大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和55年(ワ)1443号 判決 1989年12月27日

奈良県五篠市<以下省略>

甲事件原告(以下「原告」という。)

X1

大阪府貝塚市<以下省略>

乙事件原告(以下「原告」という。)

X2

右両名訴訟代理人弁護士

上坂木明

北本修二

下村忠利

谷野哲夫

三上陸

水島昇

名古屋市<以下省略>

送達場所

名古屋市<以下省略>

甲及び乙事件被告(以下「被告」という。以下同じ)

株式会社Y1社

右代表者代表取締役

Y2

愛知県愛知郡<以下省略>

被告

Y2

東京都世田谷区<以下省略>

被告

Y3

千葉県野田市<以下省略>

被告

Y4

京都市<以下省略>

被告

Y5

大阪府堺市<以下省略>

被告

Y6

大阪府門真市<以下省略>

被告

Y7

右七名訴訟代理人弁護士

楠田堯爾

神戸市<以下省略>

甲事件被告(以下「被告」という。)

Y8

右訴訟代理人弁護士

宮道佳男

主文

一  被告株式会社Y1社、同Y2、同Y3、同Y5、同Y6、同Y7、同Y8は、原告X1に対し、各自、金七億二一七五万三四〇〇円及びこれに対する昭和五五年七月九日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社Y1社、同Y2、同Y3、同Y5、同Y6、同Y7は、原告X2に対し、各自、金一三九九万円及びこれに対する昭和五五年九月一七日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告X1及び原告X2の被告Y4に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告X1に生じた分及び原告X2に生じた分の各八分の一と被告Y4に生じた分(各二分の一宛)を右各原告の負担とし、右各原告に生じたその余の被告らに生じた分を右被告らの負担とする。

五  この判決は、第一、二項及び第四項につき仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(甲事件について)

一  請求の趣旨

1 被告株式会社Y1社、同Y2、同Y3、同Y4、同Y5、同Y6、同Y7及び同Y8(以下被告Y8を含めて「甲事件被告ら」ともいう。)は、原告X1(以下「原告X1」という。)に対し、各自金七億二一七五万三四〇〇円及びこれに対する昭和五五年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は甲事件被告らの負担とする。

3 仮執行宣言

二  甲事件被告らの請求の趣旨に対する答弁

1 原告X1の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告X1の負担とする。

(乙事件について)

一  請求の趣旨

1 被告株式会社Y1社、同Y2、同Y3、同Y4、同Y5、同Y6及び同Y7(以下上記の被告らを「乙事件被告ら」ともいう。)は、原告X2(以下「原告X2」という。)に対し、各自金一三九九万円及びこれに対する昭和五五年九月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は乙事件被告らの負担とする。

3 仮執行宣言

二  乙事件被告らの請求の趣旨に対する答弁

1 原告X2の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告X2の負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件について)

一  請求原因

1 当事者

(一) 被告株式会社Y1社(以下「被告会社」という。)は、宝石、貴金属の売買及び仲介等を業とする株式会社である。

(二)(1) 後記2記載の取引当時、被告Y2は被告会社の代表取締役、同Y3(以下「被告Y3」という。)、同Y4(以下「被告Y4」という。)は、いずれもその取締役、同Y5(以下「被告Y5」という。)はその管理部長、同Y6(以下「被告Y6」という。)はその大阪支社の営業課長、同Y7はその大阪支社の営業部長、同Y8(以下「被告Y8」という。)は同大阪支社の営業部主任であった。

(2) 被告Y4は、昭和五三年五月三一日開催された被告会社の定時株主総会において、取締役に選任(重任)され、そのころ取締役重任を承諾した。

(3) 仮に右(2)の事実が認められないとしても、被告Y4は、被告会社の設立当初、取締役に就任することを承諾して取締役に就任したのであるから、その後被告会社に対して再任を拒む旨の通知をしない限り、被告会社において被告Y4の取締役重任の登記をした以上、右登記がされたことにつき過失があるものとして、商法一四条の類推適用により原告X1に対し自己が取締役でないことを善意の原告X1に対抗できない。

2 本件委託契約の成立及び取引経過

(一) 原告X1は、被告会社との間で、昭和五四年三月九日、左記のとおりの約定で、金先物取引をする旨の先物取引委託契約(以下「本件委託契約(一)」という。)を締結した。

(1) 原告X1は、注文日から一二か月以内のいずれかの希望月を指示して金先物を注文することができる。

(2) 被告会社は、原告X1の右注文に応じて、被告会社の子会社でアメリカの現地法人であるc社を介して、ニューヨーク・コメックス市場で金先物売買を成立させる。

(3) 原告X1は、被告会社に対し、右先物取引成立時に、金一キログラムにつき二〇万円相当の保証(委託本証拠金)を、現金又は金地金等で差し入れる。

右現金又は金地金等は、決算日に清算し、余剰があれば原告X1に返還する。

(4) 右先物取引は限月の月末に注文日の売買価額で金の受渡しをすることによって決算することを原則とするが、期限前のいつでも反対売買による差金の受渡しによって決済することができる。決済日は右取引成立日から三日以内とする。

(二) 原告X1は、被告会社に対し、本件委託契約(一)に基づき、昭和五四年三月九日から同五五年一月二二日までの間、別紙金先物取引清算表のとおり、同表数量欄記載の数量に相当する取引(+は買、-は売。)を指示したうえ、別紙保証金預入明細書記載のとおり保証金(合計一億〇二五一万四三七二円)及び金地金(合計二一キログラム。合計七六四四万円相当。)を、別紙有価証券目録記載のとおり有価証券(合計一億一二二三万三〇二八円相当。)を、それぞれ預託した。

3 被告会社の債務不履行とその余の被告らの責任

(一) 昭和五四年八月上旬、被告Y2は、被告会社と顧客との間の金先物取引について、限月までは、反対売買による決済をできず、決済をしても差益金の現実の支払は限月までできない旨従前の方針を変更し、被告Y3に対し、右方針の変更を指示した。

(二) 昭和五四年八月一二日、大阪観光ホテルで行われた被告会社の幹部会議の席上、被告Y3は、同Y7、同Y5、同Y6、同Y8に対し右(一)記載の指示を伝え、右被告らはこれを了承し、ここにおいて被告Y2及び右被告らの間に、顧客の限月前の反対売買の指示に応じず、仮に反対売買の指示に応じても限月前の差益金の支払に応じない旨の共謀(順次共謀)が成立した。

(三) 右共謀に基づき、右被告らから従業員らに対し、反対売買の指示に応じてはならない旨の指示がされたため、被告会社の従業員らは、原告X1の本件委託契約(一)に基づく前記2(二)記載の反対売買の指示に従わなかった。

(四) 被告Y4は、被告会社の取締役であるから、代表取締役が行う会社の業務執行を監督する義務があるにもかかわらず、被告Y2や被告Y3に任せきりにして、取締役会の招集を求めるなどの行為をしたこともなく、そのため同被告らの前記(一)(二)記載の違法行為を看過した。

(五) したがって、被告会社は債務不履行によって、被告Y4については取締役の第三者に対する責任(商法二六六条の三ないし同法一四条)によって、被告Y2、同Y3、同Y5、同Y6、同Y7、同Y8については共同不法行為(民法七〇九条、七一九条)によって、各自原告X1に対し、後記4記載の損害につき賠償責任を負う。

4 損害

(一) 被告会社が前記2(二)記載の原告X1の指示に従っていたならば、別紙金先物取引清算表記載の売買取引が成立し、原告X1は、最終の取引の決済日である昭和五五年二月一日には、被告会社から合計四億四一二九万八〇〇〇円の売買差益金を取得し、かつ前記2(二)記載の保証金(合計一億〇二五一万四三七二円。以下「本件保証金」という。)と金地金及び有価証券(合計一億八八六七万三〇二八円相当。以下「本件金地金等」という。)の返還を受けえたはずであった。

(二) 被告会社は、昭和五五年六月八日、事実上倒産し、被告会社の原告X1に対する売買差益金及び保証金の支払債務並びに本件金地金等の返還債務は覆行不能になった。

(三) したがって、原告X1は、右(一)記載の得べかりし利益四億四一二九万八〇〇〇円、本件保証金一億〇二五一万四三七二円及び本件金地金等の返還債務が覆行不能になったことによる損害一億八八六七万三〇二八円の合計七億三二四八万五四〇〇円の損害を被った。

5 よって、原告X1は被告らに対し、得べかりし利益四億四一二九万八〇〇〇円のうち四億三〇七六万六〇〇〇円、本件保証金一億〇二五一万四三七二円、本件金地金等返還債務の覆行不能による損害賠償金一億八八六七万三〇二八円の合計七億二一九五万三四〇〇円のうち分離前被告Aから弁済を受けた二〇万円を除く七億二一七五万三四〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降である昭和五五年七月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅廷損害金を連帯して支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告Y8を除くその余の被告ら)

1  請求原因1(一)の事実は認める。

同1(二)(1)のうち、被告Y4が原告X1主張のころ被告会社の取締役であったことは否認し、その余の事実は認める。

同1(二)(2)の事実は否認する。

被告Y4は、商業登記簿上、昭和五三年五月三一日、被告会社の取締役に重任した旨記載されているが、同被告は、右重任について承諾をしたことはなく、右登記は不実の登記である。

同1(二)(3)の主張は争う。

2  請求原因2(一)の冒頭の事実は認める。

同2(一)(1)の事実は認める。

同2(一)(2)のうち、「ニューヨーク・コメックス市場で」という部分は否認し、その余の事実は認める。

本件委託契約(一)は、ニューヨーク・コメックス市場に限らず、米国における他の市場でも金先物取引売買を成立させる契約であった。

同2(一)(3)の事実は認める。

同2(一)(4)のうち、「期限前でも反対売買による差益金の受渡しによって決済することができる」との部分は否認し、その余の事実はみとめる。

期限前の反対売買による差益金の受渡しは、その限月(受渡し区分月)においてなされるものであった。

同2(二)のうち、原告X1が主張する保証金、金地金、有価証券が被告会社に預託されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  請求原因3(一)の事実は認める。

同3(二)のうち、原告X1主張の日時場所において同原告主張の被告らが出席し限月前の差益金決済をしてはならない旨を指示した会議があったことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

同3(三)の事実は認める。

同3(四)の事実及び主張は争う。

同3(五)の事実及び主張は争う。

4  請求原因4(一)のうち、最終の取引の決済日が昭和五五年二月一日であることは認め、その余の事実及び主張は争う。

同4(二)のうち、被告会社が昭和五五年六月八日に倒産したことは認めるが、その余の主張は争う。

同4(三)の主張は争う。

(被告Y8)

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3の事実及び主張は争う。

被告Y8は、かつて、被告会社の従業員であったが、末端の従業員であり、被告会社の経営方針及び内容については全く関与しておらず、何も知らない。

4  請求原因4(一)の事実及び主張は争う。

同4(二)のうち、被告会社が昭和五五年六月八日に倒産したことは認めるが、その余の主張は争う。

同4(三)の事実及び主張は争う。

(乙事件について)

一  請求原因

1 当事者

(一) 甲事件請求原因1(一)の事実と同じ。

(二) 同1(二)の事実(ただし、同1(二)(3)の原告X1を、原告X2と訂正するほか被告Y8についての主張を除く。)と同じ。

2 本件委託契約の成立及び取引経過

(一) 原告X2は、被告会社との間で、昭和五四年一二月四日、左記のとおりの約定で、金先物取引委託契約(以下「本件委託契約(二)」という。)を締結した。

(1) 原告X2は、注文日から一二か月以内のいずれかの希望月を指示して金先物を注文することができる。

(2) 被告会社は、原告X2の右注文に応じて、被告会社の子会社で、アメリカの現地法人であるc社を介して、ニューヨーク・コメックス市場で金先物売買を成立させる。

(3) 原告X2は、被告会社に対し、右先物取引成立時に、金一キログラムにつき二〇万円相当の保証を、現金又は金地金等で差し入れる。

右現金又は金地金等は、決算日に清算し、余剰があれば同原告に返還する。

(4) 右先物取引は、限月の月末に注文日の売買価格で金の受渡しをすることによって決済することを原則とするが、期限前でも反対売買による差金の受渡しによって決済することができる。決算日は右取引日から三日以内とする。

(二) 原告X2は、被告会社に対し、本件委託契約(二)に基づき、次のとおり、指示して金先物の注文をした。

(1) 注文期日 昭和五四年一二月五日

受渡区分 昭和五五年六月限月物買付

数量 五キログラム

グラム当たり単価 三六四一円

買付代金 一八二〇万五〇〇〇円

保証金 一〇〇万円

(2) 注文期日 昭和五五年一月四日

受渡区分 昭和五五年一〇月限月物買付

数量 五キログラム

グラム当たり単価 五〇三七円

買付代金 二五一八万五〇〇〇円

保証金 一〇〇万円

(三) 原告X2は、被告会社に対し、昭和五四年一二月七日及び同五五年一月四日、前記(二)記載の保証金合計二〇〇万円を預託した。

(四) 原告X2は、被告会社に対し、昭和五五年一月三一日、前記(二)記載の買玉の売却を指示した。

3 被告会社の債務不履行及びその余の被告らの責任

(一) 甲事件請求原因3(一)の事実と同じ。

(二) 昭和五四年八月一二日、大阪観光ホテルで行われた被告会社の会議の席上、被告Y3は、同Y7、同Y5、同Y6に対し、右(一)(甲事件請求原因3(一))記載の指示を伝え、右被告らはこれを了承し、ここにおいて被告Y2及び右被告らの間に、顧客の反対売買の指示に応じず、仮に反対売買の指示に応じても限月前の差益金の支払に応じない旨の共謀が成立した。

(三) 右共謀に基づき、右被告らから従業員らに対し、反対売買の指示に応じてはならず、仮に反対売買の指示に応じても限月前の差益金の支払に応じてはならない旨の指示がされたため、被告会社の従業員らは、原告X2の本件委託契約(二)に基づく前記2(四)の反対売買の指示に従わず、仮にそうでないとしても、反対売買による差益金の支払をしなかった。

(四) 被告Y4は、被告会社の取締役であるから、代表取締役が行う会社の業務執行を監督する義務があるにもかかわらず、被告Y2や被告Y3に任せきりにして、取締役会の招集を求めるなどの行為をしたこともなく、そのため同人らの前記(一)(二)記載の違法行為を看過した。

(五) したがって、被告会社は債務不履行によって、被告Y4については取締役の第三者に対する責任(商法二六六条の三ないし同法一四条)によって、被告Y2、同Y3、同Y5、同Y6、同Y7については共同不法行為(民法七〇九条、七一九条)によって、原告X2に対し、後記4記載の損害につき賠償責任を負う。

4 損害

(一) 被告会社が前記2(四)記載の原告X2の反対売買の指示に従っていたならば、右指示の期日において、昭和五五年六月物のグラム当たり単価は五四二三円、同五五年一〇月物のそれは五六九三円であったので、原告X2は、昭和五五年六月物につき八八一万円、同年一〇月物につき三一八万円、合計一一九九万円の売買差益を取得し、かつ前記2(三)の保証金の返還を受けえたはずであり、原告X2は、前記反対売買による決済時点で右各金員の支払いを受けえたはずであった。

(二) 被告会社は、昭和五五年六月八日、事実上倒産し、被告会社の原告X2に対する右売買差益金の支払及び保証金返還の各債務は覆行不能になった。

(三) したがって、原告X2は、右(一)記載の得べかりし利益一一九九万円及び同人が被告会社に預託した保証金二〇〇万円、合計一三九九万円の損害を被った。

5 よって、原告X2は、右被告らに対し、金一三九九万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降である昭和五五年九月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅廷損害金を連帯して支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1 被告Y8を除くその余の被告らの請求原因1(二)の認否と同じ。

2 被告Y8を除くその余の被告らの同1(一)の認否と同じ。

3 請求原因2(一)ないし(三)の事実は認める。

同2(四)の事実は知らない。

4 請求原因3(一)の事実は認める。

同3(二)のうち、原告X2主張の日時場所において、同原告主張の被告らが出席し限月前の差益金決済をしてはならない旨を指示する会議があったことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

同3(三)の事実は認める。

同3(四)の事実及び主張は争う。

同3(五)の事実及び主張は争う。

5 請求原因4(一)の事実及び主張は争う。

同4(二)のうち、被告会社が昭和五五年六月八日に倒産したことはみとめるが、その余の主張は争う。

同4(三)の事実及び主張は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

(甲事件について)

一  請求原因1(一)の事実及び同1(二)(1)のうち、被告Y4が原告X1主張のころ被告会社の取締役であったことを除くその余の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで被告Y4が本件当時被告会社の取締役であったか否か等について判断する。

1  原本の存在及び成立に争いのない乙イ第四号証の一ないし八(第四号証の二のうちB作成部分を除く。以下同じ。)、第五号証の一、同号証の五と被告会社代表者兼被告(以下「被告」という。)Y2、同Y4各本人尋問の結果及び乙イ第五号証の二ないし四の存在に弁論の全趣旨を総合すると、被告Y4は、昭和五二年三月ころ、妹婿である被告Y2から、被告会社を設立するに当たり、人数が足りないので発起人及び設立後の取締役として名義を貸してほしいとの依頼を受けてこれを了承し、その際、定数その他必要書類に自ら実印を押捺し又は右書類に押捺すべく被告Y2に実印を交付し、被告会社の取締役として登記が経由されたこと、しかし被告Y4は、実際には出資もしておらず、同被告の出資分として定款等に記載のある一〇万円は被告Y2が出捐したものであり、その後も被告Y4は取締役の報酬を支給されたこともなく取締役として被告会社の業務をしたこともなかったこと、被告Y4については、一年間の任期満了後、昭和五三年五月三一日付けで被告会社の取締役に重任した旨の登記が経由されていることが認められる。

2  そして前掲乙イ第五号証の二(昭和五三年五月三一日付け定時株主総会議事録)によれば、同日午前九時より定時株主総会が開催され、株主が六名が出席し、被告Y4を含む取締役四名と監査役一名が被選任者の就任承諾を得て可決した旨の記載が存するが、前掲乙イ第四号証の一ないし八と被告Y2、同Y4、同Y3各本人尋問の結果及び乙イ第五号証の二ないし四の存在に弁論の全趣旨を総合すると、被告会社は、株主数も少なく、被告Y2、同Y3らの少数の者の経営する会社であって、取締役会や株主総会も殆ど開催されたことはなく、被告会社(被告Y2)は取締役らの任期満了に伴い体裁を整えるために司法書士に株主総会が開催された旨の書類の作成及び取締役の重任登記等の登記の依頼をし、前記昭和五三年五月三一日付けの定時株主総会議事録が作成されたものであること、被告Y2は、被告Y4の取締役重任登記をするに当たり、被告Y4の承諾を得ておらず、同被告に無断でその手続をし、被告Y4としては、本件訴状の送達によりはじめて被告会社の取締役に重任されていることを知ったこと、右重任登記に使用された定時株主総会議事録等(乙イ第五号証の二ないし四)には被告Y4と刻した印章が押印されているが、これらは、被告会社においてY4と刻した三文判を被告Y4に無断で押捺して作成したものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、被告Y4の取締役重任の登記に見合う重任の事実は認めがたいものといわねばならない。

3  そこで原告X1の請求原因1(二)(3)の主張について検討する。

取締役でないのに取締役として就任の登記をされた者が故意又は過失により右登記につき承諾を与え不実登記の現出に加功していたときは、その者は、商法一四条の類推適用により、自己が取締役でないことをもって善意の第三者に対抗することができないものというべきである(最判昭和四七年六月一五日民集二六巻五号九八四貢参照)。しかしながら被告Y4が被告会社の取締役として重任登記がされた経緯は前記認定のとおりであり、前記昭和五三年五月三一日付け定時株主総会議事録の作成及び右重任登記は、被告Y4に無断でされ、同被告はこれを知らなかったものであって、被告Y4が右登記につき承諾を与えていたものといえないことはもちろん、右不実登記の現出ないし存続について被告Y4に帰責事由のあることは認めがたい。なお、原告X1主張のように被告Y4に被告会社に対し重任を拒む旨通知をすべき義務があるものとも解することはできない。よって原告X1のこの点に関する主張は理由がない。

三1  被告Y8との間では、請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

2  そこでその余の被告らとの間について検討する。

請求原因2(一)の冒頭の事実、同2(一)(1)の事実、同2(一)(2)のうち「ニューヨーク・コメックス市場で」という部分を除くその余の事実、同2(一)(3)の事実及び同2(一)(4)のうち「期限前でも反対売買による差益金の受渡しによって決済することができる」という部分を除くその余の事実は当事者間に争いがない。

そこで、まず請求原因2(一)(2)のうち争いのある部分について検討するに、被告Y7及び原告X1(第一回)各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば昭和五四年三月ころ、被告会社大阪支社の営業部長であった被告Y7が原告X1に対し、本件委託契約(一)についての勧誘をする際、被告会社の現地法人であるc社はニューヨーク・コメックス市場の会員であり、顧客からの注文はc社を介して右市場に通す旨の説明をしていることが認められ、被告Y8を除くその余の被告らとの関係では成立に争いがない甲第四号証によると、本件委託契約(一)において、いわゆる成り行きによる注文の場合原則としてニューヨーク・コメックス市場での成立価格とする旨の約定があることが認められ、また被告Y8を除くその余の被告らとの関係では成立に争いがない甲第五号証によると、被告会社の宣伝用パンフレットには、ニューヨーク・コメックス市場をはじめとする米国四大市場(ニューヨーク・マーカンタイル取引所、シカゴ・ボードオブトレード、国際通貨市場)と被告会社がリンクする旨の宣伝文句が記載されていることが認められ、これらの事実を総合すれば、本件委託契約(一)においては、被告会社は原告X1からの注文につきニューヨーク・コメックス市場を通すのを原則とする旨の合意があったものと認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

次に、請求原因2(一)(4)のうち争いある部分について検討するに、そもそも本件委託契約(一)が先物取引であることにつき争いがないこと、また後記甲第一号証の四、同号証の一六及び被告Y7本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、右契約に基づく個別的取引においても限月前の差金決済をしている場合があることが認められ、これらの事実によれば本件委託契約(一)においては、期限前でも反対売買による差益金の受渡しによって決済することができる旨の約定があったものと認められ、被告Y2、同Y6、同Y7及び同Y3各本人尋問の結果中右認定に牴触する部分は措信しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  請求原因2(二)のうち、原告X1が主張する保証金、金地金、有価証券が被告会社に預託されたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実と後記甲第一号証の一ないし二一、同号証の二三及び原告X1本人尋問の結果(第一回)に弁論の全趣旨を総合すれば、請求原因2(二)の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

四1  請求原因3(一)の事実、同3(二)のうち原告X1主張の日時場所において同原告主張の被告らが出席し、限月前の反対売買による差金決済をしてはならない旨を指示する会議があったこと並びに同3(三)の事実については被告Y8を除くその余の被告らとの間で当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に原本の存在及び成立に争いのない甲第一七号証、第一八号証の一ないし一〇、第一九号証の一ないし五、第二〇号証の一ないし一〇、第二一号証の一ないし一七、第二二、第二三号証、第二九号証の一、二(後記措信しない部分を除く。)、成立に争いのない甲第一号証の一ないし二一、二四、原告X1(第一、二回)、被告Y2、同Y3、同Y5、同Y6、同Y7、同Y8各本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)を総合すれば、次の事実が認められ、前掲甲号各証及び右被告Y2、同Y3、同Y5、同Y6、同Y7、同Y8各本人尋問の結果中右認定に牴触する部分は措信しがたく他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 被告Y2は、昭和五三年c社を設立し、メリルリンチ社に対し金地金の先物取引の委託をしたが、メリルリンチ社への注文は、被告会社本社からテレックスによって行われ、注文の結果も、メリルリンチ社からテレックスによってc社に被告会社本社へ連絡されていた。被告会社本社にはメリルリンチ社から毎朝テレックスによって、前日のアメリカの金地金先物取引市場における取引成立値が、各限月ごとに、始値(オープニング値)と終値(クロージング値)、さらには高値、安値も併せて、一トロイオンス当たりのドル価で連絡されてきており、これを被告会社の事務職員がその値を一グラム当たりの円価に換算していた。

被告会社は、遅くとも昭和五四年五月ころからは、顧客からの注文をメリルリンチ社を通じてニューヨーク・コメックス市場等米国の市場に通すこともせず、いわゆるのみ行為をしていたが、資金繰りに窮するようになり、反対売買により差益金を支払うことにより経営に行きづまるのをおそれ、同年八月上旬ころ、被告Y2は、顧客との金先物取引について、従前は、顧客が反対売買による差金決済を希望した場合、これに応じ、損益計算の上、差益金の支払等をしてきたものの、爾後、限月前に反対売買をし差益金の決済をしてはならないとか決済はできるが利益金の現実の支払は限月までできないという方針に変更し、この方針の変更を被告Y3に指示し、同年八月一二日、大阪観光ホテルで行われた被告会社の幹部会議の席上、被告Y3は、同Y7、同Y5、同Y6、同Y8らに対し、右の被告Y2の指示を伝え、さらに右被告らを介して各従業員らにも伝えられ、以後原則として顧客からの限月前の決済には応じないこととされたが、右会議において被告Y3から、限月前に差金決済して顧客に損金が出る場合とか、顧客に利益が出ていても顧客がこの利益金の支払請求を留保し利益金を委託証拠金にして新規の注文を出す場合(利増玉)については例外とする旨の説明があった。そして右会議に出席した右被告らはこれを了承した。

被告Y2はもとより被告Y3、同Y5、同Y7、同Y6、同Y8も、被告会社が顧客との間で行っている取引が先物取引であるとの認識を有していたものであって、限月前に反対売買による差益金の決済を行わないとか決済をしても利益金の現実の支払いを限月まで行わないことが違法性を有することは認識できたはずである。

(二) 原告X1は、昭和五四年一〇月一六日、被告Y6に対し、昭和五四年一二月限月のものを除くすべての買玉につき、売却を指示したにもかかわらず、被告Y6は反対売買による差金決済をせず、新規の売注文として売玉を建てた。その後原告X1は、同月三一日、昭和五四年一二月限月分買玉五八キログラムについて売却を指示し、昭和五五年一月二二日には、昭和五五年二月限月分買玉五〇キログラムにつき売却を指示し、さらに同年一月一八日には、同年七月限月分買玉五〇キログラムにつき売却を指示したが、被告会社従業員は原告X1に対しては反対売買による決済を行った旨虚偽の説明をし、売買による差益金は限月にならないと支払えないと述べ、実際は反対売買(売却)による差益金の決済を行わず、新規の売玉を建てていた。

3  右認定の事実によれば、昭和五四年八月上旬から一二日までの間に、被告Y2と被告Y3、同Y5、同Y6、同Y8らとの間に、以後顧客からの限月前の決済には応じない、仮に決済をする場合においても差益金の支払は限月まで行わない旨の共謀が成立したものというべきであり、右共謀に基づいて、被告Y6その他の被告会社の従業員らは原告X1の反対売買の指示に従わなかったことが明らかである。

4  したがって、被告会社は本件委託契約(一)に基づく債務不履行によって、被告Y2、同Y3、同Y5、同Y6、同Y8については共同不法行為によって、後記五記載の損害につき賠償責任を負うというべきである。

五  請求原因4(一)について判断するに、最終の取引の決済日が昭和五五年二月一日であることは被告Y8を除く被告らとの間では争いがなく、弁論の全趣旨によれば被告Y8との関係でも右事実を認めることができ、右事実と前記三記載の認定事実及び前掲甲第一号証の一ないし二一、二四、成立に争いのない甲第二号証の一ないし六八、同第一〇号証の一ないし五並びに弁論の全趣旨によれば請求原因4(一)の事実を認めることができる。

そして、同4(二)のうち被告会社が昭和五五年六月八日に倒産したことは当事者間に争いがないから、これにより原告X1の被告会社に対する本件金地金等の返還請求権が履行不能になったことは弁論の全趣旨により認められ、結局、原告X1が合計七億三二四八万五四〇〇円の損害を被ったことが認められる。

(乙事件について)

一  請求原因1(一)の事実及び同1(二)(1)のうち被告Y4が原告X1主張のころ被告会社の取締役であったことを除くその余の事実は当事者間に争いがない。

二  被告Y4が本件当時被告会社の取締役であったか否か等についての判断は、甲事件の二記載のとおりである。

三  請求原因2(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

そこで同2(四)について検討するに、前掲甲第二三号証、原告X2本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一六号証を総合すれば、昭和五五年一月二九日ごろ、原告X2は被告会社大阪支社営業部の従業員であったC(以下「C」という。)及びD(以下「D」といい、C、D両名をまとめて「Cら」という。)に対し、本件委託契約(二)に基づき、自己の有していた買玉(請求原因2(二)記載)につき売却決済するよう指示し、Cは営業部長被告Y7にその旨伝え、同年二月一日、Cから同年一月三一日に原告X1の右指示に従った処理をした旨の報告を受けたことが認められ、右認定事実からすれば、請求原因2(四)の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  請求原因3について検討する。

1  甲事件についての四1、2(一)記載のとおり。

2  前掲甲第二三号証と原告X2本人尋問の結果を総合すると、昭和五五年一月下旬ころ、被告会社が外国為替管理法違反容疑で捜索を受け、これに不安をいだいた原告X2から建玉を決済してほしいとの申出がCらに対してされたが、この報告を受けた被告Y7は、コメックスの保証金が増額されているから増証拠金を出さなければ決済することはできない旨原告X2にいうよう指示し、Cらが原告X2にその旨述べたが原告X2はこれに納得せず、そこで被告Y7は、Cらに対し、反対売買による決済はするが、差益金により新規の建玉をするよう原告X2に説得することを指示したが、これに対しても原告X2は納得せず、結局、同年二月一日、原告X2から反対売買の履行の有無について問われたCは、原告X2方に赴き、持参した値段表(甲第一五号証)に従って、右値段表記載の値段で同年一月三一日に売却できた旨述べ、原告X2の要求により、同原告の有する買玉を一月三一日売却した旨の念書を作成し、同原告に交付した。そして原告X2の右決済によって生ずる利益金の請求に対し、Cは、被告Y7らの上記指示どおり、限月(同年六月及び一〇月)にならないと支払えない旨述べ、被告会社は支払をしなかった。以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

3  右認定の各事実によると、前記甲事件についての四3記載の共謀が成立し、これに基づいて、被告会社従業員らは、原告X2の反対売買の指示に従わなかったか又は仮に反対売買の指示に従っても、限月までは差益金の支払をしないとして右差益金を支払わなかったことが明らかである。

4  よって被告会社は本件委託契約(二)に基づく債務不履行によって、被告Y2、同Y3、同Y5、同Y6、同Y7については共同不法行為によって、後記五記載の損害につき賠償責任を負うというべきである。

五1  請求原因4(一)について判断するに、弁論の全趣旨により真正に成立したと認め得る甲第一五号証によれば、昭和五五年一月三一日には、昭和五五年六月物のグラム当たり単価は五四二三円を下らず、同五五年一〇月物のそれは五六九三円を下らなかったことが認められ、右認定事実に前記三の当事者間に争いのない事実と成立に争いのない甲第一三号証の一、二を併せ考慮すれば、原告X2は合計一一九九万円の売買差益を取得し(右売却価格から前記買受価格を差引き、手数料を差し引いたもの)、かつ二〇〇万円の保証金の返還を受けえたはずであったことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  被告会社は右各債務の支払をしないまま、昭和五五年六月八日事実上倒産したことは当事者間に争いがなく、これにより被告会社の原告X2に対する右売買差益金支払債務及び保証金返還債務は履行不能となったことは弁論の全趣旨により認められる。

3  したがって原告X2は、被告会社の債務不履行及び被告会社と被告Y8を除くその余の被告らの不法行為により合計一三九九万円の損害を被ったというべきである。

(結論)

以上の事実によれば、原告X1の被告会社、被告Y2、同Y3、同Y5、同Y6、同Y7、同Y8に対する請求及び原告X2の被告会社、被告Y2、同Y3、同Y5、同Y6、同Y7に対する請求は、いずれも理由があるから認容し、原告X1、同X2の被告Y4に対する各請求はいずれも理由がないから各棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡崎彰夫 裁判官 大谷吉史 裁判官 見米正)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例