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名古屋地方裁判所 昭和52年(ヨ)1401号 1978年9月29日

申請人

大矢日信

右代理人弁護士

伊神喜弘

今井安榮

被申請人

共栄印刷紙器株式会社

右代表者代表取締役

佐藤和彦

右代理人弁護士

岡田正哉

主文

一、申請人が、被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二、被申請人は、申請人に対し昭和五二年九月以降毎月末日限り金九万二五八三円を仮に支払え。

三、申請人のその余の申請を却下する。

四、申請費用は被申請人の負担とする。

理由

一、本件仮処分申請の趣旨及び理由は別紙その一のとおりである。

二、よって、按ずるに、当事者間に争いない事実及び疎明資料によれば、次の事実が認められる。

(一)  被申請人は、申請人主張のとおりの印刷業務を目的とする株式会社(その前身は、大正一五年に設立された個人企業である佐藤印刷所)で、資本金五〇〇万円、年商約六億円、名古屋市千種区萱場町所在の本社(事務所及び工場)と二工場(春日井、御園工場)を有している。

申請人は、昭和五〇年三月私立中部工業大学工業化学科を卒業し、約一年間アルバイト等をしていたが、昭和五一年三月上旬被申請人の印刷工募集の新聞広告を見て、これに応募し、採用され、経験工でないため三箇月は試用工との約で同年三月一五日から本社工場で就労を始めた。

(二)  被申請人は、その前身から明らかなように、同族会社で、代表者の妻が専務取締役であり、従業員中にも親族等の縁故者が数名いる。

本社の人的構成は、事務所に、代表者、専務を含めて約一一名がいて営業、経理等の事務に従事し、工場に植字、文選、解版等に約六名(内一名はパート)、配達、運送等に約二名、断裁一名、製本五名(パート)、印刷の機械場関係約六名(活版四名、輪転機一名、オフセット一名)がいて、作業に従事していた。

(三)  申請人は、就労当初から右機械場に配置され、申請外旭毛織発註にかかるパタン印刷(衣服の生地見本を貼布する台紙の印刷)の機械操作の補助を担当させられたが、数箇月後には独立してパタン印刷に従事するようになった。

機械場における作業は、各印刷機械毎に一名の工員が専属配置され、独立して作業する仕組みになっており、共同作業の工程はなく、パタン印刷について言えば、その作業手順は一台の機械に専属配置された工員が、先づ機械への注油、印刷用紙の準備をなした後、版(植字、文選、解版係の工程で出来上る)を機械に乗せて、機械を作動させ、二、三枚試験刷りをした後低速でインクの濃さを調整しながら刷り始め、調整が終った段階で、一時間二五〇〇回ないし三〇〇〇回の速さで、約七〇〇〇枚を刷り上げ、一日に三台の版を、右の手順をくりかえし、計約二万一〇〇〇枚刷り上げる。かくして、刷り上げた用紙は、断裁、製本係を経て、発送される。

このパタン印刷は、伝票印刷、カタログ印刷等に比べ、一度機械に版をのせ、調整が終ると、同一作業の反覆であり、格別複雑な技術を要するものではない。

(四)  申請人は、入社後当初は定時(就業規則上の始業時は、工員午前八時、事務系午前九時)に出社していたが、(イ)パタン印刷は、前記のように一台の機械に専属配置され、独立して作業する仕組であるため、作業開始時刻が多少遅れても同僚の作業には、直接の支障はなく、また休憩時間(午前一〇時から五分間、午前一二時から五〇分間、午後三時から五分間)を利用したり、退社時刻(午後五時)をその分だけ遅らせて仕事をすれば、遅刻による遅れは取り戻せること、(ロ)新しい版による印刷作業は、版が機械場に搬入されてからでなくては、仕事にかかれないところ、前日に校正を了した新しい版は、事務所に保管されることになっており、定時に出勤しても、事務系の人が出社して来ないと、右版を搬入することができない(事務所の鍵の保管者は、事務系の者で、機械場の職場長ではない)ので、新しい版による印刷は、午前九時ごろでなければ開始できないことがあったこと、(ハ)現場作業手配の責任者である工務係(申請外岩佐常務取締役)の本来の仕事が営業関係で、同係の出社は午前八時ではない。以上の事情に加えて、申請人は、当初は名古屋市内に居住していたが、その後春日井市に転居し、中央線勝川駅から大曾根駅まで国鉄、その后市バスに乗り替えて通勤し、定時である午前八時までに出社するには、自宅を午前七時ごろ出なければならない等の通勤事情のためか、次第に遅刻することが多くなった。

(五)  申請人の遅刻は、殆んど事前の届出はなされず、入社以来昭和五二年七月一九日までの一年五箇月の間に一八〇回の遅刻をしたが、その中には、三〇分以上一時間以内の遅刻が一九回(但し、休日出勤一日を含む)、一時間以上の遅刻が二七回(但し休日出勤二日を含む)あり、これは他の工員の平均遅刻回数、時間をはるかに越えるものであった。

一方、申請人の右期間内の残業回数は約五六回で、延残業時間も相当時間に上った。

(六)  申請人の右遅刻のための業務支障の程度は、明らかではないが、申請人の、休憩時間の利用、終業時以降の残業(正規の残業でないものを含む)によっても遅れをとり戻せず、納期に遅れたり、職場長等が臨時に応援したりしたことが時々あったものの、年間を通じてパタン印刷業務に格別支障を来たすという程度に至らなかったためか、被申請人側は、工務係申請外岩佐が直接、又は職場長を通じ口頭で時々注意はしていたが、遅刻の理由や無届の点を詰問したり、始末書の提出を要求したり、就業規則所定の譴責処分等に処したことは一切なかった。

(七)  ところで、申請人の目には、被申請人の労使関係が、同族会社に往々見られる従業員の労働条件等に対する配慮を欠いた専断的なものと映じ、日ごろ不満を抱いていた(昭和五二年四月下旬ごろ被申請人から従業員に宛てた、従来の従業員慰安旅行の代りに二年後に沖縄旅行を実施することにしたので、毎月一〇〇〇円宛徴収する旨の通達文につき、事前に従業員の意見を聞かないのは不当であると、工務係申請外岩佐に抗議したり、同年七月ごろ、同僚の新入社員が一時金の支給を受けていないことを知り、専務らにその理由を質問したりしたことがあった)。

(八)  昭和五二年七月一八日の昼の休憩時間に、機械場の工員全員六名は、被申請人代表者から会社組織図(代表者以下の職制の管理体制図と思われる)を示されたうえ、機械場の直接の管理責任者は、職場長であるから、被申請人に対する工員の苦情申入等は、すべて、職場長を経由するように申し渡された。これに対し、申請人は、申請人ら工員の直訴を封ずる意図の下になされたものと考え、内心不満であった。

右申渡し終了の直後に、被申請人の専務(前記のとおり代表者の妻)が機械場に来て、段ボール箱で作ったゴルフの遊び道具を見つけ、申請外佐藤武佐志(代表者の従兄弟で、工員の中では在職年数が一番長い)に、「これは何か」と質問し、同人がゴルフの遊び道具である旨答えると、「仕事中にもやるのか」と質問したので、同人が、機械が作動中にやることもある旨答えるや、「仕事中にやるとは何事か」と強く同人を叱責したので、同人は、代表者の従兄弟で在職年数の一番長い自分を、他の工員らの面前で叱責するという専務の仕打に立腹し、「仕事は、仕事でやっている。仕事中やってどうして悪い。もう、この仕事から降りる」などと口答をした。同人は、専務から、ことの仔細を聞いた代表者に呼ばれて、重ねて叱責されたため、益々興奮し、「もう会社をやめる」と代表者に申し向け、仕事を途中にして機械を止め、機械場から帰宅しようとした。そこで、申請人は、帰宅の理由を同人に問うたところ、同人は、「解雇と言われたから帰るのだ」と口数少なく答えたので、(同人は代表者に呼ばれたとき同席していた、専務から仕事中にゴルフ道具で遊んでもよいなどと考える者は、解雇する外はないと言われた形跡がある)申請人は、これを信じ、従来他の工員もこの道具で遊んでおり、職場長や工務係もこれを黙認していたのに、代表者らが、何らの調査をすることなく、申請外佐藤武佐志に対してのみ、突如として解雇するなどと発言することは、従業員の地位、権利を軽視するもので、余りに身勝手であると憤慨し、被申請人に対する抗議の姿勢を示すため、「同人を解雇するなら自分も退職する。今日は帰宅する」と職場長を介し、代表者に伝え、当日午後三時ごろ申請外佐藤武佐志と共に帰宅してしまった。

(九)  七月一九日出社した申請人は、代表者から「申請外佐藤武佐志を解雇するなどと言った覚えはない。同人は、話の途中で勝手に怒って帰ったのであり、君は誤解している」との説明を受けたが、申請人は申請外佐藤武佐志の解雇と言われたとの言を信じ、抗議のため共に帰宅したのであり、代表者の説明は納得できない旨答え、その日は、定時まで就労した。

(一〇)  七月二〇日に出社した申請外佐藤武佐志は、代表者に対し前々日の自己の言動や、無断早退を陳謝し、代表者の求めに応じ、「今後就業時間中に今回のような不祥事を起し、会社に御迷惑をかけるような行為は二度としないことを誓約し、もし、これに違反することあれば、直ちに退職願を提出する」旨の誓約書を提出したので、代表者は、これを諒承した。

そこで、代表者は、申請人を呼び、前々日の無断早退した真意を質したところ、申請人は、前日と同趣旨の答えをしたので、代表者は、重ねて、解雇するなどと言った覚えはなく申請人の誤解であると説明したが、申請人は、容易に納得しなかった。

そこで、代表者は、申請外佐藤武佐志の提出した誓約書を申請人に示したうえ、本人である申請外佐藤武佐志が反省し誓約書を提出した以上、本人と同調してした申請人の無断早退についても、同趣旨の誓約書を提出して貰わないと片手落になるとして、誓約書の提出を求めたところ、申請人は、「申請外佐藤武佐志は、確かに解雇と言われたので、無断早退したのであり、被申請人に対する抗議のため、無断早退した自分の行動に非はない。」としてこれを拒否した。誓約書の提出をめぐる両者の応答が続いている途中で、同席していた申請外岩佐常務から、申請人は、従来から遅刻が多いが、この際、遅刻の件についても、誓約書の中に書くよう要求された。

これに対し、申請人は遅刻の件は、自分に非のあることだから誓約書を書いてもよいが、無断早退と抱き合わせで書けというなら拒否すると答えたので、代表者は、「誓約書の提出は、信頼関係の問題であり、誓約書を提出しないというのなら、君を信用できないし、信用できないものを雇っておくわけにもいかず、解雇する外はない。遅刻の件だけでもよいから、とにかく、誓約書を提出するように」と促し、申請人は、明日提出すると答えた。なお、右誓約書の提出要求は、就業規則四一条一号所定の譴責処分としてなされたものではなく、事実上の措置である。

(一一)  七月二一日代表者は、申請人が誓約書を提出しないので、終業後の午後五時過ぎに、申請人を呼び、申請外岩佐と共に白紙の用紙を示し、遅刻の件についての誓約書を直ちに書くように要求した。

そこで、申請人は、「遅刻の件は、昨日も言ったとおり自分に非のあることであるから、どうしても書けというなら、書いてもよい」と答えたものの、内心、自分に対する遅刻の誓約書の提出要求は、問題のすりかえであり、本来の問題は申請外佐藤武佐志に対し安易に解雇すると言った被申請人の姿勢の当否ではないのかと反発し、また、誓約書を提出しなければ解雇する外ないとの代表者の昨日の発言にも、申請外佐藤武佐志に対する解雇発言と同質のものを感じ、釈然とせず、加えて、申請外佐藤武佐志の前記誓約書の文言中にある今後違反することあれば直ちに退職願を提出するとの文言にも納得できないものを感じていたこともあって、その場で誓約書は書かず、「定時を過ぎているから、拘束されるいわれはない、明日書く。」と言って帰宅した(右のような問答の途中で、申請外岩佐から、どこから通勤しているかと聞かれ申請人は、春日井市から通勤していると答えたことから、申請人が、住所変更届を提出していないことが判明し、この件について申請外岩佐から詰問されたが、申請人は、住所変更の件は、職場長に口頭で届け、その諒承を得ているし、自宅の電話番号も届けてある旨答え、同席していた職場長が申請人の住所変更は半年以上前から知っていると発言したので、この件については、それ以上の追及はなされなかった)。

(一二)  七月二二日、申請人は、就業時間中に、代表者から二回に亘り呼出を受けたが、終業後に赴くと返事しながら、午後五時過ぎに代表者に会わずに帰宅しようとしたので、申請外岩佐が、何故呼出に応じないかと難詰し、事務所へ同行しようとしたが、申請人は、誓約書は明日提出すると言って、帰宅してしまった。

(一三)  七月二三日、申請人が出社すると、申請外岩佐は、昨日の件(二回に亘る代表者の呼出にも応ぜず、終業後に赴くと返事しながら、申請外岩佐の同行の求めに応ぜず帰宅した件)について詰問し、ついで、代表者から、「申請人は、入社以来遅刻が他の者に比べ余りに多すぎる。申請人が遅刻を反省しているという証明のためにも、誓約書が必要であり、これなくしては信頼関係の回復はできない。直ちに提出せよ。」との説得がなされたが、申請人は、誓約書を提出する意向を示さなかった。

そこで、代表者は、「これ程説得しても、きき入れず、誓約書を提出しないというなら、もはや君を信用できない。一箇月分の賃金を支払うから、退職してもらいたい。」と退職を勧告し、申請人が、これを拒否すると、代表者は、「二五日付で懲戒解雇する」旨を申請人に告知したので、申請人が解雇理由の明示を要求すると、代表者は、二五日に文書で明示する旨答えた。

(一四)  七月二五日、申請人が定時に出社し、就労し、終業後代表者に呼ばれて、再び退職勧告を受けたので、これを拒否すると、代表者は、解雇辞令書を申請人に交付したうえ、明日からの就労は禁止する旨申し渡した。右辞令書の内容は、申請人主張のとおりである。このとき、代表者は、三〇日分の平均賃金として八万円を申請人に提供したが、受領を拒否されたので、八月一一日付で供託した(その後、被申請人は、昭和五三年三月初旬東労基署から、申請人の平均賃金は九万二五八三円であるから不足分一万二五八三円を本人宛に送付するか、供託するようにとの勧告を受け、同年三月一〇日に申請人宛に、この不足分を送付した。一方、申請人は、同年同月一六日付書面を以って、被申請人に対し、当初の供託金は、昭和五二年八月分の給与として仮りに受領し、仮処分申請が、裁判所で認容されたときは、直ちに返却する。追加の不足分は、仮りに預っておく旨通知した)。

(一五)  被申請人の就業規則一一条、一三条、一八条、四〇条、四一条ないし四五条は、別紙その二のとおりである。

以上の事実が認められ、なお、本件全疎明によるも、被申請人の就業規則が労基法所定の周知方法を欠いていたとは認められない。

三、以上に認定した本件解雇に至るまでの経緯からすると、申請外佐藤武佐志の無断早退につき、解雇すると言われたとの同人の言を信じ、被申請人の安易に解雇を口にする使用者としての姿勢に抗議するべく、同人に同調した申請人の無断早退の件に端を発し、代表者から、申請外佐藤武佐志が提出した誓約書と同趣旨の誓約書の提出を求められた申請人が、これを拒否するや、従前の遅刻の件についての誓約書の提出を求められ、一旦は、自分に非のあることであるからと提出を約諾したものの、再三に亘る代表者からの説得にかかわらず、その提出をしなかったため、代表者は、反省心を欠く申請人との間の信頼関係はもはや回復できずとして、本件解雇に及んだものであること、本件解雇は、予告手当金の提供を伴うものではあるが、就業規則四五条所定の懲戒解雇であること、右就業規則は申請人主張のような周知方法を欠く瑕疵はなく、有効であること、以上の事実が明らかである。

四、そこで、本件解雇の効力について判断する。

(一)  解雇辞令書記載の解雇理由は、就業規則一八条所定の勤怠手続違反及び同規則一三条二号所定の身上(住所変更)に関する届出手続の違反であるところ、申請人は、前記のとおり入社以来一八〇回に亘る無届遅刻をしているのであるから、申請人の右所為は同規則一八条の勤怠手続違反に該当し、その回数の多いことにかんがみると、懲戒解雇事由である同規則四五条一一号(前各号に準ずる行為のあったとき)に該当する(なお、遅刻の理由についての正当性の疎明は十分とは言えないから、減給処分事由である同規則四三条一号にも該当する)ことは明らかであるが、身上に関する届出手続違反の点については、先に認定したとおり申請人が職場長に口頭による届出をなし、その諒承を得ている事実に徴すれば、書面による届出がないことを理由に形式上届出手続違反が成立するとしても到底懲戒解雇事由に該当するとは認められない。

(二)  ところで、申請人の無届遅刻は多数回に亘っているが申請人は入社以来昭和五二年七月二〇日の申請人に対する無断早退についての誓約書提出要求に至るまでの間は、時々口頭による注意は受けたものの無届遅刻の理由を詰問されたり、始末書の提出を要求されたり、就業規則所定の譴責処分等の懲戒処分に付せられたことはなかったのであり、これは、申請人の遅刻が先に認定した諸事情により年間を通じてのパタン印刷業務に格別支障を来たすという程度に至らなかったためと考えられる。

そして、被申請人代表者が、本件解雇に及んだ理由は、先に認定したとおり、申請人が遅刻の件についてその誓約書の提出を約諾しながら、再三に亘る代表者からの説得に応ぜずその提出をしなかったため、反省心を欠く申請人を信頼できないとしたためである。

(三)  そこで考えるに、使用者である被申請人代表者としては、無断早退した申請外佐藤武佐志本人が誓約書を提出し、その非を陳謝した以上、本人に同調した申請人からもこの件について誓約書を提出させようとしたのは、使用者として当然の措置というべく、また、いかに業務にさしたる支障なくとも申請人の多数回に亘る無届遅刻につき何らかの措置をとりたいと内心考えていたであろうことは容易に推測されるから、提出要求を拒否した申請人に対し、それでは、従前の無届遅刻の点についてのみでよいからと誓約書の提出を要求し、これによって本人及び申請人の無断早退の件と、併せて、申請人の従前の無届遅刻の件に決着をつけ、以って職場秩序の維持を計ろうと考えたのも無理からぬものというべきである。

然しながら、一方、申請人としては、先に詳細に述べたとおり、申請外佐藤武佐志の解雇すると言われたとの言を信じ無断早退した原因は、被申請人代表者の労働者軽視の姿勢にあり、自己に非はなく、無届遅刻については、自己に非は存するものの、これについての誓約書の提出要求は、問題のすりかえであり、提出しなければ解雇する外ないとの代表者の言動に、申請外佐藤武佐志の件と同質の使用者の姿勢を感じたりして、内心反発し、釈然とせず、加えて誓約書の末尾の文言にも納得できぬものを感じて、誓約書の提出を一旦は約しながら、遂に提出しなかったのであり、申請人の誓約書の不提出は、同人の無届遅刻についての反省心の欠如を示すとは、たやすく即断できない(疎明資料によれば、昭和五二年七月二〇日から二五日までは定時に出社していることが認められる)。

(四)  思うに、いかなる理由があるにせよ、職場放棄に外ならない無断早退が許されてよい道理はないが、これについての誓約書の提出要求を拒否されて初めて従前の無届遅刻についての誓約書の提出を要求するというのは、問題のすりかえとのそしりを免れない点があることは否定できず、また右提出要求(懲戒処分である譴責処分としてなされたものでないことは前記のとおり)に申請人が容易に応じなかったからといって、いきなり懲戒処分としては最も重い懲戒解雇処分に及んだのも余りに性急にすぎ、提出要求拒否に対する報復解雇と評されても致し方あるまい。

すなわち、申請人の無届遅刻について懲戒解雇しようとするのなら、従前、何らの処分もなされていないことにかんがみ、別の機会に、無断早退の件とは切り離し、(この件は、就業規則に照らし、相当な懲戒処分は当然出来る)正式に申請人に対し、従来はともかく、今後かかる行為をくりかえすなら懲戒処分をする旨説諭し、それでも無届遅刻をくりかえすという事態になったときに、初めて懲戒解雇をすべきであったのであり(前記解雇辞令書には、その旨の記載があるが右記載部分は事実に反する)、本件解雇は時期的に著しく妥当を失し、始末書不提出に対する報復の意図に出たものと認められ、かつ、申請人の誓約書の不提出が無届遅刻に対する反省心の欠如と即断できないこと先に認定したとおりである以上、本件解雇は、その余の点につき判断するまでもなく、懲戒権の濫用というべく無効と解する(なお、先に認定した被申請人の供託した予告手当金を申請人が昭和五二年八月分の給与として仮りに受領した事実を以って、申請人が本件解雇を承認したと言えないことは多言を要しない)。

五、右のとおり、本件解雇は無効であるから、申請人は依然として被申請人会社の従業員たる地位を有しているというべきところ、疎明資料によれば、被申請人は昭和五二年七月二五日の本件解雇以降申請人を従業員として取扱わず、申請人の就労を拒否し賃金を支払っていないことが認められる。従って、申請人は民法五三六条二項本文により被申請人に対し賃金請求権を有するものというべきである。

そして疎明資料によれば、申請人は毎月末日払いの約で被申請人より支払われる賃金を唯一の生活の資とする労働者であり本件解雇前の昭和五二年五月から七月にかけて月額平均九万二五八三円の賃金を被申請人から支給されていたが、本件解雇により右賃金収入を失ない生活に著しい支障をきたしていることを認めることができる。

以上によれば、被申請人会社従業員たる申請人の地位保全の必要性及び前記のとおり申請人は、昭和五二年八月分給与として解雇予告金を仮に受領しているのであるから、同年九月以降の賃金として毎月末日限り一か月につき九万二五八三円の金員仮払の必要性をそれぞれ認めることができる。

六、よって、本件仮処分申請は主文一、二項の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから却下することとし、申請費用につき民訴法八九条、九二条但書を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松本武 裁判官 戸塚正二 裁判官 島本誠三)

別紙その一

申請の趣旨

一、申請人が被申請人に対し、労働契約上の権利を有することを仮に定める。

二、被申請人は申請人に対し、昭和五二年八月以降、本案判決確定まで毎月月末限り金九五、〇〇〇円を仮に支払え。

三、申請費用は、被申請人の負担とする。

申請の理由

一、当事者

1 申請人は、昭和二六年一二月一九日生れの男子の労働者であり、賃金を唯一の生活の糧とするものである。

2 被申請会社は表記肩書地(略)に、本店、工場を有し、活版、平版印刷、電算フォーム印刷、紙器、各種印刷、及びこれらに附帯する一切の業務を目的とする、資本金五〇〇万円の中小企業である。

二、労働契約の締結等

1 申請人は、昭和四五年三月、愛知県立春日井高等学校、普通科を卒業し、同年四月、私立中部工業大学工業化学科に入学し、昭和五〇年三月同大学を卒業した。

申請人は大学在学中から、学歴にとらわれず自己の経験と技術のみによって、評価されうる職業を選択したいと考えていたところ、昭和五一年三月中旬ころ、中日新聞の被申請会社の印刷工募集の広告を見て、同会社に就職を申込み、同会社は申請人を雇入れ、同人は三月一五日から働き始めた。試用期間は一応三ケ月といわれていた。(もっとも就業規則には試用期間の定めはない。)

2 右労働契約の締結に当って、被申請会社は申請人に対し就業規則を見せておらず、その後も就業規則を見せなかったことは勿論のこと、被申請会社は申請人を始めとする労働者に対し、就業規則の周知の方法は何らとっていなかった。

なお、被申請会社は入社の面接に際して、申請人に対し社会主義的な運動に参加したことがあるか否かを問うた事実がある。

三、被申請会社の機構

1 同族会社であること

被申請会社は中小企業の例にもれず、同族会社的傾向が強く、かつては親戚、血縁関係者が七~八名もいたところ、現在に於ても三~四名はおり、現に、専務は社長の夫人が就任している。

2 職場機構

営業事務系では社長を含め営業が六名、事務系では会計一名、工務一名(後出する岩佐工務)、女子事務員二名、専務一名の一一名、植字、文選関係では植字三名、文選二名、解版のパート一名の六名、配達、運送関係が二名、断裁、製本関係では断裁一名、製本のパート五名の六名、申請人の属していた機械場では活版四名、輪転機一名、オフセット一名の六名である。

以上で合計三一名である。

四、申請人の就業歴等

1 申請人は、前記のとおり昭和五一年三月一五日から、被申請会社に於て働きはじめたが、当初から機械場に印刷工として配置され本件解雇まで、印刷工として就業してきた。

2 機械場の職場の実態についてみるに、申請人の属する機械場は仕事の性質上、元来職人気質の強いところであり、自己に課せられた仕事に忠実であり、仕事に誇りと自信を持つ労働者が多い。現に、機械場に於ては、各労働者毎に担当機械が割りあてられ、機械の状態、生産能力、各労働者の能力に応じた仕事が割りあてられ、他の労働者が担当作業に介入することはない。

各労働者は、自己に割りあてられた作業を各自の段取りで完遂する実態にあった。これを申請人についてみると、申請人は平均して一回分二一台分の割りあてをうけ、これを一〇日乃至一一日の日数をかけてこなす実態にあった。しかして申請人は定められた納期に遅れたことは一度もなく、作業の必要上、申請人は正規のとおり一二時から休憩をとり、昼食をとったことはほとんどなく、残業が一〇分ないし一五分のときは残業は申請しなかった。かような実態の中で働いていた申請人は仕事について被申請会社からも一定の評価をうけていた。

五、労使関係の実態、及び申請人の異議申立

1 既に述べたとおり、被申請会社は中小企業の例に漏れず同族会社的傾向が強く、前近代的労使関係が生きており、労働者に対する労働条件の決定等においても、経営者の恣意、独断、思いつきによってなされ労働者の意見を聞くことはなく上意下達方式により一方的に行なわれていた。

就業規則も制定されてはいるが、何ら周知の方法をとられておらなかったのは既に述べたとおりである。

2 少しく例をあげれば次のとおりである。

(一) 従前、就業時間は現場は午前八時から、営業は午前九時であったが、この調整のためか被申請会社は現場の就業開始時間を午前八時三〇分からしようとしたが、このさい会社は労働者の意見を全く聞かなかった。これに伴い休憩時間を一時間から四五分に短縮せんとしたがこれは労働基準法に違反したものであった。

これについて申請人は労働者の意見を事前に聴取していぬこと、労働基準法に違反しているとして抗議し、そのため会社は右就業時間及び休憩時間の変更を中止した。

(二) 本年四月下旬ごろ、会社は何ら労働者の意見を聞かず一方的に沖縄旅行の慰安旅行の計画を立案し、給料よりの一方的な天引きをしようとした。

これについても申請人は抗議した。

(三) 同じく六月ころ労働者より配達運送用のトラックの幌の取替えの要求があったにも現在まで応ぜず、一方社長は自分専用の簡易車庫を一〇万円で購入している。

(四) 同七月一一日夏期一時金が支給されたさい、運転助手K氏に支給されないことがあったが、これについて申請人は岩佐工務及び専務に釈明を求めた。

3 このような会社の恣意的な経営姿勢に対し申請人は必要に応じて質問或は抗議をしたりしていたが、会社幹部は申請人を嫌悪し既に昭和五一年末頃申請人が職長と飲んでいるとき同人に対し「労働組合を作らないかん」と述べたことが翌日すぐに会社幹部が知っていた事実があり、こういうことのあった一週間位あとに営業のT氏が申請人と現場で話をしたことをとらえ岩佐工務が「大矢とあまり話をするな、彼は少しおかしな考え方を持っているから」と述べ、本年四月ごろ慰安旅行の抗議のさいにも岩佐工務が申請人に対し「労働組合みたいなことをいうな」といい、更に七月にも夏期一時金の釈明を求めたさい岩佐工務が「君は労組の代表者じゃないから君はこういうことを言ってくる権限はない」と述べるような事態に立ち到っていた。

そして遂に七月一八日に至って会社は機械場労働者全員を呼びあつめ、管理体制の一層の強化を図って会社組織図を呈示し、今後は職場長を通じて意思の上申をするよう指示するに至った。

これは明らかに申請人が従前会社の恣意的な体質に抗議したことを嫌悪してなされたものであり、これは不服は職長を通じていえということで従来申請人のなしていた会社幹部に対する質問、抗議を封じ以て事実上労働者の会社に対する異議申立を封ずる措置であった。

六、本件懲戒解雇に至る経過

(一) 前述した七月一八日会社が機械場の労働者を全員集めた後社長夫人専務が機械場を訪れ、労働者に対し職場の実情を無視したあげ足とりの言辞をなし、あまつさえM労働者に対し腹が出ている等と中傷をなすに及んだ。そして、たまたま発見した段ボール箱で作ったゴルフの遊び道具に関してM氏を呼び出し、その中で会社幹部は極めて安易な形でM氏に対し首切発言をなした。M氏はこれに抗議し、中途で帰宅するという事態が発生した。

これを聞いた申請人は会社に抗議すべく、「M氏を首にするなら私もやめる。一緒に帰る」と会社に伝えたが会社は「帰りたければ帰れ」との返答であったので申請人もそのまま帰宅した。

(二) 翌七月一九日申請人が出勤したところ、会社は前日の申請人の言を盾にとって就労を拒否したが申請人は就労した。

(三) 七月二〇日会社はM氏を呼び出し、同人に対し誓約書を書かせるとともに職場転換をなした。更に会社は申請人を呼び出し同人に対してもM氏と同様の誓約書の提出をせまったが申請人がこれを拒否すると誓約書を書かねば解雇すると述べた。こうした経過の中で社長は「君は自分のことでは云ってこない。他の人間のことでは文句をいってくる。何かさわぎを起すため入社してきたのか。そう考えられても已むを得ない」と申請人に対する露骨な嫌悪感を示していた。

右問答の途中、同席していた岩佐工務が突如申請人の遅刻のことを持ち出し遅刻の件についてもあわせて誓約書に書くよう要求したが申請人は遅刻については自己に非のあることであるから書かぬことはないが抱きあわせで誓約書を書くのは拒否するとの意思表示をすると社長は又解雇するとか、会社を辞めろとか繰返し述べるに至った。

(四) 七月二一日の就業後、会社が申請人を呼び出し、社長と岩佐工務は前日に執拗に解雇する等といっていた経過を一切無視して、いきなり遅刻の件について始末書を書けと要求した。

この要求は会社が前日に申請人に対し「首」発言をした経過、及び是非を不問にする点に於て不当であったばかりか、就業規則上も会社が従業員に対し始末書の提出を要求できるのは懲戒処分たる譴責がなされた場合であるのに、当時申請人に対し何ら譴責処分がなされていなかった点に於て就業規則上の根拠を欠くものであった。

しかしながら申請人としては遅刻については非のあることなので始末書を提出すること自体は異存はなかったが、前日の「首」発言の経過と是非を不問にしたまま一方的に始末書の提出を求められたことに不審を覚え釈明を求めたが、社長も岩佐工務もこの点については一切答えようとしなかった。

そればかりか岩佐工務は申請人が住所変更届を出していぬことをとりあげこれを追求する態度であった。

申請人は既に時間が相当経っていたこと、前日までの「首」発言の経過及び是非に対する釈明が全くなされず一方的に始末書の提出を要求されたことに釈然としなかったこと等のため、始末書を提出することなく退出した。

この二一日にも亦社長は「入社の際に社会主義的な運動に参加したことがあるかどうか聞いたはずだ。君のように他人のことで何かするのは社会運動家のすることだ」と申請人に対する嫌悪を明言して憚らなかった。

(五) 七月二二日会社は就業時間終了間ぎわに申請人を呼び出したが、終業間近で一番忙しいときであったことから事情を述べ出頭できぬ旨伝え、終業後帰宅しようとしたところ申請人の意志が十分に伝わっていなかったらしく岩佐工務から呼出しに応じるよう要求があり、これをめぐってトラブルが発生したことがあった。

(六) 七月二三日会社は就業時間中に申請人を呼び出し、同人がこれに応じて事務所に出向くと岩佐工務は態度を一変させ申請人が遅刻の始末書を書くといっているのに拘らず、これに一切耳を傾けず専ら前日申請人が会社の呼び出しに応じなかったとしてこの点のみ追求した。そして中途から社長がその場に来て突然申請人に対し懲戒解雇を言渡した。

申請人は一旦職場に戻ったあと終業時間間近に社長を訪れ解雇の件について聞くと七月二五日が給料の締切日であり切りがいいので同日懲戒解雇を言明する旨言渡した。

七、懲戒解雇の言渡し

(一) かくして七月二五日終業後社長は申請人に対し懲戒解雇処分に付する旨の辞令を交付した。

同辞令によれば懲戒解雇事由は次のとおりであった。

「1 勤怠手続第一八条違反

勤務した昭和五一年三月一五日から同五二年七月二五日までの間に無断遅刻一八一回をかさねた。

2 届出手続第一三条第二号違反

現住所変更の無届。

右各事実につき、これを指摘して就業規則第四二条によりその弁明を求め、かつ就業規則を遵守するよう再三、説諭した。

しかるに、正当な理由の弁明がなく、かえって反抗したうえ、右1の違反をくり返し全く反省なく、くむべき情状がない。そして諭旨退職の勧告にも応じない。但し、懲戒解雇処分に付したときは解雇手当の支給を要しないところ、被解雇者の生計を配慮して一月分の賃金を支給する。」

(二) なお右懲戒解雇の言渡しまで被申請会社は申請人に対し一回も就業規則の内容を知らせてもおらず、又知りえる機会も与えなかったこと既に述べたとおりである。

八、被保全権利の存在

1 本件懲戒解雇の意思表示は次の理由で無効である。

(一) 本件懲戒解雇は不当労働行為であること。

被申請会社に於ける労使関係が前近代的実態にあり、従来経営者の恣意、独断によって運用されていたこと、かかる労使関係の実態の中で申請人が経営者の姿勢を糺すべく同僚労働者を代表する形でその都度異議申立をしていたこと、被申請会社の体質は入社時の面接で「社会主義的な運動をしていたことのないこと」をわざわざ確認したことからも明らかなように社会主義運動、労働組合運動に対する敵対的な体質のあったこと、現に申請人の経営者の悉意的な姿勢に対し異議申立をしていたことを被申請会社が嫌悪していたことは社長等会社幹部の「君は自分のことは何も言ってこない。他人のことでは言ってくる。何か騒ぎを起すために来ているとしか考えられない」とか「入社の際に、社会主義的な運動に参加したことがあるかどうか聞いたはずだ。君のように他人のことで何かするのは社会運動家のすることだ」とか「労組みたいなことを言うな。」と放言し申請人に対する嫌悪感を露骨に明言していること、及びM氏へ安易な「首」発言以降本件解雇に至るまでの「六、本件懲戒解雇に至る経過」の項で述べた事実の経過の実態に照せば本件懲戒解雇が申請人の組合活動若しくは労働者としての思想、信条を嫌ってこれを職場から排除すべくなされたものであること明白である。

してみれば本件解雇の意思表示は労組法七条一号に該当し労働基準法三条に違反して無効である。

(二) 弁明手続が履践されていないこと。

(1) 凡そ懲戒処分をするときには処分者は被処分者について処分事由の存否、態様及びその程度について慎重な調査、検討を行なって処分事由の有無、態様、程度を確定せねばならない。そのさい処分者は、右各事実の確定について何人からも処分の決定について処分者の恣意、独断を疑われることのないよう公正且つ適正な手続によるべきこと当然である。即ち被処分者は処分を受けるについては処分者が何人からも恣意、独断を疑わせることのないような公正且つ適正な手続によって処分をうくべき法的利益が保障されるべきである。

しかして右公正且つ適正な手続に於て最も重大且つ不可欠なことは、当該処分事由とされている事実についてその有無、態様及び程度について処分対象者に対し弁明の機会を保障することであり、かかる弁明の機会を与えずしてなした処分は、処分者に対し保障されるべき前記の如き手続に於て享受すべき法的利益を奪うものとして直ちに無効というべきである。

然るに既に前「六、本件懲戒解雇に至る経過」及び「七、懲戒解雇の言渡し」の項で述べたことから明らかなように被申請会社は本件懲戒解雇に先だって申請人に対し、事前に処分事由を示さず一切の弁明の機会を与えていない。

よって本件懲戒解雇はこの点で既に違法無効である。

(2) 被申請会社の就業規則は、何ら従業員に対して周知がなされておらず、周知義務に反するが、少なくとも被申請会社自身は自ら就業規則を作成し、その内容を熟知していたはずである。同会社の就業規則によれば第九章懲戒の第四二条弁明において「従業員は懲戒の決定に先立って自ら弁明することが出来る」とし、懲戒における手続を明記しているにもかかわらず、作成者である被申請会社は自ら右規定を無視している点で二重の意味で重大な手落ちがある。

(三) 本件懲戒解雇処分の根拠たる就業規則そのものが効力のないこと。

(1) 本件懲戒解雇処分は、全く何らの周知方法がとられていない無効な就業規則に基づくものであって、懲戒処分の根拠を欠いている。

即ち労基法一〇六条は、就業規則の周知義務を規定しているところ、この規定は、使用者が労働者の無知に乗じて、法に定められた最低基準以下の労働条件で労働者を使用する危険を防止するため、労働者に十分に就業規則の内容を会得させようとするためのものである。

右の周知義務に反する就業規則は、右規則の効力発生を妨げるものである。

ところが申請人は解雇後の同年七月二七日、入社以来初めて会社側を追求して就業規則を閲覧することができたものであって、しかも、右就業規則は事務所の金庫の中から出てきたものであった。

被申請人会社は労基法の周知義務に反していることは明白であって、就業規則はその効力をもつに由なく無効である。

(2) のみならず、右就業規則は、労基法一〇六条に従った周知の方法がとられていないばかりか、他のなんらの周知がなされていなかったのであって、労基法の周知義務を就業規則の効力発生要件であると解さないとしても、全く周知の方法がとられない就業規則は、労働者にとっては就業規則が存在しないと考えざるを得ないので、その効力は無効であることは明白である。

(3) したがって結局、本件懲戒解雇処分は何ら根拠なくなされたものであって、この点でも無効である。

(四) 本件懲戒解雇処分は、被申請会社作成の就業規則に該当しない処分であって無効である。

(1) 懲戒解雇処分は、使用者の企業秩序から労働者を放逐するものであり、労働者にとっては生活の基礎を奪われる不利益処分である。

使用者が労働者を懲戒解雇しようとする場合は、労働者を企業から追放せざるを得ないやむをえない事由が必要であり、労働者にとっては、生活の基礎を奪われてもやむをえない事由が必要である。

また、懲戒処分は労働者に対する刑罰に該当するものであるから罪刑法定主義と同様の趣旨で、就業規則に懲戒に関する規定をもうけ、懲戒種類手続等明示されていなければならない。しかも、その内容において懲戒該当事実と懲戒処分事由とが均衡を保っていなければならないことは、いうまでもない。

これを懲戒解雇処分についてみるに、就業規則に懲戒解雇該当事実が明示され、それらが労働者にとって生活の基礎を奪われる不利益を課せられてもやむをえないと認められる程度の重大な企業秩序違反の内容であることが要請される。

しかるに被申請会社の申請人に対する懲戒解雇該当事実は前記七、(一)掲記のとおりである。

即ち(1)勤怠手続第一八条に違反したこと、及び(2)届出手続第一三条第二号に違反したこと、(3)これらの各事実につき、これを指摘して就業規則第四二条により、その弁明を求め、かつ就業規則を遵守するよう再三説諭したが正当な理由の弁明がなく、かえって反抗したうえ、(1)の違反を繰り返し全く反省なく、くむべき情状がないことである。

右の(1)ないし(3)を真実と仮定して右の事実が果して就業規則第四五条各号の懲戒解雇事由に該当するかを明文に照らしてみても、いかなる条項にも該当しえないことは明白である。

あえて該当条文を探索すれば(1)(3)の事実については、第四三条一号の減給処分であろう。しかし申請人の職務内容性質は前述のとおりであるから正当な理由のない遅刻とは到底言い難いものであって懲戒の理由とはなりえない。

(2)の事実については、いかなる該当条文も見あたらないのである。

(2) 更に注目しなければならないのは、前記解雇事由(3)の事実が虚偽の事実に基づいて処分事由となっていることである。

申請人は遅刻回数が逓減しつつあった昭和五二年七月二〇日、前記六、(三)記載のように、突然遅刻の件を持ち出し、誓約書の作成を迫られたことはあったが他に注意をうけたことは全くなく、ましてや懲戒処分の前提として遅刻と住所変更届出手続不履行とにつき弁明を求められたことはない。就業規則の遵守について再三説諭したことにいたっては、被申請会社は申請人を懲戒解雇後、申請人の追求を受けて、はじめて会社事務所の金庫から取り出して申請人に閲覧させたものであって、全く何らの周知方法をとっていなかった就業規則につき、その遵守を申請人に求めるなど考えられないことである。

(3)の事実については全くの捏造である。

(3) したがって本件懲戒解雇処分は就業規則の懲戒解雇事由に該当しない事実をもって懲戒解雇をなしたものであって無効といわざるを得ない。そうでないとしても、誓約書の不提出を理由とする報復解雇であり、懲戒権の濫用として無効である。

2 申請人は本件懲戒解雇処分を受ける前、被申請会社から得る賃金を唯一の生活の基礎とし、処分前三ケ月の平均賃金は九五、〇〇〇円であった。

九、保全の必要性

申請人は本件懲戒解雇後、労働基準監督署への事情説明、被申請会社との直接交渉など地位の保全に尽力しているが、恣意的・独善的被申請会社に対しては、解雇無効確認等の本案訴訟により解決する外に途はなく、その準備中であるが、申請人は被申請会社より支払われる賃金を唯一の生活の糧としていた労働者で本件解雇により右賃金及び夏期一時金を受けられず、その生活は急迫かつ強暴に侵害されている。

よって本案の確定を待っていては回復できない著しい損害を蒙るので申請の趣旨のとおりの裁判を求めるべく本申請に及んだ。

別紙その二

第十一条 解雇

従業員が次の各号の一に該当する場合は解雇する

一、精神又は身体に障害を生じ若しくは老衰、虚弱等の為能率が著しく低下し業務に堪えられないと認めたとき

二、就業状況が著しく不良で就業に適しないと認められた場合

三、その他会社の都合によりやむを得ない事由がある場合

第十三条 身上に関する届出

従業員は次の各号の一に変更又は異動を生じた時は速やかに届出なければならない。

一、戸籍記載事項

二、現住所又は通勤方法

第十八条 勤怠の手続

出勤前外勤、不帰社外勤、遅刻、早退、外出、欠勤の場合は事前、又はやむを得ない時は事後速かに届出なければならない。

病気、欠勤引続き七日以上に及ぶ時は医師の診断書を添付しなければならない。

第四十条 懲戒

従業員が会社の諸規則その他遵守しなければならない事項に違反した場合は懲戒する。

第四十一条 懲戒の種類方法

懲戒は譴責、減給、出勤停止及び解雇の四種類としてその方法は次の通りとする。

一、譴責は始末書をとり将来を戒める

二、減給は始末書をとり一回について平均賃金の半日分以内、総額に於て当該賃金計算期日の十分の一以内を減ずる

三、出勤停止は始末書をとり十日以内出勤を停止しその期日の賃金を支給しない

四、懲戒解雇は予告期間をもうけないで即時解雇する。

第四十二条 弁明

従業員は懲戒の決定に先立って自ら弁明する事が出来る。

第四十三条 減給

社員は次の各号の一に該当する場合は減給に処する。

但し情状によっては譴責に止める事がある。

一、正当な理由なくしばしば遅刻、早退又は欠勤した時

二、勤務に関する手続又は届出をいつわった時

三、勤務怠慢、素行不良又はしばしば会社の規則に違反して会社の風紀、秩序を乱した時

四、火気を疎略に取扱い又みだりに焚火をした時

五、怠慢又は監督不行届によって災害傷害等の事故を起した時

六、前各号に準ずる行為のあった時

第四十四条 出勤停止

従業員が次の各号の一に該当する場合は出勤停止に処する、但し情状によっては減給に止める事がある。

一、会社内、賭博其の他これに類似の行為をした時

二、不正不義の行為をもって社員としての体面をけがした時

三、重大な過失によって会社に損害を与えた時

四、前各号に準ずる行為のあった時

第四十五条 懲戒解雇

従業員が次の各号の一に該当する場合は懲戒解雇に処する、但し情状によっては出勤停止に止める事がある。

一、正当な理由なく無届け欠勤十四日以上に及んだ時

二、重要な経歴をいつわり其の他不正の方法を用いて雇い入れられた時

三、職務上の指示に不当に従わず職場の秩序を乱した時

四、他人に対し暴行、脅迫を加え又はその業務を妨害した時

五、故意に会社の施設、資材製品、文書等を窃取、破棄、破壊した時

六、故意に会社に損害を与えた時

七、許可なく在籍のまゝ他に雇い入れられた時

八、業務上の重大な秘密を社外にもらした時

九、業務又は地位を利用して不当な行為をなし又は金品その他を受授した時

十、数回懲戒を受けたにもかかわらず尚改悛の見込がない時

十一、前各号に準ずる行為のあった時

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