名古屋地方裁判所 昭和50年(ワ)706号 判決 1976年9月28日
名古屋市瑞穂区白砂町一丁目一一番地
原告
青山尚正
右訴訟代理人弁護士
野島達雄
同
大道寺徹也
同
打田正俊
右三名訴訟復代理人弁護士
在間正史
名古屋市天白区天白町大字島田字海老山二〇九〇番地
被告
青山好雄
右訴訟代理人弁護士
景山米夫
主文
一、被告は原告に対し別紙第一目録記載の各土地について遺留分減殺を原因とする持分二四分の一の持分移転登記手続をせよ。
二、被告は原告に対し金二七二万六六五一円およびこれに対する昭和五〇年四月三〇日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
三、訴訟費用は被告の負担とする。
四、この判決の第二項は、原告において金五〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
(原告)
主文第一ないし第三項同旨の判決ならびに第二項につき仮執行宣言。
(被告)
1 原告の請求はいずれもこれを棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
(請求原因)
1 原告は訴外亡青山政二(以下政二という。)、同亡青山かま(以下かまという。)の二男であり、被告はその間の長男であつて、他に政二、かま間の子には長女訴外鬼頭時子、三男訴外柘植正道がある。
2 政二は昭和四七年四月八日死亡し、その相続人は、配偶者であるかまおよびいずれも直系卑属である原、被告ら前項記載の四名の合計五名であつた。またかまは同年一一月二三日死亡し、同人の相続人は、いずれも直系卑属である原、被告ら前項記載の四名であつた。
3 別紙第一ないし第三目録記載の不動産(以下本件第一ないし第三の不動産という。)は、もと政二が所有していたところ、同人は昭和四六年五月二四日、これら不動産について持分三分の二を被告に、持分三分の一をかまに、それぞれ遺贈する旨の遺言をなしていたので、同人の死亡により右土地のうち持分三分の二は被告が、残余の三分の一はかまが取得し、昭和四七年九月二六日その旨の登記を経由した。
4 ところが、かまも昭和四七年一一月一五日、自己の右持分全部について、被告に遺贈する旨の遺言(以下本件遺贈という。)をなしていたので、同人の死亡により、右持分全部を被告が取得し、昭和四八年二月一三日その旨の登記を経由した。
5 これに先立ち、原告は被告に対し政二の遺産について同人の遺言により遺留分を侵害されたとして減殺請求の意思表示をなし、名古屋家庭裁判所昭和四七年(家イ)第一七一八号調停事件(以下前件調停事件という。)として調停が行なわれた結果、被告は原告に対し、被告が全部を取得することとなつた本件第二の土地の所有権を原告に移転して政二の遺贈による遺留分減殺に対する返還とし、昭和四八年五月一一日その旨の登記が経由された。
6 原告は12項記載の身分関係に基づき、遺留分としてかまの財産の八分の一の額を受けるべきである。
そしてかまが被告に遺贈した本件第一ないし第三の土地の持分三分の一は、かまの全財産であり、かまには負債はなかつたから、結局原告の遺留分は、本件第一ないし第三の土地につきかまの有していた右持分の八分の一にあたる右土地の二四分の一の持分となる。
7(一) しかして原告は前件調停事件中である昭和四八年四月一三日ころ、本件遺贈がなされている事実を知つたので、同年四月二七日開かれた右調停事件の期日において、次回調停期日を定めるため調停委員が席を外した時、原告は口頭で被告に対し、本件第一ないし第三の土地の二四分の一の持分につき遺留分減殺請求の意思表示をした。
(二) 仮にそうでないとしても原告は昭和四八年五月二〇日ころ、原、被告の叔父である代理人訴外青山萬拙を介し口頭でかまの遺産の八分の一について原告に返還するよう遺留分減殺請求の意思表示を重ねてなした。これに対し被告は返還義務あることは認めたが、「他の兄弟のこともあるし、父の遺産に関する遺留分として返還した土地については畦畔として三〇坪程余分にいつたこともあるので辛棒してくれ」というのみで話し合いが進行する見込がないことが同月三一日右訴外人の返答により判明した。
(三)(イ) そこで原告は被告を相手方とし、昭和四八年六月一日、名古屋家庭裁判所に対し、かまより被告への本件遺贈により遺留分を侵害されていることを理由として、前記割合の遺留分減殺請求の調停申立をなし、同庁昭和四八年(家イ)第七八四号事件(以下本件調停事件という。)として係属し、同年七月六日第一回期日が開かれ、被告は右期日に出頭し原告の減殺請求に対し法律上返還の義務あることを認めたが、その後難行し、一旦は返還についての具体案の作成までみたが成立にいたらず、昭和五〇年三月七日不調により終了した。
(ロ) そして右調停申立自体或いは調停申立後不調までの各期日における調停自体、原告の被告に対する遺留分減殺請求の意思表示によつて失効した遺贈の目的物の返還をめぐつてなされているものであるから、遺留分減殺請求権の行使にほかならない。
(四) 従つて原告は、本件第一ないし第三の土地につき、右減殺請求により二四分の一の持分を取得するにいたつた。
8 よつて原告は被告に対し本件第一の土地について遺留分減殺を原因として二四分の一の持分移転登記手続を求める。
9 被告は本件第二の土地所有権を、政二の遺産についての遺留分減殺請求に対する返還として昭和四八年五月原告に移転したので、右土地の二四分の一の持分については、原告に対しその価額を弁償しなければならない。
右の二四分の一の持分については、原、被告間において、政二の遺産についての遺留分減殺請求についての返還として本件第二の土地の所有権を原告に移転する際、かまの遺産についての遺留分返還の協議の中で解消する旨の合意がなされていたものであるから、右合意に基づいて右価額弁償の請求がなしうるものであり、そうでないとしても民法一〇四〇条の類推適用により当然原告は右の価額弁償の請求をなしうるものである。
仮に右主張が認められないとしても、原告の本件遺留分減殺の意思表示により遺留分侵害の限度で遺贈は効力を失なつたものであり、従つて本件第二の土地の二四分の一の持分については原告の所有となつたから、被告は右持分を政二の遺産についての遺留分減殺請求に対する返還として原告に移転することにより法律上の原因なくして右持分相当の債務を免れ利得したものであり、原告はこれにより右持分相当額の損失を被つたものである。よつて原告は被告に対し不当利得として右持分の価額の返還を求めうるものである。
しかして本件第二の土地の価額は総額で金三九七二万二〇〇〇円(別紙第二目録(一)の土地が金一七八七万二〇〇〇円、同目録(二)の土地が金八〇四万五〇〇〇円、同目録(三)の土地が金八三七万五〇〇〇円、同目録(四)の土地が金五四三万円)であり、その二四分の一は金一六五万五〇八三円である。
10 被告は、本件第三の土地を、公衆用道路として昭和五〇年二月二五日訴外名古屋市に売却したので、民法一〇四〇条の類推適用により、右土地価額の二四分の一の価額を原告に弁償しなければならない。
仮に右主張が認められないとしても、原告の本件遺留分減殺の意思表示により遺留分侵害の限度で遺贈は効力を失なつたものであり、従つて本件第三の土地の二四分の一の持分については原告の所有となつたから、被告は、右土地を訴外名古屋市に売却したことにより法律上の原因なくして右持分相当額の利得を得、これにより原告は右同額の損失を被つたものというべきである。従つて原告は被告に対し不当利得として右持分相当額の返還を求めうるものである。
しかして本件第三の土地の価額は総額で金二五七一万七六三五円(別紙第三目録(一)の土地が金五〇三万二九五〇円同目録(二)の土地が金二〇六八万四六八五円)であり、その二四分の一は金一〇七万一五六八円である。
11 よつて原告は被告に対し右10・11の合計金二七二万六六五一円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五〇年四月三〇日(または被告が悪意になつた後である同日)から支払ずみにいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金(または利息金)の支払を求める。
(請求原因に対する答弁)
1 請求原因1ないし4の事実は認める。
2 同5の事実中、原告主張の調停事件が名古屋家庭裁判所に係属して、調停が行なわれたこと、本件第二の土地につき原告主張の日に被告から原告への所有権移転登記が経由されたことは認めるが、その余の事実は争う。
3 同6の事実は認める。(但し原告が本件第二、第三の土地について遺留分減殺請求をなしうるとの点は争う。)
4 同7の事実中、(一)(二)の事実は否認する。(三)(イ)の事実は認めるが同(ロ)の主張は争う。同(四)の主張は争う。
5 同9の事実および主張は争う。
6 同10の事実中、被告が本件第三の土地を原告主張の日に名古屋市に売却したこと、本件第三の土地の右土地の価額が原告主張のとおりの額であることは認めるが、その余の事実および主張は争う。
(抗弁)
1(一) 原告の本訴請求中、本件第一の土地について持分移転登記を求める部分は、右請求が認容されたとしても、依然として、遺産共有状態が残り遺産分割(民法九〇六条)をしなければ最終的紛争解決にはならない。むしろ遺留分減殺請求の存否、効力等は、遺産分割審判の前提問題として判断すれば足り、本件の右請求のような持分移転登記請求は、訴の利益がないので、右訴を却下すべきである。
(二) また遺留分減殺請求は、遺留分の存否およびこれが存在する場合における割合の確定という権利を内容とするものであり、遺留分減殺請求を理由として金銭の給付を求める訴は不適法で許されないものである。
2(一) 本訴請求中、金銭給付請求部分については、原告は民法一〇四〇条を根拠として掲げるが、右条項は受贈者に対する減殺請求の規定であるところ、本件被告は、受贈者ではなく受遺者であるから、右条項の適用はなく、従つて右金銭給付請求部分については、条文上の根拠がないことになる。
(二) 次に本件第二の土地については、原告が被告から右土地を取得した当事者であり、民法一〇四〇条の「他人」には該らないので、右条文により右本件第二の土地について価額弁償を求めることはできない。また原告自身が右土地の所有権を取得している以上、減殺請求して返還を受けるまでもなく、原告は既に目的を到達しており、減殺請求を認める必要がない。もし原告主張のような価額弁償を求めるとすれば、原告に二重の権利行使を認めることになつて相当ではない。
(三) 次に本件第三の土地については、被告が名古屋市に右土地を売却したのが、昭和五〇年二月二五日であるから、原告主張の遺留分減殺請求の意思表示がなされたと仮定しても、その時期は右譲渡の日よりも前であつたことは明らかである。そしてこのように減殺請求後における目的物の第三者への譲渡については民法一〇四〇条の適用はない(最判昭和三五年七月一九日民集一四巻九号一七七九頁)。
3(一) 原告は、かま死亡の日である昭和四七年一一月二三日、右死亡の事実および減殺すべき本件遺贈のなされている事実を知つたものであるから、原告の遺留分減殺請求権は、昭和四八年一一月二三日の経過により時効によつて消滅した。
仮に原告が右の時期に本件遺贈のなされた事実を知らず、これを知つたのが原告主張のように昭和四八年四月一三日ころとしても、原告の遺留分減殺請求権は昭和四九年四月一三日ころの経過により時効によつて消滅した。
(二) 仮に遺留分減殺請求権が時効により消滅していないとしても、民法一〇四二条は減殺請求権とその行使によつて生ずる返還請求権を一体として一年の消滅時効にかかることを規定したものと解すべきところ、原告が本件遺贈を知つたのは、前記のとおり昭和四七年一一月二三日であり仮にそうでないとしても昭和四八年四月一三日ころであり、従つて右の時期から一年の経過により、減殺請求権の行使により原告に帰属した返還請求権は時効により消滅した。もつとも原告は上記のとおり昭和四八年六月一日名古屋家庭裁判所に対し調停申立をなしているが、調停はそれ自体では時効中断の効力はなく、右調停不調の日から二週間以内に本訴が提起されていないことも明らかであるから、右調停申立も時効の完成を妨げるものではない。
4 本件第二の土地は昭和四八年四月ころ、原、被告らの父政二の遺産分割により原告所有となつたものであるところ、右土地のうち持分二四分の一については、かまの遺産に対する原告の遺留分部分が含まれていた。そして仮に原告がかまの被告への本件遺贈につき遺留分減殺請求をしたとするならば、その結果、政二の遺産分割は右二四分の一の持分の部分につき無効となる。右政二の遺産分割は有償契約と解することに異論をみないので、民法五六三条、五六四条または五六六条の準用により被告は担保責任を負うことになるけれども、原告は政二の遺産分割の当時(昭和四八年四月)、本件第二の土地のなかに、かまの遺産に対する原告の遺留分部分が含まれていることは、熟知していたものであるから、右の時から一年の経過により右担保責任は時効により消滅した。よつて原告は担保責任も追求できない。
5(一) 本件第二の土地については、原告が昭和四八年四月に被告からこれを取得する際、原、被告間に、右土地の部分につき、本件遺留分減殺請求(かまの被告への遺贈に対する減殺請求)はしない旨の暗黙の合意があつた。
(二) 仮にそうでないとしても、原告は、右時点において、右範囲において遺留分減殺請求権を放棄した。
(三) 仮にそうでないとしても、右土地につき、原告はこれを自己所有にしながら、更にその後遺留分減殺請求権を行使することは、信義誠実の原則に反し、権利の濫用であつて許されない。
(抗弁に対する答弁)
1 抗弁1(一)(二)の主張は争う。
2 同2(一)ないし(三)の主張も争う。
3 同3(一)の事実中、原告がかまの死亡の事実を被告主張の日に知つたことは認めるが、本件遺贈を昭和四七年一一月二三日に知つたことは否認する。原告が右事実を知つたのは昭和四八年四月一三日ころであり、原告は請求原因7記載のとおり右の時期から一年を経過しない時期に遺留分減殺請求権を行使しており、被告の消滅時効の主張は理由がない。
4 同3(二)の主張も争う。
5 同4の主張も争う。
6 同5(一)ないし(三)の事実は否認する。
第三 証拠(省略)
理由
一、先ず本案前の抗弁(抗弁1(一)(二))について判断する。
被告は、本件請求中、本件第一の土地について持分移転登記を求める部分は、訴の利益がない旨主張する(抗弁1(一))が、その理由とするところは、必ずしも明らかではないが、本件訴訟による解決では、本件第一の土地について共有状態が残存することになるから、このような状態を招来する解決は、最終的解決にはならないので、右のような状態を招来させる本件請求は訴の利益がなく、遺留分減殺請求の存否、効力等に争いがあつても、それは遺産分割審判の前提問題として判断すれば足り、独自の訴訟判断事項にはならないというにあるものと思われる。たしかに、遺留分減殺請求権は形成権であり、本件のように一個の遺贈により遺贈者の全所有物件が処分され、その一部の割合に遺留分侵害が存する場合には、減殺請求の意思表示により、そのすべての物件についてそれぞれに遺留分の割合に応じてその持分権が減殺者に移転し、右各物件につき右各割合による共有関係が生ずるものと解される。従つて右のような共有状態を解消するためには、共有物分割の協議をするか協議が整わない場合には共有物分割訴訟により解決せざるをえない((なお本件のように遺産の全部が遺贈され、遺贈物件以外に遺産がない場合には、共同相続人相互間においても、右のような共有状態を解消するためには、遺産分割の協議、審判によるのではなく共有物分割の協議、訴訟によるべきものと解される))けれども、当事者において共有関係の解消を欲しなければ共有状態のまま存続させることも可能であつて、本件のように遺留分減殺請求の結果移転した持分について移転登記を求めることも、十分に紛争解決機能を果すものというべく、右のような請求訴訟が、紛争解決にならないという見解は根拠がない。のみならず、被告の遺産分割等の前提問題として判断できる事柄については独自の訴訟判断事項とならないとの主張は、独自の見解であつて、到底採用の限りではない(遺産分割の前提問題たる遺産の存否、範囲に争いがあれば、その点の確定がそれだけで独自の訴訟判断事項となることは、学説、判例上異論のないところである。)。以上の次第で本件第一の土地についての持分移転登記訴訟が訴の利益を有しないとの被告の主張は理由がない。
次に被告は遺留分減殺請求を理由として金銭の給付を求める訴は許されないと主張する(抗弁1(二))が、独自の見解であつて到底採用できない。
二、そこで本案について判断する。
請求原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。
また原告主張の前件調停事件が名古屋家庭裁判所に係属して調停が行なわれたこと、本件第二の土地につき昭和四八年五月一一日、被告から原告への所有権移転登記が経由されたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に成立に争いのない甲第六号証と原告、被告(後記措信しない部分を除く)各本人尋問の結果を総合すると、請求原因5の事実が認められ、被告本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は右認定に供した各証拠に照らしたやすく措信しがたく乙第一号証の一ないし四も原告本人の供述と対比すると、右認定を左右するに足りるものではなく、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
三 かまが被告に遺贈した本件第一ないし第三の土地の持分三分の一はかまの全財産であり、かまには相続人において支払うべき負債がなかつたことは当事者間に争いがなく、右事実と上記争いのない身分関係によると、原告は、その主張のとおり、遺留分として、かまの全財産の八分の一の額を受けるべきことが明らかである。
四 そこで原告の遺留分減殺請求の意思表示の存否、時期について考える。
先ず原告は、昭和四八年四月二七日の前件調停事件の期日において次回調停期日を定めるため調停委員が席を外した時、原告は口頭で被告に対し、本件遺贈につき遺留分減殺請求の意思表示をした旨主張し、原告本人は右主張に副う供述をするが、これを裏づけるに足る資料はなく、右供述は被告本人の供述に照らしてにわかに措信しがたく、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
そこで次に原告が昭和四八年五月二〇日ころ、原、被告の叔父である青山萬拙を介し口頭で被告に対し本件遺贈につき遺留分減殺請求の意思表示をなした旨の主張について判断するに、前掲甲第六号証と成立に争いのない甲第三号証に原告本人の供述を総合すると、原告は、前件調停事件の昭和四八年四月一三日の調停期日において、調停委員からかまの遺産(本件第一ないし第三の土地についての持分各三分の一)がどのようになつているかを登記簿について調査するよう勧告されて、登記簿を閲覧したところ、右のかまの遺産(持分)につき既に被告名義に移転登記がなされていることを知り、かまが本件遺贈をなしたことを知つてそのころ調停委員に右事実を伝えたこと、政二の遺産に関する遺留分減殺についての話し合いは、同年五月四日の調停期日までに、原、被告間において本件第二の土地所有権を原告に移転して遺留分減殺に対する返還とする旨の合意が成立したため、右調停期日において原告は前件調停事件を取下げたこと、右期日において、原告は調停委員に対し引続いてかまの遺産の件についても調停をすすめるよう申出をしたが、調停委員から改めてかまのなした遺贈について遺留分減殺請求の調停申立をするよう教示され、それに従うこととしたこと、原告は、本件調停の申立に先立ち、同年五月中旬ころ、青山萬拙方に赴き、かまのなした本件遺贈についての遺留分につき被告と交渉してほしい旨依頼しておいたところ、同月末ころ、右青山萬拙から、被告からの回答として、原告に対する政二の遺産の分け前が約三〇坪余分になされているので、かまの遺産を請求することは遠慮してほしい旨の原告の遺留分減殺請求を拒否する趣旨の回答が伝えられたこと、そこで原告は、やむなく、昭和四八年六月一日名古屋家庭裁判所に対し被告を相手方として本件調停の申立をしたことが認められ、被告本人の供述中、右認定に抵触する部分は、右認定に供した各証拠に照らし、たやすく措信しがたく、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。右認定事実によれば、原告は、昭和四八年五月中旬ないし下旬ころ、青山萬拙を介して口頭で本件遺贈につき遺留分減殺請求の意思表示をなしたものというべきである。
のみならず請求原因7(三)の事実は当事者間に争いがない。そして原告主張の遺留分減殺請求の調停申立は、原告がかまの遺産についての遺留分を有することを前提として、本件遺贈により原告の遺留分が侵害されていることを理由として裁判所に対し被告を相手方とする減殺の調停を申立てるというものであるから、右調停申立は、純然たる私法上の行為であるとはいえないけれども、右申立中には、本件遺贈に対する原告の遺留分減殺の意思表示が含まれているものと解される。もつとも右意思表示は減殺の相手方である被告に対し到達したときにはじめて効力を生ずるものであることはいうまでもないが、成立に争いのない甲第二号証の一と被告本人尋問の結果を総合すると、被告は遅くとも昭和四八年九月一〇日の本件調停事件第二回期日には、調停委員を通じて、原告が被告に対し本件遺贈について遺留分減殺請求の調停を申立てていることを知らされていることが認められるので、遅くとも右の時期には原告の減殺請求の意思表示は被告に到達したものというべきである。
五(一) そうすると原告は本件第一ないし第三の土地につき右減殺請求により二四分の一の持分を取得すべきである。
(二) よつて被告は原告に対し本件第一の土地について遺留分減殺を原因とする二四分の一の持分移転登記手続をなす義務がある。
(三) ところで、原、被告各本人尋問の結果によると、本件第二の土地所有権は、右の遺留分減殺請求の意思表示以前の昭和四八年五月上旬ころまでに政二の遺産についての遺留分減殺請求に対する返還として被告から原告に移転したことが認められるので、被告は民法一〇四〇条の類推適用により、原告に対し右土地の二四分の一の価額を弁償すべき義務がある。
被告は、民法一〇四〇条は、受贈者に対する減殺請求の規定であつて、被告のような受遺者には、適用がない旨主張する(抗弁2(一))けれども、遺贈の場合にも贈与の場合と別異に解すべき合理的理由は見出しがたく、右条項が遺贈の場合を規定していないのは、遺贈の場合に右条項の適用を廃除する趣旨ではなく、減殺前に遺贈の目的物の譲渡等が行なわれるのは稀であることなどからあえて規定されなかつたにすぎないものと解され、遺贈の場合にも右条項を類推適用すべきものと解する。
次に抗弁2(二)の主張について考えるのに、民法一〇四〇条の「他人」とは受贈者または受遺者以外の者を指すものであつて減殺請求権者であつても右他人に該当することは明らかであるし、また原告が減殺請求当時既に本件第二の土地の所有権を被告から譲渡されているとはいつても、前記認定のように政二の遺贈に対する遺留分減殺請求に対する返還として右土地所有権が譲渡されたものにすぎず、(換言すれば被告は右土地所有権を譲渡することにより他の減殺対象物の返還を免れたこととなる)、本件第二の土地中のかまの持分三分の一についてなされた本件遺贈について、原告が、減殺請求権を有することは明らかであり、右土地につき前記のような価額弁償を認めても、原告に二重の権利行使を認めることにはならないことも明白である。
そして鑑定人野崎優の鑑定の結果(第一、二回)によると、相続開始時である昭和四七年一一月二三日当時の本件第二の土地の価額が原告主張のとおりの額(合計金三九七二万二〇〇〇円)であることが認められるから、その二四分の一は金一六五万五〇八三円になることは計数上明らかである。
よつて被告は原告に対し本件第二の土地の二四分の一の持分の現物返還に代る価額弁償として右金額およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが明らかな昭和五〇年四月三〇日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
(三) 次に被告が本件第三の土地を昭和五〇年二月二五日、公衆用道路として名古屋市に売却したことは当事者間に争いがなく、その旨の登記が経由されていることは弁論の全趣旨により認められる。
従つて原告は、本件遺留分減殺請求の意思表示により本件第三の土地について取得していた二四分の一の持分を、被告の名古屋市への売却により法律上の原因なくして失つたものであり、被告は右持分相当額の利得を得たものであるから、被告は原告に対し不当利得として右持分相当額を返還すべきである。
しかして本件第三の土地の売却時点における価額が原告主張の額(総額金二五七一万七六三五円)であることは当事者間に争いがなく、右金額の二四分の一が金一〇七万一五六八円であることは計数上明らかである。
よつて被告は原告に対し不当利得の返還として右金額およびこれに対する被告が悪意になつた日の後である昭和五〇年四月三〇日から支払ずみにいたるまで民事法定利率年五分の割合による利息金を支払う義務がある。
六 そこで被告の消滅時効の抗弁(抗弁3(一)(二))について判断するに、上記認定のように原告は遅くとも昭和四八年九月一〇日(相続開始後一年以内である)ころまでに遺留分減殺請求の意思表示をなしたものであるから、被告の消滅時効の抗弁3(一)は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
次に3(二)の主張について考えるに、遺留分減殺請求権は形成権であり、必ずしも裁判上の請求によることなく、一旦減殺の意思表示がなされた以上、それにより法律上当然に効力を生じ、右減殺請求権の行使の結果生ずる返還請求権が、右の形成権とは別個に消滅時効にかかるものではない。よつて被告の右抗弁はいずれも理由がない。
七 次に抗弁4について判断するに、原告は政二の遺産については遺留分減殺に対する返還として取得した本件第二の土地の譲渡が一部について無効であるとして担保責任を追及しているものではなく、かまの遺産についてなされた本件遺贈に対する遺留分減殺請求をなし、その効果としての目的物返還にかわる価額弁償の請求をしているものであるから、被告の主張はその前提を欠き失当である。
八 更に抗弁5(一)ないし(三)について判断する。
まず5(一)については、被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。却つて原、被告各本人の供述を総合すると、政二の遺産についての遺留分減殺につきなされた前件調停事件の際、調停委員から、本件第一ないし第三の土地中に含まれているかまの持分について、かまの遺産として、政二の遺産に関する協議、調停と合せて処理するよう勧められたが、被告がかまの遺産分については別途に解決することを主張したため、まず政二の遺産分についてのみ協議により解決されたものであることが認められ、原告本人の供述によると、その際原、被告間では、本件第二の土地中に含まれているかまの遺産分については後日清算する旨の了解があつたことが認められ、被告本人の供述中右認定に抵触するようにみえる部分は措信しがたい。
次に5(二)の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
更に5(三)の主張について考えるに、上来認定の本件第二の土地を、政二の遺産についての遺留分減殺に対する返還として原告が被告から取得した経緯よりすれば、原告が自己所有となつた本件第二の土地分についても遺留分減殺請求権を行使し、現物返還に代る価額弁償の請求をなすことは、信義誠実の原則、権利の濫用となるものではなく、その他原告の右請求が信義誠実の原則、権利の濫用となることを認めるに足りる事実を証するに足りる証拠はない。
よつて被告の右抗弁はいずれも理由がない。
九 そうすると原告の本訴請求はすべて理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。
別紙
物件目録
第一目録
(一)名古屋市天白区天白町大字島田字海老山二〇五六番の一
畑 三四〇平方メートル
(二)同所同番の二
宅地 三九・二七平方メートル
(三)同所二〇八五番
畑 一七一平方メートル
(四)同所二〇八六番
畑 一一九平方メートル
(五)同所字坂ノ下二八八六番
田 四九五平方メートル
(六)同所二九一〇番
田 二九四平方メートル
(七)同所二九一四番
田 七九三平方メートル
(八)同所字下山畑二三八七番
畑 一一九平方メートル
(九)同所二四〇一番
畑 二一八平方メートル
(一〇)同所字下林二九六二番
畑 八九平方メートル
(一一)同所同番の一
畑 四六平方メートル
(一二)同所二九七三番
畑 四二平方メートル
(一三)同所同番二
畑 九六一平方メートル
(一四)同所二九九一番
田 五四五平方メートル
(一五)同所字海老山二二三五番
畑 六四七平方メートル
(一六)同所二二三七番一
山林 五六平方メートル
(一七)同所字黒石三七八五番の六
畑 六二一平方メートル
(一八)同所同番の七三
畑 五九平方メートル
(一九)同所同番の六二二
畑 二〇四平方メートル
(二〇)同所同番の六三五
畑 五〇二平方メートル
(二一)同所字海老山二〇八八番
畑 一二五平方メートル
(二二)同所二〇八九番
畑 八二平方メートル
(二三)同所二〇九〇番
宅地 七七〇・二四平方メートル
(二四)同所二〇九一番
藪 一三八平方メートル
(二五)同所二一〇八番
畑 一四二平方メートル
(二六)同所二一一五番
畑 五五二平方メートル
(二七)同所二一二一番の一
畑 一一五平方メートル
(二八)同所同番の二
山林 一三八平方メートル
(二九)同所同番の三
畑 一一五平方メートル
(三〇)同所二一四二番の一
田 九二二平方メートル
(三一)同所同番の三
田 一三五平方メートル
(三二)同所字保呂三二九八番
田 二七七平方メートル
(三三)同所三二九九番
畑 四六九平方メートル
(三四)同所三三七七番
畑 一五五平方メートル
(三五)同所字南屋敷二五七五番
田 一八一平方メートル
(三六)同所二五七七番
田 六五七平方メートル
(三七)同所字下間曾二七四二番
畑 一五二平方メートル
(三八)同所字曲尺手三二六八番
田 五〇九平方メートル
(三九)同所三二七五番
畑 四九平方メートル
(四〇)同所同番一
田 二六平方メートル
(四一)同所字保呂三三八四番
畑 一九一平方メートル
(四二)同所同番一
畑 二五七平方メートル
第二目録
(一)名古屋市天白区天白町大字島田字黒石三七八五番三六二四
山林 七三一平方メートル
(二)同所字下間曾二七六二番
田 三一七平方メートル
(三)同所字下林二九五九番
田 三九六平方メートル
(四)同所字海老山二二〇七番
山林 二一四平方メートル
第三目録
(一)名古屋市天白区天白町大字島田字海老山二一九九番
公衆用道路 一一五平方メートル
(二)同所二二三七番二
公衆用道路 四七五平方メートル