名古屋地方裁判所 昭和48年(ヨ)502号 決定 1973年5月25日
申請人
楢崎庸子
右訴訟代理人
西村昭
外七名
被申請人
名古屋放送株式会社
右代表者
神谷正太郎
右訴訟代理人
本山亨
外三名
主文
一、被申請人は、申請人に対し、昭和四八年五月二七日以降定年退職取扱いをしてはならない。
二、訴訟費用は、被申請人の負担とする。
(小沢博 渕上勤 植村立郎)
仮処分申請書
申請の趣旨
被申請人は、申請人が社員就業規則第二五条に該当することを理由に、申請人を解雇してはならない。
申請費用は被申請人の負担とする。
との裁判を求める。
申請の理由
一、当事者
被申請人はテレビ放送等を目的とする株式会社であり、申請人は昭和一八年五月二七日に出生し昭和四一年四月一日被申請人会社に雇用され、以来従業員として東京支社に勤務している。
二、就業規則第二五条(女子若年定年制)の適用による退職の通告
被申請人会社「社員就業規則」第二五条(定年)には、「社員の定年は、男子について満五五才、女子については満三〇才とする。」、同就業規則第二三条(退職基準)には「社員が次の各号の一に該当するときは退職とする。第二号、定年に達したとき」との規定を有するところ、被申請人は申請人の反対にもかかわらず、申請人が昭和四八年五月二六日、満三〇才に達することを理由に同人に対し、就業規則第二五条、同第二三条を適用して、退職とする旨通告している。
三、就業規則第二五条(女子三〇才定年制)の適用による退職の無効について
憲法第一四条は、基本的人権として法のもとにおける平等を宣言し、性別を理由とする合理性のない差別待遇を禁止している。
同条を受けた労働基準法第四条もまた性別を理由とする賃金の差別を禁止し、同法第三条は労働条件について国籍、信条または社会的身分を理由とする差別を禁止している。
ところで、本件のように就業規則による定年退職は、退職に関する労働条件であることが明らかであり、本件女子定年制が男子の五五才に対し、女子について三〇才と著しく低いこと、さらに、三〇才以上の女子であるということから当然に労働者としての適格性を失うことがない事実を考えると、右女子三〇才定年退職制は、性別を理由とする差別待遇にほかならない。
そして、性別待遇が退職という労働契約終了の効果をきたすものであることからみて、労務の提供によつて生活を維持している労働者の生存権、労働権をも侵害するものであるから、被申請人会社の女子三〇才定年退職制は憲法第一四条、同第二五条、同第二七条の精神にもとることは明らかである。
従つて他にこの差別を合理的に理由づけるにたる特段の事情も何ら存在しない本件においては女子三〇才定年退職制は著しく不合理な性別による差別待遇であり、被申請人の申請人に対する昭和四八年五月二六日をもつて退職とする旨の通告は、民法第九〇条による公序良俗違反として無効である。
四、申請人の業務内容
申請人は、昭和四一年三月中央大学文学部を卒業後同年四月に被申請人会社に入社し、以後今日まで同社東京支社に勤務しているが、同人が所属した部所及び担当していた業務は左の通りである。
(1) 昭和四一年四月〜同四四年五月――営業部連絡課
申請人入社当時東京支社における営業部は、番組広告及びスポット広告の販売を業務内容としており、営業部員の多くは、広告代理店やスポンサーなどを回つてその販売に当つていたが、番組の販売及びスポット広告の販売にはそれぞれデスクと称して社内にとどまり、広告販売に伴う業務一切を行つている者があつた。申請人が担当したのはこのうちスポット広告のデスクである。スポット広告のデスクには申請人の外、半デスク、半外勤の男子従業員がおり、番組のデスクは男子従業員が担当していた。
申請人が担当していたデスクの業務は、外回りの営業部員との連絡、スポンサーや広告代理店からの問合せに対する応答、営業部会の資料作成、広告代理店等との契約成立後のコマーシャル素材の手配(例えば何秒間のフイルムが何本必要かを数えて連絡する)そのチェック、本社への発送、本社で放送終了後は、本社から送られてくる放送終了確認書のチェック及び広告代理店等への発送、同じく請求書のチェック及び発送、などである。
(2) 昭和四四年六月〜現在――編成業務部業務課
申請人は、昭和四三年五月二七日結婚し、同四四年四月一〇日長女を出産したが、この産休中、被申請人会社東京支社において機構改革が行われ、それまで営業部の業務であつた番組の販売業務が営業部から切り離され番組の編成業務と合せて編成業務部の中に入れられた。申請人はこの編成業務部の中の番組販売のデスクを担当したのである。この業務は、以前申請人が担当していたスポット広告の販売業務と同様の業務のほかキー局であるNETテレビの番組を広告代理店会議に出席して販売する業務、これに関する資料の作成、視聴率調査等の調査資料の整理、モニター写真の手配(実際に放送された結果を写したものをスポンサーに渡すこと)等である。
本社においては、業務部番組課が、申請人ら支社デスクに対応し、そこからの連絡を受けて所定時間に所定の広告を放送し、放送終了後は放送終了確認書や請求書を支社デスクに送つているが、この業務を担当しているのは男子従業員である。
このように申請人が担当していた業務は、民放の唯一の経済的基盤であるスポット広告及び番組広告の販売業務中、外回りの営業部員との連絡、広告代理店との契約後のコマーシャル素材の手配から料金の請求に至るまでの一切の業務であり、男子従業員の業務と異らないものであり、何ら年令的制約を併うが如き業務ではない。
五、保全の必要性
申請人は、被申請人会社から得る賃金を唯一の収入とする労働者である。申請人は昭和四三年結婚したものであるが、現在は夫と別居中であり、申請人の生活は申請人自身の収入で支える以外にない。さらに申請人の父は五月末に満六九才を迎えるが、老令のため体力が衰ろえ、勤務先を退職したいと希望しており、父が退職した後は、申請人が両親の生活も援助しなければならない。
このような事情であるから、もし、申請人が五月二六日をもつて被申請人から解雇されその収入の途を失うときは、申請人の生活は成立たず、さらには老令の両親の生活にも大きな影響を与え、申請人はとりかえしのつかない損害を蒙ることが明らかなので本申請に及ぶ次第である。