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名古屋地方裁判所 昭和51年(ワ)483号 判決 1980年11月14日

原告

渡辺花桐

右訴訟代理人弁護士

鈴木泉

(ほか四名)

被告

株式会社安成工業

右代表者代表取締役

植竹正雄

右訴訟代理人弁護士

近藤堯夫

主文

一  被告は原告に対し、金五一九万八七〇八円及びうち金四六九万八七〇八円に対する昭和五一年三月二四日から、うち金五〇万円に対する本判決確定の日の翌日から、それぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その四を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

(一)  被告は原告に対し、金一五七五万四二三五円及びこれに対する昭和五〇年一一月五日から支払ずみに至るまで、年五分の割合による金員の支払をせよ。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

(請求の原因)

一  当事者

被告は自動車部品の製造・組立等を業とする株式会社であり、原告は昭和五〇年一一月四日当時被告に雇われ、自動車部品のプレス作業等に従事していた。

二  事故の発生

原告は次のとおりの事故(以下本件事故という)により傷害を負った。

(一) 日時 昭和五〇年一一月四日午後一時

(二) 場所 愛知県大府市北崎町大島三〇番地被告会社本社工場内

(三) 事故の態様

原告が八トンプレス(以下本件プレス機という)を操作し、自動車部品のバリを同プレスにより押しつぶす作業に従事中、材料を右手で入れ、プレスして左手でつまみ出そうとしたところ、プレスラム(上型)が二度落ちしたことにより左手母指をはさまれ負傷した。

(四) 傷害の部位及び程度

1(1) 傷害の部位

左母指を第二指骨関節より末節切断

(2) 治療経過

昭和五〇年一一月四日から同年一二月二〇日まで宮田外科に通院(実日数四〇日)

2 後遺症 労働者災害補償保険法(以下労災保険という)障害等級第九級に該当する。

三  責任原因

(一) 雇傭契約上の債務不履行責任

被告は労働契約上、自己の提供する諸設備から生ずる危険が労働者に及ばないように労働者の安全を配慮する義務を有し、本件プレス機の如く、本質的に危険を内在する機械を使用させて作業に従事させる場合には、危険防止につき万全の措置を講ずべきであったにも拘らず、何らの安全教育も原告に施さなかったばかりか、適切な設備・安全装置を設置せず、かつ安全保護具も原告に支給していない。右のような被告の安全配慮義務違反により本件事故が生じたものである。なお被告の安全配慮義務の内容及びその違反について具体的に述べると次のとおりである。

1 本件プレス機は、二度落ち事故を回避できない危険プレス機である。

(1) 先ず本件プレス機本体に構造上の危険性がある。

(ア) クラッチの故障による二度落ち

本件プレス機のクラッチは、ピンクラッチ式確動プレスであるところ、確動式クラッチにおいては、一度かかったクラッチは一ストロークがすまないと切ることができず、かっ非常停止を行うことができない。又ピンクラッチはローリングキークラッチよりノッキングを起し易く、ノッキングを起しているものをそのまま使っているとノッキングの程度が次第に増大し、プレスラムが二度落ちすることがあり、一番危険なクラッチである。

ピンクラッチ式プレス機の二度落ち原因とそのメカニズムは次のとおりである。即ち、クラッチは常に動力によって回転するメインギアの回転運動を、メインギアのボス面に開けられたボス穴にクラッチピンを差し込んだり抜いたりすることによってクランクシャフトへ、右回転運動を伝導したり、切断したりする機能を有する装置であるところ、クラッチの右機能はボス穴よりクラッチピンの抜け方や入り方が不完全であると働かず、その結果メインギアの回転運動の断続が不完全となり、クランクシャフトが本来停止しなくてはならない上死点(その前後の許容角度以内)で停止せず、クランクシャフトの自重や回転運動の惰力をブレーキが支えきれず、クランクシャフトが過回転ないし逆回転して二度落ちする。クラッチピンの抜け方や入り方が不完全となるのはクラッチピンの摩耗(ボス穴に飛び込むピンの先端の摩耗やクラッチ掛外し金具がかむピンのあごの部分の摩耗等)や、クラッチ掛外し金具の引きが弱い場合に起る。

(イ) ブレーキの故障による二度落ち

本件プレス機に取付けられたブレーキは、シューブレーキである。

右ブレーキの機能はクランクシャフトを常時締付けてメインギアの回転運動をクラッチが入っている間のみクランクシャフトに伝える役割をしているのである。換言すればクランクシャフトの自重や、伝えられたメインギヤの回転運動の惰力でクランクシャフトが回転しすぎたり戻ったりしないようにクランクシャフトを摩擦力で締付けているのである。

従ってブレーキが正常に機能しない状態(ブレーキがゆるんだり、ブレーキとクランクシャフトの摩擦面に油が回ったりして右摩擦力が減弱した状態)では、たとえクラッチが正常に作動していても、クランクシャフトの自重やその回転運動の惰力を制禦できずクランクシャフトの過回転ないし逆回転を防止し得ず二度落ちする。

(ウ) クラッチ、ブレーキ以外の二度落ち原因

本件プレス機は、その他にも様々な原因によって二度落ちが起こる。その主要な原因をあげれば、先ずメインギアとクランクシャフトの焼きつきである。メインギヤとクランクシャフトはクラッチによって断続されているが、クラッチが入っていない状態では本件プレス機のメインギアはクランクシャフトを軸(中心)として空転している。クラッチ等の機能が正常に働いていても、メインギアとクランクシャフトの接点が熱をもって焼き付けばメインギアに連動してクランクシャフトが回ってしまい、二度落ちになる。さらに同様の理由としてカップリング面とギアボス面の焼き付きも二度落ちの原因になる。

次に、クラッチピンはボス穴から抜かれてカップリングの空間に収まり、またボス穴に飛びこむのであるが、その結果クラッチピンはカップリングの空間で往復運動をする。そしてクラッチピンの面とカップリング空間の面の接点が油ぎれで焼き付けばやはりクラッチピンのボス面への出入りが不完全となりクラッチ機能が不正常となって二度落ちする。

(エ) 以上述べたように本件プレス機本体には、二度落ちの原因が極めて多方面に存在し、結局二度落ちを全面的に排除することは不可能である。しかも連続落ちに比して二度落ちはプレス機の一部が完全に故障してしまうものではなく、一時的な機能停止の結果であるから、二度落ちが発生した直後にその原因を点検調査しても明確に突きとめることが困難な場合がある。従って結局二度落ちの原因は、本件プレス機本体そのものに求めねばならない。即ち本件プレス機本体を使用する限り本件の如き二度落ち事故を防止することはできない。そしてこのことは後述するように「安全装置」を取り付けたところで全く同じことがいえる。

(2) 次に本件プレス機に取り付けられた安全装置に危険性がある。

(ア) 本件安全装置の故障による二度落ち

(ⅰ) 本件安全装置は、エアシリンダー式AC―3型安全装置であり、その操作スイッチは両手操作式の押ボタン方式である。ところで本件安全装置を取付け、それが正常に機能していたとしても前述したプレス機本体の機能があらゆる点で正常に働かなければ、二度落ち事故を回避することはできない。

蓋し本件安全装置は、別にノンリピート装置あるいは二度落ち防止装置といわれるものであるが、その機能は操作スイッチを押し続けても(入力の状態)、プレスラムが一上下運動しかしない、即ち一操作一行程の機能をもつにすぎないものであるからである。裏返せば、本件安全装置を取付けていない場合、あるいは取付けていても正常に働かない場合には操作スイッチを押し続ける限りプレスラムは上下運動を繰り返す。

(ⅱ) 本件安全装置本体(操作スイッチを除く)の作動不良による場合

本件安全装置の原理は以下のとおりである。操作スイッチを押す(入力)と、電磁弁の電磁石が働き、弁内部のスプールを移動させ、オートシリンダーに入る空気の流通方向が切替り変えられて、シリンダー内のピストンが作動し、同ピストンに直結しているクラッチ操作ロッドが作動してクラッチピンをメインギアボス面に飛び込ませ、その結果プレスラムが一上下運動をする。右ラムが一回落下すると、それに接続しているリミットスイッチが働いて運動回路の電源が強制的に切られる。従って引き続き操作スイッチを入力にしていてもプレスラムが上下することがないというものである。

ところで右シリンダーの内壁とピストンの接点や、あるいは電磁弁内壁とスプールとの接点が焼き付いたりあるいは空気内の異物が右接点にはさまる等して作動不良を起すことがあり、こうした場合二度落ちが発生する。

仮にプレス機本体部分に補助スプリングを結合させシリンダー外部のスプリング機能と相まってプレスラムの二度落ち防止対策をしても、補助スプリングはシリンダー外部のスプリングを補助してクラッチ操作ロッドを押し上げる機能を強めているに過ぎず、前述した本件プレス機本体あるいは安全装置本体の異常作動による二度落ちを防止することには何ら役立たないものである。

(ⅲ) 操作スイッチの作動不良による場合

両手操作式押しボタンスイッチの接点にごみが入り、異常通電を起す結果、スイッチ操作をしないにもかかわらずラムが落下することもある。押しボタンスイッチのボタンケースは露出しているから、スイッチ接点に鉄粉等が入り通電する可能性がきわめて大きい。

2 ところで昭和五二年労働省令三二号(労働安全衛生規則の一部を改正する省令)による改正前の労働安全衛生規則(以下旧規則といい、改正後の労働安全衛生規則を単に規則という)一三一条一項によれば、「事業者は、プレス機械及びシャー(以下「プレス等」という。)については、スライド及び刃物の作動中に危険限界に身体の一部が入らないような措置を講じなければならない。ただし、身体の一部が危険限界に入ったときに、スライド及び刃物が急停止する構造のプレス等については、この限りでない。」とされている。

本件プレス機は、一度下降を開始したプレスラムが、下死点を経て上死点に達するまで、右危険限界に身体の一部が入ってもスライドが急停止する構造ではない。従って被告会社としては、原告に本件プレス機械を使用して作業に従事させるにあたっては、旧規則上も危険限界に身体の一部が入らないような措置を講じなければならない安全配慮義務があったことは明らかである。

而して右「危険限界に身体の一部が入らないような措置」とは、

イ 材料の送給並びに製品及び抜きかすの取り出しを自動的に行なわせるものであること

ロ 指が危険限界にとどかぬような安全囲いが設けられていること

ハ 上死点における上型と下型とのすき間及びガイドピンと型とのすき間が八ミリメートル以下とされていること

(昭和四五年一〇月一六日付労働省労働基準局長通達七五三号。以下昭和四五・一〇・一六基発七五三号のように略称する)

である。

次に旧規則一三一条二項によれば、「事業者は、作業の性質上、前項の規定によることが困難なときは、安全装置の取付けその他の安全を確保するため必要な措置を講じなければならない。」とされている。

しかし本件プレス作業は、右にいう「作業の性質上、前項の規定によることが困難なとき」には全く該当しない作業であった。

即ち右「困難なとき」とは、「多品種少量生産の場合、形状の複雑な材料を加工する場合」をいうところ、(昭四五・一〇・一六基発七五三号)本件作業は自動車部品の部分の小穴の周囲に付いたバリを取る作業であり、原告はこの作業を一日中行なうよう指示されたもので、多品種少量生産ではなく単品種多量生産であること明らかであり、形状複雑でないこともきわめて明らかである。本件作業においては、右一項に規定された「必要な措置」はいずれもきわめて容易に講ずることができるのである。

3 以上1、2に述べた次第で、本件プレス機は常に二度落ちの危険性が内在しており、かつプレス機本体のこのような二度落ちの性格はいくら安全装置を取付けても変えられないのであるから、材料の送給及び製品の取出しは自動的に行えるようにすべきであった。ところが、本件事故当時、本件プレス機には旧規則一三一条一項のいずれの措置もとられていなかった。

本件において上型と下型とのすき間は実に四〇ミリであり、手指どころか手そのものがそっくり入りこむことができる極めて危険な状態にあった。

仮に自動化しないで本件プレス機を使うなら、被告は原告に対し、手工具を両手でそれぞれ保持させ、材料の送給及び製品の取出しを行わせるべきであった。

そもそも旧規則一三一条二項の適用のないこと前記のとおりであるけれども仮にその適用があるとしても、被告会社は右二項規定の措置(「安全装置の取付けその他安全を確保するため必要な措置」)すら講じていない。被告会社が講じた措置としては、せいぜい両手操作式AC―3型安全装置を取りつけたのみで、これすら規則に違反する欠陥装置であった。

即ち右にいう「その他の安全を確保するため必要な措置」とは、

イ 材料を両手で保持して加工する場合において、作業者の指先と危険限界との距離が常に一〇センチメートル以上に保たれていること

ロ 片手で専用の手工具が使用され、かつ、他方の手に対し安全囲い等が設けられていること

ハ 専用の手工具が両手でそれぞれ保持され、材料の送給又は製品の取出しが行なわれること

ニ 安全な構造の金型が使用されていること

のいずれかの措置をいう(昭四五・一〇・一六基発七五三号)が、被告は右いずれの措置も極めて容易にとれたにもかかわらず、全くとっていなかった。

(二) 不法行為責任

1 植村正雄は本件事故当時、被告会社の代表取締役であったものであるが、同人はその職務執行として前記プレス作業を命ずるにあたっては機械器具、その他の設備による危険を防止し、プレス型の作動中に危険限界内に身体の一部が入らないような措置を講じなければならない注意義務があったにもかかわらず、同人は漫然これを怠った過失により前記安全設備を設置する等の措置を講じなかったもので、この違法によって本件事故が発生し、原告が受傷するに至った。よって被告は民法四四条、七〇九条に基づき右植村の行為につき責任を負う。

2 本件プレス機は、被告工場内に設置され、容易に移動できない被告所有の工作物である。本件事故は前記のとおり右プレス機の故障及び安全装置の欠如により発生したものである。

よってその占有者であり、且つ所有者である被告は原告に対し民法七一七条に基づき本件事故による損害を賠償する責任がある。

四  損害

(一) 逸失利益 一二〇五万四二三五円

原告は前記後遺症により労働能力を減少し、次のとおり算出される得べかりし利益を喪失した。

(生年月日) 昭和一〇年六月二八日生

(収入)

原告の昭和五〇年一一、一二月分の給料は、各一二万四九三五円、昭和五一年一月分は一六万五一一七円であった。又被告会社の年間賞与は毎月の支給総額の四か月分を下らない。従って原告の収入は年間二二一万三二六四円を下らない。(後遺障害による逸失利益は、労働能力の喪失それ自体であるととらえるべきであり、損害算定の基礎となる原告の収入につき本件のように事故直後の月収が証拠上明白となっている以上少なくとも、その金額が原告の事故当時の労働能力であると考えるべきであり、又賃金センサスによる年令別平均給与額((昭和五〇年当時の年令四〇才の男子の年収は二二七万〇四〇〇円))が第一次的に斟酌されるべきである。)

(労働能力喪失率) 三五パーセント

(就労可能年数) 二七年

(年五分の中間利息控除)

ホフマン複式(年別)計算による

従って原告の逸失利益は次のとおり一三〇一万七〇九一円を下らないがそのうち一二〇五万四二三五円を請求する。

138,329(円)×16(月)×35/100×16.804=13,017,091(円)

(二) 慰藉料 二七〇万円

原告は前記傷害及び後遺症により精神的損害を蒙った。右損害を慰藉すべき額は二七〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用 一〇〇万円

五 よって原告は被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

(被告の答弁及び抗弁)

一  答弁

(一) 請求原因第一項は認める。

(二) 同第二項のうち、原告が本件事故により傷害を負ったこと、(一)、(二)は認める。(三)のうち材料を右手で入れ、プレスして左手でつまみ出そうとしたところ、プレスラム(上型)が二度落ちしたことは否認し、その余の事実は認める。本件事故が二度落ちによるものでないことは後記のとおりである。(四)1(1)は認め、(四)1(2)のうち原告が昭和五〇年一一月四日から宮田外科に通院したことは認め、その余は不知。(四)2は否認する。

(三)1 同第三項(一)のうち、本件プレス機のクラッチがピンクラッチ式確動プレスであること、確動式クラッチは一度かかったクラッチは一ストロークがすまないと切ることができず、かつ非常停止を行うことができないこと、クラッチは常に動力によって回転するメインギアの回転運動を、メインギアのボス面に開けられたボス穴にクラッチピンを差し込んだり抜いたりすることによってクランクシャフトへ、右回転運動を伝導したり、切断したりする機能を有する装置であること、本件プレス機に取付けられたブレーキはシューブレーキであること、ブレーキがゆるんだ場合、ブレーキに油がまわった場合は、一般的にはプレスラム二度落ちの原因になること、本件安全装置はエアシリンダー式AC―3型であり、その操作スイッチは両手操作式の押ボタン方式であること、本件安全装置の機能は操作スイッチを押し続けてもプレスラムが一上下運動しかしない、即ち一操作一行程の機能をもつこと、本件安全装置の原理は、操作スイッチを押すと、電磁弁の電磁石が働き、弁内部のスプールを移動させ、オートシリンダーに入る空気の流通方向が切り替り変えられて、シリンダー内のピストンが作動し、同ピストンに直結しているクラッチ操作ロッドが作動してクラッチピンをメインギアボス面に飛び込ませ、その結果プレスラムが一上下運動をし、右ラムが一回落下すると、それに接続しているリミットスイッチが働いて運動回路の電源が強制的に切られ、従って引き続き操作スイッチを入力にしていてもプレスラムが上下することがないというものであること、補助スプリングがシリンダー外部のスプリングを補助してクラッチ操作ロッドを押し上げる機能を強めていること、押しボタンスイッチのボタンは露出していること、旧規則一三一条一、二項には原告主張のとおり規定されていること、以上の事実は認め、その余の事実は否認する。

2 本件事故態様についての被告の主張はつぎのとおりである。

(1) 本件プレス機は有限会社金田製作所製造にかかるものであるが、本件プレス機本体には安全装置が組み込まれていなかったため、被告は日動安全株式会社製造の安全装置を取付けた上、右プレス機を昭和四六年九月一一日カネマツ機工商店より購入した。

而して、被告は、昭和五〇年六月六日、右安全装置を同じく日動安全株式会社製造の新型安全装置に取り替え、これを本件プレス機に設置した。この安全装置は、エアシリンダー式AC―3型プレス安全装置と呼称されるもので労働省より適式な安全装置である旨の検定を受けていた。そして、本件プレス機は、これを作動させるためのスイッチとして、足踏み式と両手操作式の両用が可能であったが、本件事故当時前より両手操作式スイッチのみの操作で、本件プレス機が作動されるようになっていた。右両手操作式スイッチの場合、二個の操作スイッチがあり、この二個のスイッチが同時に押されなければ、電気回路が入らない構造になっていた。

(2) ところで原告は本件プレス機についてプレスラムの二度落ちの原因として理論上考えられる点をあげるので、これについて反論する。

(ア) 原告はノッキングを生じているにも拘らずプレス機を使用すると二度落ちが生ずることがあると主張するが、仮にそうであるとしても本件プレス機には当時ノッキングを生じさせるような欠陥(クラッチピンの摩耗、押しばねが弱すぎること、スライド停止位置のずれ)はなかった。

(イ) クラッチピンが摩耗した場合については、その場合クラッチピンが短かくなり、すべりやすくなってメインギアのボス面に入りにくくなるためプレスラムに動力が伝達されなくなり、プレスラムが作動することはなくなるのであるから、クラッチピンの摩耗が二度落ちの原因とはならない。

(ウ) ブレーキがゆるんだ場合、ブレーキに油がまわった場合これが一般的にプレスラム二度落ちの原因となりうることは、認めるが、もし本件事故当時本件プレス機のブレーキがゆるんでいたのなら、事故後の点検の際にもプレスラムはスライドして当然であるのにこのような事実はなかったからブレーキのゆるみはなかったといえる。なおブレーキに油がまわった場合は、ブレーキがゆるんだ場合と同様の結果を生じさせるものであるから、このような事実もなかったことになる。

(エ) 更に本件プレス機の場合、これに設置されていたAC―3型安全装置の構造、機能からして、以上いずれの場合でも二度落ちが防止されるようになっていた。要するにプレスラムの二度落ちは、プレスラムが一往復運動した後に、指令もなしにクラッチピンが何らかの原因で不自然にボス面に入るために生ずるものであるから、指令がない場合にボス面にクラッチピンが入らないようなシステムがあれば、プレスラムの二度落ちは防止しうることになるのである。AC―3型安全装置はまさに右システムを有していたのである。

本件プレス安全装置の構造及び機能は次のとおりである。即ち、プレス前面テーブル(ボルスター)に取付けられた操作スイッチを同時に押すと電磁弁が働き、別に配管によって用意された圧縮空気がシリンダー内に送り込まれ、その圧力でシリンダーにジョイントピンにより連結されているプレスのクラッチロッドが引き下げられ、クラッチからクラッチピンがはずれ、プレスラムが下降し一行程の作業をプレスが行うこととなる。他方プレス上部前面に取付けられたリミットスイッチ(セフティパイロット)は、ラムが四分の一ないし三分の一下降すると、電気回路を閉じる仕掛となっており、リミットスイッチにより電気回路が閉じると保全継電器内のリレーが働き、電磁弁の電気回路は開放され、圧縮空気はシリンダー内の反対側の室に送り込まれ、引下げられていたプレスのクラッチロッドは上へ戻り、クラッチにクラッチピンが入り一行程を終えたプレスラムは停止する。なおシリンダー外に取付けられたスプリングは、クラッチロッドを押上げることにより二度落ちを防止している。前述したように、リミットスイッチにより電気回路が閉じるとシリンダーがあがり、引き下げられていたプレスのクラッチロッドが上に戻り、クラッチにクラッチピンが入りプレスラムは停止するのであるから、操作スイッチを押し続けていない以上、右シリンダーは上にあがったままの状態であって、シリンダーの力によりクラッチピンがボス面に入らなくなり、プレスラムが作動することはないといわなければならない。

しかも右シリンダーの外に取り付けられているスプリングは、常時クラッチロッドを押し上げる機能を有しており、これによりクラッチピンがボス面に入らないようにしている。このように、AC―3型安全装置は、ノンリピート装置のみならず、シリンダー及びスプリングの機能によりプレスラムの二度落ちを防止している。従って原告が主張するような原因があっても、本件プレス機の場合、右の如き安全装置の機能により、二度落ちが防止されていた。

(オ) 次に右安全装置が故障等した場合についてみると、右安全装置が故障等しても、プレスラムが二度落ちするとは容易に考えられないのである。蓋し、

(ⅰ) 操作スイッチが入っていなければ、回路が切断されているから、プレスラムは作動しない。

(ⅱ) 操作スイッチが入ったままであれば、プレスラムは一往復するが、リミットスイッチが働きプレスラムは停止する。

(ⅲ) 電磁弁が働かなければ、クラッチロッドが作動しないから、プレスラムは停止する。

(ⅳ) スプリングの機能に損傷があれば、クラッチロッドがもとに戻らず従ってプレスラムは下降したままである。

(ⅴ) コンプレッサーの圧力が低ければ、プレスラムが上昇するのが遅くなるのみであり、逆に圧力が高くてもプレスラムの往復運動速度に変化はない。

(ⅵ) リミットスイッチが入ったままであれば、プレスラムは下降したままであり、逆にリミットスイッチが切れたままであれば、プレスラムは上昇したままである。

(ⅶ) 継電器の回路に故障があれば、回路が切断されるので、プレスラムは静止する。

(ⅷ) 電磁弁に過大電流が流れれば、電磁器が焼付き、逆に過少電流であれば、プレスラムの往復運動が遅くなる。

からである。

安全装置のクラッチロッドの結合部分にゆるみなどが生じていればプレスラムはそれなりの不規則運動をすることになるがその事実はなかった―この防止は、シリンダー外部のスプリングの機能により補助されているところである。しかも本件プレス機及び安全装置については、プレス機本体部分に補助スプリングを結合させて右結合部分にゆるみが生じても、このスプリングの機能により、プレスラムの二度落ちが生じないようにしてあった。

このようにみてくると、安全装置の故障そのものからは、プレスラムの二度落ちが発生するとは考えられない。

(3) さて本件において重要なことは、理論上どのような場合にプレスラムの二度落ちが生ずるかということではなく、果して本件プレス機及びそれに設置してある安全装置に、如何なる欠陥があって原告主張のプレスラム二度落ちが発生したかということである。しかるに原告は右の点を全く明きらかにすることはないのである。もし原告主張のようなプレスラム二度落ち原因たる欠陥が本件プレス機や安全装置に存し、これが原因で本件プレス機のプレスラムの二度落ちが生じたとするならば、本件事故時のみならず、その後においてもプレスラムの二度落ちが生じていなければならない。しかし(イ)被告会社においては、以前本件プレス機の事故は発生したことがなく、又本件事故直後被告会社の従業員が本件プレス機を点検し、作動させたが何らの異常もなかったし、(ロ)又本件プレス機及び安全装置(但し両手操作式スイッチ、リミットスイッチを除く)は昭和五〇年一二月に至り、小野田プレス工業所に売渡し、同工業所はこれをそのままの状態で使用していたが、二度落ちの現象は生じていない。要するに前述の原告主張の如き原因によりプレスラムの二度落ちが発生するとしても、本件プレス機及び安全装置には、プレスラムの二度落ちを発生させるような何らの欠陥もなかったのである。

(4) 又原告の受傷の部位あるいは程度からしても、本件事故がプレスラムの二度落ちによるものでないことは明らかである。

(5) 以上のように、本件事故がプレスラムの二度落ちによって惹起されたものでないことは明白である。

本件事故は、原告が所定の安全装置の操作方法を遵守せず、プレスラムが運動中であることを知りつつ、プレスラムの下方に左手を入れたためによって生じたものと考えざるを得ない。即ち、AC―3型安全装置の操作スイッチは、前述のように両手操作式のもので、それには二個のスイッチがあり、この両スイッチが同時に押されていなければ、電気回路が入らないようになっていた。そしてこのスイッチを両手で確実に操作しておれば、作業者がその手等を損傷するということはあり得ない。なぜなら、本件プレス機のプレスラムは、六〇秒で九四往復運動をなすのであるから一往復約〇・六四秒弱の運動時間、即ちプレスラムの上死点から下死点までの運動時間約〇・三二秒となるところ、両手で操作スイッチを操作すれば、プレスラム作動中に材料に手をふれることはできないからである。

ところが、操作スイッチの一方を固定しておけば、一方のスイッチを押すのみでプレスラムが作動することとなり、そうすればプレスラム作動中に容易に手がプレスの危険限界内に入れることが可能となる。原告は、このようなスイッチ操作をしながら、プレスラム作動中にプレスラムの下方に左手を入れたため受傷したとしかいいようがない。要するに原告の受傷は自損行為に他ならない。

3 請求原因第三項(二)1のうち、植村正雄が被告の代表取締役であることは認め、その余の事実を否認する。

同項(二)2は否認する。

土地の工作物とは、土地に接着して人工的作業を加えることによって成立した物をいうべきであるから本件プレス機の如く、土地に接着していない機械は民法七一七条にいう工作物には該当しない。

仮りに土地の工作物の概念を右以上にある程度拡張するとしても、本件プレス機は八トン能力のプレス機であって、例えば五〇トンあるいは一〇〇トンといった能力を有するプレス機とは異なり、極めて小型のものであって、ごく容易に移動が可能なものであるし、本件事故前よりボルト等で地面に固定してあったものでもないから、土地の工作物ということはできない。

(四) 請求原因第四項(一)は否認する。

原告は逸失利益の算定基礎となるべき金員について、原告の昭和五〇年一一月、一二月及び昭和五一年一月分の賃金額を計算根拠としている。しかし右賃金額は原告が受傷したため支給された理論上のものであるから、算定基礎となるべき賃金額は、受傷前三ケ月間の平均額によるべきであるとすれば、被告が原告に支給した受傷前三か月間の賃金は、

昭和五〇年八月 一〇万六六五三円

昭和五〇年九月 一〇万四三五六円

昭和五〇年一〇月 一〇万一〇七四円

であるから一か月平均額は一〇万四〇二一円となる。又年間賞与額を逸失利益の算定基礎額に加えるとしても被告における年間賞与は、せいぜい毎月の賃金中本給額の五か月分である。原告の昭和五〇年八月から同年一〇月までの本給額は、いずれの月も五万六一〇〇円であるから、年間賞与額は約二八万円で計算されなければならない。

原告の傷害の程度は、左母指第二指骨関節より末節切断というものであるが、掌指関節より末端まで、三・八センチメートルの母指は存しており、母指掌屈運動の一部に障害は残るものの、伸屈運動は自由であること及び受傷部位が左手であることからすれば、例えば針に糸を通すが如きこまかな仕事は不自由かもしれないが、一般の業務、作業には何らの支障もきたさない。現に原告はサンヨーゴム株式会社(以下サンヨーゴムという)なる会社で通常に勤務しているのである。従って、現実的な労働能力は喪失していないというべきである。しからずとするも、せいぜい一、二年の間に労働能力は回復するものである。もし労働能力が喪失したとしても、その程度は、右の見地あるいは原告のサンヨーゴムでの他従業員との本給額比較からしても八パーセント程度に過ぎない。

ところで、原告は被告会社の慰留にも拘らず、被告会社を昭和五一年二月に退社したものであるが、退社後原告は、警備会社や瓦屋に就職し収入を得ており、その後昭和五二年一月よりサンヨーゴムに就職し現在に至っている。そして同社で支給されている一か月の賃金額は一五万七四六六円である。すると原告は事故前よりも、又原告が主張する退社前三か月間の賃金額よりも、多い収入を得ていることになるのである。とすれば仮りに抽象的に労働能力が減少したとしても、具体的には何らの損害も発生していないというべきである。

なお原告は被告より昭和五一年一月分の賃金として、一六万五一一七円を支給されているが、この額自体前同様理論上の賃金額であり、又原告は被告の慰留にも拘らず昭和五一年二月に被告を任意退社したのであるから、いずれにしても右賃金額を逸失利益算定の基礎額とすべきではない。仮りに何らかの形で右額をもって算定の基礎とされるのであれば、その額と原告がサンヨーゴムで得ている賃金との差額が、現実の損害に該当するというべきである。

請求原因第四項(二)は争う。

同項(三)は否認する。

二  抗弁

(一) 債務不履行の主張に対する免責の抗弁

旧規則一三一条一、二項には、原告主張の規定があり、原告は、単なる自動車部品のバリ取りには、右二項の規定は適用がない旨主張する。

又規則一三一条一項は、「事業者はプレス等については安全囲いを設ける等当該プレス等を用いて作業を行う労働者の身体の一部が危険限界内に入らないような措置を講じなければならない。……」と規定し、規則二項は、「事業者は、作業の性質上、前項の規定によることが困難なときは、当該プレス等を用いて作業を行う労働者の安全を確保するため、……安全装置を取り付ける等必要な措置を講じなければならない。」と規定している。しかし実務上プレス機そのものに本質的安全化が図られていないプレス機を使用する場合には、一定の安全装置をプレス機に取り付けることで足りるとされているのである。

昭和五三年九月二一日労働省告示一〇二号による改正前のプレス機械又はシャーの安全装置構造規格(以下構造規格という)一条によれば、「プレス等の安全装置は、次の各号のいずれかに該当する機能を有するものでなければならない。」とされ、その一号において、「身体の一部がプレス等の危険限界内にあるときは、当該プレス等が起動せず、かつ、プレス等の起動後においては、身体の一部が危険限界に入るおそれが生じないこと。」とされているところ、これに該当する機能を有する安全装置が両手操作式安全装置なのである(昭四七・一〇・一六基発六七一)。

そして右構造規格では、両手操作式の安全装置はノンリピート装置を具備していなければならないとされ(七条)、押しボタンの間隔は三〇センチメートル以上とされ(八条)、押しボタンはボタンケースの上面から突出していてはならないとされ(九条)、両手操作式安全装置は毎分のストロークが九〇以上に使用することとされている(一三条)ところ、被告が設置した安全装置は右いずれの要件をも具備していた。従って、被告が本件プレス機に両手操作式安全装置を設置したことは、正に旧規則一三一条に従ったものというべきであるから、原告の主張は理由がない。しかも、右両手操作式安全装置を確実に操作しておれば、本件プレス機の場合作業者がプレスラム作動中に危険限界内に手をさし入れることができないことは、前述の通りである。

してみれば被告は原告に対し、安全配慮義務を十分に尽したというべきである。

原告は、本件バリ取り作業については、材料の送給及び製品の取出しは自動的に行えるようにすべきであり、仮に自動化しないで使うなら、原告に対し、手工具を使わせるべきであったと主張するが、自動車部品の形状やプレス型の形状からして、そのような措置をとることは不可能であった。

被告は本件プレス機等の点検は行っていたし、これを作動させるときは必ず外山が慣らし運転をしていた外、使用者として果すべき労働者に対する安全配慮を十二分に尽したから債務不履行はない。仮に債務不履行があったとしても、右不履行につき責に帰すべき事由は何もない。

(二) 過失相殺

使用者に労働契約の内容として、あるいはそれに付随して安全保護義務なる義務が課せられているとしても、この使用者の義務に対応して、労働者自身にも亦自己の生命・身体・健康等の安全を保持等する義務が課せられているというべきである。とすれば、原告はマグネット棒が被告に存することは十分承知していたのであるから、これを使用して作業ができるというのであれば自らこれを使用して作業するとか、又自らプレスの点検をなして作業に就くとかして、原告自らも自己に課せられた安全義務を履行すべきであったにも拘らず、原告は漫然とこの義務を怠ったのであったのである。この点からすれば、仮りに被告に原告主張の如き義務違反の行為があったとしても、原告にも義務違反があったのであるから、本件事故については、原告自らもその責任の一端を負うべきものといわなければならない。従って損害の算定につき右義務違反が斟酌されるべきである。

(三) 損害のてん補

原告は、本件事故につき、遅くとも昭和五一年一月二三日までに、労災給付一時金として合計一六五万六六六三円の保険給付を受けているのであるから右金額については全損害額より控除されなければならない。

三  抗弁に対する原告の答弁

抗弁(一)は否認する。

抗弁(二)も否認する。

原告は昭和五〇年二月二八日被告会社にプレス工として入社した。被告会社に入社前、原告はプレス工としての経験はなく、かつその旨被告会社も知悉していたのであるが被告会社はこのような原告に対し、プレス機械に対する安全教育は勿論、その機構ないし危険性に対する知識を何も与えず、入社したその日から作業に従事させた。

以来原告は、毎朝被告会社に出社する都度、プレス作業主任である外山勇班長(以下外山という)の指示に従って作業に従事してきた。

本件事故のあった昭和五〇年一一月四日も、原告が朝出勤するや、原告は本件機械の前に連れて行かれ、外山より材料を右手で取り出してプレスの型の中へ右手で入れて、両手でボタンを握りしめプレスし、製品を左手で握って取り出すよう、作業指示を受けた。しかも右作業を指示するに際し、外山は材料のプレス台へのセット及びプレスされた後、製品を取り出す作業を全て手でやるよう指示した。被告及び外山としては前記のとおり旧規則により専用の手工具を両手でそれぞれ保持してやるように指示すべきであったが、仮に材料の形状からしてマグネット手工具の使用が困難であるなら他の手工具、例えばピンセットなりプライヤを使用すれば容易に材料の送給及び製品の取出しができたのであるのにそうしなかったのである。一方前述したとおり、原告は被告会社に入社前、一度プレスを扱ったことはなく、被告会社に入社後も一度としてプレス機械の構造なり、その危険性について教育を受けたことはないのであるからこのように安全教育を一度として受けたことのない原告が、磁石のついた手工具などを使おうなどと思い付かないことは蓋し当然である。また原告は入社以来事故当時まで、毎朝外山の指示するとおりに作業に従事してきたのである。このような原告が自己の判断で、手工具を使用できないことも極めて明白である。過失相殺はすべきでない。

抗弁(三)を否認する。

第三証拠関係(略)

理由

一  事故の発生とその原因

(一)  請求原因第一項の事実、同第二項冒頭のうち、原告が事故により傷害を負ったこと自体、同項(一)、(二)の事実、同項(三)のうち材料を右手で入れ、プレスして左手でつまみ出そうとしたところ、プレス上型が二度落ちしたことを除くその余の事実、同第二項(四)のうち原告が本件事故により左母指を第二指骨関節より末節切断し、昭和五〇年一一月四日から宮田外科に通院した事実、同第三項(一)のうち、本件プレス機のクラッチがピンクラッチ式確動プレスであること、確動式クラッチは一度かかったクラッチは一ストロークがすまないと切ることができず、かつ非常停止を行うことができないこと、クラッチは常に動力によって回転するメインギアの回転運動を、メインギアのボス面に開けられたボス穴にクラッチピンを差し込んだり抜りたりすることによってクランクシャフトへ右回転運動を伝導したり、切断したりする機能を有する装置であること、本件プレス機に取り付けられたブレーキはシューブレーキであること、ブレーキがゆるんだ場合、ブレーキに油がまわった場合は、一般的にはプレスラム二度落ちの原因になること、本件安全装置はエアシリンダー式AC―3型であり、その操作スイッチは両手操作式の押ボタン方式であること、本件安全装置の機能は操作スイッチを押し続けてもプレスラムが一上下運動しかしない、即ち一操作一行程の機能をもつこと、本件安全装置の原理は、操作スイッチを押すと電磁弁の電磁石が働き、弁内部のスプールを移動させ、オートシリンダーに入る空気の流通方向が切り替り変えられて、シリンダー内のピストンが作動し、同ピストンに直結しているクラッチ操作ロッドが作動してクラッチピンをメインギアボス面に飛び込ませ、その結果プレスラムが一上下運動をし、右ラムが一回落下すると、それに接続しているリミットスイッチが働いて運動回路の電源が強制的に切られ、従って引き続き操作スイッチを入力にしていてもプレスラムが上下することがないというものであること、補助スプリングがシリンダー外部のスプリングを補助してクラッチ操作ロッドを押し上げる機能を強めていること、押しボタンスイッチのボタンは露出していること、旧規則一三一条一、二項には、原告主張のとおり規定されていること以上の事実は当事者間に争いがない。

(二)  原告は、本件事故について雇傭契約上の債務不履行を根拠としてその責任を求めているところ、一般に雇傭契約において使用者は労働者から労務の提供を受けるにあたって、労働者の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っていると解されているが、具体的事案のもとで右義務履行の有無が争となった場合にあっては、まず労働者において事故の具体的内容を主張立証し、その結果特定された事実関係を前提としてかかる事実関係のもとにおける使用者の具体的安全配慮義務の内容をまず認定すべく、右具体的義務内容の認定に当っては、右事故内容のほか、事業の種類、労務提供の方法、職場環境等の諸事情を総合して判断すべきである。そしてこれらは労働者が立証責任を負うというべきである。かくして認定された使用者の具体的安全配慮義務の履行については、使用者において債務不履行がないことを立証する責任を負うと解すべきである。

本件において、原告の労務提供を受けるにあたって、被告に抽象的な安全配慮義務があったことは肯認できるのであるが、具体的安全配慮義務の不履行があったか否かにつき争いがあり、しかもそれを判断する前提としての具体的事故内容にも争いがあるのでまず事故内容につき判断することとする。

(三)  前記の事実に、成立に争いない(証拠略)の全趣旨を併せ考えると以下の事実が認められ、(人証略)の各証言中右認定に反する部分は採用できず他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  本件プレス機は有限会社金田製作所製造にかかるものであるが、本件プレス機本体には安全装置が組み込まれていなかったため、被告は日動安全株式会社製造の安全装置を取り付けた上、右プレス機を昭和四六年九月一一日カネマツ機工商店より購入した。

被告は、昭和五〇年六月六日右安全装置を同じく日動安全株式会社製造の新型安全装置に取り替え、これを本件プレス機に設置した。この安全装置は、エアシリンダー式AC―3型プレス安全装置と呼称されるもので、労働省より適式な安全装置である旨の検定を受けていた。そして本件プレス機は、これを作動させるためのスイッチとして、足踏み式と両手操作式の両用が可能であったが、本件事故当時前より両手操作式スイッチのみの操作で、本件プレス機が作動されるようになっていた。

右両手操作式スイッチの場合、二個の操作スイッチがあり、この二個のスイッチが同時に押されなければ、電気回路が入らない構造になっていたものであるが、このスイッチが押された場合の本件プレス機の動力伝達過程等は次の通りである。

(1) 安全装置のスプリングが上下し、オートシリンダーの電磁弁が働き、別に配管によって用意された圧縮空気がシリンダー内に送り込まれ、その圧力でシリンダーにジョイントピンにより連結されているクラッチ操作ロッドが引き下げられる。

(2) クラッチ作動用カムが下に引かれて、ストッパーがなくなったクラッチピンは、スプリング(プレス機本体内のもの)の力によってメインギアのボス面に向かって飛び出す。

(3) モーターからフライホイールに伝動された回転は、ピニオンギアを経て、クランク軸の上で空転できるように支えられているメインギアに伝えられる。

(4) メインギアのボス面はカップリングの面と接しているため、メインギアのボス面に設けられているクラッチ溝とクラッチピンの位置が合った時、クラッチピンがクラッチ溝に飛び込み、回転をクランク軸に伝え、プレスラムが下降し、一行程のプレス作業を行うこととなる。

(5) 他方、安全器の一部であるリミットスイッチは、プレスラムが四分の一ないし三分の一下降すると、電気回路を閉じる仕組みとなっており、リミットスイッチにより電気回路が閉じると保安継電器内のリレーが働き、電磁弁の電気回路が開放され、圧縮空気はシリンダーの反対側の室に送り込まれ、引き下げられていたクラッチロッドが上へ戻る。

(6) この働きにより、クラッチピンはスプリングを押し縮めながら、クラッチ溝から抜かれてゆき、プレスラムの上死点付近で、クラッチピンはメインギアの溝から完全にはずれ、クラッチピンとそれによって回転させられていたクランク軸は停止し、プレスラムは上死点で停止する。

以上のような過程で、プレスラムが往復運動をする。

2  本件プレス機は、以下のとおりその本体に二度落ち事故を回避できない構造上の可能性がある。

(1) プレス機械は、そのクラッチの種類に応じてポジティブ式(確動式)とフリクション式とに大別される。フリクションクラッチは、ストロークのどの位置でもクラッチを切ることが出来るが、確動式クラッチは一度かかったクラッチは一ストロークがすまないと切ることが出来ず、かつ非常停止を行うことが出来ない。

更に、確動式クラッチにもピン式とローリングキー式との二種類があるが、本件プレス機のようなピンクラッチ式はローリングキークラッチよりノッキングを起し易く、ノッキングを起しているものをそのまま使っているとノッキングの程度が次第に増大しプレスラムが二度落ちする。

(2) 更にピンクラッチ式プレス機は次のような原因により二度落ちをすることがある。

(ア) クラッチやブレーキが完全に故障してしまえば、プレスラムが連続落ちし(即ち一操作一行程機能が全く働かない状態)、不完全な故障の場合には二度落ちする。

(イ) 先ずクラッチについてみると、クラッチは常に動力によって回転するメインギアの回転運動を、メインギアのボス面に開けられたボス穴にクラッチピンを差し込んだり抜いたりすることによってクランクシャフトへ、右回転運動を伝導したり、切断したりする機能を有する装置であるがクラッチの右機能はボス穴よりクラッチピンの抜け方や入り方が不完全であると働かず、その結果メインギアの回転運動の断続が不完全となり、クランクシャフトが本来停止しなくてはならない上死点(その前後の許容角度以内)で停止せず、クランクシャフトの自重や回転運動の惰力をブレーキが支えきれず、クランクシャフトが過回転ないし逆回転して二度落ちする。クラッチピンの抜け方や入り方が不完全となるのは、クラッチピンの摩耗(ボス穴に飛び込むピンの先端の摩耗やクラッチ掛外し金具がかむピンのあごの部分の摩耗等)や、クラッチ掛外し金具の引きが弱い場合に起る。

(ウ) 次にブレーキについてみると、本件プレス機に取り付けられたブレーキはシューブレーキであるところ、右ブレーキの機能は、クランクシャフトを常時締付けてメインギアの回転運動をクラッチが入っている間のみクランクシャフトに伝える役割をしている(換言すればクランクシャフトの自重や、伝えられたメインギアの回転運動の惰力でクランクシャフトが回転しすぎたり戻ったりしないようにクランクシャフトを摩擦力で締付けている。)。

従ってブレーキが正常に機能しない状態(ブレーキがゆるんだり、ブレーキとクランクシャフトの摩擦面に油が回ったりして右摩擦力が減弱した状態)では、たとえクラッチが正常に作動していても、クランクシャフトの自重やその回転運動の惰力を制禦できずクランクシャフトの過回転ないし逆回転を防止し得ず二度落ちする。

(エ) 本件プレス機は、その他にもいろいろの原因によって二度落ちすることがある。

そのうち主なものをあげれば、先ずメインギアとクランクシャフトの焼き付きがある。

メインギアとクランクシャフトはクラッチによって断続されていることは前認定のとおりであるところ、クラッチが入っていない状態では本件プレス機のメインギアはクランクシャフトを軸(中心)として空転している。クラッチ等の機能が正常に働いていても、メインギアとクランクシャフトの接点が熱をもって焼き付けばメインギアに連動してクランクシャフトが回ってしまい、二度落ちになる。更に同様の理由としてカップリング面とギアボス面の焼き付きも二度落ちの原因になる。

次にクラッチピンはボス穴から抜かれてカップリングの空間に収まり、またボス穴に飛びこむが、その結果クラッチピンはカップリングの空間で往復運動をする。そしてクラッチピンの面とカップリング空間の面の接点が油ぎれで焼き付けばやはりクラッチピンのボス面への出入りが不完全となりクラッチ機能が不正常となって二度落ちする。

3  本件プレス機に取付けられた安全装置の故障により二度落ちの可能性がある。

本件安全装置は、前認定のとおりエアシリンダー式AC―3型安全装置であり、その操作スイッチは両手操作式の押ボタン方式であるが本件安全装置を取付け、それが正常に機能していたとしても前述したプレス機本体の機能があらゆる点で正常に働かなければ、二度落ち事故を回避することはできない。

本件安全装置の機能は、操作スイッチを押し続けていてもプレスラムが一上下運動しかしない、即ち一操作一行程の機能をもつものにすぎない。

しかしながら本件安全装置の機能停止による二度落ちも亦存在する。

(1) 本件安全装置本体(操作スイッチを除く)の作動不良

本件安全装置のシリンダーの内壁とピストンの接点や、あるいは電磁弁内壁とスプールとの接点が焼き付いたりあるいは空気内の異物が右接点にはさまる等して作動不良を起した場合、二度落ちが発生する。

(2) 操作スイッチの作動不良

両手操作式押しボタンスイッチの接点にごみが入り、異常通電を起こす結果、スイッチ操作をしないにもかかわらずラムが落下することもある。

4  以上の事実によれば、本件プレス機を使用する限り(安全装置を取り付けても)二度落ち事故が起り得、これを完全に防止することはできないことが認められる。

(四)  次に本件事故が二度落ちによるものではありえないとの被告の主張につき検討する。

1  本件プレス機には当時ノッキングを生じさせるような欠陥がなかったことについてはこれを窺わせるに足る証拠は何もない。

2  クラッチピンが摩耗した場合、原告主張のとおりの理由により二度落ちの原因となることは前認定のとおりであり、クラッチピンの摩耗は二度落ちの原因にならない旨の被告の主張は採用できない。

3  被告はブレーキがゆるんだ事実や、ブレーキに油がまわった事実はなかったと主張し、本件事故後の点検の際にプレスラムは正常に作動したことは(人証略)により認められるけれども、二度落ちは連続落ちと異なり、一時的なものであるから、右事実から直ちに本件プレス機のブレーキがゆるんでいなかったとか、ブレーキに油がまわっていなかったと断定することはできない。

4  被告は、仮に本件プレス機の故障により二度落ちが生じても、本件安全装置の構造、機能から二度落ちを防止できると主張するけれども、本件安全装置を取付けそれが正常に機能していたとしてもプレス本体の機能が正常に働かなければ二度落ち事故を回避できないこと前認定のとおりであるから右主張も採用できない。

5  又被告は安全装置が故障したことにより、プレスラムが二度落ちすることは考えられないと主張するが、本件安全装置の機能停止による二度落ちがありうることは前認定のとおりであるから、右主張も採用しえない。

なお被告は本件プレス機及び安全装置について、プレス機本体部分に補助スプリングを結合させて右結合部分にゆるみが生じても、このスプリングの機能によりプレスラムの二度落ちが生じないようにしてあったと主張するが、(人証略)によれば右補助スプリングは、シリンダー外部のスプリングを補助してクラッチ操作ロッドを押し上げる機能を強めているに過ぎず、本件プレス機本体あるいは安全装置本体の異常作動による二度落ちを防止することには何ら役立たないものであることが認められるから右主張も理由がない。

6  更に被告は、もし原告主張のようなプレスラムの二度落ちの原因たる欠陥が本件プレス機や安全装置に存し、これが原因で本件プレス機のプレスラムの二度落ちが生じたとするならば、本件事故時のみならず、その後においても、プレスラムの二度落ちが生じていなければならないが、そのようなことはなかったと主張し、(人証略)によれば事故後の点検や、小野田プレス工業所に売却後二度落ちの現象が生じていないことが認められるが、前述のとおり二度落ちは一時的現象であるから右事実から直ちに本件事故が二度落ちによることはありえないと断定することはできない。

7  その他本件プレス機及び安全装置には、プレスラムの二度落ちを発生させるような何らの欠陥もなかったとの被告の主張についても、前認定のとおり事故後の二度落ちがなかったことのみでは直ちに右主張を裏付けることはできず、他に右主張を認めて、本件事故が二度落ちでないと疑わせるに足りる証拠もない。

8  被告は又原告の受傷の部位あるいは、程度からしても本件事故がプレスラムの二度落ちによるものでないことは明らかであると主張するが、原告の受傷時の模様は前認定のとおりであり、右態様は別に不自然ではないから被告の主張は採用できない。

9  被告は、本件事故原因について本件事故は、原告が所定の安全装置の操作方法を遵守せず、プレスラムが運動中であることを知りつつ、プレスラムの下方に左手を入れたためによって生じたものと考えざるを得ないと主張するので判断するに前認定のとおり本件プレス機には安全装置が設置されていたところ、その操作スイッチは両手操作式の押ボタン式であり、プレス機及び安全器がともに正常に機能していたとすれば、両手で左右二か所に設置されている押ボタンを同時に押さない限りプレスラムは降下せず、又一旦右押ボタンを押すと直ちに押すのを止めても、押し続けてもプレスラムの上下運動は一回であることが明らかであるから、原告が二度落ちに非ざる一度目の降下によって左手指を負傷したと仮定するならば、両手でボタンを押して直ちに手を離し降下を開始したプレスラムの下方に指を差入れるか、両手押ボタン式の安全装置を足踏み式又は片手式に改造し、足又は一方の手のみで操作し他方の手指を降下中に差込んだとしか想定できない。しかしながら(人証略)によると、本件プレス機の上下運動は一分間九四回の性能を持つことが認められるから、プレスラムの上下一往復は〇・六三八秒、同片道〇・三一九秒を要することが明らかである。すると原告が一旦両手で押ボタンを押した後その入力によって開始したプレスラムの下降行程で負傷するには押ボタンを押した瞬間から〇・三一九秒以内にプレスラム下方に一方の手指を差込まないと成立しない関係にあり、不可能ではないにしても、それに近い状況といわねばならない。又両手押ボタン式の改造については、前認定のとおり被告は事故後担当者をして本件プレス機をくり返し操作して点検している事実があり、その点証言する際、両手式押ボタンの改造の事実に全くふれていないところからみれば、そのような改造の事実は認められなかったというべきである。

以上の如く原告の負傷は、原告自身の行為による一度落ちのもとでの負傷と認めることはできない。

(五)  以上によると本件事故の態様は、つぎのとおり要約することができる。即ち、

前認定の事実に原告本人尋問の結果を併せ考えると、原告は、昭和五〇年一一月四日午後一時頃、被告本社工場内で本件プレス機を操作し、自動車部品のバリをプレスにより押しつぶす作業に従事中、材料を右手で入れプレスして左手でつまみ出そうとしたところ、プレス上型が二度落ちしたことによりプレス台上の製品の所にあった左手母指をはさまれ、左母指を第二指骨関節より末節切断したと認められる。しかして右二度落ちの原因は、本件全証拠によるも確定することはできないが、原告の自傷行為であるとの主張は否定される。

二  被告の安全配慮義務とその具体的内容

被告が原告に対し、本件雇傭契約に基づき原告から労務提供を受けるにあたって、自己の提供する設備、機械等から生ずる危険が原告に及ばないように原告の安全を配慮する抽象的義務のあることは前叙のとおりであるが、その具体的内容が如何なるものかにつき判断するに、前認定にかかる被告の事業内容、本件プレス機の構造、性能、原告が従事した作業内容、作業方法その他労務提供の態様等を総合すると、被告は雇傭契約に基づき原告に対し、本件プレス機を使用して作業するよう命じ、原告としてもこれを拒否したり他の機械を使用する自由はなかったものである以上、被告としては提供にかかる本件プレス機に安全装置をつけ、プレス機並びにこれに設置した安全装置をして正常な機能を発揮する状態に整備しておく義務があり、また安全装置を設置していても複雑な可動部分を含む機械である以上、その装置又はプレス機本体の機能に突発的不調が発生することは当然に予想され、従ってかかる場合は重大なる結果を招来するところから、そのような場合に備えて更に安全保護具の使用等別系統の安全保持のための措置をも併せ講じておく義務があったと認めるのが相当である。

被告は安全衛生法規からみても、本件プレス機に危険限界に身体の一部が入らないような措置をする義務はないと主張する。しかし前認定の事実によれば、本件プレス機は、一度下降を開始したプレスラムが、下死点を経て上死点に達するまで、右危険限界に身体の一部が入ってもスライドが急停止する構造ではない。従って旧規則一三一条一項により被告会社としては、原告に本件プレス機を使用して作業に従事させるにあたっては、危険限界に身体の一部が入らないような措置を講じなければならない義務があった。

そして同規則にいわゆる「危険限界に身体の一部が入らないような措置」とは、

イ  材料の送給並びに製品及び抜きかすの取り出しを自動的に行なわせるものであること

ロ  指が危険限界にとどかぬような安全囲いが設けられていること

ハ  上死点における上型と下型とのすき間及びガイドピンと型とのすき間が八ミリメートル以下とされていること

と解せられている(昭四五・一〇・一六基発七五三号)。なお本件プレス作業は旧規則一三一条二項にいう「作業の性質上、前項の規定によることが困難なとき」には全く該当しない作業であったと認められる。即ち右にいわゆる「困難なとき」とは、「多品種少量生産の場合、形状の複雑な材料を加工する場合」をいうと解せられている((昭四五・一〇・一六基発七五三号))ところ、(証拠略)によれば、本件作業は、自動車部品の小穴の周囲に付いたバリを取る作業であり、原告はこの作業を一日中行なうよう指示されたもので、多品種少量生産ではなく単品種多量生産であること明らかであり、形状複雑でないこともきわめて明らかである。本件作業においては、右一項に規定された「必要な措置」はいずれもきわめて容易に講ずることができるものと認められるからである。

従って同規則一三一条二項の適用を前提とする被告の主張は採用できず、安全衛生法規からみても被告は本件プレス機に前記の措置をする義務があったといわねばならない。

三  被告の具体的安全配慮義務履行の有無

被告は、実務上プレス機そのものに本質的安全化が図られていないプレス機を使用する場合には、両手操作式安全装置をプレス機に取付けることで旧規則にもかない、安全配慮義務も尽したことになると主張するが、本件安全装置の機能は前認定のとおりであって、右装置を取付けたことの一事をもって安全とは到底いえないことは前叙のとおりであるから被告の右義務履行の抗弁は採用できない。

被告は又本件自動車部品の形状やプレス型の形状から、マグネット棒で部品の出し入れをしたり、エアで部品をとばすなどの措置をとることは不可能であったと主張し、これに沿う(人証略)もあるけれど、右証言から直ちに右主張を全面的に肯定することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

以上の外被告の安全配慮義務の不履行につき責に帰すべき事由がなかったことを認めるに足りる証拠はなく、従って被告の免責の抗弁は、採用することができず、被告は本件事故により生じた後記損害を賠償する義務があるものといわなければならない。

四  損害

(一)  逸失利益 三二九万八七〇八円

1  (証拠略)によれば次の事実が認められる。

本件事故直前三か月の原告の賃金は、昭和五〇年八月分一〇万六六五三円、同年九月分一〇万四三五六円、同年一〇月分一〇万一〇七四円(以上一月平均一〇万四〇二七円)であり、本件事故後退職した昭和五一年二月以前三か月の賃金として被告等から支払を受けた額は、昭和五〇年一一月分一二万四九三五円、同年一二月分一二万〇二〇三円、昭和五一年一月分一六万五一一七円(以上一月平均一三万六七五一円)であった。又被告の年間賞与支給額は、本給部分の五か月分を下らない。

そこで昭和五〇年八月ないし一〇月分の本給(月五万六一〇〇円)をもとに賞与額を計算すると年間二八万〇五〇〇円となる。又一方同年一一月ないし昭和五一年一月の間の本給(右期間の本給額を平均すると一〇万四〇〇六円となる)をもとに賞与額を計算すると年間五二万〇〇三〇円となる。

以上により原告の年収は、昭和五〇年八月ないし一〇月分に基づき算出すれば一五二万八八二四円(以下事故前の年収ともいう)、同年一一月分ないし昭和五一年一月分に基づき算出すれば、二一六万一〇四二円(以下事故後退職直前の年収ともいう)となる。

2  ところで前認定の(証拠略)によれば、原告は本件事故により左手母指末節を切断亡失し、右は労災保険法施行規則別表第一の第九級に該当する旨の認定を受け、労災保険の支給を受けるに至ったこと、左手母指がないため、左手を使う仕事に不便を感じ、製品を握ったり取出したりするのに苦労し、又冬季には、寒さのため母指部分に痛みを感じたりすること、後記認定のとおり現在就職中のサンヨーゴムでも右後遺症のため能率が悪く、賃金も同僚と格差がついていることが認められる。

3  (証拠略)によれば、原告は本件事故後昭和五〇年二月二〇日付で被告方を退職し、その後前記後遺症のため再就職先がなかなか見つからず、ようやく得たガードマンや瓦屋店員の仕事も勤務内容や勤務条件になじまなかったところから間もなくやめ、昭和五二年一月六日からはサンヨーゴムに入社し、昭和五四年六月分として一五万七四六六円の給料を得ていることが認められる。

右金額から原告の年収を推定すれば一八八万九五九二円(以下現在の年収ともいう)となる(157,466×12=1,889,592)

4  そこで以上事実関係をもとに原告に逸失利益があるか否かにつき考える。

前認定の事故後退職直前の原告の年収推定額二一六万一〇四二円と現在のサンヨーゴムにおける年収推定額の差は二七万一四五〇円であるが、右はいずれも事故後のものであって、事故後職場を替ったことによる差とも考えられ、本件事故による原告の収入減の額が前記認定の年額二七万一四五〇円にとどまると認定するのは相当でないし、ましてや前記事故前三か月の収入から推定した年収額より現在就職中のサンヨーゴムの収入が多いからといって逸失利益が全くないということもできない。

このように事故前の年収と事故後のそれとを対比してみると、事故後の収入の方が多く、いわゆる差額説によると、原告には本件事故による逸失利益はないことになる。しかし前記認定の事情に照らすと本件後遺症により原告に客観的な労働能力の低下が認められるので、その低下自体を金額に評価するのが相当である。そこでその点につき判断するに前記認定の如く原告の収入は事故直前、事故後退職前、同退職後と時期によって区々となっているが、労働省統計情報部の昭和五〇年賃金構造基本統計調査報告、いわゆる賃金センサスによると、サービス業を除く全産業労働者中、男子、小学・新中卒四〇才以上四五才未満の企業規模計の平均年収は二三九万三二〇〇円とあるから、原告の収入はこれに最も近い事故後退職直前の年収二一六万一〇四二円をもって基礎とすべきものと判断する。よって、これを基礎とし、前認定の本件後遺症の内容、程度、原告の年令、職種等を併せ考えると、原告は本件事故により少くとも被告会社を退職した昭和五一年二月から二六年間にわたり、平均して右年収額の一四パーセント程度の労働能力の低下を来しそのため得べかりし利益の喪失があったものと認めるのが相当である。前認定の事実に照らすと原告には右以上の労働能力の低下があると認めることはできない。そこで右にしたがいホフマン式計算により年五分の中間利息を控除し、原告の昭和五一年二月一日における現価を計算すると次のとおり四九五万五三七一円となる。

2,161,042(円)×14/100=302,546(円)

302,546(円)×16.3789=4,955.371(円)

ところで(証拠略)によれば、原告は、昭和五一年一月二三日労災保険から一六五万六六六三円の給付を受けていることが認められるから、これを前記金額から控除すると三二九万八七〇八円となる。

(二)  慰藉料 一四〇万円

前認定の原告の傷害及び後遺症の部位、程度、通院日数(実日数が三九日であることは、原本の存在及び<証拠略>により認められる)その他本件に顕われた一切の事情を併せ考え、慰藉料として一四〇万円を相当と認める。

(三)  弁護士費用 五〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟の提起と追行を原告代理人らに委任し、弁護士費用として一〇〇万円以上を支払うことを約したことが認められる。

しかしながら本件事案の内容、訴訟の経緯、認容額等を併せ考えると、被告に負担させるべき弁護士費用としては、右のうち五〇万円をもって相当と認める。

(四)  過失相殺

(人証略)によれば、事実欄中抗弁に対する原告の答弁(過失相殺について)記載のとおりの事実が認められ、(人証略)中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

してみると本件につき被告の主張を採用して過失相殺することは相当でないと判断される。

五  以上の次第で、その余の点につき判断するまでもなく、被告は原告に対し、五一九万八七〇八円及びうち弁護士費用を除く四六九万八七〇八円に対する、本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五一年三月二四日から、うち弁護士費用五〇万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をする義務があること明らかである。

よって右の限度で原告の請求は理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 佐藤壽一 裁判官 角田正紀)

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