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名古屋地方裁判所 昭和49年(行ウ)21号 判決 1976年12月22日

原告 レオ・フランシス・ヒユー

被告 法務大臣 ほか一名

訴訟代理人 岸本隆男 石原裕二 ほか二名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判(原告)

被告法務大臣が昭和四八年四月一二日付でなした原告の在留期間更新申請に対する不許可処分を取消す。

被告名古屋入国管理事務所主任審査官が昭和四九年七月三〇日なした原告に対する退去強制令書の送付処分を取消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

(被告ら)

主文同旨。

第二当事者の主張

(請求の原因)

一  原告は、一九二四年(大正一三年)五月一二日生まれのオーストラリア国籍を有する外国人で、キリスト教カトリツク派・聖心イエズス修道派所属の宣教師である。

二  原告は、昭和二七年二月五日初めて本邦呉港に上陸したが、本邦上陸の目的は、名古屋市に本部を置く訴外宗教法人・聖心布教会(ただし、昭和二七年当時は法人格未取得)の修道会に属し、法人設立の際の原始会員となり、引続き名古屋・岐阜・福井の各地で布教伝道に従事するにあつた。従つて、入国にあたつて原告の在留資格もそのようなものとして認められた。

原告は、昭和二七年七月二四日出入国管理令(以下単に「令」という)四条一項一〇号(以下単に「四-一-一〇」という)の在留資格で三年間の在留期間の証印をうけ、以来昭和三〇年七月、同三三年七月、同三六年七月の各在留期間経過時において、それぞれ在留期間更新許可を得て引き続き在留したが、右在留期間中である昭和三八年六月三〇日英国ロンドン大学に留学のため一旦本邦から出国した。

三  その後原告は、昭和四二年二月、本国オーストラリアより再び本邦を訪れて小牧空港に上陸し、同月一五日名古屋入国管理事務所入国審査官から以前同様令四-一-一〇の在留資格、在留期間三年の決定証印を受けて本邦に在留し、昭和四五年二月一六日三年間の在留期間更新許可を受けて最近に至つた。

四  ところで、原告は右最終在留期間が終了するに先立ち、昭和四八年一月一六日令二一条、同令施行規則二〇条にもとづき、被告法務大臣に対し在留期間更新を申請したが、同被告は同年四月一二日付で原告に対し在留期間更新不許可(以下、本件不許可処分という)をなした。

五  以来原告は令二四条四号ロに該当するものと認定され、その結果退去強制手続を進められるべき立場となつたのであるが、原告は右認定に服さず、仮放免を得る一方、口頭審理を請求し、更に同旨の判定に対し令四九条による異議を申出ていたが、被告法務大臣は昭和四九年七月二九日右申出を理由なしとする裁決をなして被告名古屋入国管理事務所主任審査官(以下、被告審査官という)宛これを通知し、被告検査官は翌三〇日原告に対し退去強制令書を発付(以下、本件令書発付処分という)し、その執行をなした。

六  しかしながら、本件不許可処分は、原告の適法な申請を格別拒否すべき事由がないのにかかわらず不許可にしたもので、被告法務大臣の裁量権の範囲を超えてなされた違法な処分である。

また、本件令書発付処分は、違法な右不許可処分の存在を前提としてなされた後続の処分であるから、その違法性を承継した違法な処分である。

よつて、原告は本件不許可処分ならびに本件令書発付処分の各取消を求める。

(請求原因に対する被告らの認否)

一  請求原因一の事実は認める。ただし、後記被告らの主張のとおり、原告は昭和四七年三月二二日聖心布教会から除名され、同年四月一三日付でローマ法皇庁(修道省)より原告の聖職停止を宣言する旨の決定がなされているものである。

二  同二の事実のうち、原告が昭和三八年六月三〇日本邦から出国した理由が英国ロンドン大学に留学のためであつたことは不知、その余は認める。ただし、原告が最初に本邦に上陸した日は昭和二七年三月一〇日であり、上陸にあたつての在留資格は本邦で宗教上の活動を行なうためにローマに本部を置く宗教団体・聖心布教会のオーストラリア地区(支部)により派遣される者というにあつたものである。

三  同三の事実は認める。ただし、在留期間更新許可の日は昭和四五年二月一六日でなく、同年一月二二日である。

四  同四の事実は認める。

五  同五の事実は認める。ただし、原告が令二四条四号ロに該当すると認定されたのは昭和四八年四月一二日以降ではなく、同年二月一六日以降である。

六  同六の主張は争う。

(被告らの主張)

一  被告法務大臣の主張

1 原告は、昭和二七年三月一〇日、本邦で宗教上の活動を行なうためローマに本部を置く「聖心布教会」オーストラリア地区(支部)により派遣され、呉港入国審査官から在留資格令四-一-一〇、在留期間三年と決定され、旅券に上陸許可証印を受けて同港に上陸し、以後名古屋市に本部を置く訴外日本宗教法人・聖心布教会に所属して、主として名古屋市、福井市などで布教伝道に従事していたが、昭和三八年六月三〇日東京国際空港から出国した。

2 原告は、昭和四二年二月一五日、再び右聖心布教会オーストラリア地区により前同様の目的をもつて派遣され、名古屋空港入国審査官から在留資格令四-一-一〇、在留期間三年と決定され、かつ旅券に上陸許可証印を受けて同港に上陸し、主として名古屋市で布教伝道に従事したが、昭和四五年一月二二日右在留期間の更新許可を受け、昭和四八年二月一五日まで本邦に在留することが認められた。

3 ところで、原告は、右期限に先立つ昭和四八年一月一六日名古屋入国管理事務所に出頭して、被告法務大臣に対し、宗教上の活動ならびにこれに付随する教育活動を継続したいとして、令二一条二項にもとづき在留期間の更新申請書および上申書を提出した。

本邦に在留する外国人より在留期間更新申請がなされた場合、被告法務大臣は、申請者より提出された文書により在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があると認めたときに限りこれを許可することができる(令一二条三項)ものであるところ、原告が提出した右上申書には、過去二〇年間にわたり原告の身元を保証した前記宗教法人・聖心布教会の身元保証書を提出し得ないけれどもなお引続き在留期間更新を許可されたい旨記載されているのみで、何ら在留期間更新を適当と認めるに足りる相当の理由の存することを示すものではなかつた。

4 そこで、被告法務大臣は、処分の慎重を期するため調査したところ、次の事実が判明した。

(一) 原告は昭和四七年三月二二日前記宗教法人・聖心布教会から除名処分(以下、本件除名処分という)を受けたことおよび本件除名処分は同年四月一三日付でローマ法皇庁内の修道省によつても承認され、同日付で原告に対し修道省により原告の聖職停止を宣言する旨の決定がなされており、その結果原告は日本における宗教活動に従事し得なくなつたものであること。従つて、原告は本件在留期間更新許可申請当時、令四-一-一〇の「宗教上の活動を行うために外国の宗教団体により本邦に派遣される者」に該当していないものであること。

(二) さらに、原告が従前属していた前記聖心布教会はもはや原告の身元保証を行なう意思がなく、またこれに代わる他の身元保証も存しないこと。

(三) 原告自身も本件除名処分を契機として昭和四七年三月頃からは右教会の宣教師としての活動を一切停止し、以後は在留資格の変更手続(令二〇条二項)または資格外活動の手続(令一九条二項)などを一切行なわないまま、学校・民間会社等においてもつばら英語講師としての活動を継続してきたこと。すなわち、原告は、

イ 名古屋市瑞穂区所在愛知県立大学文学部の非常勤英語講師(週一回金曜日報酬月額四一、〇〇〇円)

ロ 名古屋市千種区所在東山カトリツク教会の英語講師(週一回月曜日報酬月額約三〇、〇〇〇円)

ハ 豊田市所在トヨタ自動車教育部英語講師(週二回火、水曜日報酬月額約七〇、〇〇〇円)

ニ 東海市所在新日本製鉄教育部英語講師(週一回金曜日報酬月額約三〇、〇〇〇円)

に従事してきたこと。

5 その結果、被告法務大臣は、原告が令四-一-一〇に該当せず、またその現に行なつてきた在留活動の内容を考慮しても、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないものと認め、昭和四八年四月一二日付をもつて本件不許可処分をなし、翌一三日原告にその旨通知したものである。

6 原告は、原告の適法な申請を格別拒否すべき事由がないのにかかわらず不許可にしたことは被告法務大臣の裁量権の範囲を超えてなされた違法な処分であると主張する。

しかし、外国人の入国ならびに滞在の許否は、当該国家の自由に決しうるものであり、特別の条約の存しない限り国家は外国人の入国または在留を許可する義務を負うものではないというのが、国際慣習上認められた原則である。そして、出入国管理令は、法務大臣において当該外国人が提出した文書により在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるときに限り許可することができるものと定めている。

すなわち、在留期間の更新は、その申請があれば原則として許可されるというものではなく、また不許可とするについて格別の理由が必要であるというものではない。むしろ在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由の存することが許可の要件とされており、その許否は法務大臣の広範な自由裁量に委ねられているのである。

従つて、令二一条が外国人が在留期間の更新を申請することができる旨を規定しているからといつて、法は外国人に在留期間の更新を受ける利益を権利として付与したものということはできず、法務大臣の自由裁量によつて恩恵的に在留期間の更新が許可されるのであるから、右申請をした外国人は単に更新申請が許可されることがありうるという事実上の期待をもつにすぎないのである。

まして、本件不許可処分をなすにあたり、被告法務大臣においては、前述したとおり、在留資格に関する事項のほか、従前の在留状況について調査し、その結果在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当な理由があるものと認めず不許可としたものであつて、そこには、いささかも裁量権の逸脱はなく、本件不許可処分は適法である。

二  被告審査官の主張

1 原告の身分、本邦における在留状況および原告が本件在留期間更新不許可処分を受け、それが違法なものであることについては、被告法務大臣が主張するとおりである。

2 原告に対する本件令書発付処分は次のような手続によりなされたものである。

(一) 名古屋入国管理事務所入国警備官は、昭和四八年四月、原告が旅券に記載された在留期間を経過して不法に本邦に残留している事実を知つたので、違反調査の結果、原告を令二四条四号ロの「旅券に記載された在留期間を経過して本邦に残留する者」に該当する容疑者として、被告審査官の発付した収容令書により同年七月六日同所に収容後、令四四条にもとづき同所入国審査官に引渡した。

(二) 原告は、昭和四八年七月六日、右入国審査官による第一回審査を受けた後、仮放免された。

(三) 右入国審査官は昭和四八年一一月一九日、原告が令二四条四号ロに該当するとの認定をなした。次いで、原告の請求にもとづき口頭審理を行なつた同所特別審理官は、同年一二月一二日、右入国審査官の認定に誤りはない旨の判定をなした。

(四) 右判定に対し、原告は同日被告法務大臣に対し異議の申出をなし、被告法務大臣は昭和四九年七月二九日、原告の右異議申出は理由がない旨の裁決をなした。

(五) 被告審査官は昭和四九年七月三〇日原告に対し、右裁決結果を告知するとともに、令四九条五項にもとづき本件退去強制令書の発付処分をなしたものである。

3 原告の如く不法に本邦に残留している外国人に対する退去強制手続は令第五章にもとづき行なわれているものであるが、被告審査官は、容疑者が令二四条各号のいずれかに該当する旨の入国審査官の認定(令四五条一項)、特別審査官の判定(令四八条三項、六項、七項)、法務大臣の裁決(令第四九条三項)の確定次第必ず退去強制令書の発付処分をしなければならず(令四七条四項、四八条八項、四九条五項)、原告が令二四条四号ロに該当する以上、令書発付処分をするか否かの裁量の余地はないのである。原告に対する本件退去強制手続は、令に定めるとおり行なわれたものであるから、何ら違法をいう余地はない。

4 原告は、本件令書発付処分は、被告法務大臣の違法な本件不許可処分の存在を前提としてなされた後続の処分であるから、その違法性を承継して違法な処分となる旨主張する。

しかし、在留期間更新不許可処分と退去強制令書発付処分とは別個独立の手続に属するものであつて、前者にたとえ違法事由があつたとしても、その違法性は後者に承継されるものではない。

すなわち、在留期間更新不許可処分を受けた申請人は、通常本人が現に有する在留期間内に出国することにより何ら退去強制手続の対象となることはないのであつて、当該期間更新手続はそれ自体の目的を遂げて完結しているのである。在留期間更新不許可処分は、申請人が期間後も残留することを予定するものではなく、従つていわんや不法残留後の退去強制手続を準備しようとするものではないから、退去強制手続との間には手続の一連性および志向目的の同一性ないし共通性が存しないものであり、その違法性の承継の問題は生じない。

しかして、令二四条四号ロの「旅券に記載された在留期間を経過して本邦に残留する」外国人に対しては、令第五章に規定する手続によつて本邦からの退去を強制することができるのであり、令第五章に規定する退去強制手続は、右令二四条四号ロ該当事実が認められる限り、在留期間更新不許可処分の有無とは無関係に行なわれなければならないのである。在留期間更新許可処分がなされた場合に退去強制手続を行ない得なくなるのは在留期間の更新によつて令二四条四号ロ該当事実が存在しない状態になるためであるが、反対に在留期間更新不許可処分がなされても、それは単に今後にわたる新たな在留を容認しないというにとどまり、何ら申請人の在留資格、在留期間に消長をきたすものではないから、旅券に記載された在留期間には何ら変更を及ぼさないのである。令二四条四号ロ該当の事実は、在留期間更新不許可処分とはまつたく無関係に、旅券に記載された在留期間内に出国せず、その経過後も在留が継続されているということによつて生じるものであるから、不法残留の認定等が右不許可処分に由来するとの原告の主張は誤りである。

(被告らの主張に対する原告の反論)

一  被告法務大臣の主張に対する反論

1 被告法務大臣(以下単に被告ともいう)が本件不許可処分をなした最大の原因は、原告が本件除名処分を受けて宣教師としての地位を失なつたとの認定に由来するものである。

原告が所属の宗教団体(修道会)から本件除名処分を受けたことは被告主張のとおりであるが、そのことにより直ちに本件不許可処分をなしたことは以下に述べるとおり誤りであり、違法である。

(一) 原告は、現在訴外聖心布教会を被告として、修道会からの除名処分の違法を理由に、修道会女員地位保有確認の訴を提起し、訴訟係属中であつて、原告に対する本件除名処分は未だ確定していないものである。そして被告は、原告から在留期間更新申請がなされた当時、原告が本件除名処分の違法を主張して民事訴訟を提起し係争中であることを承知していたのである。

(二) しかるに被告は、右訴訟の帰すう、少なくとも一審判決の結果を見とどけて最終的に処分をするのが至当であるのに、紛争の一方当事者である訴外教会提出の資料のみにもとづき、あたかも同教会側の意見に副う如く、これと殆んど同じ判断を示したのであり、かかる判断はこの一事をもつてしても不公平の誘りを免がれない。

(三) また被告の処置は、事実上、何人といえども享有し得べき日本国内の裁判所において裁判を受ける権利を原告から奪う結果を招くもので違憲の疑いさえ存する。

今、仮に外国人が刑事被告人として刑事訴追を受けた場合、彼がいかに本国への帰国を希望したとしても、刑事裁判中の故をもつてその出国は認められないであろう。刑事裁判にあつても、被告人が裁判を受ける権利を享有するという一面が存することは何人も否定し得ぬことであり、刑事被告人はまさに刑事裁判を受ける権利を行使するのである。この様に裁判を受ける権利であるという点では、民事も刑事も何ら異なるところはない。それにもかかわらず、被告が民事々件における訴訟当事者の立場を軽視してもよいというのなら、法秩序の維持者が自ら、何人といえども裁判所に対する無関係で平等に享有し得べき裁判を受ける権利に差等を設けることとなり、不当である。国法の矛盾のない執行、殊に国家の司法機能を間接的に制肘するが如き行政権の作用が努めで回避さるべきは、国家的立場からしても当然期待されるところである。

(四) 被告が訴外教会のなした原告に対する除名処分の当否を実体的に審理・判断することは越権である。被告は専ら出入国管理体制の下における秩序維持を事とし、当該外国人の在留継続を認めることが国益・公序に反するか否かの見地からのみ判定するをもつて必要かつ十分とする。

従つて本件の場合、被告は、本件不許可処分前既に当該除名処分が原告によつて争われ、民事訴訟が提起された事実、除名処分をおいて他には格別令五条一項一一号以下に準ずる拒否事由が存せず、在留資格の存続を認めても国益に反しないことを出先入国管理事務所を通じて知つていたのであり、然かるうえは令四-一-一〇所定の在留資格の喪失を速断してはならず、むしろ在留外国人の既得的地位を尊重する立場から、在留期間更新許可の処分をすべきであつたといわねばならない。

これに反し、被告が本件除名処分の存在をもつて直ちに在留資格喪失を認定したのは、形式に過ぎるのみならず、結果的には除名処分をめぐる私法上の関係に介入することになり、かつそれのみならず、入管体制の秩序維持を私法関係に係わらしめ、更には個人の裁判を受ける権利を否定することとなり、かくてはもはや被告の正当な権利行使の限界を逸脱するという以外にない。

2 原告が本件除名処分を受けたということのみで、令四-一-一〇に該当しないとすることは、同条項の解釈を誤るものである。

令四-一-一〇にいう外国の「宗教団体」とは、特定の宗教法人のみならず、非法人たる宗教団体、修道会さらにカトリツクにおけるローマ法皇庁など一切の宗教組織を含む広義に解すべく、また「宗教活動」の意も広義に解するのを相当とする。

すなわち、外国人宗教家は特定の教会等に属すると否とにかかわらず、何らかの宗教上の活動を行なうため本邦への入国が認められるというのが、同条項の趣旨とするところである。その際、宗教といつても種々であり、当該外国人がはたして宗教家なりや否やの認定が困難な場合に備えて、「外国の宗教団体により本邦に派遣される者」と規定するのであり、一旦入国した後は必ずしも常に特定の宗教団体に属することを要件とするものではない。現に、カトリツク神父であつて当人が外国において特定の修道会に属していなくても、日本国内に呼び寄せる宗教団体が有りさえすれば入国が認められる例を見る。これは「派遣」されたとはいえない。また、もし常に入国当初の宗教団体に属さねばならないとすれば、その団体から離れ、あるいは他の宗教団体へ移動することは許されず、その場合にはもはや令四-一-一〇の要件を欠くに至るとせねばならぬ筈だが、事実は入国当初の団体から離脱あるいは他の団体へ移動しても在留資格を詮議されぬのを例とする。これはとりもなおさず、令四-一-一〇の解釈上、派遣団体に終始属することが在留の要件でないことの顕れである。

原告に対する訴外聖心布教会からの本件除名処分は一教会からの除名にすぎず、これによつて原告はカトリツク神父の身分が失なわれるのではなく、依然宗教家たるに変りはない。また、カノン法では、除名とか聖職停止処分といつても、極めて狭義の宗教活動、つまり礼拝、司祭が不能となるに止まり(カノン法二二七九条二項二号)、広義の宗教活動を妨げられるものではない。ここに広義の宗教活動とは、本来の布教活動にとどまらず、学校・病院経営、図書刊行などおよそキリスト教に関するものなら一切の活動を含む意である。

要するに、令四-一-一〇の在留資格の要件としては、広義の宗教家・宗教活動をもつて足り、当人が終局的・決定的に宗教家の身分を失ない、宗教活動の実態を欠くに至つたのなら格別、然らずして広義といえども宗教活動に従事する限りは未だ在留資格を保有すると解すべきである。これに反し、被告が除名処分即在留資格喪失と短絡的に判断したのは令四-一-一〇の解釈を誤るものであり失当である。

3 原告が訴外聖心布教会による身元保証書に被告に提出できなかつたことは事実であるが、必ずしも右教会に代わる保証人が居なかつたのではなく、原告は本件不許可処分がなされる以前に他の保証人を申し出ていたものである。

4 原告が在留資格の変更手続や資格外活動の手続を経ないまま、学校・民間会社等において英語講師としての活動を継続してきたことは被告主張のとおりである。しかし、これを原告の在留資格の喪失ないし資格変更の懈怠に結びつけるのであるならばそれは誤りである。

原告は昭和四七年三月二二日訴外教会から除名の通知を受けた後は、狭義の完教活動すなわちミサなどはしていないが、これは聖職停止の決定に巳むなく一時従つているまでで、原告と教会との紛争が生じた後のいわば異常状態における間のことであり、これをもつて原告が宣教師としての活動を一切していないと解するのは当たらない。

一般にカトリツクに在つては、教会、宣教師の布教活動は極めて広汎な意味内容を有し、これには独り礼拝・祭儀に限らず、学校・病院経営など一般社会活動と異ならないものをも包含し、それに応じ多くのカトリツク神父が教職に在ることも周知の事実である。そして原告の場合も、宣教師の傍ら県立大学等で英語教師をしており、このことは本件除名処分の前と後とで何ら変りないのである。

なお、在留資格変更の点については、民事裁判所へ出訴し、あく迄修道者たる地位の存在を主張する原告としては、便宜的に在留資格を令四-一-一〇以外のものに変更し得べき筈はなく、在留期間経過前に変更手続をしなかつたのは当然であり、もし被告が右の点の非を云うのならそれは間違いである。

5 出入国管理における法務大臣の裁量権が、被告主張の如き広汎な自由裁量に属するとの見解および在留期間更新を受ける利益を権利でなく恩恵としか考えぬ見解には賛同し得ない。

なる程、外国人の国内法上における地位は自国民と甚だ異なり、外国人の入国に関しては国家が許否を自由に決し得るといえるかもしれないが、しかし、一旦入国し国内に滞在する外国人は、在留資格の如何によつては、国内在留について重大な利害関係を有するに至るものであり、在留する利益を単なる事実上の期待にすぎず権利とは考えられないと一概に断定し得るものではない。外国人は在留資格を得て本邦に在留することにより、本邦内で生存権、財産権等種々の権益を得るのであり、在留期間更新の許否に関する法務大臣の権限を全くの自由裁量と解することはその既得の権益を奪うことになる。

日本国憲法は国際協調主義を基本原理としているところ、国家・国益と外国人の法的地位が端的に問題となり得べき外国人の出入国管理関係を規律する出入国管理令も右基本原理に立ち解釈されるべきである。されば、少なくとも在留期間更新許否に関する法務大臣の権限を覊束裁量と解することによつてはじめて入国・在留・出国等の区別に応じ具体的事案毎に妥当性ある権限行使が保障されることとなり、これが憲法の精神に適うゆえんである。また、在留期間更新許否は、あたかも再入国許否におけると同様、既に適法に入国し、日本国内に多かれ少なかれ生活の基盤を置く外国人に関する問題であり、単なる入国の許否の場合とは異なつた特別の考慮を要するというべきである。

すなわち、在留期間更新の許否は、法務大臣の全くの自由裁量に委ねられているのではなく、申請人において令二四条所定の退去強制事由に該当の所為があり、本邦内の在留を認めることが公序良俗に反すると信ずるに足りる積極的理由が存するとき、または入国管理行政上の立場から余程更新を不当と認むべき特殊事情の存するときの外は、更新を拒絶し得ぬという制約を免がれないところの覊束裁量と解すべきである。従つて、被告が更新不許可処分の相当性を主張するからには、右事由が明瞭に示されねばならない。しかるに、単に更新の許否は法務大臣の裁量に属するというだけでは到底当該処分の正当性を裏付け得ぬといわねばならない。

なお、原告の既得的地位を考えるうえで特有の事情として、原告がその在留資格に密接な関係がある訴外聖心布教会を被告とする身分確認訴訟を進行中であるということが挙げられる。修道者の身分の存否は、前述の如く必ずしも在留資格の存否に影響を与えるものではないが、なお原告の立場からは本件除名処分の無効が明確になることに多大の利害を有するのである。しかるに、あたかも除名処分の有効性を既定のものの如く当初より決めてかかり、当該民事訴訟の係属中であることを知りながら、これを無視してなされた本件不許可処分は、公平を欠き、外国人にも保障されるべき日本国憲法上の裁判を受ける権利を奪うものである。

6 結局、令四-一-一〇の解釈、在留者の既得的地位いずれの面からみても、更新を不当とするに足りる顕著な事由が存しないのにかかわらず更新を許否した本件不許可処分は、外国人の法的地位の保護を無にするものであつて、重大な瑕疵が存し、取消されるべきである。

二  被告審査官の主張に対する原告の反論

1 退去強制処分は、その処分の相手方たる外国人からすれば、あたかも苛酷な刑罰にも値するものであり、殊に生活の本拠をわが国に持ち社会の構成員と称してよい程本邦での生活に根をおろしている外国人にとつてはそうである。従つて、当該退去強制処分の合法性を論ずるについても、単に法技術的・形式的適法性の如何のみをみて是非を判断するのは間違いであり、果して当該外国人を国外に放遂するに足りる正当な理由および必要が存するか否かの実質的判断をなす必要がある。

しかるに、被告は本件令書発付処分をなすについて、原告の本邦在留についての既得的地位を奪つてまで強制退去さすべき正当な理由と必要の有無を考慮せず、形式的に手続上の適法性を保つたに過ぎない。従つて、本件令書発付処分は、原告について右正当な理由がないのにかかわらずなされたものであるから違法である。

2 行政処分の違法性の承継は具体的場合に即して決せられるべきであり、本件の場合、被告法務大臣のなした本件不許可処分の存在が本件令書発付処分の前提となつたことは否定できない。在留期間更新不許可処分と退去強制処分は共に出入国管理令にもとづく処分であることに変りなく、本件の場合、両者の手続の一連性および志向目的の同一性が肯定されるべきである。

仮に、両処分の違法性の承継を否定するならば、被告審査官は独自の権限で退去強制処分の要否を判断すべきである。しかるに、被告審査官は「令書発付処分をするか否かの裁量の余地はない」旨主張しているのであるから、令書発付処分の要否の判断を不問にしてなされた本件令書発付処分は結局において違法たるを免がれない。

(右主張に対する被告らの反論)

原告が訴外聖心布教会を被告として主張の如き民事訴訟を提起していることは認める。

しかし、行政庁が処分をなすにあたり要件の存否について事実認定を必要とするときは、行政庁の責任と能力において認定もしくは判断すれば足り、その認定あるいは判断を特に第三者のそれに委ねるべきものと法定されている場合は格別、そうでない限り、何ら特段の制約を受けるべきものではなく、また、行政目的の適正、迅速な実現のためにその必要が存するのである。

本件についても、除名処分を原告が民事訴訟で争つている限り、行政庁がこれを前提にして何らの処分もなし得ないとする理由はなく、除名処分がなされたと認めるにつき相当の理由があり、教会側の明らかな権利濫用などと認められる等特段の事情のない本件の場合には、除名を前提に本件不許可処分をなしたことに何ら違法はない。

また原告は、本件不許可処分は原告の裁判を受ける権利を奪うものである旨主張する。しかし、原告が本邦に在留し得ないことによつて日本国の裁判所に係属している訴訟の追行になにがしかの不便はあるとしても、訴訟代理人が選任されているのであるから訴訟の追行に格別の障害はなく、将来において当事者本入尋問などのため、原告が本邦に入国する必要が生じた場合には、令所定の手続により改めて本邦に入国することも不可能ではない。従つて、本件不許可処分は何ら原告の裁判を受ける権利を奪うことにならない。

なお原告は、民事裁判を受ける権利は刑事裁判を受ける権利と同等に尊重されるべきものであることを理由として、係属中の民事訴訟の当事者たる外国人の在留は許可されるべきであると主張する。しかし、等しく裁判を受ける権利といつても、民事裁判を受ける権利と刑事手続において裁判を受ける権利とはその性格において根本的に相異する(前者が能動的な関係における権利であるのに対し、後者は消極的・受動的な関係における権利である)のであるから、民事裁判を受ける権利が尊重されるべき論拠として刑事裁判を受ける権利をいうことは失当である。

第三証拠<省略>

理由

一  本件各処分に至る経緯

1  原告は、一九二四年五月一二日生まれのオーストラリア国籍を有する外国人であるところ、ローマに本部を置くキリスト教カトリツク派・聖心イエズス修道派宣教師として、本邦において宗教上の活動を行なうため、聖心布教会オーストラリア地区(支部)により本邦に派遣され、昭和二七年三月頃令四-一-一〇(宗教上の活動を行うために外国の宗教団体により本邦に派遣される者)該当者の認定を受けて上陸し、以後三年毎に在留期間の更新許可を受けて本邦に在留し、名古屋市に本部を置く訴外宗教法人・聖心布教会に所属して、主として名古屋市、福井市などで布教、伝道活動に従事していたが、昭和三八年六月一旦本邦から出国した。

2  原告は、昭和四二年二月一五日、再び前記聖心布教会オーストラリア地区(支部)により前同様の目的をもつて本邦に派遣され、名古屋入国審査官から在留資格令四-一-一〇、在留期間三年とする上陸許可の証印を受けて本邦に上陸し、以来主として名古屋市で布教活動に従事し、昭和四五年一月二二日右在留期間の更新許可を受けて昭和四八年二月一五日まで本邦に在留することが認められた。

3  原告は、右期限に先立つ昭和四八年一月一六日、名古屋市入国管理事務所に出頭して、被告法務大臣に対し、在留期間更新を申請した。これに対し、被告法務大臣は、昭和四八年四月一二日付をもつて原告に対し本件在留期間更新不許可処分をなした。

4  その後、原告は令二四条四号ロ(旅券に記載された在留期間を経過して本邦に残留する者)に該当するものとされ、昭和四八年七月六日名古屋入国管理事務所に一旦収容されたが、同日同所入国審査官による審査を受けた後仮放免された。そして、右入国審査官は昭和四八年一一月一九日原告が令二四条四号ロに該当するとの認定をなし、次いで口頭審理を行なつた同所特別審理官は同年一二月一二日右認定に誤りはない旨の判定をなし、これに対する原告の異議申立により、被告法務大臣は昭和四九年七月二九日原告の異議申出は理由がない旨の裁決をなした。そこで、被告審査官は昭和四九年七月三〇日原告に対し、右裁決結果を告知するとともに、本件退去強制令書の発付処分をなしたものである。

以上の事実は当事者間に争いがない。

二  在留期間更新不許可処分の適法性について

出入国管理令は、本邦に在留する外国人が現に有する在留資格を変更することなく在留期間の更新を受けることができる(令二一条一項)こと、在留期間更新の申請があつた場合には、法務大臣は当該外国人が提出した文書により在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限りこれを許可することができる(同条三項)ことをそれぞれ規定している。

被告法務大臣は、原告がその在留資格である令四-一-一〇の要件に該当せず、また在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに該当しないので本件不許可処分をなした旨主張し、原告はこれを争うので、以下この点について検討する。

1  <証拠省略>によれば、原告は昭和四七年三月二二日その所属する訴外宗教法人・聖心布教会からカトリツク教会法六五三条にもとづき除名処分を受けたこと、右除名処分は同年四月一三日付でローマ法皇庁内の修道省によつて承認され、同日付で原告に対し修道省より原告の聖職停止を宣言する旨の決定がなされたこと、従つて原告は右除名処分および聖職停止決定により、一般に聖職者の権利義務とされている司祭としての活動を禁止され、本邦においてもカトリツク宣教師としての活動を一切行なうことができなくなつたこと、現に原告は右除名処分以後、教会での司祭としての宗教活動は一切行なわず、学校・会社等で英会話の講師をすることにより生活していること、および、原告の本件在留期間更新許可申請にあたり、必要とされる外国の所属宗教団体の発行する身分証明書、訴外聖心布教会の身元保証書等の書類を提出することができなかつたこと等の各事実を認めることができる。

右事実によれば、原告は本件不許可処分当時、その在留資格である令四-一-一〇(宗教上の活動を行なうために外国の宗教団体により本邦に派遣される者)に該当していないことが明らかである。

2  原告は、一旦適法に本邦に在留する外国人の在留資格を考える場合には、令四-一-一〇にいう「外国の宗教団体」 「宗教活動」の意義は広義に解すべきであるから、原告は在留資格を失つているものではない旨主張する。そして、<証拠省略>によれば、原告はカトリツク司祭としての身分を有しており、本件除名処分および聖職停止決定を受けたことによつてはこれを失うものでないことが認められ、また学校・病院経営、英会話教授等も広義の宗教活動の一環として現に広くなされていることは原告の主張するとおりである。

しかし、出入国管理令は、外国人は原則として「在留資格」を有しなければ在留することができず、かつ在留資格とは「外国人が本那に在留するについて本邦において左に掲げる者のいずれか一に該当する者としての活動を行うことができる当該外国人の資格をいう」(令四条一項)と定め、在留期間の更新について「本邦に在留する外国人は、現に有する在留資格を変更することなく、在留期間の更新を受けることができる」と規定している。すなわち、在留資格は、外国人が本邦に在留する間、ある一定の活動を行なうことができる資格であつて、外国人が上陸するために備えなければならない資格であると同時に、本邦在留中の活動に限界を課するものでもある。このことは、在留資格に属する者の行うべき活動以外の活動をしようとするときはあらかじめ法務大臣の許可を要すること、また令四-一-一〇の在留資格を有する外国人はその者の有する在留資格、在留期間の変更を受けることができること等を定める令一九条一項、二〇条一、二項の趣旨からも明らかである。すなわち、令は在留資格の範囲、内容について、上陸時のそれと更新時のそれとの間に何ら差等をもうけていないのであつて、一旦本邦に上陸した外国人の在留資格のみを殊更広義に解すべき根拠はみあたらない。本邦に在留する外国人の本邦内での既得の生活利益は、更新の許否の際に十分尊重されるべき事項の一つであるといえるが、そのことのゆえに、在留資格に関する令の規定を拡げて解釈すべしとする理由にはならない。そして令四-一-一〇は、同項五号、八号、九号、一三号の各規定にみられる如く、単に「本邦で宗教上の活動を行おうとする者」と表現することなく、「宗教上の活動を行うために外国の宗教団体により本邦に派遣される者」と規定しているのであつて、その趣旨は、外国における特定の宗教団体から派遣され、当該宗教団体が正当と認める宗教活動を専業的になす者を指称するのであり、さにあらずして「宗教上の活動」と称して無秩序に外国人が上陸・在留し活動することを防ぐ趣旨であると解せられるのである。

従つて、前述のとおり、その所属する宗教団体である聖心布教会から除名され、その派遣団体の本部から聖職停止処分がなされ、その結果カトリツク宣教師としての一切の活動が認められなくなつた原告は、たとえ事実上宗教活動をするとしても、それは右教会の正当な宗教活動と認められないのであつて、到底令四-一-一〇該当者とは認め難いものである。

原告の未だ在留資格を保有するとの主張は理由がない。

3  原告は、期間更新をなすべき相当の理由があるのに被告法務大臣が本件不許可処分をしたのは違法であると主張するので、以下判断する。

(一)  原告は、本件除名処分の無効を理由に、訴外聖心布教会を被告として教会々員の地位保有確認の訴を提起し係争中であるから、本件除名処分は未確定の状態にあるにすぎないと主張する。そして、原告が主張の如き民事訴訟を提起し係争中であることは当事者間に争いがない。

しかし、行政庁が処分をなすにあたり、要件の存否について事実認定を必要とするときは、特別の規定が存しない限り、行政庁の責任と能力において認定・判断すれば足りるのであつて、民事訴訟で係争中であるというだけで、行政庁が独自に事実認定ができず、あるいは少なくとも一審判決があるまで行政庁は認定・判断を待つべきであると解すべき法律上の根拠は存しない。本件の場合も、原告に対する除名処分がなされたと認定するにつき相当の理由があり、それが教会側の明らかな権利濫用等無効な処分と認めるべき特段の事情のない限り、独自に被告法務大臣は右除名処分の存在を認定したうえ、行政処分をなしてさしつかえないものである。

しかして、<証拠省略>によれば、被告法務大臣は本件不許可処分前、教会側より名古屋入国管理事務所に提出された原告についての関係資料と原告が在留期間申請の際提出した上申書および原告に対する入国審査官の面接結果を総合し、原告が所属の前記訴外聖心布教会より本件除名処分を受け、ローマ法皇庁(修道省)より聖職停止の決定を受けていたものとの判断に基づき本件不許可処分をなしたと認定するに十分であり、しかも、特に右聖職停止決定は外国における宗教上ないし宗教団体内部の問題であるところから、国家機関としても一応それを尊重すべき性質のものであり、また、同被告において原告主張の訴外聖心布教会を相手とする訴訟が係属中であることを知つていたとしても、右訴訟における原告勝訴の判決が直ちにローマ法皇庁(修道省)のなした聖職停止決定の効力に影響を与えるとは解せられないものであることなどから考えて、被告法務大臣が右判断をなしたことは相当であると首肯することができるのであつて、右処分・決定が明らかに無効と認めるべき特段の事情のあることについてこれを認めさせるに足りる適切な証拠はない。

してみれば、被告法務大臣が原告について本件除名処分等が有効になされたと認定したうえ本件不許可処分をなしたことは正当であつて、何ら違法はない。

(二)  原告は、本件不許可処分は原告の生活上の諸利益並びに裁判を受ける権利を事実上奪うものであるから違法であると主張する。

しかし、もともと在留期間が満了する外国人は右期間内に本邦より出国しなければならないのであるから、本邦在留中に存した諸々の生活利益の追求が事実上不可能ないし困難になることは当然のことである。すなわち、在留期間の更新が認められず右在留期間が満了した外国人は、日本国内において居住し生活する権利すら有しなくなるのである。従つて、在留資格および在留期間の定めのある現行制度の下では、許可を得て本邦に在留居住する外国人が、その在留資格をはなれて、日本国内で生活する権利が奪われることのみを理由に在留期間更新不許可処分の不当をいうことは、もとより失当である。もつとも、原告が昭和二七年本邦上陸以来二十数年に亘つて得た宣教師並びに教育者としての社会的地位その他生活上の諸利益の維持ができなくなることは、まことに忍び難いものがあるとはいえ、これらの利益を可能な限り最大限に擁護することを図るためには出入国管理令上在留資格の変更申請・永住許可申請等の制度を利用することも別に考えられるが、弁論の全趣旨によれば、原告は令四-一-一〇の在留資格に固執し、右資格の下においてのみ在留期間更新を求める趣旨であると理解される本件において、原告の右利益を失う結果を招来することも止むをえないことである。なお、むしろ民事裁判を受ける権利については、訴訟代理人を選任することにより訴訟追行をなすことができ(現に、原告主張の訴訟には訴訟代理人が選任されている)、また将来当事者本人尋問等のため本邦に入国する必要が生じたときには、令所定の手続により改めて本邦に入国することも不可能ではないから、その権利の行使に格別の障害が生じないとさえいうことができる。従つて、在留期間更新不許可処分が在留外国人の裁判を受ける権利を奪う違法なものであるとは到底いえないし、本邦に在留中の外国人が提起した民事訴訟が係属中であるということをもつて、当該外国人の在留を認めなければならない理由とすることもできない。もつとも、原告のいう訴訟は、原告の在留資格そのものの認定に重大な影響を与える教会々員の地位保有確認訴訟であり、一旦出国するときには、将来勝訴の判決を得ることによる利益は減少しているといえるかもしれない。しかし、そのような回復困難な損害を避ける緊急の必要性がある場合には、民事訴訟法上仮処分の制度ももうけられているのである。そもそも、前述のとおり、在留期間更新の許否についての前提事実の認定判断については、法務大臣がその責任と能力においてなすべきことがらであつて、裁判所の裁判結果を待たねばならないものではないから、原告の提起している訴訟の内容が前記のとおりのものであつても、他の訴訟が係属している場合と区別し、別異に考えねばならないことはない。たとえそれが刑事訴訟であつて、外国人が被告人として訴追されている場合でも同様であり、刑事被告人とされているがゆえに在留期間更新を許可しなければならないとする理由は見出すことができない。

本件不許可処分が原告のいう諸利益、原告の裁判を受ける権利を奪うもので違法であるとの主張は失当である。

(三)  原告は、在留期間更新の許否は、被告法務大臣において、専ら出入国管理体制の下における秩序維持を事とし、当該外国人の在留継続を認めることが国益・公序に反するか否かの見地からのみ判定すべきであるとし、原告は本件除名処分を受けた以外に格別の事由はなく、在留継続を認めても何ら国益に反しないから、原告に対し更新許可をすべきであるのに、被告法務大臣が右除名処分の存在をうのみにして本件不許可処分をなしたのは、同被告がなすべき右判断を放棄し、入管体制の秩序維持を私法関係に係らしめるものであり、結局その裁量権を逸脱する違法がある旨主張する。

しかし、原告がその所属する聖心布教会から除名処分を受け、また修道省から聖職停止の決定を受けた事実は、原告の身分・活動等につき重大な影響を及ぼすことがらであり、出入国管理体制の秩序維持について判断するうえにおいても重要な事実であるといわなければならない。原告の如く令四-一-一〇の在留資格で本邦に在留している者については、右事実を無視することはかえつて入管体制の秩序を乱すことになり不当であるというべきであるから、原告の右主張は理由がない。

4  さらに、原告は、憲法の国際協調主義の基本原理、在留外国人の既設的地位の保護の観点よりすれば、法務大臣の在留期間更新許否の判断は、単なる自由裁量ではなく、当該外国人に令二四条所定の退去強制事由該当の所為等があるなど本邦内に在留を認めることが公益に反する特段の事情の存するときのほかは更新を拒絶し得ないという制約を受ける覊束裁量であり、原告には当然許可処分がなされるべきであつたと主張する。

仮に、原告が令四-一-一〇の在留資格に該当するとしても、在留期間更新許否の判断は法務大臣の広範な自由裁量に属すると解すべきであり、原告の右主張は失当である。

令二一条は、前述のとおり、本邦に在留する外国人が在留期間の更新を受けることができる旨規定しているけれども、その更新申請に対しては、法務大臣は更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限りこれを許可することができるとしているのであつて、その相当の理由の有無については、法務大臣の自由な裁量による判断に委ねられていると解すべきである。けだし、外国人の出入国は、基本的には、当該国家の自由に決することがでぎるものとされているところ、国家間の外交問題に直接影響を与える可能性が高いため、法務大臣の高度の政治的判断に待たなければならない面が多いからである。それで、法務大臣が右許否の判断をなすに際しては、申請事由の当否のみならず、原告のいう当該外国人の既得的利益や内外の諸事情等一切を考慮して決することになる。従つて、本邦に在留する外国人には、上陸拒否事由ないし退去強制事由またはそれに準ずる事由が存しない限り在留期間更新を受ける権利が与えられているとか、在留期間更新を許可しなければならない制約が法務大臣にあるとの見解は採用することができない。

しかるところ、所属教会から除名処分を受け、聖職停止決定がなされた原告に対して、なお宗教上の活動をなすために本邦に在留する必要があると認めず、その在留期間の更新申請を許可しなかつた被告法務大臣の判断は、前述の原告の既得的利益をすべて考慮に入れても、十分首肯するに足りるものであり、何らその裁量権の濫用ないし逸脱と目すべき事由は見当たらない。

5  なお、原告は昭和五一年六月一四日付証拠申出書をもつて、被告法務大臣が原告の既得的地位を全く考慮せずに本件不許可処分をなしたことが違法であるとして、本件処分の理由となつた事実関係の範囲如何を明らかにするとの立証趣旨のもとに、名古屋入国管理事務所において作成された事実調査文書等の文書提出命令を申立てるけれども、既に説示した理由により原告の本訴請求は理由がないものであるから、右原告主張の事実を明らかにする必要は存しないので、これを採用することができない。

以上の次第で、被告法務大臣がなした本件不許可処分は、原告についてその在留資格である令四-一-一〇の要件に該当せず、また在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに該当しないとしてなされたものであるから、何ら違法はなく、原告の主張に理由がない。

三  退去強制令書発付処分の適法性について

被告審査官が本件令書発付処分をなした経緯は既述のとおりであるが、原告は、右処分は被告法務大臣のなした違法な本件不許可処分を前提としてなされた後続の処分であるから、その違法性を承継した違法な処分であると主張する。

被告法務大臣のなす在留期間更新不許可処分と被告審査官のなす退去強制令書発付処分とは、相互に関連を有するとはいえ、それぞれ目的および効果を異にする別個独立の行為であり、前者の処分はかならずしも後者の処分を予定するものではなく、また、後者の処分はかならずしも前者の処分の存在を前提とする関係にあるものではないから、後者の処分が当然に前者の違法性を承継するものと解することはできない。

しかし、本件の場合、本件不許可処分が違法であるとして本訴訟により解消されるときは、原告の在留期間更新許可申請について改めて法務大臣の処分がなされるまでの間、原告は従前の許可処分の効力により本邦に在留することが許されているものとみるべきであるから、原告はいわゆる不法残留でなくなる結果、単に「旅券に記載された在留期間を経過」しているということにより令二四条四号ロに該当するものとして退去強制令書を発付することは違法であり、取消し得べきものになると解すべきである。

しかるところ、被告法務大臣のなした本件不許可処分が適法であつて取消すべきものでないことは、前記二に詳細判示したとおりである。そして原告が退去強制事由の一である令二四条四号ロに該当する以上、法務大臣の同旨の裁決に従つて被告審査官が本件令書発付処分をなしたことに違法はない。

原告は、被告審査官は退去強制令書発付処分をなすについては、当該外国人の既得的地位を奪つてまで強制退去さすべき正当な理由および必要があるか否かの実質的判断を要する旨主張するが、右判断は法務大臣の裁決がなされるまでの過程でなされうることはあつても、被告審査官にその権限の存しないことは令四九条五項の規定上明らかであるから、原告の右主張は失当である。従つて、本件令書発付処分が違法であるとの原告の主張は理由がない。

原告はその他適法な在留資格を有するなど不法残留でないことについて何ら主張立証しないものであるから、本件令書発付処分に違法があると認めることはできない。

四  よつて、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義光 窪田季夫 辻川昭)

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