名古屋地方裁判所 昭和50年(行ウ)13号 判決 1977年8月29日
名古屋市中村区亀島一丁目九〇九番地
原告
鈴木純二
右訴訟代理人弁護士
蜂須賀憲男
同
今井重男
同
稲垣清
名古屋市中村区牧野町六丁目三番地
被告
名古屋中村税務署長
右指定代理人
前蔵正七
同
下畑治展
同
森重男
同
平松輝治
同
内藤久寛
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立
(原告)
被告が昭和四八年一二月一一日付で原告の被相続人鈴木正次郎の昭和四七年分所得税についてした更正及び過少申告加算税賦課決定の各処分のうち、総所得金額六七万三、八二八円還付金の額に相当する税額二万七、一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
(被告)
主文と同旨の判決
第二主張
(原告)
請求原因
一 亡鈴木正次郎(以下「正次郎」という。)は、被告に対し、法定期限までに次のとおり昭和四七年分所得税の確定申告をした。
(1) 総所得金額 六七万三、八二八円
(2) 還付金の額に相当する税額 二万七、一〇〇円
二 これに対し、被告は、昭和四八年一二月一一日付で次のとおり更正及び過少申告加算税賦課決定をなし、そのころその旨を正次郎に通知した。
(1) 更正処分
総所得金額(不動産所得) 六七万三、八二八円
特別控除後の長期譲渡所得金額 一、七四六万三、〇〇〇円
納付すべき税額 二五九万二、三〇〇円
(2) 過少申告加算税額 一三万〇、九〇〇円
三 正次郎は、これに対し、昭和四九年一月八日被告に異議申立をしたところ、被告は同年四月四日付で棄却の決定をした。
四 その後、正次郎は同年二月二五日に死亡し、原告ほか三名が正次郎の相続人となったので、原告は同年五月二日国税不服審判所長に審査請求をなした。同所長は同年一二月一八日付で棄却の裁決をなし、昭和五〇年二月八日ころその裁決書の騰本は原告に送達された。
五 しかしながら、正次郎の所得金額は前記確定申告のとおりであり、本件更正処分中右金額を超える部分は所得を過大に認定した違法があるので、本件更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の取消を求める。
(被告)
請求原因に対する認否
請求原因一ないし四の事実は認め、同五の事実は争う。
本件課税処分の経緯、内容
一 正次郎は、昭和四七年分の所得税につき、昭和四八年三月一五日、別紙課税処分表の確定申告欄記載のとおりの数額により、確定申告書を被告に提出した。
二 被告は、調査の結果、正次郎が昭和四七年中に共生印刷株式会社に対して譲渡したと認められる土地等についての譲渡所得が申告洩れであることが判明したので、同表更正欄記載のとおり更正及び過少申告加算税賦課決定をなし、昭和四八年一二月一一日付で正次郎に通知した。
譲渡所得の発生原因
一 原告らの父、正次郎は、昭和四七年二月一五日、共生印刷株式会社との間で、別紙目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を総額一、九四四万円で譲渡する旨の売買契約(以下「本件契約」という。)を締結し、同月一六日その旨の所有権移転登記を経由し、そのころ代金全額の支払を受けた。
二 仮りに、右本件契約が、正次郎の関知しない間に締結されたものであるとしても、この契約は正次郎の次男 鈴木郁郎(以下単に「郁郎」という。)、長女・今川好、次女・鈴木尚子らが正次郎の代理人としてこれを締結しているのであり、正次郎は右のようにして締結された本件契約をその後追認した。すなわち、正次郎は、(一)郁郎らに対して本件契約を容認する旨申し述べ、(二)本件契約締結当時、郁郎が無断で正次郎所有の他の不動産をも売却したのに、それに伴う地上物件の移転補償金を異議なく受取り、(三)正次郎の遺言証書では遺贈財産から本件不動産を除外しており、(四)本件処分に対して不服申立の意思もなかった。これらの事実を総合すれば正次郎が本件契約を追認したことが明らかである。
三 右の譲渡は、所得税法三三条一項に規定する譲渡所得の基因となる資産の譲渡に当る。
譲渡所得は、資産の利益が当該資産そのものの値上りという形で発生し、それが所有者に帰属しているから、譲渡等の行為により顕在化したときは、その資産の増加益である所得について、その時の所有者に課税するというのが基本理念である。従って、正次郎が売買代金を直接受領したか否かによって譲渡所得発生の有無が左右されるものではない。本件売買代金のうちには郁郎個人が費消したものがあったかもしれないが、仮にそうだとしても、右売買代金は、正次郎経営のメリヤス事業のために生じた債務の弁済にも充当され、また、正次郎を含む家族の生活費にも充てられているのであるから、正次郎に全く経済的利益がなかったわけではない。
なお、仮に譲渡の原因となる売買契約が法律上無効であったとしても、そのような社会的事実があり、それに伴って現実に経済的利益が得られている場合には、その利益の限度においては、所得税法上の所得は発生しているものと解すべきである。
四 譲渡所得の金額の計算
<1> 譲渡収入金額 一九、四四〇、〇〇〇円
<2> 取得費(昭和二六年一一月七日取得。租税特別措置法(昭和四七年法律一四号改正前)三一条の二により収入金額の一〇〇分の五) 九七二、〇〇〇円
<3> 譲渡に要した費用(収入印紙代) 五、〇〇〇円
<4> 長期譲渡所得の金額 一八、四六三、〇〇〇円(<1>-<2>-<3>)
<5> 特別控除額 一、〇〇〇、〇〇〇円
<6> 課税長期譲渡所得金額 一七、四六三、〇〇〇円(<4>-<5>)
以上のとおりであるから、本件処分に違法はない。
(原告)
被告の主張に対する認否
被告主張の「譲渡所得の発生原因」につき、一のうち、その主張の登記が経由されていることは認めるがその余は否認する。二のうち、追認の事実は否認する。同項の(一)の事実は否認し、(二)のうち無断売却、補償金受領の事実は認めるが、これは追認の趣旨ではない。正次郎としては土地を失った上補償金までも郁郎にとられるのを防ぐためであつた。同(三)の事実は認めるが、これも追認の趣旨ではない。公証人より、正次郎の名義になっていない不動産は遺贈の対象として公正証書に記載できないと指摘されたために過ぎない。同(四)の事実は否認する。原告は正次郎の承諾を得て異議申立をしたのである。三の事実は争う。
原告の主張
本件契約は、正次郎が全く関知しない間に、正次郎の次男・郁郎、長女・今川好、次女・鈴木尚子が正次郎の代理人名義を冒用して締結したものである。
正次郎が本件契約を追認したことはないし、売買代金を受取ったこともない。そして、本件売買代金は郁郎らがもっぱら自己のために遊興資金その他の用途に費消したものである。
このように、正次郎は本件契約を締結したこともなく、経済的利益も全く享受していないのであるから、いかなる意味でも正次郎に譲渡所得は発生していない。正次郎は単なる名義人に過ぎず、実質的に所得を得たのは郁郎らである(所得税法一二条)。
(被告)
原告は、所得税法一二条を指摘して、正次郎に所得が発生していないと主張するけれども、正次郎は本件不動産の登記簿上の所有名義人であるのみならず、真実の所有者であったのであるから、単なる名義人でないことは明らかであり、本件において正次郎のために同法条の摘用せられる余地はない。
第三証拠
(原告)
一 甲第一ないし四号証、第五号証の一・二、第六ないし一一号証、第一二号証の一・二、第一三号証、第一四号証の一・二、第一五号証の一ないし九、第一六ないし二〇号証、第二一、二二号証の各一・二を提出。
二 証人鈴木郁郎の証言、原告本人尋問の結果及び検証(録音テープ)の結果を援用。
三 乙第一ないし第八号証の成立はいずれも不知、第九、一〇号証の成立は認める。
(被告)
一 乙第一ないし第一〇号証を提出。
二 証人鈴木郁郎、同鈴木みさおの各証言を援用。
三 甲第五号証の一・二、第六ないし一一号証の成立はいずれも不知、その余の甲号各証の成立は認める。
理由
一 請求原因一ないし四の事実及び本件不動産につき正次郎から共生印刷株式会社に対し昭和四七年二月一五日売買を原因とする所有権移転登記が経由されていることは、当事者間に争いがない。
また、本件課税処分の経緯、内容が別紙課税処分表記載のとおりであることは原告の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。
二 被告は、主位的に、正次郎が自ら本件不動産を共生印刷株式会社に売却する旨の売買契約(本件契約)を締結した、と主張するけれども、その事実を認めるに足る証拠はない。
次いで、被告は右本件契約について無権代理人による売買契約の締結とこれに対する本人(正次郎)の追認を主張する。
証人鈴木郁郎の証言、同証言により写としての成立を認められる乙第一号証、検証(録音テープ)の結果によれば、郁郎は実姉の今川好、鈴木尚子と相談のうえ、昭和四七年二月一五日、正次郎に無断で正次郎の代理人であると称して正次郎所有の本件不動産を代価一、九四四万円で共生印刷株式会社に売却したことが認められる。そうすれば郁郎の右売買契約締結行為は無権代理行為というべきである。
三 そこで、この契約に対する正次郎の追認の有無について検討するに、成立に争いのない甲第二、三号証、第一六ないし第二〇号証、乙第九、一〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第八号証、証人鈴木郁郎、同鈴木みさおの各証言、検証の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 郁郎は、前示売買契約締結後の昭和四七年中に、正次郎に対し本件不動産売却の事実を打明け、「密教食の販売を準備しているから、そのうちにもうけて取返す。」旨を伝えたところ、正次郎は郁郎に対し「がんばってくれよ」と話していた。
また、正次郎は、昭和四八年五月二〇日、実妹・鈴木みさおに対し「郁郎にこの跡を継がせるつもりで家のことを全部任せておいたら、わしの知らん間に工場の下の土地を前部売つてしまった。郁郎は商売が下手だからどうしようと思ったんだけれども、やらせないわけにはいかんし、気の付いたところは注意してやらせておったんだが、とんでもないことをやってしまつた。」「わしは売ったものは仕方がないと思っている。郁郎が交通事故で人をひいたら一、〇〇〇万円の金はどうしても要るんだから、そういうことを思えばなあ。ここは市の遊園地になる。遊園地になればここの人にも喜んでもらえるし、世間体もいいし、ここに大きなビルでも建てられたらそれこそ困る。」と話しており、本件土地を取戻したい旨の話は一切していなかった(本件土地は最終的には名古屋市が買収して遊園地とした。)。
また、正次郎は、昭和四九年一月九日、原告及び稲垣弁護士との対話において、「買戻しゃいいでよというふうに郁郎さんが言っておったですか。」との問に対し、「私がね、金が要るときには要るもんやで、何も売ったてな、又買戻せやなにももともとやでっちって、私が言ったで、まあそれを売り言葉に買い言葉でやったんやないかしらと思います。」と答えている。
2 郁郎は本件不動産の売却に続き、本件不動産に隣接する正次郎所有の土地を正次郎に無断で名古屋市に遊園地予定地として売却したが、正次郎は、その地上物件の移転工事を容認し、移転補償金の支払いについては名古屋市に対して、東海銀行則武支店の自己名義の預金口座に振込みを依頼し、昭和四八年一〇月一九日、六一三万九、三〇〇円の振込みを受けた。
3 正次郎は、昭和四九年一月二四日、自己の財産を遺贈するため遺言公正証書を作成して貰ったが、右証書には、名古屋市中村区亀島町一丁目二六番はじめ数筆の土地建物を原告に遺贈する旨、郁郎、今川好、鈴木尚子には一切の財産を遺贈しない旨記載され、本件不動産は遺贈財産から除外されている。
4 本件課税処分に対しては、正次郎代理人鈴木純二名義で異議申立がなされたが、国税通則法一〇七条三項によれば代理権を証する書面を提出しなければならないのに、その提出がなく単に戸籍抄本が提出されているにすぎない。
以上の事実が認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲諸証拠に照らし措信し難く、他にこの認定を覆すに足る証拠はない。
また、検証(録音テープ)の結果によれば、正次郎は、本件不動産の売却事実を知って郁郎らの態度に憤概しながらも、訴訟の提起等については、積極的でなく、長男である原告がどうしてもこれを行うというのであれば、あえて反対はしないという程度の気持であって、積極的に買受人である第三者に対し契約の無効などを理由に本件不動産の返還を求めるほどの意思はなかったことが認められる。
以上認定の事実を総合すると、正次郎は本件契約について郁郎のなした無権代理行為を追認したものと認めるのが相当であり、その効力は本件契約時に遡ることとなる。
四 原告は、本件売買代金は郁郎らが自己のために費消してしまい、正次郎はこれを受領したこともなく、経済的利益を全く享受していないのであるから正次郎に譲渡所得が発生する余地はない、と主張する。
ところで、譲渡所得に対する課税の本旨は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものである(最高裁昭五〇・五・二七判決参照)。そして、その譲渡所得金額の計算は、総収入金額から取得費、譲渡費用等を控除した金額とし(所得税法三三条)、その計算上総収入金額に算入すべき額は、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の額)とされている。(同法三六条一項)。
これを本件についてみれば、本件契約は前示のとおり正次郎によって追認されたのであるから、正次郎はその所有する本件不動産を有効に他に譲渡したものであり、そこに増加益のある以上正次郎には譲渡所得が発生しているのである。正次郎が本件売買代金を現実に受領したか否かは直接問うところではない。
そして、本件売買代金一、九四四万円(証人鈴木郁郎の証言及びこれにより成立の認められる乙第三号証によれば、本件売買代金一、九四四万円は郁郎が昭和四七年二月一八日ころまでに全額受領した。)については、本件契約が追認された以上、本件不動産の買主である共生印刷株式会社から正次郎に支払われるべき性質のもの(前示のとおり、この代金は正次郎の代理人として追認された郁郎によって買主・共生印刷株式会社からすでに受領されているのであるから、郁郎から本人たる正次郎に当然引渡さるべきもの)であるから、この金額は正次郎の「収入すべき金額」にほかならない。
原告は、所得税法一二条を指摘して、正次郎に譲渡所得は発生していない、と主張するけれども、前示のとおり、正次郎は本件不動産の単なる名義人に止まらず、真実の所有者であったのであり、本件売買によって現に譲渡所得は発生しているのであるから、その主張は採用できない。
五 右のとおり、本件譲渡収入金額は一、九四四万円であり、取得費等の控除項目については原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべく、その課税長期譲渡金額は金一、七四六万三、〇〇〇円となる。以上に関係する点を除いて、本件更正、及び賦課処分が内容としている別紙課税処分表の1ないし7の事項は当事者間に争いがない。
しからば、被告の主張する税額の計算は正当であり、本件処分に違法はない。
六 そうすれば、原告の本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決した。
(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 窪田季夫 裁判官 山川悦男)
目録
一 名古屋市中村区亀島町一丁目四四番の四
宅地 二〇二・二一平方メートル
一 同所一丁目四四番の一
宅地 五二五・〇四平方メートル
のうち共有持分五二、五〇四分の三九、二八三
同所地上建物(未登記)
一 木造瓦葺平家建工場 床面積 一三六・一九平方メートル
一 木造瓦葺平家建工場 床面積 一六二・九四平方メートル
一 木造瓦葺平家建便所 床面積 九・二五平方メートル
以上
別表 課税処分表
<省略>
注、(1) 「4.課税総所得金額」欄の数額は、千円未満の端数切捨後の金額である。
(2) 「8.確定納税額」及び「10.過少申告加算税額」欄の各数額は百円未満の端数切捨後の金額である。