名古屋地方裁判所 昭和51年(ワ)2455号 判決 1979年1月17日
原告
舟橋一右エ門
ほか三名
被告
森鉄二
ほか一名
主文
一 被告らは、各自、原告舟橋一右エ門に対し金一七〇万円、原告舟橋常徳、同舟橋正、同杉野玉江の各自に対し各金一四九万円及び右各金員に対する被告森鉄二については昭和五一年一二月五日から、被告森和則については同月一日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告ら各自に対し、各金一七八万七、五〇〇円及びこれに対する被告森鉄二については昭和五一年一二月五日から、被告森和則については同月一日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五一年六月二〇日午前九時ころ
(二) 場所 愛知県小牧市大字小木四一九〇番地付近路上
(三) 加害車 原動機付自転車(小牧市い七九四号)
右運転者 被告森和則(以下単に「被告和則」という。)
(四) 被害者 舟橋くめ(以下単に「くめ」という。)
(五) 態様 被告和則は、加害車を運転し、現場付近路上を進行していたところ、進路左側を歩行中のくめに対し、加害車を衝突させた。
(六) 被害の内容 くめは、本件事故の結果死亡した。
2 責任原因
(一) 運行供用者責任(自賠法三条)
被告森鉄二(以下単に「被告鉄二」という。)は、加害車の所有者で、その運行供用者であつた。
(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告和則は、前方を注視して進行すべき義務があるのに、これを怠り漫然加害車を進行させた過失により、本件事故を発生させた。
3 身分関係
原告舟橋一右エ門(以下単に「原告一右エ門」という。)、同舟橋常徳(以下単に「原告常徳」という。)、同舟橋正(以下単に「原告正」という。)、同杉野玉江(以下単に「原告玉江」という。)は、それぞれ、くめの夫、長男、三男、二女である。
4 損害
(一) 葬儀費 原告ら各自につき各金一二万五、〇〇〇円
原告らは、くめの葬儀費として金五〇万円、各自分各金一二万五、〇〇〇円を支出した。
(二) 慰藉料 原告ら各自につき各金一五〇万円
(三) 弁護士費用 原告ら各自につき金一六万二、五〇〇円
原告らは、本件訴訟の弁護士費用として金六五万円、各自分各金一六万二、五〇〇円を支出した。
5 よつて、原告らは、各自、被告ら各自に対し、本件事故による損害金各金一七八万七、五〇〇円及びこれに対する本件不法行為の後である被告鉄二については昭和五一年一二月五日から、被告和則については同月一日から、それぞれ支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の(一)ないし(四)の事実は認める。(五)のうちくめが道路左側を歩行中であつたことは否認するが、その余の事実は認める。(六)の事実は否認する。くめは、本件事故による頭部打撲挫創等の傷害の治療中、胃がんによる穿孔性腹膜炎にかかり、死亡したものであり、本件事故とくめの死亡との間には因果関係はない。
2 同2の(一)の事実は認めるが、(二)の事実は否認する。
3 同3の事実は認める。
4 同4の(一)(三)の事実は不知。(二)の事実は否認。
三 補助参加人の抗弁
くめは、本件事故当時、道路の右側端を歩行すべきであつたのに、道路の中央部分を歩行していた。また、加害車の走行音を聞いたのであるから、適切な避譲行動を採るべきであつたのに、これを怠つた。これらのくめの過失が本件事故の一因となつているので、過失相殺されるべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
1 請求原因1の(一)ないし(四)の事実及び(五)のうちくめが道路左側を歩行中であつたとの点を除くその余の事実は、当事者間に争いがない。
2 成立について争いのない甲第三号証に右1の当事者間に争いがない事実を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件事故は、昭和五一年六月二〇日午前九時ころ、愛知県小牧市大字小木四一九〇番地先路上で発生した。事故現場は、ほぼ北東から南西におおむね直線に延びる小牧市道上で、付近は交通閑散とした非市街地であるが、右市道は歩車道の区別がなく、その幅員は約三・〇メートルで、路面は舗装され、平たんで、事故当時乾燥していた。その付近道路には、最高速度を時速二〇キロメートルに制限する交通規制が施されていた。
(二) 被告和則は、原動機付自転車(小牧市い七九四号、以下においても「加害車」という。)を運転し、右市道の左端から約一・六メートルのあたりを北東方向から南西方向に向つて時速約三〇キロメートルで進行して、現場付近にさしかかつた。同被告は、後記衝突地点より二十数メートル手前の地点に至り、進路前方約二一メートルの地点に、進行方向に向つて歩行中のくめを発見した。そのまま進行を続け、衝突地点より約一五・二メートル手前の地点に達し、同女と約一三・〇メートルの距離に近づいたが、同被告は、右側からくめを追い越そうと考え、右転把しただけで、さらに、そのまま進行を続けた。ところが、衝突地点より約六・〇メートル手前の地点まで進み、同女と約五・〇メートルの距離になつたところ、同女が後記のとおり避譲するため進路右側に寄つたので、同被告は、危険を感じ、急制動するとともに左に急転把したが、間に合わず、衝突地点(中部電力株式会社二〇う〇一一号の電柱から約六・一メートル、右市道南東端の線から約二・五メートル、それぞれ隔てた地点)において、自車前部をくめに衝突させた。その結果、加害車は約一・〇メートル南方の地点に倒れたが、加害車によるスリツプ痕は残らなかつた。
(三) くめは、右市道の現場付近を北東方向から南西方向に向つて、道路左端から約一・五メートルのあたりを歩行していたところ、後方から進行して来る加害者の音に気づいたので、同車を避譲するため小走りで進路右側へ寄ろうとしたところ、衝突地点において加害車に衝突され、その結果、衝突地点から南西約一・九メートルの地点に倒れ、その結果、同女は、受傷した。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
3 次いで、本件事故と、くめの死亡との間に因果関係があるか否かの点について判断する。
(一) まず、くめの死因について検討する。
鑑定人青木春夫の鑑定の結果によれば、くめの死因は、十二指腸穿孔による急性汎発性化膿性腹膜炎であつたと認めることができる。
もつとも、成立に争いのない甲第二号証、乙第三号証、証人井上弘昭の証言中には、右死因は胃がんによる穿孔性腹膜炎であることを示す供述部分が含まれているが、鑑定人青木春夫の鑑定の結果によれば、くめの胃造影レントゲンフイルムの一部のものについてはその胃の中に隆起性病変の存在を疑わしめる陰影があるものの、他のものでは、病変部付近に正常な粘膜のひだ壁の像が認められ、胃がんの存在を強く否定する資料があること、右レントゲンフイルム上遊離腹膜腔へ造影剤が流出しているのは十二指腸の部分からであつて、胃がんと疑われる部分からではないこと、仮に右のレントゲンフイルムの一部のものの陰影が胃がんであるとしても、大きいものでないから、肉眼分類上ボルマン一型と呼ばれる腫瘤形成型であつて、胃がんによる穿孔をもたらすがん中央部自かいによるかい瘍形成が認められないことが、それぞれ明らかにされており、右各事実に照らせば、胃がんがくめの死因ではないとする同鑑定人の判断を首肯することができ、右供述部分を採用することはできない。
(二) 次いで、右の十二指腸穿孔がどのような原因によつて生じたかの点について検討を加える。
鑑定人青木春夫の鑑定の結果によれば、同鑑定人は、くめについての診療録、レントゲンフイルムなどを資料として、まず、同女の死因を前記認定のとおり十二指腸穿孔による急性汎発性化膿性腹膜炎と診断し、右穿孔の原因として、外傷により直接的な十二指腸後腹膜破裂が起き、その結果後腹膜腔への出血、漏出が生じ、後に腹腔内へ穿破して、汎発性腹膜炎を起こした可能性と外傷による直接的関連性はないものの、外傷によるストレス又は治療用に使用された副腎皮質ホルモン剤による急性十二指腸かい瘍の可能性を考慮し、前者の場合の診断の特色、受傷機転について考察を加えたのち、くめの臨床経過について、診療記録によつて、昭和五一年六月二〇日本件事故による入院後、血圧が一九四から一一〇(単位略、以下同じ。)と高血圧状態であつたが、全身状態としては比較的良好であつたことを認め、同日午後から翌二一日にかけて血圧の著しい低下があつたことから、薬剤投与が行われたこととあわせて、生体にかなり強い病変の存在したことを推認し、同月二三日、血圧も回復し、小康状態を保つたが、同月二四日から二五日にかけて全身状態の増悪はないものの、上腹部の疼痛があり、同月二五日に白血球が増加したことを認め、このころ既に上腹部を中心に炎症性病変が進行していたことを推測し、同月二六日に強い腹痛と白血球の著増があつたことから、炎症的病変が遊離腹膜腔に穿破し、汎発性腹腹炎状態を呈して、その結果、同月二八日に死亡に至つたと推認し、これらの臨床経過は、くめの腹膜炎症状を外傷に起因する十二指腸破裂のために上腹部後腹膜に消化管内容漏出によつて炎症性病変が生じた結果発生したものと考えると十分理解ができるとし、他方、外傷によるストレスの十二指腸急性かい瘍穿孔については、臨床経過に符号しないものがあるためこれを原因とは考え難いとして、結局、くめの十二指腸穿孔は、外傷に起因するものとの鑑定の結果を導いていることが、明らかにされている。
右鑑定には、十二指腸穿孔の原因を、右のとおり、外傷により直接的な十二指腸後腸腹膜破裂が起きた場合と、外傷によるストレス又は投与されたホルモン剤による急性十二指腸かい瘍の起きた場合に、いきなり限定している点において、やや説明不足の感がないわけではない。しかしながら、成立について争いのない甲第二号証、乙第二、第五号証、証人井上弘昭の証言、原告本人舟橋正の尋問の結果によれば、くめは、明治二八年三月三日生で、本件事故当時八一歳であつて、健康状態が急変する可能性の比較的小さい老人であつたこと、同女は、生前やや血圧が高めで、時おり腹痛を訴えることはあつたものの、大病や入院歴のない健康体であつたこと、本件事故による受傷後六日しか経ていない昭和五一年六月二六日腹部に穿孔を生じて腹膜炎を起こし、その二日後の同月二八日死亡するに至つたことを認めることができ、これらの事実に経験則を総合すれば、右穿孔の原因が本件事故と少なくとも間接的に関連することは、十分首肯しうるところであるから、右の原因を前示のように限定しても、結果においては不当とはいえないと考えられる。また、証人井上弘昭の証言によつて真正な成立を認めることのできる乙第四号証の一、二、同証人の証言中には、くめは、昭和五一年六月二〇日の受診時には腹部内臓損傷と思われる所見はなかつたとの供述部分があるが、他方、同証人の証言中によれば、右は、通常内臓損傷といわれる程度に達する重大なものがなかつたにすぎないとの趣旨であることも明らかにされているから、右供述部分があることから右鑑定の結果を排除することはできない。
そして、右に検討したところをも考慮に入れると、先に検討した鑑定の経過には、不自然な点や経験則に反する点はなく、また、これを排斥するに足りる証拠もないことに帰し、鑑定資料に種々の制約があつたことを考慮に入れても、十分これを採用することができ、結局、くめの十二指腸穿孔は本件事故による外傷に起因するものと認めることができる。
(三) 以上に検討したところによれば、本件事故とくめの死亡との間に因果関係のあることを否定することはできない。
二 責任原因
1 運行供用者責任
請求原因2の(一)の事実は、当事者間に争いがない。したがつて、被告鉄二は、自賠法三条により、本件事故による原告らの損害を賠償すべき義務がある。
2 一般不法行為責任
前記一の2において認定した事実によれば、被告和則は、加害車を運転中、進路前方を歩行中のくめを発見したのであるから、減速徐行して同女の動静を注視し、事故が発生しないよう安全な速度と方法で進行すべき注意義務があつたのにこれを怠つて、右転把しただけで漫然進行した過失により、本件事故を発生させたと認めることができるので、民法七〇九条により、本件事故による原告らの損害を賠償すべき義務がある。
三 過失相殺
前記一の2において認定した事実によれば、本件事故の発生については、くめにも、道路中央部分を歩行していた点及び加害車からの避譲のしかたが適切でなかつた点において過失が認められるが、前記認定の被告和則の過失の内容及び程度その他の事情を考慮すると、過失相殺として損害の一割を減額するのが相当であると認められる。
四 身分関係
請求原因3の事実については、当事者間に争いがない。
五 損害
1 葬儀費
弁論の全趣旨と経験則によれば、くめの死亡によつてその葬儀費として、原告らが金四〇万円の損害を被つたことが認められる。右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。右金額について前記三において得られた割合の過失相殺を施すと金三六万円となるが、これを原告ら四名で分割すると、原告ら各自金九万円となる。
2 慰藉料
本件事故の態様、くめの受傷部位、受傷から死亡への経過、同女の年齢、親族関係その他の事情に前記くめの過失の内容及び程度を総合すると、原告一右エ門の慰藉料額は金一五〇万円、原告常徳、同正、同玉江の慰藉料額はそれぞれ金一三〇万円とするのが相当であると認められる。
3 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告らが、本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告一右エ門については金一一万円、原告常徳、同正、同玉江については、それぞれ金一〇万円とするのが相当であると認められる。
六 結論
以上のとおりであつて、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、原告一右エ門については金一七〇万円、原告常徳、同正、同玉江については各自金一四九万円の本件事故に基づく損害金と右各金員に対する本件不法行為の後である被告鉄二については昭和五一年一二月五日から、被告和則については同月一日から、それぞれ支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 成田喜達)