名古屋地方裁判所 昭和51年(行ウ)42号 判決 1979年10月08日
原告 日本不動産株式会社
右代表者代表取締役 後藤利建
右訴訟代理人弁護士 野呂汎
同 野間美喜子
被告 名古屋市固定資産評価審査委員会
右代表者委員長 松本政雄
右訴訟代理人弁護士 鈴木匡
同 大場民男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立
(原告)
一 別紙目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)の、昭和五一年度固定資産課税台帳登録価格について、被告が昭和五一年八月四日に、原告の審査の申出を棄却した決定は、これを取消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求めた。
(被告)
主文と同旨の判決を求めた。
第二主張
(原告)
請求原因
一 原告は、本件土地の所有者であり、したがって、その固定資産税の納付義務者である。
二 名古屋市長は、地方税法第三四一条第六号にいう基準年度である昭和五一年度の固定資産の評価額として、本件土地につき左記の金額を決定し、課税台帳にそれぞれ右決定価額を登録した。
別紙目録記載(1)の土地につき 三〇四、〇八〇、七六〇円
別紙目録記載(2)の土地につき 一七一、七三二、三八五円
別紙目録記載(3)の土地につき 二四二、九三五、七九二円
三 原告は、本件土地の登録価額につき、不服があるので、名古屋市に設置された固定資産評価審査委員会である被告に対して、昭和五一年四月三〇日に文書をもって審査の申出をし、かつ口頭審理の方式により審査手続を行なうべきことを申請した。
四 被告は、同年六月二二日、口頭審理をした上、同年七月三〇日、原告の本件審査申出を棄却する決定をし、その旨を同年八月四日原告に通知した。
五 しかし、被告の右審査決定は、以下の二点において違法な処分であり、取消されるべきである。
(一) 被告が、本審査決定をなすにあたり昭和五一年六月二二日なした口頭審理は、以下述べるとおり審理不尽の違法がある。
1 地方税法第四三三条所定の口頭審理の手続による審査は、審査申出人及び市町村長が、それぞれの主張を理由あらしめる法律上、事実上の一切の陳述をし、かつ証拠を提出し、また相手方の弁論及び証拠を十分に知って、それに対して反ばくし反証をあげる機会を十分あたえられることによって、公正妥当な審判を保障し、かつ当事者の権利を保護することを目的としている。従って、審査委員会は、審理の冒頭において、評価者たる市町村長から、審査の目的である当該評価額の算出根拠を明示させるべきであり、しかる後にこの算出根拠をめぐって、当事者間に攻撃防禦を尽させなければならない。
2 ところが、昭和五一年六月二二日になした口頭審理において、被告は、単に申出人に申出の趣旨を述べさせただけで、評価者である名古屋市長に対し、当該土地の登録価額の算出根拠を明示させることなく、申出人がこれを要求したにもかかわらず、かかる手続を経ないで口頭審理を終了させ、その結果申出人に対し、当該登録価額の算出根拠の当否について反論、反証をあげる機会を全く与えなかった。そして、後日、被告は評価者である名古屋市が、当該口頭審理のなかで全く主張も立証もしなかった算出根拠を一方的に書面に記載し、審査申出を棄却する決定理由として原告に送付してきた。
なお、被告は、中村区役所の職員が計算書等(乙第二号証の一ないし四)を原告に対し口頭審理の前に提示したことをもって、審査手続における算出根拠の説明にかえるかの如き主張をなしているが、手続的には勿論、固定資産評価委員会の性格からも区役所の税務課職員が、事前に資料を交付していたことをもって口頭審理においてなすべき手続にかえることは許されない。区役所職員の事前の説明によって納得できない点があるからこそ、審査の申出がなされたものであるから、審査委員会は審査の席上評価者にその算出根拠を明示させ、それに対して申出人側に十分な反論をさせたうえ、算出の適正の有無を判断すべきである。算出根拠の明示は必ずしも申出人だけのためになされるべきものではなく、審査委員がその適正の有無を判断するための基礎でもあるからである。中村区役所の職員が、申出人に事前に提示した資料は、本件土地の路線価から、評価額を算出する過程を形式的に示す資料のみであって、最も根本的な問題点である標準宅地の七四万点が、どのような根拠にもとづいて算出されたかという点は、申出人に一切明らかにされなかったのである。
3 地方税法第四三三条第一項によれば、被告は、審査の申出を受けた場合、その申出を受けた日から三〇日以内に、審査の決定をしなければならない旨規定されている。ところが、本件の場合、被告は前記第三項及び第四項記載の経過のとおり、原告からの審査の申出の日より三か月も遅れて審査決定をしたのであるから、右法の趣旨に違反したことは明らかである。
4 被告のなしたかかる口頭審理は、地方税法が規定する口頭審理の趣旨と目的に全く違反し、審理不尽の違法があるから、その決定は、取消されるべきである。
(二) 被告は、原告の申出にかかる本件土地の登録価格の当否を判断するにあたり、公正妥当な判断を誤ったものである。
1 現行税法上、一つの不動産について(イ)相続税評価、(ロ)公示価格、(ハ)固定資産評価と三つの評価がなされ、いずれも適正時価であるとされながら、三つの評価は大きくくい違っていることは、公知の事実である。このことから明らかなとおり、適正時価といっても、それは絶対的な基準がある訳ではなくいずれの評価もきわめて政策的かつ相対的なものであるといえる。
従って、ある不動産の評価が適正であるか否かの判断にあたっては、絶対的な尺度がない以上、他とのバランスがとれているかどうかがその適正性の主要なメルクマールにならざるを得ない。いいかえれば、ある評価が他とのバランスを著しく失しているとき、その評価は算出の過程において何らかの不当な要素がはいり込んでいると考えられ、再評価をして他とのバランスのとれた適正時価を求め直さねばならないのである。
2 本件土地の昭和五一年度の固定資産評価額は、以下のとおりまさに他とのバランスを著しく失しているものである。
(1) 本件土地の昭和五〇年度の固定資産評価額は、次のとおりである。
別紙目録記載(1)の土地につき 二二一、七八六、二九五円
別紙目録記載(2)の土地につき 一二五、二五五、八三四円
別紙目録記載(3)の土地につき 一七七、一八九、二〇九円
従って、本件土地の昭和五一年度評価額は、昭和五〇年度に比べ三七パーセントの増額評価がなされている。しかし、愛知県の公示価格においては、本件土地の昭和五〇年度基準地価格は、昭和四九年度のそれに比して約七パーセント下落しており、国土庁の公示価格は本件土地に近接する基準地において昭和五〇年度と昭和五一年度は同額で推移している。前述の三つの評価の中で最も現実の取引価格に近似していて、値上りや値下りを比較的正しく反映しているとされる公示価格が、このように一定ないしは下落の傾向を示しているにもかかわらず、固定資産評価のみが三割以上の値上り評価がなされているのは、明らかに不当であり、公示価格の推移とバランスを失している。
(2) 昭和五一年度の固定資産の評価替えによる上昇率の全国平均は二七パーセントである。また、名古屋市内のビルの多いしかも中心街である栄付近の土地について昭和五〇年度と昭和五一年度の評価額を比較すると(甲第四号証)、大部分二〇ないし二五パーセントの増額にとどまっている。ところが、本件土地の存する名古屋駅前は、すでに市街地として完成し尽しており、地価の高騰をもたらす発展性はほとんどないにもかかわらず、名古屋駅前付近にある本件土地について全国平均や名古屋市内の中心地よりもはるかに上まわる三七パーセントの上昇率で増額されているのは、明らかにバランスを失しているといわねばならない。
(3) 現行税法では、前述のとおり一つの不動産について三つの評価がなされているが、この三つの評価にはほぼ一定の比率が保たれている。これは、各評価がそれぞれの政策的な配慮と目的のもとになされている結果、どの不動産においても、その比率はおおむね同程度になってくるのである。すなわち、全国的にみれば相続税の路線価は、公示価格の六〇パーセント前後、固定資産税の路線価は相続税の路線価の五〇パーセント前後というのが通常である。
しかるに、本件土地の昭和五一年度の固定資産税の路線価は相続税路線価の八九・四パーセントになっており、前記の比率に対し著しい不均衡を示している。本件土地の近隣である中村区の土地について国の公示価格、県の基準地価格、相続税の路線価、固定資産税の評価額を比較すると(甲第三号証)、その大部分において固定資産評価額は相続税路線価の半分程度である。然るに、本件土地のみが、固定資産評価額と相続税路線価がほぼ同じ額となっており、本件土地のみ両者のバランスを失していることがわかる。
以上三つの観点から、本件土地の昭和五一年度の固定資産の評価(以下「本件評価」ともいう。)は他とのバランスを著しく欠いており、このことは本件の評価が適正なものでないことの証左にほかならない。
3 そこで、本件評価が何故に他とのバランスを欠き、高きに失する不当なものとなったか、いいかえれば本件評価額の算出過程のどこに不当な点があったかについて指摘する。
(1) 最も根本的な原因は、本件評価の基礎になった標準宅地の路線価を七四万点としたことが、高過ぎたことである。この標準宅地の路線価は、五ブロック程東の桜通に面した中村二工区の二二ブロックの一六・一七という土地の売買実例から求められている。この売買実例における価額は平方メートル当り八〇万円で、これを正常な売買価額に評定すると平方メートル当り三〇万円であったとされている。そして、この三〇万円から本件標準宅地の路線価が評定された訳であるが、まず七四万点の根拠が唯一つの売買実例から導かれていること自体きわめて問題である。また、本件の場合接近条件のみが修正の要素であったとされる。確かに本件標準宅地は売買実例のあった土地に比べて、駅や百貨店に接近した位置にあるが、そのために地価が二・五倍になるということは常識的に考えても不当である。どういう施設にどの程度接近した場合何万点上げるという客観的な基準はないようであり、口頭審理においては勿論、本件訴訟においても三〇万点から七四万点がどのような基準により算出されたかは遂に明らかにされなかった。この点を被告が明確にしえないということは、この算出過程がきわめて客観性を欠き根拠に乏しく、いわば恣意的要素の入り込む余地が大きいことを意味しており、七四万点が適正であるという根拠はないものといわねばならない。前項で述べたとおり本件評価が、他とのバランスを失した高額なものとなった根本的な原因は、標準宅地の路線価七四万点が適正でなかったためである。
(2) 次に、本件評価が不当に高額になった原因の一つとして、昭和五一年度評価から、本件土地一帯がビル街区とされ奥行逓減率が引上げられたことである。
本件土地周辺は、かなり以前からビルの立ち並んだ地域で、この状況は昭和四八年度評価の時点と昭和五一年度評価の時点とで異なっていない。しかるに、課税者の一方的な政策のために急にきわめて不利な逓減率の適用がなされることは、税制度の安定性を著しく欠く結果となるばかりか、納税者に予測しえない不利益を課すことになって不当である。
以上二つの点において、本件評価は適正を欠き他とのバランスを失する高額なものになったと考えられる。
六 以上の諸点から明らかなとおり、被告が昭和五一年八月四日になした原告の審査の申出を棄却した決定は、登録価額が不当に高額であるにもかかわらず、これを看過して公正な判断を誤り、かつ手続的にも違法なものであるから直ちに取消されるべきである。
(被告)
請求原因に対する認否
請求原因一ないし三の事実は認める。
同四のうち、原告主張の日に口頭審理をなし、同年七月一三日審理をなしたうえ、原告の本件審査の申出を棄却する旨決定し、その旨を原告主張の日に通知したことは認める。
同五(一)1の主張は争う。
同五(一)2のうち、昭和五一年六月二二日に口頭審理がなされたこと、評価庁名古屋市長が原告に対し口頭審理の前に原告主張の資料(但し、乙第二号証の一ないし五)を交付したことは認め、その余は争う(右資料交付の経緯については後述する。)。
同3のうち、本件審査の決定が地方税法第四三三条第一項に定める三〇日以内になされていないことは認め、その余は争う。右規定は訓示規定であるので、審査の決定を違法ならしめるものではない。
同4は争う。
請求原因五(二)1のうち、現行法制上原告主張の三種の評価がなされていることは認める(但し、正確には、(イ)は相続税法第二二条、相続税財産評価に関する基本通達に基づくもの、(ロ)は地価公示法に基づく標準地の鑑定評価の基準に関する省令に基づくものと、国土利用計画施行令第九条第一項に基づくもの、(ハ)は後記被告主張のとおり。)。
同2(1)のうち、昭和五〇年度の本件土地の固定資産評価額、上昇率、本件土地についての愛知県基準地標準価格及び本件土地に近接する基準地における国土庁の公示価格の各推移がほぼ原告主張のとおりであることは認め、その余は争う。ただし、本件土地の昭和五〇年度の固定資産評価額は基準年度である昭和四八年度の評価額でもある。上昇率でみる場合、固定資産評価の基準年度は昭和四八年と昭和五一年であるので、その基準年度の評価の基準となるのは実質上各前年の昭和四七年、昭和五〇年の各時価であるから、相続税評価、公示価格についても、昭和四七年と昭和五〇年とを比較すべきである。そうすると、別紙三記載のとおり、本件土地の相続税路線価は三四パーセントの、近接する地価公示標準地の公示価格は三四パーセントの各上昇率を示しており、本件土地の固定資産税路線価の上昇率二三パーセント、一平方メートル当りの固定資産税評価額の上昇率三七パーセントと上昇率においてもバランスを保っている。
同2(2)のうち、昭和五一年度の固定資産評価替えによる上昇率が全国平均二七パーセントであることは認め、その余は争う。右の評価替えの期間にほぼ対応する昭和四七年九月から昭和五〇年九月までの三年間の推移を、日本不動産研究所調による全国市街地価格指数でみれば、一・三六倍である。従って、本件土地の評価替えによる上昇率一・三七倍と一致する。栄附近の土地の上昇率について、原告の引用する事例(甲第四号証)はビル街地区外のものばかりであって比較対照の資料とならない。ビル街地区内の主なビルの用地の評価額の上昇率は、別紙四記載のとおりで三三パーセントないし四五パーセントである。
同2(3)の事実は争う。相続税路線価と固定資産税路線価とは、多くの都市で一致するようになりつつある。都道府県庁所在市の昭和五一年度固定資産税の最高路線価は、昭和五〇年分相続税のそれに対し九五パーセントである。まだ両者間に開差のある地域が少なくないが、それは固定資産評価が適正な時価にやや及ばぬということであって、本件土地の固定資産評価が適正な時価を越えているということにはならない。評価の公平については、状況類似地区(例えばビル街区)内であれば、開差率はほぼ同じでありなんら不公平はない。なお、本件土地の昭和五一年の固定資産税路線価と相続税路線価との比率は、八九・四パーセントではなく、別紙三記載のとおり七三・六パーセントである。
同3(1)のうち、本件評価の基礎になった標準宅地(別紙第二図面中村二工区三三ブロック三番、大名古屋ビル敷地)の路線価が七四万点(一点を一円としている。以下同じ。)であることは認める。その余は争う。この路線価が高過ぎるということはない。右路線価が正当な理由は次のとおりである。即ち、名古屋市の基準宅地(中区栄三丁目四〇五番地)の路線価は八八万点、毎日ビル、豊田ビルの西側の路線価が八五万点、名古屋ビル前が七五万点であるから(別紙第二図面)、これらと比べて前記標準宅地(大名古屋ビル敷地)の路線価が七四万点であることは正当である。また、原告主張の売買実例地(中村二工区二二ブロック一六・一七番)の路線価は三〇万点であり、標準宅地の路線価は七四万点であるから、その比率は二・四六倍である。これは両者の位置関係及びその中間の路線価からいって妥当なものである(標準宅地と本件土地とは、別紙第二図面のとおり極めて近接していながら、標準宅地の路線価七四万点と本件土地の路線価四二万点との比率は一・七六という二倍近いのである。)。売買実例地の路線価と本件土地の路線価との比率は一・四〇である。
なお、相続税の昭和五一年の路線価は、別紙第三図面のとおりである。売買実例地の路線価は三六万点、標準宅地の路線価は八三万点、その比率は二・三倍であり、固定資産税の路線価の比率と大差はないのである(標準宅地の路線価八三万点と本件土地の路線価五七万点の比率は一・四五である。)。売買実例地の路線価と本件土地の路線価の比率は一・五八である。
同3(2)のうち、昭和五一年度の固定資産評価から本件土地一帯をビル街地区とし、奥行短小補正率表・奥行価格逓減率表(乙第五号証は一つの表で二役を兼ねる。一〇〇パーセントより上段は奥行短小補正率表、一〇〇パーセントより下段は奥行価格逓減率表である。)を変更したことは認める。その余は争う。
すなわち、奥行の短小なものについていえば、補正率を低くして価格も低くなるようにしたこと、奥行の長いものについては奥行価格逓減率を高くして価格も高くなったことは認める。
これによってビルの立ち並ぶ地域については、これまでより一層適正な評価ができるようになったものである。すなわち、宅地の評価は、宅地の利用状況が共通な地域ごとに用途地区を設定することにより、真の公平が保てるのである。路線に面することによって価値が高まり、奥行が余りないほうがよい繁華街と、むしろ奥行が相当程度あったほうがビルとして安定した利用のできるビル街とは奥行短小補正率、奥行価格逓減率を変更することのほうが望ましいのである。そこで、昭和五一年度の基準年度の評価替えを迎え、かつ、名古屋ターミナルビル等の完成をはじめビル街としての熟成した本件土地一帯をビル街の用途地区として評価したのである。
請求原因六は争う。
被告の主張
固定資産の評価について
一 固定資産の評価は、「適正な時価」を算定することにあり、「固定資産の評価の基準、実施方法、手続」は、地方税法第三八八条以下及び固定資産評価基準(昭和三八年自治省告示第一五八号。その後改正あり。)の定めるところによって行なわれる。
本件のごとき市街地を形成する地域における宅地にあっては、「市街地宅地評価法」によって評価する。この手順は、次のとおりである。
1 市内の宅地をその利用状況によって、商業地区、住宅地区、工業地区等の各地区(用途地区)に区分する。
2 1によって区分した各用途地区を街路の状況、公共施設等の接近の状況、家屋の疎密度その他の宅地の利用上の便等からみて、その状況が相当に相違する地域ごとに区分し、当該地域の「主要な街路」を選定する。
3 主要な街路に沿接する宅地のうちから標準宅地を選定する。
4 標準宅地について売買実例価額等から適正な時価を評定する。
5 標準宅地の適正な時価に基づいてその沿接する主要な街路に路線価(標準宅地路線価)を付設する。
6 標準宅地路線価に比準してその他の街路に路線価を付設する。
7 路線価を基礎として画地計算法を適用し、各筆の宅地の評点数(評価額)を求める。
8 なお、市長が評定した標準宅地(基準宅地を含む。)の適正な時価及びその路線価については、自治大臣によって検討された所要の調整が行なわれる。
二 昭和五一年度(基準年度)における本件土地について述べれば、次のとおりである。
1 名古屋市では、宅地の利用状況を基準として、次のとおり用途地区の区分をしている。
ア 商業地区
(ア)ビル街、(イ)繁華街、(ウ)高度商業地区、(エ)普通商業地区
イ 住宅地区
(ア)併用住宅地区、(イ)高級住宅地区、(ウ)普通住宅地区
ウ 工業地区
(ア)大工場地区、(イ)中小工場地区、(ウ)家内工業地区
本件土地は、ビル街に所在している。名古屋市におけるビル街地区は、別紙第一図面のとおり、名古屋駅前地区と栄地区の二か所であり、本件土地は名古屋駅前地区に属する。
2 本件土地に即していえば、大名古屋ビル前の街路を主要な街路として選定している。
3 主要な街路に沿接する宅地のうちから、次の宅地を標準宅地として選定している。
中村二工区三三ブロック三番 宅地五七九・九六平方メートル(大名古屋ビル敷地)
4 名古屋市の場合、基準宅地は中区栄三丁目四〇五番地であるところ、その路線価(栄開発ビル北側)は八八万点(一点は一円)である(この基準宅地価格については中央固定資産評価審議会の審議により全国的な均衡をも考慮されている。)。
売買実例地である中村二工区二二ブロック一六・一七番は、桜通(名古屋津島線)に面しており、その路線価は三〇万点であり、それと標準宅地との位置関係は別紙第二図面のとおりである。
5 売買実例価額等から求めた右標準宅地の適正な時価に基づき、右標準宅地の路線価を七四万点と評定している。
6 右標準宅地路線価を基礎として、右標準宅地と本件土地との間における街路の状況、公共施設等の接近の状況、家屋の疎密度その他の宅地の利用上の便等の相違を総合的に考慮し、本件土地の正面路線価を四二万点、西の側方路線価を二五万点、東の側方路線価を九万点と付設している。
7 右各路線価を基礎として画地計算法を適用し、本件土地(三筆)について、別紙一記載のとおり計算し評価している。なお、昭和四八年度の計算式は別紙二記載のとおりである。
固定資産評価の説明及び審査について
一 固定資産税の納税者から、固定資産の評価額について、疑問・不服が呈示されたときは、市町村長又はその職員は口頭なり書面なりによって、納税者に評価の根拠・方法・手順等について説明をなし、納税者が審査の申出をする場合に審査申出人としてなす不服事由の陳述ないし主張に遺憾のないような措置をとることが望ましい。右のごとく評価の根拠等についての説明をなしても、納税者が納得せず、審査の申出をなしたときは、固定資産評価審査委員会は、自ら又は市町村長の職員をして、右説明の足らざる部分があるときは、口頭審理を通じ、あるいは書面をもってそれを補充し、評価の根拠等を明らかにすることにより、審査申出人の不服事由の陳述・主張に遺憾なからしむることができ、公正な審査手続を行なうことができる。
二 本件土地について述べれば、次のとおりである。
1 みなす土地補充課税台帳により、本件土地がいくらに評価されているかが判明する。歴年(本件についていえば昭和三九年度分以降)の評価の比較が可能である。
2 昭和五一年四月一日、名古屋市長の職員(中村区役所税務課土地係長竹田位満男)は、原告の質問に答えるため原告に対し、前述の内容について説明をなし、説明メモを交付した(乙第二号証の一)。
3 同月五日原告から電話照会があったので、同日照会事項についての説明メモを郵送した(乙第二号証の二)。
4 同月六日更に原告から電話照会があったので、同月七日午後一時右職員は、説明メモ(評価計算の資料)及び相続税路線価図(昭和五〇年度)を原告に交付した(乙第二号証の三・四)。
5 同日午後三時三〇分及び午後四時三〇分の二度にわたり、原告から電話で評価内容について説明を求められたので、同職員は原告に対し説明メモに基づき説明をした(乙第二号証の五)。
6 本訴訟に係る本件審査申出は、昭和五一年四月三〇日に評価庁を経由して被告委員会に提起された。
7 被告委員会は、ただちに、評価庁から審査に必要な各種資料を提出させ、また、本件審査申出に至る経過説明を評価庁から受けたところ、評価庁から申出人に対し前記のとおり数回にわたり本件土地の評価の算出根拠・過程について説明がなされていることが判明し、本件審査申出は、申出人と評価庁がその見解の対立する点について第三者機関である被告委員会に判断を求めているものと想定された。
このことは、審査申出書に記載されているところから判断しても、その代理人が不動産評価の専門家であること、本件土地の固定資産税路線価を具体的に掲げて申出理由にしている等からうかがい知れた。
8 本件審査申出に係る委員会の口頭審理は、昭和五一年六月二二日午前一〇時から行なわれた。
この口頭審理には、申出人、代理人と評価庁が出席し被告委員会の土地第一部会(中川委員、米萩委員)が担当した。口頭審理の初めにおいて、部会長である中川委員から、代理人に対し、本件審査申出の申出理由について十分主張するよう求めたところ、代理人は、本件土地の評価が高すぎるため減額を求める理由として次の二点を主張した。
(1) 相続税路線価と固定資産税路線価の割合いがアンバランスであること。
(2) 地価公示価額が同額推移ないし減額しているのに固定資産税評価のみ上昇するのは不当であること。
部会長は、次に、評価庁に対して、本件土地の評価の算出根拠、申出人の主張に対する答弁・説明を求めたところ、評価庁は、代理人は評価の内容・根拠については十分承知済みである旨の発言を行ない、申出人の主張に対して反論を行なった。
その後、固定資産税評価と相続税その他の評価との関係について、評価庁と代理人との間において論争が展開された。
この間、被告委員会は、代理人及び評価庁の発言に制限を加えたことも発言を中止させた事実もない。
また、代理人が、評価庁をして本件土地の評価に係る標準宅地の価格、売買実例宅地の価格等の説明及びそれらの資料の提出をさせるよう被告委員会に求めた事実はない。
このように、被告委員会は、双方に十分主張・意見を言い尽くさせた後、口頭審理を終えるに際して代理人に異議はないかどうかを確認したところ、代理人は、以上の争点に対して被告委員会の公平な判断をお願いするということで別段の異議を申し立てなかったため、口頭審理を終了した。
9 被告審査委員会は、口頭審理等を通じて、同年八月四日付で右原告の審査の申出に対し棄却の決定通知をなしたものである。
以上のとおりであるから、本件決定は正当であって維持されるべく、原告の請求は棄却されたい。
第三証拠《省略》
理由
一 争いのない事実
請求原因一ないし三の事実、同四のうち、被告が昭和五一年六月二二日に口頭審理をしたうえ、原告の本件審査の申出を棄却する旨決定し、その旨を同年八月四日原告に通知したこと、同五(一)2のうち、昭和五一年六月二二日に口頭審理がなされたこと、評価庁が原告に対し口頭審理の前に資料(乙第二号証の一ないし四)を交付したこと、同3のうち本件審査の決定が地方税法第四三三条第一項に定める三〇日以内になされていないこと、同五(二)1のうち、原告主張の三種の評価が生ずること、同2(1)のうち、昭和五〇年度の固定資産評価額、上昇率、愛知県基準地標準価格及び国土庁の地価公示価格の各推移、同2(2)のうち、昭和五一年度の評価替えによる上昇率が全国平均二七パーセントであること、同3(1)のうち、標準宅地の路線価が七四万点であること、同3(2)のうち、昭和五一年度の固定資産評価から本件土地一帯をビル街地区とし、奥行短小補正率表・奥行価格逓減率表を変更したことについては、いずれも当事者間に争いがない。
二 審査手続の適否について
原告は、「地方税法第四三三条所定の口頭審理手続による審査においては、固定資産評価審査委員会は、先ず評価庁である市町村長から、当該不服申立にかかる評価額の算出根拠を明示させるべきであり、しかる後に右算出根拠の当否につき審査申出人に反論・反証の機会を与えるべきである。そして評価庁のなす右算出根拠の明示は、必ず口頭審理においてなされることを要し、評価庁が事前に口頭審理手続外で算出根拠の資料を審査申出人に交付することをもって口頭審理における右明示に代えることは許されない。また、固定資産評価審査委員会は、評価額が適正であるか否かの判断は、必ず口頭審理における当事者の主張立証に基づいて行うべきものであり、これに基づかずに、口頭審理の手続外で評価庁から提出された資料により棄却決定をなすことは許されない。しかるに、被告は、口頭審理におけるこれらの手続に違反し、口頭審理において、評価庁に対し本件土地の評価格の算出根拠の明示をさせず、審査申出人たる原告に反論反証の機会を与えないのみか、口頭審理手続外で評価庁から提出された資料に基づいて審査決定をなした点において審査手続に違法が存する。」趣旨の主張をするので、以下右主張の当否について判断する。
1 地方税法の規定によれば、固定資産の価格は、市町村長が毎年「固定資産評価基準」(昭和三八年自治省告示第一五八号)の定める方式、手順に従って固定資産評価員の行なった評価に基づいて決定し(第四一〇条)、これを固定資産課税台帳に登録する(第四一一条)が、固定資産課税台帳に登録された価格について不服のある固定資産税の納税者は、固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができ(第四三二条第一項)、その申出を受けた固定資産評価審査委員会は必要と認める調査、口頭審理その他事実審査を行ない、審査申出人提出に係る証拠の取調べ等を行なう(第四三三条第一項、第七項)が、特に審査申出人の申請があるときは、特別の事情がある場合を除き、口頭審理の手続によらなければならず(同条第二項)、この口頭審理においては、審査申出人、市町村長又は固定資産評価員その他関係者の出席及び証言を求めることができ(同条第三項)、その手続は公開しなければならず(同条第六項)、また、固定資産評価審査委員会の決定に対しては、取消訴訟を提起することができる(第四三四条第一項)が、固定資産税賦課処分の取消訴訟において固定資産の価格ないし固定資産評価審査委員会の決定の違法を争うことは許されない(同条第二項、第四三二条第三項)。
このように、法律が、固定資産の評価について、特に不服申立を認め、また固定資産評価審査委員会なる独立した第三者機関を設けて、その審査に当たらせることとしているのは固定資産の評価には、専門、技術的な知識、経験を必要とし、主観的、恣意的要素の加わる恐れがあるところから、納税者の権利、利益を保護するため、事後的にもせよ、また争訟の方法が限定されているとはいえ、評価の客観的合理性を担保させ、もって、固定資産税の適正な賦課を計らんとする趣旨に出たものであると解され、特に、口頭審理の制度は、右の趣旨を徹底するため、審査申出人に対し手続参加の権利を与えたものであるが、審査申出人は評価額の算出根拠、計算方法等価格決定の理由を知らないのが通常であるゆえに、右の価格決定の理由を審査申出人に対して明示しなければ、審査申出人は争点を特定して反論反証を尽くすことができないのであるから、右口頭審理において固定資産評価審査委員会が自ら又は市町村長ないし固定資産評価員により、審査申出人に対し、不服の限度に応じ、評価額の算出根拠、計算方法等価格決定の理由を明示することは、審理の基礎的な要請というべく、また、かくして明示された価格決定の理由につき審査申出人に対し口頭審理において反論反証の機会を与うべきことは当然である。
しかしながら、口頭審理手続におけるこのような対審的、争訟的構造には、右審査手続が行政救済手続としての性格を本来的に有しているという点からくる自からなる制約を免れず、申請により口頭審理が開かるべき場合においても、民事訴訟におけるように、当事者を対等の立場に立つ対立当事者として、口頭審理を通じてのみ攻撃、防禦を尽くさせるという意味における厳格な口頭審理方式を貫徹することは、かえって、行政救済の特質を阻害することとなるから、かような厳格な徹底した口頭審理方式をとることは、手続の本質からも法令上からも必ずしも要請されていないと解するのが相当である(前記のとおり、固定資産評価審査委員会は、職権で事実の調査ができるのであり(第四三三条第一項)、同じく職権により審査に関し必要な資料の提出を資料所持者に対し求めることができるのであり(第四三〇条)、右のようにして提出された資料については関係者に閲覧請求権が認められている(第四三三条第五項)のである。)。
以上の見地からすると、口頭審理における前記価格決定の理由を示す資料を評価庁が事前に審査申出人に交付し、説明する等の方法により、審査申出人がこれを了知し、口頭審理において、右の事前説明に異議を唱えず、価格決定の理由の明示をあらためて要求しなかったような場合は、口頭審理手続に価格決定理由の明示の手続を欠く瑕疵ありとはいえない道理であり、また、固定資産評価審査委員会が口頭審理手続外において職権で収集した資料(審査申出人に交付された資料以外の資料)を審査決定の資料としたとしても、審査申出人には前記のとおり、右資料の閲覧請求権があり、従ってこれに対し、反論反証の申出をすることができるのであるから、固定資産評価審査委員会の右所為を違法と目すべき理由は存しないことになる。
2 これを本件についてみるに、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 土地課税台帳に登録された本件土地の昭和五一年度評価額について、原告は口頭審理期日より前である昭和五一年四月上旬評価庁たる名古屋市長の職員に説明を求めたところ、右職員は資料(乙第二号証の一ないし五)を原告に交付(右交付の事実は当事者間に争いがない。)するとともに、右資料に基づいて直接原告に算定理由を説明した。
右資料には、前記自治省告示の固定資産評価基準に基づく市街地宅地評価法による宅地の評点数付設の順序に従った計算過程が示されており、即ち、昭和五一年度から新たにビル街地区が設けられ、本件土地はビル街地区内に存すること、右地区の標準宅地は大名古屋ビル敷地であり、これに面接する路線価は七四万点(一点は一円)であること、これに比準して本件土地の正面(西側)路線価は四二万点、北側の側方路線価は二五万点、南側の側方路線価を九万点としたこと、右の各路線価を基礎とする本件土地の画地計算法の算式、右算式中の奥行価格逓減率及び側方路線影響加算率等が説明されており、右資料の中には、原告において比較対照するに便なるように相続税路線価図(乙第二号証の四)も含まれていた。
(二) 原告は、右各資料を検討の上、公認会計士訴外伊藤寛を代理人として昭和五一年四月三〇日付で被告に対し本件土地につき口頭審理による審査請求をした。
(三) 被告は、職権をもって、口頭審理手続外で評価庁が原告に送付したと同一の資料の提出を評価庁から受けるとともに、評価庁から路線価図、売買実例価格調査表、基準宅地及び標準宅地位置図、標準宅地調査表、標準宅地報告書、標準宅地路線価の評定に関する調べなどの資料の提出を受けた。
(四) 被告は同年六月二二日に口頭審理を開いたところ、この口頭審理においては、審査申出人(原告)側は、原告代理人伊藤寛が発言し、同代理人は、不服の理由として、(一)相続税路線価及び地価公示価格と固定資産税路線価の割合が不均衡であること、(二)地価公示価格又は相続税路線価は同額推移ないし下落しているのに固定資産税評価のみ上昇するのは不当であること、(三)昭和五一年度の評価替えによる全国平均上昇率は二七パーセントであるのに本件土地を含む名古屋駅前地区のみこれを上回るのは不当であることを主として主張したのみで、本件評価額の算出根拠、計算方法等価格決定の理由の明示を求めたことも新たな資料の提出を求めたこともなかった。評価庁は、原告には事前に本件評価額の算出根拠、計算方法を説明してあるので原告はこれを知悉しているはずであるから、その説明は省略するとのべたうえ、原告の右主張に対して反論し、大都市の殆んどは固定資産税路線価と相続税路線価とは等しくなりつつあり、これは国の政策の反映でもある等の意見を述べた。原告代理人は、これに対し前記主張を繰り返したが、他に別段の主張、証拠の提出の申出もなかったので、被告は、口頭審理を終結し、その後前記各資料を検討、審査のうえ本件審査の申出を棄却する決定をした。
以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。なお、固定資産評価審査委員会が口頭審理において原告側の主張立証を制限したような形跡は全く存しない。
3 以上に認定した事実によれば、評価庁たる名古屋市長職員の原告に対する前記資料交付及び説明により、原告は本件土地の評価額の算出根拠、計算方法等価格決定の理由を知悉していたことは明らかであり、それ故にこそ口頭審理においては、その明示を求めなかったものと認められる。そして、口頭審理においては、専ら、相続税路線価と地価公示価格と固定資産税路線価の割合が不均衡である等の比較論争に終始し、他に特段の資料の提出を求めることも、主張立証をすることもなかったというのであるから、本件口頭審理手続において価格決定の理由の明示を欠く違法があるとは解し難く、また、被告において、口頭審理手続外で評価庁から提出した前記資料を審査決定の資料としたとしても、先に述べた口頭審理手続の性質に照らし、これをもって違法とすべき理由も存しない。
原告は、本件口頭審理においては、評価庁が本件土地の属するビル街地区の標準宅地である前記大名古屋ビル敷地の路線価を七四万点とした根拠の明示を欠く違法が存する趣旨の主張をするけれども、前記認定のとおり、評価庁が審査申出人である原告に対して本件土地の価格決定の理由を明示した結果として右標準宅地の位置及び路線価が原告に判明するに至ったのであるから、原告としては右路線価に関する反論反証をしようとすればその機会が与えられていたことになるし、また、前記認定のとおり原告は口頭審理において評価庁による本件土地の価格決定理由の事前説明に対して異議を唱えず、本件土地の路線価ないし評価額と相続税路線価又は公示価格との比較論争に終始し、右標準宅地の路線価決定の理由につき説明を求めたこともなかったというのであるから、前記事前説明以上に右路線価決定の理由が明示されなくても、これを違法ということはできない。
なお、本件裁決は審査申出を受けた日から地方税法第四三三条第一項所定の裁決期間である三〇日を経過した後になされたものであるが、右規定は訓示規定に過ぎないから、その不遵守は裁決の効力に影響を与えず、裁決の取消事由とはならない。
よって、原告の主張は採用できない。
三 固定資産評価の適否について
1 評価額の上昇原因について
《証拠省略》によれば、本件土地につき、基準年度である昭和五一年度の評価額の計算式は別紙一記載のとおりであり、前基準年度である昭和四八年度の評価額(昭和四九年度、五〇年度の各評価額は昭和四八年度評価額と同額である。)の計算式は別紙二記載のとおりであることが認められるから、本件土地の昭和五一年度評価額が昭和四八年度評価額より上昇した原因は、本件土地の正面及び側方の路線価が上昇したこと、正面及び側方の奥行価格逓減率が緩和されたこと、角地の場合の加算率(側方路線影響加算率)が高率となったことに起因することが明らかである。よって、以下これらの諸要因について検討する。
2 ビル街地区制の合理性について
《証拠省略》を総合すれば、名古屋市は、固定資産の評価に関し、昭和五一年度から、商業地区の一区分として、都心又は副都心で銀行、商社等の大規模な高層建築物が連たんしている地区を「ビル街」地区と定め(別紙第一図面)、この地区内にある宅地の評価においては、奥行価格逓減率を商業地区である繁華街、高度商業地区、普通商業地区におけるそれよりも緩和するとともに、側方路線影響加算率として普通商業地区におけるよりも高率な繁華街及び高度商業地区と同等な率を適用するに至ったこと、即ち、奥行価格逓減率については、繁華街及び高度商業地区においては奥行六メートル以上一六メートル未満、普通商業地区においては奥行八メートル以上一八メートル未満の宅地についてはいずれも価格逓減せず、奥行がこれらを超える宅地について価格逓減するが、ビル街地区においては、奥行一八メートル以上三〇メートル未満の宅地では価格逓減せず、奥行がこれを超えるに及んで価格が逓減し始めること、側方路線影響加算率については、普通商業地区内の宅地では一〇パーセント、繁華街、高度商業地区、ビル街地区内の宅地ではいずれも一五パーセントの側方路線影響加算率を適用すること、名古屋市内のビル街地区としては、名古屋駅前地区及び栄地区が定められており、いずれも大規模な高層建築物の連たんしている地域であり、本件土地は従来は普通商業地区内であったが、名古屋駅前地区としてビル街地区に属するに至ったことが認められる。
そこで考案するに、経験則に照らせば、大規模な高層建築物が連たんしている地域においては、中小規模ないし低層の建築物が存在する地域に比べて、おのずから建築物の敷地である宅地の使用単位としての面積は広大であるといえるから、宅地の正面及び側方からの奥行が長大な宅地であっても、一体的に最有効使用が可能であり、側方道路から受ける利益の度合も大きい。これに対し、中小規模ないし低層の建築物の存在する地域においては、おのずから建築物の敷地である宅地の使用単位としての面積は狭小であるといえるから、宅地の正面又は側方からの奥行が長大となると却って使用効率が低下し、側方道路から受ける利益の度合も必ずしも大きくないことは、容易に肯認されるところである。
そうすれば、大規模な高層建築物の連たんしている地域内の宅地の評価においては、中小規模ないし低層の建築物の存在する地域内の宅地の場合よりも、緩やかな奥行価格逓減率及び高度な側方路線影響加算率を適用するのを相当とする。
本件のビル街地区においては、前記認定のとおり、宅地の奥行が一八メートル以上三〇メートル未満の場合には価格逓減せず、これを超えるに及んで価格逓減するのであるが、経験則上、大規模高層建築物の敷地としては、その奥行三〇メートル位までは優に一体的な最有効使用をすることが可能であり、かつ、そのように使用されているのが常態であるから、前記奥行価格逓減率を不当ということはできない(《証拠省略》によれば、本件土地全体の正面奥行は二九メートル、側面奥行は五八メートルである。)。また、側方路線影響加算率については、普通商業地区内の宅地では一〇パーセントであるが、繁華街、高度商業地区、ビル街地区内の各宅地ではいずれも一五パーセントであるから、相互間に不均衡はないし、ビル街地区内の宅地の同加算率自体が不当に高率であるということもできない。
従って、名古屋市が昭和五一年度から採用するに至ったビル街地区内の宅地に関する評価方式は、合理性があるから、これを違法ということはできない。
3 路線価の適否について
《証拠省略》によれば、名古屋市が行った本件土地の評価は前記のとおり固定資産評価基準(昭和三八年自治省告示第一五八号)による「市街地宅地評価法」に基づくものであること(但し、評点一点当りの価額は一円であること)、そのため名古屋市が本件土地の評価に適用すべき昭和五一年度固定資産税路線価を算定付設した方法としては、右固定資産評価基準に基づき、別紙第一図面のとおり、本件土地の近傍にある大名古屋ビル前の街路を主要な街路として選定し、これに沿接する宅地のうちから中村二工区三三ブロック三番宅地五七九・九六平方メートル(大名古屋ビル敷地であり、ビル街地区内である。)を標準宅地として選定し、売買実例宅地である中村二工区二二ブロック一六・一七番(桜通(名古屋津島線)に面しており、右標準宅地から四ブロック東方南側に位置し、ビル街地区内である。)の売買実例価格が一平方メートル当り約八〇万円であったので、これからいわゆる不正常要因を除去した正常価格を求め、これに面接する路線価を三〇万点(一平方メートル当り。一点は一円。以下同じ。)と評定し、これを基礎として、右売買実例宅地と右標準宅地との位置関係、街路条件、接近条件、宅地条件及び自治大臣の全国的な均衡調整を経て定めた基準宅地(中区栄三丁目四〇五番で、ビル街地区内にある。)の路線価(八八万点)等を総合的に考慮して右標準宅地の価格を求め、これに面接する路線価を七四万点と評定し、これを基礎として、右標準宅地と本件土地との位置関係、街路条件、接近条件、宅地条件等を総合的に考慮して本件土地の正面(西側)路線価を四二万点、北側の側方路線価を二五万点、南側の側方路線価を九万点と評定したことが認められる。
そして、《証拠省略》によれば、本件土地の昭和五一年度評価額は、前記固定資産評価基準及び名古屋市の定めた土地評価事務取扱要領に基づき、「画地計算法」により、右路線価を基礎として別紙一記載の計算式により算定されたものであることが認められる。
右の事実によれば、右の路線価及び本件評価額の各算定方法は合理的なものと認められるから、このような方法によって算定された右の路線価及び本件評価額はこれを一応正当なものと推認するのが相当であるが、更に、他種の路線価ないし評価額と対比検討することとする。
(一) 右認定の固定資産税路線価によれば、前記標準宅地の路線価(七四万点)は前記売買実例宅地の路線価(三〇万点)の二四六パーセント(二・四六倍)、本件土地の正面路線価(四二万点)は、前記標準宅地の路線価の五六パーセントで、前記売買実例宅地の路線価の一四〇パーセント(一・四〇倍)、本件土地の北側側方路線価(二五万点)は正面路線価の五九パーセント、南側側方路線価(九万点)は正面路線価の二一パーセントである。また、《証拠省略》によれば、別紙第二図面表示のとおり、いずれもビル街地区内にある中村二工区一六ブロック毎日ビル・豊田ビル西側の路線価は八五万点、同工区二五ブロック名古屋ビル西側の路線価は七五万点であることが認められるから、本件土地の正面路線価は、毎日ビル・豊田ビル西側路線価の四九パーセント、名古屋ビル西側路線価の五六パーセントである。
他方《証拠省略》によれば、昭和五一年度相続税路線価は、別紙第三図面表示のとおり、前記売買実例宅地の地点で三六万円、前記標準宅地(大名古屋ビル敷地)の地点で八三万円、本件土地の正面(西側)で五七万円、北側方で三七万円、南側方で一八万円であり、前記毎日ビル・豊田ビル西側で九〇万円、前記名古屋ビル西側で八五万円であることが認められる。従って、相続税路線価について言えば、前記標準宅地の路線価は前記売買実例宅地の路線価の二三〇パーセント(二・三〇倍)、本件土地の正面路線価は、前記標準宅地の路線価の六八パーセントで、前記売買実例宅地の路線価の一五八パーセント(一・五八倍)、本件土地の北側側方路線価は正面路線価の六四パーセント、南側側方路線価は正面路線価の三一パーセントであり、本件土地の正面路線価は、前記毎日ビル・豊田ビル西側路線価の六三パーセントで、前記名古屋ビル西側路線価の六七パーセントである。
右の事実によれば、右固定資産税路線価と右相続税路線価とでは若干の差異はあるにしても、右固定資産税路線価は、右相続税路線価との対比において、おおむね地域的な均衡を保持しているとみて差支えない。原告は、前記標準宅地の固定資産税路線価七四万点が不適正である、と主張するが、右事実からすれば、必ずしもそのように断定することはできないし、本件において直接問題となる本件土地の固定資産税路線価は、前記の各主要地点の路線価に比して、むしろ相対的に低額であるとみることもできる。
(二) 原告は、愛知県の定めた本件土地の昭和五〇年度基準地価格は昭和四九年度のそれに比して約七パーセント下落しており、地価公示法による国土庁の公示価格(以下単に「公示価格」という。)は本件土地に近接する基準地において昭和五〇年度と昭和五一年度は同額で推移しているのに、本件土地の昭和五一年評価額は昭和五〇年度に比べ三七パーセント増額評価されているのは不当である、と主張する。
原告の主張する愛知県基準地価格及び公示価格の各推移については当事者間に争いがなく、本件土地の昭和五一年度の評価替えによる上昇率が三七パーセントであることはその計数上明らかである。
しかしながら、固定資産の評価においては、基準年度の価格は原則として翌年度及び翌翌年度まで据え置かれるので(地方税法第三四九条第一項ないし第三項、第四一一条第二項)、次の基準年度における評価替えにおいては過去三年間の地価変動を一挙に反映することになるが、公示価格及び相続税路線価においては、毎年評価替えが行われるのであるから、原告主張のように一年毎の価格上昇率を相互に対照するのは正当でない。昭和五一年度は基準年度であり、その前の基準年度は昭和四八年度であるところ、《証拠省略》によれば、本件土地についても昭和四八年度の価格が昭和五〇年度までそのまま据え置かれていたことが認められるのであるから、公示価格及び相続税路線価についても昭和四八年度から昭和五〇年度までの上昇率を対照するのが相当である。
そこで、弁論の全趣旨によれば、本件土地及びこれに直近の地価公示標準地(中村区名駅四丁目八〇五番外。旧地番は中村区笹島町一丁目二二一番外)の各年の固定資産税路線価、相続税路線価、これらに基づく一平方メートル当り単価、公示価格は、別紙三記載のとおりであることが認められる(昭和四八年度については、県基準地価格は定められていない。)。
これによれば、いずれも昭和四八年度と昭和五一年度とを対比した上昇率は、本件土地の固定資産税路線価については二三パーセント、その相続税路線価については三九パーセント、右標準地の相続税路線価については一二パーセント、本件土地の固定資産評価額の一平方メートル当り単価については三七パーセント、その相続税評価額の一平方メートル当り単価については三七パーセント、右標準地の公示価格(一平方メートル当り)については八パーセントとなる(相続税路線価及び公示価格につき被告の主張する上昇率は別紙三につき昭利四七年度と昭和五〇年度との比較であるから採用できない。)。右の事例によれば、本件土地の固定資産評価における上昇率は、右標準地の公示価格の不昇率を上回るが、本件土地の相続税評価における上昇率とは同率ないしこれを下回るものであって、別段特異な上昇率を示すものではない。そうすれば、本件土地の固定資産税路線価ないし評価額の上昇率が他種の路線価ないし評価額の上昇率との対比において均衡を失しているものと断定することはできないし、他にこれを認むべき証拠はない。
(三) 次に、原告は、昭和五一年度の評価替えによる全国平均上昇率は二七パーセントであり、また、名古屋市内のビルの多い中心街である栄付近の土地の昭和五一年度の評価替えによる上昇率は二〇ないし二五パーセントにとどまっているのに、本件土地の評価額の上昇率が三七パーセントであるのは不均衡である、と主張する。
昭和五一年度の評価替えによる全国平均上昇率が二七パーセントであることは当事者間に争いのないところである。
しかしながら、右の平均値はあくまでも多種多様な土地についての平均値であるから、本件土地についての上昇率が右平均値と異なることをもって直ちにこれを不適正ということはできない。本件土地は市街地に属するところ、弁論の全趣旨によれば、今回の評価替えの期間にほぼ対応する昭和四七年九月から昭和五〇年九月までの三年間における全国市街地価格指数(日本不動産研究所調・被告第四準備書面三枚目裏の記載)の推移をみると、全国平均で三六パーセント、六大都市平均で三〇パーセントの上昇率を示していることが認められる。
右の事実と、前記のとおり本件土地一帯が昭和五一年度からビル街地区に指定された結果画地計算の関係上その評価額が従来よりも割高になったことを併せ考えると、本件土地の昭和五一年度評価替えによる上昇率が全国平均上昇率を上回るものであっても、これを不適正というのは当たらない。
また、原告が名古屋市内の栄付近の宅地の評価額上昇率を証するものとして提出した甲第四号証に記載されている各宅地は、《証拠省略》に照らせば、いずれもビル街地区に属していないことが明らかであるから、このようなビル街地区外の宅地についての上昇率と本件土地についての上昇率とを同列に論ずることは相当でない。
却って、《証拠省略》によれば、ビル街地区内における主要なビルの存在する宅地を抽出してその昭和五一年度の評価替えによる上昇率を調べると、別紙四記載(各宅地の位置は各番号をもって別紙第一図面に表示)のとおり、一・三三倍ないし一・四五倍であることが認められるのであるから、ビル街地区内の宅地についての上昇率はほぼ均衡を保持しているものと推認され、本件土地についての上昇率もこれらとの対比において均衡を得ているものということができる。
(四) 次に、原告は、全国的にみれば相続税路線価は公示価格の六〇パーセント前後、固定資産税路線価は相続税路線価の五〇パーセント前後という比率が通常保たれているのに本件土地の昭和五一年度の固定資産税路線価は相続税路線価の八九・四パーセントになっているのは著しく不均衡であると主張する。
しかしながら、右の三種類の路線価ないし評価額の間に原告主張のような比率を保つべきことは、もとより法律の要請するところではないから、特定の宅地について右のような比率を保っていない場合があっても、これをもって直ちにその路線価ないし評価額を違法なものということは到底できない。なお、《証拠省略》によれば本件土地の昭和五一年度愛知県基準地価格は九〇万六、〇〇〇円であるので、相続税路線価(前記のとおり正面で五七万円)は右基準地価格の六二パーセントであり、固定資産税路線価(正面で四二万点)は相続税路線価の七三パーセントである。
また、事実上の比率傾向としても、原告主張のような比率傾向が一般的に存するかは疑問であり、これを認めるには証拠が十分でない。ちなみに、《証拠省略》を総合すれば、右各書証に掲記の宅地については原告主張のような比率傾向をある程度看取することができるけれども、右宅地の範囲は名古屋市中村区内に限られているのであるから、これをもって一般的な比率傾向と即断し難いし、また、右宅地は本件土地を除いては全てビル街地区には属せず、本件土地が名古屋の玄関ともいうべき名古屋駅前(東側)に位置するのに対し、その余の宅地はいずれも名古屋駅以西に位置するなどの事情からみて、両者を同列に論ずるのは相当でない。
却って、《証拠省略》によれば、ビル街地区及び高度商業地区における地価公示宅地の価格比率を検するに、本件土地に直近の標準地・中村五―一(中村区笹島町一丁目二二一番外。新地番は中村区名駅四丁目八〇五番外)については相続税路線価(八二万円)は公示価格(一三四万円)の六一パーセント、固定資産税路線価(七四万点)は右相続税路線価の九〇パーセントであり標準地・中村五―二(中村区西柳町一丁目一番二)については相続税路線価(四八万円)は公示価格(七二万円)の六六パーセント、固定資産税路線価(四二万点)は右相続税路線価の八七パーセント、標準地・中五―一〇(中区錦三丁目三〇二番)については相続税路線価(二四万円)は公示価格(三〇万円)の八〇パーセント、固定資産税路線価(二一万点)は右相続税路線価の八七パーセント、標準地・中五―三(中区栄三丁目九一〇番)については相続税路線価(二三万円)は公示価格(三七万円)の六二パーセント、固定資産税路線価(一八万点)は右相続税路線価の七八パーセントであり、そのほかこれらの価格比率に近似する標準地が存在することが認められるのであるから、本件土地の価格比率と状況類似宅地のそれとの間には著しい隔差はないものというべきである。
以上のとおり、本件土地の昭和五一年度固定資産税路線価及びこれを基礎とする評価額は、合理的な算定方法によって算定されたものであり、しかも、他種の路線価ないし評価額との間にも不均衡が認められない以上、これを正当なものと認めるのが相当である。
四 結語
以上の次第で、原告の主張はいずれも理由がなく、被告のなした本件決定は手続、内容ともに適法なものとして維持すべきであるから、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松本武 裁判官 浜崎浩一 山川悦男)
<以下省略>