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名古屋地方裁判所 昭和54年(ワ)2648号 判決 1979年9月24日

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告金炳春に対し、各自金三七三万一八九八円、原告佐々木慶子に対し、各自金三五八万一八九八円及び右各金員に対する昭和五四年二月七日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五四年二月七日午後二時五〇分項

(二) 場所 愛知県小牧市大字小木三八六八の一

(三) 加害車 被告朴運転の普通貨物自動車(名古屋四四る二三七七)

(四) 事故の態様

被告朴は幅員二メートルの路地に加害車を停止させ、原告方隣家から内職用荷物を右加害車に積み込み、右作業終了後、加害車を発進させたところ、訴外松川由美こと金由美が加害車の側方に近接した場所にいたため、同訴外人を加害車の後部左車輪に巻き込み、同日、頭蓋底骨折、右鎖骨骨折により死亡するに至らせた。

2  責任原因

被告朴は前記場所が路地であり、しかも、加害車がその路地一ぱいにふさいで停車し、その両側には樹木などがあつて余地が殆んどない状態で、人が通常の状態で歩行することを不可能にしていたのであるから、そのような状態で停車中の自動車を発進させるときは、車の近くに人がいないかどうかを確かめ、安全であることを確認したうえ発車すべき義務があるのにこれを怠つたのであるから、被告朴には過失があり、民法七〇九条による損害賠償の責任がある。

被告長尾は加害車を自己のために運行の用に供していたから自賠法三条による損害賠償の責任がある。

3  損害

(一) 亡由美の逸失利益 金一二二四万三七九六円

亡由美は死亡当時二歳の女児であつたから、その就労可能年数は四九年であり、昭和五三年の女子労働者の平均年収は一一九万八六八〇円(前年の賃金センサスによるものを五パーセント上昇させた金額)とみ、これに生活費として五分の二を控除してその間の得べかりし利益の現価を算定すると、次の算式どおり金一二二四万三七九六円となる。

1,198,680×0.6×17,024=12.243,796円

(二) 亡由美の慰藉料 金五〇〇万円

(三) 亡由美は韓国々籍であるところ、同人の死亡により、その両親である原告両名は相続により各二分の一の相続分により右訴外人の地位を承継したので、原告両名の請求しうる損害賠償額は各金八六二万一八九八円となる。

(四) 原告両名の慰藉料 各金二五〇万円

(五) 原告金の支出した葬儀費用 金五〇万円

(六) 原告両名の弁護士費用 各金三〇万円

(七) 原告らの損益相殺

原告らは自賠責保険から金一六〇三万円を受領し、内金八一九万円を原告金の、内金七八四万円を原告佐々木の各損害に充当した。

4  よつて、本件事故に基づく損害の賠償として、各被告らに対し、原告金は金三七三万一八九八円、原告佐々木は金三五八万一八九八円及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和五四年二月七日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、事故の態様を争い、訴外由美の死亡の事実を含むその余の事実は認める。

2  同2の事実中、被告長尾が加害車を自己のために運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。

3  同3の事実は知らない。

三  抗弁

被告朴は原告方及びその隣家から内職用の荷物を受けとるべく、これまでもしばしば本件事故現場である路地内に加害車を進入させていた。本件事故当日も被告朴はいつものように右路地に加害車を乗り入れ、隣家及び原告方の順に内職用の荷物を右車両に搬入していた。この時、亡由美が荷物運びを手伝つてくれるので、これをことわつたところ、同女は以後庭先で一人で遊んでおり、その内見当らなくなつた。原告佐々木は同原告方で内職用荷物の運び出し作業をしており、路地に駐車している加害車の存在は当然同原告において熟知していたのであつて、同原告としては、亡由美が加害車に近づかないよう注意すべきであつたのに、これを怠り、かつ、同女の行動をよくみていなかつたことに原因があり、この点において被害者側に過失がある。なお、亡由美の傷害に対する治療費として金二万六五五〇円を支払ずみである。

四  抗弁に対する認否

亡由美の傷害に対する治療費として主張の金員が支払われたことは認めるが、その余は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実中、原告主張の日時、場所において被告朴運転の加害車による事故が発生し、訴外由美が死亡したことについては、当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第二号証、乙第三ないし第七号証、被告本人朴秀男尋問の結果を総合すると、左記1ないし4の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

1  本件事故現場は、南北に走る幅員四・九メートルの県道の西側に南に面してほゞ直角に右県道側から訴外斉藤宅、同川口宅、原告宅の順序に三軒長屋が建つており、右各戸の南側には右長屋の東側から各戸の境に沿つて南北方向に高さ約一・五メートル、長さ約四・六メートルの生垣があつて、東西幅がそれぞれ約六・二メートルの前庭を形成し、そのさらに南側は右県道に出るための未舗装の通路となつており、右通路の西側と南側には高さ一・五メートルの生垣(南側の生垣のさらに南側は右生垣に接してほゞ生垣と同じ高さのブロツク塀が設置されている)となつて、右通路の西は行きどまりとなつており、右通路部分は東西約二六メートル、南北幅は加害車(車幅一・六九メートル)を片側に寄せて停車すると、人が一人通行しうる位の余裕しかないところである。

2  被告朴は、右川口方及び原告方には以前から一週二回位の割合で、内職で作られる段ボール箱を受取るため加害車を運転して本件事故の発生した右通路に来ていたのであるが、本件事故当日も午後二時三〇分頃右県道から通路に向つて加害車をバツクで入れ、斉藤宅と川口宅の境の生垣の南辺りに加害車の後部が来るような形で加害車を東方に向けて止め、先づ川口方で受取つた前記段ボールを加害車に積み込み、次いで原告方で受取つた段ボールを加害車に積み込んだ。

3  本件事故発生時、由美(昭和五一年五月二日生れ、当時二歳九月)の父である原告金は出勤中で不在であつたが、原告方で段ボールを加害車に積み始めた当初は、原告方の部屋で遊んでいた由美が外に出てきて「私も手伝う。」と言つて右段ボールを運んでくれたが、被告朴は、当時雨あがりで路面がぬれていたので、由美には一回運んでもらつただけで、お礼を言つてあとの運搬をやめさせた。その後、同人は自宅の玄関先に居たりして遊んでいたようであつた。それからしばらくして、両軒での段ボール積みが終つたので、被告朴は荷台に乗つて荷物を平均化し、車体の左側、右側の順で車体のフツクにゴム紐を掛けたが、その頃は由美の姿は近くに見当たらなかつた。次いで、被告朴は加害車の右側の生垣と車体の間を通つて運転席に入り、サイドミラーで左側を見たがそこには人影はなかつたので、車体の近くに子供はいないものと軽信し、そのまま発進したところ、約二メートル前進した頃左後輪で何かに乗り上げた感じがしたので、すぐ車を止めて下車したところ、そこに由美が倒れているのを発見した。なお、加害車の運転台に着席してサイドミラーで後方を見た場合、左側後輪付近は死角になつている。

4  右のように由美は被告朴から荷物運びをことわられてからは自宅の玄関先に居たようであるが、同人の母である原告佐々木が由美を見たのはそれが最後で、その後、同原告は被告朴と伝票のことを少し話してから自宅に入つたままで、本件事故が発生するまでは由美から眼を離していた。なお、原告方では、由美に対し、前記県道は交通量が多いので、そこで遊ぶことを禁じ、自宅前の庭で遊ぶことをすすめていた。

右認定の事実によれば、加害車を駐車させたところは人家の庭先続きの狭い通路上であつて、たとえ自車の運転席からは死角内であつても、幼児が自車の車体付近に近寄るおそれのあることは十分予想せられるところであるから、運転手としては、自動車を発進させる前に、車体の近くに幼児がいないかどうかを確認し、細心の注意を払つて自動車を発進させる義務があるものというべきところ、被告朴はこれを怠つたのであるから、同被告に過失があつたことは明らかであり、被告長尾が本件事故当時加害車を自己のために運行の用に供していたことについては当事者間に争いがないので、被告両名は各自被害者側の被つた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

二  そこで、原告らの被つた損害につき検討する。

1  亡由美の逸失利益について

前記認定の事実に弁論の全趣旨によると、亡由美は本件事故当事満二歳九月の健康な女児であつたことが認められ、当裁判所に顕著な昭和五三年度の賃金センサスによれば、同年度の一八歳ないし一九歳の女子労働者の平均給与額は一か年一二〇万三四〇〇円であることが認められるところ、同人は本件事故がなければ四九年間は就労が可能であり、同人の生活費は収入の五〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次式のとおり金一〇二四万三一〇〇円となる。

1,203,400×0.5×17.0236(28.5599-11.5363)ホフマン係数(65年-16年)=10,243,100円

2  慰藉料について

前顕乙第五号証、前記原告本人尋問の結果によると、原告両名は亡由美の両親であることが認められ、本件事故の態様、亡由美の年齢、右親族関係、その他諸般の事情を総合すると、亡由美の慰藉料は金四〇〇万円、原告両名のそれは各金二〇〇万円とするのが相当である。

3  葬儀費用について

弁論の全趣旨によると、原告金は由美の死亡により同人の葬儀を執行したことを認めることができ、亡由美の年齢その他諸般の事情を考え合わせると、同原告が右葬儀費用として損害の賠償を求めうる葬儀費用としては金四〇万円をもつて相当と認める。

4  過失相殺について

前記認定の事実によると、由美は二歳九月の幼児であつて同人に事理弁識能力はなかつたものといわざるをえないが、本件事故の発生状況に徴すると、加害車は本件事故現場の通路には週二回位の割で来て駐車しており、両親である原告両名がそのような自動車に近寄らないよう注意を与えていたことは窺われないばかりでなく、本件事故発生時においても、母親である原告佐々木は由美から眼を離していたことが認められ、以上の事実によれば、本件事故の発生については監督義務者である原告佐々木にも由美に対する十分なる監督を尽くしていなかつた過失があつたものというべきであり、前記認定の被告朴の過失の態様等諸般の事情を考えあわせると、過失相殺として被害者側の損害の二割を減ずるのが相当である。

三  ところで、被害者側の損害額は以上説示のとおり合計金一八六四万三一〇〇円となるほか、亡由美の治療費として金二万六五五〇円を要したことは当事者間に争いがないので、右治療費を加えた合計金一八六六万九六五〇円が総損害となるところ、右過失相殺をすると、原告らの請求しうる損害額は合計金一四九三万五七二〇円となるが、右金額から当事者間に争いのない受領ずみの右治療費及び原告らの自認する自賠責保険からの受領金一六〇三万円を控除すると、その余の点につきさらに判断を進めるまでもなく、原告らの請求は既にこの点において理由がないことになる。

四  よつて、原告らの本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白川芳澄)

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