名古屋地方裁判所 昭和50年(ワ)2510号 判決 1977年2月23日
原告
舘正己
ほか三名
被告
川久保英良
ほか一名
主文
被告らは各自、原告舘正己、同舘勉、同前田勝子に対し各金六四八、五九七円及び右各金員に対する昭和四八年一一月二六日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告舘みゆきの請求並びに原告舘正己、同舘勉、同前田勝子のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを四分し、その一を被告ら、その余を原告らのそれぞれ連帯負担とする。
この判決は原告舘正己、同舘勉、同前田勝子の勝訴の部分にかぎり仮りに執行することができる。
事実
第一当事者の申立てた裁判
一 原告ら
「被告らは各自、原告舘みゆきに対し金二、七〇〇、〇〇〇円、原告舘正己、同舘勉、同前田勝子に対し各金一、八五〇、〇〇〇円、及び石各金員に対する昭和四八年一一月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。」
との判決並びに仮執行の宣言。
二 被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二請求原因
一 事故の発生
1 日時 昭和四八年一一月二六日午前一一時五五分頃
2 場所 名古屋市瑞穂区堀田通一丁目一番地先路上
3 加害車 ダンプカー、三河一さ四一六八号
4 右運転者 被告川久保英良
5 被害車 原動機付自転車名古屋北か五二四号
6 被害者 訴外舘正一
7 態様 被告川久保は加害車にビールの絞りかす約五トンを積み右事故現場付近を南に向けて運搬走行中、路上に約五〇メートルにわたつて約二トンのビール絞りかすを落したまま走り去つた。そのあと、原動機付自転車を運転して南進走行してきた訴外舘正一が右ビール絞りかすに乗り入れ、スリツプして転倒し、頭部を強打、頭蓋底骨々折し、そのため翌一一月二七日午前一時三五分名古屋市昭和区滝子町安井病院で死亡した。
二 訴外亡舘正一と原告らの身分関係
原告舘みゆきは正一の妻、その余の原告はいずれも正一の子であつて、正一の法定相続人である。
三 被告らの帰責事由
被告川久保は、積荷のビールかすが落下するような整備不良の車両を運転し、しかもビールかすが落下したにもかかわらずこれによる車両の交通の危険を防止する注意義務を怠り、そのまま走り去つた。この被告川久保の過失が本件事故の原因となつたのであるから、同被告は不法行為者本人として損害賠償をする責任がある。
また、被告川久保は前記加害車の運行供用者でもある。
被告近藤商店は加害車両を事実上運行の用に供していたものであり、且つ被告川久保の使用者であつて、本件事故は被告会社の業務執行中に起きたものであるから、被告会社は自賠法三条及び民法七一条による損害賠償責任がある。
四 訴外亡舘正一の死亡による損害
1 慰藉料 金五、〇〇〇、〇〇〇円
2 逸失利益 金八、〇〇〇、〇〇〇円
亡正一は大正三年一月二五日生れで、事故当時浅田紡績株式会社の係長として一ケ月平均金一四九、三一二円の収入を得ていたのであるが、同人の向後における逸失利益は金八、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。
3 治療費 金一一、二三〇円
4 葬儀費 金三〇〇、〇〇〇円
5 雑費 金五〇、〇〇〇円
6 弁護士費用 金六〇〇、〇〇〇円
以上の損害合計金一三、九六一、二三〇円
五 損害の填補
右亡正一の損害に対し自賠責保険金五、〇〇〇、〇〇〇円の支給があつたので、これを控除すると右損害残は金八、九六一、二三〇円となる。
六 原告らの請求金額
原告舘みゆきは亡正一の妻として、またその余の原告らは亡正一の子として、それぞれ法定相続分の範囲内において、左の限度で被告ら各自に対して支払を求める。
原告舘みゆきは金二、七〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年一一月二六日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金。
原告舘正己、同舘勉、同前田勝子は各金一、八五〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年一一月二六日以降前同様年五分の割合による遅延損害金。
第三被告川久保の答弁並びに主張
一 請求原因一項事故発生の事実中事故の態様を争い、その余の事実を認める。
二 同二項の身分関係を認める。
三 同三項の帰責事由につき、被告川久保が加害車両の運行供用者であること及び同被告が自車から落下したビールかすを回収しないまま放置して立去つた過失のあることは認める。
四 同四項の損害のうち、慰藉料、治療費、葬儀費についての原告ら主張の損害額は認める。その余の損害は争う。
五 同五項につき、原告ら主張の自賠責保険金五、〇〇〇、〇〇〇円が原告らに支給されたことは認める。
六 同六項を争う。
七 被告川久保の主張
(1) 過失相殺の主張
本件道路は片側を五車線にも分けられるような幅員の広い道路であつて、亡正一の原動機付自転車が左側端通行帯を通行してさえいればなにも落下したビールかすに乗り入れてスリツプすることはなかつた筈であり、また亡正一が前方を注意しておればビールかすの存在に気付きこれを避けて原動機付自転車を通行させることができた筈である。
本件事故の重大な原因は、むしろ亡正一の左側端通行帯通行の義務違反並びに前方不注視の過失にある。
(2) 損益相殺(弁済)の抗弁
(イ) 亡正一の損害につき自賠責保険から原告ら主張の金五、〇〇〇、〇〇〇円のほかに、金一一、二三〇円の保険金が原告らに支給された。
(ロ) 原告舘みゆきは亡正一の死亡により、つぎのとおり厚生年金保険による遺族年金の支給を受けることになり、且つ現にこれを受領している。
昭和四九年六月二九日 金一〇八、四〇五円
同年八月一日 金六五、〇四三円
同年一一月一日 金七五、五一五円
以下毎年二月一日、五月一日、八月一日、一一月一日に各金七五、五一五円宛支給を受ける。
したがつて、昭和四八年一二月から亡正一が就労可能と思われる満六七歳に達する昭和五六年一月までの七年間に支給を受けられるであろう右遺族年金の合計額の現在価は金一、七二三、八二六円となり、この分は原告みゆきの損害賠償請求金額又は亡正一の逸失利益から損益相殺によつて控除さるべきである。
第四被告会社の答弁並びに主張
一 請求原因一項事故発生の事実は知らない。
二 同二項の身分関係についても知らない。
三 同三項の被告会社の帰責事由は否認する。
被告会社は加害車両の運行供用者でもなく、また被告川久保の使用者でもない。
四 同四項、五項は知らない。
五 仮りに本件事故につき被告会社に責任があるとするも、被害者亡舘正一にも過失があつた。
すなわち、事故現場の道路には車両通行帯が設けられてあり、被害者の原動機付自転車が道路の左側端から数えて一番目の車両通行帯を通行しなければならないのにこれに違反してわざわざビールかすの落ちている他の車両通行帯を通行し、しかも亡正一において前方を注意さえすればビールかすが落ちていることを容易に発見できたにもかかわらず不注意にもビールかすの落ちているところを通行した過失がある。
第五被告らの主張に対する原告らの答弁
被告らの過失相殺の主張を争う。
被告川久保の損益相殺の主張のうち、亡正一の死亡損害につき自賠責保険金五、〇一一、二三〇円の支給があつたことは認めるが、厚生年金保険による遺族年金に関する部分を争う。
第六証拠関係〔略〕
理由
一 事故の発生
成立に争いない甲第三号証、乙イ第一号証の一ないし一〇、同第二号証の一ないし一〇、同第三号証ないし第七号証によれば、原告ら主張の日時場所において、訴外舘正一の運転、南進する原告ら主張の原動機付自転車が被告川久保英良の運転するダンプカー(三河一さ四一六八号)から落下した水分を含む粘着性のあるビールかすに乗り入れたためにスリツプして転倒し、右正一が頭蓋底骨々折の傷害を受け、昭和四八年一一月二七日午前一時三五分死亡したことが認められる。
二 成立に争いない甲第一号証によれば、原告ら主張の身分関係の事実が認められる。
三 被告らの帰責事由
前掲乙イ第一号証の一ないし一〇、同第二号証の一ないし一〇、同第三号証ないし第七号証、証人川久保正紀の証言、被告川久保英良及び被告会社代表者近藤友三の各供述を綜合すると、つぎのような事実が認められる。
1 本件事故現場付近の道路は南北に通ずる幅員(車道)三七メートル、南進車道の幅員だけでも一七メートルもある広い道路(但し車両通行帯は設けられてない)で、見とおしが良く交通のひんぱんな道路であつた。被告川久保が昭和四八年一一月二六日午前一一時一五分頃ビールかすを積載したダンプカーを運転して右道路を南進してきたが、事故現場の手前(北方)約一〇メートル辺りからビールかすが荷台から落下しはじめ、同所から南にかけて南進車道のほぼ中央部分に幅約四・五メートル、長さ約七・八〇メートルにわたつて帯状に散乱し、そこを通行する車両がスリツプし易い状況になつた。但し、南進車道の左端から右ビールかすの散乱地帯まで約六メートルの間隔がありその間を車両が通行すれば一応スリツプの危険は避けられる状況にあつた。
被告川久保はビールかすの落下の途中にこれに気付き一旦ダンプカーを停めたが、停車した付近のごく一部のビールかすを回収しただけで、あとの散乱したビールかすは自然による乾燥、散逸にまかせそのまま放置して立去つた。
2 本件ダンプカーはもと被告会社が昭和四三年頃購入して所有しこれを同会社の運送業務に使用していたものであるが、昭和四五年一月頃、同会社は従業員で同会社代表者近藤友三の女婿でもある川久保正紀(被告川久保の兄)に譲渡し、正紀をして車両持込の専属運転手として稼働させていた。その後、昭和四八年九月頃、被告川久保が兄正紀から右ダンプカーを譲受け、それまでは被告会社の従業員運転手として同会社の運送業務に従事していたが、ダンプカーを持つようになつてからは兄正紀と同様被告会社に専属して稼働していた。
なお、本件事故当時右ダンプカーの所有名義は被告会社のままになつており、被告川久保は道路運送業の免許を受けていなかつた。
3 本件ビールかすは刈谷市の碧海酪農組合が乳牛の飼料として名古屋市内サツポロビール工場からもらい受けたもので、被告会社は右組合の注文によりその運搬を請負い、被告川久保は被告会社の注文、指示に従つてこれを運搬していた。
以上の事実からみると、ビールかすが路上に散乱し、そこを通行する車両がスリツプし易い危険な状況にあつたのに、そのビールかすを回収することなく放置して立去つた被告川久保には、同所通行の車両に対し適宜適切な安全措置をとる注意義務を怠つた過失のあることは云うまでもないが、本件ダンプカーの運行供用者としても本件事故による被害者に対して損害賠償をすべき責任がある。
そして又、被告会社はもともと従業員であつた被告川久保を車両持込み専属の運転手として稼働させ、従前と変りない外形のもとに運送業務に当らせていたものであるから、これを外形的にみるかぎり被告川久保の使用者ないしは本件ダンプカーの運行供用者とも認められ、本件事故による損害を賠償する責任がある。
四 亡正一の死亡による損害
(一) 治療費 金一一、二三〇円
弁論の全趣旨によれば、亡正一の本件事故時から死亡に至るまでの治療費として金一一、二三〇円を要したことが認められる。
(二) 葬儀費用 金三〇〇、〇〇〇円
同費用による損害については原告らと被告川久保の間に争いがなく、被告会社との間においても金三〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
(三) 逸失利益 金五、六三一、五〇七円
成立に争いない甲第一号証、同第二号証、同第五号証の一ないし四、浅田紡績株式会社に対する調査嘱託の結果を綜合すると、亡正一は大正三年一月二五日生れで本件事故当時五九歳一〇ケ月で訴外浅田紡績株式会社の嘱託(同会社の定年は五七歳であるが就業規則並びに同会社と亡正一との間に取交わされた覚書によれば六二歳まで嘱託として勤務することができた)として保全係長を勤め月平均金一四九、三一二円の収入を得ていたことが認められる。
そして、同人が事故死しなければ六二歳に達するまで右月額の収入を得、その後は同人の平均余命からみて少くとも六七歳まで右収入の八〇パーセントを得て稼働することができたものと思われる。
生活費の控除については、前掲甲第一号証によれば原告正己、同勉、同勝子ら三人の子はいずれも成人し、それぞれ配偶者を得て独立の生活をしており、扶養家族は妻のみであることが窺われ、なおそのほか亡正一の年齢、職業等を考え合わせると、その収入の四〇パーセントとするのが相当である。
以上を基準にして亡正一の死亡による逸失利益の現価をホフマン方式に従つて算出すると金五、六三一、五〇七円となる。
(イ) 六二歳まで 金二、一八〇、二六五円
149,312円×12×0.6×1.8614+149.312×2×0.6=2,180,265円
(ロ) 六二歳から六七歳まで 金三、四五一、二四二円
149,312円×12×0.8×0.6×(5.8743-1.8614)=3,451,242円
(四) 慰藉料 金五、〇〇〇、〇〇〇円
これについては原告らと被告川久保との間に争いがなく、被告会社との間についても亡正一の年齢・職業・家族関係並びに事故の状況等諸般の事情を斟酌するとき原告ら主張の金五、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
(五) なお、原告ら主張の雑費五〇、〇〇〇円の損害については、その内容、支出の明細を明にする資料がないのでこれを認めることはできない。
以上認容の各損害を合計すると金一〇、九四二、七三七円となる。
五 過失相殺
前記第三項に説示した事実関係によれば、ビールかすの散乱地帯から道路左端まで約六メートルの間隔があり、亡正一が道路の左側に寄つて通行すれば散乱したビールかすに自車を乗り入れることなく安全に通行できた筈であり、また見とおしの良い道路であつたから前方を注意すれば散乱しているビールかすの状況を容易に発見できたものと考えられるので、これらの事情を勘案すると前記被告川久保の過失も然ることながら亡正一にも左側通行並びに前方注視の義務を怠つた過失があるといわなければならない。
そこで、右亡正一の過失を斟酌し、その死亡による損害額を前記金一〇、九四二、七三七円から三〇パーセント減じた金七、六五九、九一六円と定めるのが相当と考える。
六 損益相殺
(イ) 亡正一の前記損害につき自賠責保険から金五、〇一一、二三〇円の支給があつたことは当事者間に争いがないので、これを控除すると右損害は残り金二、六四八、六八六円となる。
これを前記原告らの法定相続分に応じて按分すると、原告舘みゆきの相続による損害賠償請求金額は金八八二、八九五円、原告舘正己、同勉、同前田勝子のそれは各金五八八、五九七円となる。
(ロ) ところで、半田社会保険事務所に対する調査嘱託の結果によれば、原告舘みゆきが亡正一の死亡により厚生年金保険における遺族年金の受給権者として同年金支給の決定を受け、昭和四九年六月二九日に金一〇八、四〇五円、同年八月一日に金六五、〇四三円、同年一一月一日に金七五、五一五円、以下毎年二月一日、五月一日、八月一日、一一月一日に各金七五、五一五円宛支給を受けることとなつたことが認められ、同原告が失権その他特段の事由のないかぎり終生右年金を受けることができる。甲第一号証によれば同原告は大正九年七月二六日生れで、その余命年数は亡正一のそれより長いが亡正一の前記稼働可能年数、昭和五六年一月までの間における右原告の支給を受けられるであろう遺族年金額の現価をホフマン方式に従つて算出しても金一、七二三、八二六円となる。
(108,405+65,043+75,515)×0.9523+75,515×4×(5.8743-0.9523)=1,723,826
そして、右原告舘みゆきの遺族年金受給額の現価は、同原告の前記損害賠償請求額から損益相殺によつて差引くのが衡平の見地から相当と考えられるのであるが、以上の計算関係をみただけでも、右原告に関するかぎりその年金受給額の現価はその損害賠償請求額を優に上廻つていることが明らかである。
被告川久保は、右遺族年金を亡正一の逸失利益と実質上同質のものであるとし、受給権者以外の相続人(原告舘正己、同勉、同前田勝子)からも損益相殺によつて差引くべきである、と主張するようであるが、当裁判所としては右遺族年金の損益相殺は同年金受給権者についてのみ認めるのが相当と考える。
(ハ) そうすれば、原告舘みゆきは亡正一の死亡による損害につきもはや賠償請求をする余地はなく、原告舘正己、同勉、同前田勝子らは各金五八八、五九七円の損害賠償請求権を有する。
七 弁護士費用
前記損害認容額、損益相殺等の事情にてらし、本訴提起に伴う訴訟代理人に対する報酬等の損害として原告舘正己、同勉、同前田勝子につき各金六〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
八 結論
以上のとおり、被告らは各自原告舘正己、同勉、同前田勝子に対し各金六四八、五九七円及びこれに対する昭和四八年一一月二六日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、右原告らの本訴請求は右の限度で認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、原告舘みゆきの本訴請求はすべて理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 至勢忠一)