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名古屋地方裁判所 昭和49年(わ)1549号 判決 1977年3月18日

主文

被告人井上業、同濱嶋定一をそれぞれ罰金二〇、〇〇〇円に処する。

被告人らが右罰金を完納することができないときは二、〇〇〇円を一日に換算した期間完納できない被告人を労役場に留置する。

被告人井上業、同濱嶋定一に対し公職選挙法二五二条一項所定の期間を二年間に短縮する。

証人高倉安秋、同河内福太郎に支給した訴訟費用は被告人井上業の、証人梅田正治、同岡本治、同鈴木行雄、同都築猶照、同塚崎義男、同新美昭行、同服部富士男に支給した訴訟費用は被告人濱嶋定一の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人井上業は愛知県宅地建物取引業協会中支部の支部長であり、被告人濱嶋定一は同協会刈谷支部の支部長であり、両名とも昭和四九年七月七日施行された参議院議員通常選挙に際し全国区から立候補した田中一の選挙運動者であるが、

第一、被告人井上は昭和四九年六月二二日ころ同候補者の氏名及びその選挙演説会に来聴を求める旨を記載した文書三七四枚を自己の事務員である大橋法子に指示して名古屋市中村区笹島町一丁目二二五番地名古屋中央郵便局から同市中区平和町一丁目三番二四号丸久土地株式会社(代表者高倉安秋)等右中支部加入会員の事務所等三七四ケ所に郵送し、右高倉安秋ら約三七四名に配布到達させ、もつて法定外選挙運動文書を頒布し

第二、被告人濱嶋は右刈谷支部加入の同協会会員の多数に配布させる目的で昭和四九年六月二五日ころ同候補者の氏名及びその選挙演説会に来聴を求める旨を記載した文書を

(一)  愛知県刈谷市寿町四丁目一二番地和光不動産株式会社で右刈谷支部第六班長岡本治に対し約一三枚

(二)  同支部副支部長塚崎義男を介し

1 右刈谷市南桜町一丁目六六番地昭和開発株式会社で同支部第四班長都築猶照に対し約八枚

2 右同市大正町三丁目四三番地大平不動産事務所で第三班長鈴木行雄に対し約九枚

をそれぞれ配布し、もつて法定外選挙運動用文書を頒布したものである。

(証拠)<略>

(法令の適用)

判示第一、第二の事実につき、それぞれ

公職選挙法二四三条三号、一四二条一項(いずれも罰金刑選択)

労役場留置につきそれぞれ

刑法一八条

選挙権、被選挙権を有しない期間の短縮につき、それぞれ

公職選挙法二五二条四項

訴訟費用の負担、それぞれ

刑事訴訟法一八一条一項本文

(被告人弁護人の主張に対する判断)

被告人ら及び弁護人は本件配布にかかる文書が法定外選挙運動用文書に該当しない、被告人らは田中一候補の選挙運動者ではない、かりに本件文書が法定外選挙運動用文書であるとしても被告人らはいずれも右文書の性質についての認識を欠いていたから犯意がない、被告人らの行為は文書配布をしないことについての期待可能性がないからいずれも責任を阻却する事由がある、被告人井上については郵送により文書が到達したと認められる被頒布者は僅に六名にすぎないところ、法定外選挙運動用文書頒布罪の成立は右文書の被頒布者に対する到達を前提とするから、右到達した分以外の文書頒布罪は成立しない等主張するので本件郵送、配布にかかる文書到達の事実認定に関し必要と認められる理由の説明を加える。なおその余の主張の採用し得ないことは前掲各証拠自体に徴して明らかである。

法定外選挙運動用文書頒布罪の成立が被頒布者に対する到達の事実を理論的前提とすること、被告人井上の郵送にかかる三七四枚の文書中被頒布者自身の証言乃至捜査官に対する供述調書により、郵送されてきたこれら文書を被頒布者において受領、実見し或は文書の趣旨により田中一候補の選挙演説会に参集し、またはそのまま廃棄してしまつたことを確認し得るのは高倉安秋、河内福太郎、伊藤賢治、渡部由起子、山下浅治郎及び小林輝久の六名のみであることは弁護人所論のとおりであつて、右到達を前提とする文書頒布罪の性質に徴すれば三七四名中僅々六名のみについて到達の有無を確認したにとどまることは捜査の実施において聊か遺漏の嫌があるとの批判を免れない。

しかしながら被告人井上の郵送にかかる本件の法定外選挙運動用文書は本昭和四九年七月七日施行の参議院議員通常選挙に際し同被告人の所属する愛知県宅地建物取引業協会の上部組織である全国宅地建物取引業協会連合会において日本社会党から全国区に立候補した田中一候補を推薦することに決し、これに伴ない愛知県宅地建物取引業協会においても同候補を推薦することとし、同協会専務理事、藤田亀が同候補の選挙演説会への来聴者を少こしでもふやし、ひいて同候補の得票を増大せしめようとして同協会職員小通礼子に指示してこれを会員数とほぼ同数の約四、四〇〇枚作成せしめこれを同協会管下の各支部の長を通じて会員各人に配布しようとしたもので、被告人井上は同協会支部の支部長として同支部所属の同協会会員数と同数の計三七五枚(被告人井上のほか三七四名)の本件文書の配布を同年六月二二日ころ同被告人の使用事務員である大橋法子を介して同支部所属の同協会会員らに配布すべく受領し、これを右大橋に指示して同支部所属会員の正規の名簿により宛名を記載した封筒に封入して郵送したものである。

ところで愛知県宅地建物取引業協会中支部においては同協会からの連絡文書は右同様通例郵送の方法により同支部所属の会員に伝達、配布していたのであるが、従来郵便事故のため連絡に遺漏が頻発した様な事情は認められず、会員らはいずれも右中支部に所属を認められた正規の不動産取引業者であつてその業態の性質上むしに可及的わかりやすい場所に、できるだけ人目につきやすい状態で事務所、住所を構えるものばかりであること、本件法定外選挙運動用文書についても被告人は勿論右大橋法子も郵便の不到達事故が発生するかも知れないとの不安は全然抱いておらず、当時中支部の管下地区内の普通郵便の集配状況は平常と全く同様な状態にあつて発送文書中返戻されたものは皆無であり、前示被頒布者自身の供述調書、または証言によつて到達が確認できる六通についてもこれらが郵送、配達されたのはすべて昭和四九年六月二五日ごろまでであつて、いずれも名古屋市中区付近地区の普通郵便物の正常な配達期間内に到達していることが認められる。

以上の認定事実を総合しこれに被告人井上の郵送にかかる法定外選挙運動用文書頒布罪がもとより被頒布者ごとに各別の独立の罪を構成する併合罪ではなく、全部が包括される一個の犯罪であることをも併せ考えれば右頒布にかかる文書は前示のとおりその捜査手続において聊か杜撰の譏を免れないとは云えなお通常の郵便配達期間内にすべて被頒布者らに配達されてこれらに到達したものと認めるのが相当であつて、この点に関する弁護人の主張も採用するに由ない。

よつて主文のとおり判決する。

(石川哲男)

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