名古屋地方裁判所 昭和50年(ワ)105号 判決 1976年6月14日
原告
服部こと杉野優子
被告
日本国有鉄道
主文
一 被告は原告に対し、金五五万円及びこれに対する昭和四六年七月二五日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その九を原告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(一) 被告は原告に対し、金一〇五〇万円及びこれに対する昭和四六年七月二五日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
(三) 仮執行免脱の宣言。
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) 事故
1 日時 昭和四六年七月二五日午前〇時三五分ころ
2 場所 被告関西本線富田駅構内八幡踏切
3 態様 訴外服部勤(以下勤という)運転のマイクロバスが右場所を通過しようとした際、折から進行してきた被告の上り第二〇二急行列車と衝突した。
4 結果 これにより勤は重傷を負い、下半身不随の後遺症を負つた。
(二) 責任
1 本件事故は、前記急行列車が定刻よりはるかに遅れて前記踏切を通過する際、同踏切の保安係訴外石崎宗男が踏切遮断機の降下を遅延した過失によるものである。
2 右石崎は、被告がその事業のため使用する者であり、同人はその事業の執行につき本件事故を起こした。
(三) 損害
1 慰藉料 金一〇〇〇万円
(1) 近親者としての慰藉料
イ 本件事故当時、原告は勤の妻であつた。
ロ 本件事故による受傷のため、勤は昭和四六年七月二五日より同四九年五月まで入院したが、大小便も自分ではできず常に介護を必要とする下半身不随の不具者となり、原告との性交渉も全く不能となつた。
ハ 右受傷は、生命を害せられたにも比肩すべき程度のものである。
ニ そこで、勤の近親者として受けた精神的苦痛に対する慰藉料として、金二五〇万円。
(2) 離婚による慰藉料
なお、勤は本件事故による前記受傷を契機に原告の貞操に強く猜疑心を抱くようになるなどして、勤・原告夫婦の円満な家庭生活は破壊され、勤の右身体障害もあつてその婚姻関係を継続することが著しく困難となり、ついに原告は昭和五〇年一月二九日、勤と協議離婚するのやむなきに至つた。
右離婚は本件事故と相当因果関係にあるので、これによる精神的苦痛に対する慰藉料として、金七五〇万円。
2 弁護士費用 金五〇万円
(四) 結論
よつて原告は被告に対し、右損害金計一〇五〇万円及びこれに対する本件事故発生日である昭和四六年七月二五日より完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)、(二)は認める。
(二)1(1) 同(三)1(1)中、イ、ロは認め、ハ、ニは否認する。
勤の受けた傷害は死にも比肩すべき程度のものではないから、原告に近親者としての慰藉料請求権はない。
仮に右請求権があるとしても、被告から勤に対し、その慰藉料も含め本件事故による損害について金五四〇〇万円の完全な補償がなされていること、原告が後記のとおり本件事故後自ら勤との離婚を選んで協議離婚したことを考えると、今さら右請求をするのは衡平の原則に反する。また、原告は右離婚により自ら右請求権を放棄したものとみなすべきである。
(2) 同(三)1(2)中、協議離婚の事実は認めるが、その余は否認する。
本件事故と右離婚とは相当因果関係がなく、右離婚に伴う慰藉料は夫婦間の問題である。
仮に相当因果関係があるとしても、自らの現在の苦痛を逃れるため協議離婚を選んだのであつて、離婚そのものによる精神的苦痛は全くないから損害は考えられない。
2 同(三)2は否認する。
三 被告の主張
本件事故は、勤が本件踏切を通過する際、一旦停止して左右の安全を確認する義務を怠つた過失にも起因する。
四 被告の主張に対する認否
否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故及び責任
請求原因(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。
二 損害
(一) 慰藉料 計金五〇万円
1 近親者としての慰藉料 金一〇万円
本件事故によつて、当時原告の夫であつた勤が事故の日である昭和四六年七月二五日から同四九年五月まで入院したが、遂に下半身不随となり、用便も自分ではできず常に他の介護を必要とし、原告との性交渉も不能となる不具者となつたことは当事者間に争いがない。
ところで、成立に争いのない甲第九号証ないし第一一号証、証人服部勤、同服部ゆきゑの各証言及び原告本人尋問の結果によれば、勤は本件事故によつて第一腰椎脱臼骨折、脊髄損傷、頭蓋骨々折等の重傷を負つて直ちに病院に収容されたが、数日間は意識不明の状態が続き、ようやく意識回復後も前記のように長期間入院して治療を受けたが、その治療のかいなく重篤な不具者としての生活を余儀なくされ、原告及び二人の幼児の生計を支えてきた調理士兼運転手の職にも就けず、そのため原告は勤の入院中二児をかかえて同人の看護に当るかたわらパートタイマーとして稼働したり、勤の実家に身を寄せて同家の手伝をしたりして生活するなどの苦労を重ねてきたことが認められる。
右勤の身体障害の程度、事故後における原告の生活上の苦労等の事情を考えると、勤の妻としての原告の精神的苦痛は、本件事故によつて勤の生命が侵害された場合に比し著しく劣るものではなく、原告は右苦痛による慰藉料を請求することができるものとするのが相当である。
そこで進んで慰藉料の額について検討することとするが、成立に争いのない甲第二号証ないし第八号証、第一二号証、乙第一号証、同第三号証、証人服部勤の証言によつて真正に成立したと認められる乙第二号証、証人服部勤、同市野いと、同服部ゆきゑの各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると、勤の入院中における原告の看護の状況は必ずしも充分なものとはいえず、夫勤の目にはむしろ不満にさえ映つたこと、勤が退院して間もない昭和四九年五月二二日頃には夫婦間の破たんにより事実上離婚の状況にまでたちいたり、昭和五〇年一月二九日勤と原告は二児の親権者を父勤と定めて協議離婚したこと、右離婚後昭和五一年三月二九日に勤と被告との間に本件事故によつて被つた勤の損害につき被告が同人に対し金五四〇〇万円を支払う旨の和解が成立し、これによつて勤の精神的苦痛に対する慰藉も充分尽くされていること及び本件事故については被害者勤の方にも本件踏切通過に際し一旦停車して安全を確認すべき注意義務を怠つた過失も看過できないこと、などの事情が認められるので、前記原告の精神的苦痛のほかこれらの事情等をも併せ考えると、原告に対する慰藉料は金一〇万をもつて相当と認める。
なお、本件事故当時勤の妻であつた原告の慰藉料請求権は、原告の前記離婚によつて消滅したとすることはできないし、また右離婚によつて原告が右慰藉料の請求を放棄したものとみなすことも相当でない。勤と被告との間に和解が成立し、勤に対する慰藉料が充分尽くされたことは、原告の慰藉料算定の際における一事情とはなつても、原告の慰藉料を否定する理由にはならない。右の見解に反する被告の主張は採用できない。
2 離婚による慰藉料 金四〇万円
原告が昭和五〇年一月二九日に勤と協議離婚したことは当事者間に争いがなく、これに先立ち同四九年五月二二日両者の間で事実上の離婚が成立したことは前記1認定のとおりである。そして、前掲乙第二号証、証人服部勤、同服部ゆきゑ、同市野いとの各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、勤が原告の看病の熱心でないことに不満を抱いたり、原告の貞操に猜疑心を抱いたりして夫婦の間に溝ができたこと、原告にもそう思われてもやむをえない言動があつたうえ、勤退院前後においても同人の世話をすることをあまり好まず、妻として夫に対する協力の姿勢に欠けている点があり、勤がこれに深く失望したこと等夫婦間における当人同志の個人的な問題も右離婚の原因になつていることが認められるが、他方、本件事故により受けた勤の身体障害の程度は前記のとおりきわめて重篤で、円満な夫婦生活を継続するうえで重大な障害となるであろうことは容易に推察することができ、このことが夫婦間の破たんの要因になつていることも否定できない。
このように、勤の前記身体障害が原告夫婦間の破たんないし離婚の原因と認められる以上、その離婚が当事者の協議によつて成立したとしても本件事故と相当因果関係があると認めるのが相当であり、右の事情のほか前記勤の過失など諸般の事情を綜合すれば、原告が右離婚によつて被つた精神的損害に対する慰藉料として被告に求め得るのは、金四〇万円を以て相当と認める。
(二) 弁護士費用 金五万円
前記認定額、本件訴訟の経過、事案の軽重等を考慮すると金五万円を以て相当と認める。
三 結論
よつて、原告の本訴請求は金五五万円及びこれに対する本件事故発生日である昭和四六年七月二五日より完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用し、仮執行免脱宣言の申立についてはその必要がないものと認めてこれを却下し、主文のとおり判決する。
(裁判官 至勢忠一 熊田士朗 山田博)