
すなわち、原告は昭和38年5月9日姉森田芳子から本件不動産の贈与を受けこれを取得したものであるところ、地方税の徴収権の消滅時効に関する旧地方税法18条1項によれば不動産取得税の徴収権はこれを行使できる日から5年を経過したときは時効消滅することとなるので、本件処分は右贈与のあつた日より5年を経過し、消滅時効完成後になされたものであつて違法である。
(請求原因に対する認否および被告の主張)
一、請求原因一の事実は認める。
二、同二の事実は争う。
三、本件不動産の取得時期について
1、原告が本件不動産を取得したのは昭和46年5月28日である。
原告は、姉芳子から本件不動産の贈与を受けたとして同人を被告として土地建物所有権移転登記手続請求の訴(当庁昭和45年(ワ)第2898号事件)を提起していたところ昭和46年5月28日「芳子は、原告に対し昭和38年5月9日付贈与を登記原因として所有権移転登記手続をする」旨の訴訟上の和解が成立し、昭和46年8月5日右登記を経由した。
しかしながら、右昭和38年5月9日にはいまだ本件不動産の所有権が移転していたものとはいえない。
すなわち
(一) 贈与の時期が明確ではない。
原告は、右訴訟に先立ち芳子を相手方として不動産所有権移転登記手続を求めて調停(昭和簡易裁判所昭和45年(ノ)第12号事件)を申立てた際、原告は贈与の日を昭和38年5月28日と主張しながら、前記訴訟においては、当初これを同年4月9日と主張するなどのほか、右訴訟における証人や原告の贈与の時期に関する供述が区々である等本件不動産の贈与の時期を明確にできない。
(二) 原告主張にかかる昭和38年5月9日当時贈与の対象物件は明確でなかつた。
原告は、前記訴訟において贈与を受けた土地は、分筆前の土地名古屋市昭和区川原通3丁目8番の1宅地354.94m2であると主張していたが、その後右土地を2分(昭和46年1月20日分筆登記)して、本件土地の贈与を受けたとする前記和解をなした。従つて、原告主張のときには、いまだ贈与の対象物件は特定されていなかつた。
(三) 本件建物は、昭和38年5月9日当時未登記であつたところ、同44年11月18日芳子名義に保存登記された。原告主張のときに贈与の事実があれば、直接原告名義に登記されるのが自然であるのに、一旦芳子名義にしたことは原告主張事実を否定するものである。
(四) 仮りに、原告主張の時期に贈与がなされたとしても、右贈与は書面によらない贈与であり、芳子は、前記訴訟において贈与の事実を否認したから、右贈与の意思表示を取消したものというべきであり、和解成立の日(昭和46年5月28日)に改めて贈与がなされたというべきである。
2、従つて、原告が本件不動産を取得したのは、和解の成立した昭和46年5月28日か、または右和解をなす前提として土地の一部が分筆された同年1月20日である。
四、旧地方税法18条1項について
1、右条項は「地方団体の徴収金の徴収を目的とする地方団体の権利(以下本節において「地方税の徴収権」という。)は、これを行使することができる日から5年を経過したときは時効により消滅する。」と規定するところ、右規定は徴収権のみならず、賦課権についても適用があると解すべきであり、これを賦課権についてみるとき、「これを行使することができる日」とは、「理論上課税が可能となつた日」ではなく、「賦課権発生の事実を知り、または知りうべき日」であつて、その理由は次のとおりである。
(一) 「これを行使することができる日」が「理論上課税が可能となつた日」を意味するものとすれば、右のような表現方法を用いないで地方団体の徴収金の徴収を目的とする地方団体の権利はその発生の日から5年を経過したときは、………」という極めて簡明直截な表現方法がとられたはずである。
(二) 同条にいう時効の起算日を「賦課権発生の事実を知り、または知りうべき日」と解するのが「権利の上に眠る者を保護しない」という消滅時効の本質に合致する。けだし、権利発生の事実を知らなかつたのみならず、これを知りうべき余地もなかつた場合には右不行使を目して「権利の上に眠るもの」となすことはできないからである。
(三) 時効の起算日を「理論上課税が可能となつた日」と解した場合には、不動産取得税を免れようとする者は、5年間以上不動産取得の事実を申告せず、かつ登記の経由を見合わせることによつて簡単にその目的を達することができることとなり、かかる不正行為を容易ならしめる解釈は信義則上避けるべきである。
2、以上のとおり、本件における消滅時効の起算日は、原告から不動産の取得に関する申告がなされていない以上、その登記のなされた日の翌日である昭和46年8月6日であるから、本件処分は適法である。
(被告の主張に対する認否および反論)
一、原告が姉芳子に対し被告主張どおりの調停申立および訴の提起をなしたこと、右訴訟係属中被告主張どおりの和解が成立し、その主張の日に本件不動産の所有権移転登記手続がなされたことはいずれも認める。
二、旧地方税法18条1項について
賦課方式が採用されている不動産取得税に関し、賦課権、徴収権という2種類の概念を考えるべきかどうかは疑問であり、租税債権は課税要件が充足したとき(本件においては取得のとき)に発生し、右債権はその発生のときから消滅時効が進行するものと考えるべきである。
第三 証拠
(原告)
甲第1号証、第2号証の1ないし6、第3ないし第6号証を提出し、証人上床清の証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立は認める。
(被告)
乙第1号証の1ないし3、第2ないし第6号証、第7号証の1ないし4、第8ないし第10号証を提出し、証人小倉政則の証言を援用し、甲第6号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認める。
理由
一、請求原因一の事実は当事者間に争いがない。
そこで、本件における争点である本件不動産の取得時期および旧地方税法18条1項の解釈、適用について考えてみる。
二、本件不動産の取得時期について
1、いずれも成立に争いない乙第1号証の1、同第7号証の2、3、証人上床清の証言、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。
本件不動産はもと原告の父森田正一の所有であつたところ、同人が昭和22年3月23日死亡したため、原告の姉芳子が家督相続をなし、右不動産を含めた正一の相続財産全てを同女が所有することとなつた。ところで正一には他に妻八重子(原告・芳子の継母)、八重子との間の子供2人があつたために、原告および芳子の後見人伊藤秀勝と八重子の間で親族立会のうえ芳子の取得した右財産の分配をめぐつて話合いがなされ、その一部を八重子とその子供らに分与し、本件不動産(但し、土地については分筆前の土地、名古屋市昭和区川原通3丁目8番の1宅地354.94m2)を原告に分与するとの案が出され、八重子らに対しては右案に沿つて昭和25年ごろその旨の登記手続がなされたが、原告に関しては、確たる約束もなされないまま時日が推移した。その後、原告が結婚(昭和38年5月9日挙式)するに先立ち、芳子と原告との間で、結婚費用捻出のために種々相談がなされた結果、右挙式にあたり芳子は右不動産を原告に贈与することとし、原告もこれを承諾し、その結婚後は前記不動産を原告自らの手で管理することとなつた。その後昭和44年に至り原告は芳子に対して右不動産の登記手続を請求したところ、芳子が拒んだために両者の間に被告主張の調停申立事件および訴訟事件が係属したが右訴訟中に土地の一部を芳子に返還して和解しようとの気運が生じ、昭和46年1月20日土地を分筆して本件土地(283.28m2)について、芳子は原告に対し、所有権移転登記手続をなすことを承諾して和解が成立した(昭和46年5月28日「芳子は原告に対し昭和38年5月9日付贈与を登記原因として所有権移転登記手続をする。」旨の和解が成立したことは当事者間に争いがない。)。
以上の各事実を認めることができ、右認定を覆えすにたりる適切な証拠はない。
2、してみると、本件不動産は昭和38年5月9日、姉芳子から原告に贈与されたものということができる。
なお、被告は、贈与がなされたのは昭和46年5月28日である旨主張するのでこの点について検討するに、
(一) 昭和38年5月9日にはいまだ土地は分筆されていないことは前記認定のとおりであるが、このことは先に認定した贈与の事実を否定するものでない。けだし、右分筆登記がなされたのは芳子に対する訴訟事件係属後であること明らかであり、かつ、調停および訴訟において、原告は芳子に対し、前記認定のとおり土地に関する限り当初から分筆前の土地全部について贈与による移転登記手続を求めていたところ、相手方がこれに応じないため譲歩して贈与物件を一部返還して(つまり、当初の贈与物件を減少させて)和解をなすことは極めて自然のことであるからである。
(二) いずれも成立に争いない乙第1号証の2、3によれば昭和38年5月9日には、本件建物は未登記であつたがその後芳子名義で保存登記がなされ、さらに原告に移転登記された事実を認めることができるところ、本件建物がもと原告の父正一の所有であり、芳子がこれを家督相続により取得したことは前記認定のとおりであるので、右登記簿の記載は右に述べた本件建物に関する権利変動を端的に示すものであつて何ら先に認定した贈与の事実を否定するものでない。
(三) また、被告は仮りに昭和38年5月9日贈与がなされたとしても、後に芳子により取消された旨主張するところ、いずれも成立に争いない乙第7号証の1および4、同第8号証によれば、芳子は、原告が提起した訴訟において贈与の事実を争う旨の答弁をなしたことを認めることができるが、右答弁をもつて直ちに贈与を取消す旨の意思表示であるとすることはできないし、右訴訟中の和解成立にあたり昭和38年5月9日付贈与のあつたことを芳子自身も確認していることからみて、右の点に関する被告の主張は理由がない。
三、旧地方税法18条1項について
1、前記のとおり原告が本件不動産を取得したのは昭和38年5月9日であるから、昭和38年法律80号による改正前の地方税法(以下、旧地方税法という。)により原告に対して不動産取得税を賦課すべきこととなる。
2、一般に租税債権は、成立、確定(賦課、更正等)、履行(徴収)という過程を経てその実現が図られるものであり、その成立の時期については各種税法の定めるところによつて一定しないが、随時税に属する不動産取得税の租税債権は、課税要件の充足すなわち課税原因の発生したときに成立するものと解すべきであるから、原告に対する租税債権は原告が不動産を取得した昭和38年5月9日に成立したものというべきところ、右債権は抽象的に存在するにすぎず、課税権者が賦課決定という右債権を確定する手続をとることにより具体的債権となる。
ところで、現行地方税法においては、賦課権の期間制限に関する規定(17条の5)と徴収権の消滅時効に関する規定(18条1項)とが個別に置かれ、両者の関係が整備されるに至つた(国税通則法改正の趣旨に従つて右のとおり改正された。)が旧地方税法においては賦課権の行使についての期間制限に関する明文の規定を欠き、同法18条1項において「地方団体の徴収金の徴収を目的とする地方団体の権利(以下、本節において「地方税の徴収権」という。)はこれを行使することができる日から5年を経過したときは時効により消滅する。」旨規定するのみであるところ、右の「地方団体の権利」とは、地方団体の徴収金を徴収するために行う納税に関する告知、督促、差押、換価等の滞納処分の権原となる地方団体の権利であると考えるべきであるから、前記租税債権確定のための賦課権の行使についても右条項にいう時効の制約を受けるものと解するのが相当である。
而して、不動産取得税の賦課権の行使について、右条項にいう「これを行使することができる日」はいかなる日かについて従来、行政解釈上も意見が分れ、行政取扱上も区々であつた。すなわち、一方ではこれを不動産を取得した日とする(昭和30年5月17日自丁府発第68号自治庁府県税課長回答)のに対し、他方では、これを登記または申告のあつた日とする(昭和35年5月16日、自丙府発第39号自治庁税務局長通達その他)等の解釈取扱がなされていたところ、右昭和35年の自治庁税務局長の通達において、従前の通達実例等で右通達に矛盾、抵触する場合には右通達が優先するとされたため、その解釈と取扱いが全国的に統一されるに至り、愛知県当局においても右通達に従つた取扱いがなされていたことは証人小倉政則の証言に照らし明らかである。
当裁判所も、【A】不動産取得税の賦課権を行使できる日とは、登記または申告のあつた日と解するのが相当であると思料する。
すなわち、旧地方税法73条の18、愛知県条例43条の7によれば、不動産を取得した者は取得の日から10日以内にその旨を愛知県知事に対して申告しなければならない旨規定するところ、右申告がなされれば、課税権者は速やかに賦課権を行使することが期待される反面、申告がない場合には、取得の事実があつたからといつてその行使を期待することは極めて困難であつて、現実に登記がなされてはじめて右権利を行使することを期待できることとなる。殊に、本件のように取得原因たる贈与の事実が当事者間で長期にわたつて争われ、後に至つて先の贈与契約の有効性が確認されたような場合には、課税権者に対して贈与の日または申告期限を経過した日から権利を行使すべきことを期待することは不可能を強いるものといわなければならない。
3、これを本件についてみるに、本件全証拠によるも原告が本件不動産取得について申告をなした事実は認められないし、原告が右について昭和46年8月5日登記をなしたことは当事者間に争いがない。
してみると本件においては賦課権の消滅時効は右登記の日の翌日である昭和46年8月6日から進行することとなるので、同年11月13日付でなされた本件処分は、旧地方税法18条1項に照らし適法であるといわなければならない。
4、原告は、賦課権の消滅時効ということは疑問であつて、課税要件充足(不動産取得)のときから時効が進行すると解すべき旨主張する。しかし不動産取得税について賦課、徴収という段階を経て租税債権が実現されること、また課税要件が充足しても抽象的租税債権が発生しているにすぎないことは前述のとおりであるところ、なるほど現行地方税法17条の5により、賦課権が一定の除斥期間の経過により消滅するものであつてもかかる規定のなかつた旧地方税法において、右の解釈をとることができず、同法18条1項により賦課権の消滅時効完成によりこれと共に抽象的租税債権も消滅すると考えるべきである。よつて原告の右主張は採用できない。
四、以上の次第であるから課税標準について格別争いのない本件においては、裁決により一部取消後の本件処分は適法として維持すべきである。
よつて、原告の本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田義光 裁判官 下方元子 裁判官 樋口直)
別紙目録
一、名古屋市昭和区川原通3丁目8番の1
宅地 283.28m2
一、同所8番地
家屋番号 1番
木造瓦葺2階建居宅
床面積 1階 90.90m2
2階 70.41m2
一、同所同番地
家屋番号 2番
木造瓦葺平家建居宅
床面積 96.52m2