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名古屋地方裁判所 昭和49年(ワ)641号 判決

《編集部注》

判決理由部分だけでも一四二七丁に及ぶ厖大な本判決を紹介するにあたり、新様式を試みた。

まず、本訴訟の経緯を概説し、次に、判決文を再構成して、当事者双方の主張と判旨を対比し、更に若干のコメントで論点などを補足して、争点と裁判所の判断が浮きぼりになるように編集した。

(なお、『 』内は判決理由である。)

目次

第一 本件訴訟の経緯・・・87

一はじめに ・・・87

二原告らの請求の内容 ・・・87

1 差止請求 ・・・87

2 損害賠償請求 ・・・87

三審理経過 ・・・87

四人証関係 ・・・87

1 原告側申請 ・・・87

2 原、被告双方申請 ・・・87

3 被告申請 ・・・87

五検証関係 ・・・88

六判決の内容 ・・・88

1 請求の趣旨との対比 ・・・88

2 損害金の算定基準 ・・・88

3 大阪国際空港訴訟との判決比較・・・88

第二 判決理由の要旨と解説・・・88

一原告らの土地建物に対する権利関係・居住開始時期・敷地の範囲 ・・・88

二加害行為 ・・・88

1 新幹線建設の経緯 ・・・88

2 原告らの居住地域における新幹線の走行状況 ・・・95

3 新幹線列車走行の推移と現況 ・・・95

4 新幹線列車の走行に伴う騒音・振動の実情 ・・・95

(一) 騒音について ・・・95

(1) 新幹線騒音の発生源と伝播について ・・・95

(2) 新幹線騒音の一般的特徴 ・・・96

(3) 原告らの各居住敷地における騒音暴露量 ・・・96

(二) 振動について ・・・97

(1) 新幹線振動の発生源等について ・・・97

(2) 新幹線振動の一般的特徴 ・・・97

(3) 原告らの各居住敷地における振動暴露量 ・・・97

5 暗騒音・暗振動について ・・・98

6 新幹線の走行による騒音と他の騒音との比較 ・・・98

三被害 ・・・98

1 はじめに ・・・98

(一) 検証所見 ・・・98

(二) 振動と騒音の相乗 ・・・98

(三) 「うるささ」判断 ・・・98

(四) 陳述書・アンケート調査等 ・・・99

2 騒音・振動被害の発生機序 ・・・100

(一) 騒音の場合 ・・・100

(二) 振動の場合 ・・・101

3 日常生活の妨害 ・・・101

(一) うるささ ・・・101

(二) 会話妨害 ・・・101

(三) 通話妨害 ・・・102

(四) テレビ・ラジオの視聴障害 ・・・102

(五) 勉強・読書・思考・作業等の妨害 ・・・102

(六) 住み心地の悪い家屋状況 ・・・102

(七) 家屋の損傷による被害 ・・・102

(八) 家庭での休養妨害 ・・・103

(九) 家庭生活・人間関係に及ぼす影響 ・・・103

(一〇) 営業妨害 ・・・103

(一一) まとめ ・・・103

4 睡眠妨害 ・・・103

5 精神的被害 ・・・105

6 身体的被害 ・・・106

7 その他の被害 ・・・106

8 慣れ ・・・106

四差止請求 ・・・107

1 差止請求の適法性 ・・・107

2 差止請求の法的根拠 ・・・109

五違法性(差止について) ・・・111

1 違法判断について ・・・111

2 利益衡量要素 ・・・111

(一) 侵害行為の態様・程度 ・・・111

(二) 被侵害利益の性質・内容 ・・・111

(三) 侵害行為の公共性 ・・・113

(四) 加害回避の可能性及び防止措置 ・・・114

(五) 行政指針 ・・・121

(六) 障害防止対策等被害回避の可能性 ・・・123

(七) 当事者の折衝経過 ・・・132

(八) 地域性 ・・・132

3 綜合判断 ・・・133

六損害賠償請求 ・・・135

1 国賠法二条一項の適用について・・・135

2 過去の慰藉料請求について ・・・140

3 将来の慰藉料請求について ・・・143

4 弁護士費用について ・・・143

七結論 ・・・144

第一 本件訴訟の経緯

一 はじめに

本件訴訟は、名古屋市中川地区、野立地区、大宝地区等東海道新幹線軌道七キロメートル区間にわたる、両側約一〇〇メートル内の沿線に居住する原告ら四二八名(提訴した原告は五七五名であったが、昭和五三年一〇月二七日に一三三名、同五四年二月二三日以降一四名がそれぞれ訴を取り下げた。)が、日本国有鉄道を被告として、名古屋地方裁判所に、新幹線の走行によつて生ずる騒音、振動の差止めと損害賠償を求めた事件である(原告四二八名のうち差止請求と損害賠償の請求をする原告は三一九名、損害賠償のみを請求する原告は一〇九名である)。

二 原告らの請求の内容

1 差止請求

『新幹線列車の走行によつて発生する騒音、振動を午前七時から午後九時までの間は、騒音六五ホン、振動毎秒0.5ミリメートル、午前六時から午前七時まで及び午後九時から同一二時までの間は、騒音五五ホン、振動毎秒0.3ミリメートルを超えて原告らの居住敷地内に侵入させてはならない。』

2 損害賠償請求

『(一) 差止と損害賠償を求める原告三一九名に対しては、原告各自に一律一〇〇万円及び弁護士費用三〇万円、並びに口頭弁論終結の日の翌日から居住敷地内に1の請求値を超えて侵入させることを止めるまでの間、一ケ月につき各金二万円の割合による金員を支払え。

(二) 損害賠償のみを求める原告一〇九名に対しては、原告各自に一律一〇〇万円及び弁護士費用一〇万円を支払え。』

というにある。

三 審理経過

訴訟の審理経過は、昭和四九年三月三〇日の提起以降ほぼ月一回のペースで、更に同五二年一月以降は月二回のペースで審理が進められ、計七〇回の口頭弁論(内証人尋問五五回、最終弁論三回)及び五回の検証を経て同五四年六月二二日結審、同五五年九月一一日判決言渡となつた。

四 人証関係

1 原告側申請

(一) 新幹線建設当時からの加害の態様と被害状況、居住開始時期等について

原告本人三二名

(二) 健康被害について

長田泰公(国立公衆衛生院部長)

岡田晃(金沢大学医学部教授)

水野宏(元名古屋大学医学部教授)

中川武夫(名古屋大学医学部助手)

山田信也(名古屋大学医学部教授)

(三) 公共性について

大島藤太郎(東洋大学経営学部教授)

山口孝(明治大学商学部教授)

(四) 減速運転の可能性について

小林康三(新幹線電車運転士)

(五) 被告の障害防止対策に対する評価について

服部千之(名古屋工業大学工学部助教授)

2 原、被告双方申請

(一) 二村忠元(東北大学工学部教授)

(二) 原告本人二四名

3 被告申請

(一) 騒音、振動の防止施策について被告職員七名

(二) 障害防止対策の進捗状況について被告職員三名

(三) 名古屋地区における新幹線建設計画について

元被告職員一名

(四) 公共性について

清水馨八郎(千葉大学教授)

山口眞弘(元運輸省鉄監局長)

被告職員一名

(五) 減速運転に伴う輸送障害について被告職員三名

(六) 騒音測定について

宇部昌司(地質計測(K.K)業務部長)

(七) 健康被害関係について

中村賢二(三楽病院耳鼻咽喉科部長)被告職員一名

五 検証関係

第一回目は、原告側申請に基づき、原告ら居住地域が人家密集市街地であり、新幹線列車の走行により甚だしい騒音、振動が発生していること、原告らの居住家屋に壁の割れ目、ひび、建具のゆがみ等の影響が生じていること、日照妨害等が生じていること等について

第二回乃至四回目は、主として被告側申請に基づき、名古屋市内一四箇所において、走行音の実態、障害対策による原告らの立退き状況、暗騒音の状況について第五回目は、原、被告双方申請に基づき、原告側は、豊橋市所在の被告花田町宿舎の屋内外での走行音の測定により、木造の古い建物に対する防音工の効果がよくないことの、被告側は、同市所在の被告豊橋職員集会所の屋内外での走行音の測定により、建物防音工の施工内容及び遮音効果のあることの立証。

【表1】

請求の趣旨

判決の内容

差止

請求

(騒音)昼間65。早朝,深夜55ホン

(振動)〃65。〃 60デシベル

上記の数値を超えて敷地内に侵入させてはならない。

(具体的方法としては,70Km/Hの減速を要求)

請求棄却

損害賠償請求

過去

原告各自に一律100万円

最高100万円から最低35万円の幅で428名全員に認容(57ランク別)

将来

原告各自に毎月2万円

請求却下

弁護料

原告各自に10万円又は30万円

最高10万円から最低3万円の幅で428名全員に認容

【表2】

日額別

騒音値     振動値

500円

騒音80ホン以上又は振動71デシベル以上

400円

騒音75ないし79ホン又は振動66ないし70デシベル

300円

騒音70ないし74ホン又は振動61ないし65デシベル

200円

騒音69ホン以下かつ振動60デシベル以下

六 判決の内容

1 請求の趣旨との対比(【表1】)

2 損害金の算定基準(【表2】)

(一) 基本は上記のほか、家屋補償及び再転入の事情等により減額されたものもあるが、障害防止対策(家屋防音工及び移転対策)、後住性、地域類型は考慮されていない。上記日額に、居住期間を乗じて損害額が算出された。

(二) 昭和四六年三月以前の損害金については、消滅時効を適用した。

(三) 損害額は、請求額の一〇〇万円を最高限度として認容した。

(四) 弁護士費用は、認容損害額のほぼ一〇%を認容した。

3 大阪国際空港訴訟との判決比較

第二 判決理由の要旨と解説

一 原告らの土地建物に対する権利関係・居住開始時期・敷地の範囲

『1 原告らの居住する家屋及びその敷地に対する権利関係並びにその敷地の範囲はいずれも原告ら主張のとおりである。

2 原告らが本件七キロ区間に居住を開始した時期については大多数の原告らについてはその主張のとおりであるが、新幹線開業後本件七キロ区間に居住した原告らは七五名である(これらの者について、個別にその居住開始の理由を認定したが、後記のとおり、国賠法二条一項の適用において、いずれも違法状態を利用しようとするごとき非難されるべき事情は存しないものと認められ、いわゆる危険への接近者として受忍限度の判定に際して考慮すべき者に該当しないと判断し、単に、その事情によつては慰藉料額算定の基礎たる一事情とすることにとどめた)。また、新幹線開通後に一旦他に転出し、再び他所から転入してきた原告らは二〇名である(そして、これらの者についても、その再転入の理由を個別に認定したが、これも事情により慰藉料額算定の一事情として斟酌することにとどめた)。』

<編注>

* 原告らの位置関係は、別紙図面(九〇頁に掲載)のとおりであり、いずれも土地、家屋の所有者又は賃借人(転借人)であって、本訴提起後、他に転居した者も、あるいは死亡した者もかつては居住していたし、その余の者は現に居住しているものである。

二 加害行為

1 新幹線建設の経緯

(一)原告らの、「新幹線を建設することが急務であつたとは考えられない」との主張に対し、

『昭和三〇年ころ我国においては鉄道の斜陽化を必至とするのが識者の見解であり、被告の内部においてもその将来について悲観的見解が多かつたことすなわち、鉄道輸送量は年々増加し、隘路区間の輸送力増強は今後も必要としても、やがて道路が改良されれば輸送難は解消するとの見通しが有力であつたのであり、東海道線についても、この地帯には鉄道以外の交通手段が高度に発達しており、高速道路計画もあり、これが完成すれば輸送難は解消すると考えられていたこと、したがつて、昭和三一年秋に完了する電化計画が終了すれば、東海道線は大改良を要しないと判断されていたこと、被告の近代化のために昭和三二年から始められた第一次五か年計画においても東海道線の線路増設はとりあげられていなかつたことは認められるが、<証拠>及び前認定の輸送量の増加の事実からすれ

(3 大阪国際空港訴訟との判決比較)

項目

大阪空港裁判

新幹線(名古屋地裁)

一審(大阪地裁)49.2.27

二審(大阪高裁)50.11.27

判決主文

差止請求

毎夜午後10時~

翌朝午前7時

毎夜午後9時~

翌朝午前7時

請求棄却

損害賠償

過去

一部認容(570,000~45,000円)

(含弁護士費用)

一部認容(1,328,000~166,000円)

(含弁護士費用)

一部認容(1,307,633~372,640円)

(含弁護士費用,遅延損害金)

(注) 認容総額 532,889,135円

将来

請求棄却

① 差止めが実現するまで1人月11,000円

② 差止め実現後運行規制につき,国と住民との合意成立まで1人月6,600円

請求却下

判決理由

被害

被害は不快感,会話妨害,睡眠妨害など日常生活すべてに及ぶが,難聴胃腸障害など身体的被害については明らかでなく,今後の調査研究が必要。

騒音,排ガス等により原告全員が著しい精神的苦痛と生活妨害を受けているほか,一部には難聴など身体的被害も生じており,他の者も同じ危険にさらされている。

原告らの被害は,うるささ,不快感を基調とした心理的精神的被害,生活妨害を中心とし深刻であるが,暴露値の大小により,被害内容及び程度に相当の広がりがあり,高レベルの原告らの被害はより増幅される。しかし低レベルの原告らにも,被害は存するのであり,かつ低レベルの場合には,被害の程度は必ずしも暴露値と相関しない。なお騒音・振動がストレスの一因になりうることは明らかであるが,ストレスと騒音・振動量との相関関係を定量的に把握することは困難であり,更に騒音・振動と疾病との因果関係は明確にすることができない。

公共性

大阪空港は内外の航空輸送の上で重要な役割を果たしており,公共性は高い。

公共性を考える際,利益面だけでなく損失面も考慮すべきだ。

じん大な被害にかかわらず適切な措置を取らぬまま公共性を主張するには限度がある。

新幹線は,我が国陸上交通の基幹としての役割を果しているうえ,自動車・飛行機によつては代替できない安全にして経済的な大量輸送機関として,国民生活に密着した必須交通機関となり,国民生活に寄与する便益の大きさ,その有する社会的不可欠性は否定すべくもなく高度の公共性を有する。

判決理由

差止請求

「環境権」は実定法上の根拠を欠き,認められないが,生活妨害が継続し,反復されている場合「人格権」で差止め得る。午後9時台の発着は公共性が高いので午後10時以降の差止めのみ認める。

差止請求は「人格権」による妨害排除請求として根拠づけ得るとともに,被害が広範囲,重大であればいかに公共性が大きくとも認めるべきだ。

「環境権」の当否は判断しない。午後9時以降の飛行差止め。

本件差止めを求める原告らの請求は適法であり,「人格権」に基づく妨害排除等の請求としてこれを根拠づけることができる。しかし差止めを求めうるかどうかにつき侵害行為の態様,程度,被侵害利益の性質内容,侵害行為の公共性,行政指針のあり方等の各衡量要素を総合すると,差止めを認めることによつて生ずべき被告の損害及び社会的損失は,差止めを認めないことにより原告らに生ずる損害より重しとしなければならず差止めの関係では受忍限度を超えていない。また,「環境権」は原告らの主張するように憲法13条,25条などに依拠して成立しうるとしても,これらの規定は,憲法上の綱領的性格を有する権利にとどまり,私法上の具体的権利をもつて目し難いのであるから,このような「環境権」は差止めの法的根拠とはなし難い。

損害賠償請求

国は国賠法1条1項により賠償責任があるが,受忍限度は侵害行為の態様程度,公共性,被害の内容,居住期間などを判断要素とする。将来請求は,算定の基礎の事実,条件が未確定で認められない。

国には40年以降と将来を含め国賠法2条1項の損害賠償義務がある。

将来の被害は国が根絶を立証せぬ限り,これまでの長期にわたる権利侵害からみて継続することが推定できるので賠償すべきだ。

本件利益衡量の結果によると損害賠償請求の関係では原告らの蒙つている被害は結局受忍限度を超えるものと認められるから,新幹線はその設置・管理に瑕疵があつたものというべく,被告は原告らに対し国賠法2条1項により損害を賠償する義務がある。なお,過去の賠償について判決が確定した場合には同様の被害が継続する限り,被告は適時に賠償を履行すべきは当然であり,またその履行も期待できる。従つて将来の慰謝料については,現在直ちに強制的な履行の必要はなく,予めその請求をする必要がないので却下を免れない。

距離別

0M~25M

26M~50M

51M~75M

76M以上

地区別

中川地区

48(24)

3(3)

2

53(27)

野立地区

10

37(12)

2(3)

49(15)

大宝地区

41(10)

29(11)

2(2)

2

74(23)

船方地区

27(2)

34

8(1)

8

77(3)

千年地区

17(2)

31(14)

9(4)

1(4)

2

60(24)

明治地区

23(29)

19(14)

8(3)

4(2)

54(38)

豊田地区

14

4(5)

27(5)

1(1)

13(2)

(4)

2

61(17)

180(57)

154(56)

57(18)

18(10)

15(2)

(4)

4

428(147)

(注)

1.( )内の数字は取下原告の別掲である。

2.距離は新幹線軌道側壁からの離れ(M)

3.左・右別は東京から新大阪に向って線路の左右別

ば、昭和三一年の好景気によつて東海道線の輸送は行詰り、被告の内部でも東海道線の輸送力の増強を検討する必要があるとの空気が生まれたことが認められる。また、<証拠>によれば、交通関係閣僚協議会においても、当時名神高速道路の計画が具体的に進められており、当初は自動車道をつくれば新幹線の必要はないのではないかとの意見が圧倒的であつたことは認められるが、同号証及び前記認定した事実からすれば、同協議会は高速道路への転換量、東海道線の輸送需要の見通し、新幹線の輸送原価と輸送力等を比較検討した結果、新幹線建設の必要があると認めるに至つたことが肯認される。』

(二)原告らの、「新幹線の高速運転の必要性及び広軌別線建設の必要性は存しなかつた」との主張に対し、

『(1) 明治二二年東海道線が全通したときの東京・大阪間の平均速度は毎時30.1キロメートルであり、昭和九年丹那トンネルの開通の折には毎時69.6キロメートルとなつた。その後戦争のため速度は低下し、昭和二五年に旧に復した。昭和三二年当時最も速かつたのは電気機関車牽引の「つばめ」「はと」であり、最高速度毎時九五キロメートル、平均速度毎時七四キロメートルで、東京・大阪間七時間半であつた。昭和三三年一一月こだま型の登場により平均速度毎時81.8キロメートルとなり、同三五年にはスピードアップによつて最高速度毎時一一〇キロメートル、平均速度毎時86.0キロメートル、東京・大阪間六時間半となつた。しかし、六時間以上を要していたのでは、東京・大阪間を日帰りで用務を処理するというわけにはいかず、東京・大阪間を実質的に日帰りの距離にするには、どうしても片道三時間程度に短縮しなければならないと考えられ、前記幹線調査会の答申も、東京・大阪間の到達時分は急行旅客においておおむね三時間を目標としている。航空機は東京・大阪間の日帰りを可能としていたが、途中の都市では航空機を利用できないし、またその輸送能力も二大都市間の全旅客を引受けるには余りに小さすぎる。自動車交通では、高速道路でも最高速度は毎時一〇〇キロメートルを大きく超えることはできないから、平均速度は毎時一〇〇キロメートル近くが限界となる。このようなことから、新幹線に技術的に可能な最高速度が求められた。

(2) 被告の鉄道技術研究所は昭和三二年五月三〇日銀座山葉ホールにおいて講演会を開催し、東京・大阪間三時間の特急列車の可能性について発表し、その具体策として、四五〇キロメートルの新線を建設し、最高速度毎時二〇〇キロメートル、平均速度毎時一五〇ないし一六〇キロメートルとする、線路は一、四三五ミリメートルの軌間とし、踏切は全部立体交差とする、レールは継目なし長尺軌条を使用するとし、動力、車両、信号についても概要を示し、これらの各項目中その一部は既に研究の成果があがつているが、交流区間における自動列車停止装置や車内信号等今後の研究いかんによつて可能性は十分にあると述べた。

前認定の事実からすれば、東京・大阪間を日帰りの距離とする社会的要求があり、新規路線に技術的に可能な最高速度が求められていたところへ、広軌別線を建設すれば東京・大阪間を三時間で到達しうる技術的可能性が生じたため、これらが結びついて新幹線の計画に至つたものと考えられるから、原告らの右主張を採用することは困難である。』

(三)被告の、「新幹線は従来の営業線では他に類を見ない時速二〇〇キロメートル以上の高速運転を目ざすものであつたため、その安全性に対する配慮に加えて、営業開始後に沿線地域に与える影響についても、当時における最高技術から予想しうる諸対策がその設計上講じられていた。」との主張に対し、

『(1) 昭和一三年一二月当時の鉄道省企画委員会に鉄道主要幹線の輸送力拡充及び内地大陸間の交通系路についての調査研究をするため鉄道幹線調査分科会が設置され、同月七日の第一回打合会において、東海道・山陽両線の高速度運転線路新設に関する鉄道省建設局の原案が説明された。右建設局原案の要点は、狭広両軌案で、前者は狭軌別線を敷設し延長981.8キロメートルに高速度列車昼間運転を目標としたものであり、後者は延長971.6キロメートルの広軌複線を建設し、全線九時間五〇分、東京・大阪間四時間五〇分運転とする構想であつた。昭和一四年七月一六日右幹線調査分科会は発展的に解消し、鉄道幹線調査委員会が発足し、原案の審議をすすめた。また、関係官庁代表及び学識経験者を委員とした諮問機関である鉄道幹線調査会が設立され、昭和一四年七月二九日鉄道大臣から、「東海道本線及び山陽本線における国有鉄道の輸送力拡充方策如何」との諮問があり、同年一一月六日「東海道本線及び山陽本線の輸送力拡充方策としては東京・下関間に線路増設の要があるものと認める」とし、具体的事項についても答申がされた。次に、昭和一五年一月一六日鉄道会議が開かれ、「東京・下関間新幹線増設に関する件」を諮問し、第七五帝国議会にその経費5.5億円が鉄道改良費(昭和一五年度以降同二九年度まで一五か年継続費)として提出され、両院を通過し実現をみる運びに至つた。この計画の概要は次のとおりであつた。

列車種別は旅客列車を主体とし、これに支障を及ぼさない程度の貨物列車を運転する。旅客列車は急行及び各駅停車の二種にわかち、将来は最高速度毎時二〇〇キロメートルの特急列車も運転する。特急列車の到達時間は東京・下関間九時間、東京・大阪間四時間三〇分とする。

軌間は一、四三五ミリメートル、曲線半径は本線一般は、二、五〇〇メートルとする。標準設計の根本方針は、将来における進歩発展に即応し難い構造物に対しては、これを十分見越したものとすること、設計は経済的見地にのみ立脚せず、必要に応じ構造美に留意すること、騒音防止に関しては選定の問題が主となるが、なお施設についても十分考慮することとされた。

工事については、東京・下関間の沿線に八か所の工事事務所が設置され、昭和一四年四月から測量を開始し、同一五年末にはほとんど全線の地形測量を終了した。また、用地買収を行つた区間は東京・大阪間で延長約一〇〇キロメートル(約二四パーセント)、大阪・下関間で延長約六四キロメートル(約一七パーセント)であつた。そして、工期を左右する隧道工事に着手することとし、昭和一六年八月から日本坂隧道(2.2キロメートル)、新丹那隧道(8.0キロメートル)並びに新東山隧道上り線(1.9キロメートル)に着工した。このうち日本坂隧道、新東山隧道は完成して現在線で使用したが、新丹那隧道は両端からそれぞれ一キロメートル近く底設導坑を掘さくした程度で、昭和一八年度に入り、大平洋戦争の戦況悪化に伴ない工事を中止した。

(2) <証拠>によれば、右計画によつて得られた技術研究の結果(線路寸法、高速用架線等)、ルート研究の成果(当時、東京・名古屋間のルートは約四五パーセントが決定ずみ)、買収されていた用地(東京・大阪間では名古屋付近などを含め合計九五キロメートルが買収ずみ)、一部着工されていた工事は、先人の遺産として、新幹線の計画、線路選定、技術研究、工事の遂行について有益な参考資料となり、計画当初から各部門の仕事を予想し平行的に進めることを可能としたことが認められる。

(3) 前認定のようにいわゆる弾丸列車計画においてはその建設基準のなかで、「騒音防止に関しては(路線)選定の問題が主となるが、なお施設についても十分考慮すること」とされ、騒音防止についての配慮がみられたが、新幹線の場合は、被告提出の証拠その他本件全証拠によるも、その計画から建設決定に至る過程を通じて騒音・振動の防止についての調査・研究が行われ、答申・審議等がされたことを認めるに足りない。そうだとすれば、新幹線の建設決定当時騒音・振動の防止の視点が欠落していたことは否めないところというべきである(<証拠>によれば、新幹線の車両の入札条件の一項目として、「停車場及び沿線住民に対して騒音・振動の悪い影響がないようにできる限り少くしなければならない」とされていたことは認められるが、被告の右入札に関する仕様書は昭和三七年七月付であることが明らかであるので、他に防止についての配慮がなされたことを窺うに足りない本件では、このことだけから新幹線の建設決定当時に遡つて被告が騒音・振動防止のための配慮・対策を講じていたと認めることは困難である)。』

(四)被告の、「線路選定については、線路はできるだけ直線とし、高速運転の必要上勾配を少なく、曲線半径を大きくとることを基本方針としたが、同時に地域発展に不利益な影響を与えないよう十分な配慮をした。豊橋・名古屋間の線路選定にあたつても、右の原則に従つたことはもとよりであるが、それとともに、複数の選定案の中から人家密集地帯を避ける案を選択した。本件七キロ区間については三案が考えられたが、結局現在のルートが綜合的な意味で最も優れているとして採用されたのであり、公益上十分な利点があつたのであるから、線路選定は、十分合理性を有しており、建設上の瑕疵はない」との主張に対し、

『(1)そこで、笠寺から東海道線に沿い名古屋駅に至るルートについて検討するに、<証拠>を綜合すれば、東海道線の熱田・金山駅間及び金山・名古屋駅間に各一か所の曲線が存し、前者は曲線半径約九〇〇メートル、後者は曲線半径約八〇〇メートルであることが認められる。ところで、前記認定の如く新幹線の曲線半径は二、五〇〇メートル以上とされているが、<証拠>によれば、東京駅から約一七キロメートルの間(多摩川付近)は用地とか地形の関係上曲線半径四〇〇メートルないし九〇〇メートルの個所が二〇か所存在することが認められる。右事実からすれば、笠寺から名古屋駅まで東海道線に沿うルートを選定することが建設基準上全く不可能であつたとはいい難い。そして、右ルートをとるときは、いずれか片側は東海道線があることによつて騒音・振動による影響を受ける範囲は限定されるであろうし、前記二か所の曲線のため減速を余儀なくされ、そのことによる影響もなしとしないであろうことは原告ら主張のとおりである。但し、<証拠>によれば、新幹線の東京ターミナルが現在の場所に決定したのは昭和三五年一月であり、始端駅・田町付近(約四キロメートル)間につき、線路経過地の許可がされたのは同年一月二七日であること(この認可は幅一キロメートルのものである)、右区間につき増設工事の認可がされたのは昭和三五年六月三日付であり、前記豊橋・名古屋市中村区間と同時であること(この認可は一本の線で示されている)は認められる。しかし、<証拠>によれば、横浜市保土ケ谷区内・名古屋市間の線路経過地の認可(幅一キロメートルのもの)がされたのは昭和三四年八月二八日であることが認められ、その時点では東京ターミナルの位置及び始端駅・田町付近間の線路経過地は決定していなかつたわけであり、本件七キロ区間については曲線半径二、五〇〇メートル以上とするとの原則にしたがつてルートの選定がされたものと思う旨の証人西亀達夫の証言が事実に反するとはいえない。ただ、そうではあつても、右昭和三五年六月三日の増設工事の認可を受ける際に、本件七キロ区間の線路経過地について見直しをし、東海道線に沿うルートに変更することが被告に不能を強いることになるとは、にわかに認め難いところである。

(2) <証拠>によれば、東海道線の軌道構造は、名古屋市南区塩屋町三丁目(左図<省略>6地点)は直擁壁、同区太郎町三丁目(同5地点)はスラブ、バラスト、同市瑞穂区内浜町一丁目(同4地点)はスラブ、バラスト、同市熱田区花表町三丁目(同3地点)は鉄橋、同市中区正木町五丁目(同2地点)は堀割となつていることが認められ、新幹線が東海道線に沿うルートによつた場合、かなりの部分を直擁壁あるいは堀割とすることが可能であつたと考えられる。

(3) <証拠>によれば、天白川から名古屋市南区、熱田区、中川区、中村区を経て庄内川に至る区間(延長一六キロメートル、用地一四ヘクタール)において、支障家屋一、〇〇〇戸、借家人三四〇人、アパート等三〇〇、これらを合わせて関係者の数は二、六〇〇人であつたこと、また、豊橋市から滋賀県山東町の間(約一四〇キロメートル)において買収した宅地のうち名古屋市(一六キロメートル)の宅地面積の割合は約五〇パーセント、準宅地面積の割合は約2.7パーセントであり、住宅・店舗の移転数の割合は約六〇パーセント、工場の移転数の割合は約八〇パーセントであつたことが認められる。このことは、当時においても新幹線沿線地域のうち本件七キロ区間を含む名古屋地区が人家密集地区の一つであつたことを示すものといわねばならない。

(4) なお、被告提出の証拠その他本件全証拠によるも、被告が線路選定の段階で新幹線の走行による騒音・振動が沿線住民に対しどのような影響を及ぼすかについて調査研究を遂げていたとの事実はこれを認めるに足りない。

(5) 以上に説示したところによれば、被告は本件七キロ区間につき沿線住民に対し騒音・振動による影響の少い東海道線に沿うルートを選定すべきであつたところ、騒音・振動による影響について十分な調査研究をしなかつたために現在のルートを選定したものであつて、線路選定に誤りがあつたといわざるをえない。』

(五)被告の、「構造物関係については、設計基準は、新幹線建設基準調査委員会が研究設定した基準に準拠し、最小曲線半径、縦曲線半径、カントをいずれも増大させるとともに橋桁のたわみ量も在来線に比較して二分の一以下に制限して、振動・騒音の低減に寄与せしめ、また路盤構造については、その五三パーセントを騒音の面からも適当な切取盛上とし、高架方式は市街地分断を好まない自治体の要望を受けいれる必要等から採用され、また、道路と立体交差する橋梁については、設計上可能なかぎりコンクリート桁を使用し、やむを得ず鋼橋を使用する場合においても可能なかぎり有道床とし、技術的に困難な場合にのみ無道床鉄橋を使用することによつて騒音の軽減を図つた。本件七キロ区間に設置された四箇所の無道床鉄桁は、不可避な事情により設けられたもので、騒音対策等を軽視して無計画に建設されたものではない」との主張に対し、

『(1) 新幹線の高架橋の柱は六〇センチメートル×六〇センチメートルであるが、山陽新幹線は八〇センチメートル×八〇センチメートルと柱を太くし、新幹線のスラブの厚さは二五センチメートルであるが、山陽新幹線は二八ないし三〇センチメートルとしている。山陽新幹線では、軟弱地盤においては構造物の基礎は十分強固な地盤まで下げて振動を少くするようにし、なお地盤不良の場合は基礎を十分マッシブなものとし、基礎底面積も地質に応じ十分大きくするか、又は基礎杭打工法、剛結基礎工法を採用している。また、山陽新幹線では、無道床の鉄桁を避けてできるだけコンクリート構造とし、長スパンの架道橋、こ線橋についても合成桁かPC桁構造としている。また、高欄側壁を高くすることによる騒音防止効果が大きいので新幹線は施工基面からの高さは一メートルであるが、山陽新幹線では1.9メートルとしている。

<証拠>によれば、山陽新幹線の岡山・博多間では高架の場合に逆L形防音壁を採用し、また、東北新幹線においては高架の柱の太さを更に太くし、連続ラーメンでなく桁式の場所を拡張していることが認められる。また、<証拠>によれば、新幹線と南方貨物線との並行三キロメートル区間における基礎杭の基本的構造は、新幹線では長さ六メートル、直径0.35メートルであり、南方貨物線では長さ三〇メートル、直径1.2メートルであることが認められる。もつとも、<証拠>によれば、南方貨物線は貨物列車を走行させるため、新幹線に比して列車の荷重が重いことから構造物も重くならざるをえず、地下三〇メートル付近の砂礫層に達する基礎杭でなければ支持力を得られなかつたためであり、新幹線の場合は地下約六メートル付近の砂層に達する基礎杭で支持力が得られたため、前記のような基礎杭を使用したものであることが認められる。

右事実によれば、東海道新幹線の高架橋の柱・基礎杭等は、山陽新幹線、南方貨物線のそれと対比すると脆弱であることは明らかである。もとより、そうであるからといつて右軌道が、新幹線の軌道として具備すべき安全性に欠ける点は全く存しないのであるが、このような柱・基礎杭等が使用されているのは後にも説示する如く、東海道新幹線の軌道建設に際し、騒音・振動防止の観点からした基礎工法が選択されていないことに起因するものと認められる。そうだとすれば、本件七キロ区間の高架橋の柱・基礎杭は、騒音・振動防止に対する配慮を欠いているものといわざるをえない。

(2) 本件七キロ区間には、山崎川橋梁(長さ九五メートル、東京起点332.893メートル)、豊代架道橋(長さ47.5メートル、東京起点333.408キロメートル)、第2六番町架道橋(長さ101.2メートル、東京起点336.671メートル)、古新架道橋(長さ五五メートル、東京起点337.189キロメートル)の四か所の無道床鋼橋が架設されている。このうち第2六番町架道橋は、国道一号線(幅員32.73メートル)と都市計画道路江川線(計画幅員五〇メートル)との交差点を85.2メートルの一径間で跨ぐもので、新幹線の鋼橋のうち一径間のものとしては最長・最重のものである。これは名古屋市との設計協議において、同市から道路にはなるべく橋脚を設置しないようにとの要望があり、これを容れた結果、当時の技術としては85.2メートルを一径間で渡るには無道床鋼橋とせざるをえなかつたためである。次に、古新架道橋は、当初の被告の計画では、新幹線に対して薄い角度で交わる道路を二つに分けて線路両側につけかえ、線路は通常のラーメン高架橋にするということで名古屋市と設計協議をし、同市の了解を得て前後の線路の工事をすすめていたところ、途中で同市の意見が変更され、道路をつけかえることはしないでほしいとの要望があつた。ただ、その場合前後の工事の関係から線路を高くすることはできない、無道床の鋼橋であれば変更は可能である旨の説明をしたところ、同市においてそれでもよいから道路をつけかえないでほしいということで、無道床鋼橋となつた。もつとも、古新架道橋は中央に橋脚が一基あつて二径間となつており、一径間27.4メートル宛であるため有道床鋼橋としうる限界付近の長さであつたこと、ただ空頭が4.7メートルであるため通常のタイプの有道床化は困難であり、特殊設計が必要であつた。また、豊代架道橋は一径間47.5メートルの長さであり、有道床鋼橋とすることは技術的に困難であつたし、有道床鋼橋又はPC桁とするときは桁高が深いものとなり、この部分で乗越す南方貨物線との空頭が確保できないため、無道床鋼橋となつた。山崎川橋梁は川の中央に橋脚が一基設置されているため二径間となつており、一径間47.5メートル宛であるため、有道床鋼橋とすることは技術的に困難であり、有道床鋼橋又はPC桁とするときは桁高が深いものとなり、堤防上の車道との空頭が確保できなくなるため、無道床鋼橋となつた。

もつとも、豊代架道橋及び山崎川橋梁の場合、途中に橋脚を設置・増加し、かつ高架の高さを全体としてあげて空頭の確保を図れば、有道床鋼橋又はPC桁とすることが不可能であつたとは考えられない。証人西亀達夫の証言によれば、山崎川の橋脚は河川管理者との協議の結果一基となつたことは認められるが、<証拠>によれば、山崎川よりも利用度の高い堀川には二〇メートル前後の間隔で橋脚が七基設置されていることが認められるから、山崎川について橋脚を増加させることが不可能であつたとは解し難い。』

<編注>

* 最小曲線半径とは曲線に対する制限であり、線路方向を平面的に変更する場合、列車又は車両の円滑な走行をはかるために設けられるもので、曲率は円曲線の半径(メートル)で表わされる。

** 縦曲線半径とは線路の勾配と勾配の替り目のところに、折角によるショックを緩和するために入れる曲線のことで、これにより線路の勾配点で縦方向に折れて列車の円滑な走行を阻害することが防止され、車両間の推力又は張力による車両の浮上り、運動方向の急変による動揺・振動が緩和される。

*** カントとは、曲線部で走行する車両及び乗客に働く遠心力を緩和するため、重力と遠心力の合力の方向に直交するように軌道面を傾斜させるが、この傾斜をいう。

(六)被告の、「新幹線の開業前である昭和三五年九月東海道本線を使用して高速度走行に伴う騒音試験を行い、さらに昭和三七年七月には新幹線のモデル線区において試運転電車による騒音等の試験を行つた結果、新幹線列車の走行に伴う騒音は、大体において在来線並みであることが確認され、この騒音量は外国の鉄道騒音に比べても低いものであつた。

このように被告としては、これまでに述べた技術開発により、新幹線の騒音・振動を在来線程度におさえることができると確信していたのであつて、当時においてその予測が合理的科学的基礎を有していたことはいうまでもない」との主張に対し、

『(1) <証拠>によれば、次の事実が認められる。被告の鉄道技術研究所は昭和四二年一月「鉄道技術研究報告第S1号」を発行しているが、そのなかに、昭和三五年九月一日、二日に東海道線藤沢、辻堂間(長尺区間、盛土)下り(測定側)時速八九ないし一〇五キロメートルのときの騒音の測定結果が図3・25にまとめられている。車両は電車で天候は晴、測定場所は畠である。それによれば、約三〇メートル離れた地点で約八〇、八二、八五ホンの値が各一個宛記録されている。

(2) <証拠>によれば、被告の鉄道技術研究所は昭和三五年一一月一八日から同月二〇日までの間東海道線金谷・藤枝間においてこだま型試験車による高速度試験を行つたこと、そのうち騒音の地上測定の結果は次のとおりであること、すなわち、地上における測定位置は203.66キロメートルの地点で軌条中心より直角方向一〇、三〇、五〇メートルの点で、この各点において試験車が各試験速度で走行通過した場合の騒音レベルの測定と録音を行つたこと、これによると、時速一〇〇キロメートル程度までは速度の増加とともに騒音レベルの上昇は急であるが、時速一一〇キロメートル前後から以上高速になると、その上昇の割合は僅かで平坦になる傾向を示すとしていること、一二両連結の車両が時速約二二〇キロメートルで通過した場合を想定すると一〇メートル離れた位置で九〇ホン(B)以上の騒音の継続時間は約四秒程度であると推定されるとしていること、時速一五〇ないし一六〇キロメートルの場合、一〇メートル離れで約九二ホン、三〇メートル離れで約八五ホン、五〇メートル離れで約七五ホン(二個)と約八二ホン(二個)の値であつたこと、右研究の結果は昭和三六年四月「東海道新幹線に関する研究(第二冊)」としてまとめられていることが認められる。

(3) <証拠>を綜合すれば、次の事実が認められる。被告は前記モデル線において各種試験を行つたが、そのうち地盤振動に関するものは、昭和三七年九月一三、一四日、同年一一月二〇日ないし二三日、同三八年二月二八日、同年三月一日、同年三月三〇日の試験の中で行い、騒音に関するものは、昭和三九年二月一二、一三日に高架下の建物各部の騒音について、同月二五日、二六日に高架下の建物各部並びに線路より種々離れた個所の騒音について試験を行つた。騒音試験は高架区間で行われ、防音壁はなく、線路からの離れ一〇又は12.5メートル、地上一又は1.2メートルの高さにおいて八七、八八デシベルの数値であつた。当時高欄ブロックの減音効果は四ないし五デシベルと推定されていたので、これを考慮すると八〇デシベルから八五デシベルの間となり、在来線と同程度との感覚を持つた。なお、振動試験については、前掲各証拠その他全証拠によるもその結果は明らかでないが、当時被告は騒音・振動を総合して在来線並みという目標を達しえたと考えていた。

(4) もつとも、在来線並みの騒音とはどの程度であるかについては、証人坂芳雄は八〇から八五ホンの間との趣旨の証言をし(線路からの離れは明らかでない)、証人野澤太三は在来線でも鉄桁の橋梁では一〇〇から一一〇ホンの騒音を発生している旨の証言(線路からの離れは二五メートルまで)をしているが、在来線の線路構造、速度、線路からの離れ毎の騒音の程度については被告提出の証拠その他本件全証拠によるも明らかでない。なお、在来線の振動についてはこれを認めるべき資料はない。そうだとすれば、在来線並みの騒音・振動といつても明確な数値を把握していたとはいえず、在来線並みという目標を達しえたといつても感覚とか感じの域を出なかつたものと解せられる。また、在来線並みであれば目標値として十分であるとの科学的根拠を有していたとの証拠はないし、<証拠>によれば、昭和三八、三九年度以前において、走行列車及び建設機械の発する騒音・振動に対して沿線住民より苦情が頻繁に発生し、工事計画の変更・補償などのやむなきに至ることがしばしばあつたことが認められる。

(5) 以上によれば、新幹線の建設段階において被告が行つた高速度試験は十分なものであつたとはいい難いし、在来線並みの騒音・振動値であれば目標値として相当であるとの科学的根拠もないのに、在来線と同程度との目標値を設定し、これを達成しえたと考えたため、建設段階において有効な騒音・振動対策がとられなかつたものといわねばならない。』

2 原告らの居住地域における新幹線の走行状況

『本件七キロ区間における新幹線の走行速度は、中川地区において上りが一二〇余キロメートルから一五〇余キロメートルまで、下りが一五〇余キロメートルから一七〇余キロメートルまでであり、野立地区において上りが一六〇余キロメートル台、下りが二〇〇キロメートルであり、大宝地区において上りが一七〇キロメートル台、下りが二〇〇キロメートルであり、船方地区において上りが一七〇余キロメートルから一八〇余キロメートル、下りが二〇〇キロメートルであり、千年地区において上りが一八〇余キロメートルから一九〇キロメートルまで、下りが二〇〇キロメートルであり、明治地区において上りが一九〇キロメートル台、下りが二〇〇キロメートルであり、豊田地区において上りが一九〇余キロメートルから二〇〇キロメートルまで、下りが二〇〇キロメートルから一九〇余キロメートルまでであることは当事者間に争いがない。』

3 新幹線列車走行の推移と現況

『原告ら居住地域における新幹線列車の上り下り合わせた一日の走行本数については、昭和三九年が五六本であつたものが、同四〇年には一〇〇本、同四五年には一九八本、同四八年には二一一本となり、同五四年には二二〇本に達し、その増加は著しいものがあり、東京・新大阪間の到達時分は、開業当初路盤、初期故障等を考慮して、ひかりが四時間、こだまが五時間であつたところ、路盤等も安定してきたため同四〇年一一月一日からひかりが三時間一〇分、こだまが四時間とそれぞれ開業前の計画どおりの到達時分となり、編成車両数は当初一編成一二両であつたところ、同四五年三月の万国博覧会開催を契機にひかり編成の一六両化、次いで同四七年から同四八年にかけてこだま編成の一六両化が実施され、走行間隔は当初の一―一パターンが同四二年に三―三パターン、同四七年に四―四パターン、同五〇年には五―五パターンをベースにした四―四パターンとなり、一時間当りの走行列車が順次増加していることは明らかである。ところで、新幹線走行に伴う騒音・振動によつて原告らの蒙る被害は後記のとおりであるが、被告が新幹線の走行につき右の如き運営をしてきたことにより、原告らが受ける被害は徐々に増大してきたことは容易に推認することができる。そして、被告の右施策は、輸送需要に対応した輸送力増強対策等の一環として行われたのであるから、これを目して、原告ら主張のように被告が積極的に被害を増大させたものであると評価することは困難であるが、後記のとおり、この間被告において原告ら沿線住民に対する被害を防止するため、適宜、有効かつ適切な対策を講じないまま列車本数の増加、走行間隔の短縮等が実施され、その結果原告ら沿線住民に及ぶ被害が増大したものといわねばならない。』

4 新幹線列車の走行に伴う騒音・振動の実情

(一) 騒音について

(1) 新幹線騒音の発生源と伝播について

『新幹線騒音の最大の発生源と考えられるのは、主にレールと車輪との相互作用(それらの衝突と摩擦)によつて生ずる、いわゆる走り装置である。ここで発生した騒音のレベルは大きく、防音壁があつてもこれを回折、透過し、遠方まで伝播する。

列車走行の原動力となる電動機及びそれに付随する歯車などの駆動装置も騒音発生源と考えられる。しかし、駆動装置から発生する騒音は他の部分から発生する騒音に比較して小さく、新幹線騒音としては、殆んど問題にならない程度である。

主に冷却ファン、圧縮機、発電機、空調機など車両に付随する補助装置で騒音を発生するものはかなりあり、これらの騒音は停車中にはかなりやかましく感ずる。しかし、走行中の騒音レベルと停車して補助装置のみ作動している時の騒音レベルを、同じ車両の車両床下部で測定して比較すると、補助装置のみの騒音レベルは極めて低く、これらの騒音は、走行中には殆んど無視できる程度である。

車両の集電装置からの騒音、すなわち、主にパンタグラフが架線を摺動する場合に生ずる騒音及びスパーク音は、全体の騒音に対する寄与の程度は小さいと推定される。

空気力学的発生、すなわち、列車のような大きな物体が空気中を高速で移動すると空気の乱れが生じ音を発生する原因となる。新幹線車両は流線形に作られているので、この騒音はそれほど問題にならないと考えられていた。しかし初期に作られた車両は、パンタグラフの碍子にひだがついていたため、高速走行時に高周波の異常鳴音(いわゆるヒュー音)の発生が検測されたが、後記のとおり昭和四九年ころパンタグラフの碍子形状改良が施され、右異常鳴音は解消された。したがつて、空気力学的な原因で発生する騒音は殆んど問題にならなくなつている。

新幹線の走行に伴つて発生する車両及び軌道部材など上部における振動・衝撃は、レールから枕木・砕石あるいは軌道スラブを経て高架など下部構造物に伝わるが、これによつて下部構造物が振動して二次的に騒音を放射する。鉄桁の場合は、各構成部材が振動しやすく、かつ騒音面積が大きいため、下部構造物が放射する二次騒音のレベルはゴンクリート構造物に比較して高いが、特に、無道床鉄桁で橋枕木が縦桁に直結している場合は、振動伝達経路の途中でのエネルギー吸収が少ないこと及び上部騒音が遮へいされずに直接空気伝播することなどのため、無道床鉄桁直下のレベルは非常に高くなる。

このようにして発生した騒音は、列車の速度、車両編成、防音壁の有無とその構造、軌道からの距離、周囲の建築物、地形更には温度・温度・風速・風向といつた気象条件に影響されて人間の耳に達する。』

(2) 新幹線騒音の一般的特徴

『列車騒音の継続時間は、列車の通過時間にほぼ等しく毎時二〇〇キロメートルにおいて約7.2秒であり、物理的には新幹線騒音は衝撃的でなく、また、新幹線騒音の距離減衰については、一般的にはある一定の傾向はみられるが、個々的には軌道構造、地形、道路の状況、建物の配置、防音壁等の影響により差異を生じ、必ずしも理論値どおりの減衰を示さない。また列車速度と騒音レベルの関係は原則として速度の二乗ないし三乗の対数に比例するが、両者の関係は騒音の周波数によつても異り、個々的には軌道からの距離、軌道構造物の種類、高さ、建物の配置等により種々の差異を示し、必ずしも理論どおりではない。線路構造別の騒音レベルは大略、切取、盛土、高架、鉄桁橋梁の順に大きくなり、鉄桁橋梁では無道床鉄桁の方が有道床鉄桁より大きい。また、騒音レベルはレール状態、車両状態によつても変化し、家屋の陰による遮音効果、測点側通過列車と反対側通過列車との騒音レベルの差、測定点の高さによる変化が認められる。更に、屋内の騒音レベルは屋外のそれに比して低く、一般的に日本の住宅の場合は家屋内外の騒音レベルの差はおおむね一〇ホン程度とみれば妥当と考えられる。』

(3) 原告らの各居住敷地における騒音暴露量

『前記のとおり、新幹線騒音の暴露量は軌道から被暴露箇所までの距離、軌道構造物の種類、列車速度、更には地形、道路、建物の配置等の諸条件によつて左右されることが明らかであり、また、同一場所においても列車速度、通過列車の上り下りの別などによつて異なるのである。したがつて、原告ら各居住敷地が、どれだけの騒音暴露を受けているかを確定するためには、各敷地の騒音暴露量を個々に測定する以外に方法がないのであり、結局各測定データを比較検討したうえ個別に当該敷地全体の騒音暴露量を評定するのが相当である。

本件において、原告ら居住敷地における騒音暴露量を個別に測定したデータとしては、原告らによる測定データ、被告の測定データ及び検証の結果があるが、これらにつき、その測定方法、測定本数、測定の評価方法、測定位置、測定時の列車速度等を仔細に検討し、原告らごとに個別に確定した(個別の確定値は判決理由中の別表参照)。右によれば、騒音については最高九三ホンから最低五八ホンであり、九〇ホン以上は四世帯、八〇ホン以上八九ホン以下は八七世帯、七〇ホン以上七九ホン以下は一四七世帯、六〇ホン以上六九ホン以下は一三世帯、五八ホン一世帯である。』

なお、原告らの、「各原告毎の個々の居住敷地における騒音の暴露値は、地域的暴露状況を示す騒音の等量線図に基づいて推認することが必要にして十分な方法であり、かつ、各原告の騒音暴露値は五ホン程度のオーダーで認識すべきである。」との主張に対し、

『<証拠>の騒音に係る等量線図(以下騒音コンターという。)は、名古屋大学医学部公衆衛生学教室助手中川武夫が作成したものであるが、右コンターの基礎となるデータは、同人らにおいて昭和四八年一二月から同四九年一月ころにかけて、本件七キロ区間を原則として軌道に沿つて二〇〇メートル間隔で、軌道の両側につき、近側車線軌道中央から12.5メートル、二五メートル、五〇メートル、一〇〇メートルの各地点、合計二四八地点を選定し、右各地点で地上1.2メートルに騒音計を保持し、その騒音計及びレベルレコーダーの動特性をファーストとして近側車線を通常の速度で通過する原則として三本以上の列車の騒音を測定して得たものであること。

右測定の結果得られた測定値のおおむね最大値を地図上に記載し、その数値に音のエネルギーの減衰の法則を適用して、比例配分法に従い、騒音については七〇、八〇、九〇、一〇〇ホンの各地点を求めて、各点を順次滑らかに結んで作成したものであること。

ところで、騒音については、軌道の構造物、新幹線との距離、列車速度、地形、道路・建物の配置、防音壁の有無とその構造等の諸条件によりその暴露値は変化をきたし、その距離による減衰も各測定場所によつて一定でなく、騒音と列車速度との関係も騒音の周波数、距離、建物の配置等により種々の変化を示し、必ずしも理論値どおりにならないことは前述したとおりであり、右事実は前記原告ら個別測定の結果及び検証の結果(第一、二回)によつても容易に理解されうるところであり、現に、叙上の個別原告ら方における騒音値を騒音コンターと比較した場合、それに符合するものもあるが、そうでないものも多く存在するのである。

以上に述べたところに基づいて考察すると、原告ら方の騒音値は、各原告ら毎に個別性を有し、騒音コンターは当該地域の騒音の概略を推察するための一資料になりえても、これによつて、各原告方の騒音暴露量を確定するにはほど遠く、また、本訴訟において、各個別原告の測定データが存在し、それらを比較検討することによつて、より合理的かつ的確にその騒音値を確定できる以上、原告ら主張のように各原告らの騒音値を等量線図的手法によつて確定すべき理由も必要もなく、原告らのこの点に関する主張は採用できない。』

(二) 振動について

(1) 新幹線振動の発生源等について

『列車走行に伴つて発生する地盤振動は、大別して次の三つの原因によると考えられ、イが主たる原因である。

イ 軸配置による荷重列(列車が走行する際に、地上の特定の位置に注目すると一定の周期を持つて繰返し載荷される現象)

ロ 関係構成要素の不整(車輪のフラット・軌道狂い・レール継目・構造物継目・地盤変化等により載荷が変動する現象)

ハ 関係構成要素の固有振動(右イ、ロの原因で起振される際にその関係要素の固有振動により選別・増幅される現象)

振動の発生・伝播に関係する構成要素は、車両(車体・台車・輪軸)、軌道(レール・締結装置・枕木・道床)、構造物(盛土・切取・高架橋・コンクリート桁・合成桁・鋼桁・トンネル)、基礎(直接基礎・杭・ケーソン)、地盤(地盤の力学的特性・局所的地質構造)、建物(木造・鉄筋コンクリート・鉄骨コンクリート・鉄構)であり、それぞれ右順序で伝播していく。

特に、地盤から構造物又は地盤の中における伝播は、構造物の基礎の種類、地盤の特性・構造に影響される。』

(2) 新幹線振動の一般的特徴

『列車振動の継続時間は前述騒音の場合と同様であり、また、一般に地盤振動の距離減衰についておおむね二〇ないし三〇メートル離れると七〇デシベルないしそれ以下の値となるのが大部分であるが、振動の伝播は騒音以上に複雑であり、距離減衰は地盤構造、軌道の基礎の種類によつて異なる。列車速度と地盤振動の関係は、構造物、地盤条件により大きく異なり、確たる実験値を求め難い。構造物と振動の関係については、構造よりむしろ周辺の地盤性状の影響が大きいのであるがラーメン高架橋が盛土、切取、桁橋等に比較して大きい。地質と振動の関係についてみると、複雑でこれを明確にし難いのであるが、一般的にいうと、沖積層が洪積層に比し振動が大きく、そのなかでも軟弱地盤が特に大きい。更に、地表振動と建物振動の関係について屋内における振動増幅量は約五デシベル程度を目安にするのが相当である。』

(3) 原告らの各居住敷地における振動暴露量

『新幹線の屋外振動の暴露量は騒音の場合と同様に、軌道から被暴露箇所までの距離、軌道構造物の種類、列車速度に左右され、特に騒音とは異なり地盤構造に影響され、また同一場所においても列車速度、通過列車の上り、下りの別等によつて異なるのである。したがつて、原告ら各居住敷地が、どれだけの振動暴露を受けているかを確定するためには騒音の場合にも増して、各敷地の振動暴露量を個々に測定する以外に方法がないのであり、結局各測定データを比較検討したうえ、個別に、当該敷地全体の振動暴露量を評定するのが相当である。

そこで、本件においては騒音の場合と同様の手法により、個別に確定した(個別の確定値については判決理由中の別表参照)。右によれば、振動については最高八〇デシベルから最低四八デシベルであり、八〇デシベル以上は一世帯、七〇デシベル以上七九デシベル以下は六四世帯、六〇デシベル以上六九デシベル以下は一四五世帯、五〇デシベル以上五九デシベル以下は四一世帯、四八デシベル一世帯である。』

なお、原告らの、「振動についても騒音の場合と同様に、地域的暴露状況を示す振動の等量線図に基づき推認すべきである」との主張に対し、

『振動に係る等量線図(以下、振動コンターという。)は、前記中川武夫が作成したものであるが、右コンターの基礎となるデータは、同人らにおいて、前記騒音コンターの場合と同一日時頃、同一地点において、原則として踏み固めた土の上(やむをえない所ではアスファルト上)で、振動計の振動速度(単位mm/sec)を動特性ファーストとして、近側車線を通常の速度で通過する原則として三本以上の列車の振動を測定して得たものであること、右測定の結果得られた測定値のおおむね最大値を地図上に記載し、その数値に振動等のエネルギーの減衰の法則を適用して、比例配分法に従い、毎秒0.3、0.5、1.2ミリメートルの各地点を求めて、順次滑らかに結んで作成したものであることが認められ、<る。>

ところで、振動については、騒音の場合にも増して、伝播の様相は複雑であり、地盤構造、基礎構造によつて大きくその数値が変化し、距離による減衰も各測定点によつて一定でなく、振動と列車速度との関係も、必ずしも理論どおりにならないことは前述したとおりであり、このことは前示原告ら個別測定の結果及び検証の結果(第一、二回)によつても容易に理解しうるところであり、現に、前記個別原告ら方の振動値を振動コンターと比較した場合、それに符合するものもあるが、そうでないものも多く存在するのである。

以上に述べたところに基づいて考察すると、騒音コンターの場合と同様に、振動コンターは当該地域の振動の概略を推察するための一資料となりえても、それにより各原告方の振動暴露量を確定するための資料となりうるものではなく、また、本訴において、前記の如く各原告の個別振動値を確定できる以上、原告らの振動値を等量線図的手法によつて確定すべき理由も必要もないといわざるをえない。よつて、この点に関する原告らの主張は採用し難い。』

5 暗騒音・暗振動について

被告の、「本件七キロ区間には、新幹線騒音や振動の外、極めて高いレベルの暗騒音・暗振動が存在し、原告らの主張する個別的被害が仮に新幹線騒音や振動と全く無関係でないとしても、その原因をこれのみに帰せしめることはできない」との主張に対し、

『原告ら居住地域は一般に暗騒音が低いとはいえない地域である(特に船方地区の一部では道路に面した部分で高い)ことが認められる。しかし、これは本件七キロ区間が主として大都市の準商工業地域であるという地域特性から必然的に生ずる暗騒音の範囲内にあるというべきであり、このことは暗振動についても異なるところはない。』

6 新幹線の走行による騒音と他の騒音との比較

被告の、「現代の社会生活、殊に都市生活においては、新幹線騒音・振動に勝るとも劣らない道路交通騒音あるいは他の鉄道騒音・振動等が相当広汎な地域にまで及んでおり、このような生活環境の下で、人々はこれを受忍して生活しているのであるから、本件新幹線騒音・振動による被害に関する受忍限度の判断に当つても、右の実情は当然考慮すべきである」との主張に対し、

『なるほど、右認定事実によれば、東京都の道路交通騒音あるいは名古屋市における新幹線以外の鉄道騒音・振動も相当に激しいことが認められるのであるが、沿線住民がこれらの騒音・振動により、どのような被害を、どの程度に受けているかの点は明確にされていないのであるから、住民がこれを受忍しているとか、受忍していないとかを推断することはできない筋合であるし、新幹線騒音・振動と道路交通騒音との明白な相違点、新幹線とそれ以外の鉄道との運行目的、立地条件、速度その他の走行状況の差異によれば、騒音・振動レベルのみにより、新幹線騒音・振動を他の交通騒音、鉄道騒音・振動と対比し受忍を期待し、あるいは受忍を強制しうべきものでもないのであるから、被告のこの主張は理由がない。』

三 被害

1 はじめに

『原告ら方に暴露される新幹線騒音・振動の値を最大値と最小値で対比すると、騒音については三五ホン、振動については三三デシベルの差があるが、当裁判所の検証の結果によつても原告ら方に暴露される騒音・振動は非常に激しいところと、そうでないところがあることを感得できた。暴露値が大きい原告ら方は低レベルの原告ら方に比し被害が大きく、暴露値の大小により、被害内容及び程度に大きな差異が存することは容易に推認しうるのであるが、低レベルの原告らにも被害がないとはいえず、かつ、低レベルの場合には被害は必ずしも暴露値と相関しない。しかも、原告ら方に暴露される騒音・振動値は多くは相関しているため、暴露値が高い原告ら方の被害は騒音・振動の両者により更に増幅されることも推認するに難くない。』

(一) 検証所見

『当裁判所は二回にわたり原告ら居住地(うち原告((取下原告を含む))ら方居宅二六戸)を検証したが、これら居宅に対する騒音・振動の暴露はそれぞれ異なり、最も激烈なものとしからざるものとの間には相当の開きがあり、被害の程度にも差があるが、騒音がおよそ八〇ホン、振動が約七〇デシベルを超える暴露値を示す居宅では、一般的には後記認定の各被害と暴露値との間には高い相関性があると思われ、事実、後記記載の居宅の如きは同所において日常生活を営むことは困難ではないかとの感を深くし、同についてもほぼ同様であり、同ないしも程度はほどではないにしても、騒音・振動が日常生活に及ぼす被害は容易に推認されるところである(なお、右六戸のうち、三戸は比較的早期に後記障害防止策により移転し、二戸は移転対策を受入れることはできないとし、一戸は新築建物につき、障害防止対策による防音工事を施工した)。同記載の非原告の居宅は騒音・振動とも暴露値は相当に高いが、同人らは被害の存在を否定し、このことは騒音・振動による被害の問題は、激しい暴露があつても、他要因の介在、寄与等により減殺されることもありうることを示すものである。同記載の居宅の被害も看過できないが、被害の中心は会話妨害、家屋損傷ないしこれに関連する居住環境の悪化である。同記載の居宅は、すべて軌道側壁より二〇メートルを超える位置にあり、の1、2は騒音値七〇ホン台、振動値六〇デシベル台の暴露値を示しているが、建物構造その他の要因により屋内の暴露値は大きく異り、それ以外の居宅は三一メートル以上離れ、騒音・振動値は低いが家屋損傷を訴える者もあり、暴露値が低いと、暴露値と被害とは必ずしも相関しない一例であり、こゝにも、騒音・振動被害が生活妨害、心理的被害を中心とする被害であることをのぞかせている。』

(二) 振動と騒音の相乗

『新幹線振動は騒音と相乗し、相互に、被害を補完し、増幅している。』

(三) 「うるささ」判断

『五十嵐寿一東大教授は、「騒音と生活環境―特に交通騒音をめぐる考え方」の中で、「外国の調査のなかに、どんな騒音に対しても、苦情をいわない人が一〇ないし二〇パーセントいる反面、どんな騒音にも苦情をいう人が一〇ないし二〇パーセントいるという報告がある。これなどは騒音公害を考える際に参考になる事柄であろう」と指摘していることが認められ、また、<証拠>によると、後記環境庁及び東北大学のアンケート調査による住民反応、あるいは航空機騒音に関する英国におけるアンケート調査等においては、比較的静かだと思われる地域においても、なんらかの影響を受けていると訴える住民が五ないし一〇パーセントはいることが認められる。

後記の環境庁の新幹線鉄道に関する騒音実態調査報告書によると、(1)新幹線騒音の「うるささ」判断に関係すると思われる要因として(A)居住年数、(B)回答者の年令、(C)世帯主の職業、(D)住宅の構造、(E)居住地の環境、(F)新幹線の年間利用回数、(G)最高騒音レベル、(H)線路中心からの距離、(I)線路構造の八項目が挙げられていること(「家族数」、「持ち家か借家か」、「在宅時間」等は「うるささ」の判断に殆んど相関がないとして除去されている)、(2)右の実態調査結果に基づき、前記要因の寄与度を判断すると、「騒音レベル」が偏相関係数で0.444と圧倒的で、「線路構造」同0.184、「居住地の環境」同0.181とこれに次ぎ、他の要因は小さく、すなわち総合判断としては、「騒音レベル」により「うるささ」の態度が殆んど決定されているといえること、(3)後にも触れるが、「就眠妨害」は「居住地の環境」(偏相関係数0.309)によつて決まり、「騒音レベル」(同0.138)、「線路構造」(同0.128)はむしろ寄与度が小さく、覚醒はいずれの要因も寄与度が小さく、驚きは「騒音レベル」(同0.353)が大きく(但し九五ホン以上の大きさが強く寄与する)、「居住環境」(同0.183)がこれに次ぎ、思考・読書は「居住環境」(同0.297)が大きく、「騒音レベル」(同0.225)がこれに次ぎ、胸がどきどきするは各要因とも一様に小さく、以上を生理上の影響として要約すると、これは騒音の物理的特性より他の要因の方が大きいか、あるいは前記八つの要因とは相関のないものがかなりあること、(4)後叙の如く、電話妨害は「騒音レベル」(同0.355)が大きく、次いで「世帯主職業」(同0.222)となり、テレビ・ラジオの受聴妨害は「線路構造」(同0.349)、「騒音レベル」(同0.334)がほぼ同等の寄与度でそれ以外の要因は小さく、会話妨害は「騒音レベル」(同0.392)が大きいが、「線路構造」(同0.226)、「世帯主職業」(同0.204)も無視できず、テレビの画像がゆがむは「線路構造」(同0.42)が圧倒的に大きく、「騒音レベル」(同0.14)、「線路からの距離」(同0.137)とも寄与度は小さく、家屋の振動は「騒音レベル」(同0.391)と「線路構造」(同0.333)が大きく(また、「騒音レベル」の代りに「線路からの距離」((同0.442))を要因としてたてると更に分析精度がよくなる)、以上を人間活動に与える騒音の影響として要約すると、この部門は騒音の物理的特性そのものの寄与度が大きいことが認められる。』

(四) 陳述書・アンケート調査等

被告の、「陳述書の内容は極めて画一的であり、又アンケート調査には信憑性がほとんどない」との主張に対し、

『(1) 本件で提出された原告らの陳述書はいずれも作成日付昭和五三年一月三一日、原告らの作成名義である。<証拠>を総合すれば、陳述書の多くは同日より相当以前に、原告ら代理人による指示、助言のもとに、原告ら代理人による指示、助言のもとに、原告ら本人(一部は家族)が草稿を作成して代理人に提出し、代理人において誤字脱字を訂正したり、原告らから直接必要とする点を聴き取つて、その内容を整理し、まとめたりして浄書・タイプして作成したもの、一部は原告らが代理人に口述して代理人が作成したもの、一部は代理人の手を借りずに原告らが作成したものであることが認められる。ところで訴提起後に当事者自らが作成した文書は、当事者尋問と異なり、本人の真意が正確に表現されているか否かについての判定も困難であることは否めないところである。更に本件における陳述書の内容自体も、前記原告らの騒音・振動値及び新幹線との位置関係、当裁判所の検証所見、その他後記のアンケート調査の結果、研究結果等に照らすと、個々的には若干誇張された表現がないわけではなく、また、原告ら本人尋問の結果によると、当該原告作成の陳述書の記載内容と別異の心証を惹起する事例がないわけでもない。しかしながら、騒音・振動による被害は、後記の如く精神的・心理的被害、各種の日常生活妨害を中心にするところ、このような被害はその性質上、先ず原告自身の体験を通した主訴に耳を傾けることが重要であり、そのうえで、原告らに暴露される騒音・振動値、位置関係、各種アンケート調査の結果、専門家の調査研究所見、本人尋問の結果、検証の結果等を総合して被害の有無、程度を判断すべきである。したがつて、本件で提出された原告らの陳述書によつて、少なくとも原告らが被害として訴える内容を知り、これを被害認定のための第一歩とすることには、いささかの支障もないのである。更に、原告ら本人尋問の結果と陳述書の内容を対比してみると、前記の如くその一部には若干齟齬するものではないが、その多くは同一の心証を形成させるのである。たとえば、情緒的被害について、原告らは、その陳述書において異口同音に「ドキッとする」「ハッとする」等訴えているが、その理由として殆んど一様に「新幹線の騒音が突然におそってくるから」とか「予期していないときに突然やつてくるから」と述べており、これらは原告らの本人尋問の結果においても同様に認められ、また、検証所見によつても裏付けられるところである。被告は陳述書の内容は極めて画一的である旨主張する。しかし原告らが陳述書で訴える被害内容は、その被害が精神的・心理的被害、日常生活妨害を中心とするところから、ある程度共通性を有することはやむをえないところであるが、そのなかにも、訴える内容は、それなりに相違し、それぞれ個性を有している陳述書が少なくないことが認められるのである。したがつて陳述書については、原告ら自身が提訴後に本件係争事実に関し作成した書面であるというだけの理由で、一般的にその証拠力を否定するのは相当でなく、陳述書の内容自体を他の証拠と彼此対比して、それが十分に信憑力をもつかどうかを検討し、よつてもつて被害認定の一資料として採用の是非を決するのが相当である。

(2) 更に、被告は、原告らの援用するアンケート調査の信憑性をも争つている。たしかに、アンケート調査により公正、客観的な結果を得るためには、母集団の標本の適正な抽出、調査実施上及び質問方法における偏り(バイアス)の排除、その条件として調査目的の秘匿、調査対象者に先入観を抱かせ、又は暗示を与えることを避けるべく質問票の用語や文章に対する配慮、訴訟等の問題が生じている地域の除外等が当然、考慮されなければならない。ところで、前記のとおり騒音・振動による被害は、精神的・心理的被害を中心とし、それらは多分に主観的な面をもつていることは否めず、そのため、当事者の被害を確定するためには、その訴えを聞くにとどまらず、これを裏付ける一資料として各種アンケート調査の結果は極めて重要であり、かつ不可欠であると考えられ、これによつて、騒音・振動による被害の態様が把握され、また、概略その傾向を明らかにすることができるというべきである。因に、アンケート調査の重要性は、後記のとおり各種環境基準等の設定に当り、アンケート調査が重要な役割を果していることから窺い知れるところである。

本件において、後に証拠として引用する各種アンケート調査の結果は、その調査内容自体からみると、訴えの内容、訴え率等についてはおおむね類似性が認められ、その間に斉合性を保持しているのであり、一応、実体に照応していることを窺わせる。被告は、これらのアンケート調査のうち、特に、甲第五一号証の後記水野調査及び甲第六三号証の中川武夫助手により名古屋市熱田区、南区沿線住民に対するアンケート調査について論難するのでこの点につき検討する。右アンケー卜調査はいずれも本件七キロ区間を含む地域住民に対するアンケート調査であるが、甲第六三号証の右アンケート調査は、その実施された時期が昭和四六年六月五日から同年七月九日にかけて行われたもので、本件訴訟提起時より約三年も前であり、この点ある程度客観性は担保されているものといいうるから、その被害項目についての訴え率を採用することに難点はなく、甲第五一号証の水野調査については、たしかに、右調査は名古屋市の委託により、本訴提起後の昭和五〇年三月に本件七キロ区間を中心とした中川区、熱田区、南区、緑区の四区内一八地区に居住する主に家庭の主婦を対象とし(証人水野宏の証言によれば、調査対象者中原告又はその関係者は約一割の一二〇名位であることが認められる)たものであり、右実施時期、対象地区の選定に不適当なところがあることは否定できないが、同号証及び同証人の証言によれば、右調査方法は一応、CMIの健康調査表に準拠し、また、家庭の主婦の健康調査であるとしてある程度マスクをかけて行われていること、対象者には原告及びその関係者以外の者が多数含まれていることが認められ、これらを考慮すれば、少なくとも右アンケート調査から後に引用する被害項目の訴え率を参考にしても、これが実体と著しく背離しているものと断定することは困難である。また、水野調査は、調査回答の分析に当つて、新幹線からの距離、騒音・振動値と訴え率との相関関係について分析を試みているところ、甲第五一号証、証人水野宏、同中川武夫の各証言によれば、距離については一〇〇〇分の一の住宅地図に基づき、騒音・振動値については中川証人作成にかかる前記甲第一、二号証の騒音・振動コンターに基づいたものであることが認められる。ところで、甲第一、二号証の騒音・振動コンターが必ずしも正確な騒音・振動の実体をあらわしているとはいえないこと前示のとおりであるからこれに基づいて訴え率と騒音・振動との関係を分析した結果を採用することは妥当でないが、距離との関係については、これにより、少なくともおおよその傾向を知ることができるものと解される。したがつて、甲第五一号証、第六三号証の右アンケート調査は右の意味において被害認定の一資料として採用しても誤りはないものといわねばならない。

以上要するに、後に引用する各種アンケート調査の結果は、他の調査研究結果、検証の結果、原告ら本人尋問の結果等と相俟つて、原告らの愁訴を裏付ける一資料として差支えはないものと解されるのである。』

2 騒音・振動被害の発生機序

(一) 騒音の場合

『<証拠>によれば、騒音はまず耳から入るが、激烈な騒音は耳の感覚器をおかして難聴を発生させること、耳の感覚器からの信号(インパルス)は聴神経を通つて大脳皮質の聴覚域に到達して音の知覚を成立させるが、聞きたいと思う音(会話・テレビ・ラジオ・電話・ステレオ等)と同時に騒音が到達すれば聴取妨害を起すし、また単独でも「やかましさ」の感覚を発生させること、このように聴力に直接関係する難聴、聴取妨害などが騒音の独得な特異的直接的影響といわれるものであること、一方、耳からの信号は脳幹網様体を介して大脳の広範な部位を刺激し、精神的妨害を引起し、かつ、仕事、勉強、休養、睡眠などの日常生活の妨害を起すこと、この発現ルートは音以外の暑さ、寒さ、痛み、臭い等の感覚でも同様に精神的妨害を引起す経路であり、非特異的な(騒音独得のものではない)網様体賦活系と呼ばれるものであること、また、網様体からは視床下部を経て大脳の旧古皮質へも信号が送られて、不快感、怒りなどの情緒的影響を起すこと、旧古皮質は下等な動物では脳の大部分を占め、性欲、食欲、集団欲等の本能的な欲望や行動、それに伴う快、不快等の情緒を発生する部位とされているので、騒音によつて不快感などを起すとともに性欲や食欲の不振をも起しうること、視床下部は身体機能、特に循環器、消化器などの内臓の働きを調節する自律神経の中枢の存在する部位であり、また、下垂体を介して内分泌系(ホルモン系)の働きを支配する中枢でもあるため、ここから様々な影響、すなわち、脈拍・血圧・呼吸・胃腸の働きの変調、冷や汗、皮膚血管の収縮、ホルモンのアンバランス等を起すこと、旧古皮質等にあらわれる右の如き影響も、非特異的反応であることが認められ、右認定を左右するに足る格別の証拠はない。』

(二) 振動の場合

『(1) <証拠>を綜合すれば、振動のエネルギーが生体に作用すると体表面又は体内の受容器で振動刺激を受取ること、振動の受容器は、振動エネルギーを神経系のインパルスに変換するものであつて、パチニ小体と呼ばれ、一個のパチニ小体に一本の神経繊維が接続して直接中枢神経系と連絡していること、このほかにもマイスネル小体という触覚、圧覚に関する受容器とか、内耳(平衡覚)、聴器(聴覚)、視器(視覚)等も補助的に働いていること、パチニ小体は指先、手掌、足指、足底などにみられ、このほか四肢の関節周囲、骨膜、筋、血管の外膜、腸間膜等広く体内に分布していること、この小体は外力による変形によつて興奮し、神経系のインパルスを発生すること、これらの受容器を出た知覚神経繊維は上向して視床を経て大脳皮質に至ること、このような受容器から大脳皮質に至る経路の途中において、神経繊維の側枝が脳幹網様体に連絡しており、受容器からのインパルスが脳幹網様体を興奮させる働きをしていること、人間の睡眠と覚醒というリズムは、視床下部において体液性要因によつて形成され、大脳皮質の意識水準がこのリズムに応じて変化するが、脳幹網様体の興奮は大脳皮質の意識水準を高め、覚醒の方向へ作用し睡眠の妨害を生じさせるものであること、一方、視床から視床下部へ伝えられたインパルスは三つの方向へ伝達されること、第一は視床下部から大脳縁辺系に至る経路で、旧皮質、古皮質に伝えられるが、旧古皮質は本能と情動とを支配している部位で、振動刺激は不快感、快感、怒り、恐れなど種々の情動を生起さすこととなること、第二は視床下部による自律神経系制御であり、自律神経系は主として内臓の筋肉の運動と腺(たとえば唾液腺、汗腺など)の分泌を支配し、交感神経と副交感神経という相反する作用を持つた神経から成立つていて、交感神経の興奮は心臓の機能を亢進させ、皮膚血管の収縮、消化管機能の抑制、唾液分泌量の減少、瞳孔の散大、気管支の拡張その他の変化をもたらし、他方副交感神経の興奮はこれらと反対の変化を示すこと、一般に振動の影響はストレスとして働くから、交感神経緊張型の症状をもたらすこと、第三は視床下部から下垂体へ至る経路であり、下垂体はほぼ全身の内分泌器管(ホルモン分泌臓器)の中枢としての役割を持ち、下位内分泌器管への刺激ホルモンを分泌しているので、下垂体を介して全身の内分泌器管へ振動の影響が加わることが認められ、他に右認定に反する証拠は存しない。

(2) <証拠>によれば、以上に認定した体内反応系は振動刺激時にだけ働くものでなく、他のいろいろな環境要因、たとえば騒音・温度条件などの場合にもそれぞれの受容器で刺激を受取り、知覚神経のインパルスとして生体内反応系が駆動されるものであり、したがつて全身にみられる症状は振動に特異的なものでない点において非特異的反応であることが認められる。』

3 日常生活の妨害

『各種アンケート調査、専門家による調査研究所見、原告らの陳述書、原告本人尋問の結果、検証の結果、騒音・振動の暴露量等を比較精査して、原告らの被害を次のとおり認定する。』

(一) うるささ

『<証拠>によれば次の事実が認められる。すなわち環境庁は昭和四七年ころ、新幹線騒音が沿線住民に及ぼす影響という面から新幹線騒音の実態調査をした。右調査方法は新幹線の沿線から、ひかり及びこだまが時速一八〇キロメートル以上で通過する二三地点(軌道の両側一〇〇メートルの範囲を指定)を選定し、その沿線住民(主として主婦)九六八人(又は戸)の対象者(騒音レベルはパワー平均騒音レベルで五五ホンから一〇〇ホンに分布し、六五ホン以上の対象者が八八一人である)についてアンケート調査を実施したが、これによれば新幹線の騒音が健康に害を及ぼすと考えるかについて質問したところ、「害がないと考える」とする者が二四三人(25.1パーセント)、「害があるかも知れない」とする者三二七人(33.8パーセント)、「害があると考える」とする者二三六人(24.4パーセント)、「わからない」とする者一六二人(16.7パーセント)であつたことが認められる(なお、右調査結果は、調査方法が公正妥当であること、調査結果が客観性を保持していることからして、本件において新幹線騒音の被害を判断するにつき、重要な証拠であることを指摘しなければならない)。』

(二) 会話妨害

『会話妨害を訴える原告ら(二四名を除くその余)のうち騒音が七〇ホンを超える原告ら方(室内ではおおむね六〇ホン以上)においては、新幹線騒音による会話が妨害されているものと認めることができ、また、各種の研究結果においておおよそ六〇ホン以上になると会話妨害が発生するという点では大体一致しているかに窺われることを思い併せると、会話妨害を訴える原告らのうち七〇ホン以下の原告ら(その殆んどが七〇ホンに近い)についても程度は小さいであろうが会話が妨害されることがありうることを推認しうるのであり、新幹線騒音が間歇音であり一過性のものである点を考慮に入れても、なお右原告らが会話が中断されること等により日常生活上蒙つている被害は決して無視しさることのできないものといわねばならない。更に、会話が妨害されることにより、精神的心理的側面に影響を受け、あるいは家族の団らんを妨害されるという原告らの主張も理解される。』

(三) 通話妨害

『通話妨害を訴える原告ら(五八名を除くその余)のうち七〇ホン以上の原告らの訴えはこれを是認することができ、また、電話による通話妨害の特殊性、六九ホン以下の原告ら方における騒音量もその殆んどが七〇ホンに近い騒音レベルを示していること等からすると右六九ホン以下の原告らの訴えもこれを是認できないわけではない。』

(四) テレビ・ラジオの視聴障害

『テレビ・ラジオが現代の日常生活において手近な娯楽の一つである外に情報収集の手段であり、毎日の家庭生活に不可欠なものとなつている現状においては、テレビの音声がかき消され、映像が乱れたりすれば、面白さが半減することはもちろんであり、そのため、音声が聞こえるように音量を極端に大きくしたり、面画に近接して見るようになり、このことが、視力に影響するのではないかとの不安を抱いたりしているということ、特に自宅療養中の病人や老人にとつて、テレビ、ラジオという殆んど唯一の楽しみが奪われることになるということ、レコードによる音楽鑑賞が妨害されるということ等についての原告ら(全員)の訴は、決して軽視することを許さない被害であるというべきである。更にこれらの被害がいらいらや腹立たしさといつた精神的心理的側面にまで影響を及ぼすことも否定しえないところであろう。

なお、後記のとおり被告により、原告ら宅の殆んどについて共同アンテナ方式によるテレビ受信障害対策が実施されていることが認められ、この方式はテレビ受信障害を完全に解決させるほど有効な障害対策であるので、画像の乱れについては一応の解決をみているのであるが、右アンテナ方式も一世帯一台のテレビに限定されており、また、右は音声の聴取の点に関しては無力であるから、原告らのテレビ受信障害が完全に解決され、この被害がすべて解消したとはいえないのである。』

(五) 勉強・読書・思考・作業等の妨害

『新幹線の騒音・振動により、一般に勉強や読書が妨げられ、また思考が中断され、更には仕事の能率が低下することもあるであろうことは容易に推認されるところであるが、右にみたアンケート調査及び各種研究結果に前記各本人尋問の結果を総合すると、原告ら(四一名を除くその余)にとり、本件新幹線騒音・振動は新聞や雑誌を読んだり、文字を書くといつた日常生活の知的活動が妨げられ、また、就学中の子供らは学習の妨害を受け、子供を持つ親にとつて悩みの種となつていること、更には精神的労働に従事する人々の注意力を散漫にして作業能率に支障を与えるなど、日常生活に影響を及ぼしているとする原告らの訴も肯認することができる。また、これらの被害が、ともすると、いらいらや腹立たしさなどの精神的心理的な被害面につながりやすいことも推認するに難くない。』

(六) 住み心地の悪い家屋状況

『右被害を訴える原告ら(一名を除くその余)のうち振動が少くとも六〇デシベルを超える原告らは新幹線の振動等により「家が揺れる」「地震と間違えることがある」「電灯、壁かけが揺れる」「ガラス戸がガタガタする」「棚のものが落ちたりする」「ドアが自然に開閉する」といつた項目の一つあるいはそれ以上の被害を受けていることが推認され、右原告らの中には、右のような被害に対処すべく工夫をこらしているものもあることを認めることができ、このような状況の中で生活する右原告らの苦痛も軽視できない被害の一つであるということができる。

ところで、右被害を訴える原告らのうち振動レベルが五五デシベルに達していない原告らについては、その訴えるような被害を肯認することは困難であるが、五五ないし六〇デシベルの原告らについては、その多くは五七、五九デシベルであつて六〇デシベルに近い数値であるうえ、検証の結果を参酌すると、右程度の原告らであつても程度の差はあるにせよ、六〇デシベルを超える原告らと同様に居住家屋の揺れによる住み心地の悪さを感じている場合もあることが推認され、したがつて、右原告らの訴えるこの点の被害を全く無視することはできないと考える。』

(七) 家屋の損傷による被害

『家屋損傷の被害を訴える前記原告ら(三名を除くその余)の居住家屋のなかには、現に、戸や窓の開閉が困難になつていること、壁に亀裂が生じていること、風呂場や便所のタイルにひびができていること、柱と戸の間に隙間が生じていること、屋根瓦がずれていること等家屋に損傷が生じているものがあることが認められ、前記原告らの訴も、このように家屋が損傷を受けている点については、客観的事実に合致しているのである。もつとも、原告らの家屋の中には比較的古い木造建築も多いことから、右家屋の損傷は、建築後長年経過したことによる損耗やその他材質、乾湿等の大気の状態等に基づくことも十分考えられ、また、比較的新しい家屋についても材質や工事施行方法の不完全さに起因して発生するであろうことも容易に推認され、これらの家屋の損傷がすべて新幹線の振動を原因として生じたものであると断定することは、もとよりできないのであるが、<証拠>を総合し、前認定の各事実と併せ考えるときは、多年にわたる新幹線振動が右損傷の一因となつたり、これを早める原因になつている可能性も否定しえないところと認められる。

しかも、物的被害が顕在化することについて、注意を喚起すべき最も重要な点として、次のことが指摘されねばならないのである。すなわち、後述の如く本件において、原告らの被害は精神的被害を中心とするのであるが、この被害は多分に心理的・感覚的な被害であるから、これら家屋の損傷がすべて新幹線の振動によるものでないとしても、新幹線振動の存在を意識している原告らとしては、その事実自体によつて明確な被害感を抱き、これにより新幹線に対して拒否的な心情を増大させ、強い不満、不快感、怒りを抱き、このことが原告らの精神的被害を増幅していくことである。この意味において、家屋損傷の被害は決して過小評価することは許されないものと解する。』

(八) 家庭での休養妨害

『原告らの陳述書及び本人尋問の結果を総合すると、殆んどの原告らが「休日に家庭で休養できない」「ゆつくりとくつろげない」「休日にゆつくり寝ていようとしても新幹線の騒音・振動で寝ていられない」「産後の休養ができない」「病気のときゆつくりと静養できない」などの被害を訴えていることが認められる。

<証拠>によれば、前記環境庁のアンケート調査において、「ゆつくりとくつろげない」の質問に対し、「殆んどない」とする者四四一人(45.6パーセント)、「あまりない」とする者三二七人(33.8パーセント)、「時々ある」とする者一二八人(14.3パーセント)、「わりあい頻繁にある」とする者四〇人(4.1パーセント)、「頻繁にある」とする者二一人(2.2パーセント)、「わからない」とする者一人(0.1パーセント)であつたことが認められる。

前叙のとおり、原告らの中には、会話が妨害されたり、電話による通話が中断されたり、勉強や読書が妨げられたり、テレビ・ラジオ・ステレオ等の視聴が妨害されている者があり、後記のとおり、睡眠も妨害される場合もあることから、原告らのなかには、程度の差はあるであろうが、新幹線の騒音・振動により家庭においてくつろげず、休養が十分とれないものがあることも、これを推認するに難くない。前記アンケート調査の結果も、原告ら各本人尋問の結果と対比すると、原告の訴を補強することはあつても、これを減殺するものではないと解する。』

(九) 家庭生活・人間関係に及ぼす影響

『本件にあらわれた原告ら本人尋問の結果及び陳述書によれば、原告らの中には、家庭内における憩いと団らんを妨げられると訴える者、テレビ・ラジオ等の視聴妨害、勉強、読書の妨害、会話の中断等によりいらいらしたり、怒りつぽくなり、これらのため家族間に摩擦が生じたり、意思の疎通を欠くようになつたと訴える者、親と子の別居を余儀なくされたと訴える者あるいは親戚友人らが訪問することが少くなり人間関係が疎遠になつていく寂しさを訴える者がある。

原告ら居住地域における新幹線の騒音・振動が、会話、通話を妨げる場合もあり、また、テレビ・ラジオ等の視聴の妨害にもなつていること、勉強、読書が妨げられる場合もあることは前叙のとおりであり、このように人間の生活自体に各種の被害が発生しているところからすると、家庭内における憩いと団らんが妨げられ、家族間に意思の疎通を欠くようになることもありえないわけではないのであるから、この点に関する原告らの訴も理解することができる。』

(一〇) 営業妨害

『営業妨害を主張する原告七八名中、一四名については右事実を全く認めることができない。その余の原告らにつきその主張する営業妨害の責をすべて新幹線の騒音・振動に帰することはとうていできないが、前述の新幹線の騒音・振動が原告らの日常生活に及ぼす各種の影響を考慮すると、右騒音・振動が原告らの仕事あるいは営業に影響する場合もありうるものということができ、これによつて、不安やいらいら、腹立ち等精神的心理的側面への影響が生じることも考えられないわけではない。』

(二) まとめ

『以上を総括すると、前記(2)ないし(6)記載の各原告らは、それぞれ、本件新幹線列車の騒音・振動によつて、会話妨害、電話の通話妨害、テレビ・ラジオ・ステレオの視聴妨害、勉強・読書・思考等の妨害を受け、あるいは家屋の居住性が悪化し、前記(7)記載の原告ら方の家屋損傷は新幹線振動がその一因でないとはいえないし、また、新幹線騒音・振動により原告らの中には家庭での休養あるいは家庭生活の団らん、営業に悪影響を受ける等、以上原告らの生活妨害による被害は多様であり、その程度も決して軽くないものがあるといわねばならない。』

4 睡眠妨害

『原告ら(一名を除くその余)の訴えるところと、以上のアンケート調査及び実験研究結果等を総合すると、新幹線騒音・振動は睡眠を妨害することは明らかであるが、睡眠妨害と騒音・振動レベルの定量的把握ないしは尺度化は困難である。しかし、騒音については、前記実験結果によると屋内七〇デシベル(A))(屋外八〇デシベル(A))程度になると、自覚的にも睡眠妨害があらわれるうえ、住民反応調査により住民の三〇パーセント以上が睡眠妨害を訴える騒音レベルはおおむね八〇ホンであること、睡眠脳波からみると屋内六〇デシベル(A)(屋外七〇デシベル(A))になると確然とした変化が出現することも(尤も、屋内四〇デシベル(A)((屋外五〇デシベル(A)))程度でも就眠時間の延長、覚醒時間の短縮、脳波などからみた睡眠深度への影響が出る可能性がないとはいえないとしている研究があるが、新幹線騒音について、このような低レベルで妨害が生じるとは、とうてい認め難い)、振動については、六〇デシベル(地表の値で五五デシベル)では殆んど影響がみられないが、六五ないし六九デシベル(地表の値で六〇ないし六四デシベル)程度から浅い睡眠に対しては影響がみられ、七〇デシベル(地表値六五デシベル)以上になると、八時間睡眠の中でその占める割合が最も大きい中等度睡眠に対しても影響を及ぼすものと一応いうことができる。

以上に説示したところによると、前記睡眠妨害を訴える原告らのうち、右騒音値が八〇ホン以上の原告及び振動が六五デシベル以上の原告らは、騒音あるいは振動によつて睡眠が妨害されると考えられ、また、騒音が七〇ホン以上の原告ら及び振動が六〇デシベル以上の原告らも睡眠が妨害される可能性は否定できない。しかし、騒音が六九ホン以下で、かつ、振動が五九デシベル以下の原告らについては睡眠妨害の生ずる可能性は少ないものということができる。』

被告の、「新幹線は夜間は運転せず、かつ、朝夜の走行回数は少ないから睡眠妨害は存しない」との主張に対し、

『新幹線は深夜から早朝までの間は運行していないのであるから、右原告らは、午後一一時三〇分ころの最終列車通過後から午前六時二〇分ころの始発列車までは一応睡眠は確保できるといえるし、また、朝は午前六時二〇分頃の右始発列車通過後は午前七時一〇分前後まで五〇分近く通過列車はなく、夜は午後一〇時台の列車は三、四本で、同一〇時台の最終は同一〇時四〇分前であつて、右の最終列車同一一時三〇分ころまで約五〇分の間隔があるのである。したがつて、新幹線騒音・振動は深夜早朝には全く存せず、かつ、これに接着した時間帯は騒音・振動の発生回数は大幅に減少する点で、一般的には、原告ら住居に深夜から早朝までの間の睡眠妨害は存しないこともちろんである。しかるところ、睡眠に対する妨害は右時間帯のそれが最も重大であることはいうまでもないが、それ以外の時間帯における睡眠妨害も厳存するし、また、それを過少評価することも許されない。すなわち新幹線の午前七時ころ以降午後一〇時四〇分ころまでの頻繁な運行状況、その間に原告らの蒙つている生活妨害、精神的被害、したがつてまた、新幹線に対する原告らの拒否的反応を伏線にし、午後一〇時ころ以降は深夜に向い周辺が一段と静かさを増していく時間帯であること、現代の都市生活において就眠が遅くなる傾向にあるとはいえ、前記国民生活時間調査の結果によると、一般に就床時間については、午後一〇から一一時までに就床する者が八〇パーセントに近いこと、老人の就床は一般的に早いこと、日常生活においては通常遅く就床し早く起床する人でも、早寝をしたり朝寝を必要とするときが少くないこと、睡眠の質には前記の如く睡眠量(深度×時間)が大切であること、前記東北大学及び環境庁のした騒音に関するアンケート調査の住民反応調査の結果によると、時間帯の中では夕刻から夜間(午後七時より一〇時まで)にかけて、新幹線騒音をうるさいと感じている住民が多いこと、睡眠には後叙の如く慣れがないこと、右原告らは老若男女の別あり、また職業、住宅その他の生活環境はさまざまであり、健康な者もあれば病人もいること等の諸事実に想いを致すとき、新幹線は夜間は運転せず、かつ、朝夜に前認定の如き列車の走行していない長時間の間隔があることを捉えて右原告らに睡眠妨害が発生していないとする被告の所論は採り難いこと明らかである。これを要するに、右原告らの、あるいは最終列車通過時までの就眠妨害の訴、始発列車による覚醒の心地悪さの訴、睡眠が中断されることによる不快感、腹立たしさの訴、休日、昼間における睡眠をとりえないことによるいらだちの訴、更には、その事実の有無はともかくとして慢性的不眠に悩まされているとの被害意識は、すべて理解することができるのである。

このように、右原告らにとって、新幹線の騒音・振動による睡眠への影響は軽視できないものということができる。』

なお、原告らの、「夜間の保守作業による騒音・振動や照明により、更には、試運転車のそれにより睡眠を妨害される」との主張に対し、

『(1) 当初、沿線住民から被告に対して保守作業に対する苦情も少くなく、その後、沿線住民からの要請もあつて、被告において、作業車を含めて作業用機器に対して妨音処置を施し、バラスト撒布の際使用するホッパー車の側板にゴムを貼付して、騒音を減少させる工夫をし(なお、防音改良後のハンドタイタンパー及び道床バラスト撒布作業時の騒音レベルは前述のとおりである)、また、照明用電源として従来使用していたMGといわれる発電器をその騒音がうるさいということで低圧回線を設置して騒音の減少をはかり、おゝむね五〇メートルおきに固定照明装置を設置し、補助用としてのみ局部照明を用い、作業中の職員、作業員等の注意を喚起するために従来は作業用車の警笛で警報していたところ、これを前照燈の点滅で合図をすることに改め、実際の作業をする請負会社の職員に対する指導徹底を図り、更に、作業内容を広報車で予め各地元住民に通知し、あるいは、一か月分の保線工事計画表を交付して周知徹底を図るなど対策を講じたこと。なお、照明については、右のような改良後も固定照明装置が設置してある反対側人家への影響は残されていること。

以上の認定事実によれば、当初は沿線住民から保守作業に対する苦情も少くなく、保守作業による騒音・振動により睡眠が妨害されたとする原告らの訴も認めることができるのであるが、保守作業の頻度からするとその被害は比較的少かつたものと窺われ、しかも右にみたとおり、被告の保守作業に対する対策が施された後においては、更に、これによる被害は減少し、現在では殆んどその被害は解消されたのではないかと推認される。

(2) また、前記のように原告らの中には、始発列車の前に走行する試運転車の騒音・振動等によつて覚醒させられることがある旨訴える者がある。なるほど、証人竜沢俊文の証言によれば、被告は、保守作業が終了し、列車を走行させうる状態になつたかどうかを確認するために、確認車と呼ばれる長さ約七メートル、重さ一四トンの列車を走行させていることが認められる。しかし同証人の証言によれば、右確認車の時速は三五キロメートル前後であることが認められるので、試運転車によつて睡眠が妨害されるという前記訴はにわかに首肯し難いものといわざるをえない。』

5 精神的被害

『(1) 新幹線騒音は物理的特性としては、衝撃性は認められないこと前述のとおりであるが、新幹線軌道と原告ら居宅の接着した状況、軌道構造、列車速度、騒音・振動レベル等を総合すると、列車の接近、通過の都度、原告らが生理的に衝撃を受けるであろうことは容易に推認しうるところであり、原告らが新幹線の騒音・振動により時にはドキッとさせられたり、また物事に熱中している際不意に走行してくる新幹線の騒音・振動にびつくりしたりすることがあることは想像に難くなく、また、毎日頻繁に暴露される騒音・振動の下で生活している原告らがこれに不快感やいらだちを覚えることも容易に理解されるところであり、更には、これらの情緒的影響は騒音・振動自体に起因するものにとどまらず、前叙の如く日常生活が妨害されることから、よつて生ずるいらだち、不快感、怒りの情、あるいは後記の病気療養時に受ける不快感、腹立たしさ等多岐にわたつて情緒的心理的被害感を抱くことも十分推認することができるのである。このような前提に立脚して、前記各種アンケート調査及び調査研究所見に前記各本人尋問の結果を彼此総合すると、原告らの情緒的影響に関する愁訴はこれを肯認することができ、これらの被害は前記日常生活妨害の被害に拮抗し、しかも、これにも増して重大な被害といわなければならない。

(2) また、原告らの中には、新幹線の騒音・振動によつて物忘れがひどくなつた旨訴える者があること前述のとおりであるところ、原告らの中には、老若男女あり、それぞれが別異の人間として、それぞれ社会生活を営んでいるのであるから、このような差異を抽象して、各原告らに生じた物忘れのひどさをすべて新幹線の騒音・振動に基づくものであると断定し難いことは当然であるが、前記アンケート調査によつても同様の訴えがなされているのであり、また、騒音・振動にさらされていると、とかく注意力や集中力が散漫になり、あるいは前叙の会話・通話の妨害、思考の妨害等の各種生活妨害が一因となつて、記憶力が薄弱になることはみやすい事理であるから、原告らの中に物忘れがひどくなつたという被害感を持つ者があつたとしても、無理からぬところとして理解できないわけではない。

(3) 更に、原告らの中には、怒りつぽく短気になつた、落ち着きがなくなつたなどの性格への影響を訴える者があるが、右情緒的被害の重大さ及び前記アンケート調査、研究所見を考えあわせると、これらの被害がすべて新幹線の騒音・振動によるものでないことは明らかであるとはいえ、それが一因になつている可能性もまた否定できず、右原告らがこれらの被害感を抱く心情も、また理解できないわけではない。

(4) ところで、一般に騒音・振動被害の中枢は、生活妨害と精神的被害の二つであるが、これらは、いずれも騒音・振動の直接作用によるものでなく、間接的な影響によるものであり、かつ、騒音独得の被害と目し難い非特異的被害であるから、このような被害の原因は一般的に騒音や振動に限られるものでなく、その時点での気候、気温、天候等の自然的条件の外、多分に各個人の健康状態、性別、年令、職業、性格、生活環境、心身状態(労働・休養・睡眠)などによる主観的・心理的性向や、騒音・振動源に対する利害の有無等の社会的条件によつて左右されるものであることは、被告主張のとおりであろう。しかし後記のとおり、新幹線の開業後一〇年間の原告ら及び地域住民と被告との折衝経緯等に鑑みると、原告らが新幹線に対して徐々に拒否的心情をもつて臨むようになり、不満、不快感を抱き、遂には激しい怒りの念を持つようになつたとしても無理からぬことであり、また、前記騒音・振動の暴露量その他、新幹線と原告ら居宅との位置関係、新幹線の走行状況を勘案し、原告らの毎日の日常生活の上で、本件七キロ区間には新幹線に比類すべき騒音・振動源は他にないことを併せ考えると、原告らに対し、右の精神的被害は単に主観的心理的なものにすぎないとして、新幹線騒音・振動を容認することを期待し、これを強制することは甚だしく酷に失し正鵠を得ないものといわねばならない。そして、叙上の新幹線の騒音・振動調査、新幹線沿線住民に対する各種アンケート調査や調査研究結果等によると、原告らの精神的被害は原告ら個々人の単なる恣意的愁訴ではなく、程度の差こそあれ、十分客観性を有することを推認しうるのであつて、これを原告ら個々人の全く個人的・主観的なものとして無視しさることは、とうていできないといわなければならない。

(5) 以上のとおり、原告らが永年連日にわたり頻繁に暴露される騒音・振動の下で生活を余儀なくされている精神的苦痛は甚大であるということができる。』

6 身体的被害

原告らの、「原告らは長期間にわたり劇甚な騒音と振動にさらされ続けた結果、頭痛、食欲不振、胃腸障害、血圧変調などの身体的被害を蒙り、自律神経失調症に罹患した者もいる。乳幼児の発育阻害、病気療養の妨害、病状の亢進、死期を早めるなど多くの身体的被害が発生している」との主張、

被告の、「騒音が自律神経を刺戟し、何らかの反応を精神的・情緒的にもたらすことはあり得るが、それは個人差や生活環境、慣れなどの諸要素によつて結果が異なり、また時間的な経過によつて消失する場合が多いとされている。騒音による身体的被害について、それがどのような条件について、どのような蓋然性で生ずるかについては殆んど明確な研究がなく、すべては今後の調査研究の蓄積にまつ以外にない。騒音がいわゆるストレスとして身体障害をひき起す可能性があるという医学上の学説が存在するというだけで因果関係を認定せよということは、結局因果関係の存在を必要としないという主張と異ならない。」との主張に対し、

『(1) 本件にあらわれた各本人尋問の結果及び原告らの陳述書により頭痛、胃腸の不調、血圧変調、自律神経失調症、乳幼児の発育阻害、自宅療養中の病状亢進の訴えが認められる。

(2) 右のような、身体的影響についての訴は、アンケート調査においてもあらわれている。

(3) 騒音・振動の身体的影響について、専門の科学者らによる調査、研究の結果並びに、これらに基づく意見を総合すると、騒音・振動が精神的心理的ストレスの一因となり、自律神経系の緊張あるいはホルモン系に対する反応を引起すことは、現在では定説となつているものと認められ、これに反する被告の所論は採用できない。しかし前記のように騒音・振動の生理的機能に対する影響は非特異的反応であり、かつ、間接的な作用であるうえ、現代の社会生活においては、騒音・振動以外の物理的刺激、精神的心理的状態など多様なストレス作因が存在するのであるから、頭痛、胃腸障害、食欲不振、血圧変調、自律神経失調症などの身体的変化が騒音・振動に起因して発生したものかどうかを判定することは極めて困難である。また、さきに認定したとおり、身体的影響が発現したとする実験等においても、騒音については九〇ホン以上、振動については九〇デシベル以上という極めて強いレベルの騒音・振動の負荷によつてなされたものであるうえ、このような激烈な騒音・振動により自律神経系の緊張、内分泌系のホルモン分泌量の変化等に基づく特徴的な生理的・身体的影響が生じても、これがどの程度の期間、どの程度継続して暴露されることによつて、個別的具体的にどのような疾患に結びつくのか定かではない。もつとも、新幹線騒音について、指先容積脈波数、脈波振幅への影響、及び副賢皮質・髄質ホルモン分泌に関する影響をみた実験あるいは新幹線振動による指先容積脈波、脳波への変化を調査した実験等があること前記のとおりであるが、これとて、そのことが直ちに、人の身体にどのような影響を発生させ、どのような身体的疾病となつて顕現するかは明らかにされていない。以上のように騒音・振動がストレスの一因になりうることは明らかであるが、ストレスと騒音・振動量との相関関係を定量的に把握することは困難であり、更に、騒音・振動と疾病との因果関係は、とうてい、明確にすることができないのである。』

7 その他の被害

『原告らの中には、程度の差はあれ、高架による日照・通風阻害、高架からの落水、粉じん等による被害を受けている者もありうるものと推察される。』

8 慣れ

被告の、「現代社会における都市生活には、程度の差こそあれ騒音が随伴することは避けられず、市民は好むと好まざるとにかかわらず、次第に騒音に慣れてその環境に順応する傾向にあるのであつて、新幹線騒音もその例外でなく、したがつて、本件において原告らの被害の有無を考察するには、このような、いわゆる慣れという被害の減殺要素を当然考慮すべきである」との主張に対し、

『騒音による影響については聴取妨害や睡眠妨害を除いて、一般的には慣れの効果が大きいことは否定できず、また、そのことにより市民は、概して騒音にあけくれる現代の都市生活を営んでいるといつてもよく、屋内における騒音レベル五、六〇ホン程度までの騒音に対する慣れの現象は、程度の差はあれ、現実に生じているであろうし、また、慣れの効用を一概に否定することはできない。しかし右程度を超える騒音と慣れとの関係についてはこれを消極に解するのを相当とする。けだし、仮に慣れが生ずるとしても、慣れるための時間の経過、慣れのため必身に負荷される生理的反応等は決して軽視できないところであり、更には慣れの能力には性別、年齢、気質、体質による差があることを思い併せると、慣れということには当然ある制約が伴うべきであり、騒音被害に対し慣れの効果を強調することには自ら限度があるからである。

したがつて、本件においても、屋内の騒音レベルが高レベルである場合は慣れを否定するのが相当であるが、低レベルである場合は程度の差はあつても慣れは生じ易いと認められる。ところで、木造建物の場合、家屋内外の騒音レベルの差はおおむね一〇ホン程度とみるのを妥当とすることは前記のとおりであるが、家屋の構造、程度により必ずしも一律に決し難く、また、原告らのうちには木造以外の建物構造の家屋に居住しているものもあり、原告らの個々の屋内騒音値は、当裁判所が検証した少数の原告ら方を除けば、これを確定することができない。したがつて、一般的には屋内騒音が低レベルである原告らのなかに、騒音につき慣れが生じ、騒音による非特異的影響はある程度緩和されているものがあるであろうが、結局、原告らの屋内騒音値を把握することができないので、個々の原告らについて、どの程度の慣れが生じているかはにわかに認め難いのである。』

<編注>

* 本判決は、睡眠妨害等重大な生活妨害の事実は、アンケート調査、陳述書等(陳述書の信憑性については、この点に関する双方の主張・立証活動の限界等を十分念頭に置き判断した跡が見受けられる)を綜合しこれを認容したが、身体的被害(疾病)については、種々の研究報告等をも参酌し検討したものの、因果関係は確知し得ないとしてこれを否定した。

四 差止請求

1 差止請求の適法性

被告の、「原告らの差止請求は、不作為請求としてその内容の特定性を欠く。なぜならば、右請求によつては、原告らが走行速度の低減ないし時間制限のような単純不作為を請求するのか、又は、原告らに到達する音を低下させるような施設の実施(音源対策及び防音対策)等代替執行の対象となるような事項を請求するのかすら確定されていないし、更に不作為又は作為の各義務の内容についてなんら特定されていないが、民事訴訟においては、判決手続と執行手続とが区別され、判決手続において執行の内容が特定明確化されるべきものとするのが基本的要請であり、また裁判所の平均的見解でもあるからである。執行手続において、履行義務の内容を特定し具体化すれば足りるとする見解は、執行手続において不当に実質的審理を重複させる結果となり、その本質及び手続構造と矛盾する。

要するに、給付判決の内容は、直ちに執行しうるよう確定したものであるべきであり、授権決定手続を経て、はじめて命ぜられた義務の内容が確定されれば足りるという原告らの主張は誤りである」との主張、

原告らの、「公害事件における侵害行為の防止手段は、加害者が最もよくこれを知つているかまたは知りうる立場にある事実を前提とするとき、判決主文は本件のような請求の趣旨の形式をとることが最も合理的かつ妥当である。

原告は技術対策の可能性を指示することで十分であり、具体的措置方法の詳細にまでわたつて逐一特定して明らかにしなければならないいわれはない。原告に対し詳細にわたつて具体的措置、方法の特定を求めることは、不必要なことであると同時に無理を強いることといわざるを得ない」との各主張に対し、

『被告は、原告らの差止請求は被告に対し不作為義務の履行を請求するものであるところ、右不作為義務の内容は特定を欠き、したがつて、また、右差止請求は不特定として却下を免れない旨主張するので、以下、この点について判断する。

(一) 原告らの差止請求の骨子は要するに、原告らは新幹線列車の走行により生ずる騒音及び振動によつて肉体的、精神的被害及び諸種の生活妨害を受け、平穏にして健康な生活と環境を侵害されたとして、これを回復するためには、被告に対し、原告らの各居住敷地内に、右の騒音及び振動を、午前七時から午後九時までの間においては騒音六五ホン、振動毎秒0.5ミリメートル、午前六時から同七時まで及び、午後九時から同一二時までの間においては騒音五五ホン、振動毎秒0.3ミリメートルを超えて侵入させないことを求めるものである。すなわち原告らが、本件差止請求の勝訴判決により達成しようとする被告の給付は、右騒音、振動の侵入禁止という不作為自体であり、また、それのみが原告らの法的利益であるといわねばならない。

(二) 不作為請求は一定の不作為の給付を求めようとする権利義務関係であるから、その請求権の識別のためには、義務づけられる給付を特定しなければならないことは当然である。しかもその特定の契機は、当該不作為義務違反の抑止のために、いかなる執行方法が予定されているかの問題と不可欠に関連しているものと解される。

そこで、以下、現行民訴法が規定している不作為請求の執行方法を概括するに、法は不作為義務についての間接強制(民訴法七三四条)、不作為義務違反の原因たる物的状態の除去のための代替執行(民訴法七三三条、民法四一四条三項前段)、不作為義務違反がなされた場合の将来のための適当な処分(民訴法七三三条、民法四一四条三項後段)を規定する。

(三) 所謂不作為義務は一定の作為が行われないことを目的とするものであるが、その中には、債権者の態度とは無関係に債務者が一定の行為に出ない義務を負担する狭義の不作為義務と、債権者が一定の行為をなすべき権利を有する反面として、債務者がそれを受忍し妨害しない義務を負う受忍義務があり、また、特に、前者は一回的不作為義務、反復的不作為義務、継続的不作為義務に分れる。そして、不作為義務は右の区別、性質の如何を問わず、債務者以外の人が代つて不作為であつても、債務者本人が違反行為をなすときは債務不履行となる点で、すべて不代替的債務に属するものというべきである。

(四) いかなる不作為義務であれ、その違反行為によつて外部的、物的障害物が設置され、右有形的状態が存在するときは、債権者は、民訴法七三三条、民法四一四条三項前段により、代替執行として、第一審の受訴裁判所の授権決定を得て、債務者の費用で、不履行の原因となつている物的施設を除去することができる。

(五) 更に、将来における義務(一回的不作為義務を除く)違反の反復の予防のために、債権者は、民訴法七三三条、民法四一四条三項後段により「将来ノタメ適当ノ処分」をすることが請求できる。「適当ノ処分」とは、一般に、将来における義務違反の反復の予防のための工事などの代替的作為に限られるべきものと解する(もつとも、この点については、右予防に効果的である限り、格段の制限なく、違反を防止する物的施設の設置のみならず、将来の損害に対する担保の提供、違反行為毎に一定の賠償金を支払うべき旨の予告などもこれに含まれるとの見解がないでもないが、担保提供なる手段については明文の規定がないこと、不作為債務の執行としての心理的強制は、後記の間接強制のみがこれを規律し、かつ、これを以て足ると解するので、この説は採用しない)。

(六) 物的、有形的違反状態は存在せず、無形の違反状態のみを伴う不作為義務違反(一回的不作為義務を除く)行為については、民訴法七三四条所定の間接強制がその執行方法である。不作為債務は一般的に不代替的債務であるから、その違反は本来、他に有効な執行方法がない限り、すべて、間接強制の対象となり得るのであるが、前記で述べたように継続的不作為債務と反復的不作為債務違反のうち、物的違反状態の除去、予防工事などの代替執行により保護さるべきものは、先ず、この執行方法によるべきものである。そして、それ以外の不作為義務違反に対する執行は、すべて、債務者に心理的強制を加えることによりその債務の履行を確保しようとする間接強制をもつて対処すべきものと解するのが相当である。

(七) 原告らの本件差止請求は被告に対し、原告らの居住敷地内に一定量以上の騒音、振動の侵入禁止を求めるものであるから、右は、反復的不作為義務の履行を求めるものである。

(八) 被告は判決手続と執行手続との区分及び関連からすると、右不作為義務の内容は特定されていない旨主張する。なるほど、原告らの請求は所謂抽象的不作為命令を求めるものであり、右の不作為を達するための個々の具体的措置―あるいは減速、時間制限、列車本数の削減という単純不作為、ないしは諸種の音源対策その他の施設要求という代替的作為―を請求するものではない。もとより、原告らはその達成方法として減速を主張し、あわせて発生源伝播対策の実施の可能性を主張し、これらを本訴請求の中心的攻撃方法としているのであるが、これらを独立して差止請求の趣旨として構成はせず、終始、端的な侵害禁止という不作為請求の構成を維持している。

(九) 原告らが本件抽象的不作為判決を得た場合、その執行方法について考えるに、前記で検討したように、代替執行によりその違反を除去し、あるいは適当の処分として代替的作為を請求し得べき場合には、民訴法七三三条、民法四一四条三項による執行がなされねばならない。ところで、本件において被告が一定量以上の騒音、振動の侵入禁止という不作為命令に違反した場合、原告らが具体的措置として、どのような予防施設を特定して申立てるかは明確にされていない。そもそも、原告らが、本件のような抽象的不作為判決に基づき、その執行方法として、主文自体からは全く窺い知ることのできない特定の具体的予防施設の実施を選択し、これを執行裁判所に申立て得るかどうかについては現行法上、種々の難点が存することは否定できないのであつて、当裁判所は結論として、これを消極に解せざるを得ないのであり、したがつて、本件不作為判決に基づいて代替執行をすることは困難といわなければならない。

(一〇) 以上に述べて来たところからすると、結局、本件の如き抽象的不作為判決の強制執行は間接強制によるべきである。このことは、本件のような差止訴訟において、債権者の意図するところに必ずしも背離することにならないばかりでなく、不作為義務の履行方法につき、債務者側に、選択を委ねることの相当性という観点からしても、十分、首肯し得る結論であると考える。なお、間接強制の執行の要件としての不作為義務の内容の特定については、本件において欠けるところはないものと認められる。

(一一) 民事執行法(昭和五四年三月三〇日公布・法律第四号、昭和五五年一〇月一日施行)第一七一条は、「民法四一四条第二項本文又は第三項に規定する請求に係る強制執行は、執行裁判所が民法の規定に従い決定をする方法により行う」として作為又は不作為の強制執行を規定し、第一七二条は「作為又は不作為を目的とする債務で前条の強制執行ができないものについての強制執行は、執行裁判所が債務者に対し、遅延の期間に応じ、又は相当と認める一定の期間内に履行しないときは直ちに、債務の履行を確保するために相当と認める一定の額の金銭を債権者に支払うべき旨を命ずる方法により行う」と規定し、間接強制は代替執行ができない場合にのみ可能であるとし、現行法のこの点に関する争いを立法的に解決し、かつ、その執行方法を強化している。

(一二) 叙上に説示したとおりであるから、原告らの差止請求はその内容自体、あるいは執行手続との関連からしても特定しているのであり、したがつて、その不特定なることを理由として、この請求の却下を求める被告の主張は採用できない。

(一三) 被告は、差止請求が不適法ではないとしても、強制履行の対象となる債務の内容が不特定な請求は失当として棄却すべき旨主張するが、右債務の内容を不特定となし難いことは前述したところであるから、この主張はもとより失当である。』

<編注>

* 差止請求には、本件のように、「○○ホンの騒音等の侵入禁止」というような、有害・不快な状態の発生を単純に禁止する不作為命令を求めるものと、「防音壁等の設置」といった具体的な防止施設の設置を命ずる作為命令を求めるものとがある。ところで、一般に作為義務・不作為義務の執行方法については、従来の通説によれば、作為義務のうち、いわゆる代替的作為義務については、民法四一四条二項本文、民訴法七三三条一項による代替執行により、非代替的作為義務については、民訴法七三四条の間接強制により、不作為義務については、民法四一四条三項、民訴法七三三条一項・七三四条により、①不作為義務違反物(有体物)の除去、又は②将来のため防止施設を設ける等の適当な処分(①②はいずれも代替的作為義務における代替執行と同様、授権決定を発する方法による)、又は③間接強制(①②の執行方法を用い得ない場合すなわち補充的である。民訴法七三四条の、「強制履行ヲ許ス場合ニ於テ」につき、代替執行ができる場合でもできるのか、代替執行ができない場合のみできるのか説が分れていたが、通説は後者の立場を採っていた。民事執行法では一七二条一項で、右通説の見解に立ち、間接強制の補充性を明らかにした)の方法により行なうとされている(我妻・債権総論八七頁、於保・債権総論〔新版〕一二五頁、兼子・増補強制執行法二八二頁、中野「作為・不作為の強制執行」民訴法講座四巻一一九五頁、注解強制執行法(4)一一六頁参照)。

問題は、本件のような「○○ホンの騒音等の侵入禁止」といった不作為命令に違反した場合に、前記①又は②の代替執行によって、列車の減速、あるいは防音壁等の設置、あるいは両者の併合といったことができるかどうかである。これを肯定する説(竹下「生活妨害の差止と強制執行」立教法学一三号七頁、沢井・公害差止の法理一五三頁、大阪弁護士会環境権研究会・環境権二〇九頁)もあるが、否定的に解するのが従来の判例・通説であった。民法四一四条三項につき、これを実体法上の請求権の規定とみる判決請求権説(末弘・債権総論(新法学全集)五二頁、雉本・民訴論集二四八頁)と、執行方法としての規定とみる執行請求権説(兼子・増補強制執行法二八三頁、我妻・債権総論九〇頁、加藤・要論三一八頁)とがあり、後者が通説・判例である。前者では、原告らは不作為請求権に基づき具体的作為を特定した判決を求めない限り、授権決定を求め得ないとする見解に、後者では、原告らは判決では不作為命令を求めれば足り、適当な処分は執行方法で考えるとする見解につながる。前者は、差止方法を当初から選定せざるを得ないといった点で原告に不利であり、後者は、一度不作為命令を受けた被告は、実効があがるまで、又当初の予想を超えた執行をも受けかねないといった点で被告に酷となる。このような問題の外に、通説である後者の立場に立つとしても、執行裁判所が本件のような不作為義務を実効あらしめる方法を選定するには、高度の技術的・専門的知識が必要とされるところ、決定手続でそれが十分満たされるといえるかどうか(決定手続が訴訟手続的か、仮処分手続的か、非訟手続的か、仮に任意的口頭弁論を開いても当事者の利害は十分保障される、等といった問題もある)といった問題もあって消極説が大勢であったといえる。強制執行法案要綱案(第二次試案)の際には、この点につき検討されたものの結局立法的手当はなされず、民事執行法一七一条一項で授権決定が執行方法の一態様と明記されたにとどまったことから考えると、従来の否定的意見が引継がれたものと解される。

本判決は、本件のような抽象的不作為命令の執行方法は間接強制によるべきであり、その要件たる不作為義務の内容については、特定性に欠けていないから適法であると判示した。現在の平均的見解といえよう。

2 差止請求の法的根拠

原告らの、「違法行為の排除を内容とする請求権が物権のみならず物権同様の排他性を有する権利(無体財産権や人格権など)に認められるということは判例学説によつて確立された理論であるといつてよい。

原告らが本訴において主張する平穏な環境のもとで健康にして、快適な生活を享受する利益は、これを「人格権」と把握することができる。そして、人格権及び環境権を侵害する加害行為については、その侵害それ自体によつて違法性の存在が肯定されなければならない。原告らの被害は共通のものであり、等しく存在する。被害を生活環境の全体的破壊を土台として、日常生活妨害から身体的被害に至る全体として共通な一つの公害現象として観察することにより初めて真実発見が可能となる」との主張、

被告の、「人格権について、物権同様の排他性を認める余地があるとしても、原告らが主張する生活上の利益は、その範囲外にあり、従つて、原告らの差止請求の論拠たりえないものである。

環境権についても、原告らは単に環境権というのみでその内容を明確にしえないのであるから主張として不十分であることはいうまでもない。またこのような権利は実定法上認められていない。

差止請求の法的根拠としての人格権あるいは環境権というものは、現在判例、学説上定着した概念ではない。

この差止請求の訴は、訴訟法的に見れば各原告ごとに検討されるべき個々の差止請求を併合した民事訴訟事件である。つまり環境権というのは集団被害ということを背景にしており、この訴訟は四二八名という集団で訴訟を提起されているが、これは一件毎の訴訟を併合した普通の民事訴訟事件にすぎないもので、環境権や人格権を請求の基礎とする主張にはなじまないものである」との各主張に対し、

『(一) 先ず人格権について判断する。

人間個人の人格的属性ないし人格的価値は、人が人として存在するため、第三者の侵害に対し保護されねばならない利益であり、このような人間の尊厳、人格の自由の発展のために本質的、基本的な諸利益は、これを法的保護の対象として人格権と構成することができる。

ところで、個人の存在自体にかゝわる生命、身体の安全、精神生活の保護、人間の行為、行動の自由の保障などは、個人の生存のためにできる限り尊重されなければならないのであり、これら諸利益は、人格価値を保護するうえでの基本的な要素である点において、人格権の本質的な一内容を構成し、第三者に対してもその効力を及ぼす点において絶対性を有するものといわねばならない。したがつて、第三者よりの侵害に対しては人格そのものに対する侵害として、これを排除し得るものと解することができる。もつとも人格権は実定法上明文の根拠を欠いているのであり、果して、人格権の権利性を確定しうるか否か、差止請求の法的根拠としての排他的効力を認めてよいかどうかは困難な問題である。しかし我が国においても既に、名誉、貞操、氏名権、肖像権などは実定法の規定をまたずして、人格権なる権利であると認められ、その絶対権的性格からして物権的請求権に準ずる妨害排除請求権を有することは異論のないところであり、かつ、生命、身体、健康が法的保護の対象たり得ることは自明のことであり、何ら実定法上の根拠なくしてこれを人格権の最も重要な具体的権利の一つとすることには、さして支障もないところである。

しかるところ、これらの具体的権利は人間の精神的自由、現実的生活の自由、平穏なしには成立しないのであるから、このような精神的、現実的生活の自由、平穏も、人間の存在に必要、不可欠の人格的生活利益であると認めざるをえないのであり、これらも、実定法上の規定なくして、人格権の具体的権利たり得るものと解するのが相当である。もつとも、人格権は包括性を有し、それ自体では権利の明確性に欠けるところがあり、かつ、その限界付けは困難でないとはいえないが、この点は、上述したように具体化された個別的権利として、その内容を把握することができるのであるから、必ずしも人格権の内包、外延が不確定であるとは認め難い。また、本来、権利の内包、外延は一定不変のものではなく、歴史的、社会的に変化することは避け難いものであるところ、現下の社会国民生活において、身体、健康及び精神的自由、日常生活の自由、平穏等の快適な生活は、個人の名誉、秘密等にも増して、個人の人格的利益というべきであるから、これを人格権概念に包摂させ、このような人格権の排他的効力をも認むべきものと解される。

(二) 次に、原告は、環境権は、人間が健康な生活を維持し、快適な生活を求めるため良き環境を享受し、かつ、これを支配し得る権利として私法上の排他的支配権である旨意義つげ、その実定法上の根拠として憲法一三条の幸福追求権、二五条の生存権に求めうる旨主張し、この環境権の実益は、住民に直接、具体的な被害が発生する以前に環境汚染に対処することを可能とし、かつ、個々の住民が広汎な地域的被害を直接、自己の権利侵害の内容として主張し得る点に存する旨敷術する。しかし環境権は、その基盤たる各個人の権利の対象となる環境の範囲、いわば環境を構成する内容、性質、地域的範囲等が明らかでなく、したがつて、また、その侵害の意義、更には権利者の範囲も限定し難く、ひつきよう、差止の法的根拠としての私権性を肯認することは困難である。環境権は原告らの主張するように憲法一三条、二五条などに依拠して成立しうるとしても、これらの規定は、憲法上の綱領的性格を有する権利にとゞまり、私法上の具体的権利をもつて目し難いのであるから、このような環境権は本件差止の法的根拠とはなし難いものといわねばならない。』

<編注>

* 差止請求権については、①物権的請求権説(騒音の侵入は、土地利用権に対する侵害故、所有権・用益物権・占有権等に基づいて妨害排除、予防ができるとする。これに対しては、利益衡量に基づく物権的請求権というものが成立するのか、独立の占有権を持たぬ者には差止権がなくなる、公害は人間に対する侵害故このような構成は迂路であるとの批判がある。)、②人格権的請求権説(物権的請求権が物権のみならず、排他性を有する無体財産権・人格権についても認められるという判例・学説の確立された理論から、人間の身体・健康を守るという意味で人格権を根拠とする。これに対しては、プライバシーの問題で人格権というのはよく用いられるが、その内容がはっきりしない、物権的請求権で十分カバーできるとの批判がある。)、③不法行為的差止謂求権説(排他的権利者に限らず、法的保護に価する利益を有する者にも救済範囲を広げようとするもので、被害法益は利益でよいとする不法行為の場合と同様に、不法行為の効果として、不法行為からの原状回復的請求権あるいは賠償より強い違法性がある場合に差止ができるとする。)、④環境権説(従来の被害法益重視の立場から受忍限度論による利益衡量への移行で、裁判所に対する白紙委任的なものへの不安とか、保護さるべき利益が相対的に考えられるため、かえって地域性等の要素を考慮に入れて保護されなくなるといったことから、人間の生活を取り巻く環境は、人間の生活に不可欠の要素であり、すべて国民は良い環境を享受し、これを支配することができる権利があるとする。これに対しては、環境権の内容につき、具体性に欠け、一部の者に環境支配権というものがあるのか、その処分性等につき問題があり、私法上の請求権を根拠づける権利としての実体を備えているか疑問であるとの批判がある。)があるが、本判決は、右のうち人格権説をとり、原告ら主張の環境権説を採用しなかった。人格権説は、大阪国際空港訴訟一・二審判決においても採用されているが、環境権は右一審判決では認めず、二審判決では判断していない。これを明白に認めた先例は見当らない。解釈論としては、物権的請求権説を基礎とし、必要な場合に人格権説に依拠し救済を図るべきとする考え方が強いが、「どの構成でも、実際には差異はないように思われる」との説(幾代・不法行為二九八頁)もある。

五 違法性(差止について)

1 違法判断について

(一)原告らの、「人格権や環境権は人間として、本質的かつ基本的な価値であるがゆえに他に優越する絶対的権利と解すべきでありその権利を侵害する行為について、社会的有用性などといういわば法律的にはレベルを異にする劣後的価値と同列において比較をなすことは、それ自体人格権及び環境権の否定以外の何ものでもないからである。このように人格権及び環境権といわゆる受忍限度論とは理論的に両立し得ないものである」との主張、

被告の「人格権及び環境権などを「他に優越する絶対的権利」であると主張しその加害行為の違法性の判断について「公共性」などの要素を考慮する余地はなく、また「受忍限度論」と理論的に両立し得ないと主張するがこれは全く根拠のない独断であるといわざるを得ない。

原告らの主張は一部の私的利益の保護に専念するあまり他の市民の利益ないし公共の利益を無視するもので、なんら法理論上妥当な根拠を有しないものであることはもとより法解釈の合理性を無視することとなるからである。そしてこの理は従来の裁判所において原告らと同旨の主張に対して受忍限度論に依拠した判断がなされているところに明らかに看取しうるのである」との各主張に対し、

『(1) 本件差止を求める原告らが蒙つている新幹線騒音・振動の前記被害につき、被告に差止を求めうるためには、原告らの各敷地に対する騒音・振動の侵入が違法であることを要するが、その違法判断は、後述する利益衡量要素による衡量により、差止を認めない場合の原告らの不利益と、右侵害を将来にわたつて差止めることによつて生じる被告の犠牲の程度ないし当事者以外の一般大衆に及ぼす影響とを比較検討し、本件侵害行為が違法であるかどうかを判断すべきである。

(2) 原告らは、人格権、環境権を侵害する加害行為については、その侵害それ自体によつて違法と評価され、加害行為の態様、性質、公共性などの要素を利益衡量することは許されない旨主張する。

本件における原告らの被害は、精神的被害及び生活妨害を中心とするものであつて、その被侵害利益は人間の精神的、日常生活の自由、平穏等の快適な生活上の利益である。このような生活上の利益を内容とする人格権は他の利益と衝突した場合、右人格権の内容、限界を一義的に確定するためには、他の利益との衡量は不可欠である。すなわち右被害法益は人間の快適な生活そのものであるから、これに対する侵害の態様、程度、社会的価値等はさまざまで一律に決しえないのであり、勢い相対的評価が可能となるのであるから、諸事情の総合的考慮による利益衡量を回避することはできないものといわねばならない。』

<編注>

* 「社会生活上受忍すべきだと考えられる範囲内では、他人の利益を侵害しても違法性がない」(加藤・不法行為一二六頁)との考えに基づく受忍限度論は、生活妨害とか精神的被害を中心とする不法行為の違法性の判断に、又公害の損害賠償及び差止の判断における違法基準として不可避的に用いられ、これを支持するのが通説・判例であり(沢井・公害差止の法理二〇頁)、本判決もこの立場をとる。もっとも、受忍限度論に対しては、歯どめのない利益衡量をする、非常に曖昧模糊として予測が不能であるとの批判、更には、被害が人の生命であるとか、身体に対する重大な被害である場合には、極力利益衡量を排すべきであるとの有力説もある(沢井・前掲書一二〇頁)。

この点については、本判決は前記のとおり、身体的被害を否定したため、その当否につき言及していない。

(二) 『本件で利益衡量すべき要素は、侵害行為の態様・程度・被侵害利益の性質・内容、侵害行為の公共性、加害回避の可能性及び防止措置、行政指針のあり方、障害防止対策等被害回避の可能性、当事者の折衝の経過、地域性等である。』

<編注>

* 公害差止請求における利益衡量の要素として、有力説は、①被侵害利益の性質及び程度、②最善の実際的方法、③その活動の社会的価値ないし有用性、④差止による異常損害の有無、⑤金銭的補償が十分な救済にならないこと(加藤編・公害法の生成と展開四一二頁)をあげている。大阪国際空港訴訟一審判決(二審判決は受忍限度論の立場を採るものではないとの評価もあるが、ほぼ一審判決と同様の要素につき判断している)では、①侵害行為の態様と程度、②被侵害利益の性質と内容、③侵害行為の公共性の有無、④被害防止のための内容、をあげた。

2 利益衡量要素

(一) 侵害行為の態様・程度

前記二1ないし4、6のとおり。

(二) 被侵害利益の性質・内容

『前記三で認定した事実によれば、原告ら居住地域を走行する新幹線の騒音・振動により、原告らが蒙つている被害は、会話妨害、電話の通話妨害、テレビ、ラジオ、ステレオの視聴妨害、勉強・読書・思考等の妨害、家屋の居住性の悪化、休養の妨害、団らんの妨害、家屋の損傷、睡眠妨害など日常生活のすみずみに及んでおり、更に、原告らの受ける不快感、いらいら、いらだち、腹立たしさ等心理面、精神面における多岐的被害は深刻なものであることは明らかであり、乳幼児をもつ親の保育上の悩み、病気療養の妨害、病状の亢進も軽視することはできず、更に或る被害は他の被害と相乗、複合し、ためにその影響するところは複雑である。すなわち会話妨害、電話の通話妨害、テレビ、ラジオの視聴妨害などはそれ自体が日常生活妨害であるのみでなく、このことは、いらいらしたり、腹立たしくなるといつた精神的、心理的側面に影響を与え、あるいは家族間の対話にも障害を及ぼし、勉強、読書、思考等を妨害することにより日常生活の知的活動等を妨げ、更に、これらが仕事の能率低下や不快感やいらいら等の精神的、心理的被害につながり易いこと、家屋の居住性の悪化及び家屋損傷による被害は、家庭生活環境の不良化、物的被害のみにとどまらず、これによつて原告らが振動につき明確な被害感を抱き、不快感、不満、怒りを覚え、よつてもつて精神的被害は増幅していくこと、各種の生活妨害により家庭でのくつろぎ、休養も悪影響を受けること、睡眠妨害もその内容は就眠妨害、不自然な覚醒、睡眠中断、休日ないし昼間における睡眠妨害等多岐にわたり、それらが、いずれも疲労、疾病の回復機能を低下させるのみでなく、継続的な不快感、いらだち、腹立たしさ等を引起すことにより精神的心理的被害を発生させること、精神的被害は、「ドキッとする」、「ハッとする」、「いらいらする」、「いたたまれない」、「びつくりする」等の騒音・振動自体による情緒的心理的被害のみならず、前記の如く日常生活妨害により不快感、怒りの情が引起され、あるいは短気になり、落着きがなくなる等の性格への影響を受けているとの強迫観念、物忘れがひどくなり、物覚えが悪くなり、注意力が劣つてくるとの被害感等多様の心理的影響が生ずること、身体的被害につき、新幹線騒音・振動が特定の疾病の一因であることはもとより認めることができないが、常識的にみて精神的心理的状態は身体的器質、機能に密接に関連しているであろうし、あるいは病気療養を妨害し、かつ、病状を悪化させるおそれなしとしないのであるから、疾病が認められないからといつて、何らの不健康状態も存しないと断定することはできないのである。そして、新幹線は昭和三九年一〇月の開通以来今日まで殆んど毎日走行しているのであるから、原告らの多くは永年連日にわたり、継続的かつ反覆的に騒音・振動に暴露され、その被害は消失することなくして、過去より現在へ、現在より将来に向つて日々新たに生じているものといわねばならない。

もつとも、原告ら一人一人についてみれば、前記認定のとおり暴露される騒音・振動量の大きさや、周波数等ストレス作因側の因子、年令、職業、健康状態等被害者側の因子、地域環境、生活環境等の環境側め因子などの諸条件に応じ、被害の内容は異り、被害の程度に大小があることは容易に推認することができる。原告らは、前記のような日常生活妨害、睡眠妨害、精神的被害は、一定量の騒音・振動にさらされることによつて誰にでも発生することは明らかであり、その発現形態に多少の相違があつたとしてもそれは原告らそれぞれの身体状況、年令などの主体的条件による差異にすぎず、かかる主体的条件は、人間が日々変容しつつ生活し生長している以上、長期的には何人にもありうる条件であるから、これらの被害は原告ら全員に共通に発生しうる被害として把えることができる旨主張する。確かに、前記の如く原告ら一人一人についてみれば年令、職業、健康状態などの諸条件に応じて被害の内容や程度が異なり、これらの条件は何人にもありうる条件であること原告ら主張のとおりであるが、前認定によつて明らかなとおり、本件において被害の内容、程度を最も左右すると認められる騒音・振動の暴露量は各原告ら世帯毎に大きく異なつているのであるから、すべての被害がすべての原告らに一様に共通であるとはとうてい認め難いのである。しかし原告らのうち後記の如く激しい騒音・振動に暴露されている原告らの被害は、おおむね同一であり、共通性を有することは否定し難いところといわねばならない。たゞ、暴露値が低レベルの原告らにも被害は存するのであり、また、低レベルの場合には被害の程度は必ずしも暴露値と相関しないところに、生活妨害、精神的被害というものの特質が示されている。

次に、原告らは、身体的被害についても同様にその被害が原告らに共通である旨言及するが、身体的被害について新幹線騒音・振動との因果関係を肯認することができないこと前叙のとおりである。なお、身体的被害は疾病ないし健康に関する被害を指称するものと解すべきところ、世界保健機構(WHO)は世界保健憲章において、「健康とは単に疾病や虚弱ではないということではなく、肉体的、精神的、社会的に完全に良好な状態にあることをいう。到達しうる限り、最高度の健康水準を享有することは、すべての人間の基本的権利の一つであり、人種、宗教、政治的状態や社会的条件による差別があつてはならない」と宣言している。しかしこのような広義の健康概念を、右の身体的被害における健康侵害として把握することは、かえつて健康にかかわる被害をあいまいにするおそれがあるうえ、WHO自身「こういう肉体的、精神的、社会的に完全に良好な状態というのは理想であつて、われわれがたえず努力して進むべき方向を示したものである。要するに健康とは総体的な概念であつて、与えられた遺伝的並びに環境的条件のもとで、身体の各部位が適切に機能を発揮するような個体の状態、あるいは性質を意味する」と述べていることによると、右健康概念はWHOが努力目標として設定した理想であることが認められるのであるから、このような健康概念に依拠して直ちに、差止にかゝわる健康被害ないし身体的被害を肯認することは相当でない。

原告らは、原告ら沿線居住者は、現在、具体的な病気に罹患するに至つていない者もあるが、それらの者についても何時、健康破綻が生じ発病するか分らない疾病準備状態にある旨主張する。しかし右疾病準備状態と疾病概念の関連は必ずしも明らかでなく、ひつきよう右にいう疾病準備状態とは、WHOの右宣言でいう「肉体的、精神的、社会的に完全に良好な状態」にないことをいつているものと認められるので、このような概念に立脚して、身体的被害を構成することが相当でないことは前説示のとおりである。』

(三) 侵害行為の公共性

原告らの、「新幹線走行に伴う騒音と振動により権利の侵害が現に存する以上その侵害行為はそれだけで違法性ありと判断されるべきであり、この場合被告の主張する公共性はたとえそれがいかに大きくともこれをもつて被害の受忍限度をきめる要素としてはならないことを主張する。

公共事業が現代社会の中で公共性を保持しうるためには、その計画、建設、運営等すべての過程において積極的な住民参加の手続が保障されなければならない。

公共事業のもつ公共性は周辺住民の利害と対立するものではない。

新幹線の需要が、現行のスピード、運転回数によつて維持せられる反面としてその巨大なスピード、頻繁な運転回数により、騒音、振動などの大量の加害を原告ら沿線住民に及ぼしている事実を直視するとき「加害を生み出す需要」の正当化されようはずはない。

沿線住民の生命、健康への悪影響、日常生活妨害等の深刻な被害を無視してまで観光、趣味、保養のための便利さを現行のような新幹線の運行を維持して確保しなければならない理由はいつそう乏しいといわなければならない」との主張、

被告の、「新幹線は開業以来一四年足らずの期間に一三億人をはるかに突破する乗客を輸送し、文字通り国民の足としての使命を果してきた。新幹線の効用の多大であることは明らかであり、国民生活に及ぼす効果としては、時間の短縮による時間生産効果、地域開発の効果、新幹線と在来線の有効利用等に顕著である。今後の新幹線は、ますます国民経済の発展に大いに寄与することになるが、新幹線鉄道網の整備こそ全国民から被告に負託せられた使命であり、被告がこれを実施する責務を有することはいうまでもない」との各主張に対し、

『(1) 被告は、従前、国がその行政機関である運輸省により、直接経営してきた鉄道事業を中心とする一切の事業をそのまま引継いで経営し、その能率的な運営によりこれを発展させ、もつて公共の福祉を増進することを目的として設立された公法上の法人であり(国鉄法一条・二条)、その資本金は全額政府が出資し(同法五条)、運輸大臣が被告を監督し、その予算は運輸大臣を通じて国会の議決の対象となり(同法三九条の九)、被告の会計は会計検査院が検査し(同法五〇条)、その他事業の経営、役員の任免等に関し、国の機関から種々の法律上の規制を受けている。運賃の設定、変更についても、原則的には、国会の議決に基づいて、各線区のコストと無関係に全国一律の運賃が強制され、また、通学定期旅客に対する高率割引等、本来、国が負担すべき公共事業的政策による割引をも被告の負担において行つている。

(2) <証拠>によれば、被告の鉄道事業の規模は昭和五二年度末現在、営業線区二四五線、営業キロは二万一三〇〇余キロメートル、駅数は五三〇〇弱、旅客輸送量は年間七〇億六八〇〇万人(一日平均一九三六万人)、貨物輸送量は年間一億三二〇〇万トン(一日平均三六万トン)に及び、昭和五三年一〇月末現在、一日平均二万八〇〇〇本の列車を運転し、昭和五二年度末現在、輸送人キロ(輸送人員に乗車距離を乗じた数)は一九九七億人キロ、輸送トンキロ(輸送貨物重量に輸送距離を乗じた数)は四〇六億トンキロに達し、国内輸送機関別の割合では旅客は二八パーセント、貨物は一一パーセントを占めていること、このように被告は全国的に張りめぐらされた輸送網を有し、都市間旅客輸送、大都市圏旅客輸送及び中長距離大量貨物輸送について重点的にその役割を果していることが認められる。

以上のように、被告設立の目的、国家機関による種々の規制を受けていること等の組織面、被告が全国的かつ広範囲な規模で鉄道事業等を営んでいるという業務の内容及び実態等からすると、被告は、それ自体極めて高度の公共性を有する公法上の法人であることが明らかである。

(3) 現今我が国において、新幹線は、山陽新幹線をも含めて鉄道輸送の根幹であり、被告の在来線の殆んども新幹線を中心としての鉄道輸送網を形成している。したがつて、新幹線は我が国陸上交通の基幹としての役割を果していることは疑いを入れないところであるうえ、自動車、飛行機によつては代替できない安全にして経済的な大量輸送機関としての役割を果しており、国民の経済的、社会的生活に定着し、文字通り国民の足となり、年々一億以上の人々に利用され、国民生活に密着した必須交通機関となつているのであり、国民生活に寄与する便益の大きさ、その有する社会的不可欠性は否定すべくもないのである。これは、新幹線が安全で迅速であることにより、東京・大阪間の時間距離を半分に短縮し、我が国人口の半数を占める人口密集地帯である東海道沿線地域を三時間という手頃なスピードで、しかも短縮された走行間隔で走行し、これを一日行動圏の広がりの中に収めたことが、その主要な原因であることはいうまでもない(なお、新幹線の高速運転の必要性については、新幹線の計画当時、東京・大阪間を日帰りの距離にする社会的要求があつたところ、新規路線により右区間を三時間で到達しうる技術的可能性が生じたため、新幹線計画が施工されるに至つたことは前記で述べたところである。また、新幹線の乗客に対しなされた調査において、新幹線を利用した理由として挙げられているのは高速性が約三〇パーセント、安全性が約三五パーセントであつたことは前記のとおりである)。

(4) してみると、新幹線が高速性を失い、あるいは、迅速性に影響を及ぼすような走行をすることは、一般的にいえば、新幹線が果すべき役割ないしは期待されている機能を低下させ、全国的な陸上交通体系に影響を及ぼし、国民生活にそれなりの混乱を惹起するであろうことは、容易に推認しうるのである。』

<編注>

* 公共性の意味については各説ある(宮本憲一「公共性とは何か」法時臨増・公害裁判四集一三頁、中西健一「公共性―その経済的考察」ジュリ五五九号五六頁、小林直樹「環境裁判の基本問題」法時四六巻五〇号一四頁、沢井裕・前掲書一四四頁)。公共性を利益衡量の一要素とすることについては、「民事紛争において、一方の当事者が公共概念を援用して自己の正当性を主張し相手方の最少限度の権利主張を抑圧することは許されない」とする説(川井健「民事紛争と公共性について」判時七九七号三頁)もあるが、公共性を被告の立証責任に属する違法性減殺事由に位置づけるのが多数説である(沢井・前掲書一四二頁参照)。本判決も差止請求の点では新幹線の公共性は利益衡量の一要素であるとし、違法性減殺事由として検討している(大阪国際空港訴訟二審判決の公共性の位置づけについては、違法性阻却事由と解する立場(仙田富士夫「いわゆる大阪空港事件控訴審判決の論点」ひろば二九巻三号一三頁)と違法性減殺事由と解する立場(森島昭夫「公害の差止請求における利益衡量」ひろば二九巻三号二二頁)がある)。

(四) 加害回避の可能性及び防止措置

(1)被告の、「新幹線開業後は、騒音、振動防止対策として、その技術開発(具体的な対策研究)、音源、振動源対策(構造物関係では防音壁の設置、鉄けた防音工事の施工、軌道関係では、レールの重量化、バラストマットの設置、レールの削正による整備等、また車両関係ではパンタグラフ、走り装置部分の改良など)を行つた」との主張に対し、

『被告が新幹線開業後に開発実施した騒音の防止措置及び将来における騒音・振動の相当の防止措置は以下のとおりである。

新幹線開業後の騒音防止対策の開発、実施は、特に、騒音値の高かつた鉄桁対策を、まず、重点に進められ、本件七キロ区間では昭和五〇年頃から昭和五二年頃にかけ、無道床鉄桁に対する標準的工法による対策が実施され、殆んどの架道橋において二〇余ホン以上の騒音の減音効果があり八五ホン程度まで低減した。また、音源対策として、パンタグラフ支持碍子のヒユー音の解消、車輪のタイヤフラット発生の防止はある程度、減音効果があり、また、レールの波状摩耗の削正、右摩耗を生じたレールの交換等は、相当程度、当初の騒音を低減し、かつ、本件七キロ区間の殆んど全域にわたる防音壁の設置は、伝播対策としてそれなりの効果を発揮し、当初、最高レベル値が九〇ホンを示した沿線の騒音レベルは、昭和五二年頃からは高架橋等で平均的には八〇ホン、鉄桁区間で八五ホンの段階にまで低減するに至つた。これは騒音値自体としては、従前に比し一〇ホン程度の低減であるが、騒音を一〇ホン低減するということは、エネルギーとしてみると、これを一〇分の一に減ずることすなわち従前のエネルギー量の九〇パーセントを減失させることであるから、右低減はそれなりに高い評価を受けてしかるべきである(証人二村忠元の証言)。

現在、新幹線騒音を音源で改善することについては、騒音レベルの最も高い二五メートル離れで八〇ホンのレベルが一つの大台であると考えられ、これを下廻るための技術開発に当つては、極めて多くの発生源部分の開発を殆んどすべて並行して進めること、多くの対策を総合した効果の確認試験を行うこと、多くの騒音低減策の開発が走行に直接関連してくるので、走行の安全性、耐久性の確認を十分に行うこと等の諸点に留意することが必要な段階となつている。ただ、環境基準の最終的指針値七〇ホン以下に低減することは現段階では不可能に近く、したがつて、走行によつて生ずる多音源の騒音中、未だ顕著な音源として残存している無道床鉄桁についての音源対策の再開発ないしすべての橋梁の有道床化は被告に課せられた喫緊の要事であり、また、被告の技術水準からするとことは十分に可能であると考えられる

被告は昭和五三年八月から東北新幹線の小山総合試験線において騒音・振動対策試験を期間を二か年として、車両、地上設備についてそれぞれの音源対策、遮音吸収対策等とともに組合せ試験を行い、各音源の寄与の状況を調査し、振動関係については各種構造物、地盤条件などにおける振動の基本性状を調査解明し、振動対策上最も効果的方法を研究し、また弾性車輪、防振スラブ、各種低振動構造物などの振動源対策及び地盤改良工法、振動遮断工法などの効果確認試験を行つている。

東海道新幹線においても、山陽新幹線で設置されているような面密度が大きく厚い防音壁の設置を考慮すべきである。なお、二村忠元教授が研究している逆L形防音壁内部に吸音材を貼付し、更に吸音板を取付けるという実験結果によると、単純な逆L形防音壁より一〇余ホンの騒音低下の実験結果が得られているが、東海道新幹線では、現状のまま逆L形防音壁自体を設置することは安全性、保守の問題との競合点を解決しないことには困難であり、これを設置するには今少し軽量にして有効な遮音性能を有する材料の開発を待たなければならない現状にある。独立防音壁、デルタ形防音壁等は現在では実用段階に達しているということはできない。

新幹線の走行に伴う地盤振動については、発生の機序が複雑であり、地盤のいかんによるばらつきの幅も極めて大きく、あるいは建物の共振作用等のため決め手になるような振動対策は未だ見出されていない。被告は、開業後、地盤の構造性質と振動、構造物の構造と振動、振動の伝達現象につき調査、試験を行い、これに基づきレールの重量化、桁支承部の弾性支承化、線路沿いの地盤にシートパイルを並べて打つ伝播経路上の遮断工法、道床バラストの下にゴムマットを敷設するバラストマット工法等が試行されたが効果判別の段階に至つていない。新幹線は高架の基礎が小さく浅く、重量強度が不十分であることにより、新幹線振動に対する振動源対策は、未だ、みるべき技術的手段もない。しかも新幹線の構造物につき、直ちに下部を補強したり、あるいはラーメン高架橋を桁式高架橋に変更したりすることはできない。

被告は振動レベルが七〇デシベルを超える地域に所在する住宅、病院等についての防振工事を助成対象工事とする旨定め、昭和五一年度以降家屋防振工事の開発、実験をしているが、防振工法の主眼は家屋の床上値を地表値まで低減さす点に存し、その工法は床下基礎、床組、壁等を固め補強するものである。しかし防振工により地表面値自体を減少させることはできない。

新幹線振動は一般に軌道に近いほど大きく、その側壁から大体二〇メートル離れると、七〇デシベルかそれ以下に減衰するので、現在において、少なくとも二〇メートル位の距離を保たせること以外には有効適切な防止方法はない。』

(2)原告らの、「本件七キロ区間の地下化によつて原告らの被害はほぼ完全に回復することができ、地下化は技術的に可能であり、その費用を被告の障害防止対策費と比較しても地下化の方が合理性を有する、工事期間は四年を見込めば十分である。」との主張に対し、

『本件七キロ区間の地下化によつて、原告らの被害がほぼ完全に解消するであろうし、地下鉄の歴史と現状からすると、鉄道の地下化は時代のすう勢であると考えられる。かつ、また、本件七キロ区間に限定すれば、その地下化は技術的に全く不可能であるとは認められないし、費用、工事期間を個々に検討した場合、地下化を不可能とする決定的要因は別段存しないものと認められる。しかし騒音・振動の防止という視点のみに局限して、本件七キロ区間の地下化の可能性をとり上げ、それが加害回避の有効適切な一方法であるとして、将来においてその実現を求めようとすることが相当であるかどうかの点は、軽々に断定し難いところである。すなわち地下化の問題は既設新幹線においては、その設置、管理の全体にかかわる大問題であり、また、整備計画決定に係る新幹線については、その工事実施計画に影響するところが少くないであろうことは、容易に推定しうるところであるからである。要するに地下化の可否は、新幹線が我が国鉄道輸送の中核として占める地位に鑑み、広い視野に立つて総合的、多角的に検討を加えた後決定すべき問題であり、いま直ちにこれを、将来における一防止措置として把握するのは相当でないものと考える。』

(3) 『以上の如く新幹線開業後は、騒音については防止対策の開発により一応相当の防止設備がなされそれなりの実績が上がつているとはいえ、無道床鉄桁では未だしの感があり、また、現に山陽新幹線で設置されている逆L形防音壁は新幹線高架の重量、強度が不十分で直ちに設置できない。要は、八〇ホンを下廻るように音源、伝播対策を講ずることは、現時点では技術的に容易でないが、将来においては少なくとも無道床鉄桁の有道床への転換、逆L形防音壁の設置、同防音壁についての二村教授の研究結果の実施等が適当な防止措置である。また、新幹線開業後の振動対策については、その防止対策として、現在有効に機能しているのは二〇メートル対策のみであつて、決め手になるよう振動源対策は未だなく、また、伝播経路上の遮断工法も研究途上にあり、防振工も実用化の段階にはなく、結局、被害避止の技術的可能性は見出されていない。』

(4)原告らの、「被告国鉄の諸対策は公害根絶には、ほど遠いほとんど効果のないものであり、騒音、振動の発生源ないし伝播対策の技術対策が容易に進まないならば原点にかえり操業の低下すなわちスピードダウンの措置が真面目に検討されるべきである。

更に被告の反論に対しては、五一ケ所二〇キロメートルの選定がずさんである。

名古屋をスピードダウンしたら他もスピードダウンしなければならない法的必然性はない。

列車本数削減の原因は、主として乗務員と車両の回転率低下による影響であつて、必要な設備投資、人員確保によつて避けることができる。

名古屋地区の人家集中は、その密度において規模において抜きんでている」との主張、

被告の、「当初の調査では、東京・新大阪間に名古屋地区のような人家の集中している市街は五一箇所延長約二〇〇キロメートルであつた。この区間を環境基準の七〇ホン以下とするため時速七〇キロメートルで減速運転すると、列車の到達時分が延びるため、車両編成の運用効率が下がり、列車本数が減少し、その結果列車本数は、東京・新大阪間直通列車でみて、現行ダイヤの五割以下になる。このように列車本数が半減し、東京・新大阪間の到達時分は、ひかり六時間五〇分、こだまが七時間五〇分となり、かつての東海道本線に設定されていた特急以上に到達時分が延びることになる。

減速徐行運転に伴う輸送影響は、東京口で区間列車を含めて、約五割の列車を削減しなければならず年末年始等最繁忙期以上の混雑を呈し、正常な輸送を遂行することは不可能となり、国民の社会活動並びに国民経済の上に与える影響の大きいことが理解できる。また在来線の輸送力は、新幹線列車の半分であるから、新幹線の輸送能力減となつた分を在来線で補うことは不可能に近い。

その後、環境基準において定められている地域類型の指定が完了したので、この地域類型を基礎として公平な取扱いを期するため検討した結果、名古屋地区では地域類型Ⅰにかなりの部分が属することが想定され原告らが挙示する反対運動の地域もおおむねこのような状況にあることがうかがわれるのであるから、これらの沿線地域は平等公平な取扱いをすることとして、その地域を取り出したところ、東京・新大阪間で二七〇箇所延長約三七〇キロメートルになる。

この区間を時速七〇キロメートルで徐行運転をすると東京―新大阪間の到達時間はひかり八時間二〇分、こだま九時間二〇分となり列車本数は現在の八割減となり旅客に与える影響はさらに甚大なものになる。

従つて、新幹線列車の速度を七〇キロメートルに減速することは、新幹線鉄道の旅客輸送に果たす使命である公共性の点からしても、これを壊滅する主張であつて、極言すれば、新幹線鉄道を廃止しろという主張に等しいものである」との各主張に対し、

『原告らは、本件七キロ区間の時速七〇キロメートルまでの減速によつて新幹線の社会的有用性は害されない旨主張し、右の減速走行が新幹線列車走行に与える影響は、僅か六分程度の列車遅延であり、現行列車の運転間隔も十分維持でき、列車本数すなわち新幹線の輸送力には全く影響はない旨敷術する。

本件七キロ区間を時速七〇キロメートルに減速した場合、下り六分六秒、上り四分四〇秒の遅延が、時速一〇〇キロメートルに減速した場合、下に三分五秒、上り二分一九秒の遅延が生じるが、列車運転間隔及び列車本数には影響がないことは前記で述べたとおりである。

被告は、原告ら新幹線の速度を規制する権利が認められるとすると、その結果は本件七キロ区間にとどまらず、ひいては新幹線の高速性を失わせ、その輸送力を激減させ、新幹線の運行を実質上廃止したと同様な結果を生ずると主張する。

<証拠>を綜合すれば、次の事実が認められる。後述のとおり、環境庁は昭和五〇年一〇月三日各都道府県知事に対し、環境基準の地域類型をあてはめる地域の指定(以下地域指定という)を行うよう通知し、新幹線沿線の各知事は、昭和五一年一二月二三日から同五二年四月三〇日までの間にそれぞれ地域類型Ⅰ・Ⅱの指定をした。その結果によれば、新幹線沿線の地域類型Ⅰに該当する区間は二七〇箇所延長三七〇キロメートルとなつている。この区間を時速七〇キロメートルで走行するとすれば、東京・新大阪間の到着時分はひかり八時間二〇分、こだま九時間二〇分となる。

また、<証拠>を綜合すれば、次の事実が認められる。被告は右地域指定がされるより前、中公審特殊騒音専門委員会報告の添付資料である「新幹線鉄道騒音に係る環境基準設定の基礎となる指針の根拠等について」によれば、都市計画法に基づく用途地域のうち、第一種及び第二種住居専用地域並びに住居地域が環境基準の地域類型Ⅰに指定されることが予想されたので、右各地域及び騒音規制法に基づく住居相当地域を主とし、航空写真上の判断をも参考として、本件七キロ区間と同様に騒音・振動を規制しなければならない地域として五一箇所、延長約二〇〇キロメートルを選定した。この区間を時速七〇キロメートルで走行するとすれば、東京・新大阪間の到着時分はひかり六時間五〇分、こだま七時間五〇分となる。

しかるところ、原告らは、前記の如き地域類型による減速対象区間の選別は被害の存在と一致せず、環境基準のⅠ類指定地域はすべて減速を必要とする区間ではなく、かつ、被告のなすべき被害回復の手段、方法は被害の現況と地域の特殊性に応じたより合理的な対策が選択さるべきである旨主張するので案ずるに、被告提出の証拠その他本件全証拠によるも、右各区間の具体的沿線の状況、特に人家の位置、戸数、新幹線からの距離等は明かでなく、右各区間の全部につき直ちに騒音・振動防止対策を講ずる必要があるかどうかは明確でない。してみると、本件七キロ区間で減速することが当然、他の右区間すべてについての減速につながるとなし難いこともちろんであり、すなわち、本件七キロ区間で時速七〇キロに減速すれば、直ちに、前記認定の如く東京・新大阪間の到着時分が大幅に延伸する結果を招来することになるとは断じ難い。

しかし新幹線は安全性、高速性及び大量輸送性が維持されることにより東海道沿線地域を一日行動圏の広がりの中に収めた点で、我が国陸上交通の根幹として国民生活に密着し、これに直接、間接に便益を与え、その社会的必要性は他の何物をもつてしても代置できない最も重要な必須公共輸送機関であり、また、全国新幹線鉄道整備法においても、新幹線とはその主たる区間を列車が二〇〇キロメートル毎時以上の高速度で走行できる幹線鉄道である旨定義づけていること(同法第二条)等からすると、新幹線に対しその迅速性に影響を与え、あるいはその高度性に支障を与えるような走行を強いることは、一般的には新幹線の機能を低下させることとなる(かくては全国的な陸上交通体系に混乱が生じ、ひいては国民生活にも悪影響を及ぼすことが懸念されることは前説示のとおりである)。すなわち新幹線の減速を含む運行方法の変更ということは、被告の事業の遂行を制約することになるのみでなく、新幹線により直接、間接に利益を享受する利用者その他の一般国民大衆の利便に対する影響という重大な問題に直面しなければならないのであり、このような事態を招来することは極力、回避することが要請されてしかるべきである。

このような見地から、本件七キロ区間を減速した場合の影響について考察する。

新幹線騒音・振動による被害は、新幹線列車の走行という発生源により発生しているものであるところ、右騒音・振動による被害は心理的精神的被害、生活妨害が中心であり、かつ、新幹線の「うるささ」判断についての要因中、「騒音レベル」の寄与度が圧倒的であり、後述の如く騒音八〇ホン程度以上、振動七〇デシベル程度以上という高レベルの騒音・振動の暴露されている者の被害は、おおむね同一であり共通性を有するものである。したがつて、新幹線騒音・振動が右程度の暴露に至ると、その被害は、暴露値以外の寄与要因の異同を問うまでもなく、原則として同一であると認められる。すなわち新幹線の走行という同一の発生源により、右程度の騒音・振動に暴露されている他の沿線区間は、本件七キロ区間の原告らと同様の被害を受けているものと推認することができる。

<証拠>によると、運輸省が推計したところでは、新幹線振動が七〇デシベルを超える沿線地域は相当ばらつきがあるが、その殆んどが線路中心から一〇ないし五〇メートルの範囲内に存し、この内側にある家屋を大雑把に推計すると、東京ないし博多間で約一万戸あるとされていることが認められ、<証拠>によると、東京・博多間で騒音が八〇ホン以上は約一万二〇〇〇戸あると想定され、そのうち八五ホン以上で防音工では困難なものは名古屋地区以外では一〇〇戸と推定され、振動が七一デシベル以上の対象家屋は三〇〇〇戸程度(本件七キロ区間及び大阪地区のいわゆる二〇メートル対策区間は一二〇〇戸)であり、そのうち七四デシベル以上は本件七キロ区間を除くと三〇〇ないし四〇〇戸であることが認められ、<証拠>によると、前記三3(一)認定の如く環境庁のした新幹線騒音の実態調査においては、新幹線沿線地域中から、新幹線の通過速度がひかり、こだま共に一八〇キロメートル以上で、軌道から一〇〇メートル離れたところに軌道を見透せる平坦な場所があり、軌道から一〇〇メートルまでの軌道周辺に五〇戸程度以上の住家があることの三要件を満たす二三区を調査対象地域として選定し(神奈川県六か所、静岡県六か所、愛知県六か所((名古屋市を除く))、岐阜県五ケ所)、右二三区(いずれも防音壁なし)について騒音調査をしたところ、その殆んどが12.5メートル離れ、二五メートル離れで八〇ホン以上一〇〇ホン位までの暴露値を示したことが認められ、<証拠>によると、前記高槻市より京都大学が委託された新幹線公害の実態調査報告において、高槻市内の住宅密集地帯、団地、新興住宅街、村落等で新幹線騒音による各種被害があるが、その騒音レベルは八〇ホンを超えるところが存することが認められた。また、<証拠>によると、新幹線が通過している愛知県一三市五町のうち、八〇ホン以上の家屋がないのは西尾市、枇杷島町、新川町の一市二町のみである(名古屋市を除く各地方自治体に障害防止対策が委託され、刈谷市、一宮市、尾西市においては防音工対策は完了している)ことが認められる。

以上認定したところに弁論の全趣旨を総合すると、東海道及び山陽新幹線沿線地区において騒音・振動値が右の如く高い暴露値を示す地域は少なくないことが認められる。そして新幹線全線にわたり、昭和四四年頃より防音壁の設置が進められ、昭和五二年末までに東海道、山陽新幹線の計画防音壁四九九キロメートル、四七〇キロメートルのそれぞれが全部終了していること及び右のに説示したところを総合すると、前記各地区の住民らは、本件七キロ区間において同様の暴露にさらされている原告らと同様の被害を蒙つているものといわねばならない。

このように新幹線沿線住民が蒙つている被害に対処すべく、被告が新幹線騒音・振動防止対策として打ち出している基本姿勢は次のとおりである。すなわち<証拠>によれば、被告は新幹線沿線地域全部につき、騒音に係る環境基準及び振動についての緊急指針に基づき、各指針値を達成するため、一様に防音壁を設置し、あるいは無道床鉄桁に防音工をする左の音源伝播対策をし、これで目的を達しない場合障害防止対策で補完するというものであり、それ以外に、特定の沿線地域につき個別の対策を考慮していないこと、右姿勢は、被告が環境保全対策の推進において一貫して、強硬に堅持している方針であることが認められる。すなわち、特定の汚染地区に対しても、一般的に音源対策を開発するのはともかくとして、当該地区に対しては防音壁のみが防止対策であり、それが奏効しない場合、障害防止対策の対象者であれば、障害防止対策をもつて手当するというのが被告の騒音・振動対策の主眼であり、この手順は本件七キロ区間であれ、他の区間であれ同一にすべく、その間、対応を異にすることがあつてはならないとしているのである。このような被告の基本姿勢からすると、本件七キロ区間において、音源対策あるいは防音壁等伝播対策をもつて遮断できない騒音ないし特定の振動値を低減さすため減速すれば、同様に右の如き騒音ないし振動のある他区間においても、両者の自然・生活環境、新幹線路と住宅との位置、密着状況、住宅の多寡等を区別することなく、右の暴露値を示す騒音・振動の存在という一事により減速を余儀なくされるという結論となる。被告のとつているこのような対策の画一性、一律性については相当批判さるべき余地があるのであり、特に特定地域における被害を回復さすために、地域の特殊性に応じた緊急かつ合理的対策の実施の要請に対応できないうらみが深い。しかし翻つて考えれば、新幹線騒音・振動防止の対策は、大別して発生源、伝播対策及び障害防止対策の三者に区分されるのであるが、まず、発生源対策についてみれば、その中枢は、もちろん新幹線沿線全域にわたる対策であつて地域対策とはかかわりは薄く、次に伝播対策については、防音壁は全域に設置ずみであり、その改良形の技術開発等は将来の問題であつても、その実施自体は原則として全線にわたる対策であり、特定地域の特殊性に対応するという方式で、伝播対策を推進する余地は殆んどなく、また、障害防止策についてもそれ自体は沿線全域にわたる対策であり、ただ、本件七キロ区間及び大阪地区については地域の特殊性に応じていわゆる二〇メートル対策が実施されているのである。したがつて新幹線沿線の各地域において、被害の現況と地域の特殊性に応じより合理的な新幹線騒音・振動防止を選択し、かつ、組合わせて対処すべきものとしても、その対策は、所詮は、今後開発さるべき技術開発を含めて右の沿線全域を対象とした方策に帰するのであり、そこには原告らの主張するような多様な対応が成り立つわけでもなく、また、それぞれが別異の個別的対策として具体化しうる余地が存するとも認め難い。

この点につき、原告らが地域の実状に応じ選択すべき多様な対策のうち、代表的方法として指示する路線の変更、路線構造の変更(地下式、半地下式)などは、広い視野に立つて総合的、多角的に検討を加えた後決定すべき問題であり、音源・振動源対策としての各種方法は実施ずみであるか、東海道新幹線においては直ちに施工し難い方法であり、また、逆L形防音壁、独立防音壁、シェルターなどの伝播対策は右同様東海道新幹線においては、今後の研究開発によつて実施すべき将来の適切な防止措置として位置づけられるべきものであり、また、受音・受振対策ないしは移転対策は有効であるが、本件七キロ区間における原告らの場合と同様、対象者の意思いかんにかかつている問題である。

以上によると、新幹線沿線の各汚染地域における防止対策は現実的にさして多様な選択、組合わせが成立するわけではなく、しかも、未だ決定的に有効な対策がなく、その効果に限度がある現時点では、自ら、被害の大きい沿線各地域の住民に対する即効的対策としていかなる地域においても減速という運行対策のみが、一律に、現前し来るおそれのあることが十分に予想されるのである。

<証拠>によれば、新幹線沿線住民より被告に対し、新幹線騒音・振動防止対策として減速要求のある地区は川崎市、横浜市、浜松市(現在では障害防止対策が完了)、富士市、京都市、摂津市、大阪市(もつとも<証拠>によると、大阪地区新幹線公害対策同盟は昭和五一年六月頃解散したことが認められる)、高槻市等である事実が認められ、<証拠>によれば、新幹線の騒音・振動に対し減速を求める沿線住民の公害反対運動は他に相当存することが認められ、<証拠>によると、本件七キロ区間につき減速運動を展開している「名古屋新幹線公害対策同盟連合会」が新幹線公害反対で提携している他地区の住民組織は、浜松市、大垣市、摂津市、川崎市等の一七団体である事実が認められ、新幹線沿線地域の三〇数地区にわたつて新幹線公害反対運動が起きていることは原告らの自認するところであり(原告準備書面(三)第一、二(二))(なお、<証拠>によれば、新幹線沿線の被害地区に新幹線公害反対全国連絡協議会が結成されている事実が認められる)、証人小林康三の証言によれば、同人は新幹線の運転士としての立場からして、本件七キロ区間で騒音・振動防止のため減速すべき場所は多少あるとしていることが認められる。

以上認定の各事実を彼比対比すると、騒音・振動防止対策として本件七キロ区間を減速することは、おそらくや前記他地区における減速につながることが予想されるのであり、かくては、本件七キロ区間のみの減速、列車の遅延にとどまらなくなることは必定である。

新幹線騒音・振動に係る行政指針が減速等の運行対策につき指摘している見解は次のとおりである。

騒音に係る環境基準が新幹線の運行方法の改善につきとつている見解をみると、中公審の答申及び環境庁の告示においては、この点についてなんらふれるところがなく、先ず、騒音値による沿線区域の区分に応じて定められた基準値目標達成期間に、音源対策の技術的開発をなし、更に、それによつて所定基準値を達成することが困難と考えられる区域については、防音工及び移転補償による障害防止対策の実施によりその達成が予定されているのであり、ただ、「環境基準の設定に伴う課題」の中で、右のように音源対策を強化し、これとあわせて周辺対策を講じても、なお、基準値を達成目標期間内に達成することができない場合に、運行方法の改善によつて騒音の影響の軽減を図るべきことを指摘するにとどまるのである。すなわち、環境基準の策定に際しては、減速ないしは列車本数の削減等の運行方法の改善は音源対策にあわせて周辺対策が奏功しない場合に初めて考慮すべきものとされているのであり、先行対策を離れて運行方法の変更を定めているものでないことは明らかである。もしそうでなく、安易に減速という方向での運行方法の変更がなされるならば、新幹線という高速交通機関の運行は成り立たなくなることは当然であるからである(環境基準が新幹線沿線地域の生活環境を保全するための行政の具体的目標値であることによれば、一地域で安易に減速すれば沿線各地域の減速が必然的に要請されることになる)。このことは、環境基準の告示に際し、「なお、環境基準の達成努力にもかかわらず、達成目標期間内にその達成ができなかつた区域が生じた場合においても、可及的速やかに環境基準が達成されるように努めるものとする」と付加され、周辺対策等を講じても基準値が目標期間内に達成されない区域が生じた場合でも、更に達成のための努力を重ね、前記の如く直ちに運行方法の改善を行うものでないことを明確にしたことにも、その趣旨があらわれているものといわねばならない。

更に、環境基準において、指針値達成のために直ちに運行方法の変更によることなく、障害防止対策の実施に努力すべきことは、前記課題において、広範囲な周辺対策業務の実効ある推進を図るためには、沿線住民及び各地方自治体の協力が不可欠であることを述べ、また、答申の付帯決議においても、障害防止対策を推進するため、沿線住民及び地方公共団体の理解と協力を得て実施体制の整備を図ること、並びに、諸対策の実施が被告のみによつては困難であり、政府の全面的援助が必要であり、障害防止対策及び土地利用規制等に関し必要な法律の整備又は行政措置について早急に検討するよう指示しているところに自ら示されている。

振動に係る緊急指針においては、振動対策としての運行方法の改善について定めるところはない。ただ中公審振動専門委員会の報告の「指針の設定に伴う課題」中には、「振動源及び障害防止対策の実施並びに技術開発の進捗との関連において、運行方法の改善を検討することとし、このため総合的な見地から審議する機関の設置を検討する必要があろう」として、運行方法を改善するについては、国全体からみた影響を総合的に検討するための関係機関の審議を必要とする旨を明らかにしていたところ、中公審の答申に添付された「指針の設定に伴う課題について」の中では、「振動源及び障害防止対策の実施並びに技術開発の進捗との関連において、運行方法の改善について総合的な見地から検討する必要があろう」と措辞を若干改めたが、ともあれ緊急指針においては前記の如く振動対策として振動源、伝播対策、障害防止対策等により対拠すべきことを期待し、運行方法の改善について触れるところはない。

原告らは名古屋地域における騒音・振動防止対策は減速が最も適切な対策であると主張するので、以下、次のとおり判断する。

原告らは、本件七キロ区間は両側帯状の地帯に五〇〇〇世帯を超える人家が密集しており、被害を蒙つている者の数は二万人を超える。列車は上下線とも時速二〇〇キロメートルで早朝から深夜まで長時間にわたつて走行する。このような地理的諸条件が相まつて騒音・振動の被害は劇甚であり、被害の質及び量において他に比類のない地域であり、被害の回復が強く、かつ緊急に求められている地域であるので、その対策としては減速が最適である旨主張する。

新幹線建設当時、本件七キロ区間を含む名古屋市の一六キロメートルにおける買収土地、移転対象住宅等は他の地区に比し格段に多いことからも、当時において名古屋地区が新幹線沿線地区のうちで人家密集地区の一つであつたことが明白であるが、現在においても本件七キロ区間は人家密集地域であり、被告において本件七キロ区間に二〇メートル対策を採用したのも、本件七キロ区間は人家が線路近くまで密集していて地盤も悪く、地元の要望があつたのがその理由である。そして、右区間の住民である原告らが新幹線騒音・振動の暴露を受けていることによれば、本件七キロ区間に居住する他の住民も同様の暴露を受けていることを推認するに難くない。そして<証拠>によれば、昭和四九年当時、本件七キロ区間で同盟連合会の入会者が約二〇〇〇世帯であることが認められ、本件七キロ区間の二〇メートル対策及び南方貨物線の建設に伴う移転対策対象戸数は当初、原告らについては二三一世帯、非原告の住民については一三一〇世帯であつたところ、その後障害防止対策の進捗により、昭和五四年四月一日現在、原告らは一五三世帯、非原告の住民は八四四世帯となつたことは、後記(六)(4)で認定するとおりである。したがつて本件七キロ区間には、軌道の直近(南方貨物線の建設に伴う移転対策対象者が含まれるので、全部が二〇メートル以内の居住者ではない)に、非原告の住民八四〇余世帯が居住していることになる。また本件七キロ区間でテレビ受信障害対策の実施を受けた者は合計七九〇〇世帯(新幹線沿線全体では八万一一〇〇世帯)で、うち原告らは約二三〇世帯であることは後記(六)(5)②で認定するとおりである。すなわち昭和五四年四月一日現在、本件七キロ区間には、軌道の直近付近に、原告らを含めて約一〇〇〇世帯が居住し、非原告の八四〇余世帯も、右原告ら一五〇余世帯が受けているのと同様の被害を受けているものと推認することができる。してみると本件七キロ区間で減速すれば右原告らを数倍上廻る非原告らの住民にも、その効果が及ぶことになる。また、右のようにテレビ受信障害対策を受けた多くの住民が、テレビ受信障害以外にどのような被害をどの程度受けているのかの点はにわかに確定し難いのであるが、いずれにせよ、これらの住民は、少くとも騒音については減速による騒音低減の恩恵に浴しうるものと推定することができる。したがつて少くとも騒音についてみれば、本件七キロ区間の減速は、原告ら以外の相当多数の沿線住民に対し、被害緩和の効果を生じさせることができる。

しかし新幹線騒音・振動の暴露が大きい沿線地域は、原則として軌道より二〇メートル内外であるのであるが、これらの非原告の住民八〇〇余世帯に対しては、一応、後叙の如き障害防止対策による移転ないしは防音工対策が予定されているのである。また、それ以外の地域でも八〇ホン以上の騒音暴露があれば防音工事が助成されることになつているが、一般に右地域では直近付近に比し、騒音、特に振動は低減し、被害も減少する。すなわち本件七キロ区間居住の非原告らのうち、重大な被害を蒙つている居住者が、原告らの主張するほど膨大な数に達しているとは認められないし、騒音対策は減速以外に何らの対策もないというわけでもないのである。しかも振動については、その距離減衰は明らかとなつているが、減速と振動レベル減衰の相関関係は必ずしも確定し難いところであるうえ、減速による被害緩和の効果についても<証拠>によれば、本件七キロ区間においては、減速のために通過時間が伸び、新幹線との距離の長短、地盤のいかんによつて振動の継続時間が長くなり、住民の被害感覚はかえつて強くなる場合があることが認められるのである(因みに、同原告方は新幹線との距離数メートルであり、振動値は七六デシベルという高レベルである)。

以上の次第であるので、本件七キロ区間が人家密集地帯であることを理由とする減速の主張はにわかに採用することができない。

原告らは、名古屋地域は、被告が発生源対策、伝播対策に限界があるとし、それらの対策を放棄しているとし、したがつて、名古屋地域においては、まず、減速対策が実施される必要がある旨主張する。

しかし、被告は新幹線開業後無道床鉄桁等の音源対策、防音壁の設置等の伝播対策をなし、その結果、当初最高騒音値九〇ホンを示した沿線の騒音レベルは昭和五二年からは高架橋等で平均的には八〇ホン、鉄桁区間で八五ホン以上位の段階にまで大きく低減したのであり、にわかに被告において音減、伝播対策を放棄しているとは認め難い。もつとも、右の平均八〇ホンのレベルは音源、伝播対策の限界値であると考えられ、これを更に下廻るための技術開発に当つては、総合的見地からの検討、走行の安全性、保守管理の競合点等の調整を必要とする段階となつていることは前述したところである。また、振動源対策、防振対策は技術的に容易でなく、防振工の開発実施が将来の課題であるが、新幹線振動の特殊性から決定的対策はない現状にある。以上によれば、被告が騒音、伝播対策を放棄しているとはにわかに認め難いものがあるうえ、被告は騒音については、他地区においても名古屋地区と同様の音源、伝播対策を一律にとつているのであつて、名古屋地域だけの対策を別異にしているのではないのであるから、殊更に、同地区の対策をないがしろにしているものともいい難く、原告らの主張は理由がない。

原告らは、名古屋地域は移転対策が合理性をもちえない地域である旨主張する。

なるほど、移転対策はこれを希望しない者に対してはその受入れを全面的に強制しうるに足るだけの方策とはなし難いのである。しかしそうだからといつて移転対策が合理性を持ちえないということはできないのである。けだし、本件七キロ区間においては、振動暴露に対しみるべき振動源対策もない現在では、移転対策が振動に対する障害防止対策として最も有効な方法であること、新幹線騒音・振動に対する技術的対策は決して容易ではないこと、一般的に移転による移転者の生活環境の向上等の生活利用の回復は決して小さくないこと、新幹線騒音・振動に係る行政指針においても発生源対策と障害防止対策等を総合的に講じて基準値を達成するよう指示していること、新幹線は今後長期間にわたり現在の軌道構造により現行程度の運行がなさるべきこと等によると、移転対策は更にその内容を改善する余地があるにせよ、ともあれ、本件七キロ区間における障害防止対策の中心施策として維持、拡充させていかねばならないからである。当裁判所はこの点につき原告らが論難するところと見解を異にするので、この主張も採ることができない。

原告らは、名古屋地域は減速対策を容易にとりうる地域である旨主張する。

本件七キロ区間は名古屋駅に近接しているため、中間地点での減速に比し、運転操作上減速しやすく、また、ロスが少いことは、前記認定したところに照らし自ら明らかであり、また、時速七〇キロメートルに減速することによる列車の遅延は下りで約六分、上りで約四分四〇秒であり、時速一〇〇キロメートルに減速することによる列車の遅延は、下りで三分五秒、上りで二分一九秒にすぎないことも右認定のとおりである。しかし新幹線の減速の問題は、新幹線運行の根幹に触れる問題であり、本件七キロ区間における減速の容易さ、右減速が運行全般に与える影響の僅少さという視点のみに局限してことを論ずることの相当でないことは、すでに述べたところからして自ら明らかであり、この主張も失当である。

叙上に説示したところを彼此総合して考慮するときは、減速は、それが被告自らの領域内で直ちに実施できる簡便な対策であり、仮令、これにより他の技術的諸対策の実施が一層有利になるという副次的効果があるとしても、なお、本件において、損害を回避すべき相当な防止対策とすることはできないものといわなければならない。

なお、<証拠>によれば、二村忠元教授は、「騒音問題瞥考―主として交通騒音について―」と題して、被告の新幹線騒音・振動防止の技術を厳しく批判し、その騒音は六五ないし七〇ホン以下にすべき旨を結論し、「今後新設する新幹線には被告としても、右レベルまで下げるつもりで努力することが必要であろう。技術的にも可能なことであるから是非そうしてほしい。また、このような意味で、なんでもかんでも地下鉄にしろとか、スピードを落とせとかいう意見にも賛成できないことを付記したい」旨叙述していることが認められ、当裁判所としても減速の即効性が大であることを認識しながら、あえて、これを否定しなければならないということは、反面、被告は総力を挙げて、減速以外の防止対策に取組み、一歩でも二歩でもこれら対策を前進さすべき厳しい義務が課せられていることを意味するものであることを付記しなければならない。』

(五) 行政指針

被告の、「新幹線騒音については、当初暫定基準としての緊急指針が勧告された後、とくに政府が公害の防止に関する施策を行うにあたつての努力目標として、環境基準が設けられた。従つて、この基準がそのまま司法判断の基準となりうるものではないが、その基準値及びその設定にあたつて考慮された事情等受忍限度を検討するにあたつて参照に値する。

ところで、この環境基準は、新幹線が夜間には運行されない現状等を考慮して、昼間についてのみⅠ・Ⅱの地域類型別(Ⅰ類型は住居地域、Ⅱ類型は商工業地域等Ⅰ以外の地域)基準値を設定する(原告らの居住地域の類型は、大部分Ⅱ類型に属する。)が、この基準値を目標とするに際しては、環境基準が直ちにその実現を予定しているのではなく、基準値達成目標期間を定めて、目標期間内に所定の基準値を達成することが困難と考えられる区域については、家屋の防音工事、移転補償等障害防止対策を実施して、総合的に環境を改善する余地を認めていることを十分に考慮しなければならない。

振動については、公害基本法上環境基準が設定されることとなつていないが、新幹線振動については、とくに指針値が設定された。この指針は、行政目標たる環境基準とも異なり、行政上の勧告的意味を有するにすぎないため、実行可能性等について十分な配慮はなされていないが、受忍限度を検討するに際し参照に値する。

ところで、中公審は、右指針値の設定に際し、指針達成の方策として、振動対策及び障害防止対策を指摘したが、既設の構造物について指針値を達成するような振動源対策を講ずることは、実際問題として非常に困難であり、また構造物の防振対策・振動対策に関する技術開発、既設住居に対する改築及び補強工事については、その可能性は否定しえないとしても容易にこれを具体化しえない実情にあるため、当面の対策としては、移転補償がもつとも実効性を期待しうるものとして考えられていたのである」との主張に対し、

『(1) 新幹線騒音については、既に昭和四七年一二月中公審より運輸大臣に各地における騒音苦情の大半は八〇ホンを超える地域で発生していることを理由として、新幹線騒音レベルが住居等の存する地域で八〇ホン以下となるよう音源対策を、八五ホン以上の地域内の住居等について障害防止対策を講ずること等を内容とする緊急指針を勧告し、運輸大臣は被告に、今後おゝむね三年以内に防音壁を整備し、鉄桁橋梁についての防音工の開発等をなし、障害防止対策を整備するよう指示した。

(2) 昭和五〇年七月二九日告示の新幹線鉄道騒音に係る環境基準は、その基準値をⅠ地域を七〇ホン以下、Ⅱ地域を七五ホン以下と定めたが、その達成目標期間として、八〇ホン以上の区域は三年以内、その他の区域は一〇年とした。また、騒音防止のための施策を総合的に講じても当該達成目標期間で所定の基準値を達成することが困難と考えられる区域においては、家屋の防音工事等を行うことにより、環境基準が達成された場合と同等の屋内環境が保護されるようにすることとした。次に、騒音対策に際しては、先ず、八〇ホン以上の区域を優先し、かつ、重点的に実施し、その達成期間を三年とし、それ以外の区域については、八〇ホン以上の区域における音源対策の技術的開発及び実施状況並びに実施体制の整備及び財源措置等との関連における障害防止対策の進捗状況等を勘案して逐次、その具体的実施方法の改訂を行うこととした。

(3) 昭和五一年三月一二日の新幹線振動に係る緊急指針は、振動が七〇デシベルを超える地域について、緊急に振動源及び障害防止対策を講ずるよう勧告したが、右指針達成のための振動源対策としては、構造物の振動源対策等の措置を講ずべく、これを講じても現在の技術では低減することが困難な場合もあるので、早急に構造物の防振対策、振動遮断対策などの技術開発を図り、更に障害防止対策として、既設の住居等に対する建物の移転補償、改築及び補強工事の助成等の措置を振動が著しい地域から実施し、特に今後早急に家屋の防振対策技術の開発を図ること、及び振動対策の実施に当つては、騒音に関する環境基準に基づく騒音対策その他の環境対策と有機的に連携して実施することが期待されるとしている。

(4) そこで、新幹線その他の鉄道の発する騒音に対しては、公害対策基本法がその中枢的法律であり、特に九条所定の環境基準(鉄道騒音については、新幹線騒音についてのみ環境基準が設定され、その他の鉄道騒音には環境基準は存しない)がその基本的対策の方向を示している。すなわち、同条は、政府は、騒音にかかる環境上の条件について、人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準を定めねばならないこと、右基準は二以上の地域類型と、それに対応する基準値の設定が予想され、かつ、これら基準は将来見直しが予定されていることを定めている。

九条の環境基準は政府が決定し、その法形式は閣議決定の形によるものであるが、その性質は政府が公害行政上の施策をするについての基点たる地位を有するものであり、すべての公害行政上の措置は、環境基準の実現に向けて集約されるという意味で公害行政の目標である。いわば、それは維持されることが望ましい具体的目標値であり、環境汚染の地域においては、右基準値以下に汚染を抑制することが行政にとつて当面の努力目標となるべきものである。しかし、右基準が維持されないときでも公害発生源に対し、直ちに規制措置を発動するための根拠となるものではなく、この点で公害対策基本法一〇条で定める規制基準とは異る。また、環境基準は私人の受忍義務の限度を画する最大汚染許容度を示すものでもなければ、私人の具体的な権利義務を定める法規範的性格を有するものでもない。

しかし環境基準は、単に、理想値を設定するものでなく、公害行政の基点として行政の具体的目標値であり、法文上からしても維持されることが望ましい条件であり、将来見直しが予定されていること、居住地の差異を予定していること、政府は基準の確保のため総合的施策の策定、実施義務を負担していることからすると、そこには、十分な現実的な配慮がなされており、かつ、国民の現実的生活に重大な影響を及ぼすものである。しかも、新幹線騒音の環境基準値を設定するに際しては、沿線住民反応量の調査、ISOのR一九九六「社会反応に関する調査」等による地域補正(時間補正はしない)、道路交通騒音、航空機騒音に関する各環境基準との斉合性などを基礎とし、各沿線区間の暴露値に応じて、それぞれ達成目標期間が定められ、音源対策の現実的可能性、その技術的開発の困難性、防音工事、移転補償等の障害防止対策の実施等の問題が総合的に考慮されていること前記認定のとおりである。

以上の点を彼此勘案すると、新幹線騒音の環境基準は、受忍義務の限度を画する加害の許容度を示すものでないことはもちろんであるが、その本質及び設定手続に照すと、それは、私法上の受忍限度の判断と軌を一にするものがあるうえ、その基準値自体、一応根拠ある科学的調査、研究結果に基づき、また各種の利益を調整し、かつ、現実的、政策的考慮をも加味して策定された望ましい具体的目標値であるから、それは、私法上の違法性判断においても、重要な利益衡量要素の一つとして考慮しなければならない。

(5) なお、前記騒音についての緊急指針は、環境庁長官の勧告に基づき運輸大臣の指示として出されたものであつて、その示す基準値はもとより環境基準ではないが、それは被告の監督官庁である運輸大臣の行政上の指示として出されたものであつて、被告としてはこれに従うべき義務があることからすると、右指針値も、前同様違法性判断の一要素とするに何らの妨げもないものといわねばならない。

(6) 中公審の前記新幹線振動についての指針は環境基準ではなく、振動規制を講ずるに当つて依拠すべき基準と解すべきこと前記のとおりであるが、七〇デシベルという基準値設定の基本的考え方は、昼間については健康被害はもとより日常生活にも支障を与えず、夜間については睡眠妨害等を生ぜしめないことを主眼とし、このため、主として生理的影響(人体に有意な生理的影響が生起するのは九〇デシベル程度以上((地表値でおゝむね八五デシベル)))、心理的影響(ISO二六三一による快感減退境界八〇デシベル以下であるものと考えられる)、睡眠影響(実験的研究からすると、地表で六五デシベル程度)及び振動に対する住民反応調査結果(六五デシベル振動感覚「よく感じる」は三〇パーセント、七〇デシベルで四〇パーセント)等の資料をもとに検討を行い、加えて各種振動に関する実態調査結果、防振技術の現状、見通しに関する資料、地方公共団体における条例の基準を参考とし、住民に公害振動による物的被害感を与えないという観点からは七〇デシベル以下が望ましいこと等の諸点を勘案した数値であること前記説示したとおりである。

これによれば、右指針値の設定ないしは指針値は、騒音の環境基準の場合と同様、違法性の判断につき重要な利益衡量の一つとなすべきである。

(7) 騒音に係る環境基準の基準値、振動に係る緊急指針値は、現時点において、被告の開発施工している発生源、伝播対策のみでは、これを達成すべき目途はついていない(被告は騒音八〇ホン以上、振動七一デシベル以上について防音工、防振工、移転補償等で補完して達成すべきこととしている)。』

(六) 障害防止対策等被害回避の可能性

被告の、「障害防止対策として家屋防音工の助成、移転対策(住民より家屋の買取りの申出があつたときはこれに応ずる)、テレビ受信障害の防止対策などを行つている。

原告らのうち被告との話合いの結果対策をとることを承知し移転した者はすでに、また将来交渉の結果移転することとなつた者についてはそのときにおいて少なくとも差止請求については訴の利益を失うことはいうまでもないし、また交渉妥結にいたらない原告についても被害回避の選択の余地がありながらこれを拒否している事情が当然違法性ないし権利濫用の存否の判断にあたつて斟酌されるべきである」との主張に対し、

『(1) 障害防止対策の策定

① 環境庁の昭和四七年一二月二〇日付緊急指針の大綱は、新幹線の騒音レベルを八〇ホン以下とするよう音源対策を講ずること、音源対策によつて騒音を低減することが困難な場合には、八五ホン以上の地域内に存する住居等については、屋内における日常生活が著しくそこなわれないよう障害防止対策を講ずるという音源対策と障害防止対策の二本立てであつたことは前認定のとおりである。被告は昭和四九年六月三日、右の障害防止対策の実施のため、「新幹線鉄道騒音にかかる障害防止処理要綱」(以下、第一次処理要綱という)を定め同月五日から実施した。その概要は、イ騒音が八五ホン以上の地域内に存する住居のうち、生活環境上特に配慮を必要とする部屋等及び騒音が七〇ホン以上の地域内に存する学校、病院等に対し、騒音により生ずる障害を防止するための工事に要する費用の負担(以下、助成という)をすること、ロ助成の対象となる工事は、原則として防音工事とするが、これによつて目的を達し難い場合その他を移転することがやむをえないと認められる場合は、移転工事とすることができること、ハ助成、移転工事の対象となる費用、対象者、手続等について、定めたこと、ニ振動の著しい場所については、振動についても考慮するものとし、その細目については別に定めるところによること等であつた。

② 前記①のニの振動対策を具体化すべく、かつは軟弱地盤により振動の著しい地域では防振工法などはその実効を期待できないため、昭和四九年一一月七日以降は本件七キロ区間及び大阪地区三キロ区間(東京起点五一キロメートル付近((神崎川付近))から五一三キロメートル付近((阪急千里山線付近))まで)の、線路の両側それぞれ外側の軌道の中心からおゝむね二三メートルまでの区域内において、移転対策(いわゆる二〇メートル対策)を実施することとなつた。すなわち前記両地区の新幹線軌道の両側二〇メートル(実測上は、上り線、下り線の各レールの中心から両側二三メートル)の範囲について、同年六月五日現在、所在する住居の所有者及び賃借人等から住居の移転の申出及び、当該住居の所在する土地の所有者から跡地買取りの申出があるときには、移転工事及び跡地買取りを行うこととなつた(なお、<証拠>によると、新幹線振動は一般に軌道に近いほど大きく、その側壁から大体二〇メートルを離れると、七〇デシベルかそれ以下に減衰することが認められ、新幹線振動対策は技術的に極めて困難であることは前述のとおりである)。

③ <証拠>によれば、被告は環境基準及び振動についての緊急指針に基づく障害防止対策を実施するため、昭和五一年一一月三〇日、「新幹線鉄道騒音・振動障害防止対策処理要網」(以下、第二次処理要綱という)を定め、同年一二月一日から実施した(第一次処理要綱は廃止)が、第二次処理要綱において第一次処理要綱を改廃したところは次の点であることが認められる。

障害防止対策の対象となる建物につき、昭和五一年三月九日、現に所在する建物と繰下げられた。

対象家庭の騒音レベルが八五ホンから八〇ホンに拡大され、従前は、振動についての障害防止対策の対象家屋の範囲が特定地域に限られていたのを、そのほかに、七〇デシベルを超える地域に拡大された。

しかし、移転工事は、二〇メートル対策対象者を除くと、騒音レベルが八五ホン以上の地域で防音工事によつては屋内値六〇ホンに達しない場合と、新幹線線路に接する一列目の建物のうち、七四デシベル以上の振動に暴露されている建物のみに適用することとされた。

防音工事の工事種別が、住宅にあつては二種類、学校病院等にあつては四種類に区分された。

なお、<証拠>によれば、移転対策の買収等の補償基準は「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(昭和三七年六月一九日閣議決定)に準拠しており、土地(土地の附加物を含む)に対しては正常な取引価格をもつて補償し、その他、通常生ずる損失の補償として、移転料(建物を通常妥当と認められる方法で移転するのに要する費用又は正常な取引価格)、営業補償等につき定めていることが認められる。

④ 騒音についての緊急指針につき、運輸大臣は昭和四八年二月一五日付で被告に対し、「新幹線鉄道騒音緊急対策」として、被告の講ずべき措置につき指示をしたが、その中に、「障害防止対策として実験調査を行なつたうえ、住居等防音工事の助成、家屋移転の補償に必要な制度等の整備を急ぎ、昭和四八年度以降騒音の著しい箇所から着手する」との事項が存したことは前認定のとおりである。

⑤ <証拠>によると、次の事実が認められる。

被告は前記指示を受け、訴外日本鉄道技術協会及び同鉄道建築協会に対し、新幹線沿線の建物の騒音実態調査、改良実験、テストハウス等の調査研究を行い、建物の遮音性能を向上させる委託研究を行わせ、昭和四九年三月頃一応の結果を得たが、それによると、(イ)新幹線沿線の建物は構造種別、経年別、用途別等により遮音性能が著しく異なつているので、一般的な建物の遮音性能上弱点となる箇所の改良方法を究明することにより、防音工法と総合遮音性能との関係を明確にし、それにより防音工法の技術基準を作成することを目的としたこと、(ロ)沿線建物の総合遮音性能は、木製建具の場合一三ないし二一ホンで、窓を開けたときの室内外レベル差は平均約七ホンであり、コンクリート系住宅は、開口部の防音改造によつて相当程度の遮音性能の改善が可能であり、窓を開いた場合の室内外レベル差は約一〇ホンであること、(ハ)防音工法の基本方針は、先ず騒音防止上、最も弱点である窓等開閉部の遮音性能を高め、次に、外壁その他外気に面した部分の隙間を透して侵入する騒音を穴埋め、コーキング等により入念に防止することが肝要であることである。

被告は右委託研究に基づき、防音工法一級から三級までの防音工法を定めたが、いずれも、屋根天井、外壁、内壁、開口部にアルミサッシ、コーキングによる隙間防止、振動防止のパッキング、その他の吸音材を取付けるものであり(なお、一級については床にも吸音材を敷き込む)、その遮音性能は一級が三〇ホン、二級が二五ホン、三級が二〇ホンである。また、昭和五一年一二月木造系、コンクリート系の両者につき、住宅等に対する防音工事設計施工標準が作成され、外部の騒音レベルが八五ないし九〇ホンであるか、八〇ないし八五ホンであるかの何れかにより、一級、二級に区別した標準工法を適用することとしている。

⑥ <証拠>によれば、運輸大臣は昭和五一年四月一九日被告に対し、振動に係る緊急指針達成のため障害防止対策として、建物の防振工の実験調査を行い、その結果をふまえて建物の防振工事の助成、移転補償等の障害防止対策に必要な制度の整備を図る措置を講じ、早急に障害防止対策実施要領を定めるよう求め、被告は第二次処理要綱において、振動レベルが七〇デシベルを超える地域に所在する住宅、病院、学校等を障害防止対策の対象建物とし、その防振工事を助成対象工事とする旨定めたことが認められる。

⑦ <証拠>を総合すると、前記勧告及び第二次処理要綱に基づき、被告は家屋防振工について研究委員会を設置し、同年度以降テストハウス、民家、小山総合試験線などで実験をしているが、防振工法の主眼は、七一デシベルから七三デシベルの区域に所在する建物に対し三デシベル低減させる点にあり、実験結果ではその効果は得られていること、その工法は床下基礎、床組、壁等を固め補強するものであること、現在、建物振動値を地表振動値と同一レベルまで引下げることは技術的可能性があること、すなわち一般には、建物床面の振動値は地表面振動値より五デシベル程度増幅されるのであるが、これを地表面と同程度に下げるのが防振工法の当面の技術的効果であり、地区面振動値自体を低減さすことは技術的に困難であること、要するに家屋の防振工によつては、指針値を超える振動値を指針値以下に減少させることはできないのであり、かつ、未だ実用の段階とはいい難く、現に、防振工の助成措置をした事例は存しないこと、第二次処理要綱において、七四デシベル以上の区域でも新幹線軌道に面接していない場合には移転の対象とならず、それは防振工の対象としかならないことが認められる。

以上のとおりとすれば、本件において防振工は未だ、とうてい、有効な障害防止対策とはなし難いこと多くを説明するまでもないところである。

(2) 対策実施状況

① 第一次処理要綱関係

<証拠>によれば、被告は昭和五一年一月三〇日から同年二月一八日までの間に、本件七キロ区間における右処理要綱に基づく障害防止対策の対象者(原告らを含む)に、障害防止対策についてのPR文書を郵送し又は持参したこと、その結果、本件七キロ区間においては一般住宅七五戸、集合住宅一〇棟が移転したこと、名古屋地区以外の東京都、小田原市、富士市、浜松市、大垣市、摂津市などにおいても、一般住宅二八戸、集合住宅一五棟につき防音工の助成がなされ、一般住宅四〇戸、集合住宅一棟が移転したことが認められる。

② 第二次処理要綱関係

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

第二次処理要綱による障害防止対策の対象家屋を確定するために、被告は昭和五四年三月末日現在、東京・博多間で二万七〇〇〇余戸の家屋中九七パーセント余、学校、病院三八一戸中一パーセント余の測定を終了し、騒音レベル八〇ホン以上の家屋は約一万二〇〇〇戸と推定した。右家屋は防音工の助成対象となるものであるが、このうち騒音レベルが八五ホン以上に達し、防音工では環境基準の達成が困難と判断されるのは無道床鉄桁周辺の家屋であり、右家屋は名古屋地区以外に約二〇〇戸存するものと推定されている。なお、右防音工は昭和五二年末現在約一〇〇〇戸が完了し、移転は右二〇〇戸のうちの約半数が完了している。

被告は昭和五一年一二月二三日付で、関係都道府県知事に対し、第二次処理要綱実施についての助力と関係市町村に対する指導とを要請した。愛知県下の新幹線沿線地方自治体は一三市五町であり(八〇ホン以上の対象家屋がないのは西尾市ほか二町である)、うち、名古屋市等を除く一〇市四町においては防音工等の助成委託事務(測定立会、対象家屋の確認、助成の受付、窓口事務等)をしている。本件七キロ区間については、被告は昭和五一年九月、沿線二〇メートル以内の居住者一三〇〇世帯につき意向を打診し、同年一一月には、そのうち五〇〇余世帯につき第二次ダイレクトメールを郵送し、同年一二月には日刊新聞紙上に障害防止対策の内容を記載した広告を掲載した。

昭和五二年四月一日現在の本件七キロ区間の障害防止対策の進捗状況は、対象戸数一三〇〇世帯のうち、移転契約済二二八世帯(うち原告三二世帯七〇名・取下原告を含む・以下同じ)、防音契約済五三世帯合計契約済二八一世帯(うち原告三二世帯七〇名)、協議中二四七世帯(うち原告一九世帯四八名)であり、昭和五四年四月一日現在においては、移転契約済三六四世帯(うち原告五八世帯一二六名)、防音契約済二四三世帯(うち原告三世帯三名)、合計契約六〇七世帯(うち原告六一世帯一二九名)、協議中一九〇世帯(うち原告三〇世帯五五名)となつた。これを原告関係についてのみみると、総数一九六世帯三六七名のうち、契約済(移転、防音工)六一世帯一二九名(三一パーセント世帯、三五パーセント原告)、協議中三〇世帯五五名(一五パーセント世帯、一五パーセント原告)、その他一〇五世帯一八三名(五三パーセント世帯、五〇パーセント原告)であるが、その他の内訳は、「現状のまゝでよい」とするのが三一世帯五二名、「本訴の判決を待つ」とするのが四四世帯七八名、態度保留者が三〇世帯五三名となつている。

以上のとおりであり、本件七キロ区間の新幹線騒音・振動による障害防止対策は対象原告の約三分の一弱につき終了していることが認められ、その数は今後増加するであろうことは推認するに難くはない。しかし障害防止対策を受入れていない原告らについて、そのゆえに当然、右原告らの被害が軽微であるとすることはできない。

(3) 南方貨物線建設と障害防止対策

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

① 南方貨物線は東海道線大府駅から貨物線を分離し稲沢駅に至る新線計画であり、昭和四一年運輸大臣の認可を得て昭和四二年から工事に着手したものであるが、その経路は、大府駅から笠寺駅までの区間は、東海道本線に並行し、笠寺駅からは東海道線と分れ、熱田区四番町附近までの約四キロメートルを新幹線とほゞ並行し、次いで四番町からは西へ鳥森で関西本線に並行し、笹島を経て名古屋駅から稲沢駅へ至るものである。本件七キロ区間のうち、南方貨物線と新幹線との並行区間は、山崎川を超えた地点(大府駅より11.4キロメートル地点)から新幹線豊代架道橋(一二キロメートル地点)の下をくぐり、14.3キロ附近(千年学区と船方学区の境)までの約2.9キロメートル(以下、「並行三キロ区間」という)(学区別では、「豊田学区、明治学区、千年学区」の三区)であり、特に、豊代架道橋をくぐつたあたりから西方14.3キロメートル地点までは、両者は完全に並行して両線間には間隔がない。

② 建設工事は、大府―笠寺間と、「並行三キロ区間」を過ぎ八田まで入るところの路盤工事を終了している。「並行三キロ区間」の線路用地未買収者は五件であり、原告関係者は二名である。ところで「並行三キロ区間」は両線が並行走行し、これがため沿線地域は両者の騒音・振動に暴露されることとなるのと、沿線住民からの移転処置の要望があつたこと等から、被告は昭和四九年頃より、緩衝地帯となしうるような土地を確保するため、南方貨物線の線路外側から二〇メートルの範囲の土地を買い上げることとなつた。ところで、「並行三キロ区間」のうち、山崎川を渡つてから豊代架道橋下を通過するまでの区間は、新幹線の二〇メートル対策の対象土地と、南方貨物線の緩衝地帯予定地とは重複することがないので、別個に処理されるが、それにより西方の2.3キロメートルは、両予定地が殆んど重複しているため、対外的には、新幹線障害防止対策で実施しようと、南方貨物線対策で買上げようと全く変りはない(被告内部では、両者につき区分して、形式的な会計処理をしている。なお、被告が南方貨物線の緩衝予定地として買収した土地は、新幹線障害防止対策による移転跡地とともに、これをグリーンベルト、公園等の用途に充てる予定にしている)。

③ 南方貨物線の右移転対策は、昭和五二年四月一日現在、対象戸数二四一世帯(うち原出三五世帯五六名・取下原告を含む・以下同じ)のうち移転契約済四三世帯(うち原告一三世帯一九名)、協議中四七世帯(うち原告三世帯六名)その他一五一世帯(うち原告一九世帯三一名)であつたが、昭和五四年四月一日現在では、移転契約済九〇世帯(うち原告一七世帯二四名)、協議中四四世帯(うち原告二世帯五名)、その他一〇七世帯(うち原告一六世帯二七名)となり、移転契約済は三七パーセント(原告世帯については四八パーセント)という数値に達している。

南方貨物線による移転対策はもとより同線建設のための対策であるとはいえ、その移転対象者はすべて新幹線騒音・振動に暴露されているのであるから、右対策により二〇メートル地域内より他に移転した以上、もはや新幹線騒音・振動の被害を受けなくなつた点において、新幹線障害防止対策により移転した点と異るところはないのであるから、南方貨物線による移転対策は、新幹線障害防止対策によるそれと同視するのが当然である。

(4) 新幹線障害防止対策及び南方貨物線建設による移転対策の総合

両者の数値を合算すると、昭和五二年四月一日現在、対象戸数一五四世帯中、移転契約済二七一世帯(一七パーセント)、防音工契約済五三世帯(三パーセント)合計三二四世帯(二一パーセント)、協議中二九四世帯(一九パーセント)、その他九二三世帯(五九パーセント)であつたが、昭和五四年四月一日現在では、移転契約済四五四世帯(二九パーセント)、防音工契約済二四三世帯(一五パーセント)合計六九七世帯(四五パーセント)、協議中二三四世帯(一五パーセント)(内訳移転希望一二パーセント、防音工希望三パーセント)、その他六一〇世帯(三九パーセント)であり、二年間で障害防止対策を受入れた対象住民は倍増し、全体の約半数近くに達している。これを原告ら(取下原告を含む)についてみると、昭和五二年四月一日現在、対象戸数二二四戸四一二名のうち、移転契約済四五世帯八九名(二〇パーセント世帯、二一パーセント原告)、防音工契約済なし、協議中二二世帯五四名(一〇パーセント世帯、一三パーセント原告)、その他一五七世帯二六九名(七〇パーセント世帯、六五パーセント原告)であつたが、昭和五四年四月一日現在では、対象戸数二三一世帯四二三名のうち、移転契約済七五世帯一五〇名(三二パーセント世帯、三五パーセント原告)防音工契約済三世帯三名(一パーセント世帯、0.7パーセント原告)、合計八七世帯一五三名(三三パーセント世帯、三六パーセント原告)、協議中三二世帯六〇名(一三パーセント世帯、一四パーセント原告・内訳移転希望三一世帯五九名、防音希望一世帯一名)、その他一二一世帯二〇一名(五二パーセント世帯、四九パーセント原告)であり、対象原告世帯のうち三〇パーセント以上が障害防止対策を受入れ、契約を希望して協議中の原告世帯を加えると、半数近くに達する。なお、移転契約済原告のうちで、口頭弁論終結当時原告として残留している者は別紙第3表<省略>記載のとおり三一世帯六三名である。

なお、これら対策と関係なく任意に移転した原告らは、口頭弁論終結当時別紙第2表<省略>記載のとおり二一名である。

(5) 障害防止対策以外の対策

① 家屋補償

<証拠>によると、被告は昭和四六年以降沿線住民から家屋損傷の申立があつた都度協議し、原則として復旧費の半分を支払うという現実的処理をなし、昭和五二年一月末現在において、新幹線関係補償費として一一八九件金額合計一億五一九四万八〇〇〇円(本件七キロ区間については三一件七八〇万一〇〇〇円)の補償金が支払われた(原告らについては別紙第5表<省略>のとおり一八名である)ことが認められる。

② テレビ受信障害対策

<証拠>によると、次の事実が認められる。

テレビ受信障害は新幹線開業当初から沿線住民に発生していた顕著な生活妨害の一つであつたが、被告はNHKにその対策を一任した結果、個人アンテナ方式、共同アンテナ方式の両方によるテレビ受信障害対策が実施され、昭和五二年二月二二日現在、本件七キロ区間で、個人アンテナ方式によるもの五八三六世帯、共同アンテナ方式によるもの二〇六六世帯合計七九〇二世帯に達する(因に、新幹線全体における実施済世帯数は八万一一一一世帯である)。

共同アンテナ方式はテレビ受信障害を完全に解決させるほど有効な障害対策であるので、右方式が開発されてからは、殆んどの沿線住民がこの方式に切換えるようになり、原告らにおいても、他に移転したものを除く二三五世帯のうち、二二八世帯が現在、共同アンテナ方式に切替え、残余の七世帯は自らこれを辞退している者である。このようにテレビ受信障害対策は一応効果を挙げているが、共同アンテナ方式も一世帯一台のテレビに限定されているので、テレビ受信障害が完全に解決されているというわけではない。

(6) 障害防止対策の効果

① 防音工

<証拠>によると、次の事実が認められる。

本件七キロ区間における防音工の対象学校は明治小学校、千年小学校、千年保育園及び童子保育園の四校であるが、工事の完了したのは明治小学校、千年小学校の両学校、協定の完了したのは千年保育園であり、童子保育園は協議中の段階であり、対象病院は田口産婦人科病院のみであるが、これも協議中である。明治小学校における防音工の減音効果は、北校舎一階と二階で二四ホン、同三階で三〇ホン、南四校舎二階と三階で二七ホン、同四階で二八ホンであり、高い減音効果を示している。一般に学校建物は鉄筋コンクリート造りのものが多いうえに、その構造も画一的であるため、防音工の施工管理が容易であるからである。

本件七キロ区間における一般住宅の防音工事の助成は昭和五二年四月一日現在五三世帯であつたが、昭和五四年四月一日現在は二四三世帯に達した(もつとも、そのうち原告らは別紙第4表<省略>記載の三世帯である)。そのうちの一例として熱田区南一番町の鉄筋コンクリート三階建アパートの二、三階につき施工したコンクリート系住宅に対する一、二級防音工は室外八五ホンに対し室内六〇ホンで二五ホン減、同区切戸町の木造二階建住宅に施工した木造系住宅二級防音工は室外八〇ホン、室内五六ホンで二四ホン減、同区四番町一丁目の木造二階建住宅に施工した木造系住宅一級防音工は室外九一ホン室内五三ホンで三八ホン減の防音効果を有する。また、豊橋市の被告は豊橋職員集会所の防音工も室内騒音レベル五五ホン(室外八〇ホンないし九〇ホン)の遮音性能を有する。

環境基準は屋外達成が原則であるが、屋外達成が困難のときは、次善の策として、防音工事が予定されているところ、防音工による防音効果の目安は告示されていない。しかし環境庁大気保全局長の各都道府県宛に環境基準による騒音の測定評価につき協力方を求めた通知によれば、防音工事の効果の評価を行うときは、騒音レベルが八〇ホン以上八五ホン未満の地域においては、当該騒音レベルから二五ホンを、騒音レベルが八五ホン以上九〇ホン未満の地域においては、当該騒音レベルから三〇ホンを減じた騒音レベルを目安とされていることが認められるので、環境基準の「達成目標期間」において、「新幹線騒音防止のための施策を総合的に講じても、当該達成目標期間で環境基準を達成することが困難と考えられる区域においては、家屋の防音工事等を行うことにより、環境基準が達成された場合と同等の屋内環境を保持する」との屋内環境とは、屋内騒音レベルが六〇ホン以下であることを意味するものであることが分る。

以上のように、被告の開発した防音工は、環境基準の想定している防音工の性能を充足し、顕著な防音効果を有し実用段階に入つていること明らかである。しかし後記のように昭和五四年四月一日現在において、本件七キロ区間の障害防止対策対象者中防音工事の助成を受けた者は一五パーセントにすぎず、また、原告はわずか三世帯に過ぎない。その主因は、対象原告の殆んどは新幹線、南方貨物線の二〇メートル対策の移転対策対象者に該当し、これら原告にとつて障害防止対策とは移転を受入れるかどうかの問題であつて、防音工には関心が薄いこと及び、防音工事の施工を受けた場合、将来、障害防止対策による移転ができなくなることは容易に窺われるのであるが、被告主張のように、防音工事の助成を受けることによつて、近隣居住者との交際に悪影響の生ずることをおそれる点が、その原因であるとはにわかにこれを認め難いところである。

たゞ、本件七キロ区間において家屋防音工が障害防止対策の中枢たりえない理由は、次の点にも存するものと認められる。

新幹線沿線で騒音レベルが八〇ホンを超える地域は一部を除いて、おゝむね、振動レベルも高い地域であるが、もとより家屋防音工は振動防止と目的、効果を異にしている。したがつて、原告ら住居地の地盤が強固で、建物構造上、振動の拡幅の少ない建物などについては、屋内環境の保全上、防音工の効果は絶大なものがあるが、軟弱地盤で建物が老朽化しているような場合、防音工事自体、技術的、経済的に相当の困難が予想されるうえ、これを施工しても、その効果は振動被害と多少減殺されて屋内環境の保全には決定的に有効な施策とはなり難く、被害者の受けている被害意識はさして緩和されないものと考えられる。

防音工は建物を閉め切ることが騒音遮閉の前提であるので、防音工による所期の騒音低減効果を期待しようとすれば、家屋のすべての開口部を閉じ、家屋内でも防音工施工室と非対象室との間の開閉部分も閉め切らねばならない。人間の日常生活において、このような密閉構造を生活の本拠とするには、そこに、自ら限界が存することは当然であり、これを強いるためには、更に、簡易、高性能な防音工をもつてするか、あるいは、空調設備等の維持管理につき恒久的手当をなす等能う限り、居住者側の立場に副つた防音工事の施工が要請されてしかるべきである。

防音工の対象室数は家族数と同じ室数であるが、最大四室までである。空港周辺の防音工が一、二室に制限されているのと比較すると、最大室数は多く、かつ、建物所有者が被告の設計基準に準拠するとはいえ、自ら施工する点で建物所有者の自主性は重んじられているので(証人竜沢俊文の証言)、多くの場合、対象室数等については居住者の要望にそうことができるであろうが、なかには、その必要を充足できない者もあるであろうし、また、被害者として自由な選択をなしえない点で不満感を残す場合がないとはいえないであろう。

原告らが防音工を受入れた場合、原則として将来、振動対策として建物の移転を求めることができず、振動の障害防止のためには、将来の有効な防振工法の開発を待つより方法がないのである。

叙上に説示したところを彼此勘案すると、防音工は環境基準の達成目標到達のため障害防止施策として重要な役割を担つているものと認められ、かつ、被告が開発し施工している防音工は、環境基準が想定している性能を充足し、顕著な減音効果を有し、かつ、実用段階にある点は評価に値するのであるが、原告らの蒙つている多様の被害を容易にかつ、抜本的に救済するのに役立つかどうかは、若干疑問の余地なしとしないうえ、防振工の開発が遅々たるものであつて実用化の目途も立つていない現状では、防音工をもつて障害防止対策の十全な施策の一つとすることには、なお、躊躇を覚えざるをえない。

② 移転補償

本件七キロ区間における第二次処理要綱及び二〇メートル対策ないしは南方貨物線建設に伴う移転対策による移転契約済の沿線住民ないしは原告らの数は昭和五四年四月一日現在前記(2)②、前記(3)③、前記(4)に記載するとおりであつて、これを原告(取下原告を含む・以下同じ)についてみると、総計二三一世帯四二三名のうち七五世帯一五〇名(三二パーセント世帯、三五パーセント原告)という相当数に達する(なお、移転契約を締結しながら、損害賠償請求のため、なお、原告としてとどまつているのは、別紙第3表<省略>記載のとおり三一世帯六三名である)。しかるところ原告らは、右移転対策は合理的かつ適正な公害防止対策というに値しない旨強調するので、以下この点につき検討を加える。

原告は、移転対策は障害防止対策を優先し、発生源伝播対策努力を放棄するものである旨主張する。<証拠>によると、騒音、振動対策は一般的に音源、振動源対策、伝播対策が第一対策であり、受音者対策というべき障害防止対策は第二次対策であること、このことは環境基準、騒音振動についての緊急指針を通じ一貫している原則であることが認められる。しかし、のちに述べるように新幹線騒音・振動の発生源、伝播対策についての技術的開発、その実用化には現在限界があり、発生源、伝播対策のみによる即効的、抜本的な防止対策はにわかに期待できず、また、新幹線騒音・振動の原告ら個々の敷地への暴露は、その程度に大幅な差があるのであるから、その暴露程度、新幹線線路よりの距離により一定の沿線住民につき、これを移転対策の対象者として移転を促進することは、環境基準、緊急指針の趣旨に反するものでなく、また、発生源、伝播対策を放棄し、あるいは等閑にするということにはならない。

原告は、移転対策の沿線被害のうちの一部の者のみに対する対策であると主張する。

本件七キロ区間で振動に係る緊急指針値の七〇デシベルを超えるのは、その殆んどが新幹線線路の側壁より二〇メートル以内であること、振動は地盤の硬軟、建物の状況により複雑な差異を生ずるため振動源対策、伝播対策は困難であり、有効な対策は開発されていないことは、さきに認定したとおりである。したがつて、新幹線振動につき、緊急指針の如く暴露値が限界を七〇デシベルとする以上、線路の両側二〇メートルの地区内の家屋を移転対策の対象(南方貨物線建設に伴う二〇メートルの移転を含む)としたのは妥当な障害防止対策ということができるのであり、証人二村忠元の証言その他の各証拠によつても、右措置の妥当性を窺うことができる。

しかし、右のいわゆる二〇メートル対策該当者以外で移転対策の対象となりうる者は、騒音については八五ホン以上の地域で防音工事によつては屋内値六〇ホンに達しない建物であり、振動については線路に接して一列目の建物のうち、七四デシベル以上の振動の暴露されている建物のみであることは前記(1)②で述べたところである。線路より二〇メートル離れて騒音レベルが八五ホン以上、振動が七四デシベル以上の沿線地は僅少であるとはいえ存在するが、原告らについてみれば、騒音がいずれも八九ホンの丹羽耕一郎(フ39)、堀之内鉎子方(フ42・43)の二世帯がこれに該当する。そして、後述の如く、おゝよそ騒音が八〇ホン以上、振動が七〇デシベルを超えると、その被害は顕著となるものと認められるところ、騒音八〇ホン以上で移転対策の対象者でない原告は、若松東策(フ13)(八三ホン)、鈴木五朗(フ19)(八四ホン)、本多龍之(フ23)(八三ホン)、小里正郎(チ77)(八〇ホン)、水野茂一方(メ39・40)(八〇ホン)の五世帯があるが、これらに対しては防音工が想定され(弁論の全趣旨によれば、現に、小里正郎は防音工事が完了していることが認められる)、また、振動が七一デシベル以上で移転対策の対象者でない原告は鈴木五朗(フ19)(七一デシベル)、巻木一彦方(チ51・52)(七二デシベル)の二世帯のみである。

以上によると、現実に機能すべき移転対策は、いわゆる二〇メートル対策、南方貨物線の建設に伴う移転対策に尽きるわけであり、それによつて実際に救済を受ける者は騒音八〇ホン以上、振動七一デシベル以上という高レベルの原告らであり、それ未満の暴露を受けている原告らに対しては機能しないことが多いであろう。したがつて移転対策は、騒音七〇ホン台、振動六〇デシベル台の暴露を受けている原告らには殆んど適用されない点で一部原告らのみに対する対策といわねばならず、この点で評価の分れるところであろうが、高レベルの暴露を受けている原告らの被害は顕著であること後述のとおりであり、これら原告らに対して移転対策は被害回避の方法として高く評価しなければならないのである。

原告らは移転対策等は一向に進捗しない旨主張する。

<証拠>によれば、環境庁大気保全局長は昭和五三年八月一〇日運輸省鉄道監督局長に対し、「新幹線鉄道騒音・振動対策について」と題する書面により、「新幹線鉄道騒音・振動対策については、騒音についての緊急指針、環境基準、振動についての緊急指針により、対策を進めるに当つての指針とすること等を明らかにした。特に、騒音対策については、環境基準において、既設新幹線鉄道沿線の八〇ホン以上の区域は、昭和五三年七月二八日までに環境基準を達成又は維持するように努めるものとしているが、発生源対策は当面の目標に達したものの、防音工事・移転等の助成による障害防止対策は本格的な進展の緒についたばかりの状況にあり遺憾である」とし、次の事項に留意して対策の促進を図るべく所要の措置を講ずるよう要請したことが認められる。

新幹線鉄道騒音・振動障害防止対策を地方公共団体等に委託しようとする場合には、誠意をもつて対処するとともに、あわせて直轄で対策を行うために必要な体制を整備することにより対策対象家屋の確定並びに防音工事等の促進を図ること

騒音対策とあわせて、振動についての勧告の指針に基づく振動対策の促進を図ること

当面八〇ホン以上の区域について障害防止対策を促進するとともに、東北新幹線総合試験線区における総合的な技術評価等をふまえた発生源対策の強化を図ること、また、八〇ホン未満の区域についての対策を検討すること

前掲各証拠によると、このような環境庁の促進要請が出されるに至つたのは、特に、環境基準により、騒音レベル八〇ホン以上の区域は昭和五三年七月末日頃までに、七〇ないし七五ホンの基準を達成すべきこととなつているにも拘らず、特に右基準達成のための障害防止対策の進捗がはかばかしくなく、既設新幹線沿線で騒音レベルで八〇ホン以上の家屋は約一万二〇〇〇余戸、そのうち八五ホン以上で防音工では困難で移転相当な戸数が約二〇〇戸(本件七キロ区間は含まれていない)あると推定され、また、振動レベルが七一デシベル以上の対象家屋は三〇〇〇戸位で、うちいわゆる二〇メートル対策区間(本件七キロ区間及び大阪)は約一二〇〇戸、その他は一八〇〇戸で、その他地区のうちで七四デシベル以上の振動値を示すのは三、四〇〇月と推定されているところ、騒音についての障害防止対策により防音工が完了したものは約一〇〇〇戸(約八パーセント)、移転契約済は約一〇〇戸(約五〇パーセント)であり、振動による障害防止対策により移転契約済の者は約二四〇か二五〇戸(約一三パーセント)(本件七キロ区間は含んでいない)にすぎないところから、特に、文書によつて促進方の注意をしたものであることが認められる。

右事実によれば、昭和五三年八月当時既設新幹線全般に関し、防音工ないしは移転等の障害防止対策の進捗ははかばかしいものではないことが認められ(特に防音工事は低率である)、その後昭和五四年になつて、右対策が格段に進捗したと認めるに足りる証拠はない(もつとも、本件七キロ区間については全体の約半数近くに達し、原告ら((取下原告を含む))についても移転対策による移転契約者は三〇余パーセントに達している)。

本件七キロ区間については、前述の如くいわゆる二〇メートル対策及び南方貨物線建設に伴う移転対策による移転契約者は相当数に達し、原告ら(取下原告を含む)についてみても、昭和四九年より昭和五四年五月頃までの間に三〇余パーセントの世帯がこれに応じた。また、右対策につき被告との間に交渉をもち、協議している原告も一〇余パーセントあり、移転対策は原告らに関しては、相当の成果を挙げているものといわねばならない。原告らは、右移軽契約済原告らはアパート居住者が多い旨主張し、<証拠>によれば、移転者の中にはアパート居住者も相当数あるかに認められるのであるが、土地建物所有者ないしは建物所有者も少なくない事実が明らかであるので、身軽な層のみが専ら移転対策に応じていることを前提とし、その一般的効果を否定しようとする原告らの所論は失当である。

原告らは、被告の移転対策には次の問題が存する旨主張する。

甲第二四三号と証人服部千之の証言によれば、同証人は昭和五二年九月移転対策により新幹線沿線地域より移転した四〇名の移転者につきアンケート調査した結果、(イ)移転の動機は新幹線公害が主要な動機であること、(ロ)移転についての最大の困難事は、永年の地域社会の中で築かれた人間関係の絶縁であり、その他種々の問題点があること、(ハ)移転による生活環境の変化として、生活環境の快適性、安全性は向上しているが、一方では通勤の便利さ、生活上の利便性が低下し、仕事や収入の減少、地域社会での孤立状況が生み出されていること、(ニ)移転費用及び住宅入手における問題点として、補償金の範囲内で移転できる場合は少く、自己資金を加えたり、他から巨額の借入をする例が多く、借入金の返済は移転後の家計を大きく圧迫し、移転者の新たな生活難となつていることなどの問題点を指摘し、移転対策は移転後の生活、生活環境面で新たな生活難をうみ、移転後の生活の向上には十分応えていない旨総括している。しかし右アンケート調査は、本訴において移転対策の是非が係争点になつた以後において実施されていること、有意抽出法である点、調査実施上及び質問方法に偏り等があることからして、にわかに採用することができない。

しかし<証拠>によれば、移転の結果、従前の居住地に比し一般的に通勤、通学上の不便、買物などの日常生活の不便があり、また、移転前における近隣知己との人間関係は失われ、かつ、移転費用についても、その多くは、移転補償費を上廻る移転関係費用を要する事実を認めることができる。ところで<証拠>によれば、移転先の自然、生活環境は新幹線沿線に比し、おゝむね、一様に改善されていること、移転したことによる経済的その他諸々の不利益、移転先における生活の不便さ等も、結果的には移転による生活環境の向上を減殺するほどの決定的なものでないことが認められる。ところで、新幹線沿線地区で長年月にわたつて培つてきた近隣知己との人間関係は移転とともに失われることが通常であるから、この点、移転対策の有する宿命として、移転対策についての消極的評価の一つといわねばならない(もつとも、新幹線沿線に居住するすべての原告らにとつて、このような人間関係に固執し続けねばならない理由は必ずしも存しない者があることも否定できない)。

次に、移転対策における土地買収等の補償基準が「公共用地の取得に伴う損失補償要綱」に準じ、取得する土地については正常な取引価格、建物については移転費用が補償されるのであるが、本件において移転契約済原告らの移転補償が格段、低れんに失するとは認め難いところであり、<証拠>をもつてしても、原告主張のように、原告らの移転補償額の不当性を推認することはできない。<証拠>によれば、昭和五〇年一〇月一五日自治省より各自治体宛の通達(同日自治固第九八号)は、「新幹線・高速道路等による騒音・振動等に起因してその価格が低下している宅地」が存することを前提とし、「その宅地につき、他の地域と区分して路線価を付設し、又は価格事情に応じた宅地の評価を行うことができる」としていることが認められ、その他本件各証拠を総合すると、新幹線沿線地域においては、新幹線の騒音・振動等に起因して、その価格が低下している宅地が存することを推認するに難くない。ところで、前記要綱にいう取得する土地の補償価格である正常な取引価格とは、同要綱八条の規定するように、「近隣類地の取引価格を基準とし、これらの土地及び取得する土地の位置、形状、環境、収益性その他一般の取引における価格形成上の諸要素を総合的に比較考量して算定する」ものとされているので、右地価の低下は取引価格の決定につき影響を及ぼすものと窺われないこともないが、同条二項には、「前項の場合において基准とすべき近傍類地の取引価格については、取引が行われた事情、時期等に応じて適正な補正を加えるものとする。」と定め、七条三項には、「一項の正常な取引価格を補償する場合において、土地を取得する事業の施行が予定されることによつて、当該土地の取引価格が低下したと認められるときは、当該事業の影響がないものとしての当該土地の正常な取引価格によるものとする。」と定められているので、右地価の低下の事情などは或る程度、補償価格の形成に斟酌し、これを価格に反映させることができないわけではないと考えられるし、また、現に契約された移転補償額が格段に低れんに失すると認め難いことは前説示のとおりである。また、営業補償につき、同要綱の定める補償は休業することにより一時的に得意を喪失することによつて通常生ずる損失額のみで、長期的な営業補償はなされないのであるが、同要綱によれば通常休業を必要とする期間中の収益減は補償の対象となることが認められるし、無制限に長期的な営業補償などは通常ありえないところであるから、原告らの営業補償額自体が取引価格として低れんであることを論拠とし、右要綱の不備をいう原告らの主張も理由がない。更に、原告らは、右要綱は公害加害者の被害者に対する補償基準を定めるものでない点で、右要綱に基づく基準を原告らに適用するのは不当である旨主張するが、損失補償の適正妥当性はそれ自体について検討されるべきであつて、その原因とは別個に考うべき事項であるから、原告のこの主張は採り難い。

しかし、以上の如く原告らの主張自体は採りえないにしても、ともかく移転者の多くが移転補償費を上廻る相当多額な移転関係費用を要していることは、決して、軽視できないところといわねばならない。もつとも、その原因は主として、従前の土地地積が狭小であること、概して移転先土地の地積は従前の土地より広いこと、取得建物の規模、構造は従前建物に比して大きく、また、堅ろうであること等にあることは<証拠>により容易にこれを認めることができる。しかし、移転前、過少宅地に居住している者の多くは、移転後は必ずより広い土地を取得するのを余儀なくされるし、また、移転者は建物を新築するのが通常であるので、いずれにせよ、移転補償額を上廻る出費を必要とすることは、殆んどの事例において不可避である。このように、移転対策対象者であつても、特に過少宅地に居住しているものは、相当の自己資金を調達しなければ事実上移転できないものと認められ、また、利害関係人(地主、家主と借地人、借家人あるいは抵当権者と債務者等の関係)については同時清算方式を採用しているため、すべての利害関係が調整できないときは、移転できないこととなり、これらは、補償金額の不均衡とも相まつて移転対策の一つの難点となつているものといわねばならない。

<証拠>によれば、昭和五二年、浜松市森田地区の新幹線沿線地区で三一世帯が集団移転したことにより、家屋などの遮蔽物がなくなつて空地となつたため、騒音被害が広がつたことが認められ、かつ、原告らの陳述書中にはその趣旨の記載がないわけではない。確かに線路に近接した建物が除去されれば、次に位置した建物は線路に直面することになるのであるから、緩衝物がない点において騒音に直撃されることになる。しかしその距離、周辺の状況、その他騒音減衰を左右すべき具体的事情などにより、騒音レベルの増減は一律には決し難いものであるから、本件移転対策により、原告らのうちで何人に、どの程度のいわゆる二次公害が発生するかは、にわかにこれを確定し難いのである。しかも振動被害については移転対策が最も有効であることは論をまたないことであるし、また、移転対策により、二〇メートル以遠の居住者により大なる振動被害を与えるとは、全く、これを認め難いところである。

本件七キロ区間の各二〇メートル範囲内の土地については、前記の如く相当数の世帯が既に移転し終つたことは前認定のとおりであり、これがため本件七キロ区間の新幹線線路の両側、各二〇メートルの範囲内の土地内では移転跡地の空地が目立つようになつていることが明らかである。しかし<証拠>によると、これら跡地は将来、緑地、公園、街路にする方向で検討されていること、そのために被告は名古屋市にその買取方を申込み、あるいはその費用を名古屋市において負担してくれるよう申入れているが、名古屋市はこれに難色を示し結論に達していないこと、被告は暫定的な措置として、その一部は児童遊園地、子供の集合場所として利用し、その余は空地として、高さ二メートルの柵を立てる等してこれを管理していること、本件七キロ区間において、昭和四九年九月以降昭和五三年頃までの間一三〇余棟の建物が新築されていることが認められる。したがつてある地域全体からみると、移転によつて歯が抜けたように空地が点在し、町並みの乱れが目立つことは否定できないが、移転跡地が荒廃し、残された人々の住環境が悪化しているとは、にわかに断じ難い。

以上に説示したところに基づいて考察するに、移転は新幹線の騒音や振動から離れた場所に移転するわけであるから、これを希望する者にとつて抜本的な被害回避の方法であることは論ずるまでもない。問題は、これを希望しない者に対しても、ひとしく被害回避の可能性が存するといいうるのかどうかということ、換言すれば、移転しうる地位にありながらこれを拒否することが、みずから、被害回避の可能性を放棄することに帰するかどうかの点である。

本件七キロ区間における移転対策は、特に、振動に対してみるべき振動源対策もなく距離以外には防止方法はないとも認められる現在では、最も有効な方法であり、振動に対する障害防止対策として高く評価するに値するものであること、本件七キロ区間における移転契約者は原告ら(取下原告を含む)及びその他の沿線住民についても三〇パーセントという相当な達成率を示していること、移転により生活環境はもとより改善されており、移転先における生活の不便さ等も生活環境の向上を減殺するほど決定的なものではないこと、移転補償も正常な取引価格として格別、低れんに失するとは認め難いこと、移転によつて残留原告らに発生すべき騒音・振動の二次公害はにわかに確定し難いこと等によれば、本件七キロ区間における移転対策は相当に評価しなければならないのであり、かつ、新幹線は今後、長期間に亘り、現在の軌道構造により現行程度の運行がなさるべきことに想いを致すならば、移転対策は本件七キロ区間における障害防止対策の中心施策として維持され、拡充されていくべきものといわねばならないのである。しかも、騒音・振動に対する技術的対策は、決して容易ではないことは前説示のとおりであるから、新幹線騒音・振動の解決は、現時点においては、周辺対策の問題と全く切離して論ずることはできないものと認められる。

しかし、その数は多くないとはいえ、現行の移転対策によつては救済されない激しい暴露を受けている原告らがあること、移転者の多くは移転補償費を上廻る相当多額の移転関係費を要し、自己資本ないしは信用能力のない住民は事実上移転できないこと、利害、権利関係を調整できない原告は移転できないこと、沿線原告らに対し、永年に亘り住み慣れた土地への愛着を絶ち切つてまで、移転を決意させるに足るだけのその他の経済的な方策、社会的施策は考慮されていないことを総合し(なお、騒音に係る環境基準の答申に付された附帯決議には、環境基準を維持、達成するために、政府は障害防止対策及び土地利用規制等に関し、必要な法律の整備又は行政措置について早急に検討するよう要請が付され、振動に係る緊急指針においても、「指針設定に伴う課題」中に、周辺対策の実効ある推進を図るためには、沿線住民及び地方公共団体と調整をはかりつつ、関係行政機関相互の密接な連絡調整の下に、法制度の整備等について検討する必要があるとの指摘があることは注目すべきであり、建物の移転、土地の補償額については、たとえば騒音・振動の暴露のない近傍類似の土地等の買入価格とし、借地人については近傍類似の土地を借地しうるだけの費用を補償し、あるいは権利関係の調整を緩和する等法の整備が期待される)、移転の達成率は本件七キロ区間では相当な率に達しているものの、なお、七割近くが残留し、更に、既設新幹線全体では、移転対策の推捗はさして良好ではなく、前記の如く環境庁は昭和五三年八月一日運輸大臣に対し、環境基準達成のための障害防止対策全般の進捗がはかばかしくないとして、その促進方を要請したこと、住民反応調査時に振動対策として移転を希望する者は七〇デシベル以上では約三〇パーセントであつたこととも彼此対比して考察するときは、移転対策の有する前記利点を考慮しても、なお、移転対策は、これを希望しない者に対してその受入れを強制しうるに足るだけの有効性、適切性を一律に肯認するには若干躊躇せざるをえないのであり、ひつきよう、これを受入れないことが被害回避可能性を自ら放棄するものとされたり、このことだけにより差止請求権の喪失を推定されるような万全な被害回避の一対策としては評価し難いものといわねばならない。なお、この点については、さきに検証所見として述べたように当裁判所のした検証で、最も激烈な騒音・振動被害があると感得された原告らの数名は結局、障害防止対策に応じて移転しているのであり、このことは、右原告らにとつては、いかなる犠牲を払つても移転以外には、他の如何なる適切な救済方法もないのではないかとの当裁判所の所懐を裏付けるものである。しかし、右原告らとさして変らない状況下にあつても、数名の原告らは依然移転に応じないで従前の場所に居住し、あるいは営業を継続しているのであり、住み慣れた住所を移転するということの持つ重さを端的に物語つている。これを要するに、激烈な騒音・振動に暴露されている原告らのうちのある者にとつては、他のいかなる対策にも増して、移転対策のみが最も有効に機能するものと推認される反面、同様の状況にあつてこれを受入れない他の原告らに対し、依然、発生源、伝播等の諸対策を講じなければならない点において、移転対策は被害防止についての唯一無二の対策であるとすることができないのである。

(7) 名古屋新幹線公害対策同盟の障害防止対策に対する態度

被告は、原告らの組織する同盟は被告に対し、新幹線の騒音・振動の防止に関する施策を策定、実施すべきことを要望し、あるいは国や自治体に対し同様の働きかけをすることが、その最も主要な活動であるべきところ、同盟は、被告のしようとする障害防止対策に対してもこれに反対の意思を表明し、その他これに対する協力を拒否して来たとし、このことは本件における受忍限度を定めるうえで十分考慮されなければならない旨主張する。

<証拠>によると、次の事実が認められる。

① 本件七キロ区間の沿線住民によつて、新幹線騒音・振動に対処する組識として名古屋新幹線公害対策同盟(以下、「同盟」という(と称する住民組織が結成されている。

② 原告らは本訴提起直後の昭和四九年三月下旬頃、被告の移転対策に対しては、各個交渉を認めず、原告団を通すようにとの態度を表明していた。被告は昭和四九年一〇月頃同盟の千草恒男会長に対し第一次処理要綱に基づく障害防止対策に協力してくれるよう申入れ、同年一二月八日の同盟の世話人会に被告職員を出席させて説明に当らせたが、同日、同盟は「軌道両側各二〇メートル程度の移転補償ないし緩衝地帯を設置することでは、十分な公害対策とはいえない。同盟の求めている公害対策の基準は、本訴請求の趣旨のとおりの差止値であり、被告の障害防止対策はこの基準からすれば、全く不十分であり、承認できないので、右差止値に見合つた公害対策を提案するよう」求めて被告の障害防止対策を拒否した。被告はその後の昭和五〇年一二月中に、同盟の田口亮太郎会長代行と折衝をもち、昭和五一年一月一一日の同盟の世話人会において説明をしたが、同月三〇日同盟は被告に対し、被告の障害防止対策は減速等を含めた発生源対策を欠落したもので、被害住民を住みなれた土地から追出す方式であり環境保全上効果のないものとして賛成できないとして、被告において直接原告らを含む同盟員に被告の障害防止対策の通知連絡をすることすら不賛成である旨回答し、重ねて、被告のなす障害防止対策には全く協力しない旨の態度を示した。

以上の事実によれば、同盟は被告のしようとする障害防止対策には協力しないとの態度を明らかにし、また、その周知徹底のためのダイレクト・メールの郵送にすら賛成できないとし、すべてこれを拒否したことが明らかである。移転対策は障害防止対策の中心施策として維持され、拡充されていくべき施策であり、特に振動対策として高く評価するに値することは前説示のとおりであるから、同盟が本訴請求を固持してかたくなに、これを拒否することは、余りにも非協力とのそしりを免れないかも分らない。しかし、本訴提起までの原被告の折衝の経過と、移転対策もこれを希望しない者に対しては万全な被害回避可能性として評価し難いこと及び、原告らの相当数が被告の障害防止対策を受け入れて移転契約を締結したこと等を併せ考えると、同盟が右のような態度に出ていることをもつて、原告らの本件受忍限度を定めるうえでの利益衡量要素と目するのは相当でないと考える。

次に、被告により名古屋市に対する障害防止対策についての協力方の要請に対し、名古屋市がこれに協力できないとの態度をとつてきたことは明白である。この対応自体については、これを消極的に捉える論者も少なくないことが予想され、その評価は分れるところであろう。しかし名古屋市の右非協力的態応は、同市が原告ら一部住民の被告に対する理不尽な要求を意識し、その意を受けて対処した結果であるとする被告の見解については、これを認めるに足る証拠はなく、したがつて、同市の対応の如何は、本件において利益衡量の一要素となすべきでない。』

(七) 当事者の折衝経過

「原被告らの折衝過程において、被告は適切な対応に欠ける点があつた。

原告らの新幹線騒音・振動被害は、開業当初テレビの視聴取妨害を中心とし、無道床架道橋周辺の一部で激烈な騒音に対する苦情を中心にして発生したが、昭和四六年頃まで被告はこれに適切に対処しないままに終始し、その後住民は同盟を組織し、活溌に愛知県、名古屋市等に騒音・振動対策を陳情し、あるいは被告と交渉したが、地方公共団体の要望に対しても被告からのはかばかしい回答はなく、その頃市街地における減速の問題が始めて取上げられたが、被告はこれを拒否し、無道床架道橋の騒音対策、防音壁の設置等の対策を検討していく旨回答し右方策を実施に移したものの即効的な効果はなく、一方同盟は強硬に減速を主張し、結局、話合いがつかないまま本訴の提起に至つたものであり、その間、被告は騒音・振動防止対策全般につき積極性が乏しく、その適切な対応に欠けるうらみがあり、被告の内部において、公的に新幹線走行による環境保全対策がとり上げられたのは昭和四八年度からであつた。」

(八) 地域性

被告の、「本件七キロ区間は、もともと住宅地として形成されたところではなく、新幹線が敷設された昭和三八、九年ごろは、住居地域はごく一部にすぎず、他は全部準工業あるいは近隣商業地域であり、また、暗騒音、暗振動、作業騒音等によつて影響を受けている。そして、環境基準による地域類型でも、非住居系の割合が64.2パーセントにも達している」との主張に対し、

『(1) 本件七キロ区間は都市計画法上の用途地域からいつてもまた、現実の使用状況からしても、概略、三分の二は商業地域、近隣商業地域、準工業地域、工業地域であり、残りの約三分の一が住居地域として右商工業地域の中に混在している地域であり(第一、二種住居専用地域は存しない)、これを原告ら全世帯につき環境基準の類型別にみても、類型Ⅰは約三割強であるにすぎず(野立地区、大宝地区、千年地区にはⅠ類型該当原告はない)、本件七キロ区間の特性を概括すれば、住居地域ではなくむしろ、主として準商工業地域である。

(2) 暗騒音は一般に低いとはいえない地域である(特に、船方地区の一部では道路に面した部分で高い)こと前叙のとおりであり、また、新幹線開業後本件七キロ区間に転入する者も多数あり、新築及び増改築家屋は相当数に上つているが、このことは格段、地域性の判断に影響を及ぼすべき事由ではない。

(3) 以上のように本件七キロ区間が主として準商工業区域であり、暗騒音も低くなく、新幹線開業後も住民の転入があり、また、新築家屋が増加していることは明らかであるが、そうであるからといつて、本件七キロ区間が直ちに新幹線列車走行の地域適合性を有するとはなし難い。』

3 綜合判断

『前記2で説示したところに基づいて利益衡量する。

(一) 原告らの被害は前記の如く多様的かつ複合的、相乗的で深刻であるところ、本件七キロ区間は主として準商工業地域であるが、新幹線列車走行の地域適合性を有するとは認め難く、また、被告は新幹線の計画から建設に至る過程を通じ、本件七キロ区間の沿線住民に対する騒音・振動防止の配慮に欠けるところがあり、かつ、新幹線開業後現在まで侵害行為を継続反覆し、被害を増大して来たところ、この間、原告ら沿線住民らからの被害救済の要請に対し適切な対応に欠けるところがあつた。以上によると、騒音・振動の暴露値の高い原告らについてはもちろん、それ以外の原告らについても、その被害が、生活妨害、精神的被害であつて身体的被害に達していないという理由でこれを放置しておいてよいかどうかは問題であり、差止の是非につき考察しなければならないが、この点については前説示の如く右侵害を将来にわたつて差止めることによつて生じる被告の不利益及び当事者以外の一般大衆に及ぼす影響(社会的損失)と、差止めないことにより原告らに生ずる不利益(本件の如く被害者が多数の場合には、この不利益は右同様一つの社会的損失として把握しうる)との衡量を基調とし、そのいずれの比重が重いかを指標となすべきである。

(二) しかるところ、右侵害行為回避の可能性としてすべての原告らに対する最も即効的な発生源対策は本件七キロ区間における減速であるが、本件侵害行為を減速という差止方法により差止めることは、被告ないし一般大衆に及ぼす影響が重大であることからして相当でなく、本件七キロ区間の地下化の問題も、いま直ちに将来における一防止措置とすることはできないのである。

ところで新幹線騒音は、現在、高架橋等で平均八〇ホン位まで低減しているのであるが、全線(本件七キロ区間を含む)についてみると、八〇ホンを超える地域も少くなく、結局、平均八〇ホンの騒音レベルは音源、伝播対策の一つの限界値であり、これを下廻るための将来の技術開発には総合的見地からの検討を必要とする段階にあり、環境基準の最終的指針値以下に低減さすことは不可能に近い。したがつて、近い将来低レベルの騒音暴露値への低減措置は全く期待できないばかりでなく、よしんば、一般的には被害が増大し、かつ、顕著であると推認される八〇ホン以上の騒音値を差当り八〇ホン未満に低減さすよう命じてみても、その達成のためには、所詮は減速という重大問題に直面しなければならないことが予想されるのである。次に、振動については、決め手になるような振動源対策、伝播経路上の遮断対策もなく、将来、被害避止の技術的可能性は皆無である。したがつて新幹線振動の侵入を抑止しうる振動源対策としては減速のみであるが、減速と振動レベル減衰の相関関係は騒音ほど明確に認められないのであるから、もし、振動について差止めを認めるならば、差止値の高低のいかんを問うことなく、時速七〇キロメートル以下の減速を余儀なくされることは明白である。

以上の如く、原告らの求める騒音・振動の侵入禁止ということは、現在又は近い将来、これを達成しうる差止方法は減速以外に存しない点において被告及び一般大衆に及ぼす影響が重大である。

(三) 上述したところによると、原告らの被害は依然存続し、特に騒音八〇ホン位以上、振動七〇デシベル位以上という過度の暴露も依然継続することとなる。そこで、本件差止を認めないことにより原告らに生ずる不利益を被害回避可能性の有無という見地等に基づいて考察し、前記の被告らに生ずる社会的損失との利益衡量をすべきものである。

(1) 新幹線騒音・振動の防止は発生源、伝播対策のみでは解決が困難であり、したがつて、前記各行政指針において、音源、伝播対策を行つても騒音が八〇ホンを超える区間については、障害防止対策を総合的に講じて目的を達成するように指示している。これに基づき被告の開発した防音工は、環境基準の想定している屋内騒音レベルを六〇ホン以下とする性能をほぼ充足し、かつ、実用段階に入つており、対象建物の種類によつては屋内環境の保全上、好性能を発揮している。次に本件七キロ区間における移転対策は特に振動に対してみるべき振動源対策はなく、距離以外に防止方法がないと認められる現在では、最も有効であり、種々の問題等を包蔵しながらも、本件七キロ区間における障害防止対策の中心施策として維持されていかねばならないのである。

原告らのうち、移転対策の対象世帯は、安達邦彦(ナ4)外一〇八世帯一九三名である(なお鷲見斉((ナ72・73))方外一〇世帯はいずれも移転対策対象者であるが、弁論の全趣旨によれば、右原告らは、それぞれ既に移転済みか、あるいは移転助成契約締結済みであることが認められるので、差止を求める適格を有しない者として論外とする。)

これら移転対策対象者の原告らは、すべて、防音工の助成を受けるか、あるいは移転対策を選択しうるのであり、そのいずれにせよ、一応、被害回避の可能性がないわけではないのである。なお原告らのうち、騒音が八〇ホン以上の高い暴露値を示している者は六六世帯一一一名であるところ、そのうち移転対策の対象とならない原告らは七世帯のみであるが、そのうち五世帯は防音工の助成対象者か助成適格を有しうべき者であり、二世帯は第二次処理要綱に基づく防音工助成対象者であるか、又は移転対策対象者であり、いずれも被害回避の方法が存しないわけではないのである。しかも騒音が特に激しい服部正綱(フ37・38)方外三世帯は、いずれも振動は小さく(振動値五〇デシベル台)、杉本陟雄(タ93・94)方も中程度の振動であるから、右原告らに対しては、防音工は最も有効であると認められ、その他の八〇ホン以上八四ホン以下の原告らに対しても、防音工は相当程度、騒音防止措置として有効に機能するものと推認される。

原告らに対する振動暴露についてみると、七一デシベルという高レベルの振動値を示す原告ら三三世帯五八名のうち三一世帯が移転対策の対象者であり、更に七〇デシベル以下の原告らについても七八世帯が対象者となつている。新幹線振動の距離減衰の法則性は明らかとなつており、したがつてその被害回避対策としては距離以外に存しないことからすると、移転対策が包蔵する難点はともかくとして、本件七キロ区間においては一応、被害回避の可能性が存しないわけではないのである。もつとも移転助成対象者でない右二世帯の原告らについては防振工が実用段階に立ち至つていない現段階では、よろしく被告において個別的に防止処置をとるべきである。

(2) なお、障害防止対策のうち移転対策、防音工助成対策は、過去、次のような経過を辿り進捗してきた。

いわゆる二〇メートル対策及び南方貨物線建設による移転対策により、本件七キロ区間より移転した住民は、昭和五二年四月一日現在、対象戸数一五四一世帯中、移転契約済二七一世帯(一七パーセント)、防音工契約済五三世帯(三パーセント)合計三二四世帯(二一パーセント)、協議中二九四世帯(一九パーセント)、その他九二三世帯(五九パーセント)であつたが、昭和五四年四月一日現在では移転契約済四五四世帯(二九パーセント)、防音工契約済二四三世帯(一五パーセント)合計六九七世帯(四五パーセント)、協議中二三四世帯(一五パーセント)、その他六一〇世帯(三九パーセント)であり、二年間で障害防止対策を受入れた対象住民は倍増し、全体の約半数近くに達している。そのうち原告ら(取下原告らを含む)についてみると、昭和五二年四月一日現在対象戸数二二四戸のうち、移転契約済四五世帯八九名(二〇パーセント世帯、二一パーセント原告)、防音工契約済なし、協議中二二世帯五四名(一〇パーセント世帯、一三パーセント原告)、その他一五七世帯二六九名(七〇パーセント世帯、六五パーセント原告)であつたが、昭和五四年四月一日現在では対象戸数二三一世帯四二三名のうち、移転契約済七五世帯一五〇名(三二パーセント世帯、三五パーセント原告)、防音工契約済三世帯三名(一パーセント世帯、0.7パーセント原告)、合計七八世帯一五三名(三三パーセント世帯、三六パーセント原告)、協議中三二世帯六〇名(一三パーセント世帯、一四パーセント原告・内訳移転希望三一世帯五九名、防音希望一世帯一名)、その他一二一世帯二一〇名(五二パーセント世帯、四九パーセント原告)であり、対象原告世帯のうち三〇パーセント以上が障害防止対策を受入れ、契約を希望して協議中の原告世帯を加えると半数近くに達する。

また昭和五四年四月以降も移転対策の助成契約者は漸増していることは弁論の全趣旨により認められ、かつ、防音工の助成を受ける原告らが増加するであろうことも容易に推認することができるのである。

以上の如きとすれば、将来、障害防止対策が進捗するであろうことは、おそらくや否定できないのであり、このことは、右原告らの被害回避可能性について看過できないところと認められる。

(3) 原告らのうち移転対策ないしは防音工助成その他個別的対策の対象者でない原告らは六九世帯であるが、これを騒音・振動の暴露値により分類すると、次のとおりとなる。騒音については七〇ホン以下は一〇世帯、七一ホン以上七五ホン以下は二九世帯、七六ホン以上七九ホン以下は三〇世帯であり、振動については六〇デシベル以下は二三世帯、六一デシベル以上六四デシベル以下は三一世帯、六五デシベル以上六九デシベル以下は一五世帯である。右原告らを騒音暴露値でみると、騒音は七一ホンから七五ホンまでが四〇パーセント以上を占め、七六ホン以上も同率位存する。音源、伝播対策に限界があることに照すと、被告としては環境基準の趣旨に則り防音助成の対象範囲を拡大し、早期に少くとも七五、六ホン以上の原告らの救済を図るべきである。次に振動暴露値についてみると、六四デシベル以下の低レベルの原告ら七八パーセントという多数であり、これらの原告らに対して、一般的には緊急の対策の必要があるとは認め難いが、少数であるとはいえ六五デシベル以上六九デシベル以下の原告らが存するのであり、これら原告らに対しては、個別的に障害防止対策の拡大その他被害感覚緩和のためのきめ細かな個別的処理がなさるべきである。

(四) 本件差止を認めないことにより、侵害は継続的かつ反覆的に発生し、原告らの被害は依然継続することとなるが、前記(二)(三)で説示したところを彼此対比し、かつ、後述の如く原告らの損害賠償請求を認容することを併せ考察すると、本件差止を認めることによつて生ずべき被告の損害及び社会的損失は差止を認めないことにより原告らに生ずる損害、不利益より重しとしなければならない。

もとより、このことは、被告に課せられた騒音・振動防止義務にいささかの影響を及ぼすものではない。すなわち、現時点において、減速のみが唯一の即効的対策であることを認めながら、あえて、これを採用することができない所以のものは、ただ一つ、新幹線の公共性に対する配慮に基づくのであるから、むしろ、新幹線の有する高度の公共性の故に、被告は早急に、防止技術の開発、実施あるいは障害防止対策の拡大、充実に努むべき義務ありといわねばならない。現在においては新幹線騒音・振動を、発生源対策で防止できる範囲は局限されており、また、伝播対策にも限度があるのであるが、騒音・振動を技術対策で防止することは原理的に可能なのであるから、被告としては他のすべてを犠牲にしても、先ず、右対策の技術開発・進捗に総力をあげるべきは当然であり、そうでなければ、新幹線は、減速という非常の措置は免れえても、後叙の如く不断に損害賠償義務を負担しながら走行を継続するという異常事態を脱することはできないのである。

(五) 以上のとおりであつて、原告ら敷地に対する新幹線騒音・振動の侵入は、差止の関係では受忍限度を超えるものと認め難く、その違法性を肯認し難いものといわねばならない。』

<編注>

* 本判決は、利益衡量の中心要素は新幹線の公共性であり、問題の七キロ区間を差止めた場合に生ずる波及効果を重視し、差止請求を棄却した。七キロメートル区間に限ってみれば、右区間を七〇キロメートルに減速すれば、その間だけの遅れは六分であり、列車間隔・列車本数には影響がないとの認定であるから、原告らの主張するように、民事訴訟における当事者間の紛争解決の理を強調すれば、波及効果は重大であるとは到底いえない。しかし差止請求における判断要素としての公共性という場合には、右差止により通常生ずべき公共利益阻害事実を意味するというべきであろう(沢井「名古屋新幹線判決における公共性と差止め」ジュリ七二八号四四頁)。もっとも本判決は、「右区間の減速の影響は、五一ケ所、延長二〇〇キロメートルに及び、結局東京・新大阪間、ひかり六時間五〇分に延伸する」との被告主張については、これを不明確なものとして排斥したが、被告側の資料(環境庁・京都大学等の実態調査の結果)に基づき、いささか抽象的な表現で、減速の波及効果は重大であるとし、新幹線環境基準(地域類型Ⅱ地域で七五ホン)、新幹線緊急指針(八〇ホン)等を念頭に、差止の一部認容の可能性を検討するまでもなく(判決文で窺う限り)差止を否定した。波及効果が地域的に広大な範囲にまで及ぶ場合、どの限度まで当事者に主張立証を尽さすべきか、この種公害訴訟に伴うむずかしい問題である。

なお本判決は、発生源、伝播対策措置の技術面での難易につき、騒音八〇ホンが限界値であり、振動は方法なしとし、発生源対策としての防止は、現段階では不可能と認定した上、それを違法性判断の要素として考慮せず、ただ防止努力の程度を慰藉料額の減額事由にもりこんでいる。

六 損害賠償請求

1 国賠法二条一項の適用について

被告の、「原告らは、被告に対して民法上の不法行為責任を追及する根拠として、民法七〇九条のみを援用し、同法七一五条一項を援用しないことを明言する。しかしながら、個人主義的原理を基盤としているわが民法においては、法人である企業がその不法行為によつて第三者に対し直接に責任を負うことは認めていない。このことは、本来の不法行為者は、個人として責任を負い、法人がこれを賠償したときは、本来の不法行為者に求償することができるとされていること(民法七一五条三項)などからも明らかであるし、また不法行為の成立要件である故意、過失という主観的要件は、もともと思考能力のある個人について考えられることはいうまでもない。

のみならず、被告の新幹線鉄道列車の運行は、客観的に違法な侵害行為に該当せず、また主観的に故意、過失の要件を欠くことが明らかである。なお、原告らは結審近くになり、国賠法二条一項の規定の適用を主張するに至つたが、不当である。もつとも右条項についていえば、東海道新幹線鉄道は、それが本来具有すべき「安全性」において欠けるところはなく、原告らの主張するところは、営造物それ自体に存する「物理的欠陥」に関するものではないから、国賠法二条に基づく責任は生じないし、また、もし原告らの主張するように「瑕疵」を解する場合には、それは、原告らとの間において相対的に、また走行に際し瞬間的にのみ存在することとなるが、このような瑕疵を考える場合には、被害を主張する原告らとの間において受忍限度を検討したうえで、その存否を判断すべきである」との主張に対し、

『(1) 被告は、それまで国が国有鉄道事業特別会計をもつて経営していた鉄道事業その他一切の事業を経営し、能率的な運営によりそれを発展せしめ、もつて公共の福祉を増進することを目的として設立された公法上の法人である(日本国有鉄道法一条、二条)。

(2) 国賠法二条一項の規定にいう公共団体とは、国によりその存立の目的及び機能を付与された国家内の団体を指し、地方公共団体、公共組合、営造物法人がこれにあたる。営造物法人とは、一定の行政目的のために供された物的及び人的設備の総合体を基礎として構成される公共団体であり、公社、公団、公庫等がこれに属するとされる。被告は、前述のように国が経営していた鉄道事業等をこれに代つて運営することを目的として設立された公法人であつて、その目的のために供された物的及び人的設備を有し、これらの総合体を基礎として構成された営造物法人にあたることは日本国有鉄道法五条、同法二、三章の各規定により明らかであるから、国賠法二条一項の公共団体に該当するというべきである。

(3) 国賠法二条一項の公の営造物とは、国又は公共団体により公の目的に供される有体物ないし物的設備をいい、新幹線についてみれば、基盤、軌道、架線、駅舎その他の付属設備がこれに該当することは明らかであつて、被告もこれを争つていない。被告は、新幹線の車両は動産であつて公の営造物にあたらないと主張するが、国賠法二条一項には、「道路、河川その他公の営造物」と規定されていて、民法七一七条と異り土地の工作物に限定する旨の文言はないし、他の実定法上の営造物の概念からも、不動産に限定する趣旨であることを窺うことはできないのであり、営造物に動産が含まれることは通説的見解である。物的設備が営造物としてその目的を達するためには、不動産及び動産が有機的に結合し一体として機能する必要があると考えられるし、新幹線の場合、列車を除いたその余の物的設備のみでも、また列車のみでも、営造物としての機能を果すことはできない関係にあるから、このようなときに列車のみを切離して別異の法理にしたがわせることは妥当でなく、列車をも含めた全体を一個の物的設備とみるのが相当である。

(4) 被告は、原告らが昭和五四年一月二三日付準備書面において国賠法二条一項の規定の適用を主張するに至つたとし、これは本件損害賠償請求権の主たる論拠を不当な時期に変更したもので、被告の防禦に重大な影響を与える不当なものであるというので検討するに、原告らは訴状の請求の原因において、「被告は日本国有鉄道法にもとづく法人であつて……新幹線を設置し、現にこれを管理し……ているものである。」、「被告は、新幹線建設にあたつて、もつぱら早期(五年以内)完成と高速化ならびに安上りの建設に固執するあまり、同線の設置運行が沿線住民の生活に及ぼす悪影響についての配慮を全くせず、開通以来今日まで九年余の長きにわたつて、沿線住民を連日激烈な騒音と振動にさらし、原告らにたえ難い苦痛を強いつづけてきた。」、「超高速鉄道を計画建設する以上は、乗客の安全性についてはもとより、沿線住民の健康および生活に対する影響についても、これと同様の慎重かつ十分な調査研究が尽されねばならない。しかるに被告は、これを怠り……新幹線建設をすすめた。とくに、(弾丸列車)計画に基づきすでに部分的に買収ずみであつた用地や、一部完成をみていた施設を利用して路線の設定を行つたため、原告ら居住地域のごとき人家密集地帯をも回避することなく、あえてその真中を貫通させた。」、「騒音・振動の防除に無策な高架方式を採用し、しかも用地買収を路線敷に必要な最少限度にとどめ、路線周辺に緩衝地帯を全く設置しなかつた。」、「被告は九年余の年月これを放置して何ら実効性ある対策をも講ぜず……」と主張しており、右事実は、被告が国賠法二条一項にいう公共団体に該ること、新幹線の設置又は管理に瑕疵があるとの事実上の主張をしているものと解される。そして、訴状及びその後の原告らの準備書面を精査しても、民法七〇九条を中心とする不法行為の主張と国賠法二条一項の規定の適用を求める主張とのいずれが原告らの主たる論拠であるということも困難であるから、原告らが昭和五三年一一月二四日付釈明書によつて、損害賠償請求の法的根拠につき、第一次的に国賠法二条一項、第二次的に民法七〇九条の適用を求めることを明らかにしたことが(被告は原告らが昭和五四年一月二三日付準備書面によつて明らかにした旨主張するが、右釈明書によればそうではないことが認められる。)、損害賠償請求権の主たる論拠を不当な時期に変更したもので、被告の防禦に重大な影響を与える不当なものであるとはいいえない。

(5) 被告は、国賠法二条一項の規定にいう設置又は管理の瑕疵とは営造物自体に存する「物理的欠陥」を意味し、設置・管理者の意思に基づく活動によつて生ずる損害については不法行為法の一般規定によるべきであると主張するが、営造物の設置の目的にしたがつた通常の利用が直接損害を発生させることとなる場合は、営造物自体に瑕疵があるというべきであり、その損害は、営造物をどのように利用するかというような設置・管理者の意思に基づく行為に直接起因しているものではないのであるから、これによつて損害を受けた者は国賠法二条一項の規定の適用を求めることができるというべく、被告の右主張は理由がない(最高裁昭和四三年四月二三日判決・集二二巻四号九六四頁、最高裁昭和三七年四月二六日判決・集一六巻四号九七五頁は右のような考え方を前提としているものと解される)。

(6) 被告は、営造物が本来具備すべき安全性とは営造物の利用者に対する安全性を意味し、利用者以外の第三者に対する安全性を欠く場合を含まないと主張するが、国賠法二条一項には右のように限定して解釈すべき文言はないし、同条及び民法七一七条の沿革に徴しても、被告主張のように理解すべき根拠を見出すことができない(前記最高裁昭和四三年四月二三日判決・最高裁昭和三七年一一月八日判決・集一六巻一一号二二一六頁((民法七一七条につき))は利用者以外の第三者が損害を受けた事案である)。

(7) 被告は、新幹線は公の営造物として全体的にとらえるべきであるとして、そのうち本件七キロ区間のみの原告らに対し、しかも右区間を走行する列車がある程度以上の騒音・振動を原告らの敷地に侵入させてはじめて営造物として瑕疵を有するに至るから、相対的・瞬間的瑕疵なるものを認めることになり、このような事態は国賠法二条一項の適用の対象となしえないと主張するけれども、現在の民事訴訟制度を前提とする限り、訴を提起した原告らとの関係で新幹線の瑕疵の存否を判断することとなるのは当然であつて、そのことが相対的瑕疵なるものを認めることになるとは解されない。また、営造物の設置の目的にしたがつた通常の利用が直接損害を発生させることとなる場合は、当該営造物の物的設備そのものに瑕疵があるとみるべきであつて、利用行為の瞬間は瑕疵のある営造物となり、利用が終れば瑕疵のないものとなるというような瞬間的瑕疵なるものを認めることにはならないというべきであるから、被告の主張は理由がない。

(8) 被告は、営造物の設置の瑕疵とは設計の不備、材料の粗悪等設計、建造に不完全な点のあることにより、営造物が当初から物理的欠陥を保有し、通常具備すべき安全性を欠いていることをいい、原告らが新幹線の設置の瑕疵に当るとして主張している具体的事実はいずれも物理的・客観的瑕疵としてとらえるべき新幹線の安全性とは無関係であるから、原告らの主張事実がすべて肯認されるとしても新幹線の設置に瑕疵があつたこととはならないと主張する。営造物の設置の瑕疵とは、たとえば営造物の設計の不備や材料の粗悪など、その設定又は建造に不完全な点があること、いわばその原始的瑕疵を指すこと、瑕疵とは営造物が通常具備すべき安全性を欠いていることであるとの主張はそのとおりである。しかし、被告主張の物理的欠陥とは何を指称しているのか不明確であるが、ともかく、設置の瑕疵とは、営造物の設計の不備、材料の粗悪等その設定、建造に不完全な点があることにより通常具備すべき安全性を欠いているすべての場合を包含するのであり、被告主張の如き物理的欠陥を有する場合に限定すべき根拠は見出し難いので、この主張には左袒し難い。

(9) 被告は、原告らが新幹線の管理の瑕疵に当るとして主張している具体的事実がすべて肯認されるとしても、①車両は動産であるから営造物に当らない、②列車の走行は管理行為ではないから、新幹線の管理に瑕疵があつたこととはならないと主張するので検討する。新幹線の車両が国賠法二条一項の営造物に該当するとみるべきことは前示のとおりである。次に営造物の管理とは、その設置後における運営、維持、修繕、保管をいうことは、当事者双方の一致する見解であるところ、新幹線列車の走行は鉄道施設である新幹線営造物の運営、維持行為の一環をなすことは明らかである。しかも原告らは列車の走行は営造物の管理行為であるとしているものの、本件において原告らが管理の瑕疵として主張している骨子は、騒音・振動被害を発生させないよう十分な対策が講じられなければならないのに有効な管理上の対策が実施されていない営造物は瑕疵があるといつているのであつて、新幹線の走行自体を直接管理の瑕疵としているのではないと解されるから、被告の主張は理由がないというべきである。

(10) 被告は、営造物の管理行為に不完全な点があるために営造物に物理的欠陥が生じ、通常具備すべき安全性を欠くに至つたことが管理の瑕疵に当り、原告らが管理の瑕疵として主張しているところは物理的欠陥とは無関係であるから、原告らの主張が肯認されるとしても管理の瑕疵があることとはならないと主張するので考察する。営造物の管理の瑕疵とは、その設置後における維持、修繕、保管に不完全な点があることにより営造物が通常具備すべき安全性を欠くことをいうことは被告の主張するとおりである。しかし、瑕疵を物理的欠陥に限定する被告の主張に賛同することができないことは前記(8)に述べたとおりである。のみならず、営造物の設置の目的にしたがつた利用行為によつて損害を発生させることがその設置後に明確となつたときは、損害防止の措置を講じてこれを管理すべき責任があり、その措置が講じられていない営造物は管理に瑕疵があるといわざるをえないのであるから、被告の主張は採用し難いというべきである。

(11) 被告は、営造物の瑕疵を営造物の利用者以外の第三者に対する安全性の欠如あるいは機能的欠陥にまで拡大するには社会通念上の是認が必要であるとの説を援用する。しかし、国賠法二条一項の規定する営造物の瑕疵とは、営造物の利用者に対する安全性の欠如のみならず、利用者以外の第三者に対する安全性の欠如をも含んでいるとみるべきことは前述のとおりであり、後者をも含むと解することは瑕疵の拡大化とはいえないから、あらためて社会通念による是認を必要とするものとは解せられず、したがつて被告の主張は理由がないというべきである。

(12) 原告らは、新幹線の設置の瑕疵として、①線路選定にあたり人家の密集している市街地を避けなければならなかつたのに、弾丸列車計画に確保した用地を周辺が市街化した事実を無視して敢えて利用し、人家密集地域に新幹線を設置したもので、線路選定に誤りがあつたこと、②軌道構造として高架方式、直擁壁方式を採用し、この間数か所に無道床鉄橋を設置したこと、③高架橋は極端な経済設計による脆弱な構造で、脚は細く基礎は浅いこと、④有効な騒音・振動防止対策が施されていないこと、⑤地下方式あるいは堀割式も検討されなければならなかつたこと、これらのことから新幹線はその設置の段階で沿線住民である原告らに対する安全性を欠如していること、また、管理の瑕疵として、①被告は開業後騒音・振動による被害を防止するため構造物・軌道・車両等に実効性ある対策を施すべきであるのに有効な対策は実施されていないこと、②鉄道施設の運行管理にあたつてはより低速走行を設定することによる防止対策を講じるべきであるのにこれが実施されていないこと、このような営造物であるため新幹線は原告らに対し安全性を欠いている旨主張している。原告らの以上の主張のうち、線路選定に誤りがあつたといわざるをえないこと、豊代架道橋及び山崎川橋梁に無道床鉄橋を設置したことに軌道構造上の欠陥があるというべきこと、高架橋の柱・基礎杭は騒音・振動防止の観点からすれば脆弱であるといわざるをえないこと、新幹線の計画・決定時において原告ら沿線住民に対する騒音・振動による被害防止の視点が欠落していたこと、建設段階において有効な騒音・振動防止対策が実施されなかつたこと、新幹線開業後十全な騒音・振動による被害の防止対策が実施されたといいえないことは前記において判断したとおりである。

(13) しかるところ本件において、国賠法二条一項所定の瑕疵の有無は、受忍限度と相関的に判断すべきものといわねばならない。すなわち新幹線の騒音・振動によつて原告らが蒙つている被害は精神的被害及び生活妨害を中心とする被害であつて、その被侵害利益は、ひつきよう人間の精神的、日常生活の自由、平穏等の快適な生活上の利益であるから、瑕疵の有無を判断するためには利益衡量は不可欠であるからである。

そこで、各利益衡量要素について検討するに、原告らの騒音・振動量は前記のとおりであり、原告らが精神的被害及び生活妨害を中心とした多様な被害を受け、これらが複合的、相乗的であり、かつ深刻であることは前記に判断したとおりである。次に、原告らの被害と相関的に衡量されるところの新幹線の設置・管理の態様についてみるに、本件七キロ区間における線路選定に誤りがあつたこと、豊代架道橋及び山崎川橋梁を無道床鉄橋としたことに軌道構造上の欠陥があるというべきこと、高架橋の柱・基礎杭は騒音・振動の防止の観点からすれば脆弱といわざるをえないこと、新幹線建設の計画・決定時において沿線住民に対する騒音・振動による被害防止の視点が欠落していたこと、建設段階において有効な騒音・振動防止対策が実施されなかつたこと、新幹線開業後十全な騒音・振動による被害の防止対策が実施されたといいえないことは前述のとおりである。また、新幹線が高度の公共性を有することは前記に判示したとおりであるが、損害賠償の関係では公共性という衡量要素は受忍限度の判断に影響しないものと解するのが相当である。公共事業のため特定の範囲の住民に損害が発生したときは、公共の責任においてこれを分担すべきものと考えられる。次に、被告は新幹線開業後騒音については防止対策の開発により、一応相当の防止設備をし、それなりの実績が上つているとはいえ、無道床鉄桁では未だしの感があり、振動については伝播経路上の遮断工法も研究途上にあり、防振工も実用化の段階に至つていない。なお、将来においては、無道床への転換、逆L形防音壁の設置、同防音壁についての二村教授の研究結果の実施等が適当な防止対策であることは前記で判示したとおりである。また、騒音に係る環境基準値、振動に係る緊急指針値は、被告の開発施工している発生源・伝播対策のみでこれを達成すべき目途はついておらず、被告は騒音八〇ホン以上、振動七一デシベル以上については防音工、防振工、移転補償等で補完してこれを達成すべきこととしているが、防音工、移転対策はこれを希望しない者に対してその受入れを強制しうるに足るだけの十全の対策とはいい難いし、防振工は未だ実用段階に至つていないことは前記に判示したとおりである。なお、原告らと被告との折衝過程において、被告が騒音・振動対策全般につき積極性に乏しく適切な対応に欠ける点があつたことは前記に判断したとおりである。次に、本件七キロ区間が主として準商工業地域であること、暗騒音は右地域特性から必然的に生ずる範囲内にあること、新幹線開業後住民の転入も多数あり新築及び増改築家屋は相当数に上つていること、そうであるからといつて本件七キロ区間が新幹線列車走行の地域適合性を有するとはいい難いことは前記のとおりである。また、被告が「後住原告」であると主張する原告らの居住期間、居住するようになつた理由は前記に認定したとおりであり、違法状況を利用しようとするごとき非難されるべき事情は存しないものと解されるから、右原告らにつき危険への接近者として利益衡量にあたり考慮すべきであるとはいい難い。

以上によれば、新幹線の騒音・振動によつて原告らが蒙つている被害は受忍限度を超えるものと評価されねばならない。

してみると、新幹線はその設置管理に瑕疵があり、右瑕疵によつて原告らは、後記損害を受けているものというべきである。』

<編注>

* 大阪国際空港訴訟一審判決は国賠法一条一項により、二審判決は同法二条一項により国に対し損害賠償を命じたが(古崎慶長「大阪空港控訴審判決と国家賠償責任」判時七九七号一四頁は、「二条にいう瑕疵を機能的瑕疵にまで拡大して解釈することができれば、空港自体に物理的欠陥がなくとも、騒音などを限度以上にまき散らすことをとらえて空港の設置・管理の瑕疵とすることができるのであり、瑕疵を広く解釈し、本件の場合、一条でも二条でも請求できると考える」とする)、本判決は、右二審判決と同様の立場をとつた。国賠法二条一項の「営造物の設置・管理の瑕疵」については、周知のとおり、客観説(通説・判例―古崎・国家賠償法二一七頁、下山瑛二・国家補償法一一一頁、最判昭和45.8.20民集二四巻九号一二六八頁)、主観説(谷五佐夫・判例不法行為法二七七頁)、折衷説(宗宮・不法行為論一八七頁)、最近の義務違反説(植木哲「災害と営造物責任」判評二〇八〜二二六号、國井和郎「道路の設置・管理の瑕疵について(一)〜(八)」本誌三二六・三二七・三三二・三三五・三三八・三四八・三七二・四二五号)があるが、通説たる客観説では、過失の存在を必要としないが、瑕疵の存在を必要とする点で絶対的無過失責任をいうのではなく、又営造物それ自体の瑕疵と、その設置・管理の瑕疵とを同視する営造物瑕疵説(木村実「道路の欠陥と賠償責任」ジュリ五四三号四五頁)とも異なり、営造物の瑕疵が客観的な管理可能性の枠内にある場合を前提とする点で主観説その他との実際上の差異を見出すのは困難な場合が多い。本判決の判示部分には主観説的又は義務違反説的な表現も見出されなくはないが、基本的には客観説の立場をとるものと解される。判示中、「利用者以外の第三者に対する安全性の欠如」を瑕疵に含めるのは、前記二審判決と同旨であり(本判決も引用する最判昭和37.11.8、國井和郎「空港の設置・管理と賠償責任」法時四八巻二号四二頁)、「営造物設置後明らかになつた損害に対する防止措置が講じられていなければ管理に瑕疵がある」とは、義務違反説にいう客観的注意義務違反にも当ろう(義務違反説と客観説との差異は明確とはいい難い。植木「営造物責任再論」本誌三六六号一六頁、國井「水害と営造物管理責任」法時臨増四九巻四号九六頁、古崎「道路管理上の責任」ジュリ臨増・特集交通事故一二三頁参照)。なお、営造物責任においても、本判決は受忍限度論の適用のあることを明言した。

** 差止請求と損害賠償請求との関係は、一般的には、「侵害の重大性ないし違法性の大小、あるいは被害者側の受忍限度において、金銭賠償のための基準よりは差止のための基準のほうが若干高い、と考えるのが多数説」(幾代・不法行為二九八頁)といわれており被害の程度も差止のほうが高くなるといえよう。もつとも、「被害の程度は、原則として同一として考えるべきであり、差止の場合には、公共性等損害賠償の場合と異なる判断要素が加わるために、結果として被害が賠償の場合よりやや高いところが違法として差止が認められることがある」とする説(沢井・前掲書一一五頁)もある。ところで不作為義務違反の面から一方的に考えると、同一加害行為につき、差止違法と損害賠償違法との二段階を設けることに抵抗がなくはないが、受忍限度という物指で違法を相対評価すれば、いろいろの要素を比較衡量しなければならず、その結果、いろいろの差が出てくるのも止むを得ないとする違法性段階説が、少なくとも生活妨害に関しては、通説・判例といえよう(沢井・前掲書一一四頁・一七六頁注69〜72参照)。本判決もこの立場に立ち、差止請求のほうが損害賠償請求より高い基準を要すると解しているが、被害の程度についても同趣旨かどうかは必ずしも明らかではない。

*** 本判決は、「損害賠償請求の関係では公共性という衡量要素は受忍限度の判断に影響しない」とし、その理由として、「公共事業のため特定の範囲の住民に損害が生じたときは、公共の責任でこれを分担すべきであるから」と判示した(差止の場合には訴訟当事者以外にもその影響が及ぶに対し、損害賠償の場合には、当事者間の問題にすぎないとの前提がある。本判示と同旨判例には、大阪国際空港訴訟一、二審判決、東京地判昭和39.6.22下民集一五巻六号一五九一頁)。従前は、公共性をもって免責事由とはならない(通説・判例)までも、責任を判断する利益衡量の一要素となると考えられていた(野田愛子「騒音の違法性とその具体的基準について」本誌一五五号二五頁、沢井・公害の私法的研究四三三頁、原田・判評一八二号一一六頁)が、現在では損害賠償請求に関する限り、公共性を違法性の判断要素として全く排除するとする本判決の見解と、そこまでは徹底せず、これを責任の存否とか、賠償額の点である程度斟酌するとする見解の判例が混在する。学説は、一般的には公共性を斟酌するにつき消極的ではあるが、前記裁判例と同様の差異がある(加藤編・公害法の生成と展開一二一頁、四一一頁、沢井・前掲書四三三頁、川井「民事紛争と公共性について」判時七九七号三頁)。

**** 一般的に居住の前後関係については、受忍限度をきめる際の一要素であると解しつつ、①危険への接近者として高く考慮、②人の生命・身体に直接影響するものについてはあまり考慮しない、③ほとんど考慮しない、との説、及び④受忍限度の判定に際し、まったく考慮しないの各説がある(東孝行「受忍限度論における挙証責任の分配」民法学6七二頁、沢井・ジュリ四七八号一二二頁は、「先住性を受忍限度に反映させるものは地域性を通じてである」とする。沢井・公害の私法的研究四二八頁参照)。大阪国際空港訴訟一審判決は、右①の立場で後住原告らの差止請求及び損害賠償請求を棄却した(竹内保雄「公害における因果関係と受忍限度」環境権研究五号一〇七頁は、「受忍限度判断の一要素にとどまらず加害者の免責事由に相当する」と評価する)が、二審判決は、④の立場をとり「とくに公害問題を利用しようとするごとき意図をもって接近したと認められる場合でないかぎり、いわゆる危険への接近の理論は適用がないものと解すべき」とし、右原告らの差止及び損害賠償の各請求を認容した。本判決は、右二審判決と同様の考えに立ち、ただ慰藉料算定の斟酌事由とした。

2 過去の慰藉料請求について

被告の、「差止請求につき、被告が主張した利益衡量の各要素はこの場合にも考慮さるべきであり、更に訴求する慰藉料について、それがいかなる一部分であるかを、その内容及び総額との関連において、各原告ごとに明らかにすべきである」との主張に対し、

『(一) 原告らが新幹線の騒音・振動によつて多様な被害を蒙つていること、それが受忍限度を超えるものであることは前認定のとおりであり、このため原告らが多大の精神上の苦痛を感じているものと認められるので、被告に対し慰藉料を請求しうるものというべきである。

(二) 被告は、原告らの主張する精神的被害は、「ドキッとする」とか「イライラする」等という純粋に主観的な訴えの域を出ないものであり、したがつて、精神的被害を蒙つたことによる精神的損害が若干存するとしても、極めて些細なものであると共に全く客観性を欠くものであつて、客観的にこれを算定することは不可能であり、被告に対し法律上の賠償義務を認めることは適当でないと主張するが、原告らが蒙つている被害は、前認定のように、客観的資料によつて裏付けられた客観的に存在する被害であるといいうるし、被害内容、程度に差があるとはいえ、些細なものとはいえないから、被告の右主張はその前提を欠くものというべきである。

(三) 被告は、過去の慰藉料に関する原告らの一部請求は、本来時期的に区分して訴求すべきものを、原告ら相互の間における個別的事情の考量を免れ、また時効に関する不利益を排除するため、独自の見解に依拠しているものであるから主張自体失当であると主張するので検討する。原告らが過去の慰藉料請求権の消滅時効に関して述べるところの法的主張はにわかに採用し難いが、右は法律上の主張であるから、それが認められないからといつて主張自体理由がないとはいいえない。本件の場合、履行期によつて区分された一部請求(区分された全部請求)をなすことが可能であることは被告主張のとおりであるが、そうするのでなければ不適法であるとの見解にはたやすく賛同しえない。なお、原告らは、大半の原告の過去の慰藉料は数百万円に達すること、比較的線路からの距離のある者あるいは居住期間が短い者であつても一〇〇万円を超える旨主張しており(原告らの請求原因第五、五2(三))、このことからみると、原告らは過去の慰藉料として口頭弁論終結時までのすべての請求権の一部として各金一〇〇万円の請求をしているものと解せられる。次に、一部請求であるからといつて、原告らの個別的事情の考慮を免れたり、時効に関する不利益を排除することができるとは考えられないし、被告提出の証拠その他全証拠によるも、原告らが右の目的から一部請求をしていると認めるに足りないから、被告の前記主張は採用しえないというべきである。

(四) 被告は、慰藉料の額は各原告ごとに個別的事情に応じて算定されるべきものであり、原告らすべて同額であるということはありえないから、一律請求は不当であると主張する。慰藉料の額が各原告ごとに個別的事情を考慮して算定されるべきものであることは被告主張のとおりであるが、被告提出の証拠その他全証拠によるも、原告らが各原告ごとの具体的事情を考慮することなく一律に損害額を算定すべきであるという意味での一律請求をしているものとは解しえないから、被告の右主張は理由がないというべきである。

(五) 被告は、原告らは新幹線を利用して旅行をすることにより利益を享受しているから、慰藉料の算定に当り大幅に減額すべきであると主張するが、被告提出の証拠その他本件全証拠によるも、原告らの利用日時、区間、利用目的を確定し難いうえ、前説示の現下、新幹線の担つている役割、その果しつつある効用に照すと、むしろ原告らが新幹線を利用しその利益を享受すべきは当然であり、そのことと、原告らが新幹線騒音・振動による被害を受けその損害の賠償を求めることとは、次元を異にする問題であるから、原告らの新幹線利用を、慰藉料算定の減額事由として構成する被告の主張は採用することができない。

(六) 被告は、原告らの個別的被害の原因を新幹線の騒音・振動のみに帰せしめることは誤りであり、①暗騒音・暗振動、②疾病・老化、③原告らをとりまく複雑な社会環境が原告らの被害の素因となつているから、他の素因の寄与分を損害額から控除するのが相当であると主張するので考察する。

不法行為の被害者に病的素因その他の素因がある場合に、損害額を評価するについて素因を考慮すべきものであることは被告主張のとおりである。そこで、被告主張の個々の素因について検討する。

(1) 暗騒音・暗振動について

本件七キロ区間における暗騒音・暗振動については前記二5で認定したとおりであり、殆んどの原告らの暗騒音は六〇ホン以下であり、また、暗騒音の最高値が六一ホン以上の原告らは一四世帯である。すなわち、原告ら居住地域は暗騒音が低いとはいえないのであるが、原告ら居住地域は前叙の如く主として大都市の準商工業地域であつて、前認定の原告らの暗騒音値は、右のような地域特性から必然的に生ずる暗騒音の範囲内にあるものというべきであり、それ以上に格段騒音が高い地域であると認め難いことは前記五2(八)のとおりである。そうだとすれば、原告らの居住地域の特性が準商工業地域であることは利益衡量の一要素として考慮されるべきことはもちろんであるが、それ以上に原告らの暗騒音・暗振動を原告らにのみ特別な素因であるとして損害額の評価にあたり考慮されねばならないとはいい難い。

(2) 疾病・老化について

病的素因は損害額の減額要素となるものであるから、被告において個別の原告につき特定の疾病に罹患している事実を主張し、立証すべきものと解されるが、被告はいずれの原告につき右の主張をするのか明らかにしていないし、病名、症状、経過、期間等についても適確な立証をしないので、被告のこの点の主張は採用しえない。なお、疾病にかかつている原告らは、新幹線の騒音・振動により病気療養を阻害されているため、精神上の苦痛は健康な者に比して大であると解されるから、右の事情を損害額の増額要素として考慮すると、結論として減額になるか否かは疑問である。

(3) 社会環境について

原告らが複雑な社会環境の中で生活していることは被告主張のとおりであるが、現代の社会に生存しているものはすべて同様な社会環境にとりまかれているといいうるから、原告らが複雑な社会環境の中で生活していることは原告らにのみ特別な素因であると考えることはできない。損害とは加害行為がなければ存したであろう被害者の想像上の状態とその行為によつて被害者にもたらされた現実の状態との差であると考えられるが、右従前の被害者の想像上の状態なるものが現代の社会に生存するものすべてと同様な状態であるときに、これを被害者の素因として損害額の評価につき考慮すべきであるとは解し難い。被告が主張しているのは、結局一般社会人と原告らが同様の生活環境にあるということに帰する。病的素因の有無は損害発生時における社会の通常人の状態を基準として判断すべきであつて、損害発生時から過去に遡つた単純な社会環境の中で生活していた者の状態を基準として、これと原告らの損害発生時における状態とを比較して、いわゆる素因ありというべきではないと解される。そうだとすれば、原告らが複雑な社会環境にとりまかれているから損害額の評価にあたり考慮されるべきであるとの被告の主張を採用することは困難というべきである。

(七) 被告は、被告の障害防止対策を受入れ移転又は防音工事助成契約を締結した原告ら及びその同居親族たる原告らについては、特段の事情がない限り、右契約の成立により、少くとも契約成立時点までの被害にかかる損害賠償請求はこれを放棄したものとみるべきであり、そうでないとしても、右契約成立の事実は慰藉料額算定に当り減額事由の一つとして考慮されるべきであると主張するので検討する。被告の障害防止対策を受入れ移転契約を締結した原告らの内口頭弁論終結当時原告として残留している者及びその家族が別紙第3表<省略>記載のとおり三一世帯六三名であること、防音工助成契約を締結した原告が別紙第4表<省略>記載のとおり三名であること、移転対策ないし防音工はこれを希望しない者に対してその受入れを強制し難いことは前説示のとおりであるので、移転契約あるいは防音工助成契約を締結したことから直ちに、右契約成立時点までの被害にかかる損害賠償請求権を放棄したものとみることはできないし、慰藉料額算定に当つての減額事由として考慮しうるのも、契約成立後移転又は防音工に必要な相当期間経過後原告ら側の事情によつて延引した期間のみであろうと考えられるが、被告提出の証拠その他本件全証拠によるも右延引した期間及びその理由を認めるに足りない。

(八) 被告は、家屋補償を受けた原告ら及びその同居親族たる原告らについては、家屋補償に関する合意の成立に伴い、少くとも合意成立時点までの被害にかかる問題はすべて解決済みと解すべきであり、そうでないとしても、右補償金支払の事実は慰藉料額の減額事由の一つとして考慮されるべきであると主張するので判断する。被告が昭和四六年以降沿線住民から家屋損傷の申立があつた都度協議し、原則として復旧費の半分を支払うという処理をしたこと、家屋補償を受けた原告らが別紙第5表<省略>のとおりであることは前認定のとおりである。新幹線の騒音・振動により原告らが蒙つている被害は、前認定のように家屋の損傷のみではないから、家屋補償を受けたからといつて家屋補償に関する合意成立時点までの被害にかかる問題がすべて解決されたと考えることはできないし、<証拠>にも右の趣旨を窺わせる記載は存しない。もつとも、右原告ら及びその同居者たる原告らについては慰藉料額の減額事由の一つとなることは否定し難いというべきである。

(九) 被告は、「後住原告」はいわゆる「危険への接近者」として受忍限度の判定に際して考慮されるべきであり、更に信義則上損害賠償請求権を否定されるか、又は少くとも過失相殺によつて大幅に慰藉料額を減額されるべきであると主張するので考えるに、被告が「後住原告」であると主張する原告らの居住期間、居住することとなつた理由は前記に認定したとおりであり、いずれも違法状態を利用しようとするごとき非難されるべき事情は存しないものと解されるから、受忍限度の判定に際して考慮すべきことでないことは前記のとおりである。そして、前認定の居住期間、居住することとなつた理由に照らすと、右原告らが信義則上損害賠償請求権を否定されるべきであるとは到底いいえないし、慰藉料額算定の基礎となる事情として斟酌すべきことは後記のとおりであるが、過失相殺によつて大幅に慰藉料額を減額すべきであるとは断じ難い。

(一〇) 被告は、原告らの内新幹線障害防止対策による移転補償もしくは防音工事助成又は南方貨物線対策による移転補償の対象となつている者については、特段の事情がない限り、移転又は防音工助成契約を締結することによつて容易かつ完全に被害を回避することが可能であるのに、原告らの内一部の者は被告の右対策の受入れを拒否しており、これらの原告については、信義則上被告が右対策の受入れを勧誘した後の損害についての賠償請求権が否定されるか又は少くとも大幅な過失相殺が認められるべきであると主張するが、移転対策ないし防音工は、これを希望しない者に対してその受入れを強制し難いのであるから、原告らが被告の対策受入れについての勧誘に応じないとしても、勧誘後の損害についての賠償請求権が否定されるいわれはないし、過失相殺が認められるべきであるとも解し難い。

(一一) 消滅時効について

被告は、過去の慰藉料請求権の内本訴が提起された昭和四九年三月より三年前である昭和四六年三月以前の損害については、すでに消滅時効が完成しているとしてこれを援用するので検討する。一般に継続的不法行為といわれるものには、加害行為が継続的であるため損害も継続して発生するという場合と、加害行為は一回限りであるが損害だけが継続的あるいは時を隔てて発生するという場合とがあると考えられるが、本件では前認定のような設置又は管理の瑕疵ある客観的状態が継続し、これに伴つて日々に新たな損害が生じているとみられるから、右損害を知つたときから日々に消滅時効が進行するものと解するのが相当である。原告らは、原告ら主張の精神的損害額は訴提起時もしくは口頭弁論終結時における原告らの精神的苦痛を端的に評価したものであつて、過去の各一年分毎を加算して合計したという性質のものではない、本件のごとき継続的な加害行為による精神的苦痛の特徴は、年々苦痛が重なるにしたがい加害に対する耐え難さは一層高まり累進的に増大するものであるから、現在の精神的苦痛はそのような特性をふまえて現時点のものとして存在していると主張する。たしかに、本件において原告らが蒙つている精神的苦痛の特徴は、被害が長期間にわたることから、現在蒙つている苦痛に、過去に受けた被害の記憶と将来もそれが繰返されるであろうとの予測の両者が相乗することによつて、耐え難さが一層高まり、累進的に増大するものであることはそのとおりであるが、そのような損害であつてもそれが日々新たに発生することは否定し難いものというべきである。消滅時効は損害を知つた時から進行を開始するものであるから、日々発生した損害の消滅時効は日々進行すると解さざるをえず、そうだとすれば、原告らが主張するような精神的苦痛の特徴を考慮することによつては、被告の消滅時効の抗弁を排斥することはできないといわざるをえない。原告らは、原告ら主張の精神的損害額は訴提起時もしくは口頭弁論終結時における原告らの精神的苦痛を端的に評価したものであるというけれども、右「訴提起時もしくは口頭弁論終結時における原告らの精神的苦痛」の内容を分析してみるとき、右のいずれかの一時点にそれより以前の精神的苦痛がすべて凝縮しているとみることは事実レベルの問題として認め難いところであつて、訴提起時もしくは口頭弁論終結時までの原告らの精神的苦痛の全体を評価しているものとみざるをえない。そして、右原告らの精神的苦痛の全体なるものは、一日毎の苦痛を加算したものと解する外はない。

そうだとすれば、本件訴訟提起の日は昭和四九年三月三〇日であること記録上明らかであるから、昭和四六年三月三〇日から同四九年三月二九日までの三年分は右訴提起により消滅時効が中断されたものということができるが、昭和四六年三月二九日以前の慰藉料請求権は時効によつて消滅したものといわざるをえない。

(一二) 原告らの被侵害利益の性質・内容、新幹線の瑕疵の態様、原告らの騒音・振動値、原告らが蒙つている被害の態様。程度、居住期間(転出及び死亡原告については後記のとおりである)、後住原告については居住開始の理由、家屋補償(該当原告らのみ)、原告らの年令(なお、原告らの陳述書及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告らの生年月日は別冊原告別一覧表<省略>記載のとおりであることが認められる)、被告の障害防止対策等慰藉料額算定の基礎となる事情についてはこれまでに判示してきたとおりであり、その他本件にあらわれた諸般の事情を斟酌し、被告が原告らに対し支払うべき過去の慰藉料の額は別紙Aの第一表<省略>損害額欄記載のとおり(相続人については死亡原告の損害額を相続分に応じて分割した金額)と認めるのを相当とする。

なお、右慰藉料の額を算出するにあたつては、騒音八〇ホン以上又は振動七一デシベル以上の原告は日額五〇〇円、騒音七五ないし七九ホン又は振動六六ないし七〇デシベルの原告は日額四〇〇円、騒音七〇ないし七四ホン又は振動六一ないし六五デシベルの原告は日額三〇〇円、騒音六九ホン以下かつ振動六〇デシベル以下の原告は日額二〇〇円の各割合とし、これに前記慰藉料額算定の諸事情を斟酌したうえ、昭和四六年三月二九日以前から引続いて居住している原告らについては、同日以前の慰藉料請求権の時効消滅により、慰藉料額算定期間を同月三〇日から口頭弁論の終結した日である同五四年六月二二日までとして原告らの請求額(金一〇〇万円)を限度にこれを算定し、また、右期間の途中で転入し又は転出、死亡した原告らについては、転入した日の翌日あるいは転入した月の翌月の第一日目から又は転出、死亡した日の前日あるいは転出、死亡した月の前月の末日までいずれも請求額を限度として算定するのが相当である。

次に、過去の慰藉料額に対する遅延損害金について考察する。不法行為による損害賠償債務は何らの催告を要することなく損害発生と同時に遅滞に陥るものであり、原告らの損害は、日々新たに発生するものと解するのが相当である。ところで、原告らはその請求に係る過去の慰藉料額金一〇〇万円に対して訴状送達の日の翌日から支払済まで民法所定の年五分の割合における遅延損害金の支払を求めているところ、訴状送達時までに金一〇〇万円に達しない場合は、訴状送達時以降に日々発生する損害に対しても遅延損害金の支払を求める趣旨と解される。しからば、本件において、原告らは、訴状送達時までに発生した損害額に対しては訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年四月二日から、訴状送達の日の翌日以降日々発生する各損害に対しては、損害発生時から各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求めうるというべきである(昭和四九年四月二日((訴状送達の日の翌日))から同五四年六月二二日((口頭弁論終結の日))までの遅延損害金の合計額は別紙Aの第一表<省略>遅延損害金欄記載のとおりである)。

したがつて、原告らの請求しうる金額は、別紙Aの第一表損害額欄記載の金額に同表遅延損害金欄記載の金額を加えた金員と、右損害額欄記載の金額に対する昭和五四年六月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員となる。

以上各原告らに対する損害の算定方法等は別紙Aの第二表<省略>のとおりである。』

3 将来の慰藉料請求について

被告の、「被告の障害防止対策を拒否あるいは受入れている事実から原告らの主張の基礎とされている侵害の発生に関する事実関係が口頭弁論終結後変動し不確定であるので、将来の給付の訴を認容しうべき要件を具備せず不当な請求であるといわざるをえない。要するに、将来の給付の訴の要件を欠き、しかも付帯する条件の内容も不特定なままこのような一律の年金的請求を容易に認めることはできない」との主張に対し、

『本件において、原告らの損害は日々発生するものと解されるから、口頭弁論終結の日の翌日以降のものは、将来発生すべき請求権であると考えられる。将来発生すべき請求権であつても、現在既にその基礎たる関係が存在し、その内容が明確であるようなものは、予め請求をする必要のある場合には将来の給付の訴として許されるものというべきである。そして、本件のように、現在まで長期間にわたり権利侵害の状態が継続している場合には、将来にわたつて同様の状態が継続するものと推定されるから、現在既にその基礎たる関係は存在するものと解され、その権利の内容についても、過去の慰藉料請求権と時間的に接続し、ただその発生の日時が口頭弁論終結後であるというのみであるから、両者を異別に解すべき理由はなく、権利内容は明確であるといいうる。そこで、更に進んで将来の慰藉料を予め請求する必要性の有無について審究するに、被告が現段階において損害賠償債務の存在を争つていることは弁論の全趣旨により認められるが、過去の損害賠償請求についての判決が確定し、損害賠償義務のあることが争いえなくなつたときは、口頭弁論終結時と同様の被害の状態が継続するかぎり(原告らの蒙る精神上の苦痛に対する慰藉料の額は過去の慰藉料の額と同一であると解される)、被告においてこれを適時に履行すべきは当然であり、被告が前叙の如く高度の公共性を有する公法人であり、かつ、将来にわたつて新幹線を維持管理していかねばならないところからすれば、将来の慰藉料について、被告に適時の履行を期待できないとは認め難いものがある。そうだとすれば、将来の慰藉料請求について、現在、直ちに強制的な履行の必要があるとは、にわかに断じ難く、ひつきよう、右請求は、原告らにおいて予めその請求をする必要があるとすることができないから、その余の点につき判断するまでもなく理由がないというべきである。』

<編注>

* 将来の慰藉料請求については、侵害行為が現在でも存在し、損害も発生しており、将来も現在と同じ基本的事実関係の下で同一侵害行為が継続ないし繰り返されると予測される場合には、予めその請求をする必要のある限り、将来の給付の訴ができる(竹下「差止請求の強制執行と将来の損害賠償請求をめぐる諸問題」判時七九七号三〇頁、鈴木ら編・公害による損害の算定六七頁、同旨、反対、山口和男・実務法律大系六巻「公害」五七四頁)とし、但し本件においては、将来請求の必要性がないとして訴を却下した。

4 弁護士費用について

『弁論の全趣旨によれば、原告らが本件訴訟の提起・追行を弁護士たる原告ら訴訟代理人に委任し、日弁連の報酬等基準規程に基づく謝金を支払う旨の約束をしたことが認められ、他に右認定に反する証拠は存しない。そして、原告らが自己の権利擁護のため本件訴訟を提起することを余儀なくされたことは前記の折衝の経過からも明らかである。不法行為の被害者が、自己の権利擁護のため訴を提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求の内容、認容された割合その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである。そこで、本件の請求内容、事案の困難さ、訴訟の経過、審理期間、認容された割合その他諸般の事情を考慮すると別紙Aの第一表<省略>の弁護士費用欄記載の各金員(同表損害額欄記載の金額のほぼ一〇パーセント、相続人については死亡原告の弁護士費用額を相続分に応じて分割した金額)をもつて相当と認める。なお、弁護士費用相当の損害賠償額に対する遅延損害金について考察するに、原告ら主張の弁護士費用は前認定のとおり謝金であるが、裁判上の事件では審級ごとに手数料及び謝金が定められるものであり、本件においても当審の判決の言渡により、その事件によつて得た経済的利益の価額が明らかとなり謝金の額が確定するとともにその弁済期も到来するものと考えられるから、本判決言渡の翌日(昭和五五年九月一二日)から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうるというべきである。』

七 結論

『以上判示したところによれば、被告は、原告らに対し国賠法二条一項の規定により、過去の損害の賠償として別紙Aの第一表合計欄記載の各金額及びその内同表損害額欄記載の各金額に対する昭和五四年六月二三日以降、その内同表弁護士費用欄記載の各金額に対する判決言渡の日の翌日である昭和五五年九月一二日以降各支払済まで、民法所定五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、別紙(イ)目録<省略>記載の原告らの将来の慰藉料請求に関する部分は予めその請求をなす必要が認められず、訴の利益を欠くから、該請求につき訴を却下し、原告らのその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言はこれを付するのが相当でないものと認めその申立を却下することとし、主文のとおり判決する。

(可知鴻平 松原直幹 高野芳久)』

<編注>

* 騒音・振動の人体に及ぼす影響、特に身体的被害については、医学的にも未だ明確でなく、未解明の部分がかなり残されているといえる。本判決は、このような現状において、同種公害事件についての大阪空港訴訟一・二審判決及び、これらに対するその後の各種論議を十分念頭において言い渡されたものであり、その影響力は大きいといえる。

なお、本判決については、判時九七六号にその全文が掲載されているので同誌、その他、「特集・名古屋新幹線訴訟判決」法時五二巻一一号、「名古屋新幹線公害判決」ジュリ七二八号を参照されたい。

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