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名古屋地方裁判所 昭和52年(ワ)723号 判決 1981年3月09日

原告 尾関正

右訴訟代理人弁護士 浅井得次

同 加藤郁江

被告 山路武

右訴訟代理人弁護士 三宅厚三

被告補助参加人 津島瓦斯株式会社

右代表者代表取締役 神野哲久

右訴訟代理人弁護士 軍司猛

主文

一  被告は原告に対し、金一四〇万九九五五円及び内金一二〇万九九五五円に対する昭和五二年四月一〇日から、内金二〇万円に対する本判決確定の日の翌日から、それぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告の間に生じた分はこれを一〇分し、その七を原告の、その余を被告の各負担とし、参加によって生じた費用は参加人の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

(一)  被告は原告に対し、七二九万七八三〇円及びこれに対する昭和五一年二月一九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者らの主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

原告の長女尾関明美(以下、明美という)は、昭和五一年二月一八日午後九時頃、愛知県江南市大字古知野字古渡三九の四山路医院内寄宿舎浴室(以下本件浴室という)において入浴し、その際明美は同浴室脱衣場兼湯沸場に設置されていたガス瞬間湯沸器を使用したが、右湯沸器使用によりガスの不完全燃焼をきたし、一酸化炭素が室内に発生し、明美はこれを吸って意識不明となり、同日午後一〇時頃一酸化炭素中毒により脱衣場を出たあたりで死亡した(以下、本件事故という)。

(二)  被告の責任

被告には明美の死亡事故について、次のとおり労働契約に基づく債務不履行の責任があるから本件事故によって生じた後記の損害を原告に賠償する責任がある。即ち、

1 明美は、昭和四八年三月中学校卒業後直ちに住込見習看護婦として被告と労働契約を結び、前記医院(以下、本件医院という)内の看護婦寄宿舎(以下、本件寄宿舎という)に居住して、当初は看護婦見習として、約二年後には准看護婦の資格をとって看護婦として就業し、又その間江南高等学校の夜間部に通学していた。

2(1) 使用者は労働契約上その使用する労働者の生命、身体の安全を保護すべき義務を負い、使用者が寄宿舎を設置している場合には、寄宿舎の換気・採光・照明・保温施設について寄宿労働者の生命、身体の安全を保護すべく必要なる措置を講ずべき義務がある(労基法九六条)。

(2) 本件寄宿舎は、本件医院の三階にあり、本件浴室も同階にあった。右浴室内湯沸場にはパロマ製P一―一二〇型ガス大型瞬間湯沸器(以下、本件湯沸器という)が設置されていたが、被告としては寄宿舎に居住して入浴する被用者のガス事故を防止するために本件湯沸器の給気及び排気設備に関し、十分な設備と管理をすべき義務があった。

3 しかるに本件浴室の給気の設備は極めて不十分であった。

そこには、南側と西側に窓があり、東側廊下に面して出入口の扉があったが、これらを閉めた場合他に給気口の設備は全然なかった。本件浴室の給気のためには、廊下側出入口の扉の下部を通気可能な桟状にすればよく、これは極めて簡易にしかも僅かな費用でできることであったにも拘らず、被告はこれらの設備をすることを怠ったため本件事故を発生させた。

4 又湯沸器の排気設備についても、排気筒の取付不十分で、取付部に約一〇ミリメートル(以下ミリという)の隙があった上、排気筒も一八〇ミリ径のものを設備すべきところを一三〇ミリの径のものが設備されており、不完全であった。その結果排気が不完全となって本件事故発生の一因となった。

(三)  損害

1 逸失利益  六〇七万六二〇〇円

明美は、本件事故当時被告方に勤務し、一か月当り七万六〇〇〇円の賃金を得ていた。同女の一か月の生活費は三万五〇〇〇円であったから同女は月額四万一〇〇〇円の純益を得ていたことになる。同女は死亡時満一七才であったところ、本件事故にあわなかったとすれば、少くとも満六七才に達するまでの五〇年間就労し、前記の収入を取得しえたはずである。従って同女の得べかりし利益につきホフマン式計算方法により死亡時の現価を算出すると次のとおり一二一五万二四〇〇円となる。

41,000×12×24.70(ホフマン係数)=12,152,400

原告は明美の母稲垣光江とともに明美の右逸失利益の損害賠償債権を二分の一宛相続した。

2 葬儀費用       四〇万円

明美の父である原告は、葬儀を営み、その費用として四〇万円を支出したので、原告は同額の損害賠償請求権を取得した。

3 慰藉料       四〇〇万円

明美は死亡により精神的苦痛を蒙ったが、これを金銭に見積ると原告相続分は四〇〇万円となる。

4 弁護士費用      五〇万円

(四)  結び

以上により原告は明美の死亡により合計一〇九七万六二〇〇円の損害賠償債権を取得したが、労働者災害補償保険から遺族補償金等合計三六七万八三七〇円の支払を受けたので、これを控除した七二九万七八三〇円及びこれに対する履行期の後である昭和五一年二月一九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を被告に対し求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

(一)  請求原因(一)は認める。

(二)  同(二)のうち、冒頭の被告が本件事故につき債務不履行の責任があるとの主張は争う。

1は認める。

2(1)のうち労基法九六条が直接適用されるとの点を否認し、その余の事実は認める。労基法所定の「事業付属寄宿舎」とは、常態として相当人数の労働者が宿泊し、共同生活の実態を備え、共同生活の場所が独立又は区画された施設をいうのであるから、本件医院三階の看護婦の住込部屋の如き場所はこれに当らない。

2(2)は認める。

同3、4は否認する。

(三)  同(三)のうち、明美の本件当時の給料が一か月につき七万六〇〇〇円であったこと、死亡当時明美が一七才であったことを認め、その余の事実を否認する。

(四)  同(四)のうち、原告が労災保険から原告主張の給付を受けたことを認め、その余は争う。

三  被告の抗弁

(一)  免責

1 被告は昭和四二年扶桑建設株式会社(以下扶桑建設という)に請負わせて、現在の鉄筋コンクリート造三階建山路医院建物を建築した。被告は右建物の三階を看護婦の住込部屋とし同階に浴室を設置する計画をたてていたので、同社にそのことを相談したところ、同社は三階に浴室を作るならばガス風呂にする外ない旨答えたので、それを了承し、その設備を同社に注文した。そして湯沸器の設置及び設置場所並びに型、ガス消費量等も全く指示せず一任し、請負代金も他の工事に含めて一括支払した。

2 そして扶桑建設の注文により、一般ガス事業者である参加人が本件湯沸器を販売し、排気筒を含め参加人が取付けた。

本件湯沸器の型、ガス消費量の大小、設置場所、設置方法等は参加人が専門的立場においてその知識経験により、浴室の広さ、構造等に応じ、決定、設備したものである。

3 被告は右の如く、世間的に十分信用のある参加人から、本件ガス湯沸器を購入し、かつ同社が取付けたものを全面的に信用し、その後同社から継続的に都市ガスの供給を受け、住込看護婦らに本件ガス湯沸器を使用させていた。

4 ガス事業者に対しては、ガス事業法四〇条の二において、消費機器の使用者に対しガスの使用に伴う危険の防止に関し必要事項の周知義務と、消費機器の調査義務を負わせ、更に供給するガスによる災害が発生し又は発生するおそれがあることを自ら知ったときは速かにこれに対する措置をとるべき義務を負わせており、同法施行規則八三条、八四条は右周知、調査義務の具体的内容を規定している。

5 被告は参加人から本件ガス湯沸器の調査を受けたが、その際同社から、本件ガス湯沸器を使用する時は窓を開けて使用する様に、との注意を受けたのみで、その他の注意を受けていない。

その際本件ガス湯沸器の設置してある脱衣場兼湯沸場には、給気口の設備はなかったが、参加人から給気口を設備せよとの注意はなかったし、参加人もガス事業法四〇条の二第四項後段の措置として給気口の設備をしなかった。

即ち参加人は、給気口の設備はなくても窓を開けて使用すれば、災害の発生するおそれはないものと断定したのである。

そうであるから、ガスの使用に伴う危険の発生防止について専門の知識、経験に乏しい被告としては、参加人の法令に基づく特別の調査の結果の指示ないしは注意に従い、看護婦(見習及び准看を含む以下同じ)を住込ませるときに、入浴の際の注意として、必ず西側か南側の窓を開けて入浴する様に、入口の扉には鍵をかけないこと、二人一緒に入浴すること、なるべく早い時間に入浴すること等の指示、注意を与えるに止まったのである。右の点については、その後もしばしば被告自身或いは看護婦長森山律子(以下森山という)を通じ同様な指示、注意を与えてきた。

その結果住込看護婦の交替はあったが、住込看護婦らは、被告及び森山の右指示、注意を守って入浴時には窓を開けて入浴したため、本件事故時までの一〇年の間ガス事故は一回も起らなかった。

6 本件排気筒の大きさと本件浴室の窓の大きさを比較すれば、本件浴室においては一か所の窓を約一〇センチも開いておけば給気は十分である。

7 本件事故時本件浴室は、入口の扉は閉めて内部から鍵がかけられ、本件ガス湯沸器は点火されてガスが燃焼していた。西側及び南側の窓は完全に閉められ、換気扇も動いておらず、室内は完全な密閉状態で空気の流通は全然なかった。

8 明美は浴槽から出た後使用した湯を全部流し、後に入浴する同僚のため本件ガス湯沸器に点火して浴槽に注湯していた。

9 右の事実よりみると、明美は完全に密閉された全然空気の通わない本件浴室内で、唯一人で相当長時間にわたり、ガスを燃焼させていたことは明白である。即ち本件事故は全く明美の一方的な過失によって惹起されたものであるからその責任は全部明美にある。

(二)  過失相殺

前記のように完全に密閉された室内で、長時間にわたりガスを燃焼させるときは酸素欠乏により不完全燃焼をきたし、一酸化炭素中毒を起すおそれのあることは一般人に顕著な事実である。

明美は満一七才の若年とはいえ、准看護婦の資格をえて医学的知識経験を備えていた者であるから右の事実を十分認識していた筈であり、しかも昭和四八年三月本件医院三階に住込んで以来満三か年の間毎日右浴場で入浴し、本件ガス湯沸器の使用には習熟しきっていた者である。

又酸素欠乏によるガスの不完全燃焼は急激に起るものでなく、徐々に起るものであるから、その間気分が悪くなる、頭が痛くなるということがあるので、その際本能的にも注意し、窓を少しでも開けば、本件事故は起らなかった。しかるに明美はこれらの注意をしなかった。

しかも被告及び森山から、常々、入浴の際には、必ず入口の扉には鍵をかけないでおくこと、窓を開けておくこと、などの指導、警告を受けていたのであるから、それに従っていれば、本件事故は起らなかった。しかるに明美はそれにも従っていなかった。

以上の如く、本件事故については明美にも重大な過失がある。

(三)  填補      六二万八八二七円

被告は原告に対し本件損害賠償の内金として弔慰金名下に五〇万円、退職金名下に一〇万円(病院の規約では支給しないことになっている)を支給した。又死亡した月の給料一か月分を支給したので二月一九日以降の分二万八八二七円(76,000×(1-18/29))は本件損害賠償の内金に充当されるべきである。

四  請求原因に対する補助参加人の主張

本件湯沸場に設置した本件湯沸器は、昭和四二年頃参加人が取付たものであるが、右湯沸器自体には何等構造上の欠陥はない。

(一)  右ガス湯沸器の排気筒の取付部分に一〇ミリ位隙間があり、又排気筒の直径が一八〇ミリとすべきところ、一三〇ミリとなっていたが、右排気は完全に行われており、排気が不完全であったという事実はない。

(二)  仮に排気が多少不完全であったとしても、本件事故は酸素の不足(給気の不完全)によるガスの不完全燃焼による一酸化炭素中毒により発生したものであり、右排気が不完全であったことと事故の原因とは全く関係がない。

(三)  本件事故を防止するための注意は、使用者である明美においてなすべきことである。

五  被告の抗弁に対する原告の答弁

(一)  抗弁(一)を否認する。

仮に窓を開ければ給気設備に代替しうるとしても、寄宿看護婦は若年の女性達であり、脱衣する部屋の窓を開放することには心理的に抵抗があるうえ、窓を開放することにより脱衣場に戸外の冷たい風が吹き込むことは避けられないため、特に冬は窓を開放しにくいことは容易に推認できるところであり、窓を開放すること自体無理がある。仮に窓を開けるよう指示するとしても、ことは寄宿看護婦らの生命に直結する問題であり、又同女らの中に明美の如き未成年の若年労働者もまじっていたのであるから、被告は同女らに対し入浴の際の窓の開放の必要性について十分に周知理解させるは無論のこと、この指示を守らせるための監督指導体制をとるべき労働契約上の義務があった。しかしながら、本件寄宿舎の管理責任者は被告の妻であるが、直接には看護婦長の森山が寄宿看護婦に対する監督にあたっていた。しかし森山は自宅通勤で本件寄宿舎で生活しておらず、寄宿看護婦の入浴などについては十分な監督指導ができない状況にあり、被告や妻も本件医院と別棟で生活していて、寄宿看護婦が入浴の際窓の開放をしているか否か確認まではしていないのであって、監督指導体制は不十分であった。窓を開放して入浴するようにという指示自体も被告と森山とで指示内容の証言が異り、安全保護上最少限どの窓をどの程度開放することが必要なのかについて、被告や森山に十分な認識があったか否かすら疑わしく、未成年の若年労働者を含む寄宿看護婦に対し、窓の開放の必要性を周知理解させるに十分な指示がなされたかについては極めて疑わしい。

(二)  抗弁(二)を否認する。

(三)  抗弁(三)は認める。

第三証拠関係《省略》

理由

一  事故の発生

請求の原因(一)は当事者間に争いがない。

二  責任原因

(一)  前認定の事実に、《証拠省略》を併せ考えると以下の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  明美は昭和四八年三月中学校卒業後、住込見習看護婦として被告と労働契約を結び、被告の経営する本件医院で働き寮として被告が貸与していた被告方三階の一室に居住して看護婦学校に通い、二年後に准看護婦の免許を得た。その間定時制高校にも通っていた(以上の事実は当事者間に争いがない)。被告は建物建築を扶桑建設に請負わせ、昭和四二年二月鉄筋コンクリート造三階建山路医院建物(本件建物)を建築した。その際被告は三階を看護婦の住込部屋とするつもりでその部屋とガス風呂付の浴室を作ることを注文したが、細かい設計や湯沸器の設置等は全て同社に一任した。扶桑建設は、参加人から本件湯沸器を購入し、参加人がこれを本件浴室内の湯沸場に取付け、建物完成後被告に引渡した。

被告は本件建物完成後一階を診療室関係、二階を入院病室、手術室、炊事室及び食堂、三階を寮として使用し、三階に住込従業員室三、通勤者着替え室一、休養室一を設け、看護婦を住込ませてきたものであるが、本件事故時は看護婦三名が右建物内で起居寝食等を共にし、同女らは本件浴室で、毎日の如く本件ガス湯沸器を使用して入浴していた。その外には近くに住む看護婦長の職にあった森山が入浴するのが主であり、他の通勤従業員や別棟に住む被告及びその家族らは、本件浴室を使用していなかった。

2  本件浴室は浴槽のある部分(東西一・六メートル、南北一・二メートル、高さ二・五八メートル)とこれに南側に沿って隣接する脱衣場に利用される部分で湯沸器が設置されている所(東西一・八メートル、南北一メートル、高さ右同)、及び更にその南側及び東側に接する流し台、ガス台が置いてある炊事場部分(湯沸場及び炊事場を含め東西二・八メートル、南北二・八八メートル、高さ右同)から成立っている。

そして浴槽のある部分と脱衣場兼湯沸場との間には片開き扉が設けられ、脱衣場兼湯沸場と炊事場とは仕切り壁で仕切られ(一部分が開放)ている。また浴室の東側には廊下があり、炊事場から廊下に通じる出入口には巾〇・八メートルの木製(上部にガラスはめ込み)扉が設置されている。そして、浴槽部分へ通じる扉にも、また廊下へ通じる扉にも、通気口は開けられていない。

本件湯沸器はパロマ製P一―一二〇型ガス瞬間湯沸器インプット時間当り四三二〇〇キロカロリー(以上の点は当事者間に争いがない)であるが、脱衣場北側壁上に西端より約一メートルのところに取付られ、壁を貫いて給湯管が浴槽に通じている。右湯沸器の燃料は参加人から供給される都市ガスである。ガス燃焼による排気ガスを直接屋外に排出する装置として排気筒が取付られている(その取付は扶桑建設によってなされた)。右排気筒の取付は不十分で取付部に約一〇ミリの隙があった。又排気筒の径も一八〇ミリ径のものを設備すべきところ一三〇ミリ径に一部縮少され設置されていたためドラフト(排気筒内の排気の圧力)が不十分であった。浴室には本件事故時特に給気口として設けられたものはなく、換気設備としては浴槽のある部分内西側にある小窓上下二個、炊事場西南隅の上部にある換気扇一個、同西側と南側の窓各一個であった。

3  明美は本件事故当日、被告医院での勤務終了後江南高校定時制の授業を受け、午後八時半過ぎに寄宿舎に帰って来た。そして午後九時頃一人で本件浴室で入浴した。ところが暫くしても出てこないので、同僚の看護婦が見に行ったところ浴室入口扉には鍵がかかっていて、呼んでも返事がなかったので被告に連絡し、不審に思った被告が合鍵を使って浴室内に入ったところ、明美が倒れているのが発見された。そのとき湯沸器のガスは燃焼中で、浴槽の方に本件湯沸器から熱湯が送られていて、その湯が浴槽からあふれていた。明美は湯上り後、ネグリジェを着て炊事場に倒れていたが、当日最初に風呂に入ったもので、入浴後に使用した湯を全部落して次に入る者のため湯を入れなおしていたものと思われる。

本件事故時浴槽上の窓の下側が一つ開いていたのみで換気扇は回っていず、炊事場の窓は何れも閉じられていた。浴室から廊下に通じる出入口の扉も前記の如く閉められ、明美によって内側から鍵がかけられていた。

以上の如く、浴室はほとんどの窓が閉められていて、僅か浴槽のある部分の小窓一個が開けられていたに過ぎず、浴槽出入口の扉にはばまれ通気は不完全で、その他に給気設備もなかったことから、新しい空気の取入れがなく、その結果酸欠が起り、ガスが不完全燃焼したため一酸化炭素が発生し、明美が知らずにこれを吸入したものである。事故発見後医師である被告は他の看護婦とともに懸命の蘇生術を施したが明美は同日午後一〇時頃中毒死が確認された(この点は当事者間に争いがない)。なお事故後参加人によって本件湯沸器の燃焼試験が行われたが器具自体には欠陥はなかった。

(二)  以上の認定によると、被告は、本件建物三階(一部二階を含む)を住込看護婦の寄宿舎として整備し、当時三名の看護婦を居住させ、同女らは同場所で起居寝食等を共にする共同生活を営んでいたこと、右寄宿舎は労働契約に基づく看護婦からの労務の提供及び使用者の受領を容易ならしめるための施設であり、これがないとすれば、被告の診療事業にとって必要な看護婦の確保が容易でなく、また入院患者の看護や早朝若しくは夜間の業務は著しく困難となると考えられるから、被告の事業経営の必要上その一部として設置せられた施設ということができる。(被告は、本件寄宿舎は労基法で規制の対象となっている寄宿舎に当らないと主張する。本件では、直接同法の適用の有無が問題となっている訳ではないが、右認定によると、事業附属性と共同生活性がともに認定できるので、一応同法にいう寄宿舎の実態を有していたとみられる)ところで使用者は、労働契約に基づき労働者から労務の提供を受けるため提供した場所、施設若しくは器具等の設置管理に当って、労働者の生命及び健康を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っており、右は労働契約に付随する信義則上の義務と解されるところ、そのような義務を肯定する以上、右提供した場所又は施設とは、労働それ自体が行われる場所、施設に限らず、労務の受領を容易ならしめるための事業に附属する寄宿舎の如き場所、施設をも含むと解するを相当とする。本件において被告は、本件寄宿舎を右の如き趣旨で労働者に提供しているのであるから、その設置、管理に当っては、居住者の安全を配慮する義務があるものというべく、寄宿舎が主として勤務時間外に利用されること等を理由に、使用者の右義務を消極に解することはできない。なお使用者の安全配慮義務は労働契約に付随して生ずるものであり、労働契約が継続する限り、日々継続して履行されなければならない性質の義務であると解すべきである。

そこで本件事案のもとで被告に課せられた安全配慮義務の具体的内容につき判断するに、本件寄宿舎に設備された浴室にはガス湯沸器が設置されているから、入浴のためガスを燃焼させるには新鮮な空気を必要とし、自動的給気装置、若しくはこれに代る人為的給気管理を必要とすることは当然である。すると被告は、入居者の安全のため、本件浴室に、ガス湯沸器を点火する際、格別の動作を必要としないで自動的に空気が供給されるいわゆる給気口を設置する義務、若しくはこれに代る設備又は管理をする義務を負っていたといわねばならない。

(三)  被告は建築業者又はガス業者を信用していたところ、右業者からの指示はなかった、従って本件浴室に給気口を設置する義務はなかったと主張するので以下この点につき判断するに、《証拠省略》を総合すると、つぎの事実が認められる。

参加人は、ガス事業法に定める一般ガス事業者で、ガスを供給するかたわらガス用品を販売することを業とするところ、昭和四二年に被告から本件建物の建築を請負った扶桑建設の発注に基づき、本件ガス湯沸器を売渡し、これを本件浴室湯沸場に取付けた。扶桑建設は、右取付けられたガス湯沸器排気孔に排気筒を接続し、屋外へ排気できるように工事をし、完成後被告に引渡したが、給気口は設けなかったし、その必要を被告に告知しなかった。当時のガス事業法ではガス事業者又はガス用品の販売業者に対する給気口設置に関する義務規定はなかったので参加人もその際、被告又は扶桑建設に対し、給気口の設置が必要である旨を告知しなかった。その後昭和四五年四月にガス事業法が一部改正され、同法四〇条の二において、ガス事業者に対し、ガスの消費機器を使用する者に対する危険発生の防止に関する必要事項を周知させる義務、消費機器が省令で定める技術上の基準に適合しているかどうかを調査する義務、適合していない場合に、基準に適合するようにするためにとるべき措置等を通知する義務が課せられ、昭和四八年に至り給気口が右省令で定める基準の中でとり上げられ(ガス事業法施行規則八五条四号)必要な設備として定められた。そこで参加人は、本件湯沸器について昭和四八年に右規定に基づく調査を行った。その結果給気口が設備されていないことが判明したので本件浴室について、給気口を新設することまで言及しなかったが、窓を開けて使用するように指導した。そのほか参加人は、大型湯沸器の使用者に対し年二回パンフレットを配布し、又検針表の裏面に取扱いについての注意を記載し、主に排気関係の注意事項の周知に努めた。

以上認定事実によると、被告は本件湯沸器を、請負人である扶桑建設が参加人に設置させた状態で、建物建築の注文者として取得したに過ぎず、当時、建設業者からも、ガス事業者、ないしはガス用品販売業者からも給気口の設備が必要である旨を告げられていないことが明らかであるが、ガスの燃焼には相当量の酸素を必要とすることを考えると、右各業者からの告知がなくとも、一旦引渡を受けた後は、自己の所有物として調査、点検をしたり、使用状況を把握することは可能であって、長年継続して使用することによって湯沸器のガス燃焼の実態や本件浴室の換気機構は十分理解できたはずである。ことに被告は、労働契約に基づく寄宿舎の提供者として、生命の危険が発生しないよう日々十分に配慮すべき義務があるのであるから給気機構の必要性につき認識は可能であったといわねばならない。のみならず昭和四八年に至って参加人から調査を受け、その際窓を開けて使用するように指導された時点において被告は給気の必要を知ったことは明らかであって、専門の業者を信用していた、そしてこれら業者から特に指示はなかったという理由で少くとも事故発生当時、被告の給気口の設置又はこれに代る措置をする義務を否定することはとうていできない。

(四)  つぎに被告は入居者に対し、窓を開けて使用するよう注意をしていた旨主張する。そして本件浴室内には数ヶ所に窓がありまた換気扇も設置されていたことは前認定のとおりである。そこで被告が本件湯沸器を点火するときは、必然的に窓を開けるという態勢になるよう入居者を指導し、そのように浴室を管理していたか否かにつき判断する。

《証拠省略》によると、つぎの事実が認められる。

1  本件寄宿舎の使用に関する指導、監督の最終責任者は被告であるが、被告はこれを妻に一任し、同女は看護婦長森山律子を介して入居看護婦の指導、監督をしていた。もつとも被告自身も個別的に指導、監督していた。

2  被告は、看護婦が本件寄宿舎に入居する際、口頭で本件寄宿舎の使用に関し一般的に説明し、その中で、浴室を使用するときは、窓を開けるとか換気扇を回すこと、一人づつではなく、二、三人一緒に入ること、夜遅くならないように、早い時間に入ること、浴室入口の扉には鍵をかけないことなどを指示した。またその後一年に一回位の割合で、また気付いたときはその都度同旨の注意をし、森山も被告の妻の指示に基づき、或いは自ら気付いたときはその都度右と同様の事項について注意を与えていた。明美は他の看護婦とともに右とほぼ同様の説明ないしは注意を受けていた。

3  しかし以上の説明ないし注意は、に関しては排気又は湯気がこもって息苦しくなるし、室内が湿気を帯びるからという理由、、はガス又は時間の節約、或いは夜遅く入ると他人に迷惑をかけるからという理由、は浴室内炊事場にある冷蔵庫の中のものが取出せないという理由を付しての説明であり、いずれも生命に対する危険を説示し、それを回避するため協力を求めるという趣旨が明確に表わされていたものではなかった。森山の注意は、そのようにしないと自分自身が被告の妻から叱られるという言い方で叱責に近いものであった。そのため入居者はこれを完全に守らず、中でも明美は、森山の注意に対して明らかに反発する態度を示した。入居者全般についてみてもに対しては不完全或いは不規則にしか守られていなかったようであり、、、についてはほとんど守られていなかった。なお窓については、被告は西側か南側の何れかの窓を開けるように指示し、森山は浴槽の上の窓は必ず開けること、それに加えて洗面所に近い西側の窓も開けるように指示したといい、窓の特定は不明確であった。明美は本件事故当時浴槽の上の窓を開けて入浴していたことは前認定のとおりであり、右指示に一部なりとはいえ従ったにも拘らず事故に遭っている。

なお被告及びその妻は本件寄宿舎のある建物とは別棟に住み、森山は通勤者であって、勤務時間終了後は本件寄宿舎内には責任者はいなくなり、浴室の使用状況は、被告らによって十分に確認されていたとはいえない。

右事実によると、被告は自ら、又は第三者をして入居看護婦の指導、監督をしていたことが認められるのであるが、湯沸器使用時に窓を開けるという点についての指導、監督は、被告の前記安全配慮義務の履行としては不十分であったといわねばならない。即ち被告の指導内容は前記の如く生命の危険に対する説示が不十分でしかも窓の特定に欠け、更に入浴中窓を開けるとか、二、三人共に入る、入口の鍵をかけるななどの注意と一括して行われていて、年若い女性の心理的抵抗ないし反発を買う要素を含んでいたため口頭による注意としてはもともと実効性に疑問のあるものであった。従って、被告としては、漫然口頭による指導を続けることをやめ、入居心得、或いは寄宿舎規則的なものを作成するとか、湯沸器近辺に警告文を掲示するなど客観性を持たせた指導方法をとる時期に至っていたと認められるのである(事故前に湯沸器に注意のラベルが貼ってあった事実は認められない)。被告には前述の如く給気口を設置する義務があると解されているのであるから、このような物的設備を設置する義務の履行にかえて、入居者の指導監督をすること、即ち窓を開けるということで同一の目的を達成せんとするには、右物的設備に代替できる程度に、客観的且つ確実に人的管理が行われていなければならない。従ってかかる観点から判断すると、被告の行ってきた明美ら入居者に対する指導、監督は、右物的設備を備える義務の代用としては不十分であったといわねばならず、本件において被告は明美に対する前示安全配慮義務を完全に履行したとは認められない。

(五)  なお前認定によると、本件寄宿舎では過去約九年間にわたり、ほぼ毎日入居者によって入浴が行われていたが、本件事故発生まで一回も本件類似の事故の発生がなかったことが認められるが、これをもって被告の指導、監督が十分に徹底し、ガス使用時には例外なしに窓を開けていたと推定することはできない。浴室の窓が開いていないときが時折あったことは被告自身確認したことがある(被告本人尋問結果)からである。ガスの不完全燃焼は使用状況や気象条件によって発生の確率が異なると解されるから、過去に事故の発生が無かったことから、本件について安全配慮義務の履行があったと推論することはできない。そのほか被告が右義務を履行したことを認める証拠はない。

(六)  過失相殺

ところで本件事故は給気設備の不十分さから生じたものではあるが、明美は再三にわたり被告又は看護婦長から注意を受けていること、本件湯沸器の使用中に酸素欠乏による一酸化炭素中毒を起すおそれのあることは予見可能であったこと、当時浴室の空気の異常に気付き、着衣後少し窓を開けるとか、湯沸器の燃焼を一時やめるとかすることにより本件事故を防ぐことができたものと認められることなど明美にも相当の過失が認められるので後記損害の認定の際に斟酌することとする。

なお原告は、若年の女性に浴室の窓を開けることを期待するのは困難である。冬季に窓を開けること自体無理であると主張するが、身体が確認できる程度まで開放する必要はなく僅かの隙間でも条件は好転したはずである。最少限排気筒の有効断面積と同一面積の空間でよい(ガス事業法施行規則八五条四号参照)と解されるから高さ九〇センチメートルの窓であれば僅か三センチメートル程開ければよく、この程度の窓の開放に、右主張の如き支障はないと考えられるし、また着衣後ならば窓を多少開けることも差支えないものと認められるので右主張は採用できない。

三  損害

原告の損害は次のとおりと認められる。

(一)  明美の逸失利益分 一九五万三六六三円

1  明美が本件事故当時被告方に勤務し、一か月当り七万六〇〇〇円の収入を得ていたこと、死亡当時満一七才であったことは当事者間に争いがないから、本件事故にあわなければ少くとも以後五〇年間にわたり稼働し、毎月七万六〇〇〇円以上の収入をあげえたものと推認される。そこでこれを基礎にして生活費として二分の一を控除しホフマン式計算方法により死亡時の現在価値を算出すると次のとおり一一二六万四〇六六円となる。

76,000×(1-1/2)×12×24.7019=11,264,066

2  《証拠省略》によれば、原告は明美の父として右逸失利益の損害賠償請求権の二分の一を相続したことが認められるところ、原告は労災保険から遺族補償金等合計三六七万八三七〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないからこれを控除すると一九五万三六六三円となる。

(二)  葬儀費用 三〇万円

《証拠省略》によれば、原告は明美の死亡により葬儀を行い葬儀費として三〇万円を要したことが認められる。

(三)  慰藉料 三〇〇万円

死亡した明美の精神的損害を慰藉するためには、前認定の諸事情(明美の過失は一応除く)その他諸般の事情を考えると六〇〇万円となるから原告の相続分は三〇〇万円が相当と認められる。

(四)  過失相殺

してみると本件事故による原告の損害賠償債権は五二五万三六六三円となるところ、前に認定した明美の過失を斟酌すると被告は原告に対し、右金額の三五パーセントに当る一八三万八七八二円を賠償すべきものと判断される。

(五)  損害の填補 六二万八八二七円

右金額が本件損害の内金として充当せらるべきことは当事者間に争いがないので、前項の金額からこれを控除すると一二〇万九九五五円となる。

(六)  弁護士費用 二〇万円

弁論の全趣旨によれば原告は本訴追行を原告訴訟代理人らに委任し相当額の報酬を支払うことを約していることが認められるところ、本件事案の内容、審理の経過、認容額等を考慮すると原告が被告に負担せしめうる弁護士費用相当分としては二〇万円が相当である。

四  以上の次第で被告は原告に対し、一四〇万九九五五円及び内一二〇万九九五五円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五二年四月一〇日から、内弁護士費用分二〇万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をする義務があること明らかである。

よって右の限度で原告の請求は理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九四条後段を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 佐藤壽一 福崎伸一郎)

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