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名古屋地方裁判所 昭和53年(タ)108号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一<証拠>によると次の事実が認められる。

1 原告(昭和二二年一〇月一五日生)と被告(昭和一五年三月一四日生)は昭和三九年ころ知り合つて交際を続け、昭和四〇年一二月名古屋市東区新出来町の借家で同棲し、昭和四一年二月二二日婚姻の届出をした。昭和四三年ころ同市中村区並木町の借家に転居した。

2 長女理恵が昭和四二年五月二四日に、二女理香が昭和四五年七月九日に生まれた。

3 被告は中学校卒業後旋盤工見習として鉄工所に就職し、昭和四五年ころまでの間に勤務先の鉄工所を五回ほど変えたが、これはノイローゼ症状のため、対人関係が円滑にいかなかつたこと、旋盤工としての技術の習得につき好条件の職場環境を求めたことなどが原因であつた。そして昭和四四年ころまでは、原、被告は職場を変えたことにつき、意見の食い違いがあつたものの、比較的円満な夫婦生活を送つていた。

以上の事実を認めることができる。

二<証拠>によると次の事実を認めることができる。

1 被告は昭和四四年四月ころから被害妄想をもち、不安、不眠を訴えるようになり、昭和四五年一一月二六日暴力団員に追跡されていた事実がなかつたのに、鋏を所持しながら、暴力団員に殺されるなどといつて警察官派出所に救いを求めるなどの異常な行動をとり、北林病院に強制的に入院させられた。同院の医師は被告の症状を人格変化の軽度の妄想型精神分裂病と診断した。その症状は向精神薬によく反応し、規則正しい服薬により早期に妄想などの病的体験が軽減する型であつた。しかし同年一二月一日被告の父星野良夫らの要望により、症状の改善を待たずに退院した。

2 昭和四五年一二月二日ころ被告は父らに「たばこに薬が入つている」「今夜寝ずにいる」などといい、子に刃物を突き付けるような素振をしたり、原告の首を締めつけるような恰好をし、妄想に基づく易怒、暴行等の異常行動を示し、昭和四五年一二月三日強制的に同病院に入院させられた。治療により妄想などの病的体験が軽減し、家庭内適応の可能性が一応認められ、昭和四六年一月一九日退院した。

3 退院後、主治医から薬を服用するように指示されていた被告は、頭がぼんやりするなどの副作用を訴えて薬を正しく服用しなかつたことなどのため、子の縫いぐるみ人形に刃物を突き刺し、子の脇に刃物を投げつけたり、夜間、敷布団の下側にのみや刺身包丁を隠し、原告の面前で人を突き刺す真似をし、「誰かが殺しにきたら、自分からさきにその相手を殺してやる」などといい、脅えているなどの異常な行動を重ね、昭和四七年四月七日病院に入院させられ、同年五月三〇日退院した。

4 原告は以前からシミン縫製加工所に勤務していたか、給料が少く、生活が苦しかつたため、昭和四七年ころからキヤバレーのホステスとして働いていた。他方被告は右退院後就職したが、一か月も経たずに辞め、服薬を医師の指示とおり実行しなかつたことなどから、被害妄想が表われ、ノミを所持したままで、自宅の訪問客に接する状態となり、また昭和四八年一〇月八日就寝していた原告の首を締め付ける態度を示し、警察官派出所に救いを求めに駆け込んだ原告を追いかけ、警察官に制止させられ、入院させられた。昭和四九年三月三〇日退院した。

5 原告はそのころから自律神経失調症にかかり、通院して治療を受ける状態に陥り、昭和五〇年八月名古屋家庭裁判所に離婚調停の申立をした。

被告は右退院後北林病院に通院し、どうにか服薬を続けていたが、その後通院を中止した。

被告の両親は、原告に対し被告をして薬を服用させ、かつ就職させるように忠告するから右調停の申立を取り下げるようにと懇請し、原告はそのころその申立を取り下げた。

6 その後被告はメツキ工場に就職したが、一五日間勤めて辞め、薬を服用せず、被害妄想、関係妄想から刃物を携帯して外出し、被告の面前で刃物を振り回すなどの行動をとるようになつた。そこで原告は被告の父星野良夫(明治三九年一月二二日生)に対し被告の面倒をみてくれるよつに頼んだ。入院費用の一部を負担していた良夫は、老令であり、かつ原被告の婚姻に反対したいきさつもあり、原告と意思の疎通を欠いていたこともあつて、いまさら被告を引き取れないから、夫婦で解決するようにといつて断つた。

7 昭和五〇年一一月原告は子二人を連れて家出をし、同市南区三好町の借家に別居した。残された被告は老父母や独身の弟星野次雄らから援助を受けて生活していたが、症状が悪化し、昭和五一年一月二一日同病院に入院させられ、現在にいたつている。

8 本訴提起日の昭和五三年七月三一日(本記録上明らかである)以前から、被告の病的体験は消褪し、精神的に安定し、事理を分別できる能力を有していた。そして将来被告が退院するときは、通院し医師の観察を受け、指示された薬を服用すれば、社会生活に適用できる状態にあつた。しかしそれを実現するためには、病識の欠如し勝ちな被告を受け入れる家庭環境が整備されなければならず、また就職を希望している被告を雇い入れてくれる適当な職場が必要であつた。

9 被告は、妻子との同居生活に、生甲斐を感じ、退院後における薬の服用を怠らない旨誓つている。

以上の事実を認めることができる。

三以上の認定事実によると、被告は軽度の精神病にかかつているが、その回復の見込がないものということはできず、前掲の証拠のほかに被告が強度の精神病にかかり、その回復の見込がないことを認めるに足りる資料はない。(なお被告は本件訴訟を追行するに十分な意思能力を有しているものと認めることができる。)

したがつて本件民法七七〇条一項四号に規定する「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込がないとき」に該当しないことが明らかである。

四次に同じく前記の認定事実によると、被告が軽度の精神分裂病にかかり、昭和四五年一一月から昭和四九年までの間に、前後四回にわたり入院を繰り返し、その入院前には妻に暴力を振い、刃物を所持するなど危険な行動があつたが、これはいずれも、被告の妄想型の精神分裂病に基づくものであること、各退院後に症状が再び悪化したのは被告が医師の指示とおり服薬しなかつたことが一つの原因となつていたこと、しかし被告の精神病が完治して退院したものでないので、悪化の責任を被告のみに負わせるのも酷であること、原告は被告に服薬を勧めるだけで、被告の症状に応じた適切な措置を十分にとつてやれなかつたこと、これについては、原告が生計をたてるために就職し、そのうえ育児に追われ、また被告に異状行動があつたため心身とも疲労していたこともあり、被告のみを責めることもできないこと、ところが今後は、従前のように入退院を繰り返すだけでなく、被告は社会生活に適応できるように入院療養するとともに、原被告は協力して家庭環境を改善し、被告の症状、能力に適応した退院後の職場を探し、原告が被告の発症前と同様な愛情をもつて退院する被告を迎え入れることができれば、将来に明るい希望を抱いている被告との円満な夫婦関係を回復することも困難であるとはいえないことが推認でき、民法七七〇条一項五号に規定する「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」に該当するものということはできない。

(鹿山春男)

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