名古屋地方裁判所 昭和54年(ワ)126号 判決 1981年11月18日
原告
本田縫子
右訴訟代理人
岡崎由美子
同
前田義博
被告
医療法人米田病院
右代表者理事
米田一平
右訴訟代理人
高野篤信
同
石上日出男
主文
一 被告は、原告に対し金五五万七、〇〇〇円およびこれに対する昭和五四年二月九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余は被告の各負担とする。
四 主文第一項は仮りに執行することができる。
事実《省略》
理由
一被告がいわゆる美容整形外科病院を経営する医療法人であること、昭和五〇年一月八日原告は両足の脱毛治療のため被告病院を訪れ爾来昭和五三年五月二五日までの間に合計三一回にわたり、被告病院で通院治療を受けたことは当事者間に争いがない。
二<証拠>を総合すると、原告の治療経過につき次のように認めることができる。
(1) 被告の経営する米田病院では形成外科の認定医の資格をもつ院長米田一平をはじめ、六人の医師が外科その他八科目の標傍科目について診療にあたり、脱毛治療についてもかねてより診療の一部門としてこれを行つてきたものである。
(2) 原告は昭和二二年生まれの独身女性であるが、二三・四才のころより自分の脚部が他の女性に較べ毛深いことに気付き、それ以来これを気にしてきたことから、昭和四九年夏ころ、専門医のもとで脱毛治療を受けるため、被告病院を訪れ、同病院受付係から永久脱毛はできるが、今年は予約がいつぱいであるから来年来るようにとの説明をうけ、昭和五〇年一月八日再び同病院へ出向いた。同日、原告は受付で脱毛治療のため来院した旨告げると、やがて被告病院看護婦森田浪子に診療室へ案内され、そこでベットに寝かされたうえ、同看護婦から、デビラトロンという機械を用いて、毛をピンセットではさみ高周波をかけ、一本ずつ抜いて行くという方法で治療をうけ、これを三日間続けた結果両足の毛は全部抜き取られた。原告はこの治療中も毛が再生しないようになるにはどのくらいの期間治療を要するのか気がかりであつたことから、右森田にこの点を尋ねると、短かい人で一年半か二年くらいかかるが、人によつて違うから、気長に根気よく治療すればだんだん減つて行くとの答えであつた。
(3) その後、一ケ月半か二ケ月ごとに被告病院で右の方法による脱毛治療をうけてきたが、目立つた効果もないことから、昭和五一年六月ころ、森田はノーベルコロナという機械を用いて、毛根に一つずつ針を突きさし、高周波の電流で毛根を焼滅凝固し、まとめて毛を抜く電気焼炉法ないしは電気凝固法と呼ばれる治療方法に変えた。このような治療方法の変更は、あらかじめ被告病院院長から森田に対してデビラトロンで効果のない場合は、電気凝固法に変えてよい旨指示されていたことに基づくものであつた。なお、この方法は針をさして電気を流すものであるから、火傷の痕跡が残るのであるが、二・三か月くらいたつと自然に消滅する程度のものであつた。
原告はこのあとも昭和五三年五月二五日まで被告病院へ通院したが、依然脱毛効果があらわれないため、永久脱毛は不可能であることを知るようになり、通院治療を自発的にやめてしまつた。
以上の事実が認められ<る。>
そして、前記当事者間に争いのない事実及び右認定事実によれば、昭和五〇年一月八日原告と被告間において、医師による多毛原因の診断と治療を履行の内容とする準委任契約が成立したと認めることができる。
三次に<証拠>を総合すると、現在の医学においてはいわゆる多毛症は病気の範ちゆうに入るものではなく、生理的には何ら異常な状態ではないとされており、ただ、心理的に多毛を気にする向きも多いことから、脱毛の方法が種々考案されているにすぎないこと、もともと多毛というのは人間の体質的な問題であり、毛根を完全に破壊して毛が再生しないようにする、いわゆる永久脱毛ということは、現在の医学の水準では不可能とされていること、しかし、巷では、あたかも毛が再生しない脱毛方法があるように宣伝され、医師の資格をもたないものによつて、そのための施術が行われており、医学的知識をもたない一般人には永久脱毛も可能であるかのように信じている人が多いこと、以上の事実が認められるところである。
四そこで被告の責任について検討する。
判旨(1) 原告は、先づ本件治療に際して医師が直接診療にあたらず、もつぱら看護婦をしてこれを行わせたと主張するところ、原告と被告間に成立した準委任契約においては、医師による診断と治療を履行の目的としているにも拘らず、原告に対する治療は、医師の包括的な指示があつたとはいえすべて看護婦である森田浪子によつて行われ、被告病院の医師が直接治療にあたることはなかつたこと前記認定のとおりである。被告代表者は、米田医師が初診し、爾後森田浪子が医師の監督のもとに治療をしたと供述するが、右本人尋問の結果の措信できないことも前記のとおりであり、カルテのうち、病状・治療法については同医師が記載したことが右本人尋問の結果から認められるものの、その余の大部分は治療費額等形式的な事項を記載したにすぎず、この記載内容からしても被告の主張はにわかに首肯し難いところである。従つて、この点に債務の不履行があつたといわなければならない。
判旨(2) 次に、説明義務違反の点であるが治療行為にあたる医師は、緊急を要し時間的余裕がない等、格別の事情がない限り、患者において当該治療行為をうけるかどうかを判断決定する前提として、治療の方法・効果あるいは副作用の有無等について患者に説明をする義務があるというべきところ、本件においては、治療が一種の美容整形であつて、身体の保全に必須不可欠なものではなく、しかも世間では脱毛の治療効果があまり期待できないことについては知られていないうえ、治療に際しては軽微とはいえ身体への侵襲を伴うものであることからすれば、治療にあたる医師は最小限永久脱毛は困難であること、ノーベルコロナの方法による場合は治療部位に一時的ではあるが焼痕が残ることを説明する義務があつたというべきである。被告病院においては、医師による右の説明がなかつたばかりか、前記認定のとおり、受付係においてあたかも永久脱毛が可能であるかの返答をし、看護婦森田も治療の途中で相当長期間の治療を要すると説明したのみで、それ以上の説明をしなかつたのであるから、この点において被告には説明義務を尽さなかつた債務不履行があつたことは明らかである。
(3) 原告は、ノーベルコロナによる治療を行う際には原告の皮膚に損傷を与えないようにする義務があると主張するところ、この治療によつて原告の脚部には高周波の電流による焼痕が残り、原告本人尋問の結果によると、それが二・三か月以上消滅しなかつたことが認められるけれども、これは毛根を焼毀するために右治療に必然的に伴うものであつて、森田の機械の操作や施術方法の不適切により生じたと認めるべき証拠はなく、また、原告も事前に説明をうけたことはなかつたが、この治療中にもノーベルコロナによる治療を拒絶する意思を表示したことを認める証拠もないことから、原告もこの程度の焼痕の生ずる治療を承諾していたと認められるので、原告主張は理由がない。
五前項(1)(2)のように、被告に債務の不履行があり、その責任を阻却すべき事由を認めるべき証拠もないから、被告はこれによつて原告の被つた損害を賠償する義務がある。先づ医師による治療を怠つたことは前記のとおりであるが、そもそも、脱毛治療として被告病院が行つていたところのものは、被告代表者本人尋問の結果によれば、先に原告に対して施されたと認定した二つの方法の他にはより簡略なものが一・二あるにすぎず、それらはいずれも高度な医学的判断や技術を要するというものでなく、その意味では医療行為というには値しない極めて簡易な処置であり、加えて、証拠上も被告病院にはこれら以上に医学的によりすぐれた脱毛治療法やそのための設備があるとも認められないことからすると、実際に原告に対して施された治療の内容は医師の手によるか看護婦によるかでその効果や副作用の有無につき格別の差異があるわけではないと考えられることからして、これによつて原告に損害を与えたとは認められない。しかし、原告は被告病院の医師から治療の効果等について明確な説明をうけなかつたことから、相当期間治療をくり返せば永久脱毛も可能であると考え、三年五月余の長期間にわたつて三一回の通院治療をうけ、その挙句脱毛の効果は一時的なもので、暫くすれば毛は再生し、永続的な効果のないことを身をもつて知らされたものであり、もし被告の説明義務が尽されておれば、原告は被告病院の治療をうけなかつたと認められるから、原告が治療費として被告に支払つたことが当事者間に争いのない金二〇万七、〇〇〇円は被告の債務不履行によつて原告のうけた損害である。また、長期間にわたつて無益な治療をうけつづけたことを知つた原告が相当の精神的打撃をうけたことは自明であり、特に、原告は初診時二八才の独身女性であつて多毛症を強く気にしていたのであつて、それ故にこそ三年余にわたつて治療をうけ、脚部に焼痕の残ることも甘受してきたと考えられることからしても、その程度は決して軽くはないと認められる。ただ、右焼痕については、その後消滅していることが被告代表者本人尋問の結果から認められ、多毛の状態についても、原告はその本人尋問において治療以前より悪化したかに供述するが、これも感覚的なものでそのまま措信できないところである。そこで、これらの諸事実を斟酌して原告の精神的苦痛に対する慰謝料額としては金三五万円をもつて相当とする。<以下、省略>
(宮本増)