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名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)1006号 判決 1976年10月25日

原告

渡辺禮子

被告

青山馨

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し、金三八七万一、三四〇円およびこれに対する昭和四七年九月一九日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その一を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告等は各自原告に対し、金八五八万五、五六八円およびこれに対する昭和四七年九月一九日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告等の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の長男渡辺和宏(昭和三八年七月一六日生)(以下和宏という)が、昭和四七年九月一七日午後五時五〇分頃、名古屋市千種区汁谷町一〇五番地青山馨方前駐車場(以下駐車場という)において、被告らの長男青山佳弘(昭和三九年四月一〇日生)(以下佳弘という)と、子供用自転車に乗り駐車場内の出発点から附近道路をそれぞれ右廻り及び左廻りで一周して出発点に早く着いた者を勝とする競戯をし、附近道路を右廻りで一周してから駐車場を南西方より北東に向つて進みゴールに到着して競戯に勝つた後東方へ徐行しほとんど停車したところへ、佳弘が附近道路を左廻りで一周してから駐車場の南東方より進入してほぼ北進走行して、佳弘の自転車を和宏の自転車の前輪中央部に激突させさらに右側頭部に激突させ和宏をその場に転倒させたため、同人に右側頭蓋骨骨折、脳挫傷の傷害を負わせ、よつて翌一八日午前四時三八分死亡するに至らせたものである。

2  佳弘の右行為は、故意によるか、又は重大な不注意によるものであるが、同人は当時満八歳五ケ月であつてその行為の責任を弁識するに足る能力が無く、したがつて佳弘の親権者である被告青山馨、同青山チヅ子が監督義務者として責任を負う義務がある。

3  右事故により左の損害を蒙つた。

(一) 原告の財産的損害

イ 診療関係費 一万三、九八一円

ロ 葬儀費用 三〇万一、四〇〇円

ハ 遺碑代 一万八、五〇〇円

(二) 原告の精神的損害

原告は昭和三八年七月一六日訴外紀藤実との間に和宏を設け、昭和四一年初めころ右紀藤実と別居後は原告が一人で和宏を養育し和宏の成長を生きがいとし、また自己の将来の扶養を和宏に期待してきた。したがつて和宏の死による精神的苦痛は極めて甚大である。和宏の父紀藤実は別居しており本件事故による慰藉料を請求しないのでこの事情を合わせて考慮すれば慰藉料は三〇〇万円が相当である。

(三)(1) 和宏の逸失利益

和宏は死亡当時満九歳二ケ月であり、本件事故により死亡しなければ少くとも満一八歳より六三歳まで就労可能であり、その間少くとも一ケ月につき全産業男子労働者平均給与額四万三、八〇〇円、および一ケ年につき全産業男子労働者平均賞与その他特別給与額六万二、九〇〇円を得ることができた。その間右収入の二分の一の生活費を要するものとしてこれを控除することとし、中間利息をホフマン係数を使用して得べかりし利益の現在価額を計算すると五四五万一、六八七円となる。

{(43800×12+62900)×(1-1/2)}×(25.8056-7.2782)=5451687.4

(2) 原告は、昭和四八年三月一三日、和宏の父紀藤実との間で、和宏の遺産は全部原告が取得する旨の協議を成立させた。

4  原告は被告青山馨より二〇万円を受領した。

よつて原告は被告両名に対しそれぞれ八五八万五、五六八円およびこれに対する不法行為の後であり和宏死亡の日の翌日である昭和四七年九月一九日より完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち原告主張の日時頃に、和宏が佳弘と原告主張の方法で自転車競争をしていたこと、右遊戯中和宏と佳弘が衝突して和宏が自転車から転倒し原告主張の日時に死亡したことは認める。和宏が自転車競争に勝つたこと和宏が停車したところへ佳弘が自転車を衝突させたこと、和宏の右側頭部に佳弘の自転車が衝突したことおよび事故と死亡との因果関係は否認する。

本件事故の態様は佳弘が自転車競争に勝ち先に駐車場に入つて北西方向に徐行していたところ後から駐車場に入つてきた渡辺和宏が佳弘の自転車中央部に和宏の自転車前部をぶつけたものである。

2  請求原因2のうち、佳弘の故意又は重大な不注意を否認する。また被告らの監導義務も否認する。本件のような偶発的な事故まで予測して監督する義務はない。子供における遊びの重大性、不可欠性に鑑み危険視される遊び以外の遊びはむしろやらせるべきであり、自転車競争は危険な遊びとはいえないので両親がそれをやめさせたり叱つたりする義務は全く無い。

3  請求原因3のうち、(二)、(三)(1)は争い、その余の事実はいずれも知らない。

4  同4は認める。

三  被告らの主張

1  本件はタクシーごつこという通常子供らがしている一般に容認された遊戯中に全く偶発的におきた事故であり、その遊戯方法は決して危険なものではない。したがつて佳弘の行為は違法性が無い。

2  被告らは、日頃から自転車競争の場合には自動車や他の子供に気をつけるよう注意し、監督義務を怠つていない。

3  右事故は和宏の自転車が佳弘の左足ペタルの少し後にぶつかつたため生じたのであつて、本件事故の原因は和宏の無雑作な運転方法にあり、和宏にこそ主要な過失がある。

四  抗弁等に対する認否

すべて否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  (被告等の責任)

1  請求原因1のうち、昭和四七年九月一七日午後五時五〇分頃名古屋市千種区汁谷町一〇五番地青山馨方前駐車場において、原告の長男和宏と被告等の長男佳弘が、子供用自転車に乗り同駐車場の出発点から附近道路をそれぞれ右廻り及び左廻りで一周して出発点へ早く着いた者を勝とする競戯(以下タクシーごつこという)をしていた時、和宏の自転車と佳弘の自転車が衝突して和宏が転倒し翌一八日午前四時三八分死亡したことは当事者間に争いが無い。本件事故の態様は、成立に争いのない甲第二号証、甲第一四号証、証人多田大木、同青山佳弘の各証言(いずれも後記措信しない点を除く)、被告青山馨本人尋問の結果および検証の結果を総合すると以下のように認めることができる。

昭和四七年九月一七日午後五時五〇分頃、和宏が中型タクシー、佳弘が大型タクシーとなり、それぞれ駐車場の中央部から出発し、和宏は右廻りで附近道路を一周して駐車場の南西から北東に向つて進行し、佳弘は左廻りで附近道路を一周して駐車場の南東から北西に向つて進入した。衝突地点は擦過痕の方向、最南の擦過痕に多少の方向変更のあるところからみて、擦過痕の南端附近、即ち駐車場の西端から一六・三メートル、同南端から六・三メートルの附近であると認めることができる。衝突後、和宏はほぼ従前の進行方向に五、六メートル進行した後に転倒し、佳弘もまたほぼ従前の進行方向に七、八メートル進行した後に転倒した。以上のように衝突地点が駐車場の中央部より少し南東にずれていること、擦過痕はその方向から見て佳弘車のものと認められること、衝突後進行方向等に急激な変化が無いこと等からみて、駐車場に進入した時点はほとんど同時ではあるが若干和宏が早く両者ほぼ同じスピードで駐車場内を交叉する形で進行していたところ、和宏車の後部附近と佳弘車が折触するような形態で衝突し、前記のとおり和宏が転倒、打ち所が悪く頭蓋骨骨折脳挫傷により死亡した。そして、この衝突は佳弘が自分の自転車を和宏の自転車にわざとぶつけたものではなく、両者が競戯に夢中になつて互いに相手の動静を気にせず、いわば双方の不注意によつて生じたものと認めることができる。

証人多田大木、同青山佳弘の各証言のうち右認定に反する部分は措信し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2  本件衝突事故は、前記認定の態様から判断すると、佳弘にもし自己の行為につきその責任を弁識する能力があれば、同人が和宏の動静に対する注意義務を怠つた過失により本件事故を起したものとしてその責任を負うべき案件と考えられる。しかして、成立に争いない甲第六号証によれば、佳弘は事故当時八歳五ケ月の児童で自己の行為につきその責任を弁識する能力がないと認められるので、同人にはその責任がなく、同人の両親で親権者である被告らはこれを監督する法定義務者として佳弘の加害行為による損害を賠償する責任がある。

3  本件事故につき被告らは違法性が無い旨主張する。遊戯などに通常伴う加害行為であれば違法性が阻却される場合もあり得る。しかし、本件のように子供の遊びとはいえ、自転車を使用する場合には、事故の起きる危険度が比較的大きく、その使用にあたつても一般的に衝突などの事故を起さないよう注意することが必要であると考えられるので、本件タクシーごつこによる死亡事故は客観的にみて条理上是認しうべきものとは考えられない。被告らの右主張は首肯できない。

4  被告らは監督義務者としての義務の内容を争い、かつ右義務を怠つていないと主張する。しかし被告らは佳弘の親権者として佳弘の全生活関係について監督する義務があり、本件のような自転車を用いた遊びについても、事故が起こらぬよう遊戯方法、車体の検査、自転車の安全適正な使用方法、交通ルールの遵守等について充分監督、注意していなければならない。また、本件のようなタクシーごつこといわれる遊びにおいて衝突等の事故が起ることは有得ることであつて予測不可能ということもできない。

被告青山馨本人尋問の結果によるも被告等が右のような監督義務を充分尽したと認めることはできず他に右事実を認めるに足る証拠は無い。

二  (損害)

1  診療関係費 一万三、九八一円

成立に争いのない甲第八、第九号証により認めることができる。

2  葬儀費用 三〇万一、四〇〇円

成立に争いのない甲第一〇号証の一、二、第一二号証、第一三号証および原告本人尋問の結果により認められる。

3  遺碑代一万八、五〇〇円

成立に争いのない甲第一三号証により認められる。

4  和宏の逸失利益 五四五万一、六八七円

叙上認定の諸事実によれば少くとも原告主張の逸失利益を認めることができる。よつて五四五万一、六八七円を認める。和宏の賠償請求権を原告一人が取得したことは、原告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第一七号証により認めることができる。

5  原告の慰藉料 一〇〇万円

和宏の死による原告の精神的苦痛が甚大であることは首肯しうるが、本件事故は子供同志の遊びから生じたものであり和宏の父紀藤実の方であえて慰藉料を請求していないことなど諸般の事情を考慮すれば一〇〇万円が相当である。

6  以上合計は六七八万五、五六八円である。

三  (過失相殺)

叙上のとおり本件事故は和宏、佳弘の両者がタクシーごつこに夢中になりいわば相互の不注意が競合して惹き起こされたものであり、その割合は佳弘が若干遅れて来た点を考慮して佳弘が六割、和宏が四割と認めるのが相当である。そこで和宏および原告の損害を過失相殺すると四〇七万一、三四〇円となる。

四  (損害の填補)

原告が二〇万円を受領したことは当事者間に争いが無い。よつて二〇万円を損益相殺すると三八七万一、三四〇円となる。

五  以上のとおり、原告の本訴請求は三八七万一、三四〇円および昭和四七年九月一九日より完済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由が無いから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 至勢忠一 熊田士朗 糸井喜代子)

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