名古屋地方裁判所 昭和53年(ワ)873号 判決 1989年3月24日
主文
一 被告木下里美、同浅井理江との関係において、別紙物件目録記載の土地が原告大畑部落有財産管理組合の構成員全員の総有であることを確認する。
二 被告木下里美、同浅井理江は、原告加藤正治に対し、別紙物件目録記載の土地につき、真正な登記名義の回復を登記原因として、亡浅井永生(登記簿上の住所・瀬戸市西権現町二二番地)の共有持分全部移転登記手続をせよ。
三 被告株式会社井上段ボールは、原告加藤正治に対し、別紙物件目録記載の土地につき、昭和五二年三月一〇日名古屋法務局豊田支局受付第九〇八四号をもってなされた浅井永生持分全部移転請求権仮登記及び同日同支局受付第九〇八三号をもってなされた浅井永生持分抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。
四 訴訟費用のうち補助参加について生じた分は補助参加人らの負担とし、その余は被告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
(一) 被告木下、同浅井
(1) 原告大畑部落有財産管理組合(以下、原告組合という)の総有確認請求及び原告加藤正治の共有持分全部移転登記手続請求をいずれも却下する。
(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。
(二) 被告株式会社井上段ボール
(1) 原告加藤正治の持分移転請求権仮登記及び抵当権設定登記の各抹消登記手続請求をいずれも却下する。
(2) 訴訟費用は原告加藤正治の負担とする。
2 本案の答弁
(一) 被告木下、同浅井
(1) 原告組合及び原告加藤正治の請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。
(二) 被告株式会社井上段ボール
(1) 原告加藤正治の請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告加藤正治の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告組合
(一) 大畑部落は、江戸時代三河の国加茂郡大畑村と称し、その後、明治二二年に橋見村大字大畑、明治三九年に保見村大字大畑、昭和二八年に猿投町大字大畑、昭和四二年に豊田市大字大畑と、町村合併、名称変更等を経て、現在同市大畑町となっているが、同一地域に、旧来の慣習を維持しつつ、そのまま生活共同体としての部落を形成してきた。
(二) 原告組合は、大畑部落に一定の期間居住し、かつ江戸時代からの慣習に従って、同部落内の別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という)を含む山林、田畑等の不動産(以下、本件共同財産という)を入会地として管理してきた住民(以下、大畑部落民という)の団体(入会団体)が、その組織を整備して、昭和四八年一二月一六日に設立した社団であり、その後昭和五二年一二月二四日、名称を原告組合と変更した。
(三) 原告組合は、昭和四八年一二月一五日、右の慣習を踏まえて大畑共有財産管理組合規約(以下、元規約という)を制定し、次いで、同五二年一二月二四日これを改正(以下、改正規約という)し、右慣習及び規約によって、組合員全員で組織され、本件共同財産の管理処分や役員選任等の重要事項を決議する総会、代表機関である組合長その他の役員で組織され、通常事務を処理する理事会をおき、また組合員の資格及び本件共同財産の管理の方法を定め、組合員の変更にかかわらず存続する等、団体としての主要な点が確定している権利能力なき社団である。
2 本件共同財産の取得
江戸時代から、大畑部落民が「村山」「共有地」と呼び、部落共同体の財産として保有していた山林等、明治時代に「大畑持」として地券の交付を受け、大畑部落民の積立金をもって下戻しを受けた土地、大畑部落に近接する土地を大畑部落の収益金で買い求めた山林、学校用地として交換した土地等が順次大畑部落民の共同所有地となり、これらの山林田畑等が、本件共同財産を形成している。
3 本件共同財産の管理
(一) 登記
本件共同財産のうち、大正三年以前に大畑部落民の共同所有となった土地については、加藤常重名義で土地台帳に記載され、明治二四年八月二七日「橋見村大字大畑」が買い受けた旨記載され、大正四年五月二六日、当時の大畑部落の戸主全員である加藤音次郎他二三名に売買を原因として所有権移転登記がなされ、そのほかの土地では、土地台帳に「大字大畑持」と記載され、大正四年五月二六日、同じく加藤音次郎他二三名に売買を原因として所有権移転登記がなされ、また、その後に大畑部落で取得し大畑部落民の共同所有となった土地は、取得当時の大畑部落の役員名義で登記されてきた。このように、現行の不動産登記法上は入会権を公示する方法がなく、また、入会団体たる大畑部落の名では登記できない登記実務上の取扱いのため、大畑部落の全戸主か取得当時の役員の共有名義で登記し管理してきた。
(二) 本件共同財産の管理、収益
(1) 本件共同財産の管理、収益に参加する大畑部落民の資格として、古くから大畑部落に在住する戸主で部落の役務を行う者か、分家したもの、転入者については、大畑部落に居住後五年以上大畑部落の役務を行った者に限られ(分家したもの、転入者については、後に、元規約、改正規約で変更され、二五年、五〇年とされた)、また右の共同所有権は、相続人以外には譲渡できず、大畑部落から転出すればその時点で当然に喪失するものとされ、原告組合の改正規約に引き継がれている。
(2) そして、大畑部落民は、古くからその共同財産たる山林の下草刈り、山崩れの防止、樹木の採取、境界の現地での確認、建物の清掃等に従事するなどして、本件共同財産を管理してきたし、また本件共同財産の収益金によって、大畑部落民の共有する公民館、倉庫、消防施設、神社等の建築、管理費用に支出してきた。
(3) そして、原告組合の改正規約においても、組合は共同財産の管理処分、新規財産の取得等の事業を行うこと、財産上の収入支出は予算に計上すること、財産管理上必要なときは組合構成員に使役義務を課すこと等を定めている。
4 本件共同財産の所有形態
以上によれば、大畑部落民の本件共同財産に対する共同所有権は、慣習及び慣習に基づく各規約により、部落民が共同して管理収益することとされ、個々の部落民のその権利の自由な処分が否定され、また、大畑部落民たる資格と本件共同財産の共同所有権者たる地位の得喪とが結びついているから、本件土地を含む本件共同財産は大畑部落民の入会地であって、そして、大畑部落民の本件土地に対する共同所有形態は、共有の性質を有する入会権即ち総有である。
そうして、前記1のとおり、原告組合は、従来の慣習に基づき、大畑部落の組織や本件共同財産の管理方法等を整備して設立され、入会権者である大畑部落民によって構成された法人格なき社団であり、原告組合の構成員は入会権者である大畑部落民と一致するから、結局、原告組合の構成員は本件土地を総有する。
5 亡浅井永生名義の持分権登記及び被告株式会社井上段ボール(以下、被告井上段ボールという)の仮登記、抵当権設定登記の各無効
(一) 鈴木教太郎は、もと大畑部落民で、本件土地の入会権者であり、大正四年五月二六日付で、本件土地につき加藤音次郎他二三名の一人として共有持分(共有持分二四分の一)の移転登記がなされている。しかし、鈴木教太郎は、大正末頃、大畑部落から転出し、大畑部落に戻り住むことなく、死亡した。
(二) 本件土地の登記簿上、鈴木教太郎の共有持分が、昭和四九年一一月一二日付で相続を原因として、鈴木きわ及び浅井操に移転登記され、更に、同日鈴木きわ及び浅井操の共有持分が、相続を原因として浅井永生に移転登記され、次いで、亡浅井永生の右共有持分に対して、被告井上段ボールのため昭和五二年三月一〇日名古屋法務局豊田支局受付第九〇八四号をもって右持分全部移転請求権仮登記及び同日同支局受付第九〇八三号をもって抵当権設定登記が存在する。
(三) しかしながら、前記のとおり本件土地は大畑部落民の総有であるから、本件土地に対する鈴木教太郎の共有持分は本来存在せず、また、右のとおり大畑部落から転出したときに入会権者としての権利も消滅しているから、被告らは、本件土地に対して、何ら権利を承継することはなく、右各登記はいずれも実体を有しない無効な登記である。
(四) 仮にそうでなくても、被告井上段ボールは、亡浅井永生に対し、本件土地に対する同人の持分移転請求権仮登記及び抵当権設定登記の前提となる被担保債権を有しないから、右登記はいずれも無効な登記である。
6 亡浅井永生は、昭和五七年三月五日死亡し、被告木下、同浅井が同人を相続した。
7 被告木下、同浅井は、本件土地に対して、共有持分を有すると主張して、原告組合構成員全員が本件土地を総有していることを争っている。
8 原告組合の構成員全員は、本件訴訟提起に先だち、その総会において本件土地の登記名義人を、その組合員である原告加藤正治とすることを決議し、同人に対して、本件各登記手続請求につき、原告として訴訟提起及び訴訟追行することを委ねた。
9 よって、原告組合は、被告木下、同浅井に対して、原告組合の構成員全員が本件土地を総有することの確認を求め、原告加藤正治は、被告木下、同浅井に対し、右総有に基づき、真正な登記名義の回復を原因として右共有持分全部移転登記手続を求め、被告井上段ボールに対し、右総有に基づき共有持分全部移転請求権仮登記及び抵当権設定登記の各抹消登記手続を求める。
二 本案前の主張
1 原告組合の総有確認請求に対する被告木下、同浅井及び補助参加人らの主張
原告組合は、入会団体たる原告組合の構成員全員が本件土地に対して入会権を有することを前提として、本件土地に対する原告組合の構成員全員の総有の確認を求めているのであるから、右確認請求は、右構成員全員が訴訟提起、追行すべき固有必要的共同訴訟というべきであり、原告組合には当事者適格がなく、不適法な訴えである。
2 原告加藤正治の共有持分移転登記請求に対する被告木下、同浅井及び補助参加人らの主張並びに共有持分移転請求権仮登記及び抵当権設定登記の各抹消登記手続請求に対する被告井上段ボールの主張
原告加藤正治は、入会団体たる原告組合の構成員全員が本件土地に対して入会権を有することを前提として、右各請求をしているが、総有に基づく登記手続請求の場合も前記1と同様、右各請求は原告組合の構成員全員が訴訟提起、追行すべき固有必要的共同訴訟というべきであり、原告加藤正治が、右構成員全員から本訴提起を委託されたとしても、当事者適格がなく、不適法な訴えである。
三 本案前の主張1に対する原告組合の答弁
本案前の主張1は争う。
四 本案前の主張2に対する原告加藤正治の答弁
本案前の主張2は争う。
五 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)の事実は不知、同(二)(三)は否認する。
2 請求原因2の事実は不知。
3 請求原因3の事実はいずれも不知。
4 請求原因4の事実は否認する。
大正三年に制定された規約で、部落民が、本件土地につき各自所有権(共有権)を取得した旨記載されているように本件土地はそもそも共有地であり、入会地ではなかったから、大畑部落民の総有となったことはない。
5 請求原因5(一)の事実中、本件土地に加藤音次郎他二三名の一人として、鈴木教太郎の共有持分(共有持分二四分の一)の登記がなされていることは認め、その余は否認し、同(二)の事実中、原告主張の登記が存在することは認め、その余は否認し、同(三)の事実は否認する。
6 請求原因6の事実は認める。
7 請求原因7の事実は認める。
8 請求原因8の事実は不知。
六 抗弁
1 入会権(総有)の解体
(一) 大畑部落民が本件土地に対して入会権を有していたとしても、集団的管理利用という統制の事実がなくなれば入会権は解体され消滅する。そして、本件土地については、まず、大正三年に制定された規約に部落民が各自所有権を取得するとあり、加藤音次郎他二三名の共有登記がなされていることから、すでに、大正三、四年頃から、本件土地の入会権の解体は進行していたし、また、部落民は、それ以前は自給自足的な自然経済の下で、薪炭等天然産出物を入会山から自由に採取し、利益を得て、入会が存続していたが、次第に、貨幣経済が農村生活に浸透するにつれ、入会山から自然産出物を採取する必要もなくなり、入会山の管理も特になされなくなって、鈴木教太郎が、大畑部落から転出した大正末頃には本件土地の入会権が解体していた。
(二) かりに、大正末頃にはまだ右入会権の解体がなかったとしても、昭和四〇年代以後においては、本件土地を含む本件共同財産の大部分が珪砂等の採掘のため鉱業会社に賃貸され、入会権は全く解体されている。
このことは、元規約で、組合員を昭和四八年一二月一五日で固定したことにも現われているし、また、右の賃貸利用の状態を、契約利用入会としても、本来の共同利用形態の入会から契約利用入会に変更した場合には、新たな入会関係が成立したものとして、同一性は否定されるべきであるから、右の場合にも本件土地に対する入会権は解体している。
2 通謀虚偽表示
仮に、鈴木教太郎に、本件土地に対する共有持分がないとすると、本件土地に対する鈴木教太郎の共有持分の登記は虚偽の登記となり、原告組合構成員が右虚偽の登記を通謀してなしたものといえるから、右登記を信頼して善意で抵当権を設定した被告井上段ボール及び差押権者たる補助参加人らは、民法九四条二項の善意の第三者にあたり、原告加藤正治は、右登記の無効を被告井上段ボール及び差押権者たる補助参加人らに主張できない。
七 抗弁に対する認否
抗弁1、2は争う。
第三 証拠(省略)
理由
第一 本案前の抗弁について
一 原告組合の総有確認請求について
後記認定のとおり、原告組合は、本件土地に対し入会権を有する大畑部落民全員で構成された法人格なき社団であり、そして、構成員全員により組織され、本件共同財産の管理処分や役員選任等の重要事項を議決する総会、代表機関である組合長その他の役員で組織され、通常事務を処理する理事会をおき、また組合員の資格及び本件共同財産の管理の方法を定めた規約を有している。
そして、証人鈴木稔の証言によれば、本件総有確認の訴えは、原告組合の総会においてその構成員全員の一致で議決されたうえ、提起されたことが認められる。
以上の認定事実によれば、原告組合は、民訴法四六条の法人にあらざる社団であり、その名において、その構成員全員の総有確認を求める訴えを提起できるものと解するのが相当であり、右のような入会団体が代表者の定めのある社団で、しかも構成員全員が入会団体の名で訴え提起することを同意している場合についてまで、その総有確認の訴えを提起するのに、その構成員全員が原告となることが必要であると解することはできない。
よって、本件総有確認の訴えにつき原告組合が当事者適格を有しないとの、本案前の抗弁1は理由がない。
二 原告加藤正治の、共有持分全部移転登記手続請求並びに持分移転請求権仮登記及び抵当権設定登記の各抹消登記手続請求について
後記認定のとおり、原告組合の構成員は、本件土地を総有するものと解されるので、これに基づいて発生する登記請求権もまた、原告組合の全構成員に総有的に帰属するものと考えられるから、本来は、右登記請求権の訴訟上の行使は、原告組合構成員全員が共同してなすべきであるが、不動産登記法上権利能力なき社団の名による登記が認められていないため、登記実務上従来からその代表者又は構成員の個人名義による登記(単独又は共有)をもって、登記する扱いがなされているのであり、このような権利能力なき社団の構成員全員の総有に属する不動産の登記請求権を訴訟上行使する場合に、構成員全員の委託があれば、右委託を受けた者は、自己の名においてこれを行使し、訴訟を追行することができるものと解される。
そして、成立に争いのない甲第二八号証及び証人鈴木稔の証言によれば、原告組合の構成員は、本件土地に対する亡浅井永生の共有持分移転登記及び被告井上段ボールのための抵当権設定登記が経由されているのを知った後、原告組合の総会において右構成員全員一致の合意で、原告組合の構成員である原告加藤正治に対し、右登記上の権利に対する処分禁止の仮処分の申請及び本訴提起の権限を委ねたことが認められる。
よって、共有持分全部移転登記手続請求並びに共有持分移転請求権仮登記及び抵当権設定登記の各抹消登記手続請求の訴えにつき、原告加藤正治は当事者適格を有するというべきであるから、本案前の抗弁2は理由がない。
第二 本案について
一 請求原因1ないし4について
1 成立に争いのない甲第四号証の一ないし五三、第七号証、第一三号証、第一七号証の一、二、第一八号証の一、二、第一九号証の一、二、第二〇号証の二、証人鈴木稔の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証、第三号証、第五号証、第八号証の一、二、第九、第一〇号証、第一四号証、第一六号証、証人鈴木稔の証言によれば次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一)大畑部落は、明治初年加茂郡大畑村、その後明治二二年町村合併により橋見村大字大畑、明治三九年保見村大字大畑、昭和二八年猿投町大字大畑、昭和四二年豊田市大字大畑、更に同市大畑町と町村合併、名称変更を経て、現在に至るが、その区域に変更はなく、生活共同体としての部落を形成してきた。
(二) 大畑部落には、江戸時代から、部落民から寄贈されて取得し、部落民が共同所有として管理してきた土地、明治時代に、公簿上「大字大畑持」とされ公有地とされた土地を大畑部落民の積立金を支出して払下げを受け以後共同所有として管理してきた土地、またその後、部落で右土地の売却代金等収益金により取得した土地があり、また、部落民が建築した公民館等の施設があり、これらが大畑部落民の本件共同財産を形成している。
(三) 大畑部落に居住するものがこれらの土地の共同所有権を取得するには、慣習上、大畑部落内に一定期間居住して、部落の役務に従事することが必要とされ、また、右共同所有権は相続人以外には譲渡できず、右共同所有地内での伐木等は部落で決めた管理方法に従って行われ、そして、大畑部落外に転出すればその時点で、右共同所有権を当然に失うこととされてきた。
右慣習は、江戸時代から存在したが、大正三年に当時の大畑部落の戸主全員の合意によって確認された。
(四) 大正三年に、国の政策に従い、大畑部落の共同所有地を登記することになったが、その際、右共同所有地を、鈴木教太郎を含む当時の部落の戸主全員である加藤音次郎他二三名の共有名義の登記にしたが、本件土地も同様に鈴木教太郎を含む加藤音次郎他二三名の共有名義に登記された。
そして、その後新しく取得した土地については、その取得当時の役員の共有名義で登記された。
(五) 部落民は、古くから本件共同財産の山林の下草刈り、植樹、山崩れ、道路の補修、山回りをして、境界を確認するなど役務を提供して行い、右下草刈り等の木材を薪として分配を受け、また、本件共同財産を他に賃貸し、その共同所有の山林の木や松茸を売却する等して管理、収益し、その収益金は大畑部落の公民館、消防施設等の建設、管理費用、橋、道路の補修費用、祭礼関係費用、本件共同財産の固定資産税の支払に使用されてきた。
(六) 大畑部落は、享保年間には二九戸を数え、明治七年頃は一七戸、大正三年頃は二四戸の集落で、古くは田畑を耕作し、自給自足の生活をしていたが、昭和初年から、部落内の鉱山で働くものもあり、昭和四〇年以後になると、部落外に出て働く者が多く、農業以外の収入を主とした生活をするようになり、また、大畑部落に転入して来る者も増加してきた。
(七) そこで、大畑部落は、部落への転入者の増加による本件共同財産の管理関係の混乱を防止するため、昭和四八年一二月一六日、従来の慣習をもとに、本件共同財産について共同所有者としての資格のある部落民全員の合意により元規約を制定するとともに、原告組合を設立した。右規約では、原告組合の財産、組合員の資格、総会、役員等の規定を設け、そして、原告組合の財産として本件共同財産等とすること、原告組合の構成員の資格として、大畑部落に居住し、生活をともにしてきた部落民を中心に、分家したものは二五年、転入者は五〇年以上居住した場合とし、但し、転入者は昭和四八年一二月一五日までに転入した場合に限ること、右構成員全員により組織される総会において本件共同財産の管理処分を決定し、役員を選任すること、原告組合を代表し、また通常事務を処理する役員の種類、権限が定められた。
(八) 次いで、昭和五二年一二月二四日、原告組合員全員の合意で改正規約を制定し、右構成員の資格について、転入者についての時期的制限を削除し、右構成員が転出した場合には、右構成員はその権利を当然に喪失すること、共同財産からの収益金は原告組合の歳入とし、支出は財産管理及び部落民の福祉と大畑部落の共益のためにのみ支出できると定められた。
(九) ところで、大畑部落からの転出者をみると、部落の共同所有地の権利者であった者三名が大正期、昭和初期に他所に転出したが、これらの者はその転出した時点で、いずれも右共同所有地に対する権利を喪失した扱いがなされ、また、これらの者から、本件共同財産に対する払戻請求等の権利主張をされたこともなかった。
2 以上の認定事実によれば、大畑部落では明治時代以前から順次取得してきた本件土地を含む本件共同財産について、これらを部落民の共同所有地であるとの意識のもとに、慣習または慣習に基づく各規約により部落民が共同して管理、収益することとして、個々の部落民のその権利の自由な処分が否定され、かつ、他所へ転出すれば、右共同所有権を失うというのであり、そして、前記認定のとおり本件土地が鈴木教太郎ら部落民の共有名義に登記手続がなされていたとしても、それは、不動産登記法上入会権における総有関係を登記する方法がなく国の政策に基づき、次善の方法としてなされたにすぎないのであるから、本件土地を含む大畑部落の共同所有地は部落民の入会地であり、部落民の右共同所有の形態は総有であるというべきである。
そして、原告組合は、大畑部落民の総有する本件共同財産を管理するために、右入会権者たる大畑部落民を構成員として整備して設立され、かつ、団体としての組織を有する法人格なき社団であるといえる。
従って、本件土地は原告組合全構成員の総有であるということができる。
二 抗弁1(入会権(総有)の解体)について
入会権がどのような状態に至ったときに、これが解体したものと認めるべきかは、結局、入会地の使用収益等につき単なる共有関係をこえた入会団体の統制が存在するか否か、具体的には、部落民たる資格の得喪と使用収益権の得喪が結び付いているか、使用収益権の譲渡が許されているのか等の諸事情により判断すべきである。
そして、前掲甲第一号証及び成立に争いのない乙第三号証の一ないし四、第四号証の一ないし四、第五号証の一ないし二一、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる甲第二号証の一、二、乙第六号証、第九号証及び証人鈴木稔の証言、検証の結果によれば、本件土地は、昭和以後になると、大畑部落民が自家用の薪材、用材等の産出物を採取するという現実の共同利用形態は漸次みられなくなり、昭和四八年頃からは、本件共同財産の土地の相当部分を、珪砂等の採掘を目的として鉱業会社に賃貸するなど契約利用により賃料を得るという方法の利用に移行したことが認められるが、なお、前記認定のとおりその収益金は原告組合の歳入として、原告組合構成員の共同の施設の建設、管理費用、補修費用等に使用しており、そして、現行の改正規約によっても、原告組合構成員の本件共同財産の利用、管理を原告組合により制約され、持分譲渡も否定され、他所へ転出すればその共同所有権を喪失するものとされて、原告組合構成員たる資格の得喪が本件共同財産の管理権、使用収益権の得喪と結び付けられているのであるから、現在においても、原告組合の本件土地を含む本件共同財産に対する共同所有関係は、まだ入会権(総有)としての性格を失っていないものというべきである。
よって、抗弁1は理由がない。
三 請求原因5について
前掲甲第四号証の一ないし五三、証人鈴木稔の証言によれば、請求原因5(一)(二)の事実が認められる。
従って、前記認定のとおり、大畑部落民の本件土地に対する権利関係は総有であり、大畑部落から他所に転出するときは当然にこれを喪失するとの入会慣習が存したのであるから、鈴木教太郎は、大正末頃に他所へ転出した時点で、本件土地に対する入会権を喪失したものというべきであり、従って、また亡浅井永生が、本件土地に対し鈴木教太郎の入会権を承継取得することもないから、本件土地に対する亡浅井永生の共有持分登記は、いずれも無効な登記ということになる。
そして、亡浅井永生が、本件土地につき共有持分権を有していないのであるから、被告井上段ボールもまた、本件土地の亡浅井永生の共有持分権につきその移転も、抵当権も取得できないことになるから、右持分全部移転請求権仮登記及び抵当権設定登記はいずれも実体を伴わない無効の登記ということになる。
四 抗弁2(虚偽表示)について
不動産登記法には入会権における総有関係を登記する方法はなく、そして、登記なくして、これを第三者に対抗することができると解されているが、右登記方法がないため、入会権者のうち一部の者に共有名義の登記がなされたとしても、これをもって、通謀虚偽表示に基づく登記ということはできず、従って、民法九四条二項またはその類推適用はない。
そして、前記認定のとおり、本件土地の共同所有の形態は総有であって、本件土地に対する鈴木教太郎の共有名義の登記は総有関係に登記方法がないために次善の方法としてなされたものであり、また、鈴木教太郎が大正末頃大畑部落から転出し、入会権者としての資格を喪失した後相当長期間登記がそのままの状態であったとしても、そのことだけでは民法九四条二項またはその類推適用をすべき場合に当たらない。
よって、その余の点をみるまでもなく、抗弁2は理由がない。
五 請求原因6の事実は当事者間に争いがない。
六 請求原因7の事実は当事者間に争いがない。
七 以上のとおりであって、原告らの請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用については民訴法八九条、九四条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(別紙)
物件目録
豊田市大畑町三反田三九五番一
一 山林 一一〇三四平方メートル
右同所三九五番二
一 山林 七六平方メートル
右同所三九五番三
一 山林 一九平方メートル
右同所三九五番四
一 山林 一九八平方メートル
豊田市大畑町砂山三三九番
一 原野 四四九平方メートル
右同所四六九番一
一 山林 一三六六六平方メートル
右同所四六九番二
一 山林 一二二平方メートル
右同所四六九番三
一 山林 一三平方メートル
右同所四六九番三六
一 山林 九九一平方メートル
右同所四六九番四二
一 山林 一一六三平方メートル
右同所四六九番四三
一 山林 一八七四平方メートル
右同所四六九番四四
一 山林 九三二平方メートル
右同所四六九番四六
一 山林 四九五八平方メートル
右同所四七一番三
一 畑 四〇七六平方メートル
右同所四七一番四
一 畑 二〇一九平方メートル
右同所四七一番五
一 畑 一九六〇平方メートル
右同所四七一番六
一 畑 五二九九平方メートル
右同所四七一番七
一 畑 一六八平方メートル
右同所四七一番八
一 山林 三二七平方メートル
右同所四七一番九
一 山林 六六四平方メートル
右同所四七一番一〇
一 山林 一九八三平方メートル
右同所四七一番一一
一 山林 六六平方メートル
右同所四七一番一二
一 山林 三八〇平方メートル
右同所四七一番一三
一 山林 二九七平方メートル
右同所四七一番二
一 山林 一〇九〇九平方メートル
豊田市大畑町寺ケ洞一八三番一
一 宅地 二七九・六六平方メートル
右同所一八三番二
一 宅地 二七・一〇平方メートル
右同所一八三番三
一 宅地 二三・八〇平方メートル
豊田市大畑町向田三六七番
一 田 三九六平方メートル
右同所三六七番一
一 原野 四六平方メートル
右同所三八五番
一 畑 二三一平方メートル
豊田市大畑町不流一二五番
一 畑 一三五平方メートル
右同所一二七番
一 畑 三六平方メートル
豊田市大畑町大原三〇九番
一 原野 二一一平方メートル
右同所三一六番
一 田 一〇二一平方メートル
右同所四五五番
一 山林 一二九二平方メートル
豊田市大畑町上ノ屋敷二三六番
一 畑 二九〇平方メートル
豊田市大畑町油摺三九二番四
一 山林 一三〇九七平方メートル
右同所三九二番五
一 山林 一二三九平方メートル
右同所三九二番六
一 山林 一四四三九平方メートル
右同所三九二番七
一 山林 三四七一平方メートル
右同所三九二番八
一 山林 四一一五平方メートル
右同所三九三番一
一 山林 一八八四二平方メートル
右同所三九三番二
一 畑 二七六〇平方メートル
右同所三九三番五
一 山林 一一九〇平方メートル
右同所三九四番一
一 山林 二三四八七平方メートル
右同所三九四番四
一 山林 一六平方メートル
右同所三九四番五
一 山林 一九平方メートル
右同所三九四番六
一 山林 九九平方メートル
豊田市大畑町三反田三九五番五
一 公衆用道路 一七一平方メートル
右同所三九五番六
一 山林 六九平方メートル
豊田市大畑町寺ケ洞四三八番
一 保安林 一七八一平方メートル
豊田市大畑町神戸四〇五番二
一 公衆用道路 一六平方メートル