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名古屋地方裁判所 昭和52年(ワ)2540号 判決 1981年7月10日

原告 北山弘

<ほか三名>

以上原告ら訴訟代理人弁護士 小谷野三郎

右同 三宅陽

被告 林芳雄

<ほか一名>

以上被告ら訴訟代理人弁護士 後藤昭樹

右同 太田博之

右同 立岡亘

主文

一  原告らが、別紙目録記載の土地部分につき、囲繞地通行権を有することを確認する。

二  被告らは、別紙目録記載の土地部分に関して別紙図面(三)に記載のブロック塀、鉄柵などの妨害物を撤去しなければならない。

三  被告らは、別紙目録記載の土地部分につき、工作物その他の妨害物などを設置するなど原告らが右土地部分を通行する妨げとなる一切の行為をしてはならない。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

主文同旨。

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求の原因

一  瀬戸市春雨町三一番、宅地一五五・三七平方メートル(以下、甲土地という)は原告北山弘、同北山旬子らの共有であり、同原告らは同土地上に家屋を共有して居住しているもの、原告今野小太郎は甲土地の一部を賃借し、賃借地上に家屋を所有して居住するもの、原告安永トヨ子は甲土地に隣接する瀬戸市春雨町三三番の一、宅地一八九・五〇平方メートルの一部(以下、乙土地という)を賃借し、その賃借地上に家屋を所有し居住しているものである。

二  被告林芳雄は、瀬戸市春雨町二九番の一、宅地二二二・五三平方メートル(以下、丁土地という)を所有し、被告林英志は、右丁土地上に家屋を所有し、同土地を占有しているものである。

三  原告らが所有または占有する甲、乙の両土地は、いずれも他人所有の土地に囲繞されていて公道に直接通じていない袋地である。

四  原告らは、昭和二六年ないし昭和三〇年頃より前記甲、乙両土地から公道である市道に通ずるため、被告林芳雄所有(昭和四八年一二月一日より訴外林芳信所有)の瀬戸市春雨町二九番の土地(以下、丙土地という)を通り、更に丁土地のうち別紙目録記載の土地四二・二四平方メートル(以下、本件土地という)を公道に至る唯一の通路として長年通行の用に供してきた。

なお、右通路は、戦前から存在していた付近の長屋の住民も公道に至る通路として使用していたもので、従って、被告らによって本件土地が閉鎖されるまで極めて明確に通路としての形態を備えていたし、右通路は、本件袋地および囲繞地の地理状況、その利用状況等に照らし、囲繞地のため最も損害の少ない方法であり、原告らは従来より公道に至るため他の通行方法をとったこともない。

五  原告らは、所有ないしは占有する甲、乙の両土地が前記のとおり袋地であり、被告らが所有ないし占有する本件土地を通過することなくして簡便に公道に達することができないから、民法二一〇条により、本件土地に囲繞地通行権を有するというべきところ、被告らは、共謀のうえ、昭和五二年七月上旬頃、丁土地上に建築した被告林英志の家屋の庭部分を確保するため、別紙図面(三)のとおり、本件土地内にブロック塀と鉄柵を設けて本件土地を閉鎖し、原告らの通行を妨害するに至った。

六  よって、原告らは被告らに対し、本件土地部分につき囲繞地通行権を有することの確認、ならびに原告らの右囲繞地通行権に基づき、現実に通行を阻害している前記ブロック塀、鉄柵等の妨害物の除去および将来にわたり原告らの通行を妨害しないことを請求する。

第三請求原因に対する被告らの認否等

一  請求原因一の事実は不知。

仮に原告ら主張のとおりであっても、原告北山弘、同北山旬子の両名が大阪市から甲土地に転居してきたのは昭和三九年二月二八日であり、同土地につき対抗力を取得したのは昭和四三年一一月一三日であるし、原告今野小太郎は、昭和三四年五月一〇日に長野県から転居してきたものであるが、甲土地につき対抗力を有する賃借権を有するか否か不明であるし、原告安永トヨ子が乙土地に転居してきたのは昭和五〇年二月二七日のことであり、乙土地について対抗力のある賃借権を取得したのは同年四月一一日のことである。

二  同二の事実は認める。

三  同三の事実のうち、甲土地がいわゆる袋地であるかどうかは知らないが、少くとも乙土地が袋地であることは否認する。

乙土地は、昭和四六年五月二七日、瀬戸市春雨町三三番、宅地三三三・八八平方メートルから分筆した同町三三番の一、宅地一八九・五〇平方メートルの一部であって、訴外中條幹三の所有であるところ、同訴外人は右三三番の一の宅地に隣接し、かつ公道に接する同市春雨町三四番の一、山林一、一三六平方メートルを訴外渡辺裕と共有(渡辺裕の持分二八二分の二三二、中條幹三の持分二八二分の五〇)しており、従って乙土地は同一所有者の共有地を通じて公道に通じていたのである。もっとも、その後右三四番の一の山林は、共有物分割の結果三四番一、三四番一〇三(以上渡辺裕所有)、三四番一〇二(中條幹三所有)、三四番一〇一(中條幹三、渡辺裕の共有)に分筆され、乙土地はこれに隣接する三四番一〇二の土地および同土地に隣接する三四番の一〇一を通じて公道に通じている。従って、乙土地は他人が排他的に支配している土地に囲まれている状態になく、乙土地の所有者が所有し、共有する土地を通じて公道に至るのであって、かかる土地は袋地とはいえない。

四  同四の事実は否認する。

囲繞地通行権に基づく通行の場所は、通行権を有する者のために必要にして囲繞地のために損害が最も少ないと思われるところでなければならず、その判断の基準は「社会通常の観念に照らし、付近の地理状況、相隣地利用者の利害得失、その他諸般の事情を斟酌したうえ具体的事例に応じて」決定すべきところ、原告らが公道に通ずる方法として一応考えられるものは、

1  原告北山弘、同北山旬子らは、訴外中條木工所の車庫付近を経由し、訴外渡辺方横の私道(従前、学校通路に指定されており、自動車の通行も可能)を通って公道に至る。

2  原告今野小太郎、同安永トヨ子らは、訴外宮松園の駐車場付近を通って同宮松園内を通過して瀬戸市道に至る。この通行方法では自動車の通行も可能である。

3  訴外林芳信方を通って(林製土工場内も通って)訴外林製土工場内の道路を経て公道に至るもので、工場内道路は自動車の通行も可能である。

4  訴外林芳信方、訴外林製土工場内を通って、被告林英志方の庭前を通って公道に出る。

以上の4方法が原告らの公道に至る通路として考えられる。

ところで、乙土地は、前述のとおり同一所有者の土地を通じて公道に至るので、袋地とはいえないが、仮にこれが袋地であるとしても、乙土地は、民法二一三条にいう「分割に因り公道に通せざる」に至ったものであるから、原告安永トヨ子は、分割者の他の所有地、即ち瀬戸市春雨町三四番一〇二、同所三四番一の土地を通行すべきであり、本件土地について囲繞地通行権を有しないし、原告北山弘、同北山旬子らは前記1の通行方法が、また原告今野小太郎は前記2の通行方法によるのが囲繞地のため最も損害は少なく、かつ通路の幅員、自動車の通行の可否および通行の安全性等からみて最も妥当な通行方法である。

前記3、4の通行方法は、訴外林芳信方前付近の通路部分の幅員が狭く、訴外林製土工場内は原材料の運搬、製品の移動などのため常時フォークリフトやトラックが出入りしているし、通路上空には運搬用リフトが構築されていて、通常一日に二回陶石など原材料の入ったホッパーが右リフトによって通路上空を移動し、陶石など頻回に地上に落下するなど、工場の操業時には常に人身に危害の発生が懸念される状況にあるし、また右4の通行方法によるときは被告林英志方のプライバシーの侵害も心配されるので、原告らの通行方法としては決して妥当なものではない。

また、仮に本件土地に原告らの囲繞地通行権があるとしても、その通路部分の幅員は、人が徒歩で通行できる程度が確保されれば足り、五〇センチメートルの幅員で通行に何ら支障はないというべきである。

五  同五の事実のうち、被告林英志が丁土地上に家屋を建築して居住し始めたこと、昭和五二年七月頃にブロック塀、鉄柵を設けたことは認めるが、原告らが本件土地に囲繞地通行権を有するとの主張は争う。

六  同六は争う。

第四証拠《省略》

理由

一  請求原因一の事実は、《証拠省略》によって認めることができる(なお、相隣関係の規定は、不動産相互間の利用の調整をはかることを目的とし、不動産取引の安全を目的とする公示制度とは直接関係がないことを考えると、対抗力を有しない袋地の所有者、賃借人といえども囲繞地の所有者ないし利用権者に対し囲繞地通行権を主張し得ると解すべきである。)。

二  請求原因二の事実は当事者間に争いがない。

三1  甲土地が他人所有の土地に囲繞せられて公道に接しない袋地であることは、《証拠省略》によって認めることができる。

してみると、甲土地の所有者、利用権者である原告北山弘、同北山旬子および同今野小太郎らは、公道に至るため囲繞地通行権を有することになる。

2  被告らは、乙土地はその所有者が所有し、共有する隣接地を通じて公道に接しているので、乙土地は本件土地につき囲繞地通行権を主張し得る袋地といえない旨主張するので検討する。

《証拠省略》を総合すると、原告安永トヨ子は、昭和三六年頃、瀬戸市春雨町三三番の宅地の一部である乙土地上の家屋を第三者より買受け、爾後乙土地を賃借して右家屋に居住して現在に至っていること、右三三番の宅地は、昭和四二年八月一五日に訴外渡辺成章の所有となり、次いで翌四三年二月一日、同土地のうち乙土地部分を含む一八九・五〇平方メートル(後日分筆により春雨町三三番一となる)は訴外中條幹三の所有となったのであるが、右三三番の宅地は、もともと他人所有の土地に囲繞せられ公道に直接通じない土地であったところ、同土地に隣接し、かつ公道にも接する同市春雨町三四番一、山林一、一三六平方メートルを、乙土地を含む同市三三番一の宅地の所有者となった中條幹三と訴外渡辺裕の両名が昭和四五年一二月に買受けてこれを共有するようになり、その後昭和五一年になって、右土地は共有物分割により、三四番一、他三筆に分筆され、三四番一と三四番一〇三の両土地は渡辺裕の、三四番一〇二の土地は中條幹三の各単独所有となり、三四番一〇一の土地は渡辺裕、中條幹三の共有になり、この結果、乙土地を含む右三三番一とこれに隣接する右三四番一〇二の両土地が中條幹三の所有地となって、該所有地は右三四番一〇一の共有地を通じて公道に接するようになったこと、以上の事実を認めることができ、右事実によると、乙土地は、その所有者中條幹三の所有する瀬戸市春雨町三三番一、三四番一〇二の土地を経て同人と渡辺裕の共有する同町三四番一〇一の土地を通ることによって公道に至ることができるが、原告安永トヨ子が乙土地を借受けた昭和三六年当時の同土地を含む同市春雨町三三番の土地は公道に通じない袋地であって、同土地の所有者がその一部である乙土地を賃貸したために乙土地が公道に接しなくなったものでは決してなく、その後、右三三番から分筆された乙土地を含む同市春雨町三三番一の土地を買受けた中條幹三が、続いて同土地に隣接し、かつ公道に接する土地を偶々所有し、共有するに至ったからといって、乙土地の賃借人である原告安永トヨ子は、公道に至るため中條幹三の所有し、共有するに至った土地のみを通行し得るに過ぎなくなるものと解すべきではなく、民法二一〇条、二一一条によって必要にして、かつ囲繞地のために損害最も少き場所および方法による囲繞地通行権を有するものと解する。

四  そこで、原告らの囲繞地通行権の対象地について検討する。

《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  瀬戸市春雨町内に所在する甲、乙、丙および丁土地ならびにその周辺土地の位置関係は別紙図面(一)記載のとおりであり、これらの土地上に存在する建物その他の構築物の位置関係ならびにその利用関係は別紙図面(二)記載のとおりである。

2  原告らが公道に至る通路として一応考えられる方法としては、おおむね被告ら主張の四方法(別紙図面(二)に青、赤の実線と点線で図示した経路)が考えられるのであるが、右図面の青実線をもって図示した経路を経て公道に至る方法は、原告北山弘、同北山旬子らの家屋と南隣地の瀬戸市春雨町三三番の土地との境界に存在する土手との間の狭い空地を経て渡辺方の車庫内を通って公道に至るものであり、右図面の青点線で図示した通行方法は、公道に至るまで曲りくねった通路となるばかりでなく、訴外加藤某方家屋の軒先(北側)付近は狭隘で自転車による通行にも困難を伴うし、しかも訴外宮松園工場建物内を横断することになるものであり、更に右図面に赤点線で図示した通行方法については、林製土工場前の工場敷地内を通行するものであって、諸種の自動車が工場内を頻繁に出入し、通行には危険を伴うものであり、以上の三通行方法は、いずれも従来付近住民が恒常的に公道に至る通路として利用してきた形跡は認められぬのに反し、最後の右図面に赤実線で図示した通行方法は、甲土地からほぼ直線で公道に至り、しかも公道までの距離は前記の三通行方法のどの場合よりも短く、加えて、この通行方法は、昭和四九年頃まで別紙図面(二)記載の林芳信方建物から廃倉庫付近にかけて五軒長屋が東向きに建っており、その長屋の前(東側)を長屋に添って南北に相当幅員のある私道様の通路が存在し、かつて付近住民や原告らが公道に至る通路として長い期間利用してきた通行方法である。

3  ところが、被告林英志は、昭和四九年頃、前記長屋を取毀し、丁土地内に家屋を建てて居住を始め、次いで訴外林芳信も丙土地内に家屋を建て、かつ同家屋と被告林英志の右家屋との間を陶石等の原料の置場ならびに砕石場として使用するようになったので、原告らによる右通路の使用は相当制限されるに至ったのであるが、被告らは、昭和五二年七月頃、丁土地内に別紙図面(三)記載のようにブロック塀と鉄柵を設置(このことは当事者間に争いがない)し、原告らが丁土地内の本件土地を通路として利用することを事実上拒否するか、少くとも著しく困難にした。

以上の各事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

しかして以上認定の事実を総合勘案すれば、本件土地(通路としてのその幅員については、通路としての合理的な効用を果たすためには少くとも二メートルの幅員を必要とすると考える)を通路として使用することが、原告らのために必要であると共に囲繞地のために損害の最も少きものと認められる。

五  そうであれば、丁土地の所有者である被告林芳雄、その利用権者である被告林英志らは、原告らが本件土地を公道への通路として使用することを容認する義務があることになり、従って被告らは、本件土地内に設置した別紙図面(三)記載のブロック塀と鉄柵は、これを原告らのために撤去すると共に将来にわたって原告らが本件土地を通行するのを妨害しない義務を負うことになる。

六  以上の次第によると、原告らの本訴請求は全て理由があり正当として認容すべきものであるので、民事訴訟法八九条、九三条を各適用して主文のとおり判決することとする。

(裁判官 大橋英夫)

<以下省略>

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