名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)773号 判決 1975年6月17日
原告 国
訴訟代理人 伊藤賢一 大岡進 ほか一名
被告 古代長三
主文
被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき所有権移転登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき所有権移転登記手続をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)は、昭和一〇年一月二一日より被告の先代古代長三が所有し、同人名義の登記を有していたが、同一二年九月一九日被告の先代古代長三死亡により家督相続人たる被告がその所有権を取得した。
2 原告は本件土地を愛知県知事を機関として被告から買収して、その所有権を取得した。即ち、
(一) 原告は、昭和二三年頃、県道天白岡崎線の道路拡巾の決定をなし、それに伴なう拡張道路敷地を買収するために、愛知県名古屋土木出張所(以下単に土木出張所という)管下の県道天白岡崎線道路改良工事事務所(以下単に工事事務所という)が当該拡張用地及び工事関係事務を担当し、旧天白村役場職員が地元関係者の協力のもとに、右道路拡張用地の対象となる本件土地外四一筆の買収の事務手続をなし、各所有者から道路敷地として売渡す旨の承諾を取つた。
(二) 被告は昭和二四年初めごろ右買収に承諾し、買収代金を領収し、本件土地の分筆の申告をなした。従つて、原告は本件土地の所有権を買収により有効に取得した。
3 仮に右買収が有効でないとしても原告は本件土地を昭和三四年初めごろ時効により取得した。即ち、
(一) 原告は愛知県知事を機関として本件土地の売買が締結されたものとして昭和二三年度県道天白岡崎線用地として本件土地につき分筆手続をなすとともに、昭和二四年八月二六日右土地を国有地に編入した。
(二) 他方、原告は昭和二四年初めごろ、本件土地に対し、前記工事事務所をして拡張工事に着手せしめて県道路敷地として占有管理を開始した。
(三) その後新道路法(昭和二七年法第一八〇号)の施行により、府県市町村道の敷地となる国有地は、その道路管理者に対して国から貸付けたものとみなされ、昭和三〇年四月五日名古屋市が本件土地の所在する愛知郡天白村を合併したことにともない、道路法第一七条一項後段にいう、いわゆる指定市である同市が本件土地を含めた右県道の道路管理者として占有、管理をし、原告は右愛知県及び名古屋市を機関として本件土地を含めた道路を占有管理し現在に至つた。
(四) したがつて、原告は、本件土地につき、所有の意思をもつて平穏かつ公然に占有をなし、その占有の始めにおいて善意でありかつその権原を有すると信ずるにつき過失がなかつたので、占有開始後一〇年を経過した昭和三四年始め頃には時効により所有権を取得した。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第1項は認める。
2 請求原因2項は否認。
3 請求原因3項中、本件土地が県道敷地になつている点及び3項の(三)は認め、その余は否認。
(四)の無過失を否認する事情として、原告は前記承諾書が真正に作成せられたものか否か十分に調査しなかつたばかりか、右承諾書に印鑑証明も添付させなかつた手続上の過失も甚しく、占有の始めに過失がなかつたとはいえない。
三 抗弁
1 本件土地の管理者である名古屋市において、本件土地を被告の所有と認めて昭和三三年九月二六日差押え(昭和三一、二年度及び昭和三三年度一期の固定資産税滞納を理由)昭和三四年六月一日右滞納金完納により差押解除している事実は、右昭和三三年九月二六日に民法一四七条三号の承認をなしたものであり、これにより時効は中断している。
四 抗弁に対する認否
1 被告主張の日時に滞納を理由とした差押及び同解除の事実は認めるが、右差押及び同解除は名古屋市長が地方自治法の規定により、その権限に属する固定資産税等市税の賦課及び徴収に関する事務を区長に委任し、右委任に基づき所轄区長がなしたものであるところ、同区長は本件道路の管轄に関する事務までは委任を受けておらず、民法一四七条三項の承認をなすには、相手方の権利につき少くとも管理の能力と権限を有することを必要とするものと解すべきで、右区長には前述のとおり本件土地に対する管理の能力ないし権限を有していなかつたのであるから、前記差押をなしたからといつて、承認による時効の中断があつたとはいえない。
第三証拠<省略>
理由
一 本件土地は昭和一〇年一月二一日より被告の先代古代長三の所有するところであつたが、昭和一二年九月一九日被告の先代古代長三の死亡により被告がその所有権を取得したこと、本件土地が被告の先代古代長三の所有名義となつていること、本件土地が県道敷地として使用され、新道路法(昭和二七年法律第一八〇号)の施行後は愛知県が占有管理していたところ、昭和三〇年四月五日名古屋市が本件土地の所在する愛知郡天白村を合併したことにともない同法一七条一項後段により名古屋市が道路管理者として占有、管理していることは当事者間に争いがない。
二 (原告の本件土地の買収)
<証拠省略>によれば本件土地買収の承諾書(<証拠省略>)における被告名下の印影が被告の妻静子の実印(<証拠省略>)と一致していることが認められるが、さらに進んで右印影が被告自ら押印したものか、又は被告の妻静子がこれを代行したものであるかについては本件全証拠によるもこれを認める証拠はなく、かえつて、<証拠省略>によれば被告は昭和一二年古代家の娘養子となり、当時養母のしゆんが本件土地の管理にあたつていたもので、被告は本件土地が原告主張のように道路敷地として原告に買収されたことを知らなかつたことが認められ、右事実によれば右の印影は原告の意思に基づく押印ではなかつたものと認めるべきである。
したがつて、原告の右主張は採用することができない。
三 (時効取得)
<証拠省略>を総合すると、原告は昭和二三年頃、県道天白岡崎線道路拡巾の決定をなし、それに伴なう拡張道路敷地を買収するために、前記土木出張所管下の前記工事事務所が当該拡張用地及び工事関係事務を担当し、旧天白村役場職員が右道路拡張用地の対象となる本件土地外四一筆の買収事務を地元関係者の協力のもとに進行し、各所有者から道路敷地として売渡す旨の承諾書を取つたこと、当時の天白村役場の収入役に本件土地を含む右買収土地の代金が一括して支払われていること、本件土地は昭和二四年八月二六日国有地に編入されたものであること、前記のとおり右買収当時被告の母しゆんが本件土地の管理をなしており、しかも右買収の承諾書(<証拠省略>)の被告名下の印影と被告の妻静子の実印(<証拠省略>)が一致していること、訴外熱田税務署は愛知県知事が右道路拡張工事に着手して間もない昭和二四年六月二九日分筆申告書と題する書面(<証拠省略>)を受理していること、右書面の被告名下の印影と被告の実印とが一致していることがいずれも認められ、右認定に反する<証拠省略>はにわかに採用できず、他に右認定を左右する証拠はない。
右の事実によれば、原告は愛知県知事をその機関として、道路拡張工事をするなどして遅くとも昭和二四年八月二六日本件土地を名古屋天白岡崎線の道路敷地の一部として占有を開始し、昭和三〇年四月五日以降は名古屋市を機関として本件土地の占有を継続したものであつて、原告は所有の意思をもつて平穏かつ公然にこれが占有をなし、その占有の始め善意であつたものと推定され、又、前記認定事情のもとでは右土地を占有するにあたつて、その権限を有すると信ずるにつき過失があつたとはいえない。
被告は取得時効の中断を主張するのでその点につき判断する。
名古屋市長が昭和三一、三二年度および同三三年度一期の固定資産税を被告が滞納したとしてこれが徴収のため昭和三三年九月二六日本件土地を差押え、昭和三四年六月一日右滞納金完納により右差押えを解除したことは当事者間に争いがない。ところで、取得時効の中断事由としての民法一四七条三号の承認をなすにはその制度の趣旨よりみて相手方の権利につき処分の能力・権限は有しないまでも、少くとも管理の能力と権限を有することが必要であると解すべきところ、名古屋市長はその権限に属する固定資産税等市税の賦課および徴収に関する事務を区長に委任していることが認められ(地方自治法一五三条一項、昭和二五年八月一九日規則第五二号区長委任規則)、名古屋市長の権限に属する事務の一部を委任されただけで本件土地に対する管理の能力と権限を有しないことが認められる。従つて、右区長において事務的に前示の差押等をしたからといつて、これをもつて直ちに民法一四七条三号の承認をなしたものとは認められないので、承認により国の取得時効が中断した旨の被告の抗弁は採用できない。
したがつて、国はおそくとも前記占有の開始の日より一〇年を経過した昭和三四年八月二六日右土地の所有権を取得した。
以上の次第であるから、原告の被告に対する本訴請求は理由があるのですべてこれを認容し、訴訟費用は民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 生田暉雄)
別紙物件目録<省略>