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名古屋地方裁判所 昭和52年(行ウ)37号 判決 1981年3月09日

愛知県犬山市大字羽黒字高橋郷四七番地

原告

長谷川清康

同所同番地

原告

長谷川弥希子

右原告ら訴訟代理人弁護士

竹下重人

右原告ら訴訟復代理人弁護士

桑原太枝子

愛知県小牧市小牧一九五〇番地

被告

小牧税務署長

石川新三郎

右指定代理人

横山静

大山守

梅村石雄

成瀬元久

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

(原告ら)

一  原告らの昭和四九年分所得税について、被告が昭和五〇年一二月一六日付でなした各更正処分を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

(被告)

主文同旨の判決。

第二主張

(原告ら)

請求原因

一  本件課税処分の経緯

1 確定申告

原告長谷川清康(以下「原告清康」という。)及び原告長谷川弥希子(原告清康の妻、以下「原告弥希子」という。)は、昭和四九年分所得税について、昭和五〇年三月一五日別表一及び二の「確定申告」欄記載の額をもって、被告に確定損失申告書及び確定申告書を提出した。

2 更正及び賦課決定処分

被告は、昭和五〇年一二月一六日付で、原告らに対し、別表一及び二の「更正及び賦課決定」欄記載のとおり、更正(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分をなした。

3 異議申立及び異議決定

原告らは、本件更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を不服として、昭和五一年二月一〇日被告に対して異議申立をなしたが、被告は同年五月一二日右異議申立を棄却する決定をなした。

4 審査請求及び裁決

原告らは、右異議決定を不服として、昭和五一年六月九日訴外国税不服審判所長に対し審判請求をなしたところ、同審判所長は、昭和五二年七月七日棄却の裁決をなし、同年九月二一日付をもって原告らに通知した。

二  本件更正処分の違法性

1 被告のなした本件更正処分は、原告清康については申告にかかる事業所得の損失金額はなかったものとし、株式配当金による配当所得については原告弥希子のそれとを合算することをその内容とし、原告弥希子については株式配当金による配当所得を原告清康の所得に合算する一方、原告弥希子において原告清康を控除対象配偶者とすることを否定したものである。

2 しかしながら、原告清康の事業所得の損失を否認したことは違法であり、原告清康につき純損失の存在が是認されるべきである以上、原告らの配当所得の合算課税、原告弥希子の配偶者控除の否認も違法であるから、本件更正処分はいずれも違法であって、取消されるべきである。

(被告)

請求原因に対する認否

請求原因一1ないし4、二1の事実はいずれも認める。

同二2は争う。

被告の主張(本件更正処分の適法性)

一  原告清康に対する課税処分について

1 原告清康は、訴外株式会社三晃商会(本店所在地名古屋市中区栄一丁目二九番二三号、以下「三晃商会」という。)及び訴外中央ゴム工業株式会社(本店所在地春日井市春日井町和光院三一番地、以下「中央ゴム工業」という。)の代表取締役である。

2 原告清康は、昭和四九年九月一日から同年一二月三一日までの訴外丸村商事株式会社(本店所在地名古屋市中区錦三丁目一一番二六号、以下「丸村商事」という。)で行った商品先物取引による損失額を事業所得金額の損失額として、昭和四九年分所得税青色申告決算書に別表三「事業所得としての申告額」欄のとおり記載して申告した。

3 しかしながら、被告の調査によると、本件係争年分の右商品先物取引の損失額は、別表三「雑所得としての被告主張額」欄のとおり、六二、一六四、八〇〇円であり、後記三に詳述するとおり、右損失額は、事業所得金額の計算上生じたものではなく、雑所得金額の計算上生じたものと認められる。

なお、被告は原告清康が昭和四八年分の丸村商事で行った商品先物取引による所得金額一、四二九、〇〇〇円を雑所得金額として本件係争年分と同日付(昭和五〇年一二月一六日付)で更正したが、原告清康は右更正については争っていない。

4 右雑所得金額の計算上生じた損失額六二、一六四、八〇〇円は、所得税法六九条の規定により損益通算の対象とならないため、総所得金額の算定にあたっては「〇」として、総所得金額を計算することになり、原告清康の本件係争年分の総所得金額は一二、七七四、三〇〇円(内訳給与所得金額一〇、六七四、三〇〇円、配当所得金額二、一〇〇、〇〇〇円)となる。

5 その結果、原告清康は、所得税法九六条に規定する主たる所得者に、また、原告弥希子は、合算対象世帯員に該当することになり、原告清康が納付すべき所得税額の計算は所得税法九七条一項の規定が適用され、別表一の「更正及び賦課決定」欄のとおりとなる。

6 なお、原告清康の資産合算所得のあん分税額三、八六九、六七三円(別表一の「四 算出税額」欄の(12))の計算根拠は次のとおりである(所得税法九八条一項一号適用)。

(1) 合算される所得金額 一四、二七四、三〇〇円

右金額は、原告清康の配当所得金額二、一〇〇、〇〇〇円、給与所得金額一〇、六七四、三〇〇円の合計額一二、七七四、三〇〇円に、合算対象世帯員である原告弥希子の資産所得すなわち、配当所得一、五〇〇、〇〇〇円を加えたものである。

(2) 課税総所得金額 一三、七九八、〇〇〇円

右金額は、前記(1)の金額から原告清康の所得控除額四七五、五〇〇円を差引いた額である(一、〇〇〇円未満切捨て)。

(3) 課税総所得金額に対する税額 四、四七九、六三六円

右金額は、所得税法八九条(昭和四九年法律第一五号による附則三条三項適用)を適用して前記(2)の金額に昭和四九年分の税率四八・二パーセントを乗じ、その額から二、一七一、〇〇〇円(昭和四九年分の所得税の簡易税額表)を控除した額である。

(4) 合算所得税額 四、二九九、六三六円

右金額は、前記(3)の金額から、配当控除額一八〇、〇〇〇円を差引いた額である。

なお、配当控除額一八〇、〇〇〇円は、所得税法九二条一項三号に基づき、原告清康の配当所得金額二、一〇〇、〇〇〇円と、原告弥希子の配当所得金額一、五〇〇、〇〇〇円の合計額三、六〇〇、〇〇〇円に五パーセントを乗じた額である。

(5) 原告清康の資産合算所得のあん分税額 三、八六九、六七三円

右金額は、前記(4)の金額から、合算対象世帯員である原告弥希子の資産合算所得のあん分税額四二九、九六三円を差引いた額である。

7 よって、原告清康に対する本件更正処分は適法である。

二  原告弥希子に対する課税処分について

1 原告弥希子は、三晃商会の取締役であり、原告清康の妻である。

2 原告清康の所得金額は、前記のとおり、一二、七七四、〇〇〇円であり、原告弥希子には配当所得一、五〇〇、〇〇〇円があるため(その他弥希子には給与所得二、六〇〇、四〇〇円がある)、原告弥希子は所得税法九六条の規定により、合算対象世帯員となり、原告弥希子が納付すべき所得税額の計算は、所得税法九七条一項の規定が適用され、別表二の「更正及び賦課決定」欄のとおりとなる。

3 なお、原告弥希子の資産合算所得のあん分税額四二九、九六三円(別表二の「四 算出税額」欄の(13))の計算根拠は次のとおりである(所得税法九八条二項二号イ適用)。

原告弥希子の資産合算所得のあん分税四二九、九六三円は、前記一6(4)によって計算された合算所得税額四、二九九、六三六円に一〇〇分の一〇を乗じてあん分して計算した額であり、また、右割合は主たる所得者原告清康の総所得金額一二、七七四、三〇〇円と、合算対象世帯員原告弥希子の資産所得金額一、五〇〇、〇〇〇円を加えた額一四、二七四、三〇〇円(前記一6(1)の合算される所得金額に同じ)に対する合算対象世帯員原告弥希子の資産所得金額一、五〇〇、〇〇〇円の割合一〇〇分の一〇を乗じてあん分した額である(所得税法施行令二三二条)。

なお、合算対象世帯員である原告弥希子の算出税額は、右あん分税額四二九、九六三円と別表二の「四 算出税額」欄の(12)の金額二八三、五二〇円とを合計した金額七一三、四八三円である(所得税法九八条二項二号)。

4 よって、原告弥希子に対する本件更正処分は適法である。

三  商品先物取引により生じた損失額が雑所得金額の計算上生じたものである根拠について

1 所得税法二七条一項によれば、事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいうとされ、また同法施行令六三条は、事業の範囲を、農業、林業、及び狩猟業、漁業及び水産養殖、鉱業(土石採取業を含む。)、建設業、製造業、卸売業及び小売業(飲食店業及び料理店業を含む。)、金融業及び保険業、不動産業、運輸通信業(倉庫業を含む。)、医療保健業、著述その他のサービス業、「前各号に掲げるもののほか対価を得て継続的に行なう事業」と定めている。

しかしながら、所得税法は、事業所得の基因となる事業の定義について明文の規定を設けていないが、その法意から、事業とは社会通念上「事業」と認められるものを総称するものであると一般に解されており、対価性と継続性のほかに事業としての社会的客観性を要するものとされている。

2 原告清康の行った商品先物取引が、令六三条一号ないし一一号の各号に該当しないことは明らかである。そこで、原告清康の右取引が令六三条一二号の「対価を得て継続的に行なう事業」に該当するか否かについて考察する。

原告清康の行った商品先物取引が令六三条一二号にいう「対価を得て継続的に行なう事業」かどうかは、結局のところ、一般社会通念に照らして決するほかないと考えられるが、その判断に際しては、単に取引の営利性、有償性、継続性、反覆性の有無のみならず、取引そのものが事業としてなじみうるか否か、取引の目的、取引における自らの企画遂行性の有無、取引のための人的物的設備の有無、取引資金の調達方法、取引に費した精神的、肉体的労力の程度、その者の職業(経歴)、社会的地位など事業としての社会的客観性があるかどうか検討しなければならない。

3 原告清康の行った商品先物取引は、次に述べる諸事実から社会通念上事業とはいえない。

イ そもそも事業は、その事業自体のうちに、事業存立の経済的基礎をなす経常的な収益の方途が機構的に保証されて、はじめて自立的存立が可能となる。しかるに、商品先物取引は、商品先物市場における相場の急激な変動を利用して、売買差益を利得する機会をもつという極めて投機性の強いものである。そのために収益性も極めて低く、それを行っている者の大半が損失に終っている。原告清康も、商品先物取引において昭和五〇年は一四、七四八、二八三円、昭和五一年は三七、〇九五、五〇〇円、昭和五二年は一九、三八六、八〇〇円の損失を計上し、これを事業所得の欠損として申告している。

このように、所得の発生が偶発的、投機的である商品先物取引は、特段の事情がないかぎり、事業存立の基礎を欠くものであって、事業所得を生ずべき事業には、なじみ難い。およそ経済人としては、利益を得るか損失を蒙るかわからないような不安定な投機的行為を業とすることは通常考えられないことである。

従って、業者でない者の行う商品先物取引が所得税法上の「事業」に該当すると認められるためには、単にその行為を反覆かつ継続するのみをもっては足りず、その者の職業上、経験上から、当該取引行為が社会的客観性ないし社会的妥当性が何人によっても承認されて、「事業」と認識されうるだけの特段の事情と具体的実体を備えていなければならないというべきである。

ロ 原告清康は、資本金一、二〇〇万円、年間売上高約八億円、従業員約一五名の工業用ゴム製品卸売業を営む三晃商会(昭和三一年六月九日設立)、及び資本金一、六〇〇万円、年間売上高約四億円、従業員約四五名の工業用ゴム製品製造業を営む中央ゴム工業(昭和三三年九月二六日設立)の代表取締役であり、その総所得あるいは生活の資は、別表四「原告清康の昭和四七年から昭和五二年における収入金額の明細表」のとおり、そのほとんどを右両社からの給与と三晃商会の株式配当金から得ている。

ハ 原告清康は、休日以外一週間のうち月曜日と週中頃の一日の二日間を中央ゴム工業に、その他は三晃商会に毎日午前九時頃出勤し、両社の業務を執行していた。

本件商品先物取引は、原告清康が右両社の職務の余暇に、丸村商事と電話連絡するなどの簡易な方法で行っていたにすぎず、業界新聞や業界雑誌も購読せず、自主的判断を下すに必要な情報収集活動はしていなかった。

そして、右取引を反覆継続して行うための、人的物的設備も設けておらず、単独で投機目的のために行っていたものである。

ニ 原告清康は、本件商品先物取引により取扱った商品も、小豆、大手亡、毛糸及びスフであり、右商品については、まったくの素人であり、過去に商品先物取引に関する職業に関与したこともなく、また本件商品先物取引をするに至った動機は、丸村商事の外務員訴外伊藤克彦(以下「訴外伊藤」という。)の勧奨によるものであって、右取引そのものについても右伊藤の助言と指導によっていたものである。

ホ 原告清康が本件商品先物取引を始めた目的は、岐阜県可児郡可児町に所有していた土地を同町の総合運動場用地として買収され、昭和四八年一〇月頃にその売却代金七〇、六五五、七五〇円を得たため、これを元手に有利な運用を図るためであった。

ヘ 本件商品先物取引のための資金は、原告清康の自己資金の範囲内に限られており、銀行借入等の積極的な資金調達はみられず(昭和四九年六月一二日一、五〇〇万円、同年八月一四日一、〇〇〇万円の大垣共立銀行菊井支店からの借入金は、いずれも原告清康の定期預金が担保に差入れられている。)、右取引のための必要経費も商品先物取引に直接要した費用であって、通常事業に付随する必要諸経費は皆無である。

以上の事実を考慮すれば、原告清康の行った本件商品先物取引は、一般社会通念上、原告清康が趣味と実益を兼ねて行ったいわゆる副業というべきもので、いまだ営業として行ったものとは到底認められず、所得税法上にいう「事業」の概念に該当しないことは明らかである。

4 原告清康は、昭和四八年六月頃から丸村商事を介して商品先物取引を行い、別表五のとおり昭和四八年中には三五回、昭和四九年一月一日から同年八月三一日までに一二〇回(仮名口座三宅徳三郎名義の取引を含む。)、昭和四九年九月一日から同年一二月三一日までに七一回(仮名口座三宅徳三郎名義の取引を含む。)の商品先物取引を行ったものである。

ところで、事業所得を生ずべき事業を開始した際には、所得税法二二九条により、一ケ月以内に税務署長に対し、開業の届出書を提出しなければならないところ、原告清康は右届出書を提出せず、昭和四九年一二月二〇日突如として事業開始年月日の記載のない「所得税の青色申告承認申請書」を提出し。しかも、昭和四九年八月以前の商品先物取引による清算差益については何ら申告をせず、清算差益が著しく発生した昭和四九年九月一日から同年一二月三一日までの商品先物取引について事業所得であるとして青色申告決算書を昭和五〇年三月一五日に被告に提出した。

しかし、原告清康は、被告の調査に際し、本件商品先物取引につき、昭和四九年九月一日から事業とした理由について合理的説明をなさず、また原告清康が行った昭和四九年一月一日から同年八月三一日までの間の取引は、別表七及び八のとおり、取引回数一二〇回、売付数量九〇〇枚、買付数量九六九枚、清算差益(差引損益)七、七六三、五〇〇円、取引総額一、三〇一、八二九、八〇〇円であり、昭和四九年九月一日から同年一二月三一日までの間の取引は、取引回数七一回、売付数量六九〇枚、買付数量八八一枚、清算差益(差引損益)六八、九八四、五〇〇円、取引総額八七四、二一三、八〇〇円であって(昭和四九年分取引数量及び金額の総計は別表六のとおり)、その取引回数、取引数量、取引総額及び委託証拠金などについて、昭和四九年九月一日前とそれ以降とに差異が認められず、前後を区別する合理的根拠はないことなどからすると、原告清康は、昭和四九年九月頃から著しく増加した損失を雑所得では他の所得との損益通算が認められないので、事業所得であるとするため、右青色申告承認申請書を被告に提出したものと認められ、右申請書の提出をもって、原告清康が行った商品先物取引について昭和四九年九月一日以降その性質が事業所得に変じたことは到底認め難い。

5 なお、原告らは福井地裁昭和三九年一二月一一日判決、静岡地裁昭和五〇年一〇月二八日判決等を引用して、原告清康の行った本件商品先物取引は所得税法上の事業に該当する旨主張する。

しかし、右別件事件の各原告は、その職業、経歴からいっても、原告清康とは全く異なり、専門知識の保有者であって、その取引状況やその他の諸事情からみて。原告清康とは対比の限りではないから、原告らの右主張は理由がない。

(原告ら)

被告の主張に対する認否及び反論

一  被告の主張一1及び2の事実は認める。

同3のうち、本件係争年分における商品先物取引の損失金が六一、二二一、〇〇〇円であること、原告清康が行った昭和四八年分商品先物取引による所得金額一、四二九、〇〇〇円につき、被告がその主張日時に雑所得金額と認定してなした更正について、原告清康が争っていないことは認める。

同4のうち、本件係争年分における原告清康の給与所得金額及び配当所得金額が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

同5は争う。

同6の数額については否認するが、主張の数額を基礎とする計算過程自体は争わない。

二  同二1の事実は認める。

同2のうち、本件係争年分における原告弥希子の配当所得金額及び給与所得金額が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

同3の数額については否認するが、主張の数額を基礎とする計算過程自体は争わない。

三1  同三3イのうち、原告清康が昭和五〇年ないし昭和五二年分の事業所得につき被告主張のとおりの申告をしていること、同ロの事実、同ニのうち、原告清康の取扱った商品が被告主張のとおりであったこと、同ホのうち、原告清康が被告主張日時頃、主張の売却代金を得たこと、同へのうち、原告清康が被告主張日時に、主張の金融機関より、主張の金員を借受けたこと、同4のうち、原告清康が別表五のとおりの商品先物取引を行ったこと、原告清康が、昭和四九年一二月二〇日に「所得税の青色申告承認申請書」を、昭和五〇年三月一五日に被告主張の青色申告決算書をそれぞれ被告に提出したこと、原告清康が本件係争年分において行った商品先物取引の内訳が別表六ないし八のとおりであることは認める。

同三3及び4のうち、その余の事実は否認する。

2  同三の主張は争う。

所得税法上の「事業」というためには、対価を得て継続的に行う事業であれば足り、当該取引のために人的物的設備を具備したり、その者が当該取引を営業として専従する必要はない。

まして、所轄税務署長に対する開業届の有無によって、当該取引の事業性の認定が左右されるものではない。

その他、被告は、原告清康が行った本件商品先物取引が事業としての社会的客観性を有しないことの徴表として、種々主張するが、いずれも右取引の事業性判断の要素とはなり得ないものである。

現に、福井地裁昭和三九年一二月一一日判決及びその上級審判決(名古屋高裁金沢支部昭和四三年二月二八日判決、最高裁昭和四七年二月九日判決)において、右と同旨の判断が示されている。

また、いずれも所得税法上の事業であると認定された右福井地裁判決及び静岡地裁昭和五〇年一〇月二八日判決にかかる各原告の商品先物取引の規模と対比しても、原告清康の行った本件商品先物取引は十分所得税法上の「事業」に該当するものというべきである。

以上のとおりであって、原告清康が行った商品先物取引は所得税法上の「事業」に該当するから、事業所得金額の計算上生じたものとして、損益通算されるべきである。

第三証拠

(原告ら)

一  原告長谷川清康本人尋問の結果を援用。

二  乙第九号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める。

(被告)

乙第一ないし第三号証、第四号証の一ないし九、第五号証の一ないし八、第六号証の一ないし七、第七号証の一ないし三、第八号証の一ないし四、第九、第一〇号証を提出。

理由

第一本件課税処分の経緯

請求原因一の事実(本件課税処分の経緯)については当事者間に争いがない。

第二本件更正処分の適法性

一  原告清康は、工業用ゴム製品の卸売業を営む三晃商会(本店所在地名古屋市中区栄一丁目二九番二三号、設立昭和三一年六月九日)及び工業用ゴム製品の製造業を営む中央ゴム工業(本店所在地春日井市春日井町和光院三一番地、設立昭和三三年九月二六日)の代表取締役であること、原告弥希子は三晃商会の取締役であり、原告清康の妻であること、原告清康は、本件係争年分において、丸村商事を介して、別表六ないし八記載のとおりの本件商品先物取引を行い、六一、二二一、〇〇〇円の損失を蒙ったこと、原告清康は、昭和四九年一二月二〇日に事業開始年月日の記載のない「所得税の青色申告承認申請書」を提出し、さらに昭和五〇年三月一五日に、昭和四九年九月一日から同年一二月三一日までの商品先物取引による損失額を事業所得金額の損失額として、昭和四九年分所得税青色申告決算書に、別表三「事業所得としての申告額」欄のとおり記載して申告したこと、本件係争年分において、原告清康は給与所得一〇、六七四、三〇〇円及び配当所得二、一〇〇、〇〇〇円を、原告弥希子は給与所得二、六〇四、〇〇〇円及び配当所得一、五〇〇、〇〇〇円をそれぞれ得ていること、被告は、本件係争年分における本件商品先物取引による損失額六二、一六四、八〇〇円(前記損失額六一、二二一、〇〇〇円に必要経費(支払利息)九四三、八〇〇円を加算した額、別表三「雑所得としての被告主張額」欄参照)は、事業所得金額の計算上生じたものではなく、雑所得金額の計算上生じたものであって、右損失額は、所得税法六九条の規定により損益通算の対象とはならず、その結果、同法九六条の規定により、原告清康は主たる所得者に、原告弥希子は合算対象世帯員にそれぞれ該当するとし、原告らが納付すべき所得税額の計算につき同法九七条一項を適用して、本件更正処分に及んだこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

そして、原告らは、被告がなした、被告主張の数額を基礎とする、原告らの資産合算所得のあん分税額の計算過程(原告清康につき所得税法九八条一項一号、原告弥希子につき同法九八条二項二号イを各適用してなされたもの)自体については争わない。

そうすると、本件の争点は、本件商品先物取引により生じた前記損失金を被告が雑所得と認定し、他の所得との損益通算を認めなかったことの適否である。

よって、以下この点について検討する。

二  所得税法二七条一項は、事業所得の定義として、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業、その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得と規定し、これを受けた同法施行令六三条は、一号から一一号まで具体的な事業の種類を規定し、かつ一二号で、前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行う事業も含まれると規定している。

従って、本件商品先物取引が事業といい得るか否かは、右一二号にいう対価を得て継続的に行う事業に該当するか否かにある。

そして、本件商品先物取引が右一二号にいう事業に該当するか否かは、結局、一般社会通念に照らして決定するほかないのであるが、これを決定するに際しては、営利性、有償性の有無、継続性、反覆性の有無、自己の危険と計算による企画遂行性の有無、当該取引に費した精神的、肉体的労力の程度、人的物的設備の有無、資金調達方法、その者の職業、経歴及び社会的地位、生活状況などの諸点が検討されるべきものと解するのが相当である。

そこで、右の諸点について考察を進める。

1  原告清康が代表取締役をしている三晃商会は、資本金一、二〇〇万円、年間売上高約八億円、従業員約一五名の規模を有し、中央ゴム工業は資本金一、六〇〇万円、年間売上高約四億五、〇〇〇万円、従業員約四五名の規模を有する会社であって、同原告は、別表四「原告清康の昭和四七年から昭和五二年における収入金額の明細表」のとおり、その総所得あるいは生活の資のほとんどを右両社からの給与と三晃商会からの株式配当金から得ていること、原告清康が本件商品先物取引により取扱った商品は小豆、大手亡、毛糸及びスフであること、原告清康が昭和四四年から昭和四九年中に行った商品先物取引の回数、数量及び差引損益は別表五記載のとおりであること、被告は、原告清康が昭和四八年中に丸村商事において行った商品先物取引による所得金額一、四二九、〇〇〇円を雑所得金額として、昭和五〇年一二月一六日付で更正したが、同原告は右更正については争っていないこと、原告は、昭和五〇年から昭和五二年までの商品先物取引による損失(昭和五〇年一四、七四八、二八三円、昭和五一年三七、〇九五、五〇〇円、昭和五二年一九、三八六、八〇〇円)についても、事業所得の欠損として申告していること、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  次に、いずれも成立に争いのない乙第一ないし第三号証、第四号証の一ないし九、第五号証の一ないし八、第六号証の一ないし七、第七号証の一ないし三、第八号証の一ないし四、第一〇号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第九号証及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告清康は、商品先物取引に関する職業に関与したことはなかったが、昭和三一年頃から商品先物取引に関心をもち、同年五月頃に商品先物取引(取扱商品ゴム)を行うようになったが、約一〇〇万円の損失を受けたため、同年一〇月頃に右取引を中止した。

その後、前記のとおり、昭和四四年から昭和四六年中に、訴外岡地株式会社や大同物産株式会社において商品先物取引を行ったが、その取引回数、数量等は小規模のものであった。

昭和四八年六月頃から、原告清康は、丸村商事の訴外伊藤の勧誘により本件商品先物取引を始めるようになった。

同年一〇月頃原告清康は、岐阜県可児郡可児町に所有していた土地を同町の総合運動場用地に買収され、その売却代金七〇、六五五、七五〇円を得たため(この事実は当事者間に争いがない。)、これを資金として有利な運用を図るべく、昭和四九年から取引量を増大した。

(二) 原告清康は、概ね毎月曜日は中央ゴム工業で、その他の週日は三晃商会において、午前九時頃から夕方五時半頃まで勤務し、代表取締役としての職務に専念していた。

本件商品先物取引について、原告清康は、そのための人的、物的設備を有せず、原告清康自身が右勤務時間中に丸村商事と電話連絡するなどの方法によって行っていた。

(三) 原告清康は、丸村商事から届けられる業界紙を読んだり、ラジオの短波放送により商品市況を聴いたり、罫線グラフを作成したりなどしていたが、自ら業界雑誌や業界紙を購入するなど、取引相場の変動の予測につき、自ら専門的な情報の蒐集、調査はなさず、商品先物取引に関する知識を十分に有しているとはいえない。

そのため、原告清康は、専ら訴外伊藤の助言と指導により本件商品先物取引を行っていた。

(四) 本件商品先物取引のための資金は、原告清康の自己資金の範囲内に限られており(原告清康は、本件商品先物取引の資金として昭和四九年六月一二日一、五〇〇万円、同年八月一四日一、〇〇〇万円を大垣共立銀行菊井町支店から借入れているが(この事実は当事者間に争いがない。)、いずれも前記土地売却代金等を定期預金としたものが担保として差入れられている。)、通常の事業であれば当然生ずると思われる必要経費は、右借入金の支払利息以外、ほとんどなかった。

(五) 原告清康は、本件商品先物取引について、所得税法二二九条所定の所轄税務署長に対する開業の届出はしていない。

また、原告清康は、前記のとおりの青色申告決算書を提出しているが、昭和四九年八月三一日までの商品先物取引による清算差益(損失金六三、一一四、二〇〇円、乙第九号証)については何ら申告していない。

原告清康本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右すべき証拠はない。

3  以上1、2の事実に基づいて考えるに、本件商品先物取引の回数、数量ならびに金額等によれば、営利性、有償性、反覆性、継続性は認められるけれども、原告清康は、三晃商会及び中央ゴム工業の代表取締役として、休日以外は終日、専らその職務に専念しており、生活の資のほとんどを右両社からの給与や三晃商会からの株式配当金から得ていること、本件商品先物取引は丸村商事の訴外伊藤の勧誘により始めたものであるが、原告清康は、右取引のための人的物的設備は有していなかったこと、原告清康は業者から届けられる業界紙などを読んだりなどしていたが、さしたる専門的調査や情報の蒐集はしておらず、自らの責任で企画を樹立し、これを遂行したり、相当程度の精神的、肉体的労力を用いたものとは認められず、専ら訴外伊藤の提供する情報や助言等に基づいて投機的目的のために本件商品先物取引を行っていたものであること、原告清康が本件係争年分以前に行った商品先物取引は小規模のものであったこと、ならびに原告清康は、前記のとおり、青色申告承認申請書や青色申告決算書を被告に提出しているが、右は、本件商品先物取引による損失が著しく増加したことから、右損失を事業所得によるものとして申告することにより、所得税の負担を軽減すべくなしたものであると推認されること、などの諸点を総合して勘案すると、本件商品先物取引は社会通念上令六三条一二号にいう「事業」と認めるに足りないものというべきである。

4  原告らは、福井地裁昭和三九年一二月一一日判決、静岡地裁昭和五〇年一〇月二八日判決等を引用して、原告清康の行った本件商品先物取引は右「事業」に該当する旨主張する。

しかしながら、職業、経歴、商品先物取引に対する知識、経験及び専念度、企画遂行性等において、右各別件の原告と本件原告清康とは明らかに事案を異にしているから、原告らの右主張は理由がない。

三  以上のとおりであって、本件商品先物取引によって生じた損失は事業所得とは認められず、雑所得の計算上生じたものと認めるべきであって、所得税法六九条一項の規定により他の所得と損益通算することはできないから、これを前提としてなされた原告両名に対する本件更正処分はいずれも適法というべきである。

第三結論

よって、本件更正処分の取消しを求める原告らの請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本武 裁判官 浜崎浩一 裁判官 原田卓)

別表一 課税処分表(長谷川清康)

<省略>

(注)1. 「更正及び賦課決定」欄は、所得税法九七条適用後の金額である。

2. 「更正及び賦課決定」欄の雑所得金額は△六二、一六四、八〇〇円(原処分額)であるが、損益通算の対象とならないので「〇」と表示した。

別表二 課税処分表(長谷川弥希子)

<省略>

(注) 「更正及び賦課決定」欄は所得税法九七条適用後の金額である。

別表三 商品先物取引による所得金額の内訳

<省略>

(注) 原告清康は、昭和四九年九月一日より事業所得として申告している。

別表四 原告清康の昭和四七年から昭和五二年における収入金額の明細表

<省略>

(注)1. 昭和四八年及び同四九年の商品先物取引による差引損益以外は、原告清康の確定申告額である。

2. 商品先物取引による差引損益とは、売買差金から支払委託手数料を差引した金額である。

別表五 原告清康が行った商品先物取引

<省略>

(注)1. 回数は、訴外丸村商事株式会社が数える方法で同じ日の同じ場の同じ節に約定されたものを一回として計算した。

2. 差引損益とは売買差金から支払委託手数料を差引した金額である。

別表六

原告清康の昭和49年分品名別取引数量及び金額

<省略>

(備考) 取引単位

小豆 1枚 40袋

大手亡 1枚 40袋

毛糸 1枚 300kg

スフ 1枚 5,000ポンド

別表七 原告清康の昭和49年分商品先物取引の月別明細表

<省略>

(注)1. 毛糸及びスフの取引には三宅徳三郎名義の取引を含む。

2. 差引損益とは売買差金から支払委託手数料を差引した金額である。

3. 取引回数は訴外丸村商事株式会社が数える方法で同じ日の同じ場の同じ節に約定されたものを1回として計算した。

別表八 原告清康の昭和49年分月別取引数量及び金額

<省略>

(注) 毛糸及びスフの取引は三宅徳三郎名義の取引を含む。

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