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名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)1537号 判決 1987年7月27日

原告(反訴被告) 株式会社大隈鐵工所

被告(反訴原告) 酒井光三

主文

本訴被告(反訴原告)は本訴原告(反訴被告)に対し金九三万四〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年三月一七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

本訴原告(反訴被告)のその余の本訴請求を棄却する。

反訴原告(本訴被告)の反訴請求中、仮処分事件判決に対する不当控訴に関する訴え(反訴請求原因二の5)を却下し、その余の反訴請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中本訴に関する部分はこれを一〇分し、その一を本訴被告(反訴原告)のその余を本訴原告(反訴被告)の負担とし、反訴に関する部分は反訴原告(本訴被告)の各負担とする。

事実

第一節当事者の求める裁判

(本訴につき)

第一請求の趣旨

一 本訴被告は本訴原告に対し金一一一〇万円及びこれに対する昭和四八年三月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二 訴訟費用は本訴被告の負担とする。

三 仮執行の宣言

第二請求の趣旨に対する答弁

一 本訴原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は本訴原告の負担とする。

(反訴につき)

第一請求の趣旨

一 反訴被告は反訴原告に対し金九七九万五〇〇〇円及び内金五五〇万円に対する昭和四八年七月一二日から内金四二九万五〇〇〇円に対する昭和五七年八月二一日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二 訴訟費用は反訴被告の負担とする。

三 仮執行の宣言

第二請求の趣旨に対する答弁

一 本案前の答弁

反訴請求中不当解雇及び不当控訴に関する訴えを却下する。

二 本案に対する答弁

反訴原告の請求を棄却する。

訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二節当事者の主張

(本訴につき)

第一請求原因

一 当事者

本訴原告・反訴被告(以下単に「原告」という)は工作機械、繊維機械等の製造販売を業とする会社であり(以下単に「会社」ということがある)、本訴被告・反訴原告(以下単に「被告」という)は昭和三一年三月中学校を卒業と同時に原告に養成工として入社し、昭和三五年三月右養成工としての教育期間四年を終了し、以後、主にプレナー作業に従事してきたものである。即ち、被告は、昭和三八年八月頃から昭和四〇年三月頃までフライス盤による切削作業を担当した期間を除けば、養成工終了から本件事故を発生させた昭和四八年一月まで、プレナー作業の経験は一〇年以上にも及ぶものである。

二 本件プレナーについて

1 購入と価額等

原告は中型旋盤の増産を図るため、主としてベツド物加工に対処すべく、高精度、高速、強力重切削性に富む米国グレー社製ユニバーサル・ダブルハウジング・プレナー(以下「本件プレナー」という)を汎用機として購入し、昭和四五年一一月原告第四工場に据付け、翌昭和四六年三月から本格的稼動に入つた。

その購入価額は付帯工事費を含め一億〇一五六万八〇〇〇円であつた。

2 プレナーの基本構造

プレナーの基本的構造は機械の土台となるベツド、その上に加工物を固定して往復運動するテーブル、テーブルをはさんでベツドの両側に立つ二本のコラム、コラムにそつて上下するクロスレール、クロスレールに取り付けられた正面刃物台、コラムに取り付けられた横刃物台、各種駆動ネジ、軸、ギアー類、そして駆動電動機から成つている。

なお、プレナーテーブルの上面は加工精度が出るように加工物を取付けるための基準面である。従つて、プレナーのテーブル上面は、その平面度およびその精度維持のために設計、製作は念入りに行われている。

3 本件プレナーの概要と精度

本件プレナーは、汎用機でありテーブルの幅約一・四メートル、長さ約五メートル、駆動電動機一〇〇馬力である。そして、作業範囲は、幅、高さ各々約一・六メートル、長さ五メートルの範囲内であり、この範囲内の部品であればあらゆる平削加工が可能である。

機械の全重量は約五八トン、テーブルの重量は約九トンである。

購入当時の機械の精度は、

(イ) テーブル上面とクロスレールの平行度全幅で最大〇・〇一ミリ、

(ロ) テーブルの長手方向の真直度(真つ平らさ)二メートルにつき〇・〇〇六ミリ以内、

(ハ) テーブルの横方向の真直度全幅で〇・〇一ミリ以内である。特に、テーブルの長手方向の真直度二メートルにつき〇・〇〇六ミリ(六ミクロン)以内というのは抜群の精度である。

4 汎用プレナーの作業原理

(一) プレナーの加工対象物(汎用性)

プレナーは、主に鋳鉄、鋼鉄などを材料にした加工物の平面や溝等を強力重切削する機械である。プレナーの加工対象物は比較的大形のものであり、本件プレナーの場合、前記の作業範囲内で不特定多数の部品を加工することが可能である。このことは、汎用機の特徴であるフレキシビリテイがあるということである。

ところで、工作機械は使用目的から一般に汎用機と専用機に大別される。汎用機とは不特定多数の工作物を加工することを目的とした機能、性能を具備している工作機械である。これに対し専用機は加工する工作物が限定され、その工作物の加工に必要最小限の機能性能のみを具備した工作機械である。汎用機の特徴はフレキシビリテイがあることであり、普通旋盤、汎用フライス盤、研削盤、プレナー等は一般に汎用機である。本件プレナーは前記の通り、特定の工作物を加工するための機能は付加されておらず、グレー社の汎用機としての標準仕様機能を具備した機械である。

(二) 段取り作業について

先ず加工物をいろいろな道具によつて、テーブル上に固定する。固定の方法には、加工物を直接テーブルに固定する方法と基準ブロツク(通称「かいもの」という)を使用して固定する方法とがあり、基準ブロツクを使用して固定する場合、加工物を固定する位置や基準ブロツクを使用する位置は、加工物の形状や前工程の状態などによつておのずと決まり、できる限り低く固定するのが作業者の常識である。

この作業を段取り作業といい、段取りの良し悪しによつて安全、加工精度、作業能率に重大な影響を及ぼすのである。

(三) 刃物合せ作業について

段取り作業が終ると、加工物の加工する場所に刃物を調整しセットする刃物合せを行う。刃物のことをバイトと呼んでいる。

バイトの種類は、大別すると刃先の形状で剣型、平型に分けられ、剣型は荒削り加工に、平型は精密仕上げ加工に使う。バイトは、主に柄の先に特殊合金でできた超硬質で鋭利な刃(これを「超硬チツプ」という)が溶接などでつけられている。

(四) 切削条件の決定

次に切削条件を決める。これは加工部品の設計図面に示された加工精度、段取り、バイトの種類、加工物の材質によつて決定する。まず、テーブルの往復運動の距離(ストローク)を決める。そしてテーブルの切削速度と返り速度を決める。切削速度は、加工物をバイトで削つていくとき、テーブルの動く毎分の速度を言い、返り速度は、テーブルがもとへ戻つていく毎分の速度をいう。切削速度は通常超硬バイトの場合荒削り加工のとき毎分四〇メートル前後で、精密仕上加工のときは毎分一五メートル前後である。返り速度はいずれの場合でも毎分九〇メートル前後である。

次に切込み量を決める。切込み量というのは部品をバイトで削り取る深さの量をいう。一般的に荒削り加工のときは五ミリ前後、精密仕上加工のときは〇・一ミリ以下が通常である。次に送り量を決める。送り量というのはテーブル一往復ごとに刃物台が左右または上下に進行する幅の量をいう。テーブル一往復ごとの送り量は荒削り加工で一ミリ前後、精密仕上加工で二〇ミリ前後を通常とする。この刃物台の送り方法には自動送りと手動送りがある。

5 プレナーの稼動

切削条件を決めると次に機械を駆動させることになるが、切削中作業者は、テーブルのそば(原則としてテーブルの右側)に立ち、バイトの切れ味及び切削位置、加工物、段取りなどに注意していなければならない。作業者の手の位置は非常停止ボタンのところにあり、切削中異常が発生した場合に直ちに非常停止ができる態勢になければならない。

なお切削してできる削りくずは切粉と呼んでおり、荒削り加工のとき、鋳鉄で摂氏二〇〇ないし三〇〇度、鋼鉄で三〇〇ないし四〇〇度の高温の切粉になる。これによりプレナーでは、いかに強力で重切削をしているかということがわかる。

三 本件事故の発生

被告は、昭和四八年一月六日午後八時から翌七日午前七時まで原告第四工場三七〇ラインにおいて、本件プレナーを使つて、LA型旋盤のギアボツクス(以下「本件ギアボツクス」という)の切削加工作業に従事していたのであるが、同月七日午前六時二〇分頃、切削速度毎分四〇メートル、返り速度毎分九〇メートル、切り込み量約五ミリ、送り量〇・四ミリで、同ギアボツクス一〇個の端面を、自動送りにして、切削加工中、居眠りをしたため、バイトでプレナーのテーブル上面に深さ約三ミリ、幅約二〇ないし二五ミリ、長さ約五メートルの切り込みキズ(以下「本件キズ」という)をつけるとともに、右加工物に対しても、角を落すような形で幅八ミリ、深さ三ミリの切り込みすぎによる工作不良を発生させた。

四 被告の責任

1 債務不履行

(一) 労働契約は、いうまでもなく労働者が労務の提供をし、これに対して使用者がその対価として賃金を支払う契約であることは多言を要しない。

ところで、被告が右作業中に犯した居眠りは、最大一一〇分、最小七分に及ぶもので、この間は右にいう労務の提供は全くなされていなかつたことになり職場放棄と同一視できるのであつて債務の不履行であることは明らかである。

(二) また、被告の居眠りが、仮に右に述べた職場放棄と同義語の完全な債務の不履行といえないとしても、居眠りが継続している状態は、不完全な労務の提供であることは多言を要しないところであるから債務の不履行であることに変わりはない。

本来、雇用契約は一般の契約と同じく信義誠実の原則(民法一条二項)に従うべきものであつて、労務の提供も債務の履行として信義に従い、誠実に履行されなければならないことは自明の理である(労基法二条二項)。そして、就労時間中の居眠りが、右信義誠実の原則に則した債務の履行といえないこともまた余りに明白である。

(三) 右に述べた一般条理を持ち出すまでもなく原告の就業規則二―一において「従業員はよく業務上の命令に服し責任をもつて業務に精励し、……秩序を守り、善良な風俗の維持に努めるとともに、次の各号を守らなければならない」とし、

(4) 事業場の秩序・規律・風紀を乱さないこと。

(8) 機械・器具・工作物その他をたいせつに取扱い、よく整理整とんすること。

(9) 安全や保健・衛生に関する規程と指示を守ること。

(12) 業務に関して、……会社に損害を与えるような行為をしないこと。

と定めている。

更に安全に関してもその一〇―四において「従業員は、安全管理者・安全委員および防火管理者・火元責任者の指示に従い安全に関する法規を守り、つねに災害防止と安全作業の実践に努めなければならない」と定めているのである。

右各規定が従業員と原告との雇用契約の内容であり、且つその規範であることから、その従業員であつた被告は右就業規則の諸規定に従つて労務を提供しなければならない。被告の本件居眠り行為が右諸規定に違背したものであり、原告に損害を与え、安全上極めて危険な状態を顕出したことは疑うべくもない。即ち、被告が労務を提供するについて、定められた遵守事項に違背し、右各諸義務(債務の履行)を尽さなかつたのであるから、雇用契約上の債務不履行というべきである。

(四) しかも本件事故の際は、被告は自ら認めるように、本件ギアボツクスの角部(加工完了位置)にバイトが来るか来ないかの段階で機械を止める準備をし、切削の完了状況を確かめなければならないという作業中における監視義務があるのに、右義務を放棄し、本件ギアボツクスの切削部分が三〇ミリ位残つている作業完了間際の段階で、機械(クロスレール)に向つて左側の切削状況が最も良く見える位置から、わざわざ、バイトの切削状況の見えない同右側に回つたうえ、作業中使用の禁止されている椅子を取り出し、これに腰を掛け、タバコに火をつけて居眠りをしたというものであり、この被告の一連の動作からすれば、本件事故は、被告の注意義務の放棄によるものであることは明らかである。

2 不法行為

(一) 作業中の居眠りの危険性

(1) プレナー作業の客観的危険性

工作機械作業は、金属材料である加工物や、これを切削する鋭利、超硬の刃物が回転もしくは前後左右の往復運動をして加工作業がなされるものである。そして工作機械の運転中、作業者はその機械の直近(五〇センチメートル以内)の前もしくは横に立つてハンドル、レバー、スイツチなどの操作を行うのである。

このように機械の運転中作業者が、その機械のすぐ脇に立つのは、機械操作上の絶対条件であるが、加えて材料の欠陥、刃物の切れ味、段取りのゆるみや、機械そのものに異状が発生しないか、切削の状況を注視し、異状が発生した場合直ちに臨機応変の措置をとらねばならないからでもある。

しかも、本件プレナーでは、加工物に対して一〇〇〇分の一ミリ台の高精度が要求されるので、作業者は細心の注意を払つて機械操作をしなければならず、高速、強力な機械に接近して作業するのであるから、作業者のちよつとした注意不足やミスが工作不良や重大な災害の原因となるのである。

従つて、機械運転作業者は労働災害を防止するため事業者が定めた社内安全基準並びに労働安全衛生規則の諸規定を遵守しなければならないのはもとより、機械に自動送りをかけて切削しているときは、加工物をとりつけた段取りやクサビがゆるまないか、刃物・工具の寿命が切削中に尽きないか、加工物の金属材料の内部状態に変化はないかなど切削状況全般に注意を払つていなければならないのであつて、これらの義務を怠るならば、重大な災害につながることは必至である。

(2) 作業中の居眠り事故の重大性

右に述べたとおり、プレナー作業は、ちよつとした注意不足やミスが許されない危険な作業であるところ、私生活上の寝不足等による体調不十分のままで作業に取りかかり作業中居眠りをすれば、前述のように機械運転中に臨機応変の措置がとれないことはもちろん、不注意にかがみ込んだり、身体が倒れたり、あるいは身体のバランスを失つて高速、高馬力で作動している機械や刃物に巻き込まれたり、激突して死亡か、運がよくても重傷という重大な災害をまぬがれない。

また、右のような居眠り作業をしておれば、加工状況の異状の発見が遅れるのは必至で刃物が加工物に喰い込み、その刃物が折れたり欠けたりして非常な勢いで飛び散り、刃物の折れやカケで居眠りしていた者のみならず、他の作業者までも重大災害に巻き込むことになつてしまう。そして一たん人身事故が発生した場合には原告に巨額の賠償義務を生ぜしめるほか、被災者たる従業員とその家族を文字通り筆舌に尽し難いような悲惨な状態に陥れるのである。

従つて、居眠り作業という行為は、重大な人身事故につながるのであるから、安全規則を云々する以前の問題といわなければならず、職場規律、作業能率問題を超越したもので、働く者にとつて職場の安全上厳禁されなければならないものである。

(二) 不法行為を構成する故意又は過失の存否を判断するに当つては原告の工場における右の事情が特に留意されなければならない。従つて、原告の従業員については、雇用契約上又は就業規則上の明文の定めをまつまでもなく、規律、能率、安全等各面から作業中居眠りをしない注意義務が存在することは明らかである。

ところが、被告は金属の重切削作業というそれ自体非常に高い危険性を含む機械工作作業を担当する作業者であつたにもかかわらず、切削加工中頻繁に居眠りをし、ために職場の安全に常に不安を与え、かつ職場秩序そのものを現実に乱し続けていたのである。このように職場において、昼・夜勤の別なく居眠りを繰り返えす被告は、同一職場の同僚から「居眠り狂四郎」とさえあだ名されていたほどであつた。

このような被告のいわば常習的な居眠りは、その結果として当然に工作上幾多の事故を誘発せしめた。昭和四五年一一月の原告第四工場における組織変更以後、被告が繰り返えした作業中の居眠りで、人事部の記録に残るもののみを数えても、実に六回にものぼり(本件事故を含む)、そのうち四回が現実に事故を惹起しているのである。しかも、前記1(四)で主張した被告の事故前の一連の動作はまさに居眠りをするためであつたといつても過言ではない。

要するに、本件事故は、被告が上司からの再三の注意を無視しつづけて居眠り作業を繰り返すという被告の作業安全に対する自覚の欠如、作業安全という機械作業者に要求される最も基本的な心得を軽視する態度を如実に示すものである。

(三) 換言すれば、本件事故は被告の担当作業の危険性や、居眠りの態様、これまでの頻度からみて明らかに異常であり、これと被告の勤続年数、作業経験、事故歴、勤務成績、事故後事故の報告もせず帰宅したこと等一切を考慮すれば、過失で眠り込んだというよりは未必の故意もしくはこれに近い重大な過失によるものというべきである。

3 以上のとおり、被告は従業員として原告に提供すべき債務の不履行により(主位的請求)、仮にこれが債務不履行に当たらないとすれば不法行為により(予備的請求)原告に生じた後記損害を賠償する義務がある。

五 損害

1 本件プレナー・テーブルの取替えを余儀なくされたことによる損害

(一) 機能の喪失

(1) 本件プレナーは、極めて高精度を必要とする加工物の切削を行うことを目的として購入、設置されたものであり、しかも特定の工作物を加工するために(専用機)購入されたものではなく、不特定多数の工作物を加工するためにそれに応じた機能、性能を具備した汎用機として購入、設置されたものであることは前記のとおりである。

(2) 汎用性の喪失

ところが、被告の本件居眠りによる事故によつて、本件プレナーのテーブルに、前記のような巨大なキズがついたために、汎用機としての機能が大きく損なわれてしまつた。

即ち、汎用機の特徴はフレキシビリテイがあることであるが、本件プレナーのテーブル上面の損傷部分は使用不可能であるため、工作物を取付ける範囲が制限され、汎用機の特徴であるフレキシビリテイが損なわれたのである。しかして現実にも本件プレナーにおいては、ベツド物加工および箱物加工の一部は加工が不可能となつた。

ベツド物の平削加工においては、後工程のベツド摺動面の焼入によるタワミを考慮して、逆タワミが生ずる状態に平削をする必要がある。この逆タワミ状態を生じさせるためにはプレナーのテーブルと加工ベツドをボルトで強力に締付ける必要があり、その締付けによる力は、LT二〇〇〇型旋盤ベツドの場合約二二トン、LT四〇〇〇型旋盤ベツドの場合でも約二〇トンであり、その締付によつてプレナーテーブルにかかる反力は、それぞれ約二分の一とされており、テーブルにはこの反力に相応する強度、肉厚が必要なのであるが、本件キズによつて強度、肉厚に不安が生じベツド物の加工には、使用できなくなつた。

また、本件キズはバイトの刃先のみならず刃のついていない部分によつてこすりつけるようにして付けられたものであるため、そのキズの周辺がふくらみ、かつ加工硬化といつて他のテーブルの部分より硬くなつてしまつており(通常部分の硬度はシヨアー三二ないし三四度であるのに対し、キズの部分のそれは三六から四〇度にもなつている)、この加工硬化を起したふくらみはいかなる方法によつても完全な精度を保つた形では除去できないのである。このような加工硬化を起したふくらみの高さは五ないし一三ミクロンに達し、この上で段取りをすれば必要な精度が得られなくなり、また不安定なため、安全管理上も本件プレナーを使用して加工することが不可能となつた。

(3) 精度の低下

プレナーのような工作機械は、他の機械、装置などを製作するための各構成要素の加工に用いられる機械であり、各構成要素は、それぞれの機械の性能を発揮させるための一単位である。従つてこれを加工する工作機械は、他の機械、装置よりも一段と高い性能即ち精度が要求される。しかしてプレナーは機械部品の精度の基準面となる平面、溝等の加工に用いられるので特に高精度が要求され、この部品の基準面を加工するための部品取付の基準はテーブル上面である。従つて、プレナーのテーブル上面の平面度、面粗さ及びその精度維持のために設計、製作は特に念入りに行われている。本件プレナーを原告が購入する際、要求した精度は、前記のとおり極めて高いものであつた。

しかるに本件キズによつて本件プレナーのテーブル上面は基準面としての機能を全く損失してしまつており、使用不可能となつた。

なお、本件キズの部分を基準面として使用しないために特別に基準台を製作し、工作物をその上に乗せて取付ける方法が考えられるが、この方法では不特定多数の工作物を取付けるために多種類の基準台や取付具を用意し、これらを組合せて使用しなければならず、このために取付の不安定さが生ずるばかりか、取付工程数の増加もあり、精度を完全に回復することは不可能である。

(4) 作業能率の低下

本件プレナーには刃物台が四個ついているが、工作物の一度の取付けで四個の刃物台で加工するケースは一般に少なく、機械正面に向つて右側に工作物を取付け、右側の正面刃物台と右側の横刃物台で加工する頻度が極めて多い。しかして本件キズは、この使用頻度の多いテーブルの右側から約四八センチで、テーブルの幅の約三分の一のところについているため、これをさけて作業しなければならない頻度が極めて多くなり、この結果本件プレナーでの加工作業が大幅に制限され、作業能率が著しく低下することとなつた。

なお基準台を用いて本件キズをさけたり、跨いだりして加工物を取付ける方法については、精度上極めて問題があることは前述のとおりであるが、この方法はさらに作業能率を著しく悪化させるものであり、更には安全管理の面からも不安が生じるのである。

(二) 機能回復の不可能性

(1) 右に見たとおり、本件キズによつて、本件プレナーの機能が著しく損なわれたことは明白である。そしてこのキズは前述したとおり巨大なものであり、加工硬化をも起しているため、埋め込みの方法、キズを削り取る方法等によつても修復することは不可能である。

(2) 埋め込みの不可能性

キズを埋め込むことは、原告においても検討したところであるが、キズの形状が半円月形であつて、テーブルの一列の穴全部にかかつているところから、埋め込みに用いる材質の点からも埋め込みの方法の点からも技術的に不可能であつたのであり、仮に埋め込みの方法による修復の方法を採ることができたとしても強度および精度を従前通りに回復することは、全く期待できない。

(3) 盛上り加工硬化をおこした部分の削り取りの不可能性

本件キズの両側の盛上り加工硬化をおこした部分を、ハイスの仕上げバイトや砥石又はキサゲによつて削りとることはできない。

即ち、本件プレーナーのような強力なプレナーによつて、しかもバイトのシヤンク部分でつけられたキズの両側には、硬度四〇度にも達する加工硬化をおこした盛上りが生ずるうえテーブル上面の硬度にはムラが生じており、このようなテーブル上面を削る場合、バイトはテーブルの硬くなつている部分では逃げて浅く削り、そのほかの軟らかい部分では深く食込むこととなり、結局テーブルの平面精度が得られなくなつてしまうのである。従つて加工硬化をおこしている盛上り部分のみを削り取るということは不可能である。

(4) 全面削り取りの不可能性

次に、テーブル上面全体をキズの深さ(約三ミリ)がなくなるまでに削りとつて修復する方法が一応考えられる。しかし、そうするとT溝部の剛性が三五パーセント低下する。テーブル上面を削りとる量三ミリというのは、テーブル上面の修正のために、二、三年に一回〇・二ないし〇・三ミリ程度削りとることと比較して機械の使用年数の三〇ないし九〇年に匹敵する。従つて、精度低下に関する影響は大きく、工作物をテーブル上に固定する力によるテーブルの変形量が増大し、精度が悪くなるという機能の損失が発生する。

そのため、テーブル上面を削りとることによつて修復することは、テーブルの強度および精度上から全く不可能である。

(三) テーブル取替えによる損害

以上述べたところから明らかな如く、本件プレナーを修復するには、テーブルを取り替える以外に方法はないのである。グレー社には、本件プレナーテーブル製作にあたつて使用した木型や工具が既に存在しないので、もし新たに製作するとすれば厖大な費用になることが予想されるが、仮に、木型や工具が現存しているとしても、テーブルの購入価格はC・I・F価格及び輸入税等を考慮すれば一三二一万八〇〇〇円となり、これにテーブル取替作業費二三二万円および工事に要する一〇日間の逸失利益金約一〇〇万円を加算すると約一六五三万八〇〇〇円となる。

従つて、原告が本件事故によつて被つた損害は、本件プレナー本体について金一六五三万八〇〇〇円を下らないものである(なお原告は、被告が本件事故によつて工作不良を発生させた本件ギヤーボツクスは、客先からクレームがつくことを覚悟のうえで更生し出荷した。更生をするについても余分な労力を費し、原告としては損害を被つたのであるが、それは前記費用に含ませていない)。

2 本件キズによる利益率の減少による損害

前述のとおり、本件キズは本件プレナーの汎用機としての機能、性能を維持したまま修復することは不可能であり、テーブルそのものを取り替える以外に方法はないのであるが、仮にテーブルの取替えをせず、本件キズがついたまま本件プレナーを使用し続けた場合、原告にどれだけの損害が発生するかを算定してみれば、以下に述べるとおりとなる。

本件プレナーは汎用機であり、箱物部品の加工のみに用いられる機械ではなく、広くベツド物部品、平物部品等のあらゆる形状の部品加工に用いられるものであるが仮に本件事故当時行われていた箱物部品の切削加工のみが、その後も継続して行われると仮定した場合でも、MDB型中ぐり盤主軸頭など一一種類の箱物部品は精度上切削不能となつた。

しかして、右一一種類の箱物部品の原告における月当りの作業時間は合計二〇五時間に達していたところ、これらの部品が本件プレナーで切削不可能となつたのであるから、これを原告外の業者に外注する必要が生じたので、右二〇五時間分が外注費として余分に支払われることとなつた。本件事故当時の右一一種類の箱物部品の時間当りの外注加工費は約二五〇〇円であつたから、右により増加する外注加工費は一か月五一万二五〇〇円に達する。

本件事故当時の本件プレナーの残存法定耐用年数はなお約八年間もあり、この期間右損失が継続することは明らかであるから、その損害額は四〇五一万九八九〇円(512500×12×6.5886)(八年間の新ホフマン係数)という莫大な金額に達することとなる。

3 本件キズによる本件プレナーの価格自体の下落

本件事故当時の本件プレナーの価格は本件キズがなければ簿価である六四〇八万九三〇八円を下回ることはなかつた。

しかしながら本件事故によつて本件プレナーの最重要構成部分である基準面のテーブルに前述の如き巨大なキズがついてしまつたのであるから、これが本件プレナーの価格を下落せしめることは常識上当然のことである。かように本件キズによつて本件プレナーの価格のうち下落した金額自体が、本件事故によつて生じた損害であることは明らかである。

仮に原告が本件事故当時本件キズのない本件プレナーを中古機として売却した場合、少くとも簿価の八〇パーセント程度の金額を下回ることのない値段で売却することが可能であつたはずである。

一方本件キズをつけられたことによつて本件プレナーの価格は簿価の五〇パーセント以下の価格に下落してしまつた。従つて右価格の差額である少くとも約一九二二万円が本件事故により会社が被つた損害であるということができる。

4 その他の損害

(一) 慰藉料

本件プレナーは、本件事故当時稼動後わずか二年しか経ていない原告の最新鋭機械の一つであり、いわば当時の原告を代表する機械の一つであつた。しかも原告はすべての機械の基準となる工作機械の製造・販売を行う我国を代表する企業の一つであるから、かような新鋭機が整然と整備稼動していることが信用及び社会的名誉の維持の一つの重要な要素であるといつても過言ではない。

ところが、被告の極めて重大な服務規律違反により本件プレナーに前記の如き巨大なキズがつけられてしまつたものであり、これによつて原告が被つた精神的打撃が極めて著しいのは当然のことであつて、金銭をもつてこれを慰藉するには少くとも六〇〇万円を下らないものと言わなければならない。

(二) 弁護士費用

原告は被告の重大な服務規律違反による違法な行為によつて莫大な損害を被つたので、本訴においてその一部を請求しているが、弁論の全趣旨からも明らかな如く被告は殆んど理由にならない理由を述べ無益な証拠調をなす等して本訴審理を引き延ばして来た。この間原告は本訴を維持するため、原告代理人らに訴訟行為を委任し、その費用として毎年二〇万円ないし三〇万円宛支払つて来た。

このため原告は現在までに弁護士費用として金二四五万円を下らない金員を支出し、また、本訴の着手金として金一〇万円を支払ずみである。

よつて、原告は被告の本件違法な行為によつて合計金二五五万円の弁護士費用の支出を余儀なくされた。

六 結び

以上述べて来たところから明らかなとおり、被告の本件債務不履行もしくは不法行為によつて原告が被つた損害は、如何なる観点から評価してみても合計一一一〇万円を下回ることはない。

よつて、原告は、被告に対し、右五の1ないし3において述べた損害のいずれかに同4の損害を加えたものの内金として一一一〇万円およびこれに対する本訴状送達の日(昭和四八年三月一六日)の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるものである。

第二請求原因に対する認否

一 請求原因一は認める。

二 同二の1は不知。同2中プレナーテーブル上面が基準面であるとの点は不知。その余は認める。同3は不知。同4の(一)は不知、同4の(二)ないし(四)は認める。同5中切粉の温度は不知、その余は認める。

三 同三中工作不良を発生させたことは否認し、その余は認める。

四 同四の1の(一)(二)は否認、同(三)中原告主張の就業規則の存在することを認め、その余は否認する。同(四)中被告が椅子に腰かけてタバコに火をつけた直後に居眠りをしたことは認めるが、その余は否認する。

同2の(一)は概ね認め、同(二)を争い、同(三)は否認する。

同3は否認する。

五 同五の1ないし4は総て争う。

六 同六は争う。

第三被告の主張

一 原告における深夜勤労働について

原告の損害賠償請求は、以下に反論するとおりいずれの見地にたつても到底認められないのであるが、その前提として、本件事故が原告における過酷な深夜勤制度の下で発生したという事実を看過することはできないので、まずこの点を明らかにする。

1 深夜労働の非健康性

(一) 人には日内リズム、「生体潮汐現象」と呼ばれる生体に特有のリズムがあり、昼間は人の身体は労働に適した状態になり、夜間は沈静化し、休養に適した状態になる。これは覚醒、活動と睡眠、休養の生活リズムといつてよい。そのリズムは身体のあらゆる面に及び血液中の塩分、蛋白質の濃度、尿の性状、体温、脈搏、血圧、ホルモン類の代謝活動、更には中枢神経機能にまで及んでいる。

しかるに、夜勤交替勤務者は、この人間の長い歴史によつて築かれた生体リズムに逆らい、あるいはこれを乱す労働を反覆して行つていることになる。しかも深夜労働を行つても、労働にあわせて生体リズムが昼夜転倒することはなく、深夜労働はむしろ生体リズム、生理機能を乱すという結果を招くのである。

(二) 交替勤務、特に深夜交替勤務がいかに労働者の健康にとつて有害なものであるかについては様々な調査結果が報告されているが、昭和五三年五月日本産業衛生学会交替勤務委員会が綿密な実態調査にもとづき発表した「夜勤交替制勤務に関する意見書」は、「交替勤務の有害な影響は各種の健康障害の発生となつてあらわれるに至る。交替勤務にともなう健康障害としては、消化器疾患が顕著であるほか、呼吸疾患、腰等の運動器の疾患および各種の神経系症状の進展などがあり、さらに一般的健康状態の低下、過労による疾患の誘発などをあげることができる」としている。更に、夜勤交替勤務が神経症の発症に関連することが報告されており、睡眠障害や各種の慢性疲労症状の有症率が夜勤期間や交替勤務者において著しく高まる事実も神経症を含む各種の中枢神経症状の進展が起こりうることを示唆している。

深夜交替勤務がこのように様々な健康障害をもたらす原因については、結局、<1>生体リズムの乱れにともなう疲労、<2>睡眠不足、<3>食事時間の不規則等の栄養摂取の不足、<4>右<1><2><3>からくる病気への抵抗性の減弱、<5>生体リズムの乱れ等にともなう自律神経系の機能の失調等の諸要因を挙げることができる。

2 原告の深夜勤制度

(一) 原告の深夜交替勤務は、前日午後八時(二〇分)より翌日午前七時まで拘束一一時間、実働一〇時間という長時間労働であり、文字通り徹夜労働である。深夜交替勤務の疲労は著しいので、日本産業衛生学会では「時間外労働は原則として禁止」「深夜勤務は原則として毎回一晩のみにとどめるようにし、やむをえない場合でも二、三夜の連続にとどめるべきである」「深夜業を含む労働時間は一日につき八時間を限度とする」旨提言している。ところが、原告は週五日連続深夜勤務、毎日二時間の時間外労働である。また、右提言によれば「交替勤務による週労働時間は通常週において四〇時間を限度」とするとされているのに、原告のそれは週五〇時間となつている。

右のように、原告は本件事故当時三週に一週の夜勤になつていたとはいえ、深夜勤務の一勤務当たりの労働時間、時間外労働時間、深夜勤務の連続回数、週労働時間数のいずれをとつても産業衛生学会の提言にははるかに及ばない劣悪なものであつた。

(二) 日本産業衛生学会は、前記提言において「深夜業を含む勤務では勤務時間内の仮眠休養時間を拘束八時間について少なくとも連続二時間以上確保することが望ましい」と述べているが、原告では拘束八時間どころか、拘束一一時間勤務でありながら仮眠時間はゼロである。また、仮眠設備も全く存在しなかつた。ちなみに、原告よりはるかに小規模な工作機械メーカーである訴外株式会社大平製作所においても、プレナー工について午前三時二五分より午前七時二五分まで仮眠休憩時間を設定し、夜勤労働者に配慮をしているのであり、原告が、夜勤労働者に対して仮眠時間の設定、仮眠設備を設けることができない筈はないのである。

(三) 原告においては、労働者を深夜勤務に従事させるについて本人の同意を全く得ておらず、一方的業務命令である。

深夜交替勤務への編入は当該労働者の労働条件を著しく不利益に変更するものであるから、労働条件対等決定の原則の立場からしても、当該労働者の同意を得るべきである。ちなみに、前記大平製作所の場合は労働組合との協定とは別に、当該深夜勤に従事する労働者の書面による同意を得ているのである。

(四) 交替勤務の有害な影響は、各種の健康障害の発生となつて現われるに至ることは先に主張したとおりである。

しかるに、原告は形式的に健康診断をしていたにとどまり、当該労働者が深夜作業に適応するか否かのチエツクを全くしていなかつた。原告は、被告があたかも作業中の居眠りを常習としていたかの主張をするが、仮に、百歩譲つて、そうであるとすれば、原告は何故に被告を深夜交替勤務から外さなかつたのであろうか。深夜勤務者について、その適応を全くチエツクしていなかつたか、それとも深夜勤務について居眠りは避けられないと考えていたかのいずれかである。

二 本件事故は原告の重大な事故防止義務の懈怠により惹起されたものであるから、原告に損害賠償請求権は発生しない。

1 原告の事故防止義務とその根拠

本件プレナーを始め大型工作機械は重切削を行うもので、一旦事故が発生すれば、生命にもかかわる大事故に発展しかねない危険性を内包していることは原告の主張するとおりである。

そうであるとすれば、前記のように深夜長時間、過酷な交替勤務を要求している原告こそ、労働者の生命が侵害されるという重大な危険性を回避するため、信義則上も万全の安全対策、事故防止対策をとるべきである。生命を脅かされる被災者は常に労働者であつて使用者ではない。労働者に自ら望んで事故を発生させるものは誰ひとりとしていない。仮に安全設備の不備があつたとしても、安全設備を設置するか、どの機械を誰に担当させるかという業務指揮権の全権は使用者が握つており、労働者は何らの権限も有していない。また労働者にとつて不注意現象は必然的に発生し避けられないものである。

この現実から出発すれば、まずもつて使用者が万全の事故防止策をとるべき義務があることはあまりにも当然のことである。

2 労働者の不注意現象とその発生の必然性

(一) 作業に従事する労働者について、不注意現象は必然的に発生し、人間の意識的努力のみでは避けられないことである。それゆえ、専ら労働者の注意力に頼る使用者の事故防止、安全対策は誤りであり、使用者は労働者が不注意と呼ばれる事態に陥ることが避けられないことを前提にして事故防止及び安全対策を講ずべき義務がある。

(二) 即ち、人間の注意力は生れながらにして変動性、方向性、選択性、情報性の四つの性質を備えている。それは同時に「注意」ということは「不注意」と裏表の関係にあり、不注意現象は注意現象そのものであるということができる。

そして注意力は疲労により、あるいは仕事が単調であることなどにより急激に機能低下を来すものであることが知られている。従つて、人間の注意力に頼つて災害を防止しようとすることは非人間的であることが明らかというべきである。

3 事故防止義務の内容

(一) 前記のとおり、労働者の作業上の不注意が人間である以上避けられないものであり、且つその不注意現象の結果惹起される事態が生命、身体の侵害等重大な危険性を伴うものであるとすれば、使用者として自らの権限で設置可能な安全設備を設け、労働者の注意力が最大限発揮されるよう労働条件を改善すべきは当然である。

しかも労働者にはさまざまな意識レベル、即ち注意力のレベルの異なつた労働者が存在する。従つて当該労働者が最も注意力が衰えた状態もしくは不注意と呼ばれる状態に陥つた場合においても、事故発生を防止すべき客観的、物理的な安全対策を講ずべきである。

(二) しかも右のような労働災害の重大性、不注意現象の不可避性を考えるならば、使用者の安全保護義務、事故防止義務は第一義的先行的義務としてとらえられなければならない。労働災害の判例の中には、このような考え方から、労働者の過失を認定しながらも被災労働者の重要でない過失は使用者の安全設備瑕疵責任に吸収包摂されるとするものもある。

(三) 更に、使用者は一定の労働条件のもとで労働者を就労させるについては、労働者の適性・健康状態等を十分検討のうえ、当該作業に就労させるべき注意義務があるというべきである。特に労働者を長期間深夜交替勤務に就労させ、且つ危険な作業に従事させるのであれば、その適性、健康状態について、その適否を使用者は事前に検討し、適性があり、健康上問題のない労働者のみを当該作業に従事させるべきである。

また当該作業に従事させた後においても、労働者が健康状態の悪化等当該作業に就けることが不適切と判断された場合においては、当該労働者を当該作業から他の適切な作業に配置する等監督する義務があるというべきである。使用者は労働者に対する業務命令権を有しており、同時に労働者に対する安全保護義務を負つていることからすれば、使用者が作業者の選任監督にあたり右の如き義務を負うのは当然である。

本件においても、原告は被告が作業中の居眠りを常習とし、あたかも最も劣悪な労働者の一人であつたが故に本件事故を惹起したかの如く主張している。原告の右主張は全く事実に反するが、仮に主張のとおり被告が作業中の居眠りを常習としていたということを十分知つていたとすれば、何故にその被告を長期間深夜交替勤務に従事させ、最も高価な機械の一つである最新鋭の本件プレナーの作業者に配置したかという、その選任・監督上の責任こそが先ず問題にされなければならない。

4 原告は本件事故の発生を予見することが可能であつた

(一) 原告会社内では、特に深夜交替勤務において、作業中の居眠りは作業者、監督者を問わずいわば日常化していたものということができる。作業中の居眠りについては、これが日常化し、居眠りが発見されても見て見ぬふりをされるか、起こされるか、あるいは口頭による注意を受けるという寛大な取扱いを受けていた。

(二) また、夜勤作業中の居眠り事故については、原告が資料を秘匿しているため、その正確な実態を明らかにすることは困難であるが、原告会社内の技能教育の際示された資料によると、昭和四七年一〇月から同四八年三月までの間一三六件の工作不良が報告されており、その相当部分が深夜作業中の事故によると推認される。

夜勤の場合、昼勤に比較して事故が多発することは多くの科学的データーによつても知られている。

5 本件事故は容易に防止することができた。

(一) 本件事故は自動停止装置あるいは自動警報装置の設置によつて容易に防止することが可能であつた。仮に右のような事故防止装置を設置しないとすれば、同業他社で行われているようにプレナー一台当りの作業者を複数にすべきであつた。特に深夜交替勤務においては複数の作業者は必要不可欠であつた。

(二) 事故防止装置の設置

(1) 事故防止装置の構造

本件事故を防止するには刃物が所定の位置に到達した時に本件プレナーのテーブルの往復運動あるいは刃物台の下降のみを止めることによつて容易に可能である。それはいずれにしてもプレナーに流れる電流の全部あるいは一部を遮断することによつて容易に可能である。

その基本的な系統図は次のとおりである。

起動 → 自動運転 → 設定位置検出 → 停止 → 自動運転起動 → 最終工程終了

右のとおり事故防止装置は自動加工装置とは異なることから原告が主張しているように切削完了位置で寸法どおり自動停止させる必要は全くない。切削完了の手前で、事故防止の見地から一旦停止をさせれば足り、その後に必要なだけ手動運転(手動送り)すればよい。従つて停止位置について厳密な設定は必要でない。

(2) その刃物の位置検出方法には

(a) 刃物(刃先の位置)を検出

(b) テーブルの一ストロークの刃物台送り量からストローク数を割り出して、そのストローク度数の設定による検出

(c) 刃物にかかる応力の検出によりその情報を処理

(d) (a)・(b)・(c)の組み合わせによるもの

等さまざまな方法が考えられる。

(a)の刃先の位置検出方法として、リミツトスイツチあるいはリミツトスイツチを光学的検出に置き換えたもの、更にはリミツトスイツチを磁気的検出に置き換えたものなど様々な方法がある。刃先の位置を直接検出しなくとも刃物台と刃先との相対的な位置関係を明らかにしてすれば、刃物台で制御すれば足りる。

(b)の方法は、テーブルのストローク数を検出することにより、それと連動する刃物台の下降量をコントロールしようとするもので、機械的な度数計とリミツトスイツチを組み合わせたものである。

(c)の方法は刃物にかかる応力の検出によりその情報を処理しようとするもので、その一例としてバイト歪ゲージを取りつけて切削時を検出する。その信号を処理して送り量を割り出すという方法である。なお、この方法によれば、切削中の刃物の折損や切削状態の異常を検出することも可能である。

(3) 事故防止装置の設置は容易である。

これらの装置を自社で製作することは各種自動工作機を量産している原告の実力からすれば容易である。

原告は全停止した場合、即ち、プレナーに流れる全電流を遮断した場合、テーブルのブレーキが働かず、そのため慣性によつてテーブルが動き、刃物が欠ける場合があるため自動停止装置は好ましくないかの如く主張する。

しかし全停止の場合、原告主張のような危険性はないとはいえないが、そもそも全停止自体までは必要のないことで、刃物台の下降のみを止めるか、テーブルの往復運動のみを止めれば足りるものである。その場合は刃物が切削部品に接触したままテーブルが停止することはあり得ないので、刃物が欠けるという危険性は全くない。

原告はまた、刃物台上下送りのみを停止する場合、あるいはテーブルの往復運動のみを停止させる場合、クラツチ部分ギアボツクスの改造を要し、それは精度に影響し、費用の支出を要する旨主張する。これは全くの偽りの議論である。

本件プレナーはクラツチ装置を多数備えており、手動あるいは自動への切り換えスイツチを電気信号で作動させることとすれば、クラツチの新設は必要でない。

更に原告は本件プレナーは機械式で駆動されているため、テーブルの制御は容易でないかの如く主張している。しかし、油圧式といえども基本的には電気信号によるものであるから制御そのものに大きな差はないというべきである。

(4) 事故防止装置はわずかな費用で設置可能である。

事故防止装置はシステムによつて差はあるが七五〇〇円ないし八万円程度で可能である。原告はクラツチ改造費用を云々するが、それを加えたとしても数十万円の出費で足りることは明らかである。

また原告は実用性、即ち、作業者の能率性を云々するが、これは安全と自社の利益をテンビンにかけるもので許されない。仮に、リミツトスイツチを設置したため位置の設定等の作業を要するとしてもその労力は極くわずかなことで、実用性を云々する程のことではない。能率の点だけからいえば、むしろ自動停止装置を全ての機械に設置すれば作業能率は上昇する。自動停止装置をセツトしている間に次の仕事の段取、刃物をとぎに出す、職場の整理・整頓が可能となる。あるいは作業者は複数の機械を同時に担当することが可能となり、逆に能率が上昇する場合も考えられる。

仮に、原告の主張どおりリミツトスイツチを常に操作することが作業能率上好ましくないとすれば、リミツトスイツチは深夜交替勤務作業のときのみ使用することも可能であり、また作業者が眠けを催したときのみ使用することも可能である。

そもそも現在使用されているプレナーに刃物台上下送り自動停止装置が装着されていないことは使用者の怠慢であつて、自動切削にする以上自動停止装置を装着すべきことは時代の流れである。切削のみ自動化し停止のみ人間の注意力に頼ること自体危険なことといわなければならない。

(5) 刃物台上下送り自動停止装置の設置は使用者の義務である。

労働大臣は昭和五〇年一〇月一八日「労働安全衛生法第二八条一項の規定に基づく技術上の指針に関する公示」(技術上の指針公示第四号)を告示している。右告示は、工作機械の構造の安全基準に関する技術上の指針を明らかにしたもので、罰則こそ定めていないが、当然工作機械の使用者には労働者の安全保護の見地から右告示に定められた装置を設置すべき義務があると解すべきである。

右告示1ないし8には、「過走、誤作動等に対する安全装置」として、「(1)工作機械には運動部分の過走又は誤作動による危険を防止するため、電気的にインターロツクされる装置又は送り停止用リミツトスイツチ、その他の安全装置を設けることが望ましいこと」、2ないし4として「プレナー、シエーバー、スロツター等」について「(6)門形工作機械その他大型工作機械は、移動する横げた、加工ヘツド等が移動端で停止する装置及びそれらが衝突することを防止するための装置を設けることが望ましいこと」と規定している。

そして2―4(6)には「加工ヘツド等」が衝突することを防止する装置の設置を義務づけているもので、これは原告の主張するように加工ヘツドと加工ヘツドの相互の衝突防止、加工ヘツドとクロスレール移動端での停止装置を義務づけたことは勿論であるが、それのみに限られないというべきである。

更に総論である2―8には「誤作動による危険を防止するため電気的にインターロツクされる装置又は送り停止用リミツトスイツチその他の安全装置を設けることが望ましい」と明確に記載されており、刃物台上下送りの自動停止装置は正に右告示に含まれるものであることは明白である。

本件事故当時、原告に右刃物台上下送り自動停止装置の設置が義務づけられていなかつたとしても労働契約に付随する信義則上の義務として、原告は労働者の安全保護の見地から刃物台上下送り自動停止装置を設置すべきであつた。このことは右告示のなされた趣旨からも十分裏付けられているということができる。

(三) 自動警報装置の設置

自動警報装置の設置は、前記自動停止装置と異なり、所定の位置において物理的に刃物台が停止せず、単に作業者に警報を発し注意を喚起するにとどまるという点に特長がある。その構造は自動停止装置と基本的に同一である。その設置は極めて容易であり、各メーカーの製品も売り出されている。また、自動停止装置と警報装置を併用することも可能であり、このような二重装置にすれば、列車制御におけるATSと同様、プレナーの運転を自動停止させる必要もない場合も出てくることとなる。

(四) 原告では従前プレナーを含む大型工作機械については一台について昼勤、夜勤とも二人の作業者が配置されていたが、昭和三八年頃より一台につき一人作業とされた。その際、昼勤夜勤ともプレナー一台につき作業者は一人とされたものである。仮に、プレナー担当の作業者を削減するとしても、疲労の激しい夜勤についてのみは作業者の労働負担の軽減、安全確保の面からもプレナー一台につき作業者を二名配置すべきであり、現に、前記大平製作所においては、夜勤のみは一台につき二名の作業者が配置されているのである。その理由は、一旦、事故が起つた場合、あるいは事故の起る状態を未然に察知するうえで夜間一人では心もとないからである。

原告会社において、深夜勤務につきプレナー一台について作業者二人を配置していれば、本件事故に至らなかつたことは明らかである。

三 労働過程上の過失については、労働者に故意もしくはこれと同視しうべき程度の重大な過失がなければ、労働者に損害賠償の責任がないと解すべきである。

本件事故についてみると、被告には右のごとき故意もしくはこれと同視しうべき程度の重大な過失は存在しないことが明らかである。また、仮に被告に何らかの過失が存在するとしても、前記のごとき本件事故発生の具体的状況に照らせば、被告の過失について損害賠償の対象とすべきでない。

1 責任制限の根拠

(一) 労働者の生存権の保障

憲法二五条一項は「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定し、労働基準法一条は「労働条件は労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充すべきものでなければならない」と規定する。

もとより、右各規定は私人間においても尊重し、十分生かさなければならないところ、そもそも安全保護義務は労働者が人間として何人に対しても当然持つている健康で文化的な生活をする権利(憲法二五条)が、雇用契約の場において、即ち以後労働者が使用者の支配管理下の設備、機械、器具、労務場等の諸施設の中に入つて使用者の指揮下のもとに労働力を提供するという契約を締結するときに労働者の使用者に対する具体的権利となるものである。

労働過程において労働者の過失は不可避的に発生するものであり、一方、現代の企業においては設備が巨大化し、労働者のささいな過失により莫大な損害が発生する危険性が常にひそんでいるものといわなければならない。このような状況の中で、労働者の過失が常に損害賠償の対象となるとすれば、労働者は安心して働くことは不可能となり、勤労の権利は無きに等しいものとなる。

現に本件において被告が請求されている一一一〇万円という金員は、被告が入社以来解雇に至るまで約一七年間に得た賃金の総額をもつてしても満たないものであり、右賠償請求が認容されれば、被告は破産する以外に道はないことになる。

(二) 労働契約上の制限

労働契約にもとづき、労働者は使用者の指揮命令にもとづき労働に従事するものであつて、使用者より命じられた業務を労働者は拒否することができないことはいうまでもない。その業務がたとえ危険な作業であつても労働者がそれを理由に拒否することは不可能である。またその労働条件についても使用者が事実上一方的に決定しているのが現実である。

現に本件においても、被告は夜勤作業への組入れに反対したにもかかわらず、夜勤に組み入れられ、作業者についても原告の利潤追求のため、二人作業より一人作業に変更されている。更には長時間労働、仮眠時間が確保されていないことなど、いずれも原告により一方的に設定された労働条件である。安全設備、安全装置(事故防止装置)の設置については、使用者が専権を有している。

一方、人間の不注意現象は労働過程においては不可避的に発生するものである。

このような労働者の置かれた現実の労働の実態からすれば、労働過程における労働者の過失については、使用者にとつては当然予測されうるものであり、労働者にとつては不可避である。従つて使用者は、労働者が不注意現象に陥つた場合においても損害が発生しないような事故防止装置を設けるか、それが不可能であれば、保険に加入する等して損害分散の方法をとるべきである。

従つて、労働者の軽過失、単純な過失による損害については本来使用者が負担すべきものであり、労働者の故意もしくはこれと同視すべき程度の重大な過失についてのみ、使用者はその損害を労働者に転嫁できるものと解すべきである。

(三) 公平の原則

労働者は低賃金のもとで、危険な作業に長時間従事させられる一方、使用者はこれによつて莫大な利益を得ている。

使用者は労働過程上の労働者の過失により損害を受けたとしても、それはある程度予測できることであり、その損害は費用の一部として製品原価に含ませて損害を吸収もしくは実質的に回復することは優に可能である。また損害保険に加入する等して損害の分散を図ることも可能であるのに対し、労働者はそのようなすべを全く持たないのである。

このように、使用者と労働者の置かれた立場の質的な違いからすれば、労働過程上、労働者の過失により発生した損害を誰が負担するかについては公平の原則から実質的に考慮されなければならないことはいうまでもない。労働者の軽過失、単純な過失については通常の労働に付随するものとして企業の経費の一部として計上するか、その損害は保険に加入して損害の担保を計るべきである。

(四) 報償責任(企業責任)、危険責任

使用者責任(民法七一五条一項)の法的根拠については報償責任ないし危険責任と解する見解が有力である。他人を使用して事業を営む者はこれによつて自己の活動範囲を拡張して、それだけ多くの利益を収めるのであるから、被用者がその事業の執行について他人に損害を加えたときは公平の観念からみて、使用者はその損害を賠償すべきであり、また社会生活に危険を作り出した者はその危険について責任を負うべきである。

使用者責任の根拠が報償責任、あるいは危険責任にあるとすれば、利益を収める者、危険を創り出した者が責任を負うべきであり、企業から生ずる損失を被用者に負担させるのは妥当ではない。

(五) 他の法律との権衡

(1) 国家賠償法一条二項

公務員の不法行為により国が不法行為責任を負つた場合、国賠法一条二項は「公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体はその公務員に対して求償権を有する。」と規定し、国又は公共団体から当該不法行為をなした公務員に対する求償権の行使を当該公務員に故意もしくは重大なる過失があつた場合に制限している。これに対し一般の雇用関係についての民法七一五条三項の条文形式は時代遅れになりつつあるもので、国賠法一条二項こそ現代的な規定である。

国賠法一条二項の規定は、民法七一五条三項に相応するものである。これは公務員の特殊性に由来するものではなく、私法学者の殆んどはこの規定を民法七一五条三項の求償権規定と同質のものでありながら、より進んだ規定としている。国又は公共団体に働く公務員と、企業に働く労働者の責任を区別する理由はない。特に原告の如き大企業は現実には公共団体以上に大きな組織と力を備えた社会的存在であることに十分留意するべきである。

民法七一五条の求償権行使の制限及び労働過程上の過失についての労働者に対する損害賠償請求権の行使が当該労働者に故意もしくはこれと同視すべき重大な過失に限られるべきことは、国家賠償法一条二項の規定との権衡からも当然である。

(2) 失火ノ責任ニ関スル法律

失火責任については、「失火ノ責任ニ関スル法律」で軽過失は免責され、故意と重過失の場合にのみ責任を負うものとされている。失火責任について、右のように軽過失が免責されるのは木造家屋の多いわが国の現状や天候・消防の状況などによつて損害が意外に大きくなることがあり、また失火者自身も損害を受けているのが普通であるという事情を考慮したためである。

失火責任に関する右の規定の立法趣旨は現代における労働過程上の過失責任についても十分考慮されるべきである。けだし、企業が大規模になり、且つ組織化された現代では、労働過程上の労働者の過失は大きな損害を惹起させる場合が多くなることは必然だからである。右失火責任に関する責任制限の法理は、労働過程上の過失に関する責任制限の法理の解釈についても当然参考にするべきである。

2 被告に求められる注意義務について

(一) 原告の主張する被告の債務不履行の内容は次の四点である。

<1> 居眠りの間は労務の提供は全くなされていなかつたことになり職場放棄と同一視し得るのであつて、債務(労務の提供)の不履行である。

<2> 居眠りが継続している状態は不完全な労務の提供である。

<3> 就労時間中の居眠りは信義誠実の原則に則した債務の履行といえない。

<4> 就業規則二―一、同一〇―四の諸規定に違背し、右就業規則の規定は労働契約の内容となつているので、債務不履行である。

しかしながら、原告の主張する右四点からは被告が居眠りしていた時間の賃金カツトを受けることはあるとしても、本件損害賠償を請求される根拠とは到底なり得ないものである。

(二) 被告の注意義務の具体的内容について、原告はプレナー作業の危険性を強調するだけで、その内容については何ら具体的に述べるところがない。結局のところ「プレナー作業は危険な作業であるから居眠りしてはならない」ということに尽きるようである。また危険な作業であるが故に被告の注意義務が重いということをいわんとするようである。

しかし、これは本末転倒の議論であり、プレナー作業が危険な作業であればあるほど使用者の安全配慮義務(責任)こそが重大となるのである。原告は自らの意思で、いつでも危険を排除でき、安全対策をとることが可能である。自らの責任については口をつぐんだまま労働者に対してその注意義務の重大性のみ云々するのは全く身勝手な論理といわなければならない。

3 居眠りの予見可能性及び眠り込みの回避可能性の不存在

睡眠はいうまでもなく、人間にとつて必要不可欠の一種の生理現象である。居眠りもまた一定条件が満たされたとき、人間誰しもが陥るものである。単に注意して防ぐことが可能となる性質のものではない。特に前記のとおり、深夜交替勤務に従事している労働者にとつて、夜勤中の居眠りの発生を一般的には予見できたとしても、具体的に居眠りの発生を予見し、これを防止することは生理的にみて不可能である。

前記のとおり、深夜交替勤務による睡眠不足、疲労の蓄積に加え、夜間はそもそも大脳の機能、身体の機能としても最も眠り込み易い状態になること、更には睡眠の誘因となる単調な監視労働等々、これらの条件を考えれば、本件において夜勤中の居眠りの発生は不可避である。とりわけ人間には自ら意識しないまま居眠り状態に陥る突然の「眠り込み現象」が存在することが忘れられてはならない。

4 被告に過失があるとしても損害賠償の対象となる過失ではない。

近時、労働災害をめぐる損害賠償請求事件の判例において、被災労働者について一定の過失を認めながら、現実の損害賠償の算定に当たつては過失相殺の対象としないものが多数見受けられる。これは使用者の安全保護義務は労働者の注意義務に比して、第一義的、且つ重大なものであり、且つ使用者が安全保護義務を尽くしていれば、労働者の過失なるものはそもそも発生の余地のない場合が殆んどだからである。

本件においても、原告が保安設備の面においても人員の配置の点においても、労働者に対する安全保護義務を尽くしていれば、そもそも本件事故は発生の余地のないものといわなければならない。

従つて、仮に本件において被告が居眠りに陥つた点に何らかの過失があるとしても、損害賠償の対象となる過失とされるべきではない。

四 事実たる慣習の存在

1 原告会社内では、日常労働過程における労働者の過失に起因する多数の人身事故、物損事故が発生している。にもかかわらず、これらの事故により原告が被つた損害につき原告から当該労働者に対し損害賠償請求がなされた例が全くないことは原告自身も認めるところである。

これらの事実からすれば、原告においては労働過程における労働者の過失に起因して原告が被つた損害については損害賠償請求をしないという事実たる慣習があつたというべきである。

2 しかも、被告は本件事故により一〇日間の出勤停止処分を受けたうえ、更に解雇され、損害賠償まで請求されているものである。これが如何に前例のない過酷な処分であるかということは、そもそも物損事故では懲戒処分を受けた前例がなく、且つ人身事故に発展した場合ですら一〇日間という出勤停止処分の前例はない。勿論その場合でも原告からの損害賠償請求権の行使あるいは求償権の行使の前例はない。

五 思想信条による差別あるいは不当労働行為である。

労働過程上の過失につき、本件のごとき莫大な損害賠償請求がなされた事実自体から本件訴訟には損害の回復以外に何らかの意図が隠されていると考えるのは極めて常識的である。

特に前記のごとき物損事故について懲戒処分は勿論、損害賠償請求をされた前例が全くない状況のもとで、出勤停止処分、解雇、損害賠償請求、更には予備的解雇と、被告には前例のない攻撃が幾重にも加えられているのである。

その攻撃の真の意図は被告が演劇活動に、労働組合活動に、保育運動と各方面にわたり日本共産党員として誇りをもつて活動していたことを原告が嫌悪し、その活動を圧殺しようとするところにある。

従つて本件損害賠償請求は被告の思想信条を理由とする不利益取扱(労働基準法三条違反)であり、組合活動を理由とする不利益取扱として労働組合法七条一号に違反する不当労働行為である。

六 信義則違反、権利濫用

本件損害賠償請求はこれまで主張してきた事情に加えて、次の諸事情を考慮すれば、雇用関係における信義誠実の原則に反し、権利の濫用に当たるものであつて、許されないものである。

1 本件事故による実質的損害はない。

即ち、本件キズは以下述べるとおり、プレナー作業に何ら支障をもたらすものではない。

(一) 原告は本件プレナーテーブル上のキズの両側が五ミクロンないし一〇ミクロン盛り上り、加工硬化を起しているため、プレナー作業に支障があるかのように主張しているが、そもそも右のような盛り上りは存在しなかつた。

(二) 仮に右盛り上りがあつたとしても、同部分はハイスの仕上げバイトで軽く切削することにより、あるいは仕上げバイトよりも硬度の高い油砥石やキサゲによつて容易に除去できる。

そして右盛り上り部分を削り取ることによりテーブルの機能は十分回復できる。

(三) 右プレナーテーブル上面を本件キズの深さ(約三ミリ)切削して修復した場合においてもT溝のアゴ及びテーブルの剛性は殆んど低下しないから、プレナー作業に何らの影響を及ぼすことはない。

(四) 原告は、本件プレナーの損傷により旋盤ベツドの加工が不可能となつた旨主張するが、本件プレナーにおいて旋盤ベツドを切削することはその必要もないし、その能力からみて不適切でもある。

即ち、原告は本件プレナーにおいて旋盤ベツドを加工したことは一度もないし、原告会社内には旋盤ベツドの加工を目的とする大型プレナーは多数設置されているのであつて、本件プレナーの能力ぎりぎりの製品を敢えて切削する必要はないというべきである。

(五) 本件プレナーには本件キズ以外にも多数のキズが存在するうえ、テーブルを損傷しながら稼動しているプレナーは他にも存在している。しかも本件プレナーは本件事故後も正常に稼動し作業上何らの支障もなかつた。

2 被告の労働条件及び資力と原告の企業規模、利益との権衡について

(一) 被告は前記の如き過酷な労働条件の下で、一六年間真面目に、原告のため働いて来た優れた労働者である。被告は昭和四八年二月五日の第一次の解雇通告を受けた当時の基準内賃金は一か月七万二〇〇〇円であり、夜勤手当を含めても解雇前三か月の平均賃金は一か月当たり一〇万二七六四円であつた。また前記のとおり、深夜交替勤務のもとで、危険な労働に従事させられながら、危険手当に類するものは一切支払を受けていない。

一方、原告は、わが国屈指の工作機械メーカーであり、世界各国に大規模な輸出をなしている国際的にも最大の工作機械メーカーの一つである。昭和五五年三月期においては年間五八億円余の利益を計上し、昭和五六年九月期においては半期六か月で五〇億を超える利益を挙げている。原告は資本金五九億三二五〇万円、本件事故発生当時の従業員数約二五〇〇名、その後合理化により人員削減がなされたもとにおいてもなお一五〇〇名近い人員を擁している。

(二) 被告は損害賠償の資力を有していない。

被告は、本件事故について始末書を提出したうえ、出勤停止処分を受けており、更に裁判所の解雇禁止仮処分決定にもかかわらず右のとおり解雇されたものである。その上、別件地位保全仮処分申請事件(名古屋地方裁判所昭和四八年(ヨ)第一一四号)の第一審係属中の昭和五一年三月一九日予備的解雇(第二次解雇)を受けている。

被告は原告より得る賃金を唯一の生活の糧としていたものであり、第一次解雇当時、家族は妻と二才の長女、〇才の長男の四人家族であつた。原告は、被告を解雇し、一切の収入の途を断ちながら、なお、被告の一か月の賃金の約一〇八倍に当たる一一一〇万円の損害賠償請求を被告にしているのである。

3 損害の分散と軽減措置について

原告は本件事故により損害を受けたとしても、機械保険等損害保険への加入によりその損害を容易に補填することができた。

工場設備が組織化され、機械化されている現代の産業構造においては作業者の単純な過失が大きな事故に発展する危険性を常に内包している。従つて使用者は、作業事故による損害を分散し、軽減するための措置を採るべきであり、その費用は税法上も当然経費とされ、社会的にも承認されている。そして使用者はその経費を商品原価に含めているのである。原告が仮に損害について分散・軽減の措置をとつていなかつたとすれば、それは原告の企業経営上の怠慢ともいうべきものである。

4 被告は、本件損害賠償請求を受ける前に、本件事故に関し、反訴請求原因に詳述しているとおり、前例のない重い懲戒処分(出勤停止、本件一次解雇処分)を受けており、本訴請求は被告に対する二重三重の処分ともいうべきものである。

第四被告の主張に対する原告の反論

一 原告の夜勤制度と本件事故

1 被告は、原告の夜勤制度の下における労働条件は極めて過酷であり、あわせてこのことが本件居眠り事故の一因をなしているかのように主張している。

しかしながら、仮に原告の夜勤制度が本件事故の一因であるとすれば、被告以外にも居眠り作業者が続出し、これに伴つて居眠り事故も続発するはずであるが、現実には、現行夜勤制度の下においては勿論、原告会社創業以来居眠り作業による事故を起した者は被告以外には全くないのであるから、被告の主張が不当であることは明らかである。

2 原告の夜勤制度について

(一) 原告の夜勤制度は、昭和四五年一〇月に改善され、従来の二組二交替(いわゆるテレンクレン)を廃止して三週以上に一週の夜勤とし、更に同四六年四月からは完全週休二日制が実施されて以降は完全週休二日制での三週以上に一週の夜勤を行つている。夜勤の労働時間は午後八時から翌日午前五時までであるから、夜勤から昼勤務に移るときは土曜日の午前五時に夜勤が終了して月曜日の午前八時から昼勤務につくことになり、従つて四八時間以上の休養時間があることになる。また、昼勤務から夜勤に移るときは金曜日の午後五時から月曜日の午後八時までに七二時間以上の休養時間がある。加えて、原告は夜勤者のために健康診断、食事、経済的配慮、年令制限などの対策を講じているのである。

このように、原告の採用している夜勤制度は、週休二日制と相まつて極めて良好な労働条件のもとで施行されているのであつて、居眠り作業の原因を夜勤に求めることは全く根拠がない。

(二) 昭和四九年九月時点において、我が国の従業員一、〇〇〇人以上の機械製造業の中で何らかの交替制を実施している企業が七三・七パーセントあり、このうち二組二交替制をとつている企業が六〇・五パーセントあるのに対し、これよりも良好な制度である三組二交替制をとつている企業は一三・二パーセントである。原告の三週以上に一週の夜勤はこの一三・二パーセントの方に入る良好な交替制であり、世間一般に比べて進んでいる制度である。

(三) 原告の夜勤制度は労働科学的な面からの検討裏付けがなされたものである。

即ち、原告は原告の産業医であり、労働衛生学の権威である名古屋大学環境医学研究所助教授長谷川敬彦医師の勧告により、いわゆるテレンクレン夜勤を廃止し、完全週休二日制の実施に踏切つたものであり、この結果、休養時間も十分にあり、労働科学的にも世間一般と比べて進んだ制度となつているのである。

(四) なおつけ加えるならば、被告は昭和四八年一月六日の夜勤明けの際、本件事故を惹起したのであるが、その夜勤明けの数時間後である同月七日の昼間には、マージヤンをやつている。原告は、勤務時間外において従業員がマージヤンをすることを何等非難するものではないが、被告の主張するが如く、原告の夜勤制度がそれ程過酷なものであるとするならば、午前七時に夜勤が明けた後、休養もとらずに午前九時から始まつたマージヤン大会に出かけ、昼間からマージヤンにうち興ずるなどということはとても出来るものではない。

3 残業について

(一) 原告が実施している時間外労働は、労働組合との間に締結している協定書に基づいて実施しているものであり、この協定は、労働基準法三六条に基づき組合と協定したもので監督官庁である労働基準監督署へ届出済みのものである。

右協定において日々の通常の残業は二時間以内とされている。従つて、昼勤務の場合の残業は所定就業時間終了時午後四時四五分から一五分間の休憩後である午後五時から午後七時まで、夜勤勤務の場合の残業は所定就業時間終了後午前五時から午前七時までである。

(二) この残業は、全ての従業員が自由意思により行つているもので、被告もこれを強制されたわけではない。このことは、被告が夜勤申し送り帳「3/20」欄にあるように、被告自身が「酒井定時(五時)で帰りました」と記載していること等からも明らかである。

4 原告の安全管理とその成績

原告は労使一丸となつて、従来から労働安全衛生法や労働安全衛生規則を遵守し、強力な社内安全管理体制のもとに各種安全教育、指導監督および設備機械の保全など安全管理に細心の注意をはらい、災害の事前予防に取り組んできた。この成果は安全成績指数(労働延時間一〇〇万時間当たり休業災害が何件発生したかを示す度数率、同延時間当たり災害による休業などの損失日数がどの程度発生したかを示す強度率)が全国機械製造業平均に較べて極めて低く抜群であること、あるいは原告が昭和四八年一二月二〇日から同四九年五月九日まで五〇〇万時間連続無災害という工作機械製造業の最長無災害日本記録を達成し、昭和四九年一〇月二七日まで七一三万時間と記録を更新したことなどから明らかである。

二 本件事故は、原告がその発生を予測できたにもかかわらず、何ら事故防止策をとらなかつたために発生したものであるから、被告にはその責任がない旨の主張について

1 そもそも本件事故は、被告の居眠り作業という未必の故意又はこれに近い重大な過失によつて惹起されたものであるところ、およそいかなる使用者においても、労働者が居眠り作業をすることまで予想したうえで、右居眠り作業によつて発生することが予想される事故についての防止策をとるべき義務のないことは常識上明らかであるから、被告の右主張が不当であることは明白であるが、本件においては、以下に述べるとおり、事故防止策をとることが不可能であるとともに、これをとる必要もないものであるから、被告の右主張は前提を欠くものとして理由がないというべきである。

2(一) 被告は、本件プレナーに刃物台上下送り自動停止装置及び警報装置の設置が必要であつてそれが容易にできるかのように主張するが、右主張はプレナーの技術的常識を無視したものであつて失当である。

一般に汎用プレナーには、

(1) テーブル往復運動

(2) クロスレール上下運動

(3) クロスレール刃物台左右運動

(4) サイド刃物台上下運動

(5) 刃物台自身の上下運動

などに保安装置が装着されている。これらの保安装置は、機械操作中にテーブル、クロスレール、クロスレール刃物台、サイド刃物台、刃物台自身などの各装置が機械構造上での動作範囲の限界にきた場合あるいは他の装置と衝突したり、同じ装置同志が衝突したりするような場合に作動するものである。

即ち、これらの保安装置は、本来機械装置の動きを機械構造上の動作範囲限界内にとどめて機械の破損を防ぐための保安装置であつて、機械の切削運転中に刃物台などの装置と加工物とが衝突しても何の役目も果さないのであるが、一般に汎用プレナーには、自動送り中に任意の位置で送りを自動停止させる装置は、刃物台上下送り自動停止装置はもとよりいかなるものも取りつけられていないのである。

ところで、富士製作所が豊田スルザーに納入したプレナーに装着されている刃物台上下送り自動停止装置は、右に述べたプレナーの保安装置とは全く性格の異なるものである。即ち、右の保安装置が機械の破損防止のために取り付けられたものであるのに対して、この装置は、生産能率向上のためユーザー側の要求により取り付けられたものである。この装置は、刃物台の上下方向の送りを停止させる場合のみ有効であり、左右方向の動きなど、機械の他の動作とは全く関係がない。また、上下送りを停止させる場合でも、精密寸法で停止させることはできないので、精度を要する部品の場合には使用できない。

従つて、刃物台上下送り自動停止装置は、精度を要求されない特定の加工物に対して、専用的に使用される場合には生産能率が向上する効果はあるが他の加工物の場合、この装置を装着しても何の効果もない。

ところが、汎用プレナーは不特定多数の部品を加工するために常に切削する場所および量(長さ、幅、深さ)が変化する。このような汎用プレナーに刃物台上下送り自動停止装置を装着すると、加工対象物が異なる毎に、また刃物合せ毎に、この停止装置の調整が必要となるのである。このため調整の回数が増し非能率であるばかりか、調整のためテーブル上に乗る機会が多く生じ、安全上の危険が増大するものといわなければならない。

また刃物台上下送り自動停止装置は、刃物が切れなくなつたり刃物に切粉がからみついたりあるいは段取りがゆるんだり、さらには材料に欠陥が出たりなど切削中の異常に対しても、全然作動しない。従つて、たとえこの装置をつけても、切削中の異常を発見するためには、作業者の監視が必要である。

さらに、プレナー作業は加工対象物が大物であり、また一度に多数の加工物を並べて加工する場合が多いので、ミスをすると損害が大きい。従つてプレナー作業ではミスをしないため所定の作業が完了する直前で一旦機械を停めて寸法の確認や、切削状態の確認をしてから所定の作業を完了することが特に重要である。従つてこの装置を装着することは意味がないのである。

(二) 本件プレナーは、当初から汎用機として設計されている電気式のプレナーであり、かつ、力の伝達に関しては完全な機械式構造を採用しているので、刃物台上下送り自動停止装置はもとより、いかなる自動切削中の停止装置も取り付けることができない設計となつているB即ち、刃物台への力の伝達を断つ装置を取りつけるためには、プレナーの生命ともいうべき送り歯車箱の内部構造まで変更しなければならない。これは精度的にも機能的にも大問題となり、本件プレナーの機械構造を根本的に変更する大改造となつて、本件プレナーが特徴とする利点が全くなくなることになる。

また、本件プレナーにおいても、リミツトスイツチ方式を採用して刃物台自動送りと共用しているテーブル駆動用のモーターの電源を切ることはできる。しかしながらこの場合、電源は切れるがモーターは慣性により直ちに停止しない。従つて、テーブルの往復運動は直ちに停止せず、さらにテーブルは重量が数トンもあるのでテーブル自身の慣性も加わつて直ちに停止しない。このテーブルの動きを直ちに止めるためには強力なブレーキが必要となる。ところがブレーキをかけてテーブルを直ちに停止することができたとしても運動中のものを急激に止める事は物理的な衝撃を伴うため、機械系を破損する原因を作るので、このようなことを避けることは、機械技術上の常識である。

(三) 被告は、刃物台上下送り自動停止装置の検出装置の価格の低廉さを云々するが、汎用機たる本件プレナーに検出装置を装着することは殆んど不可能であるから、価格が低廉か否かは全く意味がない。のみならず、仮に刃物台上下送り自動停止装置を装着するとすれば、検出装置のみでは全く用をなさないことは明白であつて、しかもこの種停止機械の装着には莫大な資金の投下を要するのである。

被告の右主張は、検出装置のみの低廉さを云々することによつて、あたかも刃物台上下送り自動停止装置そのものが低廉に装着可能であるかの如き印象を与えようとするものというほかはない。

3 被告は、原告において夜勤監督者による見回り等を励行して居眠りによる事故を未然に防止すべき義務があるとも主張する。

しかしながら、そもそも夜勤勤務中に居眠り作業をしないことは、労働契約におけるごく基本的な労働者の義務であり、原告の方で終始目を光らせて居眠り作業者を起こして回るべき義務があるなどというのは本末転倒も甚しいものであるうえ、原告の会社内には被告以外に夜勤中居眠りをする者は皆無である。夜勤監督者の仕事の内容は、夜勤勤務時間中の緊急事態の措置、生産負荷調整、作業の進捗状況のチエツク(日程管理)等々のデスクワークおよび各作業者から寄せられる作業上の問題点(技術的な問合せ等)の処理ならびに作業場の巡回であり、右のうち作業場の巡回は作業上の技術的指導および工程管理上の諸問題の処理を目的とするものであり、居眠りの発見を目的とするものではないのである。

三 被告には重大な過失はなく又は損害賠償の対象とすべき過失はなかつたとの主張について

1 被告は過酷な深夜勤務のもとでは疲労のため明け方に短時間の仮眠をすることは人間として不可避であるなどと主張しているが、原告の夜勤制度の下における労働条件が過酷なものではなく、むしろ良好な部類に属するものであることは前記のとおりであるから、被告の右主張は前提を欠くものであり、被告が明け方に極度の疲労状態にあつたことなど全くあり得ないことは、被告が本件事故を起こした夜勤を終えて退社した後、引き続きマージヤン大会に出席していることによつても明白である。

2 さらに被告は、原告側の未必の故意ないし重大な過失と比較すれば、被告に何らかの過失があつたとしても、右過失は損害賠償責任の前提となる不注意と評価すべきでないと主張しているが、そもそも本件事故発生につき、原告側に未必の故意はもちろん何らの過失も認められないから、被告の右主張もまた、前提を欠き失当である。

四 事実たる慣習の存在の主張について

被告は、過去の作業事故に対する処分例を引き合いに出して、被告に対する出勤停止処分は重きに失するとか、損害賠償の請求を受けたものはないとか主張しているが、右主張もまた全く的外れのものである。

即ち、被告の場合には、後記のとおり本件事故を含めこれまで度々おかして来た居眠り作業もしくは居眠り事故は、過失によつて眠り込んだというより、未必の故意もしくはこれに近い重大な過失によるものというべきであるのに対し、原告会社におけるこれ迄の事故例は、いずれも真面目に作業をしていたときの事故であつて、本件のように居眠りによる事故ではないこと、当該作業者の日頃の勤務成績は優良であつて、当該事故が唯一度の事故であること、当該事故の原因は、当該作業者の単純な過失によるものであつて、本件事故の如く未必の故意ともいうべき悪質な事故ではないこと、事故後に深く反省し被害者に陳謝していること等の諸点において、被告の場合とは全く事案を異にするのであるから、これら過去の作業事故における取り扱い例と本件における処分とを対比してその軽重を論ずることは、およそ無意味である。

五 思想信条による差別あるいは不当労働行為であるとの主張について

およそ自己の債務不履行又は不法行為によつて他人に損害を与えた者が被害者に対して右損害を賠償すべき義務を負うことは当然であり、従つて、被害者が加害者に対して右損害の賠償を求める訴えを提起することは、常に正当な権利として許容されるところである。

加害者がたまたま熱心な組合活動家であつたとしても、前述のような訴えの提起が不当労働行為に該当することはあり得ないところである。けだし、右訴えの提起には、損害の賠償を求めるためという正当な動機(理由)があり、加害者の組合活動を決定的動機とするものではないからである。万一これを反対に解した場合には、組合活動に熱心な加害者はつねに損害賠償の請求を免れることとなり、組合活動があたかも損害賠償請求に対する免罪符であるかのような役割を果たすこととなるが、このような結果は、不当労働行為制度の目的を逸脱するものとして、極めて不当である。従つて、不当労働行為を理由として会社の本訴請求を阻止しようとする被告の主張は、それ自体理由のないことが明らかである。

それのみならず、被告が原告の本訴請求は不当労働行為に当たるとするための前提として主張しているところは、あるいは事実に反し、あるいは評価が著しく不合理なものばかりであるから、被告の右主張は、その前提を欠くものとして理由のないところであり、原告の本訴請求が不当労働行為に当たらないことは明白である。

そして原告の本訴提起が右のとおり正当な理由に基づいていることからすればこれが被告の思想信条等を嫌悪してなされたものでないこともまた明らかであつて労基法三条、労組法七条一号に違反する旨の被告の主張も理由がない。

六 信義則違反、権利濫用の主張について

1 被告の勤務状況は不良であつた。

(一) 昭和四五年一一月の組織編成換えにより本件プレナーの担当となるまでの状況

(1) 被告は、昭和三八年頃までプレナーを担当していたが、この当時何故か夜勤を嫌がり、これを避けようとしたため、職場において同僚からも嫌われ、孤立しそうな状態であつた。そこで原告は被告を夜勤のない第一工場の小型フライスに配転したのであるが、被告は小型フライス作業においても極めて能率が低く、右職場全体が非常に迷惑を被つていた。しかも被告はその当時職場離脱も頻繁であつた。

そのようなことから、当時のライン長が被告の配転を望んだ結果昭和四〇年春頃から、一応共同作業でない北村製プラノミラーを担当することになつたが、頻繁に安全規則違反の手袋着用をくり返すなどしたうえ、被告の作業能率も、わずか八〇パーセントという低能率ぶりであつた。

(2) 原告は、昭和四五年一一月製品の部品の多種多様化に対処し作業の能率化を図るべく、作業編成の組織換えを行うことになり、右編成換えにともない、被告も従来の大物類似係の機造区から、三七〇ラインの三七一ブロツクに配置換えとなり、本件プレナー(昼・夜勤各一週間)と北村プラノ(昼勤一週間)を担当することとなつた。被告の当時の勤務状況は、右に述べたとおり著しく不良であり、上司はその指導による改善には殆んど希望を持てないほどの状態になつていたのであるが、被告は、優秀な本件プレナーにつけることによつて被告の心機一転をはかつて、最後の立直りの機会を与えるべく教育的見地に立つて本件プレナーを担当させることになつたものである。

(二) 被告の居眠り作業による事故歴等

(1) 昭和四六年一月の居眠り作業

被告は、昭和四六年一月の昼勤時、当時担当していた北村製プラノミラーで作業中、自動送りをかけたまま居眠りをしているところを、職場巡回中の石田ライン長に発見された。石田ライン長は人身事故発生の可能性等を縷々説示して、被告に対し厳重な注意を与えた。

(2) 昭和四六年三月の居眠り作業による事故

被告は、同年三月一八日の夜勤時、本件プレナーによつてLT型旋盤の心押台一〇個を工作中、椅子に腰をおろして居眠りをし、所定切削個所以外の部分を大巾に切り込んでしまい、右一〇個の部品すべてを工作不良としてしまつた。右工作不良となつた部品は、すべて更生不能であつたため、原告はこれによつて約一四万円の損害を被つた。

被告は当初、石田ライン長への右事故の報告をした際、右事故が整理整頓中の事故であると報告した。石田ライン長は、右工作不良の態様、程度からみて整理整頓中の事故とは考え難く、居眠りによるものと推察したが、被告が工作不良発生を詑び、以後十分注意すると述べて、一応反省の態度を示したため、それ以上原因については追及せず、単に工作不良のみについて注意をするにとどめた。

(3) 昭和四六年七月の居眠り作業

昭和四六年七月の夜勤中、石田ライン長が夜勤監督者として職場を巡回中、本件プレナーの自動送りをかけたまま被告が居眠りをしているのを目撃した。そこで石田ライン長は、直ちに付近で作業をしていた高橋進に対して、事故になつてはいけないので、事故になる前に被告を起すよう指示し、巡回を続けた。右指示を受けた右高橋は、直ちに被告に対し声をかけて起こすとともに、石田ライン長からの指示のあつたことも伝えたのであるが、被告は午前五時の夜勤明けとともに帰宅してしまつた。

(4) 昭和四六年九月の居眠り作業による事故

昭和四六年九月二三日午前五時すぎ、被告はまたもや夜勤中、本件プレナーの自動送りをかけたまま椅子に腰をかけて居眠りをし、LS型旋盤の心押台一〇個すべてを工作不良とするという事故を惹起した。

右事故により、原告は約一八万円にのぼる損害を被つた。

右事故について、石川部長は、直接被告と会つて右居眠り事故を惹起した被告の責任を追及し、その反省を求めた。これに対し被告は当初、夜勤だから眠くなるのが当り前であるというような反抗的とも受け取れる発言をしたりもしたが、結局石川部長の説諭に従つて、二度と居眠り作業はしないことを誓い、同部長の指示に従つて、その旨を記載した始末書を提出し、譴責処分に服したのである。

(5) 昭和四七年一二月の居眠り作業による事故

被告は、昭和四七年一二月一三日の夜勤中、本件プレナーに自動送りをかけたまま居眠りをし、LS型旋盤のエプロン一〇個の上面ヌスミ部分(極めて重要な部分)を幅約一〇ミリ削りすぎ、右部品全部を工作不良とする事故を惹起した。右部品は更生不能となり、原告はこれによつて約二三万円の損害を被つた。

石川部長と石田ライン長は、今後の処置につき相談をした結果、昭和四六年九月の事故においてすでに被告は譴責処分に付されているのであるから今回は人事部等に公けとなれば相当な懲戒処分に付されることは必至であること及び被告は前記昭和四六年九月以来まがりなりにも一年以上の間居眠り事故がないこと等の事情を考慮し、被告の居眠り癖を当時被告の所属していた小笠原グループ全体の力で改めさせ、被告を立直らせようという結論に達した。このような経緯から、右事故は単なる工作上のミスの扱いとされ、従つて被告に対しては懲戒処分はなされていない。

(6) 右(1)ないし(5)の被告の居眠り作業は、昭和四六年一月から昭和四七年一二月までのわずか二年間の、しかも人事部の記録上に表われた事例にすぎないのである。これらの各居眠り作業の態様、その発生頻度等からすれば右五回の事例が、被告の就業時間中の現実の居眠り作業事例の氷山の一角にすぎないものであることは容易に推知し得るところである。

(三) 居眠り作業の原因

このような被告の異常な居眠り作業の繰り返えしの原因は被告自身に職業人としての自覚と常識が欠けていたこと、そして被告がその私生活の中で行う諸活動に、会社業務に必要とする最低限度の体調をも犠牲にするほどの精力を注ぎ込んでいたところに原因しているものと推察される。

(四) 被告のその他の勤務状況について

昭和四五年一一月の編成換え後の被告の勤務状況は、右に述べた如く、度重なる作業中の居眠りとその結果としての工作不良によつて代表されるように、極めて低劣なものであつた。しかして、右期間中の被告の勤務状況の低劣さを表わすものとしては、更に<1>度重なる安全規則違反の手袋着用、<2>遅刻の多さ、残業協力度の低さ、勤怠不良、実力の出し渋り、上司の指示に従わない等がある。

2 被告は、原告が低賃金で労働者を酷使し莫大な利潤を挙げながら、作業ミスを起こした場合にはその全責任を労働者に負担させることは不当であると主張している。

しかしながら、労働者の労働条件や使用者の決算内容のいかんと、使用者が労働者の債務不履行又は不法行為によつて受けた損害の賠償を求めることとは明らかに次元を異にする問題である。さらに原告が低賃金で労働者を酷使していた事実自体が存在しないのみならず、万一この点が問題とされるのであれば、被告が原告に対する損害賠償の履行を拒みながら、他方において金五〇万円を日本共産党愛知県委員会に寄付していること及び本件は単純な作業ミスではなく居眠り作業という被告の未必の故意又は重大な過失による事故であることこそ強く問題とされなければならない。

3 被告は、原告が本件事故の損害を回避するために機械保険に加入すべきであつた旨主張するが、これは被告が自らの責任を原告に転嫁しようとする全く無責任な主張である。

保険の加入が法的に義務づけられているなら格別、そうでない以上、加入するか否かは全く原告の自由であつて、被告からとがめだてされる筋合のものではない。なお付言すれば、原告においてはこれまで機械保険加入の必要性に迫られた事実もなく、また、同業大手五社においても加入している事実はない。即ち工作機械業界においては、機械保険加入の基盤はいまだ存在せず、またその必要性もないのである。

4 被告は、本訴請求は報復的な措置であり、本件出勤停止処分と一次解雇に次ぐ三次の処分ともいうべきものであると主張する。しかしながら、他人の債務不履行又は不法行為によつて損害を受けた者が、加害者に対して右損害の賠償を求めることができるのは当然のことであつて、本訴請求が報復的な措置に当たらないことはいうまでもない。

また、本訴請求は原告が被告の債務不履行又は不法行為によつて受けた財産上の損害の賠償を求めることを目的とするものであつて、出勤停止処分や一次解雇とはその性格及び目的を異にするものであるから、本訴請求が三重処分に当たらないこともまた自明の理である。

(反訴につき)

第一請求原因

一 原告と被告の地位、関係及び本件事故発生の事実は本訴請求原因とこれに対する答弁の項に記載のとおりである。

二 原告の不法行為

1 はじめに

原告は、被告が労働者として、また日本共産党員として、職場の内外において、労働者のため活動を続けるのを嫌悪し、被告を職場から排除すべく企図していたが、本件事故を契機として、被告に対し左記(一)ないし(四)記載のような違法な攻撃を加え、よつて被告の職場からの放逐政策を実行し、被告の生活権、労働権、思想信条の自由を侵害した。被告は原告のこのような一連の不法行為責任を追及するものである。

(一) 出勤停止処分に対する異議申立権の侵害―就労拒否と解雇の脅迫

(二) 一次解雇

(三) 本訴(損害賠償請求の訴)提起―不当抗争

(四) 一次解雇の無効判決に対する控訴―不当抗争

2 不法行為 その一(出勤停止処分に対する異議申立権の侵害―就労拒否と解雇の脅迫)

(一) 本件出勤停止処分に至る経過

(1) 本件事故発生の後、被告は直ちに上司に報告することを考えたものの、上司である訴外小笠原グループ長は夜勤の当番ではなかつたため、月曜日昼勤で出勤した際に同人に報告することを考え当夜の夜勤監督者には報告しないまま帰宅したが、被告は同四八年一月八日始業前の午前七時五五分頃、職場に出勤すると同時に小笠原グループ長に事故を報告して謝罪し、朝礼後の八時五分頃に伊藤邦雄ブロツク長の席に赴き、本件事故を報告して謝罪し、更に石田作次ライン長の指示により始末書も作成した。

ところが本件事故が人事部に報告されると、初めてこれが大問題とされるに至り、同日午後二時頃、被告は清水人事二課長から人事課へ呼びつけられ、午後五時過ぎまで約三時間にわたつて、円満退職か懲戒解雇かの二者択一を迫られ、退職を強要された。

しかし、被告が退職届の提出に応じなかつたところ、原告は近い将来被告を退職に追い込むため、「今度居眠りをしたら退職します」との退職の誓約書の提出を強要するに至つた。即ち、同年一月九日被告は自宅謹慎を命ぜられ自宅待機していたところ、同日午前一一時四五分頃清水人事課長から呼出を受け、人事課応接室において同課長から「重大な決意表明をしてくれれば職場に残れるような形でなんとか賞罰委員会に罪一等を減じてもらえるよう頼んでみたい。」と言われた。被告はやむなくその場で誓約書を書くことになつたが、その後石川義一機造部長、石田ライン長、小笠原グループ長らも加わつて誓約書の内容についてまで被告に指示をしてきたので被告が「もし、今後居眠り行為に起因するような事故の発生を見た時には、私の方において責任の所在を明確に致します。」との一文を加えたが、清水人事課長らは右文章では納得せず、あくまでも今度作業中居眠りしたら退職する旨の一文を要求してその受領を拒否した。

(2) 本件出勤停止処分の発令

昭和四八年一月一〇日、被告は通常どおり出勤し朝礼に参加した後作業についていたところ、人事課に行くよう指示された。人事課に行くと清水人事課長から同日出勤した理由を尋ねられた。

その際、被告は同課長に賞罰委員会で釈明する機会を与えて欲しい旨要求したところ、同課長は「賞罰委員会で釈明する機会はない。文句があるのならば、労働組合を通じてやりなさい。副社長が出張中であるので賞罰委員会は明日以降に行われるであろう。」と述べた。

しかるに、原告は、急拠右一月一〇日に賞罰委員会を持ち廻りで開催し、被告の釈明の機会すら奪つたうえ、同日午後五時四五分頃、被告に対し、同年一月九日から一月二〇日までの一〇日間の労働日の出勤停止を命ずる旨の懲戒処分の言渡しをした。

なお右出勤停止処分の発令に際し、清水人事課長は出勤停止一〇日と述べたのみで、就業規則の適用条項については一切触れるところがなく、説明もなされなかつた。

(二) 本件出勤停止処分は懲戒権を濫用したもので違法、無効である。

(1) 本訴において詳細に主張したとおり、本件事故の真の責任は原告にある。それにもかかわらず、原告は本件事故の全責任を被告に帰せしめ、これを前提にして、本件出勤停止処分をなしたものであり、右出勤停止処分はその前提事実の判断に重大な誤りがあるというべきである。

(2) 前例のない重い処分である。

原告会社内において、本件事故のように機械に損傷を与えたために処分されたという例は皆無である。重大な人身事故においてすら、本件出勤停止処分よりはるかに軽い処分で済まされている。

損害が軽微であること、被告が一六年間真面目に勤務してきた優れた労働者であることは本訴において主張したとおりであるうえ、被告は本件事故について十分改心しているものである。

(3) 原告が就業規則一四―四(14)(15)を適用して被告を出勤停止処分に付することは就業規則の適用を誤つた違法がある。

原告の就業規則によれば、出勤停止に関しては、同規則一四―三が減給又は出勤停止処分にする場合を定め、同規則一四―四が懲戒解雇に処する場合の但書として「情状によつて出勤停止または減給にとどめることがある」と定めているのであるが、原告は、本件出勤停止処分の実質的根拠を同規則一〇―四に求めたうえ、本件出勤停止処分は同規則一四―三によるのではなく、一四―四の懲戒解雇の条項が適用され「罪一等を減じて」出勤停止処分一〇日としたというのである。

しかしながら右一〇―四は右規則第一〇章の安全衛生に関する条項であることは、その規定の位置からして明らかであるところ、安全衛生に関する条項に違反した場合の懲戒は一四―三(12)に記載されるのみで、減給または出勤停止の対象とされているのであつて、一四―四にはそのような条項はない。即ち、一〇―四に違反するとされる被告の行為は仮に懲戒に値するとしても一四―三(12)によるべきものである。

(三) 本件出勤停止処分に対する不服申立権の圧殺

(1) 本件出勤停止処分の取消要求

被告は右出勤停止処分に服し昭和四八年一月一一日から同月二一日まで出勤せず自宅に止まつていたが、その間、過去の処分例についての具体的状況を知るにつれ、右処分が重きに過ぎることを確信するに至り、また会社派と目されている組合の林書記長が「あいつは今度不誠実な勤務態度をとつたら賞罰委員会にかけることなく、即刻解雇されることになつている。」と言い触らしていることを耳にした。

このため、被告は右出勤停止処分になんらの異議を申立てないまま放置すれば、後日ささいなことを口実に解雇され、その解雇の正当理由として右出勤停止処分が利用されることを危惧するに至つた。そこで被告は右処分が明けた同年一月二二日原告に対し本件出勤停止処分の取消しを求めた。

原告は被告が一旦処分に服しながら後に取消し要求をなすことは背信的行為であるかのごとく主張し、これをもつてその後に行つた解雇を正当化しようとしている。

しかしながら、被告が出勤停止処分に一応服することにしたのは、右出勤停止処分の辞令の受領を拒否すれば、前記懲戒解雇に付すとの脅迫と退職強要の経過からして解雇される危険があり、これ以上組合の援助が期待できなかつたからにすぎない。被告は右処分に決して納得していたものではない。また、出勤停止期間満了後、取消し要求をしたのは、右出勤停止処分の違法不当性が、出勤停止処分中に一層明白となつたから、被告は処分を受けた当事者本人として、右出勤停止処分についての態度を明確にし、書面でもつて原告に明確に意思表示をしたにすぎない。

(2) 就労拒否と解雇の脅迫

被告は同年一月二二日午前八時三〇分頃人事二課において清水人事課長に面会し、本件出勤停止処分が不当であるからその取消しを求める要求書を提出し、その理由を説明しようとしたところ、同課長は被告の説明に全く耳をかそうとせず石川部長、石田ライン長ともども、右出勤停止処分に不服を申立てたことを、全く反省の気持のないことの表われであると勝手にすり替え、処分が重すぎるとの被告の主張を、居眠り作業は悪くないと被告が主張したかの如くデツチ上げた。

そして原告は同日から被告の就労を拒否したうえ、同日以降一月三〇日までの間、日曜日を除き連日被告を人事課へ呼出し、右要求書の撤回と関係者への謝罪を迫つた。

一月三〇日に至り、原告は、被告が要求書の撤回と関係者への謝罪に応じない場合は、新たな処分も辞さない態度を示し、更に一月三一日被告が出社すると清水人事課長と石川部長は、二月五日までに要求書を撤回しない場合は解雇する旨通告した。その際、清水人事課長は「十分考えて二月五日までに返事を欲しい。返事を持つてくるのでなければ二月五日まで会わない。」と述べ、更に同日夕方電話で「会わないということは自宅謹慎のことだ。」と一方的に電話してきた。

(四) 以上述べたところから明らかなとおり、本件出勤停止処分の取消し要求に対し、これを理由として原告が行つた被告の就労拒絶、さらには同要求の撤回を迫つて被告に対し解雇する旨脅迫した原告の行為は、被告の正当な不服申立権を侵害した著しい違法不当な行為というべきである。取消しを求めた本件出勤停止処分が違法無効なものであるだけに、被告のなした取消し要求の正当性はあまりにも明白であり、これを圧殺し、被告に絶対的服従を強いんとしてなされた前記各行為の悪質性、違法性は極めて顕著である。

3 不法行為 その二(違法な一次解雇)

(一) 解雇禁止仮処分申請から本件一次解雇に至る経過

(1) 被告は、昭和四八年二月二日やむなく、原告を相手に名古屋地方裁判所に対し「申請人が昭和四八年一月二二日付で被申請人に対してなした出勤停止処分の取消しを求める意思表示を撤回しないことを理由に解雇してはならない。」旨の仮処分申請に及んだ(同庁昭和四八年(ヨ)第八六号事件)ところ、同裁判所は同月五日午後一時から第一回審尋期日を開き、同期日は午後五時四〇分頃までの長時間にわたつて行われ、その中で和解勧告もなされたが、結局不調に終つた。

ところが同裁判所が合議をして結論を出そうとしていた矢先に、原告は解雇禁止仮処分決定の下されることをおそれ、裁判官室前の廊下において、解雇予告手当、退職金すら提供せず、何らの理由も述べずに口頭で解雇するなどの非常識な暴挙に出た。

しかし、同月五日午後六時五五分裁判所は被告の申請を全面的に認容する旨の決定を下した。右決定を得て、当夜午後八時頃被告本人及び代理人高木輝雄、水野幹男は原告会社に赴き、原告は右決定に従い、被告を解雇しないよう要求した。

(2) ところが、原告は右決定を無視し、同月五日付辞令をもつて被告に対し、就業規則八―一〇(1)の規定により解雇する旨の意思表示をなし、同意思表示は同月七日午後三時頃被告に到達した。

仮に解雇通告が、原告主張のとおり二月五日午後七時三〇分頃被告に送達されたとしても、解雇禁止仮処分決定は既に同日午後六時五五分に告知されているのである。仮処分決定は告知によつて効力を生ずる(民訴法二〇四条)ものであるから、右仮処分決定後になされた解雇の意思表示は無効というほかはない。

なお、解雇禁止の仮処分決定が任意の履行を期待するものであるからといつて、これに違反してなされた解雇について法的に右違反がなんらの効果も及ぼさぬものと考えることは、裁判の自殺行為ともいうべきもので極めて不当である。

(二) 本件一次解雇は以下に述べるとおり何らの正当事由がなく、明白な解雇権濫用の違法解雇であるが、単に無効というに止まらず、法治国家における裁判所の決定そのものを無視、空文化し、裁判所を愚弄するのも甚しい違法行為であるというべきである。

(1) まず、本件紛争の発端となつた本件事故に対する真の責任が原告にあることは本訴において詳細に述べたとおりであり、解雇禁止仮処分決定に違反していることも前記のとおりである。

(2) 解雇事由の不存在

原告は解雇理由を一月二二日以降の被告の行為に求めているが、それはつまるところ被告が一月二二日要求書を提出し、これを二月五日までに撤回しなかつたことに尽きるわけである。しかしながら要求書を撤回しないこと自体が解雇理由とならないことは明らかである。従つて本件一次解雇は、解雇事由自体が存在しないことに帰する。

(イ) 本件一次解雇の前提事由とされた本件出勤停止処分自体が違法、無効であることは、前記2(二)に主張のとおりである。

(ロ) 原告は、被告が昭和四六年九月居眠りにより工作不良を発生させ、石川部長より譴責処分を受けたことを前提として「数回懲戒処分を受けたにもかかわらずなお改心の見込みのない」ことを本件一次解雇の理由としている。

しかしながら右譴責処分は、そもそも処分自体存在しなかつたものであり、仮に存在したとしても賞罰委員会の議を経ていないもので、無効である。

(ハ) 被告は本件事故を十分反省しており、一月二二日以降居眠り事故は悪くないなどと述べたことは一度もなく、あらゆる機会に反省の意思を表明してきた。このことは、前記解雇禁止仮処分事件の和解の席上で、被告が深く反省している旨述べ、これを和解条項の一項目とすることを積極的に提案していることからも明らかである。また、被告が極めて真面目に勤務してきた優秀な労働者であることは先に主張のとおりである。

(3) 本件一次解雇は二重処分である。

本件出勤停止処分と本件一次解雇とは、その処分対象となつた具体的事実、処分の実質的理由をみれば、いずれも被告の居眠り事故を理由とする二重の処分であることが明らかであつて、その就業規則の適用条項が異なることをもつて二重処分に該らないということはできない。

(4) 本件一次解雇には賞罰委員会の議を経ず、被告本人に釈明の機会すら与えなかつた違法がある。

原告は、本件一次解雇事由は就業規則八―一〇(1)に基づくものであり、作業能率が劣悪については同(b)に「譴責」「出勤停止」の懲戒処分を受けながら改心の見込みがないについては同(c)、(d)にあたるとしている。

ところが八―一〇(3)においては「前項八―一〇(1)(c)の場合は一四―四に規定する懲戒解雇の項の取扱いをする。」と定められている。解雇辞令によれば就業規則八―一〇(1)により解雇すると記載されているが社内の決裁願には就業規則八―一〇(1)(c)、同一四―四による旨の記載があり右適用条項が決裁において修正されたとの記載はない。しかも原告は、本来就業規則一四―四の(13)にあたるけれども被告の生活などを考慮して懲戒解雇ではなく会社都合解雇にしたというのである。しかしながら、そもそも就業規則一四―四を適用するに際しては、賞罰委員会を開催すべきであり、賞罰委員会も開催せず、被告本人の釈明の機会も与えないまま解雇することは、賞罰委員会内規に反する違法があるというべきである。

(5) 本件一次解雇は出勤停止処分に不服申立をしたことに対する報復的処分である。

(6) 本件一次解雇の真のねらい。

被告は日本共産党員として熱心に組合活動、文化サークル活動を展開してきたが、原告は被告の活発な組合活動、文化サ―クル活動を嫌悪し、被告に対し従前より賃金、賞与、配転等において差別的な取扱いをしてきていたが、本件一次解雇もその表われの一つにすぎない。

4 不法行為 その三(本訴損害賠償請求の訴提起―不当抗争)

(一) 違法不当な本件一次解雇に対し、被告は直ちに昭和四八年二月九日、名古屋地方裁判所に地位保全仮処分命令を申請した(同庁昭和四八年(ヨ)第一一四号事件)。

原告は翌三月一二日、被告に対し本訴損害賠償を請求してきた。これは被告が右仮処分申請により右一次解雇を争う態度を示したことにたいする報復であり、他の従業員への見せしめ的訴訟提起であつて、本件事故に対する三重の処分というべき違法、不当な抗争である。

(二) 本訴請求がいかなる点からみてもなんら根拠のないものであることを最もよく承知しているのは外ならぬ原告自身であることはすでにこれまで詳述して来たところから明白であり、もつぱら被告に経済的精神的苦痛を加えることのみを目的とした不当抗争である。

5 不法行為 その四(仮処分事件判決に対する不当控訴)

本件一次解雇及びその後行われた予備的解雇に関する前記地位保全仮処分事件第一審判決は、昭和五二年一〇月七日午前一〇時に言渡され、被告に対する第一次解雇は正当理由がなく、もしくは解雇権濫用で無効と判断された。

右判決は提訴以来四年八月、その間に延べ九人合計二四回の証人調期日を設け、互いの主張立証を尽くした上で結審し出されたものである。

ところが原告は、右判決に対しなんらの検討を加えることなく言渡し当日、判決言渡しのわずか三〇分後の午前一〇時半には控訴を提起した。

本件一次解雇が如何なる観点から見ても何らの正当性を有しないものであることは、これまでに詳述したとおりであり、かかる原告の控訴申立が被告に対し職場からの放逐継続と係争により一層の経済的負担と肉体的、精神的苦痛を課すことのみを目的とした違法、不当な抗争であることは、最早論ずるまでもない。

三 損害

1 はじめに

昭和四八年一月、本件事故発生を端緒として被告に加えられた一連の執拗な攻撃は、被告及びその家族の生活を困窮に陥れかつ被告の労働権、思想信条の自由に対する重大な侵害である。

原告の攻撃がいかに違法不当なものか、すでに詳述したところから明らかであるが、かかる攻撃により以下に述べる被告が被つた莫大な経済的損害と筆舌に尽くしがたい精神的肉体的苦痛は、単に本訴請求が棄却され、本件一次解雇が無効とされ、解雇期間中の賃金が遡及的に支給されるのみでは到底償われないものであることは明白である。

原告は被告に対する本件一連の不法行為により、被告が被つた以下の損害を賠償する責任がある。

2 筆舌に尽くしがたい精神的肉体的苦痛

被告は本件事故当時、その労働によつて原告から受領する賃金を唯一の生活の糧とする労働者であつた。被告家族は、長女(昭和四五年三月一六日生、一次解雇当時二才九か月)、長男(昭和四七年一〇月三〇日生、同三か月)という幼い子供をかかえ、被告の賃金と共働きの妻のわずかばかりの収入をあわせて、つつましやかな生活であつた。かかる状況下にあつた被告に対する本件一次解雇は、被告とその家族の生活をどん底におとし込むものであり、その不安は計り知れないものである。

さらに、本件一次解雇直後に提起された本訴損害賠償請求はまさに瀕死の重体の状態にあつた被告とその家族に対する追撃となつたことは最早論ずるまでもない。また、被告は原告に入社した昭和三一年三月以来、一七年間に亘つて真面目に勤務してきた優れた労働者であつた。それまで被告がその努力によつて身につけてきた技能は原告の理由のない職場放逐により、大幅に低下させられた。特に被告は技術的進歩の著しい工作機械製造にたずさわつた技術労働者である。長期にわたり工作機械製造の労働から隔離された被告の技能低下による損害はとりわけ重大である。

以上原告が被告に加えた一連の不法行為により、被告が受けた精神的肉体的苦痛を慰謝するには、金五〇〇万円を下まわらない金員が相当である。

3 地位保全仮処分事件及び本訴損害賠償請求事件の訴訟遂行により被つた経済的損害

(一) 弁護士費用 金二七九万五〇〇〇円

内訳 (1) 解雇禁止仮処分事件、地位保全仮処分事件、本訴損害賠償請求事件の着手金等 金一〇万円

(2) 地位保全仮処分事件報酬 金一〇〇万円

(3) 右三事件及び本件反訴請求事件の口頭弁論期日出廷、訴訟準備のための打合せ等日当 金一六九万五〇〇〇円

(二) 前記各訴訟遂行のための代理人弁護士、交通費実費、鑑定書作成費用等として金二〇〇万円を下らない出費。

四 結び

よつて被告は原告に対し、損害賠償金九七九万五〇〇〇円及び内金五五〇万円に対しては反訴状送達の日(昭和四八年七月一一日)の翌日から、内金四二九万五〇〇〇円に対しては反訴請求の趣旨拡張申立書送達の日(昭和五七年八月二〇日)からそれぞれ支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二本案前の主張

一 本訴請求の訴訟物は、被告の本件プレナーに対する損傷行為を原因とする損害賠償請求権であるのに対し、反訴請求中、本件一次解雇の違法不当に関する請求部分の訴訟物は、原告のなした右解雇処分を原因とする損害賠償請求権であつて、右二つの請求は全く別個の訴訟物であるのみならず、その間に事実上も何らの牽連性はない。

それ故、被告の右反訴請求は本訴との併合要件を欠くものであつて、不適法な訴えとして却下されるべきである。

二 また、反訴請求の趣旨拡張の申立にかかる請求部分は、本訴について、すでに充分な主張、立証が尽されほとんど結審を待つばかりとなつた時点においてなされ、しかもその内容たるや、約五年前の仮処分判決に対する控訴等を請求原因事実とするものである。

かような時期にかような過去の事実を改めて持ち出し反訴請求の原因とすることは明らかに本訴の審理を引き延ばそうとの意図に出たものであることは明白である。右のような主張はその内容からも明らかな如く、被告において主張しようとすれば五年前になし得たものである。

従つて被告の右反訴請求原因事実の主張は、時機に後れた攻撃方法の提出であり、時機に後れたことが被告の故意又は重大な過失に基づくこと、これを取上げて審理すると訴訟の完結が著しく遅延することが明白であるから、民訴法一三九条に基づき却下されるべきである。

第三請求原因に対する認否

一 請求原因一は認める。

二1 同二の1は争う。

2 同二の2は否認する。

但し、右二の2中、被告が本件事故に関し、始末書を作成したこと、原告が被告に対し、今後二度と居眠り事故を起さない旨の誓約書の提出を求めたこと、本件出勤停止処分が発令されたこと、被告が右処分に服した後、原告に対し右処分の取消しを要求するに至つたこと、原告は被告に対し、右取消し要求の撤回を求めるとともに、これを昭和四八年二月五日までに撤回しない場合は解雇する旨の意思表示をし、その間被告に対し自宅待機を命じ就労を拒絶したことは認める。

3 同二の3は否認する。

但し、被告が原告を相手に名古屋地方裁判所に対し解雇禁止を求める仮処分申請をし、昭和四八年二月五日、同裁判所はこれを認める仮処分の決定を発したこと、原告が被告に対し本件一次解雇の意思表示をしたことは認める。

4 同二の4は否認する。

5 同二の5は否認する。

但し、被告主張のとおりの地位保全の仮処分の判決の言渡しがあり、原告が直ちに控訴したことは認める。

三 同三は争う。

四 同四は争う。

第四原告の主張

一 出勤停止処分に対する異議申立権の侵害の主張に対する反論

1 本件出勤停止処分の正当性

原告は、被告の惹起した本件事故に関連して、被告の日頃の勤務状態、事故の態様、結果の重大性、事故後の被告の採つた措置、態度(その内容は本訴において主張したとおり)等を総合して、被告の行為が原告の就業規則一四―四(14)(15)に該当するので、被告を本件出勤停止処分に付したものであつて、実体上も手続上も何ら違法の点はない。即ち、被告の行為は右規則一四―四(14)(15)に該当するところ、一四―四(14)でいう「この規則」とは就業規則を指し、具体的にはその前文、二―一の柱書、二―一(9)及び一〇―四を意味しており、また、一四―四(15)とは、具体的には一四―四(5)及び(12)を指しているのであつて、右処分は全く正当なものである。

2 被告から原告に対する右出勤停止処分の取消しを求める不当な要求書の提出と、原告の被告に対する正当な説得並びに本件一次解雇に至る経緯

(一) 不当な要求書の提出

(1) 被告は、本件出勤停止処分が明けた昭和四八年一月二二日出社して自己の所属する小笠原グループの朝礼に参加し、朝礼の席上、小笠原グループ長以下のグループ員に対し「申し訳ないことをした。職場の仲間に迷惑をかけた。今度から迷惑をかけないよう頑張るのでよろしく。」と挨拶し、本件事故に対する謝罪の意思を表明した。

被告は朝礼を終えた後、組合事務所へ出向き、ここでも林書記長に同様の挨拶をし、同書記長から励ましの言葉を受けた。

(2) それから被告は人事二課へ赴き、清水人事課長に対し、本件出勤停止処分は全面的に不当であるからその取消しを求める旨記載した要求書在中の白封筒を手渡した。

清水人事課長は、被告が、本件出勤停止処分を受けた際、同課長に対し、出勤停止という軽い懲戒処分で終つたことを感謝してこれに服することを明言しているほか、組合に対しても、その労を謝して前同様の言明をしていたうえ、一〇日間の出勤停止期間中も被告から何らの異議、苦情等の申し出がなかつたことから、本件事故の問題はすべて落着したものと信じていた。従つて清水人事課長は、被告が反省の意を述べた書面をもつてきたものとばかり思つていたので、右要求書の内容を見て大いに驚いた。それとともに同課長は、要求書によつて具体化されている被告の言動は、職場規律及び安全管理上放置しえない問題であると判断し、被告を応接室に招き入れて説諭することとした。

(二) 原告側の粘り強い説諭

(1) 原告は被告を勤務から外したうえ、同日から同月三〇日まで、休日である二七日と二八日を除いて毎日一時間半ないし四時間(午前午後各二時間)ほど、誠意をこめて被告を説諭した。終始右説諭に当たつたのは清水人事課長であるが、同課長は必要に応じて石川部長や石田ライン長の協力を求めたこともあつた。

(2) 右過程において、被告の主張したところは、出勤停止処分は重すぎるからこれを軽い処分にして欲しいということではなく、作業中の居眠りは悪くないから、処分を取消せというものであつた。これに対し原告側は、要求書を撤回して、作業中の居眠りが悪くないという考えを反省したことを明らかにしない限り、職場規律と安全管理上、就労させることはできないと説諭を繰り返してきたのである。被告はときに再考するかの素振りを見せたこともあつたが、翌日になると再び当初の頑なな態度に戻り、かくて同一の要求と説諭が何回となく繰り返された。

なお、被告のいわゆる就労拒否の問題については、原告は当初から職場規律及び安全管理上被告を就労させることはできないと判断し、さらに同月二四日頃からは、職場で被告を非難する空気が強くなつてきたことも考えあわせて、被告を就労させなかつたのであり、原告の右処置には十分合理性があつたものである。

(3) 清水人事課長は、同月三〇日、被告の最終見解を聞いて、これ以上説諭を続けることは不可能であると判断し、しかも、被告の態度を非難する職場の空気にかんがみ、非常識かつ理不尽な主張を続ける被告に対して原告の採るべき態度を早急に決定する必要があると考えたので、上司である合田部長に経過を報告し被告の取扱いを相談した。その結果、原告としては同年二月五日までに、前述のような不当な要求を撤回しない限り、原告は被告を解雇せざるをえない、との結論に達した。そこで清水人事課長は、翌三一日石川部長立ち合いのもとに、右の趣旨を記載した通告書を被告に手渡した。その折にも、清水人事課長と石川部長は被告に対して最後の説諭をしている。

(三) 組合の説得等

(1) 組合の林書記長は被告が、了承することによつて決着ずみになつていた問題について、突如態度を豹変して処分の不当性を唱えることは理解できないところであるし、居眠り作業をしながら自分は悪くないと言い張ることは、常識はずれの理不尽な態度であると思われたので、一五分から二〇分もの長時間をかけて、被告に右処分取消し要求を撤回するよう説得したが、被告はこれを拒んだ。

(2) 組合は、同年二月一日午前被告及び被告を支援する後藤徹、影山正夫の三名が傍聴するなかで評議員会を開催し、本件事故の問題について討議した後、採決に入り、絶対多数で、本件出勤停止処分を了承した執行部の処理方針の正当性を確認し、あわせて、被告に対して原告の指定期日までに要求書を撤回するよう勧告し、右勧告を受け入れなかつたら、被告に対する処分がなされても組合としては被告を支援できないことを確認した。

更に組合は、同日午後、執行委員会を開催し、前記評議員会の確認に従つて被告に対して要求書を撤回するよう忠告することを決定し、直ちに忠告書を被告に送付した。

(四) 昭和四八年二月五日の裁判所における審尋

被告は同年二月二日解雇の禁止を求める仮処分を名古屋地方裁判所に申請したため、同月五日、右解雇禁止仮処分事件についての審尋期日が開かれた。その際、民事第一部裁判官室において裁判長から当事者双方に対し和解の勧告がなされたが成立するに至らなかつた。

(五) 解雇の申し渡し

右和解が不調となつた段階で合田部長と清水人事課長は、右裁判官室前廊下で、被告に対し就業規則八―一〇(1)による解雇を申し渡すと共に、解雇辞令と解雇予告手当は、被告の勤務場所であつた原告会社に用意してあるから、同所で受領するよう催告した。被告はこれに対して、「ここに用があるから、ここへ持つてきてほしい。もしここにいなければ第一法律事務所へ持つてきてほしい。」と希望を述べたので、合田部長らは会社からすぐこれを取り寄せ、被告の希望した場所へ持参したが、被告は約束に反して、いずれの場所にもいなかつた。そこで原告は、同日午後六時過ぎ頃解雇辞令と解雇予告手当金を被告の住所あて郵送すると共に速達書留内容証明郵便にて、念のため、これらの諸事実を被告に通知した。右内容証明郵便は、同日午後七時過ぎ被告宅に配達されたが、家人が被告の不在を口実としてその受領を拒絶した。

二 本件一次解雇の正当性

1 右解雇は就業規則八―一〇(1)に基づいてなされたものであるが、被告の行為が右条項に該当することはつぎのとおり極めて明白である。

(一) 被告の過去における作業能率は、時期によつて多少の変動はあつたが、終始劣悪であつた。

即ち、昭和四六年九月の考課表では、消化率が八〇パーセントとされており、昭和四七年三月の考課表、同年一〇月の考課表ではそれぞれ一〇五パーセント、一一〇パーセントとされているが、被告の勤続年数からすれば、この程度の消化率では作業能率劣悪の評価は免れ難いところである。

しかも、被告の作業能率が劣悪であつたことの原因は、被告が生来不器用であつたためにいかに努力しても、平均的従業員並みの作業能率を挙げられなかつたというのであれば、同情すべき余地もあるが、事実は全く逆であつて、被告は器用な技能を持ちながら、自己能力を充分出さなかつたことに原因があるのである。それは被告が勤務時間中にしばしば居眠りをし、作業中に空送り又は低速運転をして、ことさら能率を低下させていたからである。

従つて、被告は同規則八―一〇(1)(b)に該当するところである。

(二) 被告が既に譴責及び出勤停止という懲戒処分を受けながら、その後いぜんとして(少なくとも要求書を清水人事課長の許に提出した時点以降においては)、居眠り作業の正当性を主張して反省の要がない旨を公言し続けているのであるから、改心の見込みがないものと認められる。

従つて、被告は、同就業規則一四―四(13)及び(15)に該当するものとして、就業規則八―一〇(1)(c)に該当することが明白である。

(三) 被告の過去における勤務状況については、既に述べたとおりその勤務成績は著しく劣悪であつたのである。そして上司からの再三にわたる注意、指導にもかかわらず、右のように劣悪な勤務成績が長期間継続していたこと等によれば、被告には改心の見込みがないと認められる。

従つて被告は、同八―一〇(1)(d)にも該当することが明白である。

(四) 被告は、原告側のねばり強い説諭にもかかわらず、居眠り作業は悪くない、反省もしないといい張り、原告側のなした要求書の撤回要求に対しても、要求書は間違つていないと公言して、これに応じなかつたのである。被告の右のような言動からすれば、被告は勤務時間中の居眠りは許容されるところであつて就業規則にも違反しないとの見解を堅持していることが明白である。一方において、被告は過去において居眠り作業の常習者であつたことは既述のとおりである。このように居眠り作業の常習者が居眠り作業について全くマイナスの価値判断をしていない場合には、将来においても、居眠り作業が再三再四繰り返される可能性が極めて高いことは、常識上おのずから明らかである。原告はこの点に基づいて、被告を同八―一〇(1)(g)に該当するものと判断したのである。

2 前項において述べたように、被告の行為は就業規則八―一〇(1)(b)(c)(d)及び(g)に該当するのであるが、原告はこれら各項該当事実について、全く同一の評価を与えたものではなく、まず(c)及び(g)に該当の各事実を主体として、被告に対する解雇を決意するに至つたが、解雇という重大処分をなすに当たり、念のため被告の過去の作業能率と勤務成績に眼を注いでみたところ、(b)及び(d)に該当することが明らかとなつたのである。従つて、(b)及び(d)に該当の各事実は、この事実を除いた(c)又は(g)に各該当の事実のみによつても、優に解雇に値するのであるが、さらに参考事情として、情状程度の意味合いで解雇事由のなかに付け加えられたものである。

三 その他本件一次解雇に関する被告の主張について

1 就労拒否の主張について

被告に対する出勤停止期間経過後、最初の出社日である昭和四八年一月二二日から同月三〇日までの間、被告は出勤停止処分の全面取消を求めて、要求書の撤回に応じず、居眠り作業は悪くないなどという非常識かつ理不尽な言動を公言し固執し続けたのである(本訴における被告の応訴態度がまさにこれである)。原告はこれに対し、職場規律と安全管理上黙視できない危険な考え方自体の撤回(反省)を求めたのであるが、被告は原告の説得にも拘らず、これに応じる態度を示さなかつた。そのため原告は職場規律及び安全管理上被告を就労させることはできないと判断したもので、原告の右処置には十分合理性ないし必要性があつたのである。

2 解雇禁止仮処分決定違反の主張について

(一) 原告が被告に解雇を申し渡したのが二月五日であつて、前記解雇禁止仮処分決定が原告に告知される前であつたことは、前記のとおりである。

このように、本件一次解雇は、右仮処分決定の告知前になされたものであるから、右仮処分決定に違反するものではなく、したがつて右仮処分決定がいわゆる任意の履行を期待する仮処分であるかどうかを論ずるまでもなく、同仮処分決定の存在によつて、その効力を否定されることはあり得ないところである。

(二) 仮に何らかの理由によつて、本件一次解雇が右仮処分決定に違反するものとされた場合においても、同仮処分決定は、いわゆる任意の履行を期待する仮処分であるから、これに違反する解雇であつてもそのことゆえに当然解雇の効力が否定さるべきものではない。

従つて、右仮処分決定違反を理由として、本件一次解雇の効力を争い同一次解雇が不法行為を構成するとする被告の主張は結局理由のないことに帰する。

3 本件出勤停止処分は違法であるとの主張について

本件出勤停止処分は誠に正当なものであつて、いかなる観点から眺めても、これを違法無効視することの許されないことは前述のとおりである。

従つて、本件出勤停止処分が違法無効であることを前提として、本件一次解雇の効力を争い、本件一次解雇が不法行為を構成するとする被告の主張は、明らかに前提を欠き失当である。

4 本件一次解雇は二重処分であるとの主張について

(一) 本件出勤停止処分と本件一次解雇はその処分事由と就業規則上の適用条項のいずれもが異なるものであることは前記一、二において述べたところから明らかである。

(二) ところで、二重処分とは、使用者が同一の事実を理由として再度懲戒処分を行うことを禁ずるものである。ところが、本件出勤停止処分はたしかに懲戒処分であるが、本件一次解雇は被告が原告の従業員としての適格性を欠くことに由来する普通解雇であつて、懲戒解雇としての解雇処分ではないのである。このように両者は全く性質を異にするものであるから、両者については、当初から二重処分の問題が生ずる余地は全くない。

(三) しかのみならず、本件一次解雇の主体的理由とされた各事実は、いずれも昭和四八年一月二二日午前八時三〇分要求書が清水人事課長の許に提出された後における被告の言動に関するものであり、出勤停止処分前の被告の行為にかかる各事実はいずれも参考事情として情状程度に考慮されたものである。

一方、本件出勤停止処分の理由が同年一月六日夜勤中における被告の行為にあつたことはいうまでもない。

従つて、右二つの処分は、全くその理由を異にするものであることが明白であるから、仮に普通解雇と懲戒処分との間にも二重処分の問題が生じうると仮定しても、本件一次解雇が二重処分に当たらないことはもちろんである。

5 本件一次解雇は報復的処分であるとの主張について

原告は、要求書の撤回拒否それ自体というよりも、被告が要求書の撤回を拒否する理由として主張し、これと表裏一体をなしているところの「居眠り作業は悪くない。反省もしない。」という理不尽な態度を堅持していた被告の言動を問題としていたのである。原告が被告に対する文書通告において要求書の撤回に触れたのは、被告が居眠り作業の不当性、危険性を認識し、今後二度とこれを繰り返さないよう決意したことを適確に把握するための手段としては、これが最良の方法であつたからにほかならず、従つて、右通告において求められたものは、要求書の撤回のみではないのである。

被告は、自分が自己の見解を述べることは極く当然な事柄であつてこれを禁止するが如き処置が許される道理はないと主張している。しかしながら、被告が居眠り作業は悪くないというような見解を述べた場合に、原告が職場規律及び安全管理上、これをどのように評価するかということは、表現の自由や言論の自由とは全く次元を異にする別個の問題であり、右評価の適否は、合理性と客観性の有無によつて決せられるのである。そして一般に、居眠り常習者が右のような言動を続けている以上、今後においても、居眠り作業を反覆累行する未必の故意があるものと認めるのは当然であり、しかも、居眠り作業の危険性については既述のとおりであるから、原告が被告の右言明に対して、職場規律上も安全管理上も絶対に看過しえないとの評価を与えたことについては、十分合理性と客観性が存するのである。

そして、本件一次解雇は、被告の言動に対する原告の右のような評価に基づいてなされたものであるから、これを報復的処分と解することが正当でないことは、おのずから明らかである。

6 本件一次解雇には、賞罰委員会の議を経ず、被告に釈明の機会を与えなかつた違法があるとの主張について

本件一次解雇は、普通解雇としてなされたものである。また、原告の賞罰委員会制度は、労働協約はもちろん就業規則に基づくものでもない。従つて一次解雇については、賞罰委員会開催の必要自体が存しないのみならず、仮にこれを必要とした場合においても、その開催を欠いたことが一次解雇の効力を左右するものではないことは明白である。

7 被告は十分改心しているとの主張について

原告が問題としているのは、居眠り作業そのものに対する反省であつて、本件事故による工作不良に対する反省ではない。被告は、意識的にこの区別を曖昧化している。

四 損害賠償請求訴訟の提起による不当抗争と仮処分判決に対する不当控訴の各主張について

1 被告は、原告が別件地位保全仮処分事件の一審判決に対して控訴を申立てたことや、本件損害賠償請求の訴を提起したことをもつて不法行為と主張する如くである。しかしながら、被告の右主張は原告の本件損害賠償請求を遁辞するための、単なる言い掛りに過ぎないのである。

2 憲法は「裁判を受ける権利」を国民に保障し、国民は誰もが紛争事件について、自己の主張の当否についての判断を裁判所に求めることができる権利を有する。右権利は講学上訴権(応訴権も含め)といわれているものであるが、訴権は単に私人間の紛争の解決を求め得る権利として、私的な性格を有するだけでなく法治国家における裁判制度の基礎として、公共的公益的性格を内包しているのである。

しかして、自己の債務不履行又は不法行為によつて他人に損害を与えた者が被害者に対して、右損害を賠償すべき義務を負うことは当然であり、従つて、被害者が加害者に対して右損害の賠償を求める訴を提起することは常に正当な権利の行使である。

また三審制度を採る我国においては、右訴権(応訴権)の内容として、各審級毎に判断を求める利益ないし権利が付与保障されていることは自明の理である。被告が提起した別件仮処分事件につきこれに応訴し、その一審判決につき原告が控訴して、その上級審の判断を求めることは右の応訴権の行使そのものであり正当な権利の行使である。

従つて、被告の主張は右の点だけからも失当である。

3 右に述べたように訴権(応訴権)が公法上も保障され、公益的公共的性格も強いことから、この権利の行使が不法行為を構成する場合の要件は厳格に解さなければならない。

従つて、訴権(応訴権)の行使が不法行為とされる要件は、まず第一に、主張自体理由がない場合の如く、これが濫用に亘るなど客観的に行為に違法性が存在することであり、第二に、主観的要件として、右違法行為に及ぶことにつき、行為者に故意又は過失を要するのであつて、右客観的要件と主観的要件を共に充足し、且つこれと相当因果関係に立つ損害についてのみ賠償責任が生ずることとなる。

ところで、被告が提起した別件地位保全仮処分申請事件の争点たる一次解雇処分は合理的な理由がある正当な処分であるから、原告が右解雇処分の正当性、有効性についての判断を求めて応訴(控訴)することは、その主張と証拠とを総合すれば、正当でこそあれ、違法性は全くないと断言できる。のみならず、右に述べた主観的要件たる故意・過失が存しないことも多言を要しない。

更に本件損害賠償請求についても、居眠りにより本件プレナーに損傷を与え、これにより損害を発生させたことは被告自身自認するところである。被告の右行為が債務不履行ないし不法行為に該当するとして、原告が損害賠償を訴求することは、まさしく正当な行為であり、何らこれを非難すべき理由はない。このことはすでに本訴において詳述したとおりであつて、微塵も違法性が存在しないし、いわんや不法行為の主観的要件である故意又は過失が原告にないことはいうまでもない。

第三節証拠関係<省略>

理由

(本訴についての判断)

一  原告が工作機械等の製造販売を業とする会社であり、被告が昭和三一年中学校を卒業と同時に原告会社に養成工として入社し、原告主張の経緯でプレナー等の作業を一〇年以上にわたつて担当して来たものであることは当事者間に争いがない。

二  証人石川義一の証言により成立の認められる甲第二号証の一、二、第五、第六号証、同証人の証言、昭和五二年四月一九日施行の検証結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告の本件プレナーの購入価格、その概要と精度、プレナーテーブルの上面が加工物を取付けるための基準面であること、その汎用性については、原告主張の本訴請求原因二に記載のとおりであることが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。またプレナーの基本的構造が機械の土台となるベツド、その上に加工物を固定して往復運動するテーブル、テーブルをはさんでベツドの両側に立つ二本のコラム、コラムにそつて上下するクロスレール、クロスレールに取り付けられた正面刃物台、コラムに取り付けられた横刃物台、各種駆動ネジ、軸、ギアー類、駆動電動機から成つていること、汎用プレナーの作業原理のうち、段取り、刃物合せ、切削条件の設定等が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

三  本件事故の発生とその態様

被告が昭和四八年一月六日午後八時から翌七日午前七時まで原告会社第四工場三七〇ラインにおいて、本件プレナーによる本件ギアボツクスの切削加工の作業に従事していたこと、同七日午前六時二〇分頃、同ギアボツクス一〇個の端面を自動送りにして切削加工中、居眠りをしたため、バイトで同プレナーのテーブル上面を深さ約三ミリ、幅約二〇ないし二五ミリ、長さ約五メートルにわたつて切り込みキズをつけたことは当事者間に争いがない。

前顕甲第六号証、成立に争いのない甲第一九号証の一ないし一一、第四三号証、同乙第八五号証の一ないし四、原本の存在と成立に争いのない乙第八七号証の一ないし七(但し、後記措信しない部分を除く。)、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第二〇号証の一、二、第四〇号証、前顕証人石川義一の証言並びにこれにより成立の認められる甲第三六号証、前顕検証の結果、昭和五二年六月一四日施行の検証結果、被告本人尋問(第一回)の結果(但し、後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故の態様は次のとおりであつたことが認められ、被告本人の供述中この認定に反する部分はその余の前掲各証拠に対比してにわかに措信し難く、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

被告は本件ギアボツクス端面を切削速度毎分四〇メートル、返り速度毎分九〇メートル、切り込み量約五ミリ、送り量〇・四ミリに設定して、自動送りで荒削り加工をしていたが(以上の事実は当事者間に争いがない。)、切削完了まであと三〇ミリを残す段階で、一旦プレナーを停止して切削状況を確認したところ、異常はなかったので、切削音が途切れる切削の完了時まで格別の確認の必要はないだろうとの考えから、バイトによる切削状況の見える本件プレナークロスレールに向かって左側から、これが見えない右側へ移動したうえ、椅子を取り出して腰を下し、タバコに火をつけて切削完了を待つうち、居眠りに陥つた。その間バイトは所定の切削完了位置を通過してテーブルと右ギアボツクスとの空間部分約一〇ミリを越え、更にテーブル上面に達し、テーブル上面を切り込んだため、刃物台に取付けられたバイト(刃先に超硬チツプをつけた斜剣バイト)に異常な力が加わり、バイトが傾いて斜め横へづれ、シヤンク(バイトの付根部分)で別紙図面記載のとおり、テーブル上面にキズをつけるとともに、バイトの刃先は右ギアボツクスの下方角の部分に切り込み、同部分を幅八ミリ、深さ三ミリにわたつて削り取つた。

被告が右のとおり居眠りをしていた時間は、右プレナーの切削速度(一分間におけるテーブルの往復回数を四・三回とすると一分間にバイトは四・三×〇・四ミリ=一・七ミリ程度下方へ進むものと考えられる。)、空間距離(一〇ミリ)、テーブル面上のキズの深さ(三ミリ)等から計算すると(13÷1.7≒7.6)最少限七分を下ることはなかつたものと推定される。そして、もし、被告の居眠りから醒めるのが遅れたとすれば、バイトは更に傾いて、バイトが刃物台から外れて飛び、また刃物台の下部で段取り用具や加工物である本件ギアボツクス(一個約八三キログラムの重量がある)を跳ね飛ばし、被告を含む近辺にいる作業者の身体に重大な危害をもたらすような事態を惹き起こす可能性があつた。

もとより、被告が居眠り中、削り取つた本件ギアボツクスの下部の角部分は予め図面によつて、切削を指示された部位ではなく、切削してはならない部分であるから、右切削は明らかな過剰切削である。もつとも、原告において、本件ギアボツクスの納期が迫つていた関係から、同ギアボツクスの右不良箇所を、製品の機能に影響がない程度に更生してこれを出荷したところ、幸い取引先からクレームはなく、従って原告は、右過剰切削によつて、取引先から損害賠償の請求を受けるということはなかつたけれども、右更生によつても、なお同ギアボツクスに幅一ミリ、深さ三ミリの切り込みキズが残った点において、右過剰切削は原告の社内取扱い基準によれば、当然工作不良と目されるべきものであつた。

四  被告の債務不履行

被告が本件プレナーの作業中右のとおり最少限七分を下まわらない時間居眠りをしたことは、その間、被告がプレナー工として要求される十分な労務を提供しなかつたことにほかならないから、これが原告に対し債務不履行に当たることは明らかである。そして被告の右のような債務不履行がなければ前記のような過剰切削も本件プレナーテーブルのキズも生じなかつたのであるから、被告はその責任を阻却すべき格別の事情が認められない限り本件事故に対し、債務不履行による責任を免れないというべきである。

五  これに対し被告は本件事故につき被告に責任はない旨種々主張するので以下順次検討を加えることとする。

1  被告は深夜作業が、一般に、労働者に与える生理的悪影響及び原告の夜勤制度の過酷であることなどを理由に、被告の居眠りが回避不可能である旨主張するので検討する。

(一) 成立に争いのない甲第一四号証の一ないし三、同乙第四八号証ないし第五一号証、第五六号証、第六三号証、第六五号証ないし第七五号証、第一〇四号証、前顕乙第八七号証の一、証人山田信也の証言、証人松本一弥の証言及びこれにより成立の認められる乙第一一一号証ないし第一一三号証、第一一六号証、第一一七号証の各一ないし三、第一二四号証ないし第一二九号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一〇九号証、第一一〇号証の各一ないし三、同第一一九号証、第一二二号証、第一二三号証、第一三三号証、第一四九号証の一、二並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故当時の原告会社工場におけるプレナー作業者等の勤務形態は、週休二日制、三組二交替、即ち三週に二週が昼勤務、一週が連続して夜勤であり、夜勤における勤務時間は午後八時から翌朝七時まで(但し、午前五時から午前七時までは所定外勤務時間)、うち一二時から一時までが休憩時間とされる一〇時間勤務を原則としていたこと、深夜作業が昼間作業に比較して総じて人間本来の生活のリズムを狂わせ、睡眠と覚醒の生理現象にも反し、生理的な機能の低下を招くものであること、また、昼間における睡眠は同じ睡眠時間であつても睡眠効果が一般に劣るものであるうえ、睡眠の環境が周囲からの騒音や振動等から十分に遮断されていない場合は、十分な睡眠は得難く、従つて深夜勤務に従事する労働者は、睡民不足による疲労が蓄積され易いこと、疲労が昂じると人は誰でも精神活動が不活発になつて注意力が減退し、遂には居眠りに陥ることもないではなく、とりわけ、深夜勤務の明け方などには生理的リズムによるものか、いわゆる夜明け現象といわれる睡眠への誘引現象も出現すること、それが専門的作業であつても、作業の内容が単調であつたり同種行為の繰り返しである場合とか作業が一段落して作業者に安堵感の生じた際などには、かなり熟練した作業者にも居眠りといつたことが生じないではないこと、通常深夜作業にともなつて作業者に生じる右のような危険を避けるためには、使用者において、労働者のため相当な仮眠時間を設けるとか労働時間を短縮させるとか、あるいは深夜作業時間中に時々休憩時間を与え、気分転換を図る措置を講ずるなど、労働環境の整備改善に務めることが肝要であることが認められる。

(二) しかしながら、右のように深夜勤務が、人間本来の生活リズムあるいは生理現象に悪影響を及ぼすものであることから深夜作業を伴う夜勤制度そのものを直ちに非人間的であつて、労働者の生存権を侵害する過酷な労働であると結論付けるのは早計というべきである。このことは、労働基準法、労働安全衛生法等の労働衛生関係諸法令のいずれにおいても深夜労働に従事する労働者の性別、年令、時間等について、労働者の安全、衛生に対して配慮しつつも、深夜労働を伴う夜勤の存在とその必要性を肯定しており、成立に争いのない甲第二一号証、弁論の全趣旨によれば、社会的にみても、原告会社のように大型のプレナーを使用して機械製造を営む多くの企業において、労働組合との協定のもとに深夜勤務制度が採用されていることからもこれを窺い知ることができるのであり、原本の存在と成立に争いのない乙第一三〇号証ないし第一三二号証の記載もこの認定を動かすには足りない。もとより、多数の企業において採用されているという理由であらゆる形態の深夜勤務につき、その総てが合理的であるとすることはできないけれども、(ちなみに、昭和四九年九月時点での調査によると、我が国の従業員一〇〇〇人以上の一般機械器具製造業の中で交替制勤務を実施している企業が七三・七パーセントあり、このうち二組二交替制をとつている企業が六〇・五パーセントであるのに対し、これよりも労働者の勤務条件として、後記のとおりより良好な制度である三組二交替制をとつている企業は一三・二パーセントであり、原告会社は後者に入るものである)、現在の機械製造業界等において、企業による生産設備の効率的利用の要請と労働者の割増賃金取得への魅力といつたことも、一概に否定し去ることはできないところであつて、結局これを行うか否か、行うとしてどのような形態で(プレナー作業を一人に担当させるか二人にするかを含め)、どの程度認めるかは、特段の事情のないかぎり、法令の許容する範囲内において使用者と労働者との労働条件に関する合意の設定に委ねられているものと解するのほかないところである。

(三) そこで以上の点に照らして原告会社の夜勤制度についてみるに、前顕甲第一四号証の一ないし三、成立に争いのない甲第九九号証、原本の存在と成立に争いのない甲第一四三号証、これにより成立の認められる甲第六一号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一〇一号証、前顕証人石川義一の証言、証人長谷川敬彦の証言及びこれにより成立の認められる甲第一一五号証、第一一六号証の一、第一二二号証によれば、原告の夜勤制度は、原告と被告の属する組合との間の協定に基づき、かつ専門の産業医の指導と助言をも得て実施されているものであること、長谷川敬彦は労働衛生工学会に加入する医師で原告に委嘱されて、原告の安全衛生管理、健康管理にあたつているが、同医師は産業医としての立場から、深夜勤務による疲労の蓄積があつても、原告会社の勤務形態の下においては、昼間と休日の休養により相当程度疲労の回復を図ることが十分に可能であると認めていること、確かに、「慣れ」ということだけで深夜勤務による疲労がなくなるとか、前記のような生活上あるいは生理上の障害が完全に克服出来ることはないと考えられるが、逆に、疲労の程度を定量的に測定し、これと生理的機能の低下の相関関係を知り、これが深夜勤務に従事するのに不適当な程に達しているか否かを判定することは困難なことと言わざるを得ず(名古屋大学医学部に勤務する医師である山田信也証人もこの点は同一見解である。)、加えて、「慣れ」ということが全くなく、深夜勤務により疲労が絶えず蓄積増大され、これによつて生理的機能が低下し必然的に居眠りに結び付くとすれば、原告会社はもとより深夜勤務制度を採用している多くの企業において、居眠りをする者が多発して、深夜勤務そのものが成り立たなくなること、原告においては従業員の健康管理のため、前記のとおり産業医を置き、従業員に対し年三回の定期健康診断を実施するほか、高齢者、申し出によりあるいは診断により身体に異常の認められた者に対しては深夜勤務から外すなどの取扱いをしていること、被告は夜勤を嫌つてはいたものの、上司あるいは右産業医に対し、身体的故障を訴えたことはないし、医師から健康診断の折などに身体的不都合を指摘されたこともなかつたこと、まして原告から無理矢理本件プレナー作業を含む夜勤に従事させられたものでもないこと、ちなみに、被告は本件事故の発生した当日夜勤明けに同僚とのマージヤン大会に出掛けていること、以上の事実が認められる。証人松本一弥の証言中、原告会社における深夜勤制度が拘束時間が長いうえ、仮眠時間もなく、作業内容が単調であることから過酷であつて居眠りするのもやむをえないかという部分は採用できない。

これらの事実に加え(一)項冒頭認定の原告における勤務形態に照らすと、原告における夜勤制度が過酷なものであつて、そのため被告の作業中の居眠りが不可避であつたとは到底認められず他にこれを認めるに足りる証拠はない。

2  被告は、少なくとも深夜勤務においては、本件プレナーの作業担当者を二人にするとか、監視者を別に付ける等の特別の措置を講じるべきである旨主張するが、原告における深夜勤務において居眠りが不可避であるとは考えられないうえ、前顕石川義一の証言、同検証の結果並びに弁論の全趣旨によれば、かつては、汎用プレナーにおいて担当者二人による作業の行われていたことがあることは確かであるが、それは、相手方の居眠りを予防監視するためのものではなく、プレナーの機能あるいは性能上からそのようにしていたにすぎないものであるところ、本件プレナーは、機能的にも性能上も従来のプレナーに比べて優れており、プレナーとしての安全基準も備えた機械であつて、これらの点からするかぎり(自動切削化されているため却つて居眠りに陥りやすい虞れのあることも経験上考えられるところであるが、これが不可避とまで認められない以上、この点にどの程度の配慮をすべきかは使用者と労働者の労働条件の設定に委ねられるべきものであることは前叙のとおりである。)一人の作業者によつても容易かつ安全に操作できるものであることが認められ、更に本件事故当時、本件プレナーのような自動切削化されたプレナーを二人で作業させている企業は、工作機械業界に見当たらず、また、居眠りが不可避であることを前提にして監視者を付けることも、一般に行われていなかつたこと、原告と被告も加入する組合との間で、右の点が問題視されたこともなかつたことが認められ、これらの事実に照らすと、確かに担当者二人制は居眠り事故防止の観点からは望ましいかもしれないが、深夜勤における労働諸条件を一切無視してこれを企業側の義務であるとすることは相当でない。そして、先に認定のような原告における深夜勤の実情からすると、原告が右二人制を採らなかったことを把えて義務違反ということはできない。

3(一)  被告は、一般に、使用者には労働者の生命身体に対し十分な安全を保障し、配慮すべき義務があるから、使用者がこれを怠つたために生じた事故については、労働者の債務不履行あるいは過失の有無にかかわらず、常に使用者は労働者に対しその責任を問うことは許されない旨主張する。

確かに、現在における使用者と労働者との関係は、原告と被告とを含め、対等な立場にたつ契約の当事者といつた関係にはなく、労働者は一旦雇用関係に入ると、使用者の企業秩序の中に組み入れられ、支配従属関係に立たされることを免れないし、そのようなこともあつて、使用者の労働者に対する安全配慮義務の存在も一般に認められるところであり、従つて原告が使用者として、本件プレナーの作業に従事する被告の生命、身体に対し、その安全に十分配慮し、その危険を回避するため万全の措置を講ずべき義務を負つていることも被告の主張するとおりである。しかしながら、現在における使用者と労働者の関係が右のような性格を帯びているといつても、なおその関係は、労働者が使用者に対し一定の労務を提供すべき義務を負い、使用者がこれに対して一定の対価を支払うべき義務を負うといつた雇用契約の本質を否定することは出来ないものというべきであるから、労働者である被告が自己の責に帰すべき事由によつて(右雇用契約上の債務不履行ももとよりその事由に該当する。)事故を発生させ、使用者である原告に対し損害を与えた以上、一般的な責任阻却事由等がない限り、これに対し責任を負わねばならないのは双務契約上の一方の当事者であることからして当然であつて、たとえ、使用者において、安全配慮義務を尽していない事実があつて、この義務違反が当該事故発生に対し何らかの与因となつたとしても、これが使用者の労働者に対する求償額に影響することのあるのは格別、このことが直ちに労働者の右責任を免れさせる事由になるとは解されないし、そのような法的根拠も見出すことはできない。従つて、本件事故について、原告の安全配慮義務(但し、本件においては、仮に原告に抽象的に右義務違反が認められたとしても、被告の生命身体に対しては現実に損害は生じていないから、被告としては原告に対し右安全配慮義務違反を問うことはできない筋合である。)が、被告の債務不履行責任に比して第一義的、先行的義務であることを前提として、被告に責任がない旨をいう被告の主張は採用できない。

(二)  もつとも、労働者の従事する作業が法令上禁止されているものであるとか、高度の危険を伴つたりあるいは不意に危険な状態が発生したという場合、使用者において、右危険を回避するため適切かつ緊急の安全措置を講じ、更には作業を中止させるべき義務があるのにこれを怠つたために、労働者の側に十分な労務の提供を期待するのが相当でないといつた特段の事情のあるときは、使用者において労働者の債務不履行責任を問うこと自体著しく正義に反するものとして許されないことも考えられるところである。しかし、本件全証拠によつても、本件プレナー作業そのものについて、右に述べたような特段の事情を認めることはできないから、いずれにせよ、被告のこの点の主張は採用できない。

4  被告は、右安全配慮義務及び深夜作業中の居眠りの不可避性に関連して、原告には、本件のような事故を防止するため、本件プレナーに自動停止装置又は警報装置を設置すべき義務があり、それは容易かつ十分可能である旨主張するので、この点について検討する。

(一) 成立に争いのない甲第九号証の一、二、第一三四号証の一ないし三六、第一三五号証の一ないし一五、第一三六号証、乙第二二号証の一、二、前顕証人石川義一の証言及びこれにより成立の認められる甲第八号証、第一三七号証、証人新宮博康の証言、同鑑定人の鑑定の結果並びに前顕検証の結果に弁論の全趣旨を総合すれば以下のとおり認めることができる。

(1) 本件プレナーのような汎用工作機械を完全自動切削機械化することは、現在の制御機械技術の一般的水準の下では不可能というほかないが、本件事故のような過剰切削を防止するという目的の範囲内での自動化ということであれば、次のような方法によつて刃物が所定の位置に到達した時にテーブルの往復運動あるいは刃物台の下降を止めることによつて、その目的を達することができ、しかも、原告の工作機械の大手メーカーとしての設備と技術力からすれば二〇ないし三〇万円の費用でそのような装置を設置することが可能である。

即ち、刃物(刃先)の位置の検出方法としてはリミツトスイツチあるいはリミツトスイツチを光学的検出に置き換えたもの、更にはリミツトスイツチを磁気的検出(フオートセンサーなど)に置き換えるなど様々な方法が考えられるが、これら検出装置はいずれも刃先の位置を加工物あるいはプレナーテーブル面との関係で、一定の幅を持つた間隔内で知り得るように設置すれば足りるものであることからこれを認めることができる。その他、テーブルのストローク数と刃物台の送り量の関係からストローク度数を割り出し、度数計とリミツトスイツチを組み合わせる方法、刃物に歪ゲージを取付け、これを情報処理化して停止位置を検出するなどの方法が考えられるが、本件事故当時の制御関係の一般的技術力からすれば最初に述べた方法が最も簡便であつて、その他の方法も、情報処理技術が進展すれば、正確性、安定性を増し、これが完全自動制御化へ連なるものとして有力な方法である。

こうして、刃先の位置を検出し、所定の位置に到達した時に、リレー装置を介在させ、テーブル駆動用モーターの電源を遮断し、あるいは刃物台ギアボツクスの手動レバーを電磁石等により作動させ、歯車のかみ合わせを切り離すことにより、テーブルの往復運動あるいは刃物台の下降を止めることができる。また、非常警報装置についても、前記自動停止装置を併用して各々の処理回路に若干の付属回路を設け、あるいは単に停止用リレーを駆動する所を警報発生器に置き換えることによつて設置可能である。

(2) 原告は、本件プレナーの如き大型汎用機においては刃先の精密な検出とテーブルの瞬間的停止は到底不可能であり、場合によつては、極めて危険である等と主張し、右甲第一三七号証、証人石川義一の証言中にはこれに副う部分があり、また弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一四七号証において、原告会社の技術者である久保田寛他一名は、前記新宮鑑定に対し批判を加え、その結論を机上の空論であるとするが、その経済的効率の点を別にして、本件事故のような過剰切削による事故を防止するという見地からみる限りは、切削の完了と同時に精確かつ瞬間的に機械の作動を停止させるまでの必要はないのであつて、切削完了の手前である程度の余裕をもたせた位置において一時停止させ、その後のわずかの部分は、手動によつて切削を完了させる方法を採れば足り、場合によつてはその方が切削方法として望ましいことが前掲証拠によつて認められるからこれをそのまま措信することはできない。

従つて、これと異なる前提に立つて、右方法による自動停止装置の設置を無意味かつ不可能である等とする原告の主張は採用できない。

(3) もつとも、理論上は右判断のとおりであるとしても、4(一)掲記の証拠によれば、本件事故当時の工作機械業界において、実際に、汎用プレナーに完全自動制御化されたり、自動警報装置を備えた機械は存在していなかつたし、部分的にせよ、自動送り中に一定の位置に達した際プレナーの往復運動あるいは刃物台の降下を自動的に停止させる装置を備え付けたものも見当らず(汎用機でないものについては、作業能率その他の見地から自動制御化が図られ、これは日時の経過とともに、その範囲が拡大されつつある。)、自動送りにした場合でも作業者の切削状況の監視業務と相まつて初めて良好な切削作業が遂行されるものと一般に考えられていたこと、労働安全衛生法その他関係諸法令上も本件プレナーが安全基準に違反する点はなく、むしろ、刃物台あるいはテーブルが作動限界に来た場合あるいは他の装置と衝突したりした場合に機械自体の破損を防ぎ、合わせて人身等に対する危険を防止するため、汎用プレナーにも必要かつ十分な各種保安装置が設置されていたこと、更に本件事故当時はもちろん現在においても、前記のような事故防止のための自動停止装置を設置した場合は、成る程、それ自体の費用は低廉であるかもしれないが、これを作業の内容や加工対象の形状等に合わて目的別に作動させるためには、刃物合わせ毎に装置の調整を要する等の準備作業に相当の時間と手間のかかることが予測され、作業能率の低下を招くことを免れず、時には、安全装置の不完全さなども加わつて、これら準備作業によつて、労働者の生命、身体に対する危険の増大することもなくはないと推測されること、以上のとおり認められ、これらの事実に照らすと、原告が本件事故当時、熟練した労働者が操作する本件プレナーに、自動停止装置あるいは警報装置を設置しておかなかつたからといつて、これをもつて、原告が労働者の安全を軽視し、作業の能率を優先させ、もつて自社の利益を図るものであるとして非難するのは相当でないというべきである。

(二) また被告は、右安全装置を設置することが作業能率上問題があるならば、深夜の交替勤務の折とか作業者に眠けの催した時にのみ使用するようにすれば足りるとか、その方が作業能率も上るなどと主張するが、これは、汎用プレナーに、精密かつ完全に実用化された自動停止装置が設置されて初めていえることであつて、本件事故当時における自動停止装置等の技術的水準と実用化の実態が前記のとおりであることからすればたやすく採用できない主張というべきである。しかも眠くなつた時に使用するというが如きは、居眠りが被告自ら述べるとおり突然作業者を襲う性質のものであることを思えば、実際にそれが必要になつた時点で直ちに作動させるということは困難であるし、逆にその必要性のない時に、これを使用するということにもなりかねないのであつて、いずれにせよ、被告の右主張は採用できないところである。

5  次に、被告は労働過程上の過失については、労働者に故意もしくはこれと同視得べき重大な過失がなければ、労働者は損害賠償の責任を負わない旨主張する。

ところで、一般に、高度に技術化され、急速度で技術革新の進展する現代社会において、原告のように新鋭かつ巨大な設備を擁し、高価な製品の製造販売をする企業で働く労働者は、些細な不注意によつて、重大な結果を発生させる危険に絶えずさらされており、また、本件事故当時の原告会社を含む機械製造等を目的とする大企業における雇用形態は、概ね終身雇用を基本としていて、使用者と労働者は右のような終身雇用制を前提として労働契約を締結するのが普通であるといわれ、かような長期にわたる継続関係においては、労働者が、労働提供の意思を欠き、作業を放棄してしまつたというような場合は格別、労働提供の意思を持つて、作業に従事中の些細な過失によつて、使用者に損害を与えた場合について、使用者は、懲戒処分のほかに、その都度損害賠償による責任を追及するまでの意思はなく、むしろ、こうした労働者の労働過程上の落度については長期的視点から成績の評価の対象とすることによつて労働者の自覚を促し、それによつて同種事案の再発を防止していこうと考えているのが通常のこととされている。

そして、前顕被告本人尋問の結果、成立に争いのない甲第四八号証、第五七号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告と被告の雇用関係も、右に述べたような終身雇用を前提とする養成工としての入社に始まり、次第に専門的技術者として累進して来たものであることに加えて、原告において、これまで従業員が事故を発生させた場合、懲戒処分については、原告の就業規則にも所定の規定があり、これに従つて処分された事例がある(但し物損事故のみの場合はない)のに対し、損害賠償請求については、何ら触れられるところがないばかりか、過失に基づく事故について損害賠償請求をし、あるいは求償権を行使した事例もないこと、更には原告の従業員の労働過程上の過失に基づく事故に対するこれまでの対処の仕方と実態、被告の原告会社内における地位、収入、損害賠償に対する労働者としての被告の負担能力等後記認定の諸事情をも総合考慮すると、原告は被告の労働過程上の(軽)過失に基づく事故については労働関係における公平の原則に照らして、損害賠償請求権を行使できないものと解するのが相当である。

もつとも、労働過程上の過失に基づく損害賠償について右のように解しても、被告の本件作業中における居眠りを軽微な過失ということはできないところである。即ち、プレナー作業においては、作業者の不注意やミスが重大な結果をもたらす危険のあることは被告も争わないところであるから、そのような作業中に居眠りをすること自体基本的な注意義務を欠くものであるうえ、これ迄に認定してきたように、原告の深夜勤務制度は居眠りが不可避という過酷な勤務条件ではなく、現に居眠り事故が頻発しているわけではないこと、被告はわざわざプレナーの右へまわつて椅子を持出してこれに掛け、自ら居眠りに陥り易い状況をつくり出し、その居眠り時間も少なく見積つても七分を下まわらないことに照らせば、むしろ重大な過失というほかないものである。

従つて、本件事故における被告の過失が軽微であることを前提とする被告の右主張は採用できない。

なお、本件損害賠償請求は、主位的には被告の居眠りを債務不履行と認め、その責任を問うものであるが、債務不履行においても、債務不履行に至つた経緯及び義務違反の程度について、不法行為における過失と同様にその違法性の程度を考えることができるから、被告の責任を認めるうえで、右過失における理論を本件債務不履行についても準用して妨げないものと解されるところ、被告の本件居眠り行為は右の意味で、重大な義務違反と評価されるべきものであることは前認定のとおりである。

6  被告は、原告においては労働過程における労働者の過失に起因して被つた損害については損害の賠償請求をしないという事実たる慣習があつたと主張し、原告会社内において日常の労働過程における労働者の過失に起因する物損事故については、これまで懲戒処分はもとより損害賠償の請求を受けた者がいないことは原告も敢えて争わないところである。しかし、前顕甲第六一号証、成立に争いのない甲第一〇四号証(甲第四八号証、乙第二六七号証は一部)、第一四三号証、(甲第五一号証は一部)、原本の存在と成立に争いのない甲第一四二号証(甲第七九号証、第八二号証は一部)、前顕石川義一の証言及びこれにより成立の認められる甲第四七号証(以上を一括して「石川義一の供述等」ということがある)、成立に争いのない甲第六四号証、第三二九号証の四(原本の存在も)、第三三〇号証によれば、原告がこれまでの従業員の過失に基づく物損事故について、従業員に対し損害賠償等の請求をしなかつたのは、それぞれ事故の態様、当該従業員の日頃の勤務状況や事故に対する反省の態度等に鑑みて、損害賠償の請求を差し控えたものであつて、物損事故について従業員に対し損害賠償をしない慣行があり、それに従つたというわけではないこと、しかも本件事故は前記のとおり被告の七分以上に及ぶ居眠りという重大な過失に起因するものであるうえ、後記反訴において認定のとおりの同事故に対する被告の責任の取り方とか、被告がこれまでに作業中に度々居眠りをしたなど被告の普段の勤務態度、成績等の点において、これまでの物損事故と異つた特色を有しており、原告はこのような諸事情を斟酌した結果、本件損害賠償請求に及んだものであることが認められる。これに対し前顕乙第八七号証の三、原本の存在と成立に争いのない乙第九一号証の二並びに被告本人尋問の結果(第二回)によれば、過去に従業員の作業中の居眠りによる二、三の物損事故の発生したことが認められるが、これらについて原告が当該従業員に損害賠償請求をしていないことは前記のとおり原告も争つていないのであるが、これも未だ原告会社内において、右のような事故の態様、結果及び事故後の情状等を離れて一般的に物損事故について損害賠償請求をしない慣行の存在を認める証左とするには足りず、他にそのような慣習のあつたことを認めるに足りる証拠はない。

7  被告は本件損害賠償請求は思想信条による差別であり、不当労働行為にも該当すると主張する。

労働者が自己の不注意によつて、事故を惹起し、そのため、使用者に対し損害を与えた場合、たとえそれが労働過程上の事故であつても、使用者は、前叙のような特段の事情がない限り、当該労働者に対し、損害賠償請求をなし得るのが原則であつて、損害賠償請求自体が思想信条による差別であるとか、あるいは不当労働行為であるとして許容されないことがあることは否定できないとしても、それは使用者において、損害賠償請求に藉口して、労働者に対する右差別意思あるいは不当労働行為意思を実現しようとしているなどの特段の事情の認められる限られた場合であると解される。

そこでこれを本件についてみるに、前同被告本人尋問の結果及びこれにより成立の認められる乙第一四号証、第一七号証の一ないし九、第一八号証の一、二、第一〇一号証、成立に争いのない乙第三一〇号証、前顕甲第四〇号証によれば、被告は日本共産党員であつて、かねてより労働組合の役員選挙においても特定の候補者のため熱心に選挙運動に従事し、同僚組合員の解雇問題についても、その処分撤回闘争に積極的に加わるなどして、労働組合活動を熱心に行う一方、個人的にも原告会社における夜勤制度そのものが、労働者の人間性を損うものであるとして反対するなど、常々労働者の労働条件の改善問題に熱心に取組んでいたこと、また社外においても名古屋勤労者演劇協会(以下「労演」という)の組織部長あるいは副委員長として組織の拡大と発展に努め、原告社内の他の従業員に対しても労演への加入を勧めたり、勤務時間外には一般への宣伝活動にも従事し、更には、自分の子供が通う保育園においても父母の会を新たに組織してその役員になるなど多方面に亘つて共産党員としての自覚を持つて、活動していたこと、被告の上司にとつて、被告の右組合活動のことは周知のことであり、被告が原告会社の夜勤制度に反対しこれに就くことを嫌つていたことも承知していたこと、また被告が他の従業員に対し労演への参加を勧誘していたことも他の従業員をとおして知つており、上司の中には労演への参加を心良く思わない者もいたこと、被告は昭和四二年以降、人事考課は、概ね最低に評価され(但しその当否は後記のとおりである)、他の同僚に比較して昇給等もかなり遅れていたこと、上司である石田作次ライン長から右のような社外活動を自粛したらどうかと勧められたり、被告の日頃の勤務振りに関し、同人の妻も交えて三人で話し合いたいとの申入れを受けたこともあつたことが認められる。

しかしながら、原告会社において、被告が日本共産党員であること、あるいは熱心な組合活動家であることを理由に、他の従業員と特に差別して人事考課上低位に評価し、昇給等を遅らせるなどの処遇をしたことを認めるべき確たる証拠はないばかりか、却つて、被告の人事考課査定が低位に止め置かれたのは相当な合理的理由があつてのことであることは、反訴において認定のとおりである。また石田ライン長が被告に対し同人の妻を交じえての話合いまで持出したのも、居眠り事故を始めとする被告の日頃の勤務態度に問題を感じてこれを改善すべく行つたものであつて、それ以上の意図のないことが甲第四〇号証によつて認められるうえ、原告が本訴提起に当たり、被告の勤務成績の不良なことを一つの考慮事項にしたからといつて、これが思想信条による差別あるいは不当労働行為意思に基づくことにならないことはいうまでもなく、更に原告は本訴提起に当たり前項記載のとおり本件事故の態様と結果の重大性などを考慮要素としたことのほかに、右事故に端を発して、後記のとおり被告に対する出勤停止処分、続いて第一次解雇処分に発展した際の、被告の原告に対する対応の仕方が原告の信頼感を大きく裏切るものであつたことを直接の動機としてなされたものと推認され、この認定を左右するに足りる証拠はない。

従つて、本件損害賠償請求が、思想、信条により差別する意思に基づき、あるいは不当労働行為意思に基づきなされたものである旨の被告の主張は採用できない。

8  被告は、本件事故の態様と結果、本件事故に対する原告被告双方の責任の有無と軽重、実質的損害額の程度、原告と被告間の資力、経済力の較差、損害の軽減措置の有無、本件損害賠償請求の動機、これが被告に及ぼす影響等の諸点を考慮すると、本件損害賠償請求は原告と被告の雇用関係を支配する信義誠実の原則に反しかつ権利の濫用に該当する旨主張する。

(一) しかしながら、本件事故が被告の重大な注意義務違反に起因するもので、発生したキズの程度も前記のとおり当事者間に争いがなく、決して軽微なものとはいえないこと、原告に、本件事故を回避するための事故防止装置を設置するとか、本件プレナーの作業者を二人制にするなどの措置を講ずべき義務のないこと、本件損害賠償請求の動機にも格別違法と目すべき事由の見当たらないこと、以上の事実はこれまで認定、判断して来たところから明らかである。

(二) 次に、本件損害賠償請求が、被告の受けた本件出勤停止処分、本件一次解雇との関係で被告に対する二重、三重の処分である旨主張し、本件事故に端を発して被告が右のような処分(但し予備的解雇の点を除く)を受けるに至つたものであることは前記のとおりであるが、民事上の損害賠償請求と懲戒処分あるいは(普通)解雇処分とは、もともとその存在理由と成立根拠を異にするものであるから、本来それぞれの観点から、使用者は権利行使が許されるべきものであるし、前記就業規則、労働協約等においても、特にこれを制限した規定も見当たらないところである。

(三) ただ前叙のとおり、原告の就業規則において、原告の従業員に対する損害賠償請求について何ら触れられるところがなく、これまで原告会社において、単純な物損事故について従業員に対し損害賠償請求をした事例がないといつた事実は、それが慣行とまではいえないにしても、それなりに、使用者と従業員間の共通した認識として、使用者は従業員を懲戒処分に付した場合とか、解雇により従業員を社外へ放逐する場合(なお、原告は本件一次解雇が懲戒的意味合いのあるものであることを自認している。)には、原則的には、損害賠償請求まではしない意思であり、従業員としても、損害賠償請求までされることはないとの期待を有していたものと推認されないではない。しかし、この点は原告の企業規模とか被告との資力、経済力の較差、原告が機械保険に加入するなどして損害の軽減措置を講じていたか否かなどと共に、本件損害賠償額を定めるに当たり、考慮されるべき事由に止まると解するのが相当であり、他に本件損害賠償請求が権利の濫用に当たることを認めるに足りる証拠はない。

六  損害について

1  本件プレナーはベツド物加工も可能な高精度の大型汎用機であつて、原告がこれを購入設置した目的も、右のような機能と性能を利用しようとすることにあつたこと、本件事故により本件プレナーテーブル上面に前記のとおりの大きなキズが付けられたことは前に判示したとおりである。

2  原告は、本件キズが修復の余地がなく、かつプレナーテーブルを取り替えなければならない程度に本件プレナーの機能と性能を損うものである旨主張するので検討する。

前顕甲第二号証の一、二、第五号証、第六号証、石川義一の供述等、及びこれにより成立の認められる甲第三号証、第四号証、第七号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一二六号証ないし第一三三号証、第一四六号証、証人西山廉、同大森正信の各証言、鑑定人西山廉、同大森正信の各鑑定の結果、前顕検証の各結果に弁論の全趣旨によれば次の事実が認められ、右証拠中この認定に反する部分はいずれも採用しない。

(一) 本件プレナーテーブルの形状は別紙図面記載のとおりである。

ところで本件プレナーによる加工作業の手順はその要点をしぼつて摘記すれば、まず段取り作業として、加工対象物を直接にあるいはカイ物を使つて間接的に本件プレナーテーブル面上に強く固定して据付けるのであるが、加工対象物を固定するには右テーブルに設けられたT溝にボルトを差し込み、ナツトで強力に締め付けるものである。そして、とりわけLT二〇〇〇型あるいはLT四〇〇〇型などの旋盤ベツドの摺動面を切削する場合などは一〇トン近い強い力が別紙図面表示のT溝アゴの部分にかかることもある。

(二) ところが、本件キズが右T溝に沿つて、これから五六ミリしか離れていない地点に、三ミリの深さで存在するため、右のような強力な締付けをした場合、従来のテーブルに比較してT溝アゴの部分の剛性が低下しているため、テーブル面が歪むなどして、右のようなベツド物の加工の際、その精度に悪影響を招来する可能性が生じた。また、本件キズはバイトの刃先のみならず、刃のないシヤンク部分で強くテーブル面をこすり付けるような格好で作られた関係から、キズの周辺にいわゆる加工硬化を惹起し、右キズの両側には五ミクロンないし一〇ミクロンの盛上り部分が生じ、そのため右キズの上で段取りをしようとすると、加工対象物やカイ物等が微妙に不安定となり、このようなキズの付いたままのテーブル面では、通常テーブル上面に要求される基準面としての機能と性能に低下を来たすことになつた。

そこで本件キズの修復については、キズの部分を埋め込む方法により、テーブル上面を真平らにすることが考えられるが、これはキズの形状、本件プレナーテーブルの材質、接着技術等の面から、技術的に困難で、これによつて従前どおりのテーブル面の強度と精度を回復することは不可能に近いことである。次に、テーブル面全体を原告の有する大型プレナーを使つて、三ミリ平削し、テーブル上面の真平らさを回復することは可能であるけれども、それは本件プレナーテーブル及び同T溝アゴ部分の肉厚そのものを三ミリ減ずることになるから、T溝にボルトを差し込んで加工対象物等を締め付けた場合、同テーブルの剛性は更に低下し、テーブルの歪みも増大し、それだけ、切削作業の精度に対する影響も増幅される虞れが生ずるほか、プレナーテーブル上面は精度修正のため、通常二年ないし三年に一回、〇・二ないし〇・三ミリ、全面にわたつて平削されるが、右のようにテーブル面全体を三ミリ平削することは、一〇回分の精度修正のための平削を一度に行うことになり、二〇ないし三〇年のプレナーテーブルの耐用年数に相当する効用を一挙に失わせるわけであるから、いずれにせよテーブル面を三ミリ全面平削することは適当な策とは認め難いところである(なお、本件プレナーを製造した米国グレー社もこのような方法による修復は適当でない旨の意見を寄せている。)。

(三) しかし、前掲各証拠に成立に争いのない乙第二九号証、第四三号証、第四四号証並びに被告本人尋問の結果を加えて考えると次のとおり認めることができ、これに反する右甲第一四六号証、石川義一の供述等の一部は右証拠に対比して採用し難く、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第三六八号証の記載も右認定を動かすには足りず他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) ところで、実際にプレナー作業の結果得られる精度(加工精度)は、基準面としてのテーブル上面の真平らさとか剛性などプレナーテーブルのもつ静的な精度のみに由来するものではなく(最少限の精度が保たれていない場合はもとより論外であるが、本件プレナーテーブル面は本件キズにより、右程度の精度までが失われたとは認められない。)、作業者の段取りの良否、切削速度、作業条件の適否、作業手順、方法などの作業者の知識経験等の作業者の能力によつても重大な影響を受けるものである。

(2) 本件キズの両側の盛上り部分は、ハイスその他の超硬合金の仕上バイトで削り取ることが可能と考えられる。確かに右盛上り部分が五ないし一〇ミクロンといつた極小単位で加工硬化を起こしているため、その部分をバイトによつて平削することを困難にすることは予測できるけれども、そもそも一般の加工対象物にしても、その材質、硬度の絶対的な均一性が保たれているわけではないであろうし、五ないし一〇ミクロンという極小単位の精度を問題とする本件プレナーによつて、右のような単位での平削が直ちに不可能と言い切るのは矛盾といえなくもないところである。仮に右盛上り部分が僅少で右の方法ではこれのみを削り取ることが技術的に困難であるというのであれば、キサゲ、油砥石でこれを削り取ることは十分可能と推認される。この場合テーブル上面を真平らにすることは困難であろうけれども、その程度の不均一は、本件プレナーテーブル面上に認められる他の多くのキズの存在に照らして精度上、本件プレナーテーブルの基準面としての機能を損う程のものではないと思われる。なお、本件事故後、四年を経過した時点では、その経緯は不明であるが、現実に右盛上り部分を測定するなどして明確にその存在を確認することができない状況であつた。

以上の事実に鑑みると、本件プレナーテーブル面上の盛上り部分は、これがため加工対象物の据付けを不安定にする難点を回避することができる程度に更生することは十分可能と認められる。

(3) もつとも、本件キズが本件プレナーテーブル面上の使用頻度の高いT溝付近に前記のとおり存在する関係上、加工対象物によつては、右キズを避けて据付けたり、カイ物をしたりなどしなければならなくなることは当然予想され、そのため、作業能率の低下は避けられないところである。特にこれまで本件プレナーで加工していた研削盤砥石軸筒の研削は本件キズが障害となつて原告はその加工を他のプレナーに移している。

(4) 次に本件キズによる本件プレナーテーブルのT溝アゴ部分の剛性の低下についてみるに、本件プレナーテーブルに加工対象物を現実に据付けた時のT溝アゴ部分の受ける力が何トンであるか、同部分の変形量と変形の状態を正確に測定し、あるいは計算によつてこれを正確に知ることはいずれも容易なことではない。まして、右T溝から五六ミリ離れた場所にある本件キズの右T溝のアゴ部分の変形量、変形の状態に及ぼす影響の程度を知ることは不可能に近いことである。

ただ、前顕鑑定人大森正信の鑑定の結果によれば、本件プレナーテーブル上面を三ミリ全面平削したと仮定し、前掲検証の折にT溝にボルトを差し込み、加工対象物を置いて強くナツトで締め付け、実際に測定したところ、T溝アゴから二〇ミリの地点における変位量が一六ミクロン、四〇ミリの地点におけるそれが五ミクロンであつたことを参考にして、T溝アゴを片持はりと見立てて、T溝アゴ部分のたわみの程度を、極めて粗い推定ではあるが、計算すると、約三六パーセント増大すること、しかしテーブル上面を三ミリ切削する前のT溝アゴのたわみの量は〇・四四ミクロン以下であるから、そのたわみは〇・五九ミクロン以下に保たれるので、たとえテーブル上面を三ミリ切削したとしても、T溝アゴの剛性は、実際上問題となる程は低下しないとの判断が示されている。そこで、右鑑定の結果に本件プレナーテーブルのT溝アゴ部分の構造が単純な片持はり以上の剛性を有するものであること及び本件キズがT溝アゴの先端から五六ミリ内側に位置していることなどを考慮すると、本件キズのT溝アゴの剛性に与える影響はかなり低いのではないかと推定される。

もつとも、右実測結果及びこれを基礎にしての右大森鑑定の結果は、ボルトを締め付ける力が何トンかを測定したうえでのものではないから、前記LT二〇〇〇等の旋盤ベツドの摺動面の加工の際に、本件プレナーテーブルのT溝アゴ部分に、原告の主張するように一一トンの力が加わるとすると、右T溝アゴ部分を三ミリ切削した場合はアゴの剛性が、その張力に耐えられなくなるなど、精度上、特別に顕著な影響の生じることが考えられないではない。

しかし、原告はこれまで本件プレナーで前記のような旋盤ベツドを加工したことはなく、本件検証等の際はもとより、原告において、私的にも、右のようなベツド物を本件プレナーに据付けて、プレナーテーブル及びT溝アゴ部分等にかかる力の量、本件プレナーテーブル及びT溝アゴ部分の変位量、変形の状態等を実験していないので、右旋盤ベツドを加工した際、原告主張のような精度上の変化が果して実際に生じるものかは想像の域を出ない。のみならず、右加工の際据付けに使用される四分の三インチ特殊鋼ボルトが、計算上は一一トンの張力に耐え得る強度があるといつても、右ボルト締めに使われているJIS規格のスパナを用いて手で締め付けるとすると、せいぜい八トン位の張力までが限度であつて、一一トンもの力で締付けられることはまずありえないと推測されるところである。しかして、右のような現実の作業あるいは実験結果から隔絶した力がT溝アゴ部分に加えられた場合に生じる可能性のある本件プレナーの精度の低下の機序と程度についてまでは、本件全証拠によつても容易に知ることはできない。

このように、従来、加工していたものを加工しなくなつた事例としては前記のとおり一件があるのみであり、しかもベツド物の加工は本件プレナーの購入後に購入された他の大型プレナーによつて、処理されており、本件プレナーでは主としてギアボツクスなどのいわゆる箱物と称するものを加工対象としていたこと、更に、本件キズが生じた後、実際に加工したMDB主軸頭について、その精度を測定したところ、精度不足が生じた旨の前顕石川義一の供述部分も、右精度不足が果して、本件キズによる本件プレナーテーブル面の精度不足から生じたのか、その他の諸々の作業要因によつて生じたものかは必ずしも明らかでないところがあつて、ただちには採用できないところである。

(四) 以上認定の事実を総合すると、前記盛上り部分を除去することは可能であるか、あるいは既にこれが消滅しているかにも窺われ、本件プレナーはそのテーブル部分の取替を要する程その機能と性能を損われたとは認め難く、却つて、本件キズは本件プレナーの作業能率を幾許か低下させたことは明らかであるが、前記盛上り部分を削り取りさえすれば、その機能と性能にはそれ程大きな影響を及ぼすものではないことが推認される。

ちなみに、原告工場においては、本件プレナーと同様の久保田鉄工製等の大型汎用プレナーに、本件キズに類する大きなキズがありながら従前どおり相当長年月にわたつて使用されているものがあるし(もとより、本件プレナーが右久保田鉄工製のプレナーと同じ程度の精度しか要求されていないことを意味するものではない。)、本件キズにより本件プレナーテーブルの剛性の低下などにより、原告が加工作業を行うことができるかどうか危惧している旋盤ベツドなどの加工についても、原告はこれまでも本件プレナー以外の高精度を有する他の大型汎用プレナーによつて行つていたことが認められるところである。

3  そこで本件キズの存在によつて、本件プレナー作業上受ける作業能率の低下に及ぼす影響を中心に、本件キズにより原告の被つた損害を評価することとする。

ところで、本件プレナーのようなキズのある中古プレナーの取引はこの種機械業界において皆無に近いため、一般的取引価格から、本件キズによる本件プレナーの価値の減少額を知ることはむずかしく、従つてかような取引事例のない本件プレナーについて、本件キズによる簿価が五〇パーセント以下に下落した旨の前顕西山廉の鑑定書中の記載もにわかに採用できないところである。

しかして、本件キズによる作業能率の低下の程度をどの程度の価値に評価すべきか極めて困難な問題といわざるを得ないが、本件プレナーが矢張り前記のとおりの高い精度を有するプレナーであつて購入後二年しか経過していない新鋭のプレナーであること、T溝が全部で五本あるうちの使用頻度の高い一本について作業面積上の制約を受けることになつたものであることなどを総合して、少なくとも本件プレナーテーブル全体の五分の二の機能と性能を喪失したものと解するのが相当である。そこで、前顕西山廉の鑑定の結果により認められる本件事故当時の本件プレナーテーブルの購入価格一三二一万八〇〇〇円から法人税上の定率法により本件プレナーの耐用年数を一〇年として二年の減価を行つた場合の価格を算出すると八三三万四〇〇〇円となり(千円未満切り捨て)、その五分の二は三三三万六〇〇〇円となるので、最少限同額の損害が生じたことになる。

算式

13,218,000×0.206(10年の償却率)=2,722,908

13,218,000-2,722,908=10,495,092 10,495,092×0.206=2,161,988

2,722,908+2,161,988=4,884,896

13,218,000-4,884,000=8,334,000

8,334,000×2/5=3,336,000

4 なお、原告は、本件プレナーでの部品加工が今後箱物部品の切削加工に限定して行われると仮定しても、MDB型中ぐり盤主軸頭など一一種類の箱物部品が切削不能となつたのであるから、この箱物部品の月当り作業時間二〇五時間の外注費につき、本件プレナーの残存法定耐用年数約八年分を計算すると金四〇五一万九八九〇円となり、これは本件キズによつて箱物部品の切削不能をきたしたことによる原告の損害であると主張し、甲第三六九号証にはこの主張に副う記載がある。

しかし、これまで認定してきたように本件キズのために、右一一種の箱物に対する切削加工がすべて不能になつたとはにわかに認められないから、この点の原告の主張は採用できない。

5 そこで最後に、被告の賠償すべき具体的金額について判断する。

(一) ところで、一般に、裁判所は損害賠償請求事件において、その賠償額を定めるに当たつては当該事件に現れた一切の事情を斟酌すべきものと解されていることからして、特に本件事故のような労働過程上の過失もしくは不注意によつて生じた事故については、雇用関係における信義則及び公平の見地から、前記五記載の諸事情について更に検討斟酌してその額を具体的に定めるのが相当である。

(二) 以上の見地から、原告と被告の経済力、賠償の負担能力についてみてみると、その較差の状況は被告の主張六2記載のとおりであること、被告が機械保険に加入するなどの損害軽減措置を講じていないことは原告も争つていないところ、前顕石川義一の証言によれば機械製造を目的とする企業においてその使用に係るプレナーに保険を付している企業は皆無に近いことが認められるものの、一方、成立に争いのない乙第一九号証の一、二、三によれば、我が国でも遅くとも昭和三一年以降機械保険がもうけられ、これに加入していれば従業員の過失により機械の受けた損害についてもこれを填補できたことが認められること、これに本件事故が重大とはいえ深夜勤務中の事故であつて前記五1(一)記載のとおり被告に同情すべき点のあることや同6記載の原告会社における物損事故に対する取扱の状況及び同8(二)(三)記載のとおりの処分を受けていることなど本件に現れた一切の事情を斟酌すれば、被告が賠償すべき金額としては前記三三三万六〇〇〇円の四分の一に相当する八三万四〇〇〇円(千円未満切り捨て)及び弁護士費用として一〇万円と各定めるのが相当である。

(三) 原告は本件プレナーの損傷により著しく名誉と信用を毀損されたので慰藉料を請求する旨主張するけれども、本件のような物損事故について、右のような精神的慰藉料を請求出来るのは、物損に対する賠償金の支払いによつては填補されない特別の損害のある場合に限られるべきはもとよりのところ、原告のごとき法人がその所有する機械を毀損されたからといつて、経済的損失を離れて精神的な被害が生じるとは、通常考えがたいところであり、その他本件全証拠によつても、そのような特別の事情は認められない。

七  以上によれば、被告は原告に対し金九三万四〇〇〇円並びこれに対する被告へ本訴状が送達された日の翌日(昭和四八年三月一七日)以降の遅延損害金を支払う義務がある。

(反訴についての判断)

第一本案前の抗弁について

一  反訴中本件一次解雇に関する請求部分について

1 本訴請求は被告が作業中に居眠りをしたため原告所有の本件プレナーに損傷を与えたことを理由とする損害賠償請求を訴訟物とするのに対し右反訴請求は原告が正当な理由なく裁判所の命令に反して違法に被告を(普通)解雇したことを理由とする損害賠償請求を訴訟物とするものであつて両請求がその訴訟物を異にすることは明らかと言うべきである。

2 ところで民訴法二三九条は、反訴が許される要件として「本訴の目的たる請求又は防御の方法と牽連するときに限る。」と規定している。これを少しく敷衍するならば、反訴請求が本訴請求と牽連するとは訴訟物である権利の内容又はその発生原因事実に共通するところがあることをいい、反訴請求が本訴の防御方法と牽連するとは、本訴を理由なからしめる事実が、反訴を理由付ける事実の全部又は一部を構成する関係にあることをいうものと解すべきである。そして右要件を欠くときは、反訴は不適法な訴として却下を免れないところである。もとより反訴が認められる根拠は関連した請求を併合審理することにより審理の重複や裁判の矛盾を回避することにあるから、反訴請求が本訴の目的である請求又は防御の方法と関連するか否かを判断するに当たつては、まずこのことを基本において考える必要のあることはいうまでもないことである。

3 そこで、これを本件一次解雇に関する反訴請求部分についてみるに、本訴請求は作業中の被告の居眠り事故による損害の発生を請求原因としているのに対し右反訴請求部分は原告の被告に対する違法、不当な解雇による損害の発生を請求原因としていることは前記のとおりであつて、これを形式的にみるならば、両請求は権利の内容においても、発生原因の点においても、関連性はないといわざるを得ないところである。

しかしながら、本訴及び反訴における原告、被告双方の主張と争点を実質的にみるならば、右反訴請求の理由の有無を判断するには、その前提として本件一次解雇の当否の判断が不可欠であり、更に右解雇の当否は通常、解雇権濫用の法理に従つて判断される関係上、右一次解雇に至る経緯等の諸般の事情が重要な判断要素となるものであるところ、右一次解雇はまさに、後記認定のとおり、原告が本訴請求原因とされている被告の作業中の居眠りを把えて被告を出勤停止処分に付したことに端を発し、被告が後に右処分の取消を求めるに及んだことから、原告が被告を従業員としての適格性に欠けるとしてなしたものであることが明らかである。

従つて、右反訴請求の理由の有無の判断に当たつて被告の居眠りの内容、違法性、責任の有無、程度は重要な判断事項となつているものである。

一方、本訴においても、被告の作業中の居眠りは、その具体的内容と存在については、双方間に争いがないものの、違法性、責任の有無、程度が重要な争点として取り上げられていることは本訴において前に認定したとおりである。

4 以上のような、本件訴訟における両請求の関係をみるならば、本訴請求と本件一次解雇に関する反訴請求部分とは攻撃、防御の方法において、強い関連性を有することが認められるから、右反訴について反訴の要件に欠けるところはないというべく、原告のこの点の主張は採用できない。

二  本件一次解雇を無効と判断した仮処分事件判決に対する控訴提起が、不当抗争であることを理由とする反訴請求部分について

1 本訴請求と右反訴請求部分とが訴訟物を異にするものであることは、本訴請求原因が前記のとおりであるのに対し、右反訴請求部分が控訴提起による不当抗争に基づく損害の発生を請求原因とするものであることから明らかである。

2 そこで反訴の要件について前項2に記載したとおりの見地に立つて、右両請求の牽連性の有無について検討するに、本訴請求と右反訴請求部分が、その権利の内容においても発生原因の点においても、関連性の認められないことは前項3に記載したところと同様であるうえ、右両請求を攻撃、防御方法の見地から実質的にみても、右反訴請求を理由づける事実、即ち、控訴提起による不当抗争(訴訟)が違法とされるのは、原告が訴訟手続を濫用したなどの特殊な事情が認められる場合に限られ、従つて、右反訴請求部分についてはこの点の成否が最も重要な争点とされるところであるのに対し、本訴請求の成否を決するうえでこの点は殆んど顧慮すべき事項とならず、仮にあつても極めて関連性の薄いものであることは否定できないから、いずれにせよ、両請求の訴訟物及び攻撃、防御方法の間に法律上の牽連性は認め難く、右反訴請求部分は却下を免れないところである。

第二本案について

一  反訴請求原因一は当事者間に争いがない。

二  被告は、原告が本件事故を契機に、被告を職場から排除しようとして、種々違法行為をなした旨主張するので、以下順次検討する。

1 本件出勤停止処分に対する異議申立権の侵害等について

(一) 本件出勤停止処分に至る経緯

前顕甲第五七号証、成立に争いのない第三七号証、第五八号証、第五九号証、乙第一号証、第二号証、第四号証並びに成立に争いのない甲第五五号証、前顕甲第六四号証、成立に争いのない甲第六八号証、第七二号証、第八三号証、第八六号証、第九四号証、原本の存在と成立に争いのない甲第一四〇号証(甲第三九号証、第八三号証は一部)、第一四一号証(甲第六八号証、第八六号証は一部)第三二九号証の四及びこれらにより成立の認められる甲第四九号証、第一一〇号証(甲第五五号証以下をまとめて「清水明の供述等」という。)成立に争いのない甲第五三号証、第六九号証、第一〇八号証、原本の存在と成立に争いのない甲第一四八号証(甲第五四号証は一部)、清水明の供述等により成立の認められる甲第一二号証、第三八号証、第四二号証、甲第五〇号証、前顕被告本人尋問の結果、前顕甲第四三号証、第九九号証、乙第八七号証の一ないし七、原本の存在と成立に争いのない乙第八八号証、第八九号証、成立に争いのない甲第四四号証ないし第四六号証、第九一号証、第九二号証(甲第三七号証及び被告本人尋問以下をまとめて「被告本人の供述等」という。)、原本の存在と成立に争いのない乙第九〇号証の一ないし四に弁論の全趣旨を総合すれば、次のとおりの事実が認められ、この認定に反する被告本人の供述等及び乙第九〇号証の一ないし四中の供述部分は前掲証拠に対比して採用できない。

(1) 被告は本件事故を起こした昭和四八年一月七日夜勤が明けるとともに、本件事故の件を夜勤監督者に報告することも、また、夜勤申し送り帳に記載するなどの方法により、相手番である長谷川秀勝に伝達するなどの措置を採ることもなく帰宅した。ところで、従業員が、工作不良あるいは工作機械を破損するなどの事故を発生させた場合は、作業の円滑な進行と職場秩序の見地からこれを上司その他の監督者に報告し、その指示を求める等の措置を採るべきことは、日頃から、監督者等からよく説明されていたところであるが、仮に直接そのような言葉で指導を受けなくても従業員として当然心得ておく事項というべきである。また、被告の作業を引継ぐ相手番に対する関係でも双方間に信頼関係がなければ円滑な引継ぎは難しくなるが、このような異常を何ら連絡することもないまま放置することは、その信頼関係を著しく損うものということができる。従つて、被告は上司や監督者に対する義務を怠り、また相手番同僚の信頼を裏切つたものといわざるをえない。

これに対し、被告は、本件事故をそれ程大きな事故でないと判断したことや、当日は日曜日で直属の上司である小笠原グループ長も出勤の予定がなく、その電話番号等も知らなかつたため連絡しなかった旨被告本人の供述等において弁解するけれども、本件事故が看過できるような些細な事故でないことは本訴において認定したとおりであるうえ、小笠原グループ長の電話番号にしても被告がこれを知ろうとすれば容易に知ることができたものであること(現にその後出勤した相手番の長谷川秀勝は直ちに小笠原グループ長に電話連絡していることは後記のとおりである。)に照らして、被告の右弁解は採用できない。

もつとも、自己の不注意により事故を起こした者が事故の結果をさ程重大でないように思つたり、上司に対する報告を後まわしにしたい気持になつたりすることは、そういう立場に置かれた人間に往々にして有り勝ちなことであるから、右のような被告の弁解をそれなりに同情的にみる余地もないではないが、本件事故発生の態様及びその結果からすると右の点を最大限考慮に入れても、被告の義務懈怠を否定することはできないというべきである。

(2) 同日(七日)午後八時に出勤した長谷川秀勝は本件キズに気付き、早速これを自宅にいた小笠原グループ長に電話連絡したところ、同グループ長はわざわざ原告工場へ出て来たうえ、右長谷川に対し、取り敢えず過剰切削された本件ギアボツクスを本件プレナーから下し、代りに他のギアボツクスの加工作業をするよう指示を与え、本件キズと工作不良の詳細は明朝、被告の出社を待つて糾明することにして帰宅した。そして翌一月八日小笠原グループ長はいつもより早目に出社して上司である石田作次ライン長に右事故の件を報告し、同ライン長ともども本件プレナーの所へ集まり、本件プレナー及び本件ギアボツクスの損傷の状況等を見分していたところ、被告が出勤してきた。石田ライン長は被告の姿を認めるや、被告に対し、右事故とその後の無責任な行動について厳しく叱責したところ、被告は石田ライン長に対し、自ら便箋の付与を求めてこれに「不注意の結果バイトによるキズをつけてしまいました。過去に類似の事故を発生させていることを合わせて深く猛省し、今後このような事故を皆無たらしめる決意で居りますが、この上はいかなるご処置にも服します。」との記載をした始末書と右事故の経過を記載した陳述書を作成して石田ライン長に提出し、謝罪の意を表した。しかし石田ライン長は被告の事故歴や、被告を自己のラインの一員に加え、本件プレナーの作業を担当させた経緯に鑑み、本件事故の問題は右始末書を徴する程度のことでは済まされないと考え、このことを早速石川部長、続いて清水人事課長に報告し、その処置を仰ぐこととした。

(3) 右報告を受けて、清水人事課長らは対処方を検討した結果次のような結論に達した。既ち被告が作業中しばしば居眠りをくり返し、昭和四六年三月、同年九月、同四七年一二月一三日と工作不良の事故を起こし、上司等から作業安全上も問題があるとして度々注意を受けていたこと、それにもかかわらず、今回又々このような事故を起こし、しかも事後処理についての無責任な行動等に照らすと職場の安全管理上も、被告をこれ以上プレナーの作業に従事させるのは適当でないこと、さりとて、これまでの諸々の経緯から被告を心良く受け入れてくれそうな他の職場もないと判断されることから、被告に退社を求めるよりほかはないというものである。そこで同月八日午後二時頃から清水人事課長は、被告を人事課応接室へ呼び出して、解雇等の事態に至る前に任意退職するよう説得を続けた。これに対し被告は、容易にこれに応じ難いとの態度であつたが、同日午後五時少し前頃になつて、自宅に帰つて退職届を書いて持参するかのような態度を見せ、同課長から退職届用紙を受取つて一旦帰宅した。しかし、帰宅後同じ組合活動の同志である後藤徹らとも相談したところ、清水人事課長らが本件事故のことで被告に退職を迫るのは被告の組合活動等を嫌つた不当な行為であつて容認できないし、退職しなければならない理由もないことから自ら退職届を出すのは止めるべきであるとの結論に達し、被告は同日午後七時頃、その旨を会社で被告からの返事を待つていた石田ライン長に電話連絡したところ、折返し清水人事課長からは明日以降出社に及ばない旨の電話が入つた。

(4) しかし、被告は翌一月九日も敢えて出社し、直ちに会社構内にある組合事務所に赴き、執行委員長の布藤に会つて同委員長に対し、会社から退職を強要され、これに応じなければ解雇されるおそれがあるので、組合に援助して欲しい旨を依頼した。そこで布藤委員長は、清水人事課長に面会し、被告の訴えの趣旨を同課長に伝え、被告の解雇は避けられたいとの組合執行部の意向をも伝えた。これに対し同課長は被告に退職を強要した事実はないが、被告のこれまでの事故歴や本件事故の態様等からすれば、被告は懲戒解雇されてもやむを得ないところであるが、布藤委員長の意向も尊重すると回答した。その後、清水人事課長は合田人事部長とも相談した結果、被告が今後居眠りをして事故を起こすようなことがあつたら退職する旨の重大な決意の表明をするならば、罪一等を減じて、被告を出勤停止処分に止めても良いとの結論に達し、その旨を布藤委員長に伝えた。布藤委員長は、組合書記長の林恒男らと相談しながら、同日午前中から午後にかけて、右のとおり折衝をしていたのであるが、その経過の中で本件事故に対する会社側の態度が相当強硬であつて、被告が懲戒解雇されるおそれを感じたうえ、本件事故の態様、被告の事故歴についての会社側の説明もそれなりにもつともと思われたことなどから、この際会社側の要求を受け入れ、懲戒解雇を避けるのが得策であるとの見解に至り、その見地から被告を説得したところ、被告は会社の要求に応じても良いとの態度を示した。そこで同委員長がその旨清水人事課長に連絡したところ、同課長からは、被告上司ら関係者の面前で、右決意表明に相応する誓約書を作成して欲しいとの連絡があり、同委員長は被告ともども同課長のところへ赴いた。被告は、人事課応接室において小笠原グループ長が残り、清水課長ら関係者の退席を得たうえ、誓約書の作成に取り掛かつたが、被告としては、「今後居眠りをして事故を起こしたら退職する」といつた誓約をすることまでは最初から考えていなかつたこともあつたところへ、清水人事課長からその場でそういつた趣旨の重大な決意を表明して欲しいといわれたこともあつて、誓約書の文章について思案を余儀なくされるところとなつた。そのため被告はかなりの時間を掛けて「今後居眠り行為に起因するような事故の発生を見た時には、私の方において責任の所在を明確に致します。」との誓約書を書き、これを清水人事課長に提出したが、同課長にとつて、右誓約書はその文言からして被告が今後、居眠りによる事故を起こした場合は退職する位の重大な決意表明をしたものとは到底理解できないものであつた。そこで、清水人事課長は、前記退職という文言の入つた誓約書を提出するよう、同所に居合せた石川部長、布藤委員長、石田ライン長らをまじえて、交々、被告を説得した。しかし被告は退職を約束するような文言の入つた誓約書は書けないとして最終的には、賞罰委員会に付されるのもやむを得ないとの態度に変つたため、同課長も、被告から誓約書を徴することは取り止め、翌日以降、自宅待機するよう申し渡し、懲戒処分に付するため、賞罰委員会の開催を準備することにした。ところが同委員会の委員長である副社長が出張中であつたため、現実にこれを開催することができなかつたため、清水人事課長は同委員会の事務局長として同委員会の委員である合田人事部長にも相談のうえ、持回りの方法で評議を経ることを決し、各委員の意見を求めたところ、懲戒解雇相当との評議を得たのでこれを前記委員長に報告したところ、今回に限り罪一等を減ずべきであるとの意見が述べられたので、その旨各委員に説明し、同年一月一〇日、同委員会で出勤停止一〇日との評議がなされた。このあと清水人事課長は組合へ出向いてこの処分案を内示したところ、組合も執行委員会を開いたうえこれを了承した。そこで清水人事課長は被告を人事課に呼出し、本件出勤停止処分の辞令を交付してその言渡しをし、合わせて本来懲戒解雇に処すべきところである旨を附言した。被告は、これに対し、何らの異議を述べることなく、また格別不満の表情も見せず、人事課から退出し、その足で組合事務所に赴き、今回の処分が意外に軽い処分に止まつたことについて組合の役員らに対し謝意を表した後、帰宅し、同年一月二一日まで自宅において謹慎し、右処分に服した。

(二) 被告は本件出勤停止処分に至るまでの間、清水人事課長らによつてなされた前記退職届及び誓約書の提出の要求と説得行為が違法な強要、脅迫に当たる旨主張するので判断する。

確かに、清水人事課長が当初、被告に任意退職を説得した際の場所、時間からすれば、被告が右説得をもつて退職を強く迫られたものと受けとり、また、同課長ら上司から、交々、同課長の意図するような誓約書の提出を求められ、更にはその書き直しを迫られるなどした際の被告の不安感、孤独感は相当なものであつたことが推察されるから、被告が、その本人の供述にもあるとおり、清水人事課長らの右言動を強要あるいは脅迫と感じたこともあつたのではないかと思われるのであつて、これを説得行為というには執拗に過ぎた嫌いがないではない。しかしながら、前認定の本件事故の態様と重大性、被告の事後処置の不適切さ、後記認定の被告の同種居眠りによる事故歴、被告の各職場との適応性等に加えて、被告は任意退職という結果に至ることもなく、出勤停止処分というその時点では被告自身一応納得のできる処分に止まつたものであること、一方職場規律の維持と安全衛生の管理保全に努めるべき立場にある人事担当者の立場からすれば、客観的にはともかく、前記のような情状にあつた被告につき懲戒解雇もやむをえないと考え、前記のような行為に出た気持も理解できないではなく、更に誓約書の文言についても、組合役員との事前の折衝によつて得た感触では、清水人事課長らは、被告が同課長の求めるとおりの誓約書を当然提出してくれるものと考えていたのに、現実には被告が容易にこれに応じないのを見て、被告が理由なく責任逃がれをしているものと感じ(清水明の供述等)、勢い被告を強く説得するという行為に及んだものとも理解されるところであつて、以上のような事情を勘案すると清水人事課長らの前記一連の行為が説得の域を越えた著しく不当あるいは違法なものとまでは認められず、他に強要、脅迫行為があつたことを認めるべき証拠はない。

(三) 次に被告は、原告が被告を本件出勤停止処分に付するにつき賞罰委員会を開催せず、被告に弁明の機会を与えていないこと等を理由に、右処分が違法、無効なものである旨主張する。

前顕甲第五七号証、第五八号証、第五九号証、清水明の供述等によれば、原告会社には従業員の表彰および懲戒並びに団体の表彰を行うに当たり、その公正を期する目的で、「賞罰委員会内規」が定められており、同内規一二―一によれば、評議が懲戒を目的とする場合で、関係当事者からこれに関する釈明の請求があり、委員会の承認を得たときは、委員長は議決に先立ち関係当事者にその機会を与えなければならないとされていることが認められる。しかしながら、一方原告の就業規則及び原告と組合との間に取り交わされた労働協約によつても、従業員の懲戒権は全面的に原告に留保されており、ただ、組合は意見具申することができ、原告はこれを尊重する旨規定されているにすぎず、それ以上に従業員を賞罰に付するについて同委員会の評議を経る必要があるとか従業員各個人に懲戒を受ける前に同委員会において弁明の機会を与えなければならないといつた規定は存しないところである。しかも右規定によれば、賞罰委員会は社長の諮問機関として位置付けられ、その体裁上からも、従業員の賞罰を決するうえでの内部的処理基準を定めたものにすぎないとしか理解するほかないものである。

かように見て来ると、原告が賞罰委員会を現実に開催せず、被告に弁明の機会を与えることなく持ち回りの方法により、評議をし、被告を本件出勤停止処分に処したからといつて、これがため同処分が違法となるものでないことは明らかである。

被告は清水人事課長が被告に対し、同委員会での弁明の機会を奪うため故意に虚偽の説明を加え、被告から右弁明の機会を奪つた旨主張し、被告本人の供述等の中にはこれに副う部分があるけれども、前顕清水明の供述等に照らすと、同課長が敢えてそのような所為に出たものとは認め難く、被告のこの点の主張も採用できない。

(四) 被告は、原告が本件出勤停止処分申し渡しの際、被告に就業規則の適用条項を示さなかつたのは違法である旨主張する。

ところで、懲戒権の根拠については、種々議論のあるところであるが、いずれにせよ、就業規則、労働協約等に懲戒に関する定めのある場合は、これら規則等所定の懲戒事由がないのになされた懲戒処分が無効とされるべきものであることは異論のないところと思われる。しかしながら、これら規則等に定められた懲戒手続に違反してなされた懲戒処分については、私法関係である労使関係に対して刑事被告人に対するような罪刑法定主義(憲法三一条ないし三八条)が直接適用されるわけでないことからも明らかなとおり、手続違反があれば当該懲戒処分が直ちに無効とされるべきものではなく、そのような手続規定が設けられた趣旨並びに処分の軽重、違反の程度等を総合勘案して当該処分が無効か否かを決するのが相当である。

そこでかかる見地から右主張について検討するに、前顕甲第五七号証、第五九号証によれば、原告の就業規則、原告と被告の所属する組合との間に締結された労働協約において、懲戒処分に処する際、該当条項を含め処分の理由を明記すべき旨を定めた規定はないことが認められ、従つて、本件出勤停止処分の申し渡しの際、就業規則の適用条項を示さなかつたからといつて手続上直接就業規則等に違反する点はないというべきである。

もつとも、本件出勤停止処分は被告に不利な一種の意思の表示でもあるから、条理ないしは当事者間の信義誠実の原則に照らして、それは、被告に他の処分と区別して理解しうる程度に特定されていなければならないものと解されるので、この点から更に検討するに、前(三)項記載の証拠並びに前顕乙第四号証によれば、被告が清水人事課長から本件出勤停止処分の告知を受けた際交付された辞令書には、確かに個々具体的懲戒事由を特定しての適用条項((1)号ないし(15)号)の記載はなされていなかつたとはいえ、これを包括して懲戒処分の成立根拠とされている条項(一四―四)自体は一応示されていたし、被告は本件出勤停止処分を申し渡された際、これが自己のいかなる行為に対し、どのような理由でどういつた処分に処せられたものであるのかを十分に理解していたであろうことも、前記右処分に至る経緯、とりわけ被告と原告会社及び組合関係者との折衝の経過から優にこれを認めることができる。

従つて、本件懲戒処分について、手続上右のような不十分の点があつたからといつて、本件出勤停止処分を無効とするのは相当でないというべく、被告のこの点の主張は採用できない。

(五) 被告は原告が被告を本件出勤停止処分に処する際、その適用条項を誤つた違法がある旨主張する。

確かに、懲戒事由の基本である本件事故に対する処分という見地からみるかぎり、被告のいうように別紙就業規則一四―三(13)によつた方が、あるいは直截であつたかもしれないが、同規則一四―四によつても、出勤停止処分に処すること自体には何ら問題があるわけではないし、本件事故及びその事後処理に関する被告の前記行為を中心に、これを同規則二―一(服務規律)の柱書及び(9)、一〇―四(災害防止と安全作業の実践)に違反するものとして、同規則一四―四(14)(15)の各号に該当すると評価することも十分可能であることに鑑みると、原告が同じ出勤停止処分の結論を導く根拠として右一四―三によるかあるいは一四―四によるかは、処分権者である原告の裁量に任されているというべきであるから、この点の違法をいう被告の右主張も採用できない。

(六) 被告は本件出勤停止処分が懲戒権を濫用した違法、無効なものである旨主張するので検討する。

(1) まず本件事故について、被告には責任がないのにこれがあることを前提に、被告を本件出勤停止処分に処したのは事実誤認であるとの主張については、本件事故が被告の重大な注意義務違反によつて生じたものであることは本訴において認定したとおりであるから採用できない。

(2) 次に被告は本件出勤停止処分が前例のない重い処分である旨主張する。

なるほど、本件事故のように機械に損傷を与えたことだけを理由に懲戒処分に付された前例のないことは前記認定のとおりであるけれども、原告が被告を本件出勤停止処分に処した理由は、前記本件出勤停止処分に至る経緯において認定したとおり、本件事故の態様とその後の被告のこれに対する対処の仕方、加えて以下認定の被告の事故歴、勤務成績、職場の受入れ態勢の有無などの諸事情を考慮した結果であることが認められるのであつて、以上の事実を前提に考えると、原告が、被告の右非違行為を別紙就業規則一四―四の懲戒事由に該当するものとして本件出勤停止処分に処したのは相当というべく、特にこれを権利濫用と認めるに足りる証拠はない。

即ち、前掲(一)記載の各証拠に成立に争いのない甲第一〇号証、第三一九号証、前顕甲第三三〇号証、これにより成立の認められる甲第七五号証ないし第七七号証の各一ないし五、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第八七号証ないし第九〇号証、第三二〇号証の一ないし五、第三二一号証、第三二二号証の各一ないし五、第三二三号証の一ないし四、第三二四号証、第三二五号証、第三二六号証の各一、二によれば、次のとおりの事実が認められ、これに反する被告本人の供述等は採用しがたい。

(イ) 被告の事故歴等

(i) 昭和四六年一月及び同年七月の被告の作業中の居眠りと石田ライン長の被告に対する注意喚起の状況は本訴第四、被告の主張に対する原告の反論六の1(二)(1)(3)記載のとおりである。

(ii) 昭和四六年三月の作業中の居眠りによる事故

被告は、同年三月一八日の夜勤時に、本件プレナーを使つて、LT型心押台一〇個を工作中、椅子に腰を下して居眠りをし、所定切削個所以外の部分を切り込み、右一〇個の部品に工作不良を発生させた。右工作不良となつた部品は総て更生不能であつたため、原告はこれにより一四万円の損害を被つた。

もつとも、被告は右事故の原因は、居眠りによるのではなく、整理整頓作業等をしていて、過剰切削に気付くのが遅れたものにすぎない旨主張し、被告はこれに副う供述をするけれども、前顕各証拠及び弁論の全趣旨から成立の真正が認められる甲第一三号証の一、二(夜勤申し送り帳)に対比して採用できない。なお、被告は右夜勤申し送り帳の記載そのものについても、職場慣行上、そのような事故原因にした方が情状が良いとされていたことから敢えてそのように記載したものである旨弁解するけれども、これまた石川義一の供述等に照らして措信できない。

(iii) 昭和四六年九月の作業中の居眠りによる事故

被告は、同年九月二三日午前五時頃、前日来の夜勤作業に就労中、本件プレナーを自動送りにしたまま、椅子に腰を下して居眠りをし、LS型旋盤の心押台一〇個を工作不良とする事故を起こし、そのため原告に対し一八万円程の損害を与えた。

これに対し、日下部グループ長、伊藤ブロツク長らが注意を与え、その後石田ライン長も、右事故が居眠りによる再度の工作不良事故であることから前記石川部長とも相談しながら、被告に対しその生活環境の改善を含め抜本的対応とその旨の誓約書の提出方を求めたが、被告がそのような自己の私生活にもかかわるような誓約書は書けないとしてこれを拒否した。そのため石田ライン長は石川部長宛の始末書を提出させ、同部長はこれに基づき被告に厳重に注意したところ、被告もこれに従う態度を示した。

ところで、右石川部長の採つた処置がはたして懲戒処分として譴責処分に該当するか否かは当事者間に争いのあるところ、原告会社においては、譴責処分は直属の部長限りにおいてもなしうるものとされていること、石川部長は被告から右始末書を徴し厳重注意したことにつき、清水人事課長と連絡をとり結果を報告していること並びに原告の就業規則の懲戒規定文言等に照らすと、石川部長が前記措置をもつて被告を譴責処分に付したと考えたとしてももつともというべきであるが、一方譴責処分といえども懲戒処分として、将来被告の考課査定、名誉等に重大な不利益を及ぼすものであることに鑑みれば、処分に当たつてはその旨の文書を交付するなどして処分の結果を明確にしておくべきところ、これを証する確実な文書のないことからすると、現段階においては本件居眠りによる事故に関しては正式には譴責処分はなかつたとするのほかはないところである。

(iv) 昭和四七年一二月の作業中の居眠りによる事故

被告は、同年同月一三日の夜勤中、本件プレナーに自動送りをかけたまま居眠りをし、LS型旋盤のエプロンの上面重要部分に過剰切削によるキズを付け、右部品全部を工作不良とする事故を起こし、そのため原告は約二三万円の損害を被つた。

石川部長と石田ライン長は、今後の処置につき相談した結果、右事故はかなり重大な事故とはいうものの、前記昭和四九年九月以降一年余り、一応居眠りによる事故もなく、経過して来ていることを考慮し、被告に十分な反省を求めるのは勿論であるが、更に被告の所属する小笠原グループ全体として、かかる事故を再び起こさないよう取組んでいくことを確認することで右事故については単なる作業ミスとして結着をつけることとした。

(ロ) 被告の勤務成績等

被告は、右(イ)認定の事故歴のほか、昭和四五年頃から同四六年頃にかけて手袋着用の規律違反が屡々あつた。即ち、被告の従事している作業においては鋭利な工具を使用することから手部を保護するために原告会社より革手袋が配布されているのであるが、逆にプレナーによる切削加工時等の機械作業中は機械への巻込まれ事故を誘発する危険があるため、その着用が禁止され、このことは全従業員に配布されている安全基本心得に明記されている。しかるに、被告はプレナー切削作業中に右手袋を着けていることが屡々あり、上司から再三にわたつて注意を受けた。また、本訴において認定のとおり、原告会社において常態とされている夜勤、残業を嫌い、ややこれに非協力的なところがあり(夜勤、残業に反対すること自体をもつて、考課査定上マイナスに評価することは許されないであろうけれども、被告の属する労働組合との労働協約によつて合意されている残業を、実際に回避する行為に出たり、上司から就労を求められた際敢えてこれを拒絶したりすることがあれば、考課査定上マイナスに評価されることはやむを得ないところと考えられる。)、それがひいては同僚との協調性、融和を欠く結果となり、あるいは遅刻、欠勤が他に比べて多いなど勤怠不良とされるところもあつたこと、以上のようなことから、被告の考課は昭和四六年九月期には、同じ三七一ブロツクの機械作業員三二名中一九位の成績で、総合査定は、ずば抜けて良い(A又は5)、大変よい(B又は4)、普通(C又は3)、やや劣る(D又は2)、非常に悪い(E又は1)中のEと評価され、昭和四七年三月期のそれは、二五人中の一三位で、評価はD、また昭和四七年一〇月期のそれは、二三人中の一四位で評価はDであつた。

なお、原告会社において、順位と評価の間に右のような差異が出て来るのは成績順位のみに着目する限り被告の経験年数が多いことから、経験年数の少ない者より仕事の能率、出来栄え等は上位に来ることは当然のところ、原告会社の査定方法はその経験年数に見合つた査定基準を設定し、これの充足度の観点から評価することを基本とし、経験年数の多いものは順位が高くても総合査定が順位どおりには高くならない査定方法をとつていることから生じたものでそのような査定方法も、もとより合理的というべきであり、他に原告が、被告を右のように考課査定するにつき、特に差別的に取扱つたことを窺わせる証拠もない。

(七) 本件出勤停止処分に対する不服申立権の圧殺の有無につき検討する。

(1) 被告が、昭和四八年一月二一日まで、右出勤停止処分に服し、同処分が明けた翌二二日出社し清水人事課長に対し、同処分が不当であるからこれが取消しを求める旨の要求書を提出したこと、清水人事課長始め、原告会社関係者が、右一月二三日から同月三〇日まで休日を除き、連日にわたり、被告を就労させずに、人事二課等において、被告に右要求書の撤回等を強く求めたこと(その内容方法については後記のとおり)、同月三〇日に至り、原告は、被告が右要求に応じないところから、同年二月五日までにこれに応じない場合は被告を解雇するのほかはない旨を被告に通告したことは当事者間に争いがない。

(2) 被告は、清水人事課長らが被告の本件出勤停止処分の取消し要求に対し採つた前記言動をもつて不服申立権の侵害である旨主張するので検討する。

ところで、被告のいう不服申立権が実体法上いかなる権利を指称するのかは必ずしも明らかでないうえ、前顕就業規則上あるいは労働協約上も組合が原告と協議する余地はあるものの、被処分者自らに不服申立てを認めた規定のないことは明らかであるから、訴訟法あるいは労働法による救済手段としての不服申立権は格別、被告が原告に対し懲戒処分の取消しを求めることが権利として保障されているとは認められず、従つて、不服申立権の存在を前提にその侵害をいう被告の主張はにわかに採用できない。

もつとも、懲戒処分等の不利益処分をうけた者が事実行為として言論活動の範囲内で懲戒権者に対し処分の取消し等を求めることが制約される謂れはないというべく、これに対し、懲戒権者が、このような要求ないしは申出を容認することは、企業(職場)秩序の維持その他業務の円滑な遂行のうえから適当でないと考えた場合にこれを撤回するよう説得することも自由である。とはいえ、この説得の手段方法についてはおのずから限界があり、それが刑罰法令に触れるようなことは当然として、社会通念上許容される説得の域をこえて威迫強要に亘るような行為は違法といわざるをえない。

そこで、原告会社の人事課長等のなした説得等に右威迫、強要に亘る点があつたか否かについてみるに、前顕清水明の供述等、同甲第四五号証、第四八号証、第四九号証、いずれも成立に争いのない甲第三九号証、第五一号証、弁論の全趣旨から成立の真正が認められる甲第六〇号証を総合すると、清水人事課長を中心に石川部長、石田ライン長らは一月二七日、二八日を除き、同月三〇日迄連日被告を人事課の一室へ呼び、その間就労させることもなく、長い時で一日約四時間(午前、午後各二時間)、短い時でも一日一時間半位にわたつてくり返し要求書の撤回を求め、被告が容易に応じなかつたところ、被告の処分取消しを求める態度そのものが、本件事故に対する反省心のないことの表れであるとして、関係者に謝罪するよう求め、被告がこれを拒否すると、ついには解雇の予告をしたことが認められ、これら一連の行為は、執拗に過ぎいささか説得の域を越える嫌いがある。

しかしながら、本件出勤停止処分がなされるに至つた経緯、被告が異議なくこれに従う態度を示して処分に服した後のことであること、組合の関係者も原告に働き掛けた結果もあつて、ようやく出勤停止に止まつたものであつて、被告もその間の事情は承知しているはずであつたことに加えて右出勤停止は相当な処分であつたことなどの前記認定の事実に照らすと、清水人事課長らが、処分明けも早々に、被告からこのような要求書を提出されて驚き、これを被告の本件事故に対する反省心のなさの表れであると感じて被告に対する不信感を強め、要求書の撤回は勿論のこと職場秩序の維持と安全対策上も、被告が本件事故に対し改めて深く反省し、その旨を関係者に表明しないかぎり、被告を就労させることは到底できないと考えて、敢えて前記のような説得行動に及んだ動機も理解できないではないうえ、前掲証拠によれば、清水人事課長らの言辞も、被告に対し、相当辛らつなところもあつたが、決して強迫的なものではなく、むしろ理詰めで説得しようとしてきたこと、一日あたりの時間も前記のとおりで被告に肉体的苦痛を与える程のものではないことが認められることに照らすと、清水人事課長らのなした言動等をもつて威迫、強要に亘る違法なものとまでは断定できず、その他被告のこの点の主張を認めるに足りる証拠もない。

2 一次解雇による不法行為について

(一) 解雇禁止仮処分申請から本件一次解雇に至る経過

被告が昭和四八年二月二日原告を相手に名古屋地方裁判所に対し「被申請人(原告)は申請人(被告)が昭和四八年一月二二日付で被申請人に対しなした出勤停止処分の取消しを求める意思表示を撤回しないことを理由に解雇してはならない」旨の仮処分申請をした(同庁昭和四八年(ヨ)第八六号事件)こと、同月五日午後審尋期日が開かれ、和解勧告がなされたものの不調に終わつたこと、その後、同裁判所は解雇禁止の仮処分決定を発したが、原告は同日付けで就業規則八―一〇(1)を適用して被告を解雇する旨の意思表示をし、その頃同意思表示が被告に到達したこと(時間の前後関係を除く)は当事者間に争いがない。

(二) 被告は本件一次解雇が不法行為に該当することの前提として、本件一次解雇が解雇権を濫用した違法、無効なものである旨主張するのでまず本件一次解雇の適否につき検討する。

(1) ところで、原告は、被告が譴責及び出勤停止の各懲戒処分を受けながら、右出勤停止処分の取消しを要求し、清水人事課長らの説得をも拒否したことは、居眠り作業の正当性を主張して反省の要がないと公言しているのであるから、被告に「数回懲戒を受けたにもかかわらず、なお改心の見込みがないとき。」(就業規則一四―四(13))「その他前各号に該当する特に不つごうな行為のあつたとき。」(同(15))に該当する懲戒解雇事由があることになるので、同規則八―一〇(1)(c)(この規則で定める懲戒解雇の理由の一に該当するとき)を適用し(普通)解雇したと主張する。しかし、被告が譴責処分に付されたことについて確たる証拠のないことは前記のとおりであるうえ、そもそも被告が出勤停止処分の取消を求めたのは、後記認定のとおり右処分が重すぎると考えたことと、同処分に際し弁明の機会を与えられなかつたことに不満があつたからであつて、居眠り作業は正当であるとか、反省の要がないと主張していたわけではなく、本件事故については被告もそれなりに反省していたところであること、また、被告が本件出勤停止処分の取消要求をしたに止まる段階において、そのこと自体を把えて懲戒解雇事由に該当するとすることは、前記のとおり、就業規則や労働協約のうえでは不利益処分に対する異議申立が認められているわけではないとはいえ、言論活動として、あるいは訴訟法や労働関係法規に則つて裁判所等の公的機関に不服を申立てることは当然認められるべきものであるから、そのような自由まで制約することにもなりかねず、許されないものと解すべきである。いずれにせよ、被告の本件出勤停止処分の取消要求及び清水人事課長らの説得等に応じなかつた行為をもつて懲戒解雇事由に該当すると認めることはできず、従つて、被告に同規則八―一〇(1)(c)所定の解雇事由がある旨の原告の主張は採用できない。

なお、これを同(1)(g)の後段(前各号に準ずる場合)に該ると解するのも、同様の趣旨において前提を欠き失当というべきである。

(2) 更に、原告は右(c)(g)に加え、同規則八―一〇(1)(b)(d)も解雇事由に付加した旨主張する。

そこで、同規則八―一〇(1)(b)に該当するか否かについてみるに、同項の定める「作業能率が劣悪」とは、雇用関係における信義則上からして、当該従業員を企業内に留めることが、企業にとつて耐えられない程に作業能率が悪い場合を意味するものと解されるところ、前顕甲第六一号証、第七五号証、第七六号証の各一ないし五、第七七号証の一ないし四によれば、被告の作業能率は三七一ブロツクの機械作業員の中で決して良好な方ではないが、さりとて、解雇前の数年間、終始最劣位にあつたわけでないことが認められ、この点からすると、作業能率それ自体については、これが劣悪であつて、企業内に留めることができない情況であつたとはいえず、他に被告に、右条項に該当する解雇事由を認めるに足りる証拠はない。

(3) そこで、進んで被告に同規則八―一〇(d)(この規則で定めた懲戒解雇の基準に達しないが、勤務成績が著しく悪く、改心の見込みがないと認められたとき)もしくは(g)(その他事業のつごうによる場合および前各号に準ずる場合)に該当する解雇事由があるか否かについて検討するに、同条項中の「改心の見込みがないと認められる」事由の改心という文言が一般的には懲戒事由としての非違行為に対する反省心といつたような道義的色彩を帯びた表現であるため、本件一次解雇のような勤務成績の不良を理由とする普通解雇の場合に、これを懲戒解雇におけるのと同じ意味に理解するのは相当でなく、むしろ、ここで「改心の見込み」とは普通解雇の特性ないし普通解雇が認められる根拠等に着目して、勤務成績の不良が、将来改善される見通しがあるか否かといつた観点から総合的に判断するのが相当である。

そこで、右の見地にたつてその該当性をみるに、前記認定のように被告の近時の勤務成績は極めて低位にあり、かつ再三の注意指導にかかわらず本件事故を含め、数回にわたる作業中の居眠り事故を惹起させていること、本件事故直後被告は「深く猛省を致し、今後かかる事故を皆無たらしめる決意で居りますが、この上はいかなるご処置にも服します」との始末書を原告に提出したものの、その後既に認定の経緯で被告に対する処分が漸く出勤停止処分で落着し、自らも異議なくこれに服しながら、処分明け早々に同処分の取消要求書を提出し、これに端を発して被告に対する解雇がなされたこと、しかるところ、事故再発生の高い労働者をそのまま放置し、従前どおりの作業に就かせることは、企業と労働者をそのまま危険にさらすことになり、また、これが従業員間で使用者の怠慢と評価されて職場秩序が弛緩し、ひいては職場全体の作業能率の低下を招くことにもなりかねず、企業経営上の影響も無視できないことなどに照らすと、原告において、被告は勤務成績が将来も改善される見込みがないうえ、その就労は職場規律上も安全管理面からも問題が多く、現実にも被告を受入れてくれる職場もない以上、最早被告との間に雇用関係を維持継続することは不可能と判断したことは首肯できるところである。ただ、原告は、被告の右処分取消要求をもつて、被告が居眠り作業を当然とし本件事故について全く反省していないことの表われである旨主張し、これを本件一次解雇の一事由とするが、この取消要求書の評価については後に触れるとおり同調できないところである。

一方、原告は前記のとおり本件事故直後に書面をもつて本件事故に対する反省の意思を表明しており、また出勤停止処分明け早々に同処分取消要求書を提出したのは、被告本人の供述等によると出勤停止処分に服している間に作業中の物損事故についての処分例を同僚から聞き、それに比して本件出勤停止処分が極めて重いものと感じられるようになつたこととか、賞罰委員会で弁明の機会を与えられなかつたことに対する不満あるいは本件出勤停止処分に今後同種の事故を起こした場合は同委員会の議を経ずに退職処分にする旨の附帯決議がされていることを知り、異議申立をしておかないと、将来些細な事故によつても解雇されるのではないかとの危惧の念を懐くに至つたことによるものであつたことが認められ、決して居眠り作業を当然であると居直つたものとは認められない。

これらの諸事実を彼此総合すると、被告の本件事故に対する反省は当初反省書を提出して以来一貫しているとはいえ、被告のここ数年来の居眠り事故歴、勤務成績からして、居眠り事故再発の可能性は決して少なくなく、改善の見通しも乏しいといわざるをえないから同規則(d)(g)に該当するとするのは止むをえないところである。

しかし翻つて考えるに、本件一次解雇の発端は、被告が出勤停止処分の取消要求書を提出したことを本件事故に対する反省心の欠如とみたことにあるが、これが反省心の欠如に結びつくものでないことや、企業内における処分とはいえ、懲戒処分等の不利益処分を受けた者が処分に服した前後を問わず、これに不服があるときは、異議を述べ、あるいはその適否を争う自由は尊重されるべきこと、最近の勤務成績を除けば、被告は昭和三一年中学校を卒業すると同時に原告会社へ養成工として入社し、以来一〇数年余にわたり主にプレナー工として人並みに勤務してきたこと、更に、事故再発の可能性は被告のこれまでの事故歴、勤務成績に照らすと、もつぱら深夜勤務の適格性に問題があるのであつて、他部署へ配置転換することによりその勤務状態を改善する余地も考えられないこと等からすると、この時点において、被告を原告会社外へ一方的に放逐するのは重きに過ぎる処分というべく、結局、同(d)(g)に該当するとしてなされた本件一次解雇は解雇権の濫用として無効と認めるのが相当である。

(4) 右のとおりであつて、同規則八―一〇(1)(c)(g)については、それが懲戒解雇事由が存することを理由に普通解雇するのであるから、手続の厳格性に徴し同事故に該当しない以上、普通解雇も無効といわざるをえず、また、同(b)については普通解雇であつて、それについては本来使用者にその自由が留保されているのであるが、原告が就業規則に普通解雇事由を列挙した趣旨や、これまで認定の本件解雇に至る一連の経過からすると、これらに該当する事実が認められない以上、同条項に基づく解雇も同じく無効である。同(d)(g)についてはこれに該当する事実が認められるが、解雇権の濫用であつて無効である。

(三) しかしながら、本件一次解雇が無効であることから、これが直ちに不法行為を構成するかはおのずから別個の事柄である。けだし、普通解雇の意思表示は就業規則、労働基準法所定の手続に従つてなされるものであるかぎり、使用者において自由になし得るのが原則であるから、これが違法とされるのは、使用者が当該意思表示が無効であることを知りもしくは知りうべきであるのに、害意をもつて敢えてこれをなしたといつた場合に限るのが相当だからである。

(1) そこで、この見地から本件一次解雇が不法行為を構成する旨の被告の主張についてみるに、原告が本件一次解雇を行つた経緯、それが無効であること及び無効とされる理由は前叙のとおりであつて、つまるところ原告は被告との信頼関係が消滅したこと、職場秩序の維持、安全管理体制の保持の見地から、被告を解雇することもやむをえないとし、普通解雇の道を選択したものである。そして、原告がこのような見地にたつた事情についてはそれなりに理解できるところであるが、ただ、就業規則の定める普通解雇事由の該当性については、果して詳細な検討がなされたか否かについては今一つ明確でなく、前記職場秩序維持、安全管理体制保持を優先する論理が先行してしまつた感が強い。しかし、右該当性について原告の主張するところは、決して荒唐無けいというものではなく、当裁判所の判断と結論が異つたのは、事実関係の評価、規定の解釈が裁判所と微妙に異つたことに由来するというべきであることからすると、この点に原告に過失があつたとみることは困難である。

(2) この点につき、被告は本件一次解雇が、被告の思想及び組合活動に対する攻撃であり、出勤停止処分に異議申立てをしたことに対する報復処分であること、出勤停止処分に引つづきなされた二重処分であること、裁判所の解雇禁止仮処分決定に違反してなされたことを強調し、被告に対する害意を主張する。

しかしながら、これまで認定の本件一次解雇のなされた経緯理由に照らせば、これが被告の主張するような攻撃であるとか、報復処分としてなされたものといえないことは明らかであるし、二重処分の点についても、本件出勤停止処分が本件事故に対する懲戒処分としてなされたものであるのに対し、本件一次解雇は、右出勤停止処分に服した後の被告の行為態様が、被告の勤務成績の不良を理由とする(その評価に際し、本件事故及び本件出勤停止処分歴を考慮することも特段の事情がなければ差し支えないことと思料する)普通解雇事由に該当するというものであるから、その間に二重処分といつた問題の生じる余地はない。また、本件全証拠によつても、解雇禁止仮処分決定の告知が原告に到達したのと右解雇の意思表示が被告に到達した時刻との前後関係を確知することは困難というほかなく、従つて被告の右主張はにわかに採用できないところである。のみならず、解雇禁止の仮処分は、講学上いわゆる任意の履行を期待する仮処分であるから原告がこれに従わないからといつて、本件一次解雇の意思表示が直ちに無効とされるものではなく、まして、これが不法行為を構成することもないものというべきであるから、いずれにせよ、被告の右主張も採用できないところである。

(3) 右のとおりであつて、本件では裁判所から解雇禁止仮処分決定が発令されるなど特別な事情が存するものの、原告が本件一次解雇が無効であることを知り、あるいは知りうべきであるのに、被告に対する害意をもつて敢えてこれをなしたものとは未だ認めることはできないところである。

3 被告は、本訴損害賠償請求の提起をもつて、不当な抗争である旨主張するけれども、これが正当なものであることは本訴において説示したとおりであるから、その余につき判断を加えるまでもなく理由がない。

三  これまで判断してきたとおりであつて、被告の反訴請求(却下部分を除く)はその余につき判断するまでもなくいずれも理由がないので棄却を免れない。

(結論)

以上の次第で、原告の本訴請求中九三万四〇〇〇円とこれに対する本訴々状が被告に送達されたことが本件記録上から明らかな昭和四八年三月一六日の翌日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払いを求める部分は正当であるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、被告の反訴請求中不当控訴に関する訴えを却下し、その余はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用中本訴に関する部分についてはこれを一〇分しその一を被告の、その余は原告の負担とし、反訴に関する部分は被告の負担とし、仮執行の宣言については相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本増 福田晧一 佐藤明)

別紙図面<省略>

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