名古屋地方裁判所 昭和51年(行ウ)52号 判決 1989年3月22日
名古屋市千種区内山町2丁目7番地
昭和51年(行ウ)第52号事件原告
中北歌子
同所同番地
同第53号事件原告
中北智久
同所同番地
同第54号事件原告
中北昌美
同所同番地
同第55号事件原告
中北馨介
同所同番地
同第56号事件原告
中北久子
名古屋市昭和区南山町22番地の9
同第57号事件原告
中北高試
同所同番地
同第58号事件原告
中北節子
名古屋市名東区西里町4丁目63番地
同第59号事件原告
森佐喜子
同所同番地
同第60号事件原告
森千津
同所同番地
同第61号事件原告
森繁樹
岐阜県羽島市竹鼻町昭和町3035番地
昭和52年(行ウ)第15号事件原告
岩田敬子
同所同番地
同第16号事件原告
岩田多美子
同所同番地
同第17号事件原告
岩田昌憲
東京都武蔵野市西久保1丁目33番地の1
同第18号事件原告
伊達富子
同所同番地
同第19号事件原告
伊達暁美
同所同番地
同第20号事件原告
伊達潮美
右原告ら訴訟代理人弁護士
佐治良三
外4名
右太田耕治訴訟復代理弁護人
渡辺一平
名古屋市千種区振甫町3丁目32番地
昭和51年(行ウ)第52ないし第56号事件,
千種税務署長 小林俊夫
同第59ないし第61号事件被告
名古屋市瑞穂区瑞穂町西藤塚1丁目4番地
同第57,58号事件被告
昭和税務署長 村澤昭之
岐阜県加納清水町4丁目32番地
昭和52年(行ウ)第15ないし第17号事件被告
岐阜南税務署長 金森正明
東京都武蔵野市吉祥寺本町3丁目27番地の1
同第18ないし第20号事件被告
武蔵野税務署長 高橋宏
右被告ら訴訟代理人弁護士
浪川道男
右被告ら指定代理人
種村敏
外2名
主文
原告森佐喜子,同岩田敬子及び同伊達富子の昭和44年分贈与税につき,被告千種税務署長,同岐阜南税務署長及び武蔵野税務署長のした決定及び無申告加算税賦課決定処分のうち,各々,贈与税額金40,900円を超える部分,無申告加算税額金4,000円を超える部分をいずれも取り消す。
右原告らのその余の請求及びその余の原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は,原告森佐喜子,同岩田敬子及び同伊達富子と被告千種利税務署長,同岐阜南税務署長及び同武蔵野税務署長との間においては,これを三分し,その2を右原告らの,その余を右被告らの各負担とし,その余の原告らと被告らとの間においては,全部同原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告らの請求の趣旨
1 被告千種税務署長が昭和50年1月14日付でした,
(一) 〔昭和51年(行ウ)第52号事件〕原告中北歌子の昭和45年分贈与税につき,贈与税額を金164,200円とした更正(ただし,贈与税額金36,400円を超える部分)及び無申告加算税額を金12,700円とした賦課決定の各処分,
(二) 〔同第53号事件〕原告中北智久の同44年分贈与税につき,贈与税額を金1,693,100円とした更正(ただし,贈与税額金1,265,300円を超える部分)及び無申告加算税額を金42,700円とした賦課決定の各処分,
(三) 〔同第54号事件〕原告中北昌美の同45年分贈与税につき,贈与税額を金11,700円とした決定及び無申告加算税額を金1,100円とした賦課決定の各処分,
(四) 〔同第55号事件〕原告中北馨介の同45年分贈与税につき,贈与税額を金11,700円とした決定及び無申告加算税額を金1,100円とした賦課決定の各処分,
(五) 〔同第56号事件〕原告中北久子の同45年分贈与税につき,贈与税額を金11,700円とした決定及び無申告加算税額を金1,100円とした賦課決定の各処分,
(六) 〔同第59号事件〕原告森佐喜子の同44年分贈与税につき,贈与税額を金49,000円とした決定及び無申告加算税額を金4,900円とした賦課決定並びに同45年分贈与税につき,贈与税額を金7,800円とした決定及び無申告加算税額を金700円とした賦課決定の各処分,
(七) 〔同第60号事件〕原告森千津の同45年分贈与税につき,贈与税額を金11,900円とした決定及び無申告加算税額を金1,100円とした賦課決定並びに同46年分贈与税につき,贈与税額を金35,800円とした決定及び無申告加算税額を金3,500円とした賦課決定の各処分,
(八) 〔同第61号事件〕原告森繁樹の同46年分贈与税につき,贈与税額を金4,800円とした決定処分,をいずれも取り消す。
2 被告昭和税務署長が昭和50年1月10日付でした,
(一) 〔同第57号事件〕原告中北高試の昭和44年分贈与税につき,贈与税額を金14,000円とした決定及び無申告加算税額を金1,400円とした賦課決定の各処分,
(二) 〔同第58号事件〕原告中北節子の同45年分贈与税につき,贈与税額を金138,200円とした更正(ただし,贈与税額金39,000円を超える部分)及び過少申告加算税額を金4,900円とした賦課決定の各処分,をいずれも取り消す。
3 被告岐阜南税務署長が昭和50年1月9日付でした,
(一) 〔昭和52年(行ウ)第15号事件〕原告岩田敬子の昭和44年分贈与税につき,贈与税額を金49,900円とした決定及び無申告加算税額を金4,900円とした賦課決定並びに同45年分贈与税につき,贈与税額を金7,800円とした決定及び無申告加算税額を金700円とした賦課決定の各処分,
(二) 〔同第16号事件〕原告岩田多美子の同46年分贈与税につき,贈与税額を金4,800円とした決定処分,
(三) 〔同第17号事件〕原告岩田昌憲の同46年分贈与税につき,贈与税額を金4,800円とした決定処分,
をいずれも取り消す。
4 被告武蔵野税務署長が昭和50年1月13日付でした,
(一) 〔同第18号事件〕原告伊達富子の昭和45年分贈与税につき,贈与税額11,700円とした決定及び無申告加算税額を金1,100円とした賦課決定の各処分,
(二) 〔同第19号事件〕原告伊達暁美の同45年分贈与税につき,贈与税額を金11,700円とした決定及び無申告加算税額を金1,100円とした賦課決定の各処分,
(三) 〔同第20号事件〕原告伊達潮美の同44年分贈与税につき,贈与税額を金49,900円とした決定及び無申告加算税額を金4,900円とした賦課決定並びに同45年分贈与税につき,贈与税額を金7,800円とした決定及び無申告加算税額を金700円とした賦課決定の各処分,
をいずれも取り消す。
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 原告らの請求原因
1 被告らによる課税処分の存在及びこれに至る経緯について
原告らの昭和44年ないし同46年分の贈与税について,原告らのした申告,異議申立て及び審査請求,被告らのした決定,更正,無申告及び過少申告加算賦課決定処分(以下,被告らのこれらの処分を総称して「本件処分」という。),異議決定並びに国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は,別表1の1ないし7,同1の8,9の各1,2,同1の10,同1の11の1,2,同1の12,13,同1の12,13,同1の14の1,2,同1の15,16記載のとおりである。
2 本件処分の違法事由について
しかし,被告らのした本件処分のうち,申告額を超える部分は,贈与金額を過大に認定したもので,違法である。
3 よって,原告らは,被告らの本件処分(ただし,申告額を超える部分。以下,同じ。)の取消しを求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
1 請求原因1項の事実は認める。
2 同2項の事実は否認する。
3 同3項は争う。
三 被告らの主張
1 原告らに対する贈与財産について
原告らは,昭和44年ないし同46年中に,別表2の1ないし16の「財産の種類」欄記載のとおり(なお,同表には,当時の相続税法21条の7(昭和47年法律第78号による改正前のもの。)に規定する累積課税制度の関係上,対象年度の以前3年以内に同1の贈与者から受けた金200,000円以上の価額の財産も表示する。),医薬品卸売を業とする訴外中北薬品株式会社(以下「訴外会社」という。)の代表取締役であった訴外中北伊助(昭和46年7月19日死亡。以下「伊助」という。)又は同人の妻の原告中北歌子(以下「歌子」といい,伊助と併せて「伊助ら」ということがある。)から,
(一) 訴外会社の株式(以下「本件株式」という。),
(二) 本件株式の買戻権
(三) その他の財産の各贈与を受けた。
2 本件株式の買戻権の贈与の経緯について
(一) 伊助らによる本件株式の譲渡について
伊助らは,
(1) 訴外中外製薬株式会社(以下「中外製薬」という。)に対し,昭和37年2月1日,伊助の保有する本件株式10,000株,
(2) 訴外日本新薬株式会社(以下「日本新薬」といい,中外製薬と併せて「日本新薬等」という。)に対し,同38年6月1日,伊助の保有する本件株式100,000株,
同41年8月11日,歌子の保有する本件株式18,000株,
同年12月22日,伊助の保有する本件株式82,000株,いずれも券面額(1株金50円)で譲渡した。
(二) 原告らによる本件株式の取得について
原告中北智久(以下,原告らを個別に表示するときは,「原告智久」のように氏を省略し,名前のみをもって表示する。),同昌美,同高試,同佐喜子,同敬子,同富子(以下,これらの者を総称して「原告智久ら」ということがある。)は,いずれも日本新薬から,別表三記載のとおり,本件株式を券面額で取得した(なお,同表には伊助らから日本新薬等に対する本件株式の譲渡の状況も記載することとし,併せて,本件処分に係る株式移動は赤線で表示することとする。)。
(三) 伊助らの本件株式譲渡の目的について
伊助らは,かねてからその保有する本件株式を,原告智久らに譲渡し,将来の相続開始の際において賦課される相続税の負担の軽減を企図していたものであるが,原告智久らに本件株式を直接低廉な価額で譲渡した場合には,贈与税の課税対象となるところから,これを回避する目的で,前記のとおり,時価より著しく低額な券面額で,いったん右株式を,訴外会社と取引関係にあり,かつ,社長(日本新薬の社長訴外森下弘(以下,「森下社長」という。)及び中外製薬の社長上野十蔵(以下「上野社長」という。))とも懇意な間柄にある日本新薬等に譲渡し,これを同額で原告智久らに取得させるという迂回な方法を採用することにした。
(四) 株式買戻権の贈与(主位的主張)について
(1) 伊助らは,昭和37年及び同38年ころ,日本新薬の森下社長及び中外製薬の上野社長との間で,増資分を含めて将来券面額で買い戻すことができる旨の権利を留保した上,日本新薬等に本件株式を譲渡したものであり,原告智久らが右株式を取得し得たのは,伊助らから右買戻権の贈与を受け(日本新薬からの買戻しについては,伊助と歌子が,その保有する買戻権の各数量に比例した割合で贈与したものと推定すべきである。),これを行使したことによるものであるから,贈与による買戻権(その価額は,右株式取得時における時価から原告の買戻価額である券面額を控除した金額である。)の取得がなされたものとして贈与税の納税義務が成立する。
(2) ところで,本件における右買戻権贈与の時点は,原告智久らは日本新薬から本件株式を取得する都度,伊助らから買戻権の贈与を受けていた(観念的には,その直前と解される。)ものであるから,右株式の取得の日と同時期であり,仮にそうでないとしても,右買戻権の贈与は書面によらない贈与であるところ,かかる贈与は取り消し得る(民法550条)から,当該贈与が履行され,取り消し得ない状態になった時点と解すべきであり(昭和34年直資10相続税法基本通達6条),本件についていえば,受贈者たる原告智久らが,伊助らから贈与を受けた買戻権を行使して右株式を取得することによって,伊助らが取消権を行使できなくなったというべきであるから,右株式取得時が贈与のなされた時期である。
(五) みなす贈与(予備的主張)について
(1) 仮に前記の買戻権の贈与が認められないとしても,日本新薬等は,伊助らの意思に従い,券面額で取得した本件株式を増資分も含めて券面額で原告智久らに譲渡し,これにより原告智久らは,時価と券面額との差額に相当する経済的利益を得たものである。
(2) 原告智久らの享受した右経済的利益は,伊助らと日本新薬等との間の補償関係において伊助らが本件株式を時価よりも著しく低い券面額で譲渡したことに基因するところ,右譲渡は,贈与税の負担を免れる目的で日本新薬等を中間に介在させ,しかも,売買価額を時価よりも著しく低額な券面額とする特約を付するなど通常の株式売買と比較して異常といわざるを得ず,結局,私法上の選択可能性を利用し,合理的な理由なく取引を迂回させる手段をとることによって,租税の負担を回避しながら,原告智久らへの右株式の低額譲渡を実現しようとしたものというべきである。
したがって,原告智久らは,右株式を時価よりも著しく低い券面額で伊助らから譲渡され,これを取得したものというべきであるから,相続税法7条により,右株式取得時に,時価と券面額との差額に相当する金額を伊助らから贈与により取得したものとみなすべきものである。
(3) 仮にうそでないとしても,一般に私法上の贈与契約によって財産を取得したものではないが,実質的に経済的利益を受けた場合には,相続税法9条により,右経済的利益を課税財産として贈与税を賦課することとされているところ,原告智久らの前記行為は,私法上の契約の方式を利用した租税回避行為というべきであり,かかる行為を容認するときは,現行の贈与税に関する諸規定は形骸化し,租税回避行為を行わなかった者との間に著しい不公平を生ずることになるので,租税法の適用に当たっては,単に当事者の選択した法律的形式だけでなく,その経済的実資をも検討して判断すべきものであり,法律的形式が異常であり,かつ,これを選択したことにつき正当化する特段の事情がない限り,租税負担の公平の見地からして,右法律的形式には拘束されないと解すべきである。
そして,本件において,原告智久らは,本件株式を時価よりも著しく低い券面額で取得したことにより,その差額に相当する経済的利益を得たのであるから,原告智久らは,相続税法9条にいう「利益を受けた者」に該当し,右株式を取得した時に右利益に相当する金額を伊助らから取得したものとみなすべきものである。
3 本件株式の価額について
(一) 評価の原則について
贈与により取得した財産の価額は,取得時の時価によるものとされている(相続税法22条)が,右の時価とは,不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額,すなわち客観的交換価値をいうところ,本件株式のように証券取引所に上場されていないいわゆる非上場株式(非公開株式)で気配相場もないものについては,取引社会の通念によって一般に適正妥当と認められた方法により評価することを要し,単に券面額をもって時価とみなすべきものではない。
ところで,右株式の価額については次に述べる方法によって評価すべきところ,その価額は,いずれも本件処分の根拠となった評価額(その具体的価額は,別表四の「被告らが評価した1株当たりの価額」欄記載のとおりである。)を下回ることはなく,これによって認定された贈与金額(買戻権の贈与の場合は,評価額から原告智久らが取得の際に支払った券面額1株金50円)を控除した額。)を下回ることはないから,本件処分は適法というべきである。
(二) 純資産法による評価(主位的主張)について
(1) 一般に,特定の株主が一人で当該会社の発行済株式の100%を保有する場合には,同会社の経営形態は,実質的に個人経営と異ならないと解されるように,特定の株主及び同人と密接な関係を有する者の保有する株式の数が発行済株式数の内に占める割合が高ければ高いほど,当該会社の経営形態に個人的色彩が強まるところ,かかる会社においては,利益を会社内部に留保して法人税率よりも高い所得税の累進課税を回避したり,少数の支配株主のお手盛りによる取引や経理が行われやすく,その結果として税負担が減少することが少なくない。これらの傾向に対処するため,租税法は,右のような法人のうち,一定の形式的基準に該当するものを同族会社と呼び(法人税法2条10号参照),他の法人と異なる特別の定めをしている。
そして,訴外会社は,別表5記載のとおりの株主構成であり,本件処分に係る各年度において原告智久及びその親族(配偶者,六親等内の血族及び三親等内の姻族)が発行済株式総数の66ないし75%の極めて高率の株式数を保有する同族会社であって,役員も,同表の「備考」欄記載のとおり,ほとんどこの一族によって占められており,右株式は,証券取引所に上場されていないのはもとより,気配相場もなく,一般には取引の対象さえなっていない。したがって,訴外会社は個人的経営形態の色彩の濃い株式会社であって,原告智久及びその親族は,ほぼ完全にその経営を支配しているというべきものである。
(2) 右に述べたような会社における株式は,その本質において持分的経営参加性が極めて強く,その価値は,会社資産に密接に依存しているから,これを評価するには,純資産法,すなわち,課税時期直前の事業年度における総資産価額(帳簿価額による総資産価額に税務計算上資産として留保される簿外資産を加算。ただし,土地等の値上りによる企業の含み益は対象としない。)から負債(企業会計等でいう負債とは異なり,未納税金,利益処分による役員賞与金及び配当金を加算した,いわゆる外部債務を指し,貸借対照表上の各種引当金,準備金は,退職給与引当金を除き,これに該当しない。)を控除した純資産価額を当該会社の株式数で除した金額をもって1株の価額とする方法を適用するのが最も合理的である。
(3) 訴外会社の作成した営業報告書(貸借対照表,損益計算書及び利益処分)並びに法人税確定申告書を基にした,昭和42年3月11日から同46年3月10日までを課税時期とする訴外会社の総資産価額,負債の合計額,純資産価額,発行済株式数及び1株当たりの純資産価額は,別表6記載のとおりである(これらは,その性質上,当該課税時期の直前期末における数値である。)。
(三) 類似業種比率価額法による評価(予備的主張)について
(1) 相続税,贈与税の課税価額を算定するための株式評価方法として,訴外会社のように大会社に区分される会社については,昭和39年分以降は類似業種比準価額法が,通達(昭和39年直資56「相続税財産評価に関する基本通達」(以下「基本通達」という。)179)上の評価方式として広く一般にも定着していたところ,後記のとおり,右方式も合理性を有するものというべきである。
(2) 類似業種比準価額法は,全国の上場会社を日本標準産業分類に従って業種によって区分し,その株式の価額を評価しようとする会社(以下「評価会社」という。)と類似する業種の株価を基に,配当金額,利益金額及び純資産価額の三要素に比準して,次の(イ),(ロ)の各計算式により評価会社の株価を求める方式であり,課税に当たっては,(イ),(ロ)の各式により算出された数額のうち,低い価額をもって評価額とするものである。
一般に,右三要素は,株価を形成する主たる要因というべきであるが,上場株式は,右の外に,経営方針,社歴,技術の程度,経営者の手腕等,計数化されない要素が加味されて株価を形成しているところ,被告らの主張する右方式は,三要素の外に一定の常数を加味することにより,非上場株式が流通性において劣ることを補い,評価の安全性を確保することを可能としているので,合理的な評価方法というべきである。
(イ)
(ロ)
〔注 Aは類似業種の株価(1か月間を通じた平均株価),Bは類似業種の1株当たりの年間配当金額,Cは類似業種の1株当たりの年間利益金額,Dは類似業種の1株当たりの純資産価額であり,後記のとおり,いずれも日本標準産業分類による業種区分により分類された上場会社の事業内容を国税庁が調査し,これに基づいて予め定められている(以下,同じ。)。,,は,評価会社の右B,C,Dに対応する金額である。
なお,利益金額,純資産価額については,会計処理の恣意性を排し,同一基準に基づく数値により対比するため,いずれも法人税の課税上把握している数値によるものとし,利益金額については,経常損益に特別損益を加除し,さらに経費否認の操作を経た後の課税利益の数値とする(以下,同じ。)。〕
(3) 右方式を適用するについては,評価の妥当性を担保するため,前記のとおり,業種を日本標準産業分類によってできる限り細分し,次の基準で選定された複数の上場会社を標本として(以下,その選定された上場会社を「標本会社」という。),その平均値をもって類似業種の数値とする。そして,その標本会社の数が3社に満たない業種については,これをその業種と密接な関連性,共通性のある業種に併合し,その中から次の基準に従って標本会社を選定することとする。
(イ) 標本会社の業種別の分類は,総収入金額のうち,単独の業種に係る収入金額の占める50%を超える業種に属するものとすること。
(ロ) 比準三要素中,2以上の比準要素の数値が0である上場会社は標本会社としないこと。
(ハ) 株価等が異常であると認められるものは標本会社としないこと。
(4) 前記の基準に基づいて標本会社の選定作業をしたところ,訴外会社の営む「医薬品卸売業」及びこれを包含する小分類「医薬品,化粧品卸売業」に属する上場会社は,一定の標本数に達しなかったので,対象範囲を医薬品卸売業に類似する他の小分類「化学製品卸売業」に属する上場会社も対象に含めて検討し,別表七記載のとおり,8社の標本会社を選定した。
(5) 前記標本会社を基にした類似業種A,B,C,Dの各数値は,別表八の「類似業種」欄に記載のとおりである。
(6) 本件株式の1株当たりの純資産価額,利益金額及び配当金額(前記(イ),(ロ)式における,,)は,同表の「評価会社」欄に記載のとおりであり,これと類似業種の前記A,B,C,Dの数値を基に類似業種比準価額法を適用して評価した本件株式の評価額及びその計算過程は,同表の「比準価額」欄記載のとおりである。
4 本件処分の適用性について
(一) 本件処分の課税価額及び税格について
(1) 純資産法により評価した本件株式の価額(買戻権の贈与の場合は,これから券面額である金50円を控除する。)に原告らの取得した株式数を乗じ,これにその余の贈与財産の価額を含めた原告らの贈与税の課税価格は,別表2の1ないし16の「財産の価額」欄記載のとおりであり,これを基に算出された贈与税(加算税)額及びその算出過程は,別表9の1ないし7,同9の8,9の各1,2,同9の10,同9の11の1,2,同9の12,13,同9の14の1,2,同9の15,16記載のとおりである。
(2) また,本件処分は,本件株式の時価を,別表四の「被告らが評価した1株当たりの価額」欄記載の金額と評価してなされたものであるところ,類似業種比準価額法により評価した本件株式の時価は,前記のとおり,別表8の「比医価額」欄記載のとおりであって,いずれも右金額を上回るから,右方式によれば,計算するまでもなく,本件処分における原告らの贈与税の課税価格及び贈与税額を上回ることが明らかである。
(二) 結論
よって,本件処分に係る贈与金額の認定は,いずれも右評価による贈与金額を上回ることはないから,本件処分は,いずれも適法である。
四 被告らの主張に対する原告らの認否
1 被告らの主張1項のうち,原告智久らが,被告らの主張する日時ころ,伊助らから,(二)の本件株式の買戻権の贈与を受けたことは否認する(すなわち,原告智久が買戻権の贈与を受けたとしても,それは昭和38年4月20日であり,またその余の原告らが,被告らの主張する日時ころ,買戻権の贈与を受けたことは認めるが,その贈与者は伊助らではなく,原告智久である。)が,その余の事実は認める。
2(一)(1) 同2項(一)(1)の事実は認める。
(2) 同項(一)(2)の事実は否認する。
伊助らが日本新薬に本件株式200,000株を譲渡する旨の債権契約が成立したのは,昭和38年4月20日であり,同日,100,000株について引渡しが行われ,残り100,000株についても同41年中に引き渡されたものである。
このように,後日株券の引渡しを行うことを前提として株式の譲渡を約する契約も債権契約として有効である。
(二) 同項(二)の事実は認める。
(三) 同項(三)のうち,訴外会社が日本新薬等と取引関係にあること,伊助が森下社長及び上野社長と懇意な間柄にあったこと,以上の事実は認めるが,その余の事実は否認する。
(四)(1) 同項(四)(1)は否認ないし争う。
伊助らが日本新薬等に本件株式を譲渡した際,人情的にはともかく,法律的には何らの条件,制約も付されていなかったので,日本新薬等が買戻しに応じなかったとしても,原告智久らは,その履行を強制することはできなかったものである。したがって,日本新薬が右株式を原告智久らに譲渡したのも,法律上は通常の売買であり,伊助らから贈与を受けた買戻権を行使したものではない。
(2) 同項(四)(2)は否認ないし争う。
被告らの買戻権の贈与の主張自体,そのなされた日時,場所及び債権譲渡の通知方法が十分に特定されていないので,主張責任を果たしているとはいえず,失当というべきである。
(五) 同項(五)(1)ないし(3)はいずれも否認ないし争う。
本件株式の価値(取引価額)は,後記(原告らの反論4項(一))のとおり,券面額であるから,原告智久らは,時価と券面額との差額に相当する経済的利益を得たことはなく,原告智久らによる本件株式の取得は,「租税回避行為」や伊助らからの「低額譲渡」に該当するものではない。
仮に「低額譲渡」に該当するならば,第三者のためにする契約自体が贈与(みなす贈与ではない。)となるから,その納税義務は,右契約が成立し,原告智久が受益の意思表示をした時に生じるというべきであり,このことは,被告らが,「日本新薬等を中間に介在させ」るという「取引を迂回させる手段」をとったと主張していることから明らかである。
3(一) 同3項(一)のうち,本件株式が非上場株式であり,気配相場もないことは認めるが,その余は否認ないし争う。
(二)(1) 同項(二)(1)のうち,訴外会社の株主構成が別表四記載のとおりであること,その株式が証券取引所に上場されておらず,気配相場もないこと,以上の事実は認めるが,その余は否認ないし争う。
(2) 同項(二)(2)は否認ないし争う。
(3) 同項(二)(3)の事実は認めるが,これによる価額が合理的であるとの主張は争う。
(三)(1) 同項(三)(1)のうち,訴外会社のように大会社に区分される会社の株式を評価する方法として,基本通達は,類似業種比準価額法を規定していることは認めるが,その余は否認ないし争う。
(2) 同項(三)(2)のうち,基本通達の定める類似業種比準価額法が被告ら主張の方法であったことは認めるが,その余は否認ないし争う。
(3) 同項(三)(3)の事実は知らないが,その選定基準が合理的であることは争う。
右基準によると,利益がなく,配当をしない会社は排除されるので,内容のよい会社のみが標本会社となり,必然的に株式の評価額が高くなる。
(4) 同項(三)(4)の事実は知らない。
(5) 同項(三)(5)の事実は認める。
(6) 同項(三)(6)の事実は認めるが,これによる価額が合理的であるとの主張は争う。
4(一) 同4項(一)(1),(2)はいずれも争う。
(二) 同項(二)は争う。
五 原告らの反論
1 原告智久らによる日本新薬からの株式取得に基づく納税義務について
(一) 伊助らの株式譲渡と原告智久らの同株式取得の経緯について
(1) 伊助らが本件株式を日本新薬等に譲渡したのは,次のような趣旨であり,租税負担を回避するためではない。
すなわち,当時,訴外会社の代表取締役をしていた伊助の健康状態がすぐれず,できるだけ早い時期に原告智久を自己の後継者にすることを考えてはいたものの,原告智久が若年のため,内外に対する配慮からその実行を躊躇せざるを得なかったので,訴外会社と緊密な関係にあって従来からその株式の保有を希望しており,かつ,社長とも個人的に親しい間柄にあった日本新薬等に原告智久の後見人の役割を期待し,同人に対する援助を求める趣旨で伊助らの保有する本件株式を一時的に譲渡したものであり,その際,原告智久が内外の信用を得,その地位を固めるに応じて(すなわち,具体的には買戻しに必要な資金を蓄えたときに),右株式を券面額で買い戻すことを右三者間で約定したものである。
また,伊助の周辺では,昭和30年代に入り,次のように多額の資金を必要とする出来事が次々と生じ,伊助は,それを訴外会社からの借入金などによって賄ってきたところ,右債務をそのまま残しておくことは好ましくないとの判断から,伊助らの保有する本件株式を譲渡するに至ったものである。すなわち,まず,昭和30年に長女である原告富子が,同33年に次女である原告佐喜子が,それぞれ婚姻したが,当地方では,冠婚葬祭を派手に行う風習があり,特に婚礼家具や子女の出産に伴う出費は,嫁方両親の負担とされているので,実力以上の出費を強いられた伊助は,かねてからの蓄えをほとんど費消してしまい,同34年9月26日の伊勢湾台風により,建築途中の居宅に大被害を受けたときにも,その復旧資金に不足し,一時は工事の続行を見合わせ,他からの借入金によって辛うじて工事を再開することができた程であった。さらに,同35年4月には,次男である原告高試が慶応義塾大学商学部に入学し,翌36年には三女である原告敬子が,同37年5月には原告智久がそれぞれ婚姻し,これらに要した諸費用は,すべて伊助が負担したものである。
(2) 伊助は,右に述べたような趣旨で,その保有する訴外会社の株式を製薬メーカーに譲渡することを決意し,これを原告智久に告げたところ,原告智久は,右事情を了解したものの,自己が訴外会社の社長に就任した場合の便宜を考え,伊助に対し,将来資金が貯ったときには,その都度,原告智久において買い戻すことができるよう,メーカー側と約束を取り交わしておいて欲しい旨依頼し,その承諾を得た。
そこで,伊助は,まず昭和37年2月までの間に,中外製薬の上野社長と面談し,将来,増資分を含めた本件株式を1株金50円で買い戻す権利を原告智久に与える旨の約定を定めた上,右株式10,000株を譲渡する契約を締結し,同年2月ころ,名義書換えをして受渡しを了した。
原告智久は,伊助から右契約の成立を聞かされた直後,中外製薬名古屋支店に出向き,同支店長に対し,右契約によって発生した買戻権を取得する旨の受益の意思表示をなしたところ,既に上野社長から内容を聞き及んでいた右支店長は,原告智久の右申出の趣旨を了解した。
次いで,伊助は,昭和37年暮れころ,日本新薬の森下社長を訪れ,本件株式譲渡に関し,自己の希望を述べ,同社長の了解を得た。そこで,右株式譲渡につき具体的な条件を取り決めるため,日本新薬の常務取締役訴外宮本司(以下「宮本常務」という。)は,森下社長の指示により,昭和38年4月20日,名古屋に出張し,訴外会社を訪れた後,料亭「御納屋」にて伊助及び原告智久と面談した(以下,右面談を「御納屋会談」という。)御納屋会談では,伊助から,原告智久が訴外会社を経営するようになった際には,原告智久の後見役を務めて欲しい旨要請するとともに,本件株式200,000株(差し当たり100,000株)を券面額で譲り受けて欲しい,原告智久が資金を貯めたときは,うち10,000万株を除いた株式を増資分を含めて券面額で買い戻させて欲しい旨希望を述べたところ,宮本常務は,右申出を異議なく承諾した。
そこで,伊助らは,直ちに右株式100,000株を日本新薬に引き渡し(ただし,3月末決算のため,名義書換えが停止されていた関係上,同年6月1日付でなされた。),さらに同41年中に残りの100,000株の引渡しがなされた。
(3) 原告智久は,前記のとおり,伊助と日本新薬等との間の第三者のためにする契約から生じた券面額による株式買戻権を,直ちに受益の意思表示をしたことにより,直接取得し,これを行使して被告らの主張2項(二)記載のとおり,日本新薬から本件株式を買い戻して取得したものであり,被告らの主張するように,伊助らの取得した買戻権の譲渡を受けたものではない。
すなわち,一般に,我が実定法は,意思表示のみによって法律行為の効力が生じる制度を採用しており,特に第三者のためにする契約は,右第三者が受益の意思表示をすることにより,その権利を直接に取得する効力を有するものである。
そうすると,前記のとおり,原告智久が本件株式の買戻権を取得したのは,中外製薬の関係では,原告智久のためにする譲渡契約の成立後,昭和37年2月1日までの間に,原告智久が中外製薬の名古屋支店長に対して受益の意思表示をした時点であり,日本新薬との関係では,同38年4月20日の御納屋会談がもたれた時点というべきである。
ところで,贈与税の納税義務の成立時期については,国税通則法15条2項5号が,「贈与による財産の取得の時」と規定しているところ,同法は,右「財産の取得」時につき特段の定義規定を有しないので,民法の一般理論である意思主義に従い,書面によると否とにかかわらず,当該権利の移動する契約の成立時と解するのが正当であり,書面によらない贈与についてはその履行の時とする前掲相続税法基本通達6条1項は,我が実定法を正当に解釈したものとはいえない。
そうすると,原告智久による本件株式の買戻権の取得が贈与税の納税義務を発生せしめたとしても,その成立時期は,原告智久の受益の意思表示がなされ,かつ,右株式が引き渡された時点,具体的には,前記のとおり,中外製薬関係では昭和37年2月1日ころ,日本新薬関係では同年38年4月20日というべきであり,また仮に,前掲基本通達6条1項が正当であり,伊助らから原告智久に本件株式の買戻権の贈与があったとしても,右贈与の対象は債権であって,伊助らにおいて引渡しその他の履行行為を格別に要しないものであり,また,右債権の譲渡は債務者である日本新薬等との合意のもとになされており,しかも,原告智久は直ちに受益の意思表示をしたものであるから,このような贈与の内容及び形式に照らすと,伊助らとしては,右買戻権の贈与につき,これ以上なすべき行為は何もなく,既に履行を終えて原告智久の地位は確定した(民法538条)というべきであるから,伊助らは,右時点で取消権を失ったものであり,同様の結論となる。
また,原告智久を除くその余の原告らが,被告らの主張2項(二)記載のとおり,日本新薬から本件株式を譲り受けたのは,そのころに,原告智久から同人の有する株式買戻権の贈与を受け,その行使につき同人が仲介者としての役割を果たしたことによるものであり,伊助らから右買戻権の贈与を受けることはあり得ない。
(二) 一時所得の主張について
仮に,日本新薬から本件株式を券面額で譲り受けたことによって原告智久らが何らかの経済的利益を得たとしても,右利益は,あくまで本件株式の「買戻し」行為によって発生したものであり,買戻権の取得自体によって生じたものではないから,これを与えた者は,右株式を原告智久らに譲渡した日本新薬といべきところ,相続税法21条の3第1項1号は,法人からの贈与により取得した財産の価額は,贈与税の課税価格に算入しない旨規定し,昭和45年7月1日直審(所)30「所得税基本通達」34-1(5)も,法人からの贈与により取得する金品は,一時所得する旨規定しているから,原告智久らに対し,所得税を課するのは格別,贈与税を賦課した本件処分は,この点において既に違法というべきである。
2 被告らによる純資産法の適用の違法性について
(一) 形式的違法性について
(1) 訴外会社は,直前期末以前1年間の取引金額が金5,000,000,000円以上であるとの点において,基本通達178の区分上,「大会社」に該当するので,同179によれば,本件株式は,類似業種比準価額法によって評価すべきものであり,純資産法を適用することは,明らかに右通達に違反することになる。
そして,通達は,上級行政機関が下級行政機関及びその職員に対して,職務権限の行使を指揮し,職務に関して命令するために発するものであり,下級行政機関等はこれに従って権限を行使しなければならない拘束を受けるため,抽象的な法規の具体的解釈,適用は通達に従ってなされるという状態が全国的かつ長期間にわたって継続しているところ,特に租税法規においては,抽象的に基本原則を定めるにとどまることが多いので,右の傾向は顕著であって,本件についていえば,原告らをはじめとする納税者は,相続に係る株式は通達によって評価されるものと信頼するに至っており,右信頼関係は,当事者間の関係を規律すべき信義衡平の原則に照らし,また,法の下の平等を定めた憲法上の要請に照らしても,法的に保護されるべきものである。
そして,通達に基づく行政が積み重なると,行政当局は当該通達の採用した具体的解釈,適用に拘束され,何ら合理的な理由なくしてこれに反する解釈を採ることは許されず,これに反した行政処分は違法性を帯びるというべきであり,現に国税不服審判所長は,裁決の中で,本件株式を評価するためには,類似業種比準価額法の適用が最も妥当である旨判断している。
したがって,被告らが基本通達178,179に反し,恣意的に純資産法を適用して本件株式の価額を評価することは,違法である。
(2) 仮に通達に反する取扱いが許される場合があるとしても,訴外会社に純資産法を適用するのは合理的とはいえない。すなわち,
(イ) 訴外会社において,原告智久が筆頭株主になったのは昭和42年3月期からであるが,原告智久及びその一族(税法の定義に従う。)であるその余の原告らの保有する株式の比率は,70%前後であって,一般の同族会社に比して特に高率とはいえないこと,
(ロ) 株主の中には,訴外武田薬品株式会社,同塩野義製薬株式会社,同第一製薬株式会社,中外製薬など,原告智久やその一族の意向の及ばない部外株主があり,さらに,訴外会社は,戦前戦後を通じて10社近くの会社を吸収合併した経緯から,被合併会社の役員や従業員を相当数含むため,株主総会は商法の定めるとおり開催されていること,
(ハ) 役員のうち,原告智久の一族に属する者は,昭和38年当時において8名中3名,同40年当時において13名中4名,同44年当時において12名中4名に過ぎず,取締役会等もすべて商法の定めるところに従って開催されていること,
(ニ) 訴外会社の営業活動その他日常業務の処理においても,企業利益が最も重視されており,同族の利益を優先する運営はなされていないこと,現に役員報酬や役員賞与の支給に当たり,同族役員が特に有利な取扱いを受けていることはないこと,
(ホ) 従業員によって,労働組合(同盟系の上部団体に加盟)が結成されていること,
など訴外会社は,一般の同族会社と比べて個人経営形態の色彩が薄い会社であることが明らかであり,かかる会社に純資産法を適用することは,合理的な理由がなく,違法というべきものがある。
(二) 実体的違法性について
(1) 純資産法は,企業の解体を前提とするものであるから,清算中又は近く解散することが予定されている会社の株式の評価方法としてはともかく,訴外会社のように現に営業活動を行っているものについては,その株式は,あくまで企業活動の継続を前提とした評価されなければならないので,右方法は著しく妥当性を欠き,これによる評価は違法性を帯びるものである。
(2) 純資産法はすぐれて現実的な手法であり,これに用いる資産,負債の額は,正確に時価を反映したものでなければならないが,法人税確定申告書等に表示された純資産は,企業会計上の観念を基にしたものであって,現実の時価を反映するものとはいえないにもかかわらず,被告らは,帳簿価額によって純資産価額を算出しているので違法である。
すなわち,貸借対照表上の資産の部に計上されているものの大部分は,費用の未配分額としての意味を有し,毎期費用として配分されることにより,期間損益を明らかにし,ひいては配当可能利益額を明確にする会計技術として評価されるに過ぎないものであるから右は株式の時価とは結びつかないというべきである。
また,繰延資産のような費用性のものが資産とされたり,売掛金や在庫の帳簿価額は現実と遊離することが多いし,逆に真実の退職引当金を法人税法上は全額負債として計上することができず,現に本件においても,退職引当金は,現実に要する退職金の40%程度にとどまっている。
その上,会社の資産が増加しても,これが直ちに配当の形で株主の利益に還元されるわけではなく,会社の経済的基盤を強固にするため,法定準備金あるいは任意準備金という名目の下に,一定の額まであるいは無制限に会社内部に留保されるのであり,その外各種準備金あるいは引当金の名目の下に資産として留保されるものも多く存するので,小会社はともかく,相当な規模を有する会社まで,1株当たりの純資産額をもってその価額と評価すれば,それが有する客観的交換価値より著しく高額になる場合が往々にして生ずるというべきところ,訴外会社は,基本通達上の「大会社」(ちなみに,訴外会社は,株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(昭和49年法律第22号)2条2号にも該当する「大会社」である。)であるので,その株式を評価する方式としては,純資産法は,到底妥当とはいえず,違法である。
(3) 株式は,企業の所有する資産のみならず,企業の収益力,将来性,事業規模及び経営者の手腕等,種々の因子によってその評価額が決定されるものであるところ,純資産法は,前者のみに依拠し,その他の諸要因を何ら考慮しないから,著しく不当であって,これによる評価は違法というべきである。
(4) 純資産法は,当該会社がいくらの資産を有するかの問題ではなく,究極のところ,株主が会社の資産をどの限度で把握できるかの問題であるから,必然的に清算を前提とせざるを得ず,したがって,仮に右方式によるとしても,会社の資産(総資産から負債を控除したもの)から相当な清算経費を差し引いた上,さらに清算所得に係る法人税等を控除した最終資産がその対象となるべきものであり,この金額を株式数で除した金額が当該株式の評価額とならなければならない。
3 被告らによる類似業種比準価額法の適用の違法性について
(一) 投機的要素の存在に基づく比準の不適格性について
類似業種比準価額法は,上場会社の株式の取引相場を基準として,非上場会社である評価会社の株式を算出しようとするものであるが,取引相場は必ずしも当該株式の客観的交換価値のみによって形成されるものではなく,投機等の理由により異常に高騰する場合があるから,このように性格の異なるものを基準として非上場株式の価額を算出する方式は,どうしても超え難い欠陥を内包しているといわざるを得ない。
すなわち,上場株式の株価は,客観的な資産価値を反映するというよりも,専ら投機的要素によって形成されるというべきであるが,これが可能であるのは,株式に流通性があるためであり,したがって,流通性のない非上場株式の価額を算定するに当たり,投機的要素から形成される上場株式の株価(被告ら主張のA)を基礎とするのは二重の誤りというべきである。
仮に右方式によって評価する場合には,その価額に合理性ないし妥当性が確保されるように厳密な配慮が必要であるというべきところ,後記のとおり,被告らの主張する算定方式は,これらを十分に満たすことがないので違法である。
(二) 三要素による比準の限界について
類似業種比準価額法は,標本会社(その平均値である類似業種)と,評価会社の1株当たりの年間配当金額,年間利益金額及び純資産価額を対比し,これを比準することにより非上場株式の価額を算出する方式であるが,株価形成の要因は,右の三要素に限定されるものではなく,営業成績(当該会社の安定性,将来性,収益力,配当率等)及び流通価額等によっても影響を受けるものであるから,右三要素以外のものを斟酌しない右方式は妥当性を欠く。
(三) 利益金額,純資産価額の算出の違法性について
のみならず,右株価形成の要素は,現実のものを反映すべきものであるところ,被告らは,法人税の課税計算上の金額をもって利益金額,純資産価額の算出の基礎としているが,これは,次のとおり妥当ではないし,さらに標本会社における課税上の利益金額,純資産価額は,一般に公表されず,被告らのみが知り得る立場にあるから,かかる資料を基礎とすることは公平さを欠くというべきである。
(1) 利益金額について
利益は,原則として各社とも同じ性質のものであるが,負債性引当金の計上方法によって利益金額を増減させる可能性がある。なお,訴外会社においては,昭和40年10月1日から同41年3月31日までの事業年度における法人税について,名古屋中税務署長は,従来現金主義による会計の認められてきた値引補償金債権(未収補償金)を発生主義に基づいて更正決定をした。その結果,同年度における利益金額は,例年度なら次期以降に計上されるべき未収補償金30,800,000円余を加えたものになっており,別件(名古屋地裁昭和45年(行ウ)第48号)においても,国税不服審判所長は,原告智久の審査請求を容れて,類似業種比準価額法を適用するにつき,右未収補償金を当該年度の利益金額から減算したが,このような利益の算出に関する基準の変更が他の標本会社に存在しないことにつき,何らの担保がない。
次に,企業の収益力は,経常損益によって対比されるべきであって,特別損益や経費否認による利益の増加を加除したものであってはならない。すなわち,特別損益のうち,最も大きな問題は土地の売却益であり,経常損益では赤字の会社でも,たまたま当該年度において遊休土地を売却すると莫大な利益が出,公表決算では黒字となることがあるが,これを含めて企業の収益力を対比することは,妥当でない。
また,医薬品卸売業界は競争の激しい業界であって,交際費,得意先へのリベート,景品などの支出が他の業界に比べて大きいところ,これらは企業会計上,「損金」として観念されるにもかかわらず,法人税の課税上は経費性を否認される結果,「益金」とされることがあるから対比に相当でない。例えば,昭和56年10月1日から同57年3月31日までの事業年度において,訴外会社の企業会計上の純利益金額は,金47,244,378円であるが,法人税課税上の所得金額は,金281,000,000円に達しているのであって,その差のうち約金130,000,000円は,役員報酬と交際費の損金不算入の結果である。右支出は,企業にとって止むを得ないものであるから,収益力の判定に当たっては,当然に支出されたものとして計算されなければ不当というべきである。
(2) 純資産価額について
被告らは,純資産価額についても,経済上の金額ではなく,企業会計上のそれを基にした法人税確定申告書に表示された数値を用いているが,両者が異なることは,土地価額を想起すれば明らかであり(法人税確定申告書に基づく資産としての土地は,取得価額を基礎としている。),かつ,右金額を算出するための評価方法は,各会社によって異なっているが実情である(流動資産についての原価主義と低価主義,相場のある株式についての時価主義と取得価額主義,固定資産の減価償却に関する複数の方法,負債性引当金の計上基準,のれんの計上など)から,純資産価額が同じ濃度で算出されておらず,右方式は違法というべきである。
(四) 減価方式の違法性について
標本会社の株式は,上場されているから,市場性,譲渡性があり,また,いつでも換金できるという意味で十分な換金性が認められるのに対し,評価会社の株式はこれらを欠いているので,評価に際してはその相違点が考慮されなければならない。ところで,通達(昭和47年直資3-16「相続税財産評価に関する基本通達の一部改正について」による改正後のもの。以下「改正基本通達」という。)の採用する類似業種比準価額法は,減価要素として0.7を乗じており,右は安全性を考慮したものと推測されるが,右に述べた相違点にかんがみ,減価要素として安全性のみを配慮して乗ずべき数値を0.7にとどめることは十分とは言い難く,さらに0.7を乗じて,少なくとも50%以上の減価をしなければ類似業種比準価額法の欠陥を補うことはできないというべきである。
ところが,被告らの主張する類似業種比準価額法は,単に分子に1又は3を加え,分母を4又は6とする前記改正前の方式であって,安全性を考慮した減価すらされていない(かかる方式は,評価会社の内容が標本会社のそれより優れている場合は納税者に有利に作用するが,同等又は劣っている場合は不利になるという欠陥を内包するのであって,不動産の評価が原則として実勢価額より30%減価されるのと比べ,著しく不公平である。)のみならず,何故にかかる数字を分子,分母に加えるのか,その根拠を合理的に説明することができない。
(五) 訴外会社と標本会社との非類似性について
(1) 前記のとおり,類似業種比準価額法が妥当性を持つ前提条件として,評価会社と標本会社が厳密に類似性を有することが必要というべきであり,その判断要素として,利益率に大きく影響する企業規模(資本金,売上高)と,収支基盤,安定性,将来性等を規制する事業内容(取扱品種)の両者につき,類似性を具備することを要するというべきところ,訴外会社及び標本会社の企業規模(資本金,年間売上高,総資産,純資産,従業員数など)及び事業内容(昭和42,43年度につき表示する。)は,別表10の1ないし5記載のとおりであり,これらを比較すると,次に述べるとおり,類似性の要件を充足しておらず,また,ある会社が標本会社として採用される年度とそうでない年度があるように,その選択が恣意的である。
(2) 訴外会社は,通常,医薬品卸売業として分類されているが,売上の50%近くが小売であるとの実態に照らすと,卸売業とは到底いい得ない。
これに対し,被告らの選定した標本会社は,次の3グループに分類できる。
(イ) 長瀬産業株式会社(以下,標本会社として個々の会社を表示する場合には,「長瀬産業」のように,「株式会社」の表示を省略する。),藤本産業,科研薬化工,岩谷産業,光興業,東邦アセチレン
(ロ) 稲畑産業
(ハ) イワキ
そして,(イ)グループは,すべて化学製品の卸売を業とする会社であって,医薬品等の取扱いをしていないところ,医薬品卸売業は,零細過多の状況にあるため,卸売業平均の粗利益率16.2%に対し,大規模医薬品卸売業のそれは11.1%に過ぎない。また,営業利益率においても,卸売業平均は,3.3%であるのに対し,大規模医薬品卸売業は,僅かに1.0%に過ぎず,その差は明らかであるから,化学製品卸売業の営業の実態を無視して標本会社とすることは不合理である。
また,(ロ)グループの稲畑産業は,医薬品を製造する住友系の製薬会社の販売部門を担当する会社であり,医薬品流通ルートにおける地位は,支配される側の訴外会社と異なり,まさに支配する側に立っているのであって,むしろ製薬業者として分類されるべきものである。
(ハ)グループのイワキは,営業種目としては,医薬品を扱うことから,その原料をも扱うことや次に述べる事業規模における相違などを除けば,訴外会社と類似する唯一の会社ということができる。
(3) 事業規模の大小は,資本主義経済の下では,利益率に大きく影響するので,標本会社としては,できるだけ事業規模の同程度の会社を選定すべきであり,これが困難な場合には,いわゆる「山一方式」や「株式公開算定基準」におけるような合理的な修正がなされるべきである。
ところで,別表10の1ないし5によれば,訴外会社と被告らの選定した標本会社との間に,同一に論じ得ない程度の事業規模の差があることは明白であって,何らの修正措置をとらずに標本会社として比準の対象とする被告らの主張する類似業種比準価額法は,違法というべきである。
(4) ちなみに,標本会社としてイワキを選定し,その企業会計上の公表決算に基づいて本件株式を評価すると,別表11記載のとおりとなる。