名古屋地方裁判所 昭和50年(行ウ)4号 判決 1977年7月04日
原告 川合重雄
原告 川合まつゑ
右原告両名訴訟代理人弁護士 福井正二
被告 愛知県知事 仲谷義明
右訴訟代理人弁護士 佐治良三
右訴訟復代理人弁護士 林雅巳
右指定代理人 丹羽皓市
<ほか五名>
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一申立
(原告ら)
原告らが昭和四八年新城達第一号第一項命令(ヒューム管撤去命令)に対する異議申立却下決定について昭和四九年五月一日付で被告になした審査請求に対し、被告が裁決をしないのは違法であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
(被告)
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決。
第二主張
(原告ら)
請求原因
一 原告らは、新城市長において管理する光仏川の川底に設置してあるヒューム管の撤去命令に対して異議申立したところ、昭和四九年三月三〇日新城市長は異議申立却下決定をなしたので、同年五月一日被告に対し審査請求(以下、本件審査請求という)をした。
二 被告は、原告らの本件審査請求書を受領したのにかかわらず、約六か月半の間これを放置し、昭和四九年一一月一八日、右事件に関し被告が審査庁でないとの理由で一件書類を原告らへ返却してきた。
三 しかしながら、前記光仏川は河川法の適用または準用のない普通河川であって、その管理権は国に属するものであるから、新城市長は国の機関としてこれを管理しているものである。従って、新城市長のなした光仏川の管理に関する事務については、被告が直近上級行政庁であり、審査庁にあたるのである。
四 よって、原告らの本件審査請求に対して、被告はこれを受理し、本案について審理裁決をなすべきであるにもかかわらず、これをしないのは違法であるから、被告の右不作為の違法確認を求める。
(被告)
請求原因に対する認否
一 請求原因第一項のうち、光仏川を新城市長が管理していることは争い、その余は認める。
二 同第二項のうち、被告が本件審査請求書を受領したにもかかわらず約六か月半の間これを放置したことは否認し、その余は認める。
三 同第三項のうち、光仏川が普通河川であったこと(但し昭和四九年四月一日準用河川に指定されたので、現在は普通河川でない。)は認めるが、その余は争う。
四 同第四項は争う。
被告の主張
一 河川法の適用または準用のない河川(普通河川)の管理事務が地方公共団体の固有事務であるかそれとも国の事務であるかは、確かに一つの問題であった。そして、かつては、これを国の事務と解し、地方公共団体の長はいわゆる機関委任事務としてこれを処理するものであるとの見解もあった。しかしながら、地方自治法はその第二条において普通地方公共団体の固有事務の一つとして、河川(普通河川)の管理事務を掲げるに至り、この問題は立法により解決されたのである。新城市においても、「新城市公共物管理条例」を制定して、普通河川の管理事務を行っているのであるから、同市が右事務をその固有事務と解していることは朋らかである。従って、普通河川であった光仏川の管理事務は新城市の固有事務であったと解するのが正当である。
一般に、市町村長に対する機関委任事務については知事が上級行政庁にあたるものであるが、市町村の固有事務については実定法上上級行政庁は存在しないのであるから、新城市の固有事務である光仏川の管理事務について上級行政庁はなく被告ももちろん上級行政庁ではない。従って、原告らは、光仏川の管理事務に属する前記ヒューム管撤去命令について、上級行政庁でない被告に対して審査請求をなすことはできなかったのである。原告らの被告に対する本件審査請求は明らかに不適法である。
二 そこで、被告は本件審査請求に対し、「当該処分は、地方自治法第二条第二項及び第三項の規定に基づく固有事務であり上級行政庁は存在しないものである。したがって、本県は行政不服審査法に基づく審査庁でない。一方行政不服審査法第五条第一項第二号の規定に基づき法律(条例を含む)に審査請求できる旨規定が必要であるが、その規定はない。」との判断を記載した書面を付して、本件審査請求書を原告に返戻したのである。なお、被告が「却下裁決」の形式をとらなかったのは、行政不服審査法第四〇条の解釈上、審査庁(すなわち上級行政庁)でなければ「却下裁決」はなしえないのではないかとの疑問があったからである。
右の次第であるから、被告が本件審査請求書を原告らに返戻(不受理)したのは、本件審査請求は不適法である、との判断を示したものと解すべきであり、従って被告は、本件審査請求に対して何らの処置もしないでこれを放置したわけではないのである。よって、被告が何らの処置をとらないことを前提として、その不作為の違法確認を求める原告らの請求は失当である。
(原告ら)
原告らの主張
全国に存在する河川のうち、いわゆる普通河川はその数および距離においてはなはだしく河川法適用、準用河川を凌駕しているところ、右普通河川は国の公物として明治の初めより一貫して国の支配下に置かれていたものである。我国は毎年定期的に台風の襲来を受け、その都度普通河川の氾濫、堤防の決壊により大きな被害を繰返しているが、その都度関係地方公共団体の長は国の機関委任事務としてこれが修復工事をなし、その費用の一部を負担することが長年にわたって繰返されて来たのである。すなわち、地方公共団体の長が国の機関委任事務として普通河川の管理を行うという慣習法が存し、これが現在なお生きているのである。
そして、地方自治法二条三項但書は「法律に特別の定めがあるときはこの限りでない」と規定しており、右法律には慣習法も含まれるから、同法二条三項二号にいう「河川」とは地方公共団体が設置した河川のみをいうものと解すべきである。なお、右のような原告らの見解からすれば、もし普通河川の管理について、新城市が「新城市公共物管理条例」を制定しているとすれば、それは違法であって、新城市長の規則として制定すべきものである。右のような違法な条例が制定されても、地方公共団体の長による普通河川の管理が機関委任事務たることに変りないこと勿論である。
従って、本件光仏川の管理は新城市長が国の機関委任事務として行ったものとみるべきであり、被告が直近上級行政庁すなわち審査庁にあたるのである。
(被告)
原告の主張に対する反論
普通河川の管理について原告主張の如き慣習法が存在する旨の主張は争う。
ことに、光仏川については、明治以来、堤防の決壊等の事故がなかったので、被告や新城市長がその修復工事を施行したことはなく、従って国がその費用の一部を負担したこともない。その他被告や新城市長が国の事務として光仏川を管理してきた事実はなく、新城市が地域住民福祉のためその固有事務としてこれを管理してきたのである。そして、このような事実が蓄積されていたからこそ「新城市公共物管理条例」が何の疑問もなく同市議会において議決制定されたものと推認しうるのである。ちなみに、光仏川管理費用は、右条例制定の前後を通じ、すべて新城市予算に計上され、同市がこれを負担してきたのである。従って、光仏川については、新城市長が国の事務としてこれを管理してきた慣習法も事実たる慣習もなかったことが明白であり、原告らの主張は失当である。
第三証拠《省略》
理由
一 原告らが、新城市内に存する光仏川の川底に設置してあるヒューム管の撤去命令(昭和四八年新城達第一号第一項命令)に対して異議申立したところ、昭和四九年三月三〇日新城市長において異議申立却下決定をなしたので、同年五月一日被告に対し本件審査請求をしたこと、これに対して被告は、同年一一月一八日右の件に関し被告が審査庁でないとの理由で本件審査請求書を原告らに返戻したことは、当事者間に争いがない。
二 原告らは、普通河川である光仏川の管理権は国に属し、新城市長が国の機関としてこれを管理しているものであるから、新城市長のなした右管理事務としての処分については被告が直近上級行政庁であり、被告は審査庁として本件審査請求に対してこれを受理し、審理裁決すべきであると主張し、被告は、光仏川の管理事務は新城市の固有事務であるから、新城市長のなした右管理事務としての処分について被告はその上級行政庁ではなく、従って審査庁でない旨主張するので、以下判断する。
光仏川が、原告らに対するヒューム管の撤去命令がなされた当時、河川法の適用または準用のない、いわゆる普通河川であったことは当事者間に争いがない。右のような普通河川の管理主体が国であるか、あるいは地方公共団体であるかについて法に明文の定めはない。しかし、地方自治法二条三項は地方公共団体の固有事務の一つとして、「河川等を設置し若しくは管理し又はこれらを使用する権利を規制すること」を規定しており、この規定は地方公共団体が管理主体として普通河川の管理等をなすことができることを認めたものと解される。すなわち、普通河川については、地域住民の福祉に直接深い関係が存するため、右法条は地方公共団体にその管理主体として普通河川の管理等をなしうることを認めたものと解せられる。
原告らは、普通河川の管理についてはこれを国の事務とし地方公共団体の長が国の機関委任事務として管理する趣旨の慣習法が存在すると主張するけれども、右地方自治法施行後において、右の如き慣習法が存在するとは認められず、また本件の光仏川の管理に限ってみても、従来被告や新城市長が国の事務として光仏川を管理してきた事実を認めるに足りる証拠はなく、原告主張の如き慣習法の存在は認めることができない。
そして、《証拠省略》によれば、新城市においては、同市において管理している公共物たる国の営造物の管理について、「新城市公共物管理条例」(昭和三〇年五月三一日条例第六十八号)を制定して、普通河川の管理を行っていること、本件について新城市長のなした光仏川の川底に設置してあるヒューム管の撤去命令も右条例にもとづく同市の行政事務としてなされたものであることが認められる。
してみれば、右撤去命令は、新城市長が国の委任事務としてなしたものではなく、同市の固有事務としてなされたものであることが明らかである。
ところで、行政不服審査法によれば、行政庁の処分についての審査請求は、処分庁に上級行政庁があるときか、法律に審査請求をすることができる旨の定めがあるときにできる(同法五条)ものであるところ、市町村の固有事務については上級行政庁は存しないから、被告は新城市長のなした前記処分について上級行政庁に該当しないものである。また、右処分について審査請求をすることができる旨の法律の規定も存しない。
従って、原告らは、新城市長のなした前記ヒューム管撤去命令について、法令上、さらに審査請求をすることはできなかったものである、といわなければならない。
三 行政事件訴訟法に定める不作為の違法確認の訴えの対象となるのは、法令に基づく申請に対する行政庁の不作為のみであり、法令に基づかない申請に対する行政庁の不作為は、右の訴えの対象とはならないものと解される。すなわち、不作為の違法確認の訴えにおいては、行政庁の凡ゆる不作為がすべて審判の対象となるのではなく、当該申請者に法令上の申請権があり、従って当該行政庁にこれに対する法令上の応答義務がある場合にのみ、その不作為の違法か否かが訴訟の対象とされるのであるから、申請が法令に基づくものでないため行政庁に応答義務のないときは、裁判所において当該行政庁の不作為が違法か否かを審判すべき余地はないのである。もとより、申請が申請期間の徒過、書類の不備等の事由で不適法であるというだけで行政庁に応答義務がなくならないことは勿論であるが、法令上もともと申請権がない場合には、その申請はもはや「法令に基づく申請」とはいえないものと解すべきである。
原告らは、本件訴えにおいて、本件審査請求に対する被告の不作為の違法確認を求めるものであるところ、前項でみたとおり、本件審査請求は法令上審査請求のできない処分についてなされたものであるから、それは法令に基づく申請ということができないものである。そして被告としても、もともと審査庁には該らないのであるから、これに対して応答すべき法令上の義務があるべき筈もない。
従って、被告の不作為の違法確認を求める本件訴えは、訴えの対象となるべき行政庁の不作為を欠くもので、不適法として却下を免かれない(東京地裁昭和四九年一一月二六日判決参照)。
四 以上の次第であって、原告らの本件訴えは不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決した。
(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 窪田季夫 山川悦男)