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名古屋地方裁判所 昭和51年(ワ)392号 判決 1986年7月18日

第一事件原告(第二事件被告)

株式会社クサマ

右代表者代表取締役

草間静吉

右訴訟代理人弁護士

南舘欣也

右訴訟復代理人弁護士

加藤厚

熊田登与子

第一事件被告(第二事件原告)

中部電力株式会社

右代表者代表取締役

松永亀三郎

右訴訟代理人弁護士

高橋正蔵

右訴訟復代理人弁護士

奥村枚軌

安藤公爾

佐尾重久

主文

一  第一事件被告は、第一事件原告に対し別紙土地目録記載(一)(二)の各土地について名古屋法務局鳴海出張所昭和三九年一月二四日受付第六三二号の地役権設定登記の抹消登記手続をせよ。

二  第二事件原告が別紙土地目録記載(三)の土地について別紙地役権目録記載の地役権を有することを確認する。

三  第二事件被告は、第二事件原告に対し別紙建物目録記載の建物のうち、別紙土地目録記載(三)の土地上に存する部分を収去せよ。

四  第二事件原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、第二事件を通じこれを四分し、その一を第一事件原告の負担とし、その余を第一事件被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  第一事件

1  請求の趣旨

(一) 主文第一項と同旨

(二) 訴訟費用は第一事件被告(第二事件原告、以下「被告」という)の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 第一事件原告(第二事件被告、以下「原告」という)の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  第二事件

1  請求の趣旨

(一) 被告が別紙土地目録記載の各土地について別紙地役権目録記載の地役権を有することを確認する。

(二) 原告は、被告に対し別紙土地目録記載の土地(二)(三)上の別紙建物目録記載の建物を収去せよ。

(三) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 被告の各請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  第一事件

1  請求原因

(一) 訴外草間静吉(以下訴外草間という)は昭和三五年中に訴外矢野清三(以下訴外清三という)から別紙土地目録記載(一)(二)の土地(以下本件土地(一)(二)という)を買受けて、その占有を取得し、これを埋立てて生コン製造工場を建築して使用し、次いで、昭和三八年一月三一日原告(設立時の商号は東海生コン株式会社であり、その後東海小型生コン株式会社となり、更に現商号に変更された)を設立してその代表者となり、その設立と同時に原告は訴外草間から本件土地(一)(二)及びその地上にある右工場建物の譲渡を受け、もつて、右同日本件土地(一)(二)を所有の意思をもつて平隠公然に占有を開始した。

(二) 原告は、右占有の開始にあたつて、本件土地(一)(二)の所有権が自己に属することを信じたことにつき過失はなかつた。即ち、

(1) 訴外草間は昭和三五年ころ愛知郡豊明町大字間米地内の土地に生コン製造プラントの建設に着手したところ、豊明町から環境保全を理由に移転の要請を受け、その際同町が移転先の土地をあつせんする旨申出たので、訴外草間は右移転の要請を承諾するとともに、右移転先の土地の取得を同町に一任した。そして、工場用地の選定、個々の地主との交渉、地目変更、登記手続、売主への代金の支払等の売買の手続一切を同町が代行した。

(2) そのため訴外草間は本件土地(一)(二)について登記簿等を調査したこともなく、訴外清三が右各土地の所有権を有しないことを知らなかつたし、また右事情は訴外草間が代表者となつた原告についても同様である。

(3) しかし、前記(1)の経過からすれば原告が右のように本件土地(一)(二)の登記簿等を調査せず、そのために訴外清三が所有権を有しなかつたことを知らなかつたとしても、訴外草間更には原告において本件土地(一)(二)が自己の所有に属すると信じたことにつき過失はなかつた。

(三) 原告は右占有開始後昭和五八年一月三一日まで、本件土地(一)(二)上に生コン製造プラントを所有し、もつて右各土地の占有を継続していた。

(四) 従つて右占有開始の日から一〇年を経過した昭和四八年一月三一日には本件土地(一)(二)につき原告の取得時効が完成し、仮りに、原告につき右自主占有取得につき何らかの過失があつたとしても右占有開始の日から二〇年を経過した昭和五八年一月三一日には右取得時効が完成したので、原告は本訴において右各時効を援用する。

(五) 本件土地(一)(二)について、被告のために名古屋法務局鳴海出張所昭和三九年一月二四日受付第六三二号の地役権設定登記がなされている。

よつて、原告は被告に対し、所有権に基づき、本件土地(一)(二)について、被告を権利者とする右の地役権設定登記の抹消登記手続を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実は不知。

(二) 同(二)の事実は否認する。原告が本件土地(一)(二)を所有者から取得するについては当時の町会議長が個人的立場で口を利いた程度のものであり、町としてはそれ以上の関与をしていない。また昭和三六年当時右各土地は訴外矢野清之助(以下清之助という。)の所有名義であり、また訴外草間は土地代金を支払つても数年間は所有権移転登記手続を受けられなかつたのであるから、登記簿等を調査すべきであつた。従つて、原告が占有を開始するにあたつて本件土地(一)(二)が自己の所有に属すると信じたことにつき無過失であつたといえない。

(三) 請求原因(三)の事実は認める。

(四) 同(四)は争う。

(五) 同(五)の事実は認める。

3  抗弁

(一) 取得時効の中断

原告は二〇年の取得時効も主張するが、被告は本件口頭弁論期日において右取得時効の効果を争つているから、これを訴の提起に準ずるものとみるべきであり、そうすると原告主張の二〇年の取得時効は中断している。このように解さなければ、本件では、原告の所有権の取得時効と被告主張の後記地役権の取得時効が争点となつているのに、原告の本訴提起により被告の地役権の二〇年の取得時効が中断されるのに対し、原告は本件訴訟が長期化することによつて、所有権の二〇年の取得時効も合わせて主張できることになり、不合理である。

(二) 地役権の契約による取得

(1) 被告は、昭和三八年八月八日訴外清三との間で本件土地(一)(二)につき別紙地役権目録記載のとおり地役権設定契約を締結した。(以下被告と清三間の地役権設定契約という)

(2) 前記地役権設定契約当時訴外清三は以下の理由により本件土地(一)(二)の所有権を有していた。

(イ) 訴外清之助は本件土地(一)(二)をもと所有していた。

(ロ) 同人は、大正一〇年五月一六日から昭和七年六月三〇日までの間に同人の孫である訴外清三に対し、右各土地を贈与した。

(ハ) 右事実が認められないとしても、訴外清之助の家督相続人は訴外矢野佳枝(昭和二五年一一月六日死亡以下佳枝という)であり、訴外清三は訴外佳枝の兄弟であるから、訴外清三は昭和二五年一一月六日訴外佳枝の死亡により、右各土地を相続により取得した。

(ニ) 右事実が認められないとしても、訴外清三は以下の経緯により本件土地(一)(二)を時効取得した。

(ⅰ) 訴外清三は昭和七年六月二四日当時本件土地(一)(二)を耕作管理し、右土地を所有の意思をもつて平穏公然その占有を開始した。

(ⅱ) 右占有開始にあたつて、訴外清三は右各土地の所有権が自己に属すると信じたことにつき過失はなかつた。

即ち、訴外清三の実母訴外矢野きぬ(以下きぬという)、同女の夫訴外矢野新之助、訴外清三の実弟訴外矢野逸郎(以下逸郎という)、実妹訴外佳枝、同矢野百合子(以下百合子という)はいずれも大正六年ころブラジルへ移住し、矢野一家で豊明町に残つた者は右訴外きぬの両親である訴外清之助、同矢野ひで(以下ひでという)、及び右訴外きぬの私生児訴外清三の三名であり、訴外清三はそのころから本件土地(一)(二)を含む祖父訴外清之助所有地を耕作管理し、訴外清之助(昭和七年六月二四日死亡)、訴外ひで(昭和一七年二月四日死亡)を扶養してきた。

(ⅲ) 訴外清三は右占有開始後昭和二七年六月二四日当時まで本件土地(一)(二)を耕作管理し、もつて右各土地の占有を継続していた。

(ホ) 従つて、右占有開始の日から一〇年を経過した昭和一七年六月二四日には右各土地について清三の取得時効が完成した。仮りに清三の自主占有取得につき過失があつたとしても、占有開始の日から二〇年を経過した昭和二七年六月二四日右取得時効が完成したので、被告は本訴において清三の右取得時効を援用する。

(三) 地役権の時効取得

(1)(イ) 被告は、昭和三六年六月一六日、本件土地(一)(二)上に送電線路(使用電圧二五万ボルト)設置工事に着工し、同年一二月二三日右工事を竣工し(以下本件送電線路という)、これを維持管理し、送電の用に供することにより別紙地役権目録記載の要役地の便益に供するため、後記(ロ)記載のとおりの内容で、本件土地(一)(二)の用益を開始し、昭和三七年八月八日訴外清三との間で本件土地(一)(二)につき地役権設定契約を締結し、もつて、被告は昭和三七年八月八日本件土地(一)(二)につき自己に地役権が属すると信じ、平穏公然に右各土地の継続表現の用益を開始した。

(ロ) 旧電気工作物規程(昭和二九年四月一日制定通商産業省令第一三号)第一〇条四項(改正後の電気設備に関する技術基準((昭和四〇年通産省令第四一号))第一二三条五項)によれば、送電線の維持管理および危険防止の目的から送電線路と水平距離において三メートル以内に建造物等が設置されている時は所轄通商産業局長(あるいは通産大臣)の認可を受けないかぎり送電線路を設置できないことになつており、本件送電線路は中心線より両側各五・五メートルの位置に最外線が架線されている。よつて、被告の要役地の便益に供される土地は、別紙図面の斜線部分のとおり、右中心線より八・五メートルの範囲であつて、別紙土地目録記載(一)(二)(三)の各土地は全てその範囲にある。ところで、被告は右各土地上に送電線路を所有する電気事業者として、右各土地上に建造物の築造、送電線路に支障となる工作物の設置、竹木の植栽を禁じるよう求めることができるのであつて、右不作為請求権の反面としての不作為義務の内容は、送電線の存在と前記省令の定めによつて客観的に認識可能なものである。従つて、被告が本件送電線路を設置所有し、これを送電の用に供すれば、地役権の内容としての右不作為義務も客観的に表現されているというべきである。

(2) 訴外清三は前記抗弁(二)(2)(ニ)記載のとおり訴外清之助死亡後は同人が元所有していた土地を耕作管理し、第三者も清三所有の土地として疑う者はなかつた。また、農地改革時にも右各土地は不在地主扱いとされなかつたし、本件土地(一)(二)に近隣する訴外清之助所有名義の土地のうち相当数の土地については、被告が訴外清三と地役権設定契約を締結した昭和三七年八月八日当時訴外清三名義に所有権移転登記手続がなされていた。

従つて、被告が本件土地(一)(二)の用益を開始するにあたつて地役権が自己に属すると信じたことにつき過失はなかつた。

(3) 被告は右占有開始後昭和四七年八月八日当時まで、前記抗弁(三)(1)記載のとおり本件土地(一)(二)上に送電線路を所有し、これを送電の用に供することにより、右各土地を要役地の便益のため利用していた。

(4) 従つて、右占有開始の日から一〇年を経過した昭和四七年八月八日被告の右地役権の取得時効が完成したので、被告は本訴において右時効の援用をする。従つて、原告は右地役権の付着した所有権を取得するにすぎない。

4  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)は争う。

(二)(1) 抗弁(二)(1)の事実は否認する。

(2) 抗弁(二)(2)については(イ)は認める。(ロ)は否認する。(ハ)のうち、訴外佳枝が訴外清之助の家督相続人であつたこと、訴外佳枝がその主張の時期に死亡したこと、訴外佳枝と同清三が兄弟であつたことは認め、その余は争う。訴外佳枝には妹の訴外百合子がいるから、同人も相続人である。同(二)(ⅰ)及び(ⅲ)のうち訴外清三が被告主張の時期に本件土地(一)(二)を占有していたことは認めるが時効時得は争う。(ⅱ)は争う。訴外清三には他に相続人がおり、同人はこれを了知していたのであるから、同人は無過失であつたとはいえない。同(ホ)は争う。

(三)(1) 抗弁(三)(1)について

(イ) 同(イ)のうち被告主張の送電線路工事がなされたことは認めるが、被告の占有開始日及び占有態様は争う。占有開始日はおそくとも被告が送電線路を設置した昭和三六年一二月二三日である。

(ロ) 同(ロ)は争う。被告主張の地役権による占有態様は送電線下の用地上に家屋その他の工作物を設置しないという不作為義務をも内容とするが、右不作為義務はその性質上不表現であり、その行使の事実は外部的に認識しえないから時効取得に親しまない。

(2) 抗弁(三)(2)は争う。本件土地(一)(二)上に送電線路が架設された昭和三六年ころ、右各土地上には原告所有の建物が存在しており、被告の用地取得の担当者である訴外松本順一は土地の使用について原告代表者訴外草間と交渉をしたのみならず、被告と訴外清三との間の地役権設定契約締結日である昭和三七年八月八日当時、本件土地(一)(二)の登記簿上の所有名義人は訴外百合子であつた。従つて、被告としては、本件土地の所有者が真に訴外清三であるかを調査確認すべきであつたから、被告は自己に地役権が存すると信じたことに過失がなかつたといえない。

(3) 抗弁(三)(3)については、被告主張のころ被告が送電線路を所有していた事実は認めるが、占有態様の点は争う。

(4) 抗弁(三)(4)は争う。

5  再抗弁

(一) 抗弁(二)(2)(ニ)の主張に対して

(イ) 訴外清之助の家督相続人は訴外佳枝であつて、訴外清三はこれを知つていたから訴外清三は訴外清之助の遺産である本件土地(一)(二)の占有を開始するときに所有の意思をもつていなかつた。

(ロ) 訴外清三が本件土地(一)(二)の所有権を時効取得したとしても、同人が右各土地につき昭和三七年七月二五日共同相続人たる訴外矢野百合子名義に所有権移転登記手続をしたことにより時効利益を放棄した。

(二) 抗弁(三)の主張に対して

被告は本件土地(一)(二)の占有を開始した当時自己に地役権が属しないことを知つていた。

6  再抗弁に対する認否

(一) 再抗弁(一)のうち訴外佳枝が訴外清之助の家督相続人であつた事実は認め、その余は争う。

(二) 再抗弁(二)については否認する。

二  第二事件

1  請求原因

(一) 本件土地(一)(二)について

(1) 地役権の契約による取得

前記第一事件3抗弁(二)と同旨

(2) 地役権の時効取得

前記第一事件3抗弁(三)と同旨

(二) 別紙土地目録(三)記載の土地(以下本件土地(三)という)について

(1) 地役権の契約による取得

(イ) 訴外外山逸郎(以下訴外外山という)は、本件土地(三)をもと所有していた。

(ロ) 被告は、昭和三七年八月八日本件土地(三)につき訴外外山との間で別紙地役権目録記載のとおり地役権設定契約を締結した(以下被告と外山間の地役権設定契約という。)。

(2) 地役権の時効取得

(イ)(ⅰ) 被告は、昭和三六年六月一六日本件土地(三)上に、前記第一事件3抗弁(三)(1)(イ)記載のとおり、本件送電線路の設置工事に着工し、同年一二月二三日右工事を竣工し、これを維持管理して送電の用に供することによつて、別紙地役権目録記載の要役地の便宜に供するため、後記(ⅱ)記載のとおりの内容で本件土地(三)の用益を開始し、昭和三七年八月八日訴外外山との間で本件土地(三)につき地役権設定契約を締結し、もつて被告は昭和三七年八月八日本件土地(三)につき自己に地役権が属すると信じ、平穏公然に右土地の継続表現の用益を開始した。

(ⅱ) 被告の右占有態様は、前記第一事件3抗弁(三)(1)(ロ)記載のとおりの本件送電線路の維持管理によるもので、被告は電気事業者として、右土地上に建造物の築造、送電線路に支障となる工作物の設置、竹木の植栽を禁じることを求めうる不作為請求権を有し、その反面としての不作為義務は法令の定めにより客観的に認識可能なものである。従つて、右占有態様からして地役権の内容としての右不作為義務も客観的に表現されているというべきである。

(ロ) 前記(二)(1)(ロ)の地役権設定契約締結後、訴外稲垣岸松方居宅において、右地役権設定契約書、同証書が作成されたが、その際訴外外山の妻訴外志んは訴外外山の印鑑を右証書に捺印し、右地役権設定の対価を受領した。

従つて、被告が本件土地(三)の用益を開始するにあたつて地役権が自己に属すると信じたことにつき過失はなかつた。

(ハ) 被告は、右占有開始後昭和四七年八月八日当時まで、前記(二)(2)(イ)記載のとおり本件土地(三)上に送電線路を所有しこれを送電の用に供することにより、右土地を要役地の便益のため利用していた。

(ニ) 従つて、右占有開始の日から一〇年を経過した昭和四七年八月八日右地役権の取得時効が完成しているので、被告は本訴において右時効を援用する。

(三) 原告は、別紙地役権目録記載の被告の有する地役権(以下本件地役権という)の存在を争つている。

(四) 原告は、別紙土地目録記載(二)(三)の各土地上に別紙添付図面のとおり、別紙建物目録記載の建物(以下本件建物という)を所有している。本件建物は、別紙地役権目録記載の地役権の行使を妨害するもので、原告はこれを収去する義務を負う。

よつて、被告は、本件土地(一)(二)(三)につき地役権を有することの確認を求めるとともに、右地役権に基づき原告に対して本件建物の収去を求める。

2  請求原因に対する認否

(一)(1) 請求原因(一)(1)については前記第一事件4抗弁に対する認否(二)と同旨。

(2) 請求原因(一)(2)については前記第一事件4抗弁に対する認否(三)と同旨。

(二)(1) 請求原因(二)(1)については同(イ)は認め、(ロ)の事実は否認する。

(2)(イ) 請求原因(二)(2)(イ)については、被告主張の送電線路の工事およびその存在は認めるが、被告訴外外山間の地役権設定契約が締結されたことは否認する。被告の占有開始日および占有態様を争う点については、第一事件4抗弁に対する認否(三)(1)(3)と同旨。

(ロ) 請求原因(二)(2)(ロ)は争う。被告は自己に地役権が属すると信じたことにつき過失がなかつたとはいえない。

被告が本件地役権設定契約が締結されたと主張する昭和三七年八月八日当時本件土地(三)につき、登記簿上訴外拓植眞澄名義の所有権移転請求権保全の仮登記並びに訴外鈴木英治及び田中常三郎名義の右仮登記の所有権移転請求権移転の附記登記がそれぞれなされており、被告はそのことを知つていた。

(ハ) 請求原因(二)(2)(ハ)については、被告主張のころ被告が送電線路を所有していた事実は認めるが、占有の態様の点は争う。

(ニ) 同(ニ)は争う。

(三) 請求原因(三)は認める。

(四) 同(四)のうち本件土地(二)(三)のうえに原告所有の本件建物が存在していることは認めるが、その余は否認する。

3  抗弁

(一) 本件土地(一)(二)につき

(1) 地役権の契約による取得に対して

前記第一事件5再抗弁(一)と同旨。

(2) 地役権の時効取得に対して

前記第一事件5再抗弁(二)と同旨。

(3) 所有権の時効取得

原告は、前記第一事件1請求原因(一)ないし(四)のとおり本件土地(一)(二)の所有権を時効取得した。よつて、原告は被告が地役権登記を備えないかぎり、被告は地役権者であることを原告に対抗できない。

(二) 本件土地(三)について

(1) 地役権の契約による取得に対して

訴外草間は昭和三五年ころ訴外外山から本件土地(三)を買い受け、さらに、原告は昭和三八年一月三一日、その設立と同時に訴外草間より右土地を譲り受けた。従つて、被告は原告に対し地役権設定登記なくして本件地役権を主張しえない。

(2) 地役権の時効取得に対して

被告は本件土地(一)(二)の占有を開始した当時自己に地役権が属しないことを知つていた。

(3) 所有権の時効による取得

(イ) 原告は、昭和三八年一月三一日、その設立と同時に、訴外草間から本件土地(三)及び右土地を含む土地上に存する同人所有の生コン製造プラントを譲り受け、もつて右同日本件土地(三)を所有の意思をもつて平穏かつ公然に占有を開始した。

(ロ) 訴外草間は、本件土地(三)についても第一事件1請求原因(二)記載のとおり豊明町の要請斡旋により同町が諸手続を代行する条件で訴外外山から右土地を買い受けたもので、訴外草間は個々の地主と一切交渉することなく、同町を信頼し一切の手続を任せていた。従つて、自己が右土地の所有権者であると信じたことにつき過失はなく、昭和三八年一月三一日訴外草間が個人企業から原告に法人成り(代表者訴外草間)した時にも、原告は右土地が自己の所有に属すると信じたことにつき過失はなかつた。

(ハ) 原告は、右占有開始後昭和五八年一月三一日まで、本件土地(三)上に生コン製造プラントを所有し、もつて右土地の占有を継続していた。

(ニ) 従つて、右占有開始の日から一〇年を経過した昭和四八年一月三一日には本件土地(三)につき原告の取得時効が完成し、仮りに、原告につき右自主占有取得につき何らかの過失があつたとしても、右占有開始の日から二〇年を経過した昭和五八年一月三一日には右取得時効が完成したので、原告は本訴において右時効を援用する。

(ホ) 原告は右(イ)(ロ)のとおり本件土地(三)の所有権を時効取得した。よつて被告が地役権設定登記を備えないかぎり被告は地役権の取得を原告に対抗できない。

4  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)(1)同(2)については前記第一事件6再抗弁に対する認否(一)(二)と同旨であり、同(3)については前記第一事件2請求原因に対する認否(一)ないし(四)と同旨である。

(二)(1) 抗弁(二)(1)の事実は争う。

(2) 同(2)の事実は否認する。

(3)(イ) 抗弁(3)(イ)の事実は不知。

(ロ) 同(ロ)の事実は否認する。原告が本件土地(三)を所有者より取得するについては当時の町会議長が個人的立場で口を利いた程度のものであり、町としてはそれ以上の関与をしていない。原告は占有を開始するにあたつて本件土地(三)が自己の所有に属すると信じたことにつき無過失であつたといえない。

(ハ) 同(ハ)の事実は認める。

(ニ) 同(ニ)は争う。

(ホ) 同(ホ)は争う。

5  再抗弁

(一) 本件土地(一)(二)につき(抗弁(一)(3)所有権の時効取得に対して)

第一事件1請求原因(五)と同旨。

(二) 本件土地(三)につき(抗弁(二)(1)(3)の主張に対して)

本件土地(三)について、被告のために名古屋法務局鳴海出張所昭和三九年一月二四日受付第六三一号の地役権設定登記がなされている。

6  再抗弁に対する認否

(一) 再抗弁(一)の事実は認める。

(二) 再抗弁(二)の事実は認める。

7  再々抗弁(再抗弁(二)の主張に対して)

(一) 背信的悪意者

被告は、訴外草間が3抗弁(二)のとおり本件土地(三)の所有権を取得したこと、本件地役権の設定により同人がその事業を行なうにつき重大な障害となること、及び同人が地役権の内容を知れば本件送電線路の設置を拒絶することを認識していたにもかかわらず、右土地が訴外外山名義であつたことを奇貨として、同人に無断でまたは同人を欺罔して5再抗弁(二)記載の地役権設定登記を経たもので、右土地に関して、訴外草間の特定承継人である原告に対し、右土地の所有権についての登記の欠缺を主張しえないいわゆる背信的悪意者である。

(二) 地役権登記に先立つ仮登記の存在

(1) 本件土地(三)については昭和三五年一一月一日、訴外拓植眞澄のため売買予約を原因として所有権移転請求権保全仮登記がなされ、その後右仮登記につき訴外鈴木英治、同田中常三郎へ順次移転の付記登記がなされ、昭和四三年五月一七日原告(本件土地(三)の登記簿上の表示東海小型生コン株式会社)へ移転の付記登記がなされたが、又右仮登記とは別個にこれに先立つて同年同月一三日原告のために所有権移転登記手続がなされた。

(2) かかる場合でも本登記の対抗力は仮登記に基づく本登記と同一に扱われるべきであつてその対抗力は現実の所有権取得の時期(請求権実現の時)まで遡及する。従つて、本件については右土地の現況が宅地とされ農地法の適用を排除されるに至つた昭和三六年四月ころ以降に右土地につき地役権を取得した被告は、右仮登記に基づく本登記権利者と同視すべき者である原告に対しては地役権設定登記をもつて対抗しえない。

8  再々抗弁に対する認否

(一) 再々抗弁(一)の事実は否認する。

(二) 同(二)(1)記載の登記がなされていることは認めるが真実に反した無効な登記である。仮に有効な登記であるとしても原告の本登記は登記簿上仮登記に基づく本登記の形式によらないものであるから、仮登記による順位保全効力は認められない。よつて、同(二)(2)の主張は失当である。

第三  証拠関係<省略>

理由

(第一事件)

一請求原因について

1  <証拠>によると、請求原因1の事実が認められる。

2  そこで、原告が本件土地(一)(二)の右占有開始にあたつて無過失であつたかどうかについて検討する。

(一) 原告はその代表者である訴外草間から本件土地(一)(二)の占有を取得したのであるから、原告の過失の有無については更に訴外草間の占有の取得に逆上つてみる必要があることになる。

(二) <証拠>を総合すれば以下の各事実が認められる。

(1) 昭和三五年当時訴外草間は、名古屋市内に居住し、クサマ商店の商号で生コン工場を経営していたが、愛知郡豊明町大字間米地内に工場施設を建設するため、右同地内に不動産業者の仲介で工場用地を買受け、同年秋ころ着工した。

(2) ところが、同地内の住民から公害問題を理由に工場建設に対する反対運動が起こつたため訴外草間は豊明町から環境保全を理由に数回にわたり移転の要請を受け、その際移転先の工場用地の取得についてはその売買に関する手続等一切を豊明町の側において行なう旨の申出を受けたので、結局右移転の申入れを承諾した。

(3) そこで、豊明町の町長、助役、町会議長、町会議員、関係地区の区長らが関与して右移転先の土地売買の手続一切を行ない、その結果昭和三五年一一月ころ訴外草間は豊明町から本件土地(一)(二)を含む一帯の土地合計一八筆を移転先として提供を受けた。

(4) 次いで、昭和三六年一月ころ訴外草間は右土地上に生コン製造工場の建設に着手し、同年夏ころ完成し、同年秋ころから稼働したが、昭和三八年一月三一日従来個人企業であつたクサマ商店の営業部門を法人組織として原告を設立し、その代表取締役に就任するとともに本件土地(一)(二)(三)を含む右工場用地をその施設とともに原告に譲渡した。

(5) そして、本件土地(一)(二)の所有権移転登記手続は農地転用手続等の遅れのため昭和四〇年一月一六日付で訴外清三から直接原告宛にその手続がなされた。

(6) 訴外草間は右土地取得について豊明町にその手続一切を委せていたので、右土地の提供を受けたときまでの間、自ら進んで売主に会うとか公簿を閲覧する等右土地の権利関係の帰属について調査をしたこともなく、又疑念を抱いたこともなかつた。

以上の事実が認められる。

(三) <証拠>によると、本件土地(一)(二)はもと訴外清之助の所有に属していたこと、同人の子である訴外きぬには私生児である訴外清三並びに夫訴外矢野新之助との子である訴外矢野逸郎(以下逸郎という)、同百合子、同佳枝の四人の子があつて、訴外清之助とともに愛知県愛知郡豊明町に居住していたが、大正六年ころ訴外清三を訴外清之助のもとに残し、新之助、逸郎、百合子、佳枝とともにブラジルへ移民し、その後一度も帰国したことがないこと、訴外清之助は昭和七年六月二四日に、訴外新之助は昭和一四年一〇月二日に、同きぬは大正六年一二月一二日に、同逸郎は昭和一四年七月二六日に、同佳枝は同二五年一一月六日にそれぞれ死亡しているが、同百合子は生死不明であること、訴外清之助の相続については昭和二九年七月三一日付で訴外佳枝が家督相続人として許可されたことが認められる。

右認定事実からすると、本件土地(一)(二)は訴外清之助の死亡により訴外佳枝が相続し、更に昭和二五年一一月六日、訴外佳枝の死亡により同人の異父兄弟である訴外清三が三分の一、同百合子が三分の二の割合で同人を共同相続したことになるから、昭和三五年当時本件土地(一)(二)は、訴外清三と同百合子との右割合による共有であつて、訴外清三の単独所有ではなかつたことになる。

(四) <証拠>によると、訴外百合子はブラジルに移民後一度も帰国した形跡がないのに、戸籍の附票に同人が昭和三七年七月一七日豊明町大字東阿野字寺内四四番地一に住居を定めた旨記載され、次いで、昭和三九年二月六日職権で右記載が抹消されていること、そして、その間本件土地(一)(二)の土地につき昭和三七年七月二五日受付をもつて訴外清之助から訴外百合子宛に相続を原因として所有権移転登記手続がなされ、次いで、昭和三八年五月一五日受付をもつて訴外百合子から訴外清三宛に売買を原因とする所有権移転登記手続がなされていることが認められる。

(五) 以上認定の各事実に基づいてみることにする。

訴外草間が本件土地(一)(二)の土地を売買によりその占有を取得した当時同土地の登記簿上の名義人はすでに死亡していた訴外清之助であり、次いで、訴外清之助から訴外百合子、同人から訴外清三宛の右各土地の所有権移転登記手続がなされたが、その際同手続のために訴外百合子の戸籍の附票が虚偽に作成されたものと推測され(右作成はその手続の性質上豊明町関係者が関与しているものと推測される)、そして、訴外百合子は生死不明であつて、右所有権移転及びその登記手続が効力を有しないとすると、訴外草間が本件(一)(二)土地の占有を開始した当時訴外清三は結局右各土地の持分三分の一を有していたにすぎないことになる。

しかし、訴外草間は当時名古屋市に居住していたが、豊明町大字間米地内に土地を取得し、工場建設に着手したところ、豊明町から公益上の理由による移転の要請及び移転先の取得については同町がその手続一切を行なう旨の申出を受けたので、右移転の要請を承諾するとともに移転先の土地取得について、同町に一任したというのであつて、右経過からすると豊明町が右移転先の土地を訴外草間のために取得してやることは行政機関として通常あり得ることであろうし、他方訴外草間が右申出を受けて公的機関である豊明町を信用してその取得手続一切を一任することも又当然のことであつたというべきである。そして、訴外百合子はその家族とともに四〇数年以前に遠くブラジルに移民し、生死不明であり、ひいてはこのことが本件土地(一)(二)の権利関係を複雑にしていたのであるから訴外草間又は原告が仮りに右の点を調査していたとしてもその事実関係更には戸籍の記載が虚偽になされたことを確認することは容易ではなかつたものと推測される。

以上のような事情のもとにおいては、訴外草間又は原告において、本件土地(一)(二)の権利の帰属及びその取得手続について特に疑念を抱くような事情を聞知しない限り、進んでその売主に問い合わせ、又は登記簿、戸籍簿等を調査確認するまでの義務はなく、従つて、訴外草間及び原告が本件土地(一)(二)の占有を取得した際、その所有権を取得したものと信じたことについて過失はなかつたものというべきである。

3  次に請求原因(三)の事実は当事者間に争いがないから、昭和四八年一月三一日の経過によりまず一〇年の時効が完成したことになり、そして、原告が本訴において右時効を援用したことは本件記録上明らかである。

4  請求原因(五)の事実は当事者間に争いがない。

二抗弁について

1  抗弁(二)(地役権の契約による取得)について判断する。

(一) <証拠>によると抗弁(二)(1)の事実が認められる。

(二) 抗弁(二)(2)について検討する。

(1) 同(イ)は当事者間に争いがない。

(2) 同(ロ)についてはこれを認めるに足る証拠はない。

(3) 同(ハ)について検討すると、本件土地(一)(二)につき訴外百合子が三分の二、同清三が三分の一の共有持分を有していることは前記一2(三)に認定のとおりであるから、三分の一の持分しか有していない訴外清三が、右各土地全体につき単独で地役権を設定する権限を有しないことは明らかであるし、又訴外清三が自己の右持分のみについて地役権設定が可能であつたかの点についても、地役権は要役地の物質的な便益のために、承役地を一体として現実的に使用することを内容とするものであるから、訴外清三が自己の共有持分のみについて地役権を設定することはできないものというべきである(この趣旨は民法二八二条一項に地役権の消滅につき規定されているが、地役権の設定についても妥当する)。従つて、訴外清三と被告との間の地役権設定契約によつてはまだ本件土地(一)(二)の地役権の設定は効力を生じないこととなる。

(4) 同(ニ)について検討すると、同(ⅰ)(ⅲ)のうち訴外清三が昭和七年六月二四日、同一七年六月二四日、同二七年六月二四日当時本件土地(一)(二)を耕作管理していたことは当事者間に争いがない。

そこで、その余の無過失等の判断を省略し、進んで、再抗弁(一)(イ)の点(他主占有)についてみると、本件土地(一)(二)はもと訴外清之助の所有であつたが、同人は昭和七年六月二四日に死亡したこと、訴外清之助の子に訴外きぬがあり、訴外きぬの子に訴外佳枝、同百合子ら及び私生児である訴外清三があつたが、訴外きぬは大正六年頃訴外清三を除くその余の子らとともにブラジルへ移民したことは前記一2に認定のとおりであり、そして、前記甲第八号証の一によると、訴外清三は明治三三年一二月二五日生まれであることが認められ、<証拠>によると、訴外清之助は大正一〇年以降数回にわたつてその所有の不動産の相当数を訴外清三に対し贈与又は売却し、その旨所有権移転登記手続をしたこと、しかし、訴外清之助死亡時において本件土地(一)(二)他の不動産がなお訴外清之助の所有名義であつたことが認められること、以上の各事実からすると、訴外清三は訴外きぬらが移民した当時一六歳であり、訴外清之助死亡当時三一歳であつたから、訴外清三は訴外清之助死亡当時同人を家督相続する異父兄弟らがあること及び自己が贈与等を受けた不動産以外の訴外清之助名義の本件土地(一)(二)他の不動産は右家督相続人が相続することを当然認識していたものと推認される。

従つて、訴外清三は訴外清之助死亡後本件土地(一)(二)の占有を開始したとしても所有の意思がなかつたものというべきであつて、右再抗弁(一)(イ)は理由があるので、その余の点をみるまでもなく、右抗弁(二)(2)(ニ)の点は理由がない。

(三) 以上によれば、被告と訴外清三との間の地役権設定契約は結局効力を有しないことになるから、抗弁(二)は理由がないことになる。

2  次に抗弁(三)(地役権の時効取得)について検討する。

(一)  被告が昭和三六年六月一六日本件土地(一)(二)上に送電線路(使用電圧二五万ボルト)設置工事に着工し、同年一二月二三日右工事を竣工したこと、昭和四七年八月八日右各土地上の送電線路を所有し送電の用に供していたことは当事者間に争いがなく、そして、被告と清三間の地役権設定契約がなされたことは前記二1(一)に認定のとおりである。

(二)  そこで、抗弁(三)(2)(被告の無過失)につき検討する。<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1)  被告は遅くとも昭和三六年初めのころ、本件土地(一)(二)を含む豊明町大字東阿野字大島付近の土地を買収し送電線路を架設することを計画し、被告従業員の訴外松本がその用地取得を担当したが、同人は本件土地(一)(二)上に訴外草間が工場施設建設に着工したことを聞き及び、同年二、三月ころから三回位訴外草間に対し送電線路の設置につき協力を求めるため同人を訪問した。

(2)  ところが、同人との交渉が難航し、その上本件土地(一)(二)の所有名義が登記簿上は訴外草間でなかつたため当時の区長訴外稲垣岸松の協力を得て、以後訴外清三を相手に地役権設定の交渉をすることにし、そして、訴外松本が訴外清三と接触した際、同人からその当時訴外清之助名義であつた本件土地(一)(二)について、訴外清三名義にすると言われ、その後、昭和三七年七月一七日受付をもつて訴外清之助から訴外百合子へ相続を原因として所有権移転登記手続がなされた。

(3)  その後被告、訴外清三間で昭和三七年八月八日付の地役権設定契約書が作成され、更に同年九月一三日ころ昭和三八年四月二〇日付の地役権設定契約証書が作成され(なお、右証書の日付は昭和三八年四月二〇日と記載されているが、右日付は登記手続上の便宜のため右作成日後に記入された)、そして、昭和三七年九月ころ、他の買収、地役権設定対象地に比べ、遅れて、訴外稲垣岸松方において地役権設定の対価が被告より支払われ、昭和三九年一月二四日受付をもつて本件土地(一)(二)につき被告のため地役権設定登記がなされた。

以上の各事実が認められるのであり、更に右各土地につき地役権設定契約が締結される直前に急拠訴外清之助名義から訴外百合子名義に所有権移転登記手続がなされた事実も認められる以上被告としては、本件土地(一)(二)の所有関係即ち訴外清三の権限の有無につき疑念をもち、調査確認をすべきであつたし、そして、登記簿、戸籍簿の閲覧更には訴外清三に問い合せ等すれば容易に訴外清三に右地役権設定の権限がなかつたことを知り得たものと推測される。

従つて、被告は自己に地役権が存すると信じ、本件土地(一)(二)の占有を開始したことにつき過失がなかつたとは認められない。

(三)  よつて、抗弁(三)(2)(被告の無過失)が認められない以上その余の点につき判断するまでもなく抗弁(三)も理由がない。

三以上のとおりであつて、原告の所有権に基く地役権設定登記の抹消を求める請求は理由がある。

(第二事件)

一請求原因

1  本件土地(一)(二)について

請求原因(一)(1)(地役権の契約による取得)、同(2)(地役権の時効取得)の各主張は前記第一事件二の12のとおりであり、いずれも理由がない。

2  本件土地(三)について

(一) 請求原因(二)(1)(地役権の契約による取得)のうち同(イ)は当事者間に争いがない。

そこで、同(ロ)について検討する。

まず乙第三七号証中被告作成部分については、<証拠>によると、訴外外山は昭和三五年ころ当時豊明町町会議長であつた兄弟の訴外外山義光から、訴外草間の生コン工場の移転先として、訴外外山所有地を提供するよう要請を受け、これに応じて訴外外山義光に対し本件土地(三)を含む訴外外山所有地の登記済証(乙第三八号証の一)を交付したこと、その後これを利用して訴外外山と被告間の地役権設定登記がなされたこと、訴外外山の死亡後、同人が自ら保管していた遺品中から右登記済証とともに本件土地(三)についての分筆手続申請書(乙第三八号証の二)、訴外外山と被告間の地役権設定契約証書(乙第三七号証)が一緒に発見されたこと、訴外外山の生存中同人は右地役権設定契約について被告その他何人に対しても何ら異議を述べたことはなかつたことが認められ、右各事実によれば、右乙第三七号証中訴外外山作成部分は同人の意思に基づいて真正に成立したものと推認せられ、そして右<証拠>によれば、請求原因(二)(1)(ロ)の事実を認めることができる。

3  従つて、被告の地役権を取得したとの主張は本件土地(一)(二)については理由がないが、本件土地(三)については理由があることになる。

4  請求原因(三)の事実は当事者間に争いがない。

5  請求原因(四)のうち本件土地(三)のうえに原告所有の本件建物が存在していることは当事者間に争いがなく、そして、<証拠>によれば、本件建物が別紙添付図面のとおり、本件土地(三)上に存在することが認められる。

ところで、<証拠>によれば、本件土地(三)についての被告の地役権設定の目的は本件送電線下用地上に家屋その他の工作物を設置しない旨の不作為請求権をその内容とするものであり、本件建物の存在は右被告の地役権と相容れないものと認められるから、被告は右地役権に基づき本件建物のうち、本件土地(三)のうえに存在する部分の収去を求めることができるものというべきである。

二抗弁について

被告の本件土地(三)に対する地役権の契約による取得に対する主張(抗弁(二))につき検討する。

<証拠>を総合すると、訴外草間は昭和三五、六年ころ本件土地(三)につき訴外外山義光及び豊明町関係者らを介して訴外外山との間で売買契約を締結し、次いで昭和三八年一月三一日原告の設立と同時に右土地の所有権を原告に譲渡し、そして、登記手続については中間省略登記の形式で昭和四三年五月一三日直接原告宛に所有権移転登記手続をしたことが認められる。

従つて、右事実からすると抗弁(二)(1)は理由がある。

三再抗弁について

再抗弁(二)(地役権の登記)の事実は当事者間に争いがないから、右再抗弁(二)は理由がある。

四再々抗弁について

1  再々抗弁(一)(背信的悪意者)について検討する。

<証拠>によると、次の事実が認められる。

(一) 被告は昭和三五年暮頃から豊明町等に東名古屋変電所の高圧送電線を設置するため関係土地所有者に対し鉄塔建設用地の買収及び送電線下の土地に地役権を設定するための交渉を始めていた。

(二) 被告の右担当者訴外松本は昭和三六年初頃右交渉の対象地である本件土地(三)周辺の田が埋立てられ、工場建設が始められており、そして、同土地等がすでに秩父セメントに売却されていると聞き、同会社に尋ねた結果、訴外草間が右工場建設をしていることを知り、そこで、同年二月頃から訴外草間に対し、地役権設定を受ける意図のもとに再三送電線下の部分に工場を建設しないよう要請したが、訴外草間からこれを断られた。

(三) しかし、被告は順次送電線路の設置工事を行ない、昭和三六年四月頃本件土地(三)附近で同工事を行なつていた際、訴外草間と交渉し、工場の建築場所を一部変更して貰い、又被告も高圧線の通過する場所を一〇数メートル変更する方法で同年六月頃鉄塔を建設した。

(四) その後訴外松本は本件土地(三)の登記簿上の名義が訴外草間でなく、訴外外山悦郎であることを知つたために本件土地(三)の属する地区の区長らを交えて地役権設定の申出をしたところ、訴外外山は本件土地(三)を当時すでに他に売却していたことを訴外松本に告げることもなく、右申出に応じたので、昭和三七年九月頃被告と訴外外山間の地役権設定契約が締結された。

以上の事実が認められる。

以上認定の事実からすると、被告は遅くとも訴外外山との間の地役権設定契約締結の際には、訴外外山がすでに他に売却していたことを告げなかつたとしても、訴外草間が本件土地(三)について売買等その所有権を取得するための契約を締結していたことを知つていたものと推認され、従つて、右地役権の設定が訴外草間の所有権の制限となることも知つていたものというべきである。

しかし、被告が本件土地(三)附近の送電線路の設置工事に着手したのは訴外草間の右工事着手直後であつて、被告の工事の性質からすれば、送電線路の設置場所としてことさら本件土地(三)を選んだものとは認められないこと、原告、被告ともに工場又は送電線路の設置場所について互譲してその工事内容を一部変更していること、地役権設定契約締結についても不当な手段はとられていないこと、その他被告において右地役権設定により不当な利益を得る等の意図があつたことも認められない。

更に、前記一5に認定のとおり右地役権設定の目的は送電線下用地上に家屋その他の工作物を設置しないことを内容とするのであり、<証拠>によると、被告の設置した本件送電線路の使用電圧は二五万ボルトであることが認められるから、旧電気工作物規程(昭和二九年四月一日制定、通商産業省令第一三号)第一〇〇条四項、電気設備に関する技術基準を定める省令(昭和四〇年通商産業省令第四一号)第一三三条五項の規定の趣旨からすると、送電線路の側方に水平距離で三メートル未満の範囲及びその下方において建造物等を設置してはならないこととなるので、結局右地役権の承役地である本件土地(三)に対する使用の制限も右限度にとどまり、それ以外の使用は可能であつて、本件土地(三)に対する原告の使用を全く不能にするものではない。

以上の事実関係からすると、被告のなした右地役権設定契約の締結はいまだ正常な取引の範囲を逸脱し信義則上許容されないものとはいえず、被告は登記の欠缺を主張することのできない背信的悪意者に当るものとは認められない。

よつて、右に関する再々抗弁(一)は理由がない。

2  再々抗弁(二)(地役権登記に先立つ仮登記)について検討する。

再々抗弁(二)(1)の事実は当事者間に争いがない。

右のように原告としては右仮登記の付記登記を経ているから、右仮登記に基づいて本登記をすることができたはずであるのに、これによらないであえて別個に所有権移転登記手続をした以上、右仮登記に基づき本登記がなされたことを前提とするその順位保全の効力を主張することは許されないものと解される。

よつて再々抗弁(二)は理由がない。

五以上のとおりであつて、被告の本訴請求は本件土地(三)に関して地役権の確認を求め、右地役権に基づき本件建物のうち同土地上の部分の収去を求める限度で理由があり、その余の本件土地(一)(二)に関する本訴請求は理由がない。

(結論)

そうすると、第一事件の原告の請求は理由があるからこれを認容し、第二事件の被告の請求は本件土地(三)につき地役権の確認を求め、本件建物のうち同土地上に存する部分の収去を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、各事件の訴訟費用の負担につき民訴八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官林  輝 裁判官松村恒 裁判官小木曽良忠)

(別 紙)

土地目録

(一) 豊明市阿野町大島一六九番三

宅地 二一五・七六平方メートル

(二) 右同所一七〇番二

宅地 二四七・九三平方メートル

(三) 右同所一七一番三

宅地 一六〇・五〇平方メートル

(別 紙)

地役権目録

別紙土地目録記載の各土地につき

原 因 昭和三八年四月二〇日設定契約

目 的 電線の支持物の設置を除く電線路の施設およびこの送電線下用地上に家屋その他の工作物を設置しないこと

範 囲 全 部

要役地 豊明市栄町道山七二番七七

雑種地 一七六八平方メートル(地役権登記の登記簿上の表示)愛知郡豊明町大字栄字道山七二番の七七     雑種地 一反七畝二五歩

(別 紙)

建物目録

一 プレハブ平家建 一棟

東西約一・五間

南北約四間

総面積約六坪

別紙添付図面赤斜線をした位置に設置されているもの(未登記)

(別 紙)図面<省略>

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