名古屋地方裁判所 昭和49年(行ウ)23号 判決 1975年7月30日
原告
鈴木正路
被告
名古屋市長
右訴訟代理人
鈴木匡
外三名
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(原告)
1 被告の施行する名古屋特別都市計画事業復興土地区画整理と称する事業は違法であることを確認する。
2 被告は右事業を施行してはならない。
との判決。
(被告)
一、本案前の申立
主文同旨の判決。
二、本案についての答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二 当事者の主張
(請求原因)
一、被告名古屋市長は、昭和二四年五月二四日、名古屋市告示第六〇号をもつて、同人を施行者とする名古屋特別都市計画事業復興土地整理施行規程なるものを布告し、次いでその工事を実施した。
二、そのため、原告は、従来の住所ならびに法律事務所であつた名古屋市東区長塀町六丁目一五番地の家屋を退去し、現在所に移転するの止むなきに至つた。
三、しかしながら、その後判明したところによると、右区画整理事業はその存立の根拠を欠く全く無効のものであつて、その実体は純然たる不法行為であることが判明した。すなわち、
1 右区画整理事業の根源となつたものは昭和二一年七月一七日の内閣総理大臣の訴外名古屋市に対する施行命令であるが、同施行命令は次に述べるように無効のものであるから、これにもとづく設立手続はすべて無効である。
すなわち、昭和二一年七月一七日、当時の内閣総理大臣吉田茂は訴外名古屋市に対し、旧都市計画法一三条但書に規定する急施を要するものとして、戦災地復興のため名古屋復興都市計画整理事業を施行し、昭和二五年度までにその事業を完了すべきことを命ずる施行命令を発した。しかし、右施行命令は、前記法条に明記するとおり旧都市計画法三条に規定する内閣の認可を受けた区画整理の存在することを前提要件とするものであるのに、当時名古屋市内にはそのような区画整理が存在しなかつたのであるから、明らかに無効である。もつとも、内閣総理大臣が右施行命令を発したのは、当時の都市計画法及同法施行令臨時特令(昭和一八年一二月二四日勅令第九四〇号)に「左ニ掲クル認可又ハ許可ハ之ヲ受クルヲ要セス。一、都市計画法第三条ニ規定スル内閣ノ認可」と規定されていたことによるものと解せられる。しかし、勅令をもつて法律を改廃することは当時の旧憲法九条但書に違反するから、右勅令は明らかに無効であり、この無効の勅令にもとづいて発した前記施行命令もまた無効である。
2 さらに、特別都市計画法に規定する区画整理については、同法施行令一一条により、その施行規定および設計書に対し知事の認可を受けなければならないのであるが、被告の施行する区画整理については何等の認可もなされておらず、無効である。
もつとも、訴外名古屋市が昭和二四年二月一八日愛知県知事に対し区画整理事業の施行規程および設計書の認可申請をなし、同知事が同年五月一八日これを認可したことがある。被告は、特別都市計画法附則四項、同法施行規則一八条により、右訴外名古屋市施行の区画整理が被告施行の区画整理に移行したものと解したのかもしれないが、右両条の規定は、名古屋市施行の区画整理に対し特別都市計画法五条一項の規定を準用することを認めたにすぎないものと解すべきであるから、区画整理の施行者まで変更するものと解することは到底できないものである。
3 仮に、訴外名古屋市施行の区画整理が被告施行に変更されたとしても、同区画整理はこれに対する愛知県知事の認可が無効であるから、被告施行の区画整理もまた無効のものである。
すなわち、訴外名古屋市の申請した区画整理の設計書には、(1) 工事施行の始期および終期の定めがない。(2) 主要工事の仕様の記載がない。(3) 予算の定めがない。ものである。したがつて、都市計画法で準用する旧耕地整理法施行規則八条に違反し、ひいては当時の地方自治法二条一項一一号に違反するから、同条三項に照らし該設計書は無効であり、これに対する知事の認可もまた無効である。
四、およそ土地区画整理は、公共事業であるとはいえ、通常多額の費用と長年月にわたる時間とを要するほか、工事施行地に居住する者はその所有地を収用され、家屋を破壊されて生活の本拠を失い、甚しは一家離散に陥る者もいるのであるから、為政者たる者は万止むを得ない場合のほかこれを行うべきものではない。しかるに、名古屋市の当局者は、戦後間もなく発せられた内閣総理大臣の施行命令による区画整理が焼跡片付け的な臨時処理でその期間も昭和二五年度までと限定されているにもかかわらず、この趣旨を蹂りんし、かえつてこれを悪用して本格的な区画整理に変更する計画を樹て、その手段として訴外名古屋市に対する知事の認可を自己に対する認可であると偽つて施行者を詐称し、施行期限の定めを無視し、あたかも前記内閣総理大臣の施行命令による区画整理がこれと性質を異にする区画整理に移行したかのように装い、今日に至るまで二十数年の永きにわたつて区画整理を強行し、もつて市民居住の家屋を破壊し、土地を収用してその生活の本拠を失わしめ、あまつさえその工事費用として名古屋全市民から数百億円に上る都市計画税を徴収しているのである。しかし、これは前述のとおり法律上の根拠を全く有しない純然たる不法行為であるといわなければならない。原告は、前記のとおり生活の本拠を奪われ、現住所に移転するの止むなきに至つた結果、その生業である法律事務も意のままに遂行することができないうえ、右事業を施行する費用に充てるため毎年名古屋市から、八、一一〇円ずつの都市計画税を徴収されている被害者である。
五、そこで、加害者である被告は右不法行為を廃止する私法上の義務を有し、被害者である原告は被告に対しその廃止を請求する私法上の権利を有するものである。なお、本件の不法行為は、被告が行政庁の行為としてなしたものであるから、該行為を廃止する義務は行政庁である被告名古屋市長にあるものである。
六、よつて、原告は本訴において、被告施行の名古屋特別都市計画事業復興土地区画整理と称する事業の無効であることを前提とし、私法上の法律関係としての被告の右不法行為の禁止とその違法であることの確認を求めるものである。<以下省略>
理由
一原告の本件訴は、被告名古屋市長の施行する本件土地区画整理理事業がその存立の根拠を欠くため法律上有効に存在しないものであるから、被告は土地区画整理事業と称して土地区画整理事業類似の事業を施行してきたものであるとし、これを名古屋市民たる原告に対する民法上の不法行為であると構成して、右不法行為の違法であることの確認とその差止を求めるものと解される。
二しかしながら、一つの土地区画整理事業を全体として無効であるとし、その施行を行政庁の不法行為としてとらえ、民事訴訟によりその差止、あるいはその違法確認を求めることは、裁判所法三条一項にいう法律上の争訟とみること、すなわち司法裁判所が裁判をするに値する具体的事件性を備えた紛争とみることはできないものである。
けだし、司法は、法規を適用して、当事者間の具体的な権利義務または法律関係の存否に関する紛争を法律的に解決調整する作用であり、当事者間の具体的事件の解決のために行われるものである。したがつて、民事訴訟において審判の対象となる請求は、特定の権利関係の存否にかかるものでなければならず、対立する当事者間の具体的な利益紛争でなければならない。
しかるところ、土地区画整理事業は、健全な市街地造成のため、公共施設の整備改善および宅地の利用増進を目的として、施行者によつて、施行規程および事業計画の樹立から換地処分、清算にいたるまでの一連の諸手続によりなされる行政作用であり、多数の私人の土地所有権等に対し公権力をもつて変更得喪の効果を及ぼすものである。したがつて、右事業の施行によつて利害の対立を生じ紛争が発生したときは、事業の施行としてなされる具体的な個々の処分ないしその執行について、その無効取消を求めて行政事件訴訟を提起し、また回復困難な損害を避ける緊急の必要があれば、併せて当該処分又は執行の停止を求め、或は既に発生した損害の回復を求めて民事訴訟を提起すべきものである。
しかるに、本件において原告は、被告の施行する本件土地区画整理事業を全体として、その存立根拠を欠くがゆえに一般的に違法無効であるとし、これを民法上の不法行為であるとするのであるが、その実質は、民事訴訟により右土地区画整理事業を違法とする抽象的な違法宣言と右事業全体の差止を求めるものにほかならず、いまだ具体的な紛争解決の利益が存するとはいゝがたく、したがつて、具体的事件としての法律上の争訟性(事件性)を備えているものということができない。
三また、原告は、市民の一人として被告市長のなす違法行為の禁止を求めることができるのは当然のことであるというが、個人の市民の一人として市長のなす法規に適合しない行為が是正を求めんとする形態の訴訟は民衆訴訟(行政事件訴訟法五条)であり、法律により定められた場合にかぎり提起することができる(同法四二条)ものである。けだし、民衆訴訟は、当事者間の具体的な権利義務に関するものではないから、法律上の争訟に該当せず、とくに法律で出訴を認められないかぎり許されないものである。しかるところ、本件のような訴を民衆訴訟として認める法律の規定はない。
四以上の次第であつて、原告の本件訴は不適法として却下を免れないものであるから、これを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(山田義光 窪田季夫 小熊桂)