名古屋地方裁判所 昭和54年(ワ)1724号 1981年12月25日
原告
今野光夫
右訴訟代理人弁護士
冨田武生
(ほか五名)
被告
株式会社冨山建物管理興業
右代表者代表取締役
冨山淳
右訴訟代理人弁護士
榊原幸一
同
伊藤道子
主文
一 原告の請求はいずれもこれを棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は原告に対し、六一万〇三三二円及び内金一五万二五八三円に対する昭和五四年四月一日以降、内金一五万二五八三円に対する昭和五四年五月一日以降、内金一五万二五八三円に対する昭和五四年六月一日以降、内金一五万二五八三円に対する昭和五四年七月一日以降完済に至るまでそれぞれ年六分の割合による金員を支払え。
3 被告は原告に対し、昭和五四年七月以降毎月末日限り一五万二五八三円を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文第一、二項同旨
2 仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告はビルの清掃・警備及び設備の総合管理を主たる目的とし、昭和五一年一一月二七日設立された株式会社である。
2 原告は昭和五三年二月一日被告に入社し、被告が管理を担当するビルの警備業務に従事してきた。
3 被告は昭和五四年一月一一日原告に対し、会社の事情によるとして、同年二月末日限り退職願を提出するよう命じ、これを提出しない場合には解雇する旨通告した。原告はこれに応じなかったところ、被告は原告に対し、同年二月末日解雇の意思表示をした。
4 本件解雇は理由を明示せずまた原告においても解雇に価する事実は全く思い当らないものであるから、解雇権の濫用に当る。
5 原告の本件解雇前三か月の平均賃金は月額一五万二五八三円であり、賃金は毎月末日限り当月分を支払う約束であった。
6 よって原告は被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認とともに、昭和五四年三月一日以降同年六月末日までの賃金合計六一万〇三三二円及びそのうち各一か月分宛の賃金額一五万二五八三円に対する各賃金支払日の翌日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金並びに同年七月一日以降毎月末日限り一五万二五八三円宛の賃金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び主張
1 請求原因1ないし3の事実は認める。同4及び5の事実は否認する。
2 本件解雇にはつぎに記述するとおり合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認しうる場合に当るから解雇権の濫用にならない。
(一) 原告は被告が管理する名古屋市中区錦三丁目七番二六号所在の森ビルの警備員として、ビル内外の巡視・警備、出入者の管理、館内の案内、駐車場への車輛の誘導・保安・監視その他被告の指示する事項を処理するなどの業務に従事していた。
(二) 被告は警備員が入社する際、駐車場の管理について不法駐車をする車輛を発見したときは、館内放送によって当該車輛の運転手を呼び出し移動させることとし、事故等を発生せしめるおそれがあるので、仮に運転免許証を所持する場合であっても、決して警備員が自分で不法駐車車輛の運転をしてはならない旨指示していた。被告は原告に対しても入社時に右のとおり指示した。
なお警備員が駐車場に出入する車輛のチェックをすることは可能である。即ち注意して見ていれば警備員室から不法駐車車輛は見えるし、また駐車場・玄関ホールの巡視が予め指示してあり、指示どおり巡視をすれば、不法駐車車輛の発見・移動等は支障なくなし得るものである。
(三) ところが原告は昭和五三年一〇月二七日の事故までの間に、前記指示に反し、被告が発見しただけでも五、六回自ら運転して不法駐車車輛を移動させることがあったので、被告は繰り返し原告に対し注意していた。
(四) 昭和五三年一〇月二七日午前一〇時四〇分ころ被告代表者冨山淳(当時は専務、以下冨山という)が出勤した際、自己の専用区域内に軽四輪トラックが不法駐車していたので、原告に対し館内放送で運転手を呼び出し、車輛を移動させるよう指示した。しばらくすると当該車輛が後退してきたので、当然当該車輛の運転手が運転しているものと信じて見ていたところ、なおも後退を続け、後方に駐車中の訴外明治乳業株式会社東海総括支店(以下明治乳業という)の車輛に衝突しそうになった。そこで冨山は大声で「止まれ、止まれ」といったが止まらず、そのまま後退して明治乳業の車輛フロント右側に衝突した。ところが運転席から出て来た運転者をみると、それは当該車輛の運転手ではなく原告であり、警備員の制帽をかぶっていなかったため、冨山は運転者が原告であることに気付かなかったのである。冨山は驚き、当該車輛の運転手をなぜ呼ばなかったかと原告を叱った。そして原告に対し、損害は被告が賠償するから心配しなくてもよいが、事故報告書・始末書を提出すること及び明治乳業の責任者に対して謝罪することを指示した。しかし、原告はこれらの指示に従わなかった。
(五) 被告は原告が右事故を契機として反省し、今後被告の指示どおり駐車車輛の運転はしないものと信じ前記事故の損害金約七万円を明治乳業に賠償したところ、右事故から間もない昭和五三年一二月八日たまたま冨山が自分の車輛に入れてある書類をとりに駐車場へ行くと、別の車輛が動いており、ふっと見ると原告が運転していた。そして原告は冨山に気付いたのか制帽をとって運転席に身をちぢめて隠れた。そこで冨山は翌日原告に対し厳しく注意したが、原告は反省の態度がなく黙ったままであった。
(六) その他原告は駐車している車輛のキーの保管がいい加減であった。また警備員には予め制服・制帽を着用し、身だしなみに注意を払うよう指示してあった。ところが原告は、これらの指示に従わず、夏期・夜間の巡視をランニングシャツとステテコで行ない、冨山から制服・制帽の着用を厳重に注意されたにも拘わらず従わなかった。
(七) 警備員はビル内の秩序と平穏を維持し、火災・盗難の予防・警戒に当り、また非常事態に対処するなど重要な職務を担当しているものであるから、これら職務を適切迅速に遂行するためには、平素からの規律正しい勤務が前提となる。また事故を未然に防止するため特に厳正な勤務態度が要求される。被告は原告に期待して他に比較し高額の賃金を支払ってきた。ところが原告は前記のとおりたびたび業務命令に反し、勤務態度も不良で業務適格性に欠ける。
(八) 森ビルは名古屋市の中心部にあり、明治乳業始め名の知れたる堅実な企業の事務所が入り、被告としても最も大切な得意先としているものである。これまでオーナーやテナントから保安警備が十分でないとの苦情が出ていたことでもあり、原告についての前記の事実があれば、被告はその企業維持のためにも原告を解雇せざるを得ない。若し委任者である訴外日本ファイバー株式会社から森ビル管理委託契約を解除或いは更新拒絶をされることになれば、被告の経営は直ちに破綻するに至るのである。
(九) 一方原告は、被告に入社したのが五七才、退職したのが五八才の老人で、五四才まで他の会社で勤務し、その後老後の再就職としてビルの警備員をして余生を送っている立場にある。そもそも今後長期間にわたって一家の中心となって働く立場にはないのである。しかも昭和五四年二月末日解雇された後、同年四月よりフジ商会にビル警備員として就職しており、本件解雇によって蒙る損失はない。
(一〇) 以上原、被告双方の事情を総合勘案すれば本件解雇が権利濫用といえるものでないことが明らかである。
三 被告の主張に対する認否及び反論
1 被告の主張二、2、(一)の事実は認める。
2 同(二)のうち、原告が被告から駐車場の管理について不法駐車をする車輛を発見したときは、館内放送によって当該車輛の運転手を呼び出し移動させるように命ぜられていたことは認めるもその余の事実は否認する。
しかしながら放送で呼び出しても運転手が来ないことがしばしばあり、止むなくキーが差込まれている車輛については原告において移動することがある。この点の根本的解決は契約車以外の駐車場への侵入を事前に防止することであるが、原告にとっては駐車場の管理だけが業務でないうえに、警備員室からは駐車場の出入りのチェックが出来ないのでそれも不可能である。
3 同(三)のうち、原告が昭和五三年一〇月二七日の事故以前にしばしば不法駐車車輛を移動させていたことは認めるもその余の事実は否認する。
4 同(四)のうち、昭和五三年一〇月二七日午前一〇時四〇分ころ原告が不法駐車車輛を移動するため、当該車輛を運転中、同駐車場に駐車中の明治乳業の車輛フロント右側に衝突したこと、冨山は原告に対し損害は被告が賠償するから心配しなくてもよい旨述べたこと、原告は事故報告書・始末書を被告に提出せず、また明治乳業の責任者に謝罪しなかったことは認めるもその余の事実は否認する。
原告は当時不法駐車車輛を移動させねばならない必要を生じたため館内放送をしたが、当該車輛の運転手は現われなかった。そのため止むなく原告は右車輛を自ら運転して移動させたものである。その際冨山から大声で「止まれ、止まれ」といわれたことはない。原告は直ちに当該車輛の運転手に陳謝するとともに冨山に対し修理費を負担すること、謝罪に行くことを申出たが同人はその必要はないと述べた。またこの件につき事故報告書・始末書等の提出を命じられたことはない。
5 同(五)のうち被告が明治乳業に対しその主張の金額の賠償をしたことは不知、その余の事実は否認する。
6 同(六)の事実は否認する。
警備員はすべての車輛についてキーを預かるということではないため、キーを保管したことは殆どない。たまに預かることがあるがその保管がいい加減であったことは一度もない。また原告は制服を常に着用して業務に従事していたが、その服装が乱れていたことはない。一、二度上着の一番下のボタンがはずれていて冨山に注意されたことがあったが、その時はすぐに直した。
7 同(七)のうち警備業務の内容が被告主張のとおりであり、警備員の勤務態度に厳正さが要求されることは認めるもその余の事実は否認する。
第三証拠(略)
理由
一 請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで本件解雇が、解雇権の濫用に当るか否かにつき判断する。
1 原告の業務命令違反若しくは勤務態度不良について
(一) 被告主張二、2、(一)の事実は当事者間に争いがない。
(二) (証拠略)を総合するとつぎの事実が認められ、同認定に抵触する原告本人及び被告代表者の供述(各一部)は措信し難く、他に同認定を覆すに足る証拠はない。
(1) (駐車場の管理について)
被告が管理している森ビルの一階は一部が駐車場となっており、同ビルテナントのための有料専用駐車場として使用されている。そして車輛一台分毎に区画され、契約者は指定された区画にのみ駐車する定めとなっている。しかし契約者以外の車輛がその区画内に駐車したり、また契約者であっても区画をはみ出したり、通路部分に車輛を止め一時的に通行を妨害することがあるので、これら不法駐車車輛を規制するための駐車場管理が重要な課題となっていた。そのため被告は警備員に対し、可能な限り駐車場の監視をすること、契約者以外の車輛が駐車しようとしているときは、訪問先を尋ね、警備員において当該訪問先の承諾を求め、承諾ある場合に限り当該訪問先の区画内に駐車を命じキーを預かること、不法駐車した車輛を発見したときは、警備員室から全館内に放送して当該車輛の運転手を呼び出し他に移動させること、館内放送によっても運転手が現われないときは、そのままにし、たとえ当該車輛にキーがついていても警備員はこれを運転又は操作しないこと、そのまま放置することができない状況の場合は八階にある被告事務所に連絡して指示を受けること、このように警備員としては駐車場内の他人の車輛は、たとえキーがある場合でも運転又は操作しないことを指示した。原告は警備員として被告に入社後被告から同旨の指示を受けた。右指示に従うことは可能であり特に困難でもない。
(2) (警備員室からの見通しについて)
警備員室からは特に窓際に立つとか、鏡等を使用しない限り駐車場を見通すことができない構造となっている。また窓際に立っても駐車場の一部が見えるのみで南側部分は壁のため見通すことができない。しかし警備員室の机の位置を若干移動させること等によって視野を広げることが出来るのに原告はそのような工夫をしなかった。もっとも不法駐車車輛はそのような工夫で少しは予防できるとしても、警備員室からの監視ではすべてを防止することは無理である。
(3) (巡視について)
警備員は一日数回各階を巡視することになっているが、午後一一時からの最終巡視は、火気・不施錠・消灯を確認することとされている。しかし昭和五三年七月ごろまでの間テナントから警備員は右最終巡視またはその際の確認を十分に行なっていないのではないかとの苦情が述べられ、被告において巡回時計を警備員に携行させるようにしたところ、苦情が出なくなった。
(4) (不法駐車車輛の移動について)
原告は前記運転禁止の指示に反し昭和五三年一〇月二七日以前にしばしば不法駐車車輛を移動させていた。しかしその都度被告から注意されることはなかった。
(5) (衝突事故について)
昭和五三年一〇月二七日午前一〇時四〇分ころ冨山が出社のため車輛を運転して駐車場に入ったところ、駐車すべき区画内に軽四輪トラックが駐車していた。そこで冨山は駐車できないので警備員室に行き原告に対し、直ちに館内放送をして運転手を呼び出し右不法駐車車輛を移動させるよう命じた。そして冨山は自己の車輛に戻り移動を待っていたところ、やがて当該不法車輛が後退を始めた。ところがその車輛は後退を続け後方に駐車していた明治乳業の車輛に衝突しそうになったので冨山は大声で制止したが止まらず、右明治乳業の車輛のフロント右側に衝突してしまった。冨山が車輛から出てみると、右軽四輪を運転していたのは原告であった。そこで冨山は原告に対し車輛を運転したことを非難したところ、原告は今後は気を付けると述べた。なお明治乳業の車輛はフロント部分が区画よりややはみ出していたが、衝突自体は原告の運転操作の誤りであり、過失によるものとみられる。しかしその損害は軽微なものであった。
(6) (報告書等の提出について)
森ビルは過去においてフジ商会が委託を受けて管理していたのを被告が引継ぎ、被告において管理するようになったものであるが、警備員室には、フジ商会管理時代に作られた「事件(故)発生報告書」なる用紙が備付けられていた。被告は、フジ商会と同様警備業務に関し事件等が発生したときは、右用紙を使用して報告するよう警備員主任の生田保に指示してあった。右報告書は被告に提出されると被告からオーナーの訴外日本ファイバー株式会社に回付されるものである。冨山は昭和五三年一〇月二七日の事故直後現場において原告に対し、事故報告書を提出するように、また右事故は原告の過失によるものであるから原告名義の始末書を作成して提出するよう命じ、更に生田に対しても事故報告書を提出するよう命じた。しかし事故報告書や始末書は提出されなかった。また冨山はその際原告に対し、衝突による損害の賠償は被告の方で履行するから、原告は明治乳業へ行って陳謝して来るように指示したが、原告は明治乳業の被害車輛の運転手に対して陳謝したに過ぎなかった。
(7) (再度の運転について)
被告は前記事故後、明治乳業と示談をし破損車輛の修理及び代車を出すことで解決した。ところが、昭和五三年一二月初旬ごろ冨山が所用で駐車場へ行ってみると、原告が駐車場内の小型トラックを運転して移動中であり、冨山に気がつくと原告は帽子をとり運転台に身を伏せた。冨山は翌日日誌を持って来た原告に対し「あれだけ事故で迷惑をかけておいて、またそういうことをやるのはけしからんじゃないか」と問責すると原告は「今後は絶対握りません。許して下さい」と述べるのみであった。
(8) (服装その他について)
被告は警備員に対し制服(夏・冬用別)及び制帽を支給し、業務中はこれを着用するよう命じていたが、原告は昭和五三年七月以前、制帽を着けないことが何回かあり、その都度注意を受けた。また一、二回上衣のボタンが掛けてなかったこと、ズボンファスナーが開いていたこと等があり、更に夏の最終巡視の折などステテコ・ランニング姿で歩いていたことが三、四回ありいずれもその都度注意された。警備員は各テナントから室のキーを預かり翌朝出社したとき渡すことになっているが、原告はテナントにキーを乱暴に渡したことがあり、苦情が申込まれたことがあった。
(三) 以上の事実によると、
(1) (3)の最終巡視の際の確認不十分及び(8)の服装の乱れ等の事実は勤務態度不良とみることができ、(4)(5)(7)の各車輛運転及び(6)の報告書不提出等の事実は業務命令違反と評することができる。そしてビル管理を業とする者が、管理業務を現実に行なう従業員(警備員)に対し、監視、点検若しくは確認事項を具体的かつ個別的に指示することはその業務の性質上当然であるし、警備員に制服・制帽を支給し、服装、動作にまで一定の服務基準を設定してその遵守を求めることは、本件ビルが都会中心部にあるオフィスビルであること、そしてその基準が服装を整えるとか礼儀をわきまえるといった程度の一般的なものであることを考えるとこれを是認することができる。また駐車場内の所定区画内に車輛を駐車させ得るのは当該区画の使用契約者であり、他人はその区画内に駐車してはならないのであって、他人の区画内に駐車したとき、その車輛を移動する義務は当該不法駐車をした車輛の運転手にあり、ビル警備員には一般に駐車場内の他人の車輛を運転する権利も義務もないことが明らかである。しかも警備員が運転手の依頼を受けて駐車場内の車輛の所定区画内への収納、移動等を行なうことになれば、業務量が増加するばかりか、事故やテナントとの間のトラブルの原因ともなるおそれがあって、被告が警備員であった原告に対し、駐車場内の車輛の運転、操作一切を禁止する指示をしたことには理由があると解される。従って被告の前記警備員に対する種々の指示、命令には合理性があるものというべく、そうである以上これら指示、命令に反した原告の所為に対し、勤務態度不良ないしは業務命令違反と評価することは何ら不当ではない。
(2) そして右の事実は、個別的に観察する限り、いずれも軽微なものといえるが、全体的にみると回数も少なくなく、(4)(5)(7)は一連のもので繰り返し行なわれており、ことに(7)の事実は(5)の事故後わずか二か月しか経過していない時期における再度の違反であり情状は軽くない。そして警備員の業務にはその性質上一定の厳正さが要求される(この事実は当事者間に争いがない)ことを勘案すると、原告の度重なる右違反等の行為は、原告が負っている警備員としての職責からみて軽視することはできず、被告が(7)の事実を契機に原告の業務適格性に疑問を抱き解雇もやむなしと考えるに至ったことはあながち不当ということはできない。
2 被告の業績及び方針について
(一) (証拠略)を総合するとつぎの事実を認定することができ、同認定を覆すに足る証拠はない。
被告は昭和五一年に設立され、昭和五三年一月一日より訴外日本ファイバー株式会社から森ビルの建物総合管理を委託され、委託者は毎月管理料を支払い、受託者は善良なる管理者の注意をもって、誠実に管理業務を行なうことが約定された。そして同契約は一年契約とし更新可能とされていたところ、被告は森ビルが被告の扱っているビルの中でオフィスビルとしては最大のものであり収入も全収入の半分近くを占めるため、更新を希い、また当時被告の業績が赤字であったこともあって、森ビルの管理については特に重点を置いていた。そのため警備員として原告を雇用するに際し、被告は一般の保安関係の労働者の賃金よりも若干高額に遇した。
(二) 以上認定事実によると、警備員の勤務態度不良又は業務命令違反の行為によって、テナントひいてはオーナーから苦情が続出し、契約更新ができないとなると被告の経営に重大なる打撃となることが明らかである。
3 原告側の事情について
(一) (証拠略)によると、つぎの事実を認定することができ、同認定を覆すに足りる証拠はない。
原告は昭和五四年二月末日限りで解雇された後、同年三月末日ごろから訴外フジ商会にビル警備員として雇用され、基本給一一万三、〇〇〇円、残業及び休日出勤手当等を含めると一五万円前後の月額賃金の支払を受けており、被告に勤務していた当時と職種、賃金額に殆ど差異がない。なお原告は本訴において被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めているが、右フジ商会に就職後間もなく被告への復帰の意思を失った。なお原告は大正九年七月生れで被告に入社したのが五七才の時であり、終戦後訴外日産化学工業株式会社に勤務し五一才で退職し、ついで訴外中部電力株式会社に臨時雇員として雇われ、昭和五〇年四月雇用期間終了により退社し、同年七月訴外フジ商会に警備員として雇用され、昭和五三年二月右フジ商会を退職し被告に雇用されたものであって、フジ商会や被告への入社はいわゆる老後の再就職といった種類のものである。
(二) 以上認定事実によると、本件解雇によって受けた原告の影響は軽度であったということができる。
4 以上認定にかかる原告の勤務態度不良及び業務命令違反の程度、被告の業績及び方針、原告側の事情等を総合して判断すると、被告の原告に対する本件解雇には合理的理由があり、社会通念上相当として是認することができない場合に当るとはいえないから、権利の濫用とは認められない。この点についての原告の主張は理由がない。
三 すると原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 棚橋健二 裁判官 福崎伸一郎)