名古屋地方裁判所 昭和49年(ワ)1453号 判決 1977年2月28日
原告 田村竹二
右訴訟代理人弁護士 渡辺明治
被告 日新火災海上保険 株式会社
右代表者代表取締役 楫西誠治
右訴訟代理人弁護士 溝呂木商太郎
同 伊達利知
同 伊達昭
同 沢田三知夫
同 奥山剛
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金一、〇〇〇万円及びこれに対する昭和四九年七月一七日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第一項についての仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、重量物運搬請負業者であり、登録番号名古屋八そ一一二五号のクレーン車(以下本件車両という)の所有者である。
2 原告を保険契約者、被告を保険者として、昭和四四年二月二六日、自動車保険普通保険約款に基づく左記内容の自動車保険契約(以下本件契約という)が締結された。
記
(一) 保険の目的車 本件車両
(二) 保険期間 昭和四四年二月二六日から一年間
(三) 担保種類及び保険金額
(1) 対人賠償 一名一、〇〇〇万円
一事故一、〇〇〇万円
(2) 対物賠償 一〇〇万円
(四) 記名被保険者 原告
3 しかるところ、昭和四四年六月五日、愛知県豊田市山之手地内豊田ボーリング場新築工事現場において、原告の使用人増永征二が本件車両を操作して鉄骨運搬作業中操作を誤り、クレーン先端のフックを原告の使用人でない山田鉄工所作業員山田善啓の頭上に落下せしめ、同日開放性脳挫創により同人を死亡させる人身事故(以下本件事故という)が発生した。
4 しかして、原告は、右山田の相続人山田恵子外一名との間の名古屋高等裁判所昭和四八年(ネ)第四〇六号損害賠償請求事件につき昭和四九年四月一三日成立した和解に基づき、右増永と連帯して右相続人に対し、本件事故による損害賠償として金一、〇〇〇万円を支払うべき責任を負担し、同額の損害を被った。
よって、原告は、被告に対し、本件契約に基づき、右損害金一、〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年七月一七日から完済に至るまで商法所定年六分の割合の遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因14の事実は不知。
2 同23の事実は認める。
三 抗弁
1 本件契約の約款(自動車保険普通保険約款)には、被保険者が被保険者の業務に従事中の使用人に対するその使用人の生命又は身体を害したことに起因する賠償責任を負担することによって被る損害については保険者はてん補の責に任じない旨定められており(第二章第三条第一項第四号)、又右被保険者については、保険証券記載の被保険者(「記名被保険者」という)の外、記名被保険者の承諾を得て保険の目的車を使用中の者(「許諾被保険者」という)を含むと規定されている(第二章第一条第三項)。なお、右免責条項中の被保険者についてはこれを特に限定する趣旨の約款上の文言はない。
2 本件事故は、原告が保険の目的車たる本件車両を山田鉄工所に運転手付で賃貸し(運転手の労務の供給及び本件車両の賃貸借を内容とする混合契約)、右運転手増永征二が山田鉄工所の使用人山田善啓の指揮下に本件車両を操作中その操作を誤り、右山田を死亡させたもので、山田鉄工所は、本件車両の賃借人として記名被保険者である原告の承諾を得て右車両を使用していた者であるから、右許諾被保険者に該当し、又被害者山田は、右許諾被保険者たる山田鉄工所の使用人としてその業務に従事中に本件事故に遭遇したものであるから、結局記名被保険者たると許諾被保険者たるとを問わず、被保険者が本件事故により賠償責任を負担しても、保険者たる被告は、右契約の規定により保険金支払いの責はないものである。
四 抗弁に対する認否と主張
1 抗弁1の事実は認める。
2 同2の事実中、増永征二が本件車両を操作中その操作を誤って右山田を死亡させたこと、右山田は山田鉄工所の使用人としてその業務に従事中本件事故に遭遇したものであることは認めるが、その余の点は否認する。
本件事故は、原告が本件車両をその使用人増永征二に操作せしめ、山田鉄工所の鉄骨組立作業の一部である鉄骨運搬作業を請負う契約の下に、右作業の準備段階たる作業中に発生したものであって、山田鉄工所が本件車両を運転手付で賃借し、自ら使用中に発生したというものではない。しかして、右請負契約によれば、右鉄骨運搬作業中、運搬すべき鉄骨の種類、運搬の順序等の指示は山田鉄工所の指揮に従うべきこととされているが、本件車両の操作自体は原告側の指揮、監督によって行なうこととされているところ、本件事故は、原告の指揮、監督下になされるべき右操作上の誤りにより、第三者である右山田を死亡せしめたものである。
右請負契約内容は、クレーン車による運搬契約において通例のものであって、本件事故による損害につき被告が保険契約上免責されるとすれば、クレーン車による作業上の事故については常に免責されることとなり、ただ自動車として走行中の事故による損害だけが右保険によりてん補されるという不合理な結果を招来する。
五 被告の主張
本件車両が本件事故発生の現場に到着し、山田鉄工所の指揮下において作業が開始されるまでの間は別として、右作業開始後に、本件車両の操作ミスによって現場外の通行人の生命、身体が害されたときは、山田鉄工所は、原告と共にあるいは単独で、本件車両の運行供用者として自賠法第三条の責任を負うであろうことは容易に想像されるところであり、しかるときは、山田鉄工所は本件契約の約款第二章第一条第三項の規定により、許諾被保険者として本件保険の保護利益を享受できるものである。
してみれば、クレーン車による作業中の事故については常に被告は免責されることとなるとの原告の主張は当たらない。
第三証拠関係《省略》
理由
一 請求原因2(本件契約締結)、3(本件事故発生)の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、その余の請求原因事実についての検討はさておき、先ず抗弁について考える。
本件契約の約款(自動車保険普通保険約款)には、被保険者が被保険者の業務に従業中の使用人に対するその使用人の生命又は身体を害したことに起因する賠償責任を負担することによって被る損害については保険者はてん補の責に任じない旨(第二章第三条第一項第四号)、又右被保険者には、保険証券記載の被保険者(「記名被保険者」という)の外、記名被保険者の承諾を得て保険の目的車を使用中の者(「許諾被保険者」という)を含む旨(第二章第一条第三項)各定められていること、なお、右免責条項中の被保険者についてはこれを特に限定する約款上の文言はないこと、本件事故は、山田鉄工所の使用人である被害者山田善啓が右鉄工所の業務に従事中発生したものであること、以上の点は当事者間に争いがない。
しかして、《証拠省略》を合わせ考えると、本件事故の際右山田鉄工所は、原告から、本件車両を、原告の使用人である運転手増永征二共々、その賃金及び右車両の燃料費を含め一時間三、五〇〇円の料金で借受け、右増永を指示して右車両を自己の鉄骨運搬業務のため供用していたものであることを認めることができ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。右事実関係によれば、本件事故の際、右山田鉄工所は、原告の承諾を得て保険の目的車たる本件車両を使用中の者であり、前記約款上の許諾被保険者に該当するといわざるを得ない。
この点につき、原告は、(1)原告と右山田鉄工所とは鉄骨運搬作業の請負契約を締結したものであって、そのため本件車両を原告自ら使用中本件事故が発生した。右山田鉄工所は本件車両の使用者ではなかった。(2)本件車両の操作自体は終始原告の指揮、監督下にあり、右操作に関する限り、右車両は原告の使用にかかるものとなすべきであるところ、本件事故は右操作上の誤りにより発生したという趣旨の主張をする。しかしながら、右(1)の点は、右認定の事実に照らしその当を得ないことは明らかであり、右(2)の点については、仮に操作中の本件車両が原告の使用にかかるものとしても、右認定の事実関係によると、同時に右山田鉄工所も又これを使用中であったと認めるべきものであって、右山田鉄工所が許諾被保険者に該当するとの前記判断に影響を及ぼすものではない。けだし、被保険者の中に許諾被保険者をも含ましめる前記条項の趣旨は、一般に同一の車両についてその使用者が複数重畳的に存在することが常態であることを考慮して、広くそのような使用者による車両の使用に起因する損害をてん補することとし、もって自動車保険制度を実効あらしめようとするにあるものと解され、従って、車両の使用者であるか否かはかかる趣旨に鑑みて考察すべきものであるところ、右山田鉄工所の本件車両に対する右認定のとおりの利用関係からすれば、たとえその操作について原告の指揮、監督が及ぶものとしても、右操作中事故が発生すれば、右山田鉄工所としては、当然自賠法第三条所定の運行供用者としての責任を免れないものというべく、さればこそこれを本件車両の使用者と認め、右責任負担による損害につき右条項により許諾被保険者として原則的に本件保険の保護利益を享受し得べき立場におくことが右条項の趣旨に合致するものといわなければならないからである。しかして、右のように原則的に保険の保護利益を享受する以上、その当然の帰結として免責による不利益も又甘受しなければならないものである。
以上の検討によれば、被告は、本件契約約款の前記免責条項により、原告に対し損害てん補の責任を負わないものというべく、抗弁は理由がある。
三 もっとも、本件事故により損害を被ったというのは記名被保険者である原告であり、被害者たる山田善啓は許諾被保険者である右山田鉄工所の業務に従事中であったその使用人であるので、この点において抗弁を理由ありとするに若干の問題があるようにも思われる。
しかしながら、前記のとおり、免責条項所定の被保険者については特にこれを限定する約款上の文言がないことは当事者間に争いがない上、右免責条項が設けられた趣旨は、その規定内容自体から判断するに、車両が業務に使用される場合その運行によって業務に従事する使用人が被災する危険が一般に高いため、その危険を定型的に保険の対象から除外し、使用者の使用人に対する損害賠償責任は一般的にこれを労災責任ないし労災保険に委ねることとしたものと解すべきであるところ、抗弁を認めたとしても、右趣旨にもとるものではなくむしろこれに沿うものと解されるので、抗弁はやはりこれを認めるべきものと考える。(なお、《証拠省略》を合わせ考えると、昭和四七年一〇月、右免責条項は、当該被保険者の業務に従事中の使用人の生命又は身体が害された場合には、それによって被保険者の被る損害をてん補しない旨の規定に改められたことが認められる。しかして、本件同種の事案につき保険金が支払われた例が本件証拠上認められるが、右例は右改正後の規定の適用される場合であるので、これがあるからといって本件の判断に影響を及ぼすものではない。)
又原告は、抗弁が認められるにおいては、本件車両の如きクレーン車による作業上の事故につき保険者は常に免責されることとなり、ただその走行中の事故による損害だけがてん補の対象となるという不合理な結果を招くと主張するが、右免責条項の内容自体から明らかなとおり、免責の対象となる損害は、被保険者の業務に従事中の使用人に対するその使用人の生命又は身体を害したことに起因するものだけであって、それ以外の場合は免責されないのであるから、原告の右主張は当たらない。
四 よって、その余の点の判断をするまでもなく原告の本訴請求は理由がないことに帰するのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤邦晴)