名古屋地方裁判所 昭和53年(ワ)1710号 判決 1981年1月30日
原告
平山在郷こと金済経
ほか七名
被告
村井広志
主文
一 被告は原告金済経に対し、金一九四万七四七五円、その余の原告ら七名に対し、それぞれ金九八万五二三七円及び右各金員に対する昭和五二年四月二八日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
四 本判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告金済経に対し、金四四一万四四一〇円、その余の原告ら七名に対し、それぞれ金二二〇万七二〇五円及び右各金員に対する昭和五二年四月二八日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五二年四月二八日午後四時一〇分頃
(二) 場所 名古屋市南区忠道町三丁目六五番地先
(三) 加害車 被告運転の普通貨物自動車(名古屋四四る七二〇三)
(四) 被害者 訴外平山三郎こと李点容(以下、訴外李という)
(五) 事故の態様 訴外李が自転車に乗り、本件事故現場の道路左側に駐車中の大型乗用車を避けて、右道路左側を直進中か、もしくは左寄りに進路を変えて進行中、加害車が追突し、よつて同年五月一日同訴外人を死亡するに至らせた。
2 帰責事由
被告は加害車を運転するにつき前方注意義務を怠つた過失があり、かつ被告は加害車を自己のために運行の用に供していた。
3 損害
(一) 治療費 金四九万五六七五円
(二) 文書料 金二万〇四六〇円
死亡診断書一万六〇〇〇円、南区役所に対する死亡届の写し一九六〇円、交通事故証明書二五〇〇円
(三) 入院雑費 金二八〇〇円
一日当り金七〇〇円の割合による四日分
(四) 付添看護費 金九二〇〇円
一日二三〇〇円の割合による四日分
(五) 休業損害 金三万八一七二円
訴外李の死亡直前の平均月収の四日分
(六) 逸失利益 金二〇六三万四四五四円
訴外李は大正五年九月一〇日生れの男子で、本件事故当時東海土建株式会社に勤務し、年額金四〇五万〇二六〇円の収入を得ており、同会社から終身雇傭を保証されていたので、右訴外人は満七〇歳まで就労が可能であり、その間の生計費を収入の三〇パーセントとして、その逸失利益を算定すると、その額は金二〇六三万四四五四円となる。
4,050,260×7.278×0.7=20,634,454円
(七) 葬儀代(生花代一九万円を含む) 金六九万七三〇〇円
朝鮮の風習によるものを含む。
(八) 葬儀雑費等 金五七万〇四七五円
葬儀の雑費等、その他西来寺への謝札等
(九) 墓碑建立費 金六七万五〇〇〇円
位牌代五〇〇〇円、八寸角石碑代三七万円、墓地代三〇万円、朝鮮の風俗によるものを含む。
(一〇) 慰藉料 金一〇〇〇万九〇〇〇円
訴外李の入院及び死亡による慰藉料
(一一) 弁護士費用 金二五四万円
4 原告金済経は訴外亡李の妻であり、その余の原告ら七名は右夫婦間の子であるところ、右訴外人の死亡により原告らは相続人として前主の地位を承継した。
5 よつて、以上の損害額は金三五六九万二五三六円となるが、原告らは自賠責保険から金一五五七万七六八八円及び労災保険からの給付金二五万右合計金一五八二万七六八八円の支払を受けたので、前記損害額からこれを差引くと残額は金一九八六万四八四八円となる。そこで、被告に対し、韓国民法一〇〇九条三項所定の相続分に従い、妻である原告金済経は九分の二の金四四一万四四一〇円、その余の原告ら七名は各九分の一である金二二〇万七二〇五円及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和五二年四月二八日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実中、主張の日時、場所において、被告運転の加害車と訴外李との間に交通事故が発生したことは認めるが、事故の態様は否認する。
2 同2の事実中、被告が加害車を自己のために運行の用に供していたことは認めるが、その余は否認する。
3 同3の事実中(一)の治療費及び訴外李が本件事故当時東海土建株式会社に勤務していたことは認めるが、その余は知らない。
4 同4の事実は知らない。
5 同5の事実中、主張の自賠責保険金及び労災保険給付金が支払われたことは認める。
三 抗弁
1 被告は本件事故直前、本件事故現場付近を北進していたところ、訴外李が自転車に乗つて道路中央よりやや左側を同一方向に向つて走行しているのを認めたので、これを避けるべくやや右側に寄つて走行した。しかるに、同訴外人は急にふらふらと右に寄つてきて、加害車の前に突出してきたため、被告は急制動の処置をとつたが間に合わず、右自転車と接触した。そのため、自転車はその場に転倒し、訴外李は加害車の左前ヘツドライト下にうずくまつた。なお、同訴外人は本件事故当時、飲酒のうえ自転車に乗つていた様子である。このように本件事故は右訴外人の不注意によるものであつて、仮に被告に過失があるとしても、五割ないし三割の過失相殺がなされるべきである。
2 原告らは労災保険から原告らの自認する金員のほか特別支給金として金二〇〇万円を受領している。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実中、訴外李が被告ら主張のような事情のもとで接触したとの点は否認する。
2 抗弁2の事実は認めるが、特別支給金は原告らの被つた損害から差引くべきものではない。
第三証拠〔略〕
理由
一 原告主張の日時、場所において、被告運転の加害車と訴外李との間に交通事故が発生したことについては、当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない甲第二三号証、乙第一号証、原告本人李正義尋問(第一回)の結果真正に成立したと認める甲第一六号証の一・二、第一七号証の一ないし七、第一八号証の一ないし二〇、被告本人尋問の結果真正に成立したものと認める乙第五号証、証人天野健広の証言、被告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 本件事故現場付近は南北に走る歩車道の区別のある幅員約一四・八メートル(内車道幅は九メートルで中に白破線の中央線が引かれて、片側一車線となつている。)のアスフアルト舗装(ただし、両側の歩道部分は未舗装である)のされた平担にして見とおしのよい交通閑散な市街地道路であり、交通規制として最高速度毎時四〇キロメートルとなつており、本件事故当時は雨上りのため路面はねれていた。なお、本件衝突地点の南約三〇メートル付近(交差点の中心点)からは西方に幅員約九・八メートルの道路が延びていて、いわゆる丁字型の交差点となつている。
2 被告は加害車を運転して時速約四五ないし五〇キロメートルで前記南北道路をほゞ中央線に沿つて北進中、自己の前方左側を自転車に乗つて同一方向に走行中の被害者を約四七・六メートル先の地点に発見し(右発見地点は本件衝突地点の六五・七メートル手前である)、恰度、右位置関係のときには、被害者の左側車道上に大型自動車が停止していたので被害者もやや中央線よりを走行しており、被告も前記交差点辺りから徐々に中央線を超えて進行を続け、さらに前記地点から約四八・二メートル北の地点まできたところ、その前方約一三メートル先を走行中の被害者が中央線によつて走行してきたため、被告は危険を感じ、ハンドルを右に切るとともにブレーキをかけたが間に合わず、自車の左前部が被害者の自転車の後輪泥よけ付近に接触し、被害者は接触地点より五・四メートル先の地点に、自転車は三・八メートル先の地点に転倒し、被害者は傷害を負うに至つた。そして、路上には約一二メートル余のスリツプ痕(衝突地点までのスリツプ痕は約八メートル余である)を残した。
もつとも、成立に争いのない乙第二号証(被告作成の報告書)によると、被告が訴外李の自転車を前方に確認し、右の方に寄つて進行中、右自転車が急に右によつてきた旨の記載があり、また、原告本人李正義尋問(第一回)の結果真正に成立したものと認める甲第八号証(同被告作成の報告書)によると、被告がブレーキをかけないまま訴外李に接触し、加害車のバツクミラー等で右訴外人を引つ張つて振り落した旨の記載があるが、右記載はいずれも前掲証拠に照らしてにわかに措信し難く、さらには、被告は、訴外李はふらふらと走行しており、飲酒のうえでの自転車を運転していたような趣旨の主張をするけれどもこれを確認するに足る証拠はなく、却つて成立に争いのない甲第一一号証、証人鄭周植の証言により真正に成立したものと認める甲第一〇号証及び右証人の証言によれば、訴外李は飲酒などしていなかつたことが認められ、他に前記認定を覆すに足る証拠はない。
右認定の事実によれば、被告は前記道路規制の点からみても、速度を落すなりして、路上進行中の自転車の動向に注意し、事故を未然に防止する義務があつたものというべきところ、これを怠つたのであるから、被告に過失があることは明らかである。しかも、被告は加害車を自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがないので、被害者の被つた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。
三 そこで、原告らの被つた損害につき検討する。
1 治療費について
訴外李の治療費について金四九万五六七五円を要したことは当事者間に争いがない。
2 文書料について
成立に争いのない甲第二八、第二九号証、原告本人李正義(第二回)尋問の結果真正に成立したものと認める甲第三〇ないし第三二号証、右原告本人尋問の結果によると、原告ら主張の文書料金二万〇四六〇円を要したことが認められる。
3 入院雑費について
原告本人李正義尋問(第二回)の結果真正に成立したものと認める甲第二七号証、第三四、第三五号証、右原告本人尋問の結果によると、訴外李の入院中八八〇円相当の氷を買つたり、その他の雑用のための自動車のガソリン代を支出したことが認められ、右訴外人が四日間入院したことは前記のとおりであり、右金員をも含め、訴外李の右入院期間中一日六〇〇円の割合による合計金二四〇〇円の入院雑費を要したことは経験則上これを認めることができる。右金額を超える分については相当因果関係がないものと認める。
4 付添看護費について
訴外李の前期入院期間中付添看護を要したことは、同訴外人の傷害の程度に照らしてこれを認めることができ、その付添看護費につき一日金二三〇〇円の割合による合計金九二〇〇円を要したことは経験則上これを認めることができる。
5 休業損害について
原告本人李正義尋問(第一回)の結果真正に成立したものと認める甲第二四号証によると、訴外李が本件事故当時東海土建株式会社に勤務し(右事実については争いがない)、一か年金四〇五万〇二六〇円の収入を得ていたことを認めることができ、しかして、右訴外人が本件事故発生の日の翌日である昭和五二年四月二九日から死亡の日である同年五月一日までの三日間稼働することができなかつたことは先に認定の事実に照らして明らかである。したがつて、訴外李の右期間中の休業損害は原告ら主張の金三万八一七二円を下るものではない。
6 逸失利益について
訴外李が本件事故当時東海土建株式会社に勤務して、一か年金四〇五万〇二六〇円の収入をあげていたことは前記のとおりであり、成立に争いのない甲第七三号証(登録済証明書)によると、右訴外人は大正五年九月一〇日生れの男子であつて、本件事故当時六〇歳であつたことが認められるところ、同訴外人の就労可能年数は死亡時から八年、生活費は収入の三〇パーセントと考えられるから、同訴外人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して事故当時の現価を算定すると、次の算式どおり金一八六七万九八八〇円となる。
4,050,260×(1-0.3)×6.5886(ホフマン係数)=18,679,880円
原告らは、訴外李は前記会社に終身雇傭されることが保証されていたから、就労可能年数は一〇年が相当である旨主張し、原告本人李正義尋問(第一回)の結果及びこれによつて真正に成立したものと認める甲第三号証は右主張に沿うけれども、他に特段の事情の認められない一般私企業においては、訴外李が右主張のような保証を得ていたことについては疑問がないではなく、仮に終身雇傭が保証されていたとしても、本件事故当時における訴外李の年齢のほか成立に争いのない甲第一一号証によれば、訴外李は胃、小腸吻合部瘍瘍のため昭和四八年九月頃から本件事故発生の月である昭和五二年四月までの間内服加療中であつたことが認められ、また証人鄭周植の証言によれば、訴外李の右会社における職務内容は資材の整理その他自転車に乗つての業務報告等であることが認められ、右認定の事実に照らして、訴外李の本件事故当時における蓋然性のある就労可能年数は前記認定の年数をもつて相当とする。
7 葬儀代、葬儀のための雑費等及び墓碑建立費について
原告本人李正義(第一回)尋問の結果真正に成立したものと認める甲第四ないし第七号証、原告本人李正義(第二回)尋問の結果真正に成立したものと認める甲第二七号証、第三三号証、第三六号証ないし第七一号証、右原告本人尋問の結果を総合すると、原告らは訴外李の葬僕を行つたこと、そして、お通夜、葬式、法事における参列者への接待等に金三三万二一二〇円、葬式等の雑費として金一五九〇円、葬儀社に対する葬儀費その他位牌代として金一九万五〇〇〇円、寺へのお札として金一五万円、墓地代として金三〇万円、墓石代として金三七万円を支出したことが認められ、右の内本件事故と相当因果関係のある費用としては金五五万円と認めるのが相当である。右金額を超える分については本件事故と相当因果関係はないものと認める。なお、原告らは韓国の慣習として葬儀はわが国に比して盛大に行われ、それだけに葬儀費も余計にかかることになる旨主張し、原告本人李正義は右主張に沿う供述をするけれども、仮にそうだとしても、葬儀費等についての右認定を左右するものとは解せられない。
8 慰藉料について
本件事故の態様、訴外李の受けた傷害の程度、同訴外人の年齢、親族関係その他諸般の事情を考え合わせると、同訴外人の慰藉料額は同人の入院中のものも含め金一〇〇〇万九〇〇〇円とするものが相当である。
9 損害の填補及び過失相殺について
以上の事実によると、損害額は合計金二九八〇万四七八七円となるところ、後記被害者側である原告らにおいて本件事故により労災保険から給付金二五万円を受領したことは原告らの自認するところであり、しかして労災保険金が社会保障的な性格のものであることに照らし、右金二五万円は先づ過失相殺前の右損害額から控除するのが相当であり、そうするとその残額は金二九五五万四七八七円となり、次に、過失相殺の点につき検討するに、前記二において認定した事実によれば、本件事故の発生については、訴外李においても、道路中央線近くを自転車に乗つて走行しながら、自己の背後から進行してくる自動車に対する配慮を欠き、漫然、自己の進行方向右側によつたものであり、このことが本件事故の一因をなしており、この点において同訴外人にも過失があつたことが明らかであり、前記認定の被告の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、被害者側の被つた損害につき二副の過失相殺をするのが相当である、そうすると、右損害額は金二三六四万三八二九円となる。
さらに、原告らが自賠責保険金として金一五五七万七六八八円を受領したことは原告らの自認するところであるので、右損害額からこれを控除すると、その残額は金八〇六万六一四一円となる。
被告は、労災保険によつて原告らに対し特別支給金二〇〇万円が支給せられ、これもまた前記損害から控除すべき旨主張する。しかしながら、右特別支給金については、労働福祉事業として支給されるものであつて、保険給付ではなく損害賠償と同一事由に基づくものとは解せられないので、被告らの右主張は採用することができない。
10 相続関係について
訴外李が本件事故によつて死亡したことは前記のとおりであり、成立に争いのない甲第七三号証、原告本人李正義尋問(第一回)の結果によると、原告金済経は訴外李の妻であり、その余の原告ら七名は右両名間の子であること、同人らはいずれも韓国籍であることが認められ、韓国民法一〇〇〇条一・二項、一〇〇三条一項、一〇〇九条三項によると、原告金済経は九分の二の法定相続分によつて、その余の原告ら七名はそれぞれ九分の一の法定相続分によつて前主の地位を承継したことになり、したがつて、原告金済経の損害額は金一七九万二四七五円、その余の原告ら七名の損害額はそれぞれ金八九万七二三七円となる。
11 弁護士費用について
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告らが被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は原告金済経につき金一五万五〇〇〇円、その余の原告ら七名につきそれぞれ金八万九〇〇〇円とするのが相当である。
四 以上の事実によれば、原告らの本訴請求は原告金済経につき金一九四万七四七五円、その余の原告ら七名につきそれぞれ金九八万五二三七円及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和五二年四月二八日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、注文のとおり判決する。
(裁判官 白川芳澄)