名古屋地方裁判所 昭和53年(ワ)4号 判決 1980年1月30日
原告
株式会社東海車両
被告
宮川清章
主文
一 被告は原告に対し、金一九三万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年一月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 本判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金一〇八〇万円及びこれに対する昭和五三年一月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五二年九月一七日午前七時頃
(二) 場所 大阪府吹田市山田弘済院前の中央環状線道路上
(三) 被害車 訴外株式会社大起(以下、単に訴外大起という)所有の清掃車(大阪九九さ一六六号、以下、大起車という)
(四) 加害車 被告が運転し、原告会社の所有する車両運搬車(名古屋一一き七六五号、以下、被告車という)
(五) 事故の態様 被告運転の被告車が前記事故現場を池田市方面から摂津市方面に向け走行中、道路の左側に停止していた大起車の右側面に衝突した。
2 責任原因
被告は訴外菊池、同河津とともにそれぞれの車両運搬車に新車両を積載して、本件事故当日の午前六時三〇分頃原告会社の池田営業所を出発し、本件事故現場である中央環状線片側三車線の中央車線を摂津方面に向け、菊池車、被告車、河津車の順で縦に並んで走行中、本件事故現場の手前約三〇〇ないし五〇〇メートルの地点で左側車線を二台のダンプカーが追い抜き、先頭のダンプカーは菊池車と被告車の間に、もう一台のダンプカーは被告車と河津車の間に入り、その順序で縦に並んで中央車線を本件事故現場の直前あたりまで走行してきた。そして、被告車が先頭のダンプカーに追従しながら、本件事故現場の直前あたりまで走行してきたところ、被告車と河津車の間にいた二台目のダンプカーが右側車線に進路を変更し、その直後頃に被告は左側車線の安全を確認しないままハンドルを切つて左側車線に進路を変更した。これがために、本件事故現場の左側車線の路肩に寄つて清掃中の大起車の右側面に後方から衝突した。
しかして、被告は本件事故当時原告会社の従業員としてその事業の執行中であつたから、原告会社は民法七一五条により訴外大起の被つた損害を賠償する義務がある。
3 訴外大起の被つた損害
(一) 大起車は昭和五二年五月三一日訴外大起が購入した新品同様のものであり、右購入日から事故日までの車両の償却代と、同会社の同年九月一八日から原告会社が代替車を引渡した同年一〇月一五日までの二八日間の営業損害とをいわば相殺勘定した形において、同年九月二六日原告会社と訴外大起との間において、訴外大起が被害車と同一の車両を購入し、その代金一一七〇万円を原告会社において負担すること、また営業損害として一日分の金一二万円を支払うことで示談し、原告会社は同年一一月一日訴外大起に対し金一二万円を支払い、同月三〇日代替車の購入先に対し金一一七〇万円を支払つた。
4 原告会社の受けた損害の填補
原告会社は被告から金二万円を、また被告車にかけてあつた自動車の対物賠償保険金として金一〇〇万円の支払を受けた。
5 よつて、原告会社は被告に対し、求償金として右填補分を差引いた金一〇八〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五三年一月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実中、主張の日時場所において大起車と被告車との間に交通事故が発生したことは認める。
2 同2の事実中、本件事故現場片側三車線中、中央車線を新車両運搬のため、菊池車、被告車、河津車が縦に並んで原告主張の方向に走行中、被告車が左にハンドルを切つたため、左側車線に停車中の大起車の右側面に衝突したこと被告は当時原告会社の従業員であり、本件事故はその事業の執行中であつたことは認めるが、その余は争う。
3 同3の事実は知らない。
4 同4の事実中、金二万円については被告が任意に支払つたものではなく、被告の承諾なく原告が被告の賃金から差し引いたものであり、その余は知らない。
三 抗弁
1 本件事故は、被告車が前記のとおり菊池車の後方を、約三〇〇メートルの車間距離を保ちながら時速約五〇キロメートルで走行中、左側車線から追抜いてきたダンプカーが被告車の前に割り込んできて速度を落とし始めたため、被告は右ダンプカーからいやがらせを受けるものと考え、また、運搬中の新車両の損傷を防ぐため、走行車両のいなかつた左側車線に移行しようとして左にハンドルを切つたところ、予想に反して左側車線前方に大起車が停車しているのを発見し、さらに驚いて右にハンドルを切つて危険を避けようとしたが間に合わず、大起車の右側面に接触したものであるが、本件事故現場は高速自動車道にも準ずる道路であり、道路左側に清掃車が停車していることを予測することは運転者として一般的に不可能であつて、被告のとつた運転方法は運転者としての注意義務に違反するものではなく、むしろ、前記ダンプカーの運転手の不法行為に対する正当防衛であつて、被告には何らの過失はない。
2 仮に、被告に何らかの過失があつたとしても、次の事由により、原告の本訴請求は権利の濫用である。すなわち、
被告は原告会社北大阪営業所に所属していたものであるが、被告ら大阪在籍従業員の業務は、主としてダイハツ池田工場において生産した新車を積載して新潟へ運び、そこから群馬県太田市へ空車のまま運転し、太田市から富士重工の新車を大阪府四条畷市へ運ぶことであつた。それは長距離トラツク運転手に対する特有の過酷な労働条件のほか、さらに、原告会社独特の賃金体系によりくる過酷さが加わり、休憩、睡眠時間もままならぬ、およそ労働者の人間性をも柔りんするものである。また、被告ら従業員は勤務時間も定まらず、給料も不明のまま働かされており、自宅へ帰ることは日曜日以外には週一回ないし二回であつた。労働時間は会社の標準時間により計算すると、月間四〇〇時間を超えることはひんぱんであり、特に昭和五一年一二月の月間労働時間は四二二時間〇五分である。また、昭和五二年六月には一日から一四日までストライキによる休業をし、一五日から労働に従事したが、この月は半月間で一八五時間一五分の労働であり、かかる労働では賃金はマイナスとなる状況である。このように、原告会社は被告ら従業員に対し過酷な条件のもとで労働を課し、これが是正を求める被告らの組合結成に対し妨害行為をして、不当労働行為を繰り返しており、本訴請求は退職後の被告に対するいやがらせである。
また、原告会社は、その従業員にいつ事故が発生するかもしれない作業に従事させ、これにより多大の利益をあげている。しかるに、被告は継続してきわめて長時間、長距離の運転業務に従事しており、事故の原因となつた単調で疲労の蓄積する状態を被告みずから取り除くことはできないし、原告会社は本件の如き事故による損害賠償については車両に十分の保険を掛けておれば負担から免れうるのであつて、事故の危険を常に伴う車両を従業員の運転に供している以上、十分な対物保険をかけることは原告会社の義務でもある。
3 原告会社の昭和四六年一〇月八日名古屋東労働基準監督署に届出られ、同年一月一四日より施行するとされている就業規則第一二条によると、「従業員は故意又は重大な過失により会社に損害を及ぼし、会社がこれに対する損害賠償を請求した場合には、賠償の責に任じなければならない。」と規定している。右就業規則に異議をとどめずに就業していた被告ら従業員と原告会社との間には、労働条件の詳細については就業規則によるとの事実たる慣習があり、もしくは黙示の意思表示により右就業規則は被告と原告会社との間の労働契約の内容となつている。ところで、被告に過失があるとしても、それは極めて軽微なものにすぎないのであるから、原告会社は被告に対し求償することは許されない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は否認する。
2 同2の事実は争う。
3 同3の事実中、原告の就業規則中に原告主張の如き規定があることは認めるが、その余は争う。右規定は求償権の行使を制限したものではなく、仮にしからずとしても、被告は単なる自動車運転手ではなく、長年の経験をもつ職業運転手であつて、高度の注意義務を課せられている者であり、しかも、被告は前記のとおり車線変更に伴う前方安全確認義務を怠つたもので、被告には重大な過失があつたものというべきであるから、求償の義務がある。
第三証拠〔略〕
理由
一 原告主張の日時、場所において、大起車と被告運転の被告車との間に交通事故が発生したこと、当時、被告車が本件事故現場片側三車線の内中央車線を池田市から摂津市方面に向け走行中、被告車が左にハンドルを切つたため、本件事故現場片側三車線の左側車線において清掃のため停車中の大起車の右側面に接触したことについては、当事者間に争いがない。
右争いのない事実に、成立に争いのない甲第九号証の一ないし六、証人東洋右の証言により真正に成立したものと認める甲第一、第二号証、証人東洋右、同河津武彦の各証言、被告本人尋問の結果(甲第二号証及び被告本人の供述については後記措信しない部分を除く)を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 本件事故現場である池田市から摂津市方面に通ずる片側三車線は平面交差する個所がなく、本件事故現場付近の進行方向左側にはガードレールが設置してあり、一車線の車道幅員はおよそ三ないし三・五メートルあり、速度規制として毎時五〇キロメートルに制限されており、右道路の前記左側車線には、片側に寄せて進行方向からみて、先頭から、訴外大起の撒水車、ダンプカー、黄色に塗られ、車上には回転灯の設置された大起車(清掃車、車幅約二メートル)が順次縦に並んで停車して清掃作業中であり、本件事故当時はいまだ早朝にて走行する車両もそれ程多くはなかつた。
2 ところで、被告は被告車(長さ約一二メートル、車幅約二・四ないし二・五メートル)に約六台の新車を積載して本件事故当日の午前六時三〇分頃、同僚の運転する菊池車、被告車、同僚の運転する河津車の順で原告会社の池田営業所を出発し本件事故現場手前の中央車線を右三車が縦に並んで時速約五〇キロメートルで走行中、左側車線を二台のダンプカーが速い速度で走行してきて河津車を追い抜き、その後、右二台のダンプカーがしばらくスピードを落としながら左側車線を走行していたところ、先頭のダンプカーが中央車線に進路を変更しようとして菊池車と被告車の間に徐々に割り込み、次いで、二台目のダンプカーが同じく中央車線に進路変更すべく被告車と河津車との間に割り込み、そのような状態で五台の車両が縦に並んで約二〇〇メートルを走行したところ、被告車と河津車との間にいた二台目のダンプカーが右側にウインカーを出して右側車線に進路変更し、その頃、その前方にいた被告車が続いて左側にハンドルを切つて左側車線に入つたため、前記左側車線の左側に寄つて作業中の大起車の右側面に衝突し、同車両に損傷を負わせた。
以上の事実を認めることができ、被告本人尋問の結果中、被告は自車の前に入つてきた先頭のダンプカーが急にスピードを落したので、自車との間の車間距離がつまり、これとの追突を避けるため、やむなく左方にハンドルを切つた旨の供述部分及び前掲甲第二号証中、本件事故は前車との追突事故を回避するための措置であつた旨の記載部分は、前掲証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
ところで、車間距離は明らかでないが、中央車線を走行中の被告車の前方には、もう一台のダンプカーとさらにその前方に菊池車が走行しており、しかも、前掲甲第九号証の五によると被告車の運転席は右側にあることが認められるので、被告車の運転席からは左側車線の前方は十分に見とおしがよいとはいえず、したがつて、被告が左側車線に進路を変更するにあたつては、徐々に車を左に寄せ、進入しようとする車線の前方及び後方の車両の有無を確認したうえで進路変更するよう、安全な運転が要求されるところ、前記認定の事実によれば、中央車線を走行していた被告は何ら正当の理由もなく左側車線に寄つたものと認むべく、しかも右説示したところに照らして、被告は安全走行の注意義務を怠り、左前方に対する十分の見とおしもつけないまま左側車線に進路変更したものといわざるを得ず被告に過失があつたことは明らかである。
被告は、本件事故現場は高速自動車道にも準ずべき道路であつて、自動車運転者としては、道路左側に清掃車が停車していることを予測することは不可能である旨主張するけれども、本件事故現場は毎時五〇キロメートルに速度規制がなされていることは前記認定のとおりであつて、他に本件事故現場が右主張するような高速道路であることを確認する証拠はないので、これを前提とする被告の右主張は採用するを得ず、また、被告は本件事故につき、前方のダンプカーの不法行為に対する正当防衛である旨主張するけれども、前記説示するところに照らして被告の右主張は採用することができない。
しかして、被告が本件事故当時、原告会社に雇われ、原告会社所有の被告車を業務のため、運転中であつたことについては当事者間に争いがないので原告会社は民法七一五条により訴外大起の被つた損害を賠償する義務があるものといわなければならない。
二 そこで、訴外大起の被つた損害につき検討する。
証人東洋右の証言により真正に成立したものと認める甲第三ないし第八号証、同証人の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、大起車は道路の清掃等を業とする訴外大起が昭和五二年五月頃一四五〇万円で購入したもので、本件事故当時はいまだ新品に近かつたこと、しかるに本件事故のため、大起車は修理期間に三か月、修理費に五九〇万五〇〇〇円を要する損傷を受けたこと、そこで、原告会社は右修理期間中の訴外大起の受ける休業損害をも検討のうえ、大起車と同種の新車を購入してこれを訴外大起に引渡した方が得策であるとの考えのもとに、同年九月二六日、同訴外会社との間に、右新車を原告会社において購入してこれを訴外大起に引渡すとともに、営業損害の一部として金一二万円を同会社に支払うことを内容とする示談をなし、右示談に基づく代替車の費用として、原告会社はその頃右車両の購入先に対し金一一七〇万円を支払い、かつ訴外大起に対し約定の金一二万円を支払つたことが認められる。
ところで、昭和四一年大蔵省令第一五号減価償却資産の耐用年数等に関する省令によると、大起車のような清掃車の耐用年数は四年であることが認められ、これを同省令所定の定率法の償却率をもとに大起車の残存価格を算定すると、その額は次の算式どおり金一二三九万七五〇〇円となり、前記事実にこれらの事実を合わせ考えると、訴外大起の被つた損害額は原告の支出した前記金一一八二万円を下らないものと認めるのが相当である。
1450万円(購入価格)×0.855(償却率)=1239万7500円
以上の事実によると、原告会社は民法七一五条三項の規定により被告に対し求償権を行使しうることになる。
三 そこで、被告の抗弁三の2について検討するに、被告は、原告会社は被告に過酷な労働条件のもとで労務を課している旨主張する。
しかして、被告本人尋問の結果によると、被告は原告会社の北大阪営業部に所属し、陸送車の運転手として主張の長距離の運送業務に従事していることが認められ、また、被告本人の供述により真正に成立したものと認める乙第三号証、第五号証及び右尋問の結果によると、原告会社における長距離輸送の場合、原告会社には所要時間の定めにより、相当過酷な労働条件のもとで稼働していることを認めうるが如くである。しかしながら証人坂本敬三の証言によれば、原告会社は時間給を採つていないため、所要時間指定の必要がないことが認められ、右証言に照らして、被告の前記主張に沿う供述等はにわかに採用することができず、他にこれを確認するに足る証拠はない。
次に、被告は組合を結成しようとする原告らに対し不当労働行為を繰り返している旨主張するけれどもこれを確認するに足る証拠はない。
また、被告は、原告は被告に対するいやがらせとして本訴請求に及んでいる旨主張し、証人坂本敬三の証言によると、被告は現在原告会社を退職しており原告会社におけるストライキの最中に、被告が、本件損害金を裁判で取れるものなら取つてみろと述べたことが本訴提訴の一つの契機となつていることが認められないでもないが、そのことから直ちに本訴請求が権利の濫用になるというものでもなく、他に本訴請求が権利の濫用にわたるような事実を確認するに足る証拠はないので、被告の前記主張は採用することができない。
四 被告の抗弁三の3について検討するに、被告は本件事故は軽微なる過失により生じたものであり、しかも原告会社における就業規則の定めるところによると、被告に重大なる過失がある場合にのみ始めて求償権を行使することができることになるのであるが、本件事故は軽微な過失によつて生じたものであるから、求償権の行使は失当である旨主張する。
しかしながら、前記認定の事実によれば、被告の過失は自動車運転手として当然順守すべき注意義務を尽さなかつたいわゆる初歩的ミスともいうべきであり、しかも被告本人尋問の結果によれば、被告は長年の経験をもつ職業運転手であることが認められ、これらの事実に照らして、本件事実は被告の軽微な過失により惹起されたものということはできないので、その余の点につき判断するまでもなく、被告の前記主張は採用することができない。
五 次に、原告の求償しうる債権額について検討する。
成立に争いのない甲第一一号証、乙第二号証の一、二、証人坂本敬三の証言及び被告本人尋問の結果によると、原告会社は貨物自動車運送事業を営む株式会社であつて、全国に八個所の営業所を有し、自動車運転手約一五〇人を擁し、被告の所属する北大阪営業所には二〇人余の運転手が配置されていること、被告は右大阪営業所に所属して大阪府池田市のダイハツ工場から新車を積載してこれを北陸方面へ陸送し、帰りは群馬県太田市の富士重工へ廻るか、前橋市のダイハツ工場へ廻り、そこで新車を積載して帰るといつた仕事に従事していたこと、原告会社の給与体系はA、B、C、Dの四段階に別れており、D級は見習社員を対象とし、一人で荷物の扱いができるようになるまでの見習社員が対象であつて、日給扱いとなり、徐々に進級してA級に達するようになつており、被告は右最上級のA級にランクされ、努力次第では手取額の多くなる準歩合制の給与が支給され、本件事故前の約一か年の被告の平均収入は月額金五〇万七六六一円であつたこと、原告会社は本件事故当時被告車に対物保険として金一〇〇万円の保険金を掛けていたことが認められる。
右認定の事実によれば、原告会社は多数の従業員をかかえ、多くの利益を挙げていたことが窺われ、他方、被告は原告会社において比較的高額の収入を得ていたことが窺われないではないが、所詮、原告会社の一被用者にすぎず、また原告会社の如く不時の災害の発生が予想される多数の車両を擁して事業を営む者としては、これに備えて危険の発生に対処すべき事前措置を予め十分に講じておく必要のあることは企業主の責務とも考えられ、これらの事実に前記認定の加害行為の態様その他諸般の事情を総合して考えると、原告会社が訴外大起に対してした損害賠償義務の履行によつて被つた損害のうち被告に対し求償を請求しうる額は、信義則上前記損害額の四分の一を限度とするのが相当である。
したがつて、原告会社は被告に対し、原告会社が損害賠償義務のため支出した金一一八二万円の四分の一である金二九五万五〇〇〇円につき求償権を行使しうるものというべきところ、原告会社が前記対物保険金として金一〇〇万円と被告から損害の内金として金二万円を受領していることは原告の自認するところである。
被告は右金二万円については、原告において被告の賃金から被告の承諾を得ることもなくほしいままに原告の被つた損害に充当した旨主張するが、これを確認するに足る証拠はない。そうだとすると、原告が被告に求償しうる額は右金一〇二万円を差引いた残額金一九三万五〇〇〇円となり、右金員とこれに対する本件訴状が被告に送達せられたこと記録上明らかなる昭和五三年一月一〇日以降支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において原告の請求は理由があるものといわなければならない。
六 よつて、原告の本訴請求を右限度において認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 白川芳澄)