名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)136号 判決 1973年4月27日
原告
大木捷代
同
清水陸子
右両名訴訟代理人
大矢和徳
外五名
被告
名古屋放送株式会社
右代表者
神谷正太郎
右訴訟代理人
本山亨
外三名
主文
一、原告らが被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二、被告は原告大木捷代に対し、金五、七三一、四八〇円および昭和四八年二月一日以降毎月二五日限り金九二、四〇〇円の割合による金員を支払え。
三、被告は原告清水陸子に対し、金一、六〇六、九八〇円および昭和四八年二月一日以降毎月二五日限り金八七、〇四〇円の割合による金員を支払え。
四、原告らのその余の請求を棄却する。
五、訴訟費用は被告の負担とする。
六、この判決の第二・第三項は仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一被告はテレビ放送等を目的とする株式会社であり、原告大木捷代は昭和三七年三月二六日に、同清水陸子は同年一月五日被告に雇用され、以来従業員として稼働していたこと、被告は、昭和四四年四月三日原告大木に対し、昭和四七年三月二七日原告清水に対し、就業規則二五条、二三条に基づき原告らがそれぞれ満三〇才に達したことを理由に退職となつた旨通告し、各右通告の翌日である原告大木について昭和四四年四月四日、同清水について昭和四七年三月二八日以降原告らの従業員としての地位を認めず、賃金の支払もしていないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二本件女子定年制の合理性について
(一) 被告の就業規則二五条は、本件女子定年制のほか、男子について満五五才をもつて定年とする旨定めていることは当事者間に争いがない。
原告らは、右就業規則二五条が、女子について男子より二五年も低い定年を定めていることは、性別による差別待遇にほかならず、憲法一四条、労基法三条・四条の精神に反し、同時に女子従業員の労働権、生存権を侵害するものであるから、憲法二五条、二七条の精神にも反し、民法九〇条により公序良俗違反として無効であると主張し、被告はこれを争うので、以下この点につき判断する。
憲法一四条は、基本的人権として法のもとにおける平等を宣言し、性別を理由とする合理性のない差別待遇を禁止している。同条を受けた労基法四条もまた性別を理由とする賃金の差別を禁止し、同法三条は労働条件について国籍、信条または社会的身分を理由とする差別を禁止している。ところが、労基法は、賃金以外の労働条件については、性別を理由とする差別を禁止する規定を設けず、かえつて、同法一九条、六一条ないし六八条は女子労働者を保護するため、男子労働者と異なる労働条件を定めている。従つて労基法は、性別を理由に賃金以外の労働条件について差別することを直接禁止の対象としていないと考えられる。
ところで、本件のように就業規則による定年退職制は、退職に関する労働条件であることが明らかであり、本件女子定年制が男子の五五才に対し女子について三〇才と著しく低いものであり、かつ三〇才以上の女子であるということから当然に労働者としての適格性を失うとは即断できないから、もとよりそれは性別を理由とする差別待遇にほかならない。そして、性別による差別待遇が退職という労働契約終了の効果をきたすものであつてみれば、労務の提供によつて生活を維持している労働者の生存権、労働権をも侵害するものであるから、憲法一四条、二五条、二七条の精神にもとることは明らかである。従つて他にこの差別を合理的に理由づけるにたる特段の事情がない限り、著しく不合理な性別による差別待遇であり、民法九〇条による公序良俗違反として無効というべきである。
(二) そこで、次に本件女子定年制についての合理的な理由の存否につき判断する。
1、<証拠>によれば次の事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
(1) 被告は、昭和三六年九月頃テレビ放送事業を営む民間放送会社として設立されたもので、昭和三七年四月、東海地区をサービスエリヤとして開局し現在に至つている。被告の昭和四五年一一月現在における機構の大要は、本社に総務、経理、業務、制作、報道、技術の六局を置き、支社を東京および大阪に設けている、そして、本社に秘書室のほか、右六局のもとに部ないし室を、更に部によつては課ないし支局を置き、支社にも同様部ないし課を置いて、それぞれ業務を分掌している。右のうち、報道、技術、制作局関係の職場は、二四時間中放送業務を担当しているいわゆる現場部門となつている。
被告の従業員数は、開局当時で約二六〇名、昭和四七年四月一日現在は二五七名であつて、ほとんど変化がなく、右従業員のうち女子従業員は五一名である。
しかして右女子従業員の所属部課別人員および当該部課の業務内容は、別紙(三)被告女子従業員の所属部課の業務および女子担当業務一覧表の被告主張欄記載のとおりである。
(2) 本件女子定年制は、被告の設立に伴い、昭和三七年三月一日に施行された就業規則に規定され、現在に至つているものであるが、被告がこれを制定した契機ないし事由は次のとおりであつた。
すなわち、イ女子労働者は安定した労働力として期待できないこと、つまり、一般に女性は三〇才までに結婚のため家庭に入る者が多く、長期継続が期待できず、更に出産、育児等のため欠勤が多く非能率であること、ロ通常、女性はほとんど単純業務に従事しているが、賃金体系が年功序列型のため、三〇才にもなれば賃金が高くなつて高度な知識ないし技能または経験に基づき責任ある業務を担当している男性との間に、平等を欠くことになること、ハ昭和三七年当時、東海テレビ、東海ラジオ、関西テレビ、仙台放送、山陽放送等の民間放送会社も、女子従業員につき二五才ないし三〇才の定年制をとつていたこと等が主たる事由であつた。
(3) 被告は、このような本件女子定年制の制定事由に基づき、女性は結婚ないし出産までの一時的就職にすぎないとの考えのもとに、女子従業員に対しては、原則として能力のいかんを問わず、特別の研修を必要とするような困難な業務を担当させず、単純業務に従事させるために採用している。
そして、被告における昭和四四年以降の女子従業員の採用は、昭和四二年以降の放送局におけるモノクロテレビからカラーテレビへの移行、UH局の増設等による企業の合理化のため、従来のように社員として採用しないで、嘱託として特定業務を担当させる目的で雇用期間を一年間と定めて採用し、右契約期間を更新する形をとつており、将来は女子従業員をすべてこのような嘱託として採用する方針をもつている。このため、被告における昭和四七年四月現在の女子従業員五一名中社員は二〇名で嘱託が三一名となつている。
(4) ところで、被告の従業員をもつて組織する組合は、昭和三八年六月六日結成されたものであるが、本件女子定年制については、昭和四二年九月二七日三〇才の定年を迎えた組合員佐藤葉子のため、当時ストをもつて右反対闘争を展開し、以来強くその撤廃を要求するようになつた。この結果、佐藤葉子は、右定年後も嘱託として一年の雇用期間をもつて実質上従来どおり雇用を継続されたが、昭和四四年九月二七日の契約更新に際し、被告提示の雇用条件が不利なため、遂に同日退職するに至つている。
被告が、昭和三六年九月に設立されてから昭和四四年四月三〇日までの間に採用した女子従業員は九〇名であり、その間の退職者数は四五名であるが、そのほとんどは円満に退職しており、その退職事由も結婚ないし出産によるものが全体の約九〇パーセントを占め、更に平均退職年令は23.9才で平均勤続年数は三年三か月となつている。
(5) そして、昭和四一年におけるわが国の女性の初婚平均年令は24.5才であり、また子供の出生は妻が二五才から二九才までの間が最も多くなつている。他方、労働省婦人少年局編集の「婦人労働の実情」によれば、昭和三九年から昭和四六年にかけてのわが国の女子雇用者数は増加傾向にあり、昭和四三年から昭和四六年においては、雇用者総数のうち女子の占める比率は32.8パーセントとなつており、昭和四六年の女子雇用者の平均年令は30.8才(同年の男子34.8才)、その平均勤続年数は4.5年であつて、これらも上昇傾向を示している。また昭和三九年から昭和四六年にかけ、女子雇用者のうち未婚者は減少し、逆に既婚者が増加し、昭和四六年では53.7パーセントとなつている。
(6) 原告大木は、昭和三七年三月実践女子大学文家政学部英文科を卒業し、同月二六日入社後、当時の本社企画局内にあつたモニター課に勤務し、同年五月中旬から同局内の考査課(その後調査課と改称)に配置され、ついで昭和四三年六月編成局編成部進行課に配転された。
右調査課の課員は、昭和三七年当時、男女各二名であつたが、その後多少の変遷を経て昭和四一年一〇月には男子一名、女子二名となり、同年一二月以降は男子主任と原告大木の二名のみとなつた。
同原告が調査課におい担当していた業務は、主として視聴率、嗜好率の各調査、モニター関係、民間放送連盟に提出資料の作成等であつた。視聴率、嗜好率調査は放送需要予測を目的としたもので、同原告は、昭和三九月ごろまでは企画から実績までをアルバイトを使つて調査していたが、その後は実施を調査会社に委託して、主として企画を担当することになり、かつ、右実施調査を基礎にして被告に対する報告書をまとめる等の職務に従事していた。
またモニター関係業務は、社外モニターの募集事務および右応募者の原稿審査による採用関係を直接担当し、かつ、モニター説明会における説明等に従事していた。更に民間放送連盟に提出資料の作成は、三ケ月に一回、被告の全放送番組を教養、娯楽等に分類し、その比率を算出する等を内容としたものであつた。
次に、原告大木の進行課における担当業務はスタンバイ業務であつた。その大要は、まず放送時間、放送番組表等に基づき自己の担当放送番組を確認し、更にキー局から送られてきたフィルム、ビデオテープの放送素材およびコマーシャル素材によつて、その放送形態、形式を確認する。そのうえで、これをプレビューしてその放送時間を計り、コマーシャルの挿入場所、形式等を決め、コマーシャル進行表および放送進行表に基づきキューシートを作成し、更にこれに基づきキューテープ原稿を作成する等の一連の作業であり、右プレビュー作業は、一つでも過誤があると放送事故に連らなる性質のものである。右進行課の課員は一三名であるが、そのうちスタンバイ業務を担当する者は女子四余、男子五名の計九名であつて、男女間に右作業内容について差異がない。
原告清水は、昭和三七年一月から昭和三九年九月までは経理部経理課出納係に所属し、主として各種経理伝票の起案、貸借対照表、損益計算書の作成事務の外現金出納(会計、業者への一括支払等)を担当した。
昭和三九年九月から昭和四一年三月までは制作庶務課に所属し制作部、報道部の経理事務(文書の受発信、事務用品の請求、出演料の支払等)を担当した。
昭和四一年三月から昭和四三年六月まではスポット課に所属し、スポットフィルム連絡表に基づき番組の空時間に使うコマーシャルフィルムの一本化(フィルムのつなぎ合せ)の仕事を担当した。
昭和四三年六月からは報道部庶務係に所属し、伝票の起案、文書の受発信、受注を受けた番組費用の請求手続等の仕事を担当していた(右事実中同原告の各所属部課ならびに各所属期間については当事者間にも争いがない)。
2 以上の認定事実に基づき、本件女子定年制に合理的理由があるか否かを検討する。
(1) 被告は、一般に女子労働者は、結婚ないし出産により家庭に入るまでの短期勤続であり、男子労働者に比し労働価値が低いと主張する。
なる程、統計上わが国の女性の初婚平均年令が24.5才で、子供を出産する年令が二五才から二九才にかけて一番多く、また、女子労働者の勤続年数が上昇傾向にあるといつても4.3年であることは、さきに認定したとおりであり、<証拠>によれば、生産性労使会議発行「労使の焦点」編集部の調査結果では女子労働者の意識として、結婚ないし出産までに勤務したいとする者が61.4パーセントを占めていることが認められこれに反する証拠はない。これらの事実をあわせ考えると、女子労働者は、男子労働者に比し勤続年数が短いことが一応認められる。
しかし、このことから直ちにすべての女子労働者が腰かけ的な短期勤続であると即断することは到底できない。
そのうえ、わが国の女子労働者は、全労働者のほぼ三分の一を占め、その平均年令が二九才に達していることは、前記認定のとおりである。そうだとすれば、一般に女子労働者が短期勤続であることを前提として、長期勤続の意思ないし意欲を持つた女子労働者も、一律に三〇才をもつて労働契約を終了せしめるようなことは許されるべきではあるまい。
従つて女子労働者が一般的に短期勤続の傾向にあるということは、本件女子定年制の合理性を理由づけるに足りるものとは認めがたい。また、前記認定の被告における女子従業員の退職事由、平均勤続年数ないし退職年令は、本件女子定年制のもとにおけるものでもあり、なんら右結論を左右するものではなく、かつ、被告と同じく他の民間放送会社において三〇才の女子定年制の定めがあることをもつて、本件女子定年制の合理的理由があるといえないことはもちろんである。
そして、<証拠>をもつてしても、被告主張のように一般的に既婚の女子労働者の労働価値が低いことを認めるにたりない。既婚女子労働者は、労基法六五条、六六条により出産、育児について休業請求権を有し、また既婚、未婚を問わず、女子労働者の同法六一条、六二条による時間外労働の制限ないし深夜労働の禁止、あるいは同法六七条の生理休暇請求権等は、その限度で労務の不提供が許されているところであるが、このような労務の不提供をとらえて、女子労働者が非能率ないし労働価値が低いということは、母体を保護し肉体的に異なる女性保護のための右規定の存在を無視するものであり、本件女子定年制の合理性を理由づけるものとは到底認められない。
なお、<証拠>によれば、両親の共かせぎ家庭における子供、いわゆるカギッ子の少年犯罪ないし非行化が社会的問題となつていることが認められ、右認定に反する証拠はないが、右社会的問題につき企業が責任を負わねばならぬ筋合は何ら存しないから、企業がこれを女子若年定年制の存在理由の一つとすることは筋違いの論というべきである。
(2) 次に被告は、民間放送会社としての企業性格から、人事の停滞防止と新陳代謝を図る必要があると主張する。
被告は、放送法に基づく免許事業を営むものであるから、その法的規制を受け、さきに認定したとおり設立以来従業員数がほぼ固定しているものと考えられ、また<証拠>を総合すれば、民間放送が開局された昭和二六年以降、民間放送局の増設ないし放送技術の急速な進歩によつて、一般的に民間放送会社においては、これに対応した企業の合理化が図られつつあり、女子従業員の若年定年制もその一環であることが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、被告における将来の方針として、女子従業員は、すべて雇用期間を一年とする嘱託に切替える計画を持つていることは、前記認定のとおりである。
しかしながら、右のように企業の合理化に基づき、人事の停滞防止ないし新陳代謝を図ることを理由として、女子について男子と差別した定年制を敷くことは、一方的に女子にのみ犠性を強いるものであつて、前記のように一般的傾向として女子労働者が短期勤続であることを考慮しても、到底合理的な理由ということができない。また、一定時期に退職する制度は、将来の生活設計に役立つとする被告の主張は、定年制一般の問題であつて、本件女子定年制の合理性を理由づけるものといえないことはいうまでもない。
(3) 次に被告は、女子従業員が担当する職務は、単純な定型的、補助的業務であるのに、賃金体系が年功序列型のため、年令と共に賃金のみが高くなり、高度な知識ないし技能または経験に基づき、責任ある業務に従事している男子従業員との間に不合理が生ずると主張する。
そして、原告らが、被告において担当していた業務は前記のとおりであつて、概して定型的、補助的業務と目されるものが多いことは否定できないけれども、本件女子若年定年制の適用対象に包含される女性アナウンサーの仕事は、定型的、補助的業務にあたらないことは被告の自認するところであるから、女子従業員のすべてが、定型的、補助的労働者であることを前提とする被告の右主張は到底採用することができない。
仮に被告において、女子従業員すべてが単純な定型的、補助的業務を担当しているとしても、原告ら女子従業員が入社時にこのような業務のみに従事する旨の労働契約を結んだと認めるに足りる証拠は何ら存しないから、さきに認定したとおり、被告が、女子労働者は結婚ないし出産までの一時的就職にすぎないことを前提として、その能力の有無を問わず、一律にこれを担当させている結果によるものと認める外はないが、このような労務管理はそれ自体として甚しく合理性に欠けるというべきであるから、このような労務管理を前提とする被告の右主張はもとより採用の限りではない。
(三) 以上のとおりであるから、本件女子定年制に関する被告の主張はいずれも合理的理由がなく、他にこれを認めるにたる証処はない。
思うに、女子若年定年制に合理的理由ありと認められる場合とは、特定の業種または業務に必須の年令的制約が伴い、かつ非適格者に他業種または他業務への配転の可能性のない特殊の場合であろうが、本件においては被告の全立証によるも本件女子定年制がかかる場合にあたるとは認められない。
従つて本件女子定年制は、女子従業員を男子従業員の五五才定年制と著しく不利益に差別するもので、公序良俗に反し無効といわなければならない。
三従つて本件女子定年制が無効である以上、原告らは満三〇才に達した翌日である原告大木について昭和四四年四月四日、同清水について昭和四七年三月二八日以降においても依然として被告の従業員としての地位を保有していることは明らかである。
そして原告らの平均賃金額、被告の賃金支払日が原告ら主張のとおりであること、被告は、現に原告らの従業員としての地位を認めず賃金の支払をしていないことは前記のとおりであるから、原告らは被告に対して右地位の確認を求める利益があるものというべきであり、かつ、民法五三六条二項により賃金の支払を受ける権利を有することは明らかである。
四原告らの賃金額
(一) 被告における賃金の支払日が毎月二五日でその計算期間は当月一日から末日までとなつていること、毎月支払われる給与の内容(賃金体系)が原告らの主張のとおりであること、被告においては右給与のほかに、夏季に一時金(賞与)が、また業績向上祝金等の名目で金一封が支払われること、右一時金の支払い根拠は就業規則五〇条、給与規則二九条によるもので右各法条には原告ら主張のとおりの定めがあること、被告におけるベースアップおよび定期昇給の方法が原告ら主張のとおりであること、以上の事実は当事者間に争いがない。
(二) 被告は、夏季および冬季の一時金(賞与)は、贈与の性格を有するもので賃金に含まれず、その支払請求権も個々の従業員に対する被告の個別的支給の意思表示によりはじめて生ずる旨主張する。しかし被告も自認するとおり、右賞与の支給は就業規則および給与規則に基づいてなされるものである以上、当然にそれは労働契約の内容となつたものというべきであり、賃金の一部に含まれることはいうまでもない。
反面、業績向上祝金等の名目で支払われる金一封は、それが就業規則、給与規則ないし協定に基づくものでない以上は当然には労働契約の内容となるものと解することはできないから、一種の贈与の性質を有するものと解するほかなく、従つてその支払請求権も個々の従業員に対する被告の贈与の意思表示をまつて初めて生ずるものと解すべきである。
そして一般に労使間に賃金昇給および一時金につき協定が締結されたときは、各組合員の具体的個別的昇給額および配分額は査定部分を除いて自動的に算出できる範囲において、右協定の効力として当然に確定し、支払請求権も使用者の個別的な支給の意思表示をまたずに、その時点で発生すると解するのが相当であり、これに反する被告の主張は採用できない。
従つて、被告の従業員としての地位を有している原告らは、同人らの所属する労働組合と被告との間に賃金昇給および一時金につき協定を締結した場合はその適用を受け、賃金昇給分および一時金につき支払請求権を取得するというべきである。
(三) 原告大木の賃金額
(1) 原告大木が昭和四三年四月一日現在満二八才であることは弁論の全趣旨により明らかであるところ、右同日現在満二八才の女子の従業員の昭和四四年四月分給与および右従業員の同年五月ないし昭和四五年三月の給与月額がいずれも食券部分を除き原告ら主張(別紙(一)の(1)・(2)記載)のとおりであることは当事者間に争いがない。
被告は、食券は勤務日数に応じ一ケ月一、〇〇〇円の割合で支給されるもので給与ではなく勤務しない者には支給されない旨主張するけれども、食券制度は被告の賃金体系上はいわゆる厚生手当に類し、基準内給与に含まれると解するのが相当であるところ、原告大木は被告の責に帰すべき事由により就労を妨げられているのであるから、特段の事情なき限りその提供(勤務)は一〇〇パーセントなされたものと解するほかはなく、食券制度が後述のとおり廃止された時点において、原告大木は被告に対し一ケ月一、〇〇〇円の割合による食券代金相当額の代償請求権を取得したものというべきである。
従つて原告大木の昭和四四年四月分給与および同年五月分ないし昭和四五年三月分の給与月額およびその合計額が原告ら主張のとおり(別紙(一)の①および②)となることは計数上明らかである。
(2) 次に昭和四四年夏季および冬季各一時金の協定による算式がいずれも原告ら主張(別紙(一)の(3)・(4)記載)のとおりであることは当事者間に争いがないから、これに前記認定の昭和四四年五月以降の原告大木の基本給額四九、九五〇円をあてはめると、右各一時金はそれぞれ原告ら主張の金額(別紙(一)の③・④)となることは計数上明らかである。
(3)(Ⅰ)<証拠>によれば、次の事実が認められ右認定に反する証拠はない。
(イ) 被告と組合との昭和四五年五月一日付同年四月一日実施の賃金に関する協定書によれば、年令給昇給は「一律三、五五〇円+二四才以上の女子については一才について一〇〇円を加算する(+)昭和四五年四月一日現在を基準として一才を加える」であり、職能給四級の昇給は「現職能給の一五パーセント(但し、五、〇〇〇円を限度とし、一〇〇円未満の端数を生じた場合はその端数が五〇円以上のときは一〇〇円に切り上げ、五〇円未満のときは切り捨てる。)(+)一、一〇〇円(+)査定額」であつて、手当の増額としては住宅手当が最低一、五〇〇円に、厚生手当一、五〇〇円(本社勤務者)が新設され、代りに食券が廃止された。
また、昭和四四年度における年令給の各一才毎の差額は女子一八才から二九才までは七〇〇円であり、男子は一八才から二三才までは七〇〇円、二三才から三五才までは一、〇〇〇円、三五才から三七才までは九〇〇円である。
(ロ) 被告と組合間の昭和四六年四月三〇日付同月一日実施の賃金に関する協定書によれば、年令給昇給は「一律四、三〇〇円(+)一才加算分」であるが女子については年令給調整分があり、業績手当(一、五〇〇円)を廃止し、同額を年令給に組み入れることになり、職能給昇給は「現職能給の一七パーセント(+)一律一、〇〇〇円(但し、七、八〇〇円を限度とし、一〇〇円未満の端数を生じた場合はその端数が五〇円以上のときは一〇〇円に切り上げ、五〇円未満のときは切り捨てる。)(+)査定額」であつて、右のほか住宅手当が二、〇〇〇円に増額された。
また、昭和四五年度における年令給の各一才毎の差額は男女とも一八才から二三才までは七〇〇円であり、女子は二三才から二九才までは八〇〇円であり、男子は二三才から三五才までは一、〇〇〇円であり、三五才から三七才までは九〇〇円である。
なお女子の年令給調整分については組合との団交の席上その趣旨は年令給における男女の格差を解消するためであると説明しており、同年度の男女の年令給は事実上も同額であり、同年度の三一才の男子の年令給は三七、六〇〇円であつた。
(ハ) 被告と組合との昭和四七年四月二八日付同月一日実施の賃金に関する協定によれば、年令給昇給は「一律四、五〇〇円(+)一才加算分」であり、職能給昇給は「現職能給の一七パーセント(+)一律三〇〇円(但し、八、六〇〇円を限度とし、一〇〇円未満の端数を生じた場合はその端数が五〇円以上のときは一〇〇円に切り上げ、五〇円未満のときは切り捨てる。)(+)査定額」である。
なお昭和四六年度の年令給の差額は、男女とも一八才から二三才までは七〇〇円、二三才から二九才までは一、〇〇〇円、男子は二九才から三五才まで一、〇〇〇円、三五才から三七才まで九〇〇円である。
また名古屋市バスの料金値上げにより昭和四七年八月分より原告大木の定期券代が二、七〇〇円となつた。
(Ⅱ) 以上の事実に基づいて原告大木の昭和四五年度以降の給与額を判断すると次のとおりとなる。
(イ) 原告大木の昭和四四年五月一日以降の基本給は前記認定のとおり(別紙(一)(2)(イ))四九、九五〇円(うち年令給は二四、四五〇円、職能給は二五、五〇〇円)であるから、同原告の昭和四五年四月一日以降の前記(1)(イ)の協定による昇給は、査定部分を除き四、九〇〇円(三、八〇〇円(+)一、一〇〇円)、年令給昇給は四、九五〇円(一才加算分は七才分の七〇〇円の外に特別事情なき限り前年度の女子従業員二三才ないし二九才の一才加算分七〇〇円を下らないと認める)となる。そしてこれに諸手当の増額分を併せると、同原告の昭和四五年四月分ないし昭和四六年三月分の給与月額、従つてその合計額は原告ら主張のとおり(別紙(一)の⑤)となることは計数上明らかである。
被告は、被告においては本件女子定年制が採用されているため、満三〇才をこえる女子従業員については、年令給、職能給の昇給基準は存在せず、原告らの満三〇才に達した後の給与は算定不能であると主張するので考えるに、前記説示のとおり本件女子定年制は無効であるから右定年制が有効であることを前提とし、三〇才に達した女子従業員に対しては年令給、職能給の昇給を一方的に停止することは著しく不合理であつて許されないこと多言を要しない(女子従業員と被告との間の労働契約上年令給職能給は女子従業員が定年に達するまでは支給するとの定めがあると解すべきであり、三〇才定年制が無効である以上原告らはいまだ定年に達していないことになるから、三〇才以上の女子従業員につき年令給、職能給の昇給を適用しないということは、労働契約に反し、故なく右昇給を一方的に停止することに外ならない。)から原告らが三〇才に達した後も依然として被告の従業員たる地位を保有している以上原告らの従前の年令給、職能給を基準に昇給に関する各認定に従い同人らの年令給、職能給の昇給が算定しうる限り、原告らの年令が三〇才をこえたか否かにかかわりなく、右算定された年令給、職能給によるべきであり、右に反する被告の右主張は採用しない。
(ロ) 同原告の昭和四六年四月一日以降の前記(1)(ロ)の協定による昇給は年令給昇給は業績手当の年令給組み入れ分を含めると六、六〇〇円(前記認定事実に照にし女子三一才年令給における一才加算分は前年度の女子従業員二三才ないし二九才の一才加算分八〇〇円を下らないものと認める。)となり一応年令給は三六、〇〇〇円(二四、四五〇円(+)四、九五〇円(+)六、六〇〇円)となるわけであるが、前記のとおり昭和四六年度の男子三一才の年令給は三七、六〇〇円であるので、被告の前記説明の趣旨や、同年度の男女の年令給が事実上も同額となつたことからすると、同原告の年令給調整分は一、六〇〇円となるから、結局同原告の年令給昇給は八、二〇〇円となり、また当時職能給が三〇、四〇〇円(二五、五〇〇円(+)四、九〇〇円)であつたので査定部分を除く同原告の職能給昇給は六、二〇〇円(五、二〇〇円(+)一、〇〇〇円)となる。そしてこれに諸手当の増額分を併せると、同原告の昭和四六年四月分ないし昭和四七年三月分の給与月額従つてその合計額は原告ら主張のとおり(別紙(一)の⑧)となることは計数上明らかである。
(ハ) 同原告の昭和四七年四月一日以降の前記(1)(ハ)記載の協定による昇給は、年令給昇給は五、五〇〇円(前記認定事実に照らし女子三二才の年令給一才加算分は前年度の女子従業員二三才ないし二九才の一才加算分一、〇〇〇円を下らないものと認める。)であり、当時の職能給が三六、六〇〇円(三〇、四〇〇円(+)六、二〇〇円)であるから査定部分を除いた職能給昇給は六、五〇〇円(六、二〇〇円(+)三〇〇円)となる。
なお被告は、本件女子定年制を採用しているため女子については職能給五級は存在しないと主張するが同原告が職能給五級に該当する三二才に達している以上前記と同じ理由により職能給が協定により算出しうる限り同原告の職能給は当然に五級となるわけであつて被告の右主張は採用しない。
また、同原告の昭和四七年四月一日以降の基本給は年令給が四三、一〇〇円(三七、六〇〇円(+)五、五〇〇円)であり職能給が四三、一〇〇円(三六、六〇〇円(+)六、五〇〇円)であるから八六、二〇〇円となる。
また定期券代が値上げにより二、七〇〇円となつた場合に通勤手当も右同額となることは当事者間に争いがない。
よつて同原告の昭和四七年四月分ないし同年七月分の月額給与および同年八月分ないし昭和四八年一月分の月額給与ならびその各合計額は原告ら主張のとおり(別紙(一)の⑪・⑫)となることは計数上明らかである。
(4) 昭和四五年・昭和四六年の各夏季および冬季一時金、昭和四七年夏季一時金に関する被告の組合に対する回答書記載の算式がいずれも原告ら主張のとおり(別紙(一)の(6)・(7)・(9)・(10)・(13))であることは当事者間に争いがない。
<証拠>によれば次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(イ) 被告の給与規則二九条は、賞与について、「会社の業績に応じて賞与を支給することがある。賞与の支給額、配分、支給期日その他の取り扱いについてはその都度決定する。」旨規定している。
(ロ) 昭和四五年度ないし昭和四七年度各夏季および冬季一時金については、いずれも被告と組合間に労働協約が締結されず、被告が組合に対して発した「賞与等の回答について」または「回答の修正について」等と題する各文書(被告が組合に対し、被告において決定した支給基準に従つて支給する旨を申し入れた文書)に基づき右各一時金が組合員に支給された(昭和四七年度冬季一時金の算式は「基本給(×)4.3(+)1律28,000円(+)15,000円(妻帯者ただし非扶養の者を除く。)」であつた)。
(ハ) 原告大木は、昭和四六年五月一二日長女珠英を出産したが、右産前産後の六週間の休暇(同年四月一日から同年六月二三日までの八四日間)のうち、日曜日、祝祭日・隔週土曜休日等の休日が二一日あるので、結局昭和四六年度冬季一時金の勤怠控除の対象となる特別休暇日数は六三日となる。
以上の事実によれば右(ロ)の各文書は前記給与規則二九条に基づく賞与に関する決定であると解される。
そして我が国の企業においては、賃金その他の労働条件は就業規則の定めるところによる旨の労働契約を労働者と結ぶのが一般である。
従つて原告らは被告の従業員としての地位を保有している以上労働契約上被告のした右決定に基づく一時金の支払を請求する権利を有することは明らかであるる。そして個々の従業員の具体的な一時金支払請求権は、それが自動的に算出しうる限り被告の個別的な意思表示をまたずに当然に発生するものと解すべきこと前記協定成立の場合と同様である。
そこで前記(3)(Ⅱ)(イ)ないし(ハ)認定の原告大木の基本給(別紙(一)の(5)・(8)・(10)の各(イ))および右(4)(ハ)認定の特別休暇日数を、それぞれ同年度の前記各一時金の算式にあてはめると各一時金額はいずれも原告ら主張のとおり(別紙(一)の⑥・⑦・⑨・⑩・⑬・⑭)となることは計数上明らかである。
(5) 被告が従業員に対し別紙(一)の(15)ないし(20)に記載する如き金一封を支給したことは当事者間に争いないが、右金一封が就業規則に基づき或いは労働契約に基づくものと認めるに足りる証拠は存しないから、これら金一封はたとえ従業員の日常の労務に対する報酬的要素が含まれていたとしても法律的には贈与の性質を有するものと解する外ないところ、被告が原告に対して右金一封の贈与の意思表示があつたことを認めるに足りる証拠はないから、結局原告大木の右金一封の支払を求める主張はその理由がない。
(6) 右のとおりであるから、原告大木は被告に対して、別紙(一)の①ないし⑭の合計額五、七三一、四八〇円および昭和四八年二月一日以降毎月二五日限り九二、四〇〇円の支払請求権を有することになる。
(四) 原告清水の賃金額
(1) 昭和四七年三月現在の原告清水の給与がその主張のとおり(別紙(二)の(1))であることは当事者間に争いがなく同原告が同年四月一日現在三〇才であることは弁論の全趣旨により明らかである。
次に被告と組合間に昭和四七年四月一日実施の賃金に関する協定が締結されたことおよびその内容ならびに昭和四六年度の年令給の差額は、いずれも前記(三)(3)(1)(ハ)認定のとおりである。
よつて原告清水の右認定による昇給は、年令給昇給は五、五〇〇円(前記認定事実に照らし女子三〇才の年令給一才加算分は前年度の女子従業員二三才ないし二九才の一才加算分一、〇〇〇円を下らないものと認める。)であり、当時の職能給が三二、九〇〇円であるから査定部分を除いた職能給昇給は五、九〇〇円(五、六〇〇円+三〇〇円)となる。従つて同原告の同年四月以降の基本給は、年令給が四一、一〇〇円(三五、六〇〇円+五、五〇〇円)、職能給が三八、八〇〇円(三二、九〇〇円+五、九〇〇円)であるから七九、九〇〇円となり、諸手当を加えた給与月額は八六、六五〇円となる。
また定期券代が値上げにより三、六四〇円となつた場合に通勤手当も右同額となることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば昭和四七年八月一日から名古屋市バスの料金値上げが行われ、同原告の定期券代が右値上げにより三、六四〇円となつたことが認められ右認定に反する証拠はないから、同年八月以降の同原告の給与月額は八七、〇四〇円となる。よつて同原告の同年四月分ないし同年七月分および同年八月分ないし昭和四八年一月分の各給与合計額は原告ら主張のとおり(別紙(二)の①・②)となることは計数上明からである。
(2) 昭和四七年夏季および冬季の各一時金に関する被告の組合に対する回答書記載の算式が原告ら主張のとおり(別紙(二)の(3)・(4))であること、右回答書により原告らが被告の個別的な意思表示をまたずに具体的な一時金支払請求権を取得すると解すべきことはいずれも前記のとおりであり、原告清水の同年四月以降の基本給は右(1)認定のとおり七九、九〇〇円であるから、これを右算式にあてはめると各一時金額はいずれも原告ら主張のとおり(別紙(二)の③・④)となることは計数上明らかである。
(3) 最後に、同原告主張の昭和四七年一一月一五日被告支給の祝金金一封五〇、〇〇〇円の支払請求がその理由のないことは前記原告大木に対する場合と同様である。
(4) 右のとおりであるから、原告清水は被告に対して右(1)および(2)認定の金員合計一、六〇六、九八〇円および昭和四八年二月一日以降毎月二五日限り八七、〇四〇円の支払請求権を有することになる。
(五) なお右昭和四八年二月以降の賃金のうち本件口頭弁論終結の後である同年三月分以降の賃金については未だ弁済期の到来しないいわゆる将来の給付を求めるものであるが、弁論の全趣旨によれば、被告は原告らに対し前記退職通告以来任意に賃金等の支払をしていないこと、原告らが賃金労働者であることが認められ、右事実によれば将来も任意の賃金支払を期待することができない反面、原告らは定期的に賃金の支払を受ける必要があり、あらかじめ将来の給付を求める必要があるものというべきである。
以上認定説示のとおりであるから、原告らの本訴請求は前記認定の限度においてその理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(松本武 淵上勤 植村立郎)
<別表省略>